八幡の武偵生活   作:NowHunt

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同じ息を吸って

 あれから何だかんだ時間は流れ、俺たちはイタリアへ着いた。ロ ーマ、フィウミチーノ空港へ。

 

 道中? そんなもんカットだカット。飛行機でひたすら寝て本読んでまた寝てただけの行程になんの面白みもない。たまにレキとも話したが、そもそも俺たちが長話などできるわけもなく、各々好きなように過ごしていた。

 

 今思えば、俺からしたら初めての飛行機での長時間飛行だった。香港は数時間くらいだったので、改めてずっと飛行機にいるのはある意味ストレスが溜まることが分かった。多少クラスは他のとこより数段はいい座席を選んだにしても、長時間はさすがに体は凝る上に疲労も溜まる。

 

 飛行機を降りてから諸々手続きを済ませ、俺とレキはロビーまで続く長い廊下を歩く。

 

 その間、俺は出発前のことを思い出す。それはキャリーケースに入ってる1枚の手紙。ジャンヌに手渡されたイ・ウーの同窓会、その招待状た。

 

「お前は一時期だが、あそこにいたからな。参加権はある。権利というかほぼ強制みたいなものだけど。渡しておいてくれと言われたのだ。どうやらイタリアへ行くのだろう? 息災でな」

 

 と男前な言葉と乙女の微笑みを見せるジャンヌに手紙を渡された。

 

 その表情に頭バグりそうになる。何だろう、ベクトルは全くといって違うけど、平塚先生と似た空気あるんだよなジャンヌって。なんつーか、美人は美人で間違いないのだが、同性から慕われそうな……モテるような……。

 

 男勝りな平塚先生とは少し意味合い違うか。

 

 とまぁ、一応ジャンヌからイタリアで落ち着いてから中身を確認してくれと言われたが、俺は同窓会の名の付くものには全くもって参加したくない。理由は明白、意気揚々と参加して周りから『え、コイツ誰……?』ってなるのがあまりにも目に見えているからだ。言わせんな悲しいだろ。……悲しいだろ!

 

 というか、参加するかもしれないメンツも心配という意味合いもある。

 

 なぜなら主催はシャーロックということだから、イ・ウー出身の可能性が高い。ジャンヌの口振りからしてまず相違ないだろう。つまり、主に俺と敵対したことある奴らがそれなりにいたら――――その、気まずい。

 

 例えばヒルダ。アイツはだいたい理子といるからまだいい。マシな部類だろう。実はあれから多少は打ち解けた。お互いバリバリ殺し合った仲だが、たまに雑談する程度にはわだかまりはない。

 

 パトラはどうだ。……何度か戦ったが、あれはわざわざ俺に恨みを抱くタイプでもなさそうだ。何かあれば金一さんの名前を盾にでもすればいい。

 

 で、問題はカツェ……アイツは正直いたら面倒になるかもしれない。イ・ウーにいたころ少し話したことがあるが、全くソリが合わなかった。そして、香港では戦い俺が勝った。発端が発端だしでお互い様だが、恨まれている可能性もある。

 

 行きたくねぇなぁ……。嫌だなぁ。

 

「お待たせしました、行きましょうか」

 

 と、俺のウダウダした思考はトイレに行っていたレキの一言により遮られた。

 

「えーっと、依頼主とは空港内で待ち合わせだっけか」

「はい、もうロビーにいるとのことです」

「俺も泊めてもらうわけだし、挨拶くらいはしとかないとな」

 

 たった2週間程度で外国語をマスターできるわけもなく、日本語で乗り切ることにした。ムリなもんはムリ。

 

 数分歩き、ロビーまで着くとやはり人はゴミのように多いと某大佐のように感じる。俺のそのゴミの1つなのだが。さすが国際空港といったところ。東京も大概だが、ここもここだ。多種多様な人たちがいる。外国人が多い。いや、ここでは俺が外国人だな。よし落ち着こう。

 

 ここから目的の人物探すのかなり難易度が高いと思いながらキョロキョロ首を動かしつつそう感じていたら。

 

「いました」

 

 隣にいるレキはどうやら直ぐ様見付けたらしい。スゴいなおい。そういやコイツ歴戦のスナイパーだったね。そりゃ、視力いいし色々と目敏いわな。こういう場面では全く敵わない。

 

 人混みに押されないよう歩き、レキが見付けた人物へと近付く。その途中で向こうも俺らに気付いたらしく、こちらへと振り返る。

 

「……」

 

 その人物は神崎や間宮に近い小柄な体型。可愛らしい顔付き、手入れの整ったウェーブのように広がる長い色の濃い金髪。瞳は蒼碧色。青く、それでいて緑がかっている。あまり詳しくないが、色彩に関しては典型的なイタリア人と言えばいいのだろう。

 

 着ている服はスーツに似ているがスーツではない。あれはローマ武偵高校の黒い防弾制服だ。パンフレットで見たことあるし、たしか武偵高でチーム組んだときの写真撮影の際、あの服を着た覚えがある。

 

 つまり、武偵とはいえ一介の高校生がレキに依頼を? レキから聞いている限りかなり金持ちらしいが、一体彼女は何者なのだろうかと素直な疑問が浮かぶ。いや何となくどこか金持ち社長の娘といった予想はできるのだけれど――――その前に目を背けたいことが1つある。

 

「…………」

 

 その、なに? 何か見知ったような奴がいるんだけど。その依頼主の隣に、警護するかのように立っている。

 

「…………」

 

 気のせい気のせい。っと、レキはもう既に依頼主と話をしているか。

 

「八幡」

「…………」

「八幡?」

 

 何度も聞いたことのある声で、俺を呼び掛ける人がいる。うん、気のせいじゃなかった……。

 

 俺は諦めて彼女と顔を合わせる。

 

「そういや同行者がいるってレキが言っていたな。まさかお前だったか、セーラ」

 

 依頼主の隣にいたのは俺の超能力に関しての師匠、イ・ウーにもいた弓使いのセーラだ。

 

「久しぶりに会うのに素っ気ない態度。いや、素っ気ないというより面倒オーラがダダ漏れ」

「ほっとけ」

 

 セーラも大して表情筋動かしてないくせに。

 

「久しぶり」

「おう」

 

 レキが依頼主と話している最中、かつての師弟は挨拶を交わす。

 

「元気にしてた?」

「こうしてここに立てるくらいにはな」

「そう」

「…………」

「…………え?」

 

 と、すっとんきょうな声をセーラは出す。

 

「あ? 何だ?」

「いや八幡は聞かないの? 私に元気かって」

「いや何となく元気がどうかは見りゃ分かるし、元気じゃなかったらここにいないだろ」

「えぇ……そこは社交辞令として、ねぇ? 少しくらい世間話に華を咲かせても」

 

 と言われても。何を話せばいいのだろうか甚だ疑問である。それこそ、物騒な話題にしかならなさそうな気がする。

 

「というより、八幡も来たんだね」

「俺は任務受けてないけどな。学校行事の一貫でついでに付いてきただけだ。それこそレキのおまけ。……で、あの少女がレキとセーラの依頼主でいいんだよな」

「そうだよ。名前は――――ベレッタ・ベレッタ」

「ベレッタ?」

 

 セーラが口にした名前を咄嗟に聞き返してしまう。

 

 俺はレキたちの依頼主を全く知らない。お互い初対面もいいとこだ。しかし、その名前のある部分は知っている。知る人は知る名前だろう。とはいえ、その業界での知名度はかなり高い。それこそ、一般人でもうっすらと聞いたことがあるかもしれない。それほどまでに有名だ。

 

「なぁ、セーラ。彼女ってもしかして……」

「察した通り、ベレッタ社のご令嬢」

 

 これまたかなり大物の登場で内心それなりに驚く。

 

 ――――ベレッタ社。正式名称ファブリカ・ダルミ・ピエトロ・ベレッタ。

 

 公式記録では1680年から設立された歴史あるイタリアの大手銃器メーカー。実際はもっと前なら活動していたらしいけど。

 

 ベレッタ社は第一次世界大戦、第二次世界大戦にも銃を供給したり、イタリア軍やアメリカの軍隊でも正式採用されたりと実績も数多く、その質もかなり高い。軍、警察、民間、そしてもちろん俺たち武偵も使っている人が多い。

 

 オリンピックでもベレッタ製の銃が競技にも使われていて、好成績を残したと記録で読んだ記憶がある。

 

 とまぁ、武偵高に所属しているなら知らない奴はほぼいない。

 

 俺の身近なところでも遠山や材木座がベレッタM92を使用している。遠山は改造しまくってM92の原型留めていないが。いや、材木座も好きなように改造していたな。

 

 俺はFN社の銃にもう慣れてしまっているため、主武装としてベレッタ系列は選択していない。とはいえ、ベレッタを訓練で何度か撃ったことがある。個人的にはDEやガバメントほどの大型拳銃のような癖もなく、きとんと訓練すれば初心者でも撃ちやすい、扱いやすい印象だった。

 

「そんな人がお前らに狙撃拘禁か……」

 

 そのような人物だからか?

 

「あ、八幡。ベレッタが呼んでる」

 

 と、セーラに声をかけられる。見てみるとたしかにレキがこちらに目配せしている。近付くか。

 

 改めてベレッタ……さんに近寄る。やはり印象は小柄だ。雰囲気もどことなく貴族令嬢の神崎と似通っている。

 

 俺はイタリア語を話せないので、軽く会釈する。彼女も会釈してから俺を観察するかのように一瞥してくる。

 

 果たして、レキの依頼主から俺はどう映るのだろうか。見た目だけで言えばあまり好印象を与えることはなさそうだがな! 何分この目付きの悪さは治らないもんで……。

 

「――――」

「――――」

 

 レキがイタリア語で俺を紹介しているようだ。

 

 うん、何言っているか分かんねぇ……。てか今さらだけどレキはある程度話せるんだな。世界各国で仕事を受けているだけあってハイスペックなんだと仕事振りを眺めるとよく実感できる。

 

「八幡さん」

「……どうされましたか」

「紹介は終わりました。今から彼女の家へ行きます」

「はい」

「……なぜ敬語を?」

「何となく?」

 

 様々な面で到底敵わないなぁと。

 

 

 

 ――――恐らくベレッタさんの従者の運転の元、彼女の屋敷に到着した。

 

 パッと見の印象はさすが金持ちといった印象の豪邸。これでもかと広い。香港でいたことのある猛妹たちの城より広く感じる。あれは船のようなものだったからそこまでの広さはない。それもそうかと言ったところか。

 

 そのうちの一室を貸してもらえしばらく泊まることとなった。荷物を置いて高級そうなソファーに腰かける。

 

「ふぅ……」

「長旅お疲れ」

「いやセーラ、なんでお前もいるの?」

「……何となく。私は私で部屋あるし、ただ付いてきただけ」

 

 要するに言い換えると遊びにきたってことか。

 

「まぁそれはいいけど……」

「私ですか?」

「お前はお前で荷物部屋に置けよ。いやこの部屋じゃなくて」

 

 自分で言っていてもう理解したけど、レキと同じ部屋みたいだ。別に広いんだからもう1部屋くらい用意してくれてもよくね……。

 

「八幡たちって同じ部屋に暮らしているんだよね?」

「つっても寝る場所別々だぞ」

 

 完全に同室扱いはさすがに緊張する。

 

 ここは話題を変えて誤魔化すか。

 

「……そういや、依頼の狙撃拘禁する奴ってどこにいるんだ?」

「まだこちらにはいません」

「あと数日でこっち来るみたい」

「ほーん」

 

 2人から即座に訂正が入る。まだなぜ拘禁されるか知らない噂の奴はいないとのこと。

 

 ということは、まだ正式に依頼は開始してないらしいな。それなのに早く来たってことは事前に打ち合わせとかあるのだろう。なにせレキにとっては知らない土地なわけだ。

 

「八幡はベレッタとは話さないの? 話していていい子だよ」

「アリアさんとどこか似ていますね」

「いや話さないつーか、話せないから。お互い言葉通じねぇ」

「そっか、あんまり英語も通じないしね。簡単な会話ならアプリ通じて大丈夫だろうけど、込み入った話なら難しいかな」

 

 直ぐ様納得するセーラ。

 

「だな。レキやセーラを仲介するしかない。まぁ、俺は基本的に部外者だ。お前らの依頼にも関わるつもりはないから、そんな話す機会もあんまないだろうな」

「でもわりとベレッタは映像で見た八幡に対して興味あるみたいだよ。別に一般人からしたら当たり前だけど、彼女は超能力に馴染みないからね」

 

 さらっと見ないでくれ。

 

 というか、ベレッタ社のご令嬢ともなればそういう映像……言うなればアングラな世界を知っている上に理解あるのだともその発言で分かる。

 

 しかし、自社製品が使われているかもしれないと思えば気になるのも当たり前だろう。俺で例えると要するに小町がもし武偵にでもなったりしたら、そりゃもう気になりまくる。誰かに映像記録依頼するかもしれないし、何なら後ろから気配完全に隠して尾行しまくる自信しかない。

 

 絶対武偵にはなるなよ我が妹よ、兄が犯罪者になるからな……。

 

「それとね、彼女単純に日本が好きみたい。私は詳しくないけどアニメとか、そういうサブカルって言うの? 諸々含めて一度日本に行ってみたいとも言っていた」

「ほーん」

「だから近くに日本人が来て多少は興味あるらしいね。ただ八幡は……」

 

 やけに言葉を濁すセーラ。

 

「なんだ?」

「きっと積極的に関わろうとはしないよね。ベレッタに」

「まぁな。今回の依頼は俺に関係ないし。何か事件に巻き込まれて、俺ががっつり出るならとかなら話は変わるが」

「いやそういう関わり方じゃなくて……まぁいいや。で、セーラも案外人見知り。そこまで仲良くはならなさそうかなと私は予想する。それにさっきも言った言語の問題もあるから」

「となると、あれだな、イタリア語話せる日本人が傍にいたらいいってことだな。それならベレッタさんも日本のことより知れそうってことか。そんな奴いるかな……あー、神崎とか?」

「アリアさんはイギリス生まれ、イギリス育ちです。日本の文化には多少疎いでしょう」

 

 はい。

 

 レキが訂正した通り、神崎は言語を複数操れると聞いたことがあるけど、日本では数年ほどしか暮らしていないから当てはまらないだろう。

 

 他に俺の身近な知り合いだと――――まずパッと理子が思い浮かぶ。アイツがイタリア語話せるのか知らないけど、もしイケるなら誰とでも一先ず仲良くはなれる性格だし話は合いそうだ。サブカル好きならなおさら。昔はどうやら欧州で活動していたらしいから、少しくらいなら話せそうな気がするという俺の勝手な印象だ。

 

 ……何にせよ。

 

「さっきも言った通り、極力お前らの邪魔はしないつもりだから、まぁ大人しくしておくわ。セーラさんが俺に用事を言いつけるなら未だしも、俺からは死人が出そうでない限り介入しないってことで」

 

 と言いつつソファーで寝転ぶ。かなり質の良いソファーに埋もれ、思わず移動の疲労により寝そうになる俺はそう結論付ける。

 

 たまにはゆっくりと羽を伸ばしたい。

 

「分かった。でも、まだ拘禁が始まるわけでもないから、明日くらいはレキもゆっくりできると思う。私は用事あるけど、2人でローマを観光でもしてきたら?」

「そりゃありがたい」

「では明日はそうしましょうか。と言っても、何も決めていませんが」

 

9それはそう。行程は真っ白もいいとこだけど、初めて来た国だ。街中を歩くだけでも個人的には楽しそうだ

 

 

 

 

 ――――そして、更に数日が経った。

 

  ローマに着いた翌日はセーラの助言通り、レキとローマを散策した。観光地として有名らしいナヴォーナ広場をゆっくりと歩いた。

 

ヨーロッパの街並みは日本とは赴きががらっと違い、本当に綺麗だった。いくつかの噴水や遺跡や広場、観光名所として納得できるほどの場所だった。レキと一緒にずっとボーッと過ごしていたくらいには良かった。

 

 まぁ、そのせいでわりと近い距離にあるコロッセオには寄れなかったので、今日は1人で行く予定だ。

 

慣れないバスを乗り、人混みに押されながらゆっくりと歩く。

 

もう既に見えていたけれど、ようやく近辺まで来れた。

 

「…………」

 

 俺はあまり人が通っていない場所に移動しジッとコロッセオを眺める。

 

 高さはざっと50m、円の直径は調べてみると188mくらい。日本では見ない種類の建造物の迫力に圧される。

 

 西暦が始まってから100年も経っていない中、こうも巨大な建造物を作るとは想像が付かない。

 

 どうやらコロッセオの中にも入れるみたいだ。しかし、けっこう料金がかかる上、チケットを購入するための列もそれなりに長い。外観も見れるだけでこちらとしては満足感高いから、勿体ないかもしれないが中には入らなくていいとも思う。

 

 入場料、日本円換算で20000くらいはいくら世界遺産だろうと正直なところ高い……。ならせめて外観は記録に残そう。

 

 そういえばこの建物の意義、使われていた理由はたしかあれだったな……。あまり現代には馴染みがないような、ある意味では馴染み深い気もする。

 

「ん……」

 

 なんてことを頭に浮かべつつ歩きながら写真を撮っていると、通行人とぶつかってしまう。有名な観光地で少し浮かれていて周りへの注意を怠っていた。

 

「っと、すいません。じゃなくて……sorry」

「……あら、日本人?」

 

 不意に聞こえた、聞き慣れた言語が耳に届く。

 

 ぶつかった相手を見ると、たしかに日系の人――――というより日本人の女性だった。

 

 若い。歳は俺よりいくつか上だろう。大学生くらいに見える。

 

 端正な顔立ちに色素の薄い、腰まで伸ばしているストレートロングの髪。色白な肌に澄んだ眼をしている。瞳にはまるで感情は宿ってなく、どこか浮世離れした印象を受ける。

 

 そんなことを勝手に思うが、声色は特にそんなことはなく、レキのように一定な、抑揚のない声ではない。

 

 まとめるとこの女性の容姿はまるで精巧に創られた人形のようなある種別の美しさがある。

 

「あ、はい……」

 

 それはそれとして、返答には普通にどもる俺だった。

 

「私もよ。私こそぶつかってごめんなさいね。貴方は観光中?」

「ですね」

「高校生かしら?」

「一応」

 

 なぜか疑問を次々投げ付けられる。いやもういいよね。離れたら? 異国で会った同じ日本人だからだろうか、なぜか不明だけど、やたら接してくるんだが。

 

「観光中なら少し時間あるよね。ちょっと話に付き合ってもらえる?」

「まぁ……はい」

  

 あ、このまま話続くんだ……。なぜに……。

 

 ふと彼女はコロッセオの方に目をやり口を開く。

 

「貴方はこのコロッセオ……これがどういう目的で使われた建物が知っていて?」

 

 内容は目の前に映る巨大な建造物について。

 

「どういう……って言うと、いわゆる剣闘士が戦った場所ですよね。人と人が戦う見せ物」

 

 …………血生臭い歴史がここにあった。

 

「えぇ。遥か昔、人間同士……時には猛獣とも戦ったそうよ。今となっては珍しく、そして随分と古臭い興行ね。なら次の質問、その剣闘士がどういう人かは知っている?」

「腕試しに志願していた人もいたそうですが……大半は奴隷の身分ですっけ」

「よく知っているわね。その通りね」

 

 イタリアへ行く前に軽く調べたことがある。

 

 創作物でよく奴隷の身分が出てくるが、実際はどんなモノだったのか俺には想像付かない。書籍やネットの情報でしか知り得ない。……こんな世の中だからこそ、少しは興味はある。

 

 すると彼女はまた俺に話しかける。

 

「あ、別に敬語は外して良いわ。敬語だとちょっと虫酸が走る」

「……分かった」

 

 初対面で推定年上にタメ口は気が引けるが、本人が言うなら構いやしないか。

 

「……で、話を戻して。コロッセオの中には何万人もの人が収容できたそうよ。人が戦う……それも奴隷という身分が。言うなればそれだけなのに、なぜこうして大きな存在になったと貴方は思う? 今で似たものに例えると、格闘技の試合とはきっとまた別の扱いよね。ベクトルが全く違うわ…………ここで戦うことは」

 

 それはかなり異常なことだと暗に語る彼女。

 

 たしかに人が戦うだけならここまで豪勢な建物はいらない。地面さえあれば人は殴り合える。それこそ、格闘技のリングは外から見ると大して広くない。

 

 しかし、それでも目の前の建物ができるほど興行として発展したかと言えば――――

 

「要するにコロッセオの見せ物は一般市民にとって娯楽って話だろ」

 

 単純明快、ショーのような存在ってことだろう。

 

「……娯楽ね。否定しないわ。恐らくそういうことになるけれど、どうして人が戦うだけで、多くの人が視ることになるほどの娯楽になるのかしら? こんな建造物ができるほどね」

「どうして……か」

「人間の本能ってやつかしらね」

 

 ……彼女の問いにしばし返答に困る。

 

 世界遺産として現代まで残るほどコロッセオは大きく、そして遥か丈夫に建造された。戦争のような領土や利益を得るための建物ではない。ただ人が戦うためにコロッセオはあった。

 

 娯楽として人が戦う……下手すれば野蛮な殺し合いだ。たしかにある意味異常と言えば異常だろう。現代まで表向き残っていないのがいい証拠だ。

 

 その是非……理由を問われれば、きっと答えは単純で馬鹿馬鹿しいモノかもしれない。

 

「極論だが――――人間、自分より下の存在がいると安堵するからだろ」

 

 少し、乱暴な言い方になるのを自覚した。

 

「……その心は?」

 

 俺はどこか冷たくなった声色の彼女と目を合わせず、コロッセオを見据えつつ語る。

 

「別にこれは今も昔も関係なく、人間の本質は変わらないことだと思う。世の中いくら平等を謳っていても、その平等の奥底で区別は存在する。自分は優れている、アイツは劣っている――――表面上どれだけ取り繕っても、心のどこかでその感情は誰もが大小あれど持っているモノだ。明確な下がいるから、自分はそうなりたくないと思う。自分が上という事実で自尊心を保てる。その下ってのが身分や年齢に容姿、はたまた持っている能力差か、対象が何なのかは人によって違うと思うけど」

 

 平等、公平、誰もがそうでありたいと心から願う。差別なんてない方が断然いい。そんなこと俺だって考えているものだ。ただ、そんな想いとは裏腹に優劣を付けだがるのが人間であり今昔から続く社会というものだ。

 

 それが完全に悪いとは思わない。現状のままでいい、停滞を望めば発展はない。誰か何かに負けたくないという気持ちがあるから、人間は様々な面で進化できる。

 

 とはいえ、その進化のある種の行き着いた先が――――この石造りの建物なのだろう。奴隷制度、身分の格差、これらが顕著に表れてしまっている。とは言うが、もちろん俺は否定から入るつもりなどこれっぽっちもない。これも人としての歴史なのだから。

 

 …………話を戻すか。

 

「まぁ、それは現代でも同じだろ」

「同じねぇ。本当かしら?」

 

 彼女がおどけた口調で聞き返す。

 

「同じだよ。これはあくまで一例だが、ニュースやSNSでバカやった人間を見て、自分はこれよりマシだ。自身の能力が何かしら劣っていると自覚しているけど、これに比べればまだ自分は優れている――――そんな思いを抱くことはきっとあるだろう。そして、そのバカやった人間が……その、なんだ、社会的制裁を受けることを関係ない場所から眺めて、自分はこうはならない、なりたくないと反面教師として受け止めることもあり、人がドン底に落ちていく過程を見て優越感に浸ることもある」

 

 これが決して悪ではないし、別の観点から見れば全うな気持ちでもある。他人の振り見て我が振り直せとも言う。そうやって、全く知らない他人を下に見つつも自身の行いを反省できるなら、少しはプラスになるだろう。

 

「とはいえ、あれだな。人が戦うってのが当時の市民にとって面白いと感じる部分があったという側面も当然あるとは思う。何ならそれが大部分だとも感じる。昔にとってここは、日常では経験できない、非日常を味わえる場所でもあったのだろうな。――――だけど、だからこそ、自分より下の身分が血を流しているという事実が、ある種の息抜きになっていたのかもしれない。どれだけ生活が苦しかろうと、この奴隷たちと比較したらまだ自分たちは恵まれているってな。現代と価値観が違うとはいえ、上と下が存在するからこんな娯楽が生まれるんだろうな」

 

 言いたいことを言い終え、ふぅと一息つく。

 

「…………」

 

 どうして俺は見ず知らずの初対面相手にここまで語ってしまったのだろうかと今さら思い返す。多分どこか1人になったらこのことを思い出して恥ずかしい気分になること間違いない。黒歴史になるだろう。

 

 だが、不思議と今俺の隣にいる彼女には吐露しても問題ないとも思える。どこか、恐ろしい魅力がありそうだと不躾なことを思考してしまう。

 

 そんな彼女は呆れたように話す。

 

「貴方、随分捻くれているわね。物事穿っている見方よねそれは。だいぶねじ曲がった考え」

「うるせぇ。事実でもあるだろ」

 

 思わず吐き捨てるように言う。

 

「たしかに貴方の言ったこと全部否定できない……間違いない部分もきっとあるわ。暴力、迫害、差別、冷遇、これらは人類が積み重ねてきた歴史。もちろん、人がその力を正しく使い、発展してきた歴史もある。きっとそれがほとんどを占めるでしょう。けれど、人の歴史に争いが常に付き纏っている。……私にもね」

 

 彼女の最後の一言だけ少し、感情が乗っていた。そのことに対して疲れたというような印象を受ける、重い声色だ。

 

「まぁな。全体か個人か、人がいるだけ種類は問わず争いがある。その争いを上から見ている奴がいて、嘲笑って……自分が下なんだと痛感して、それが嫌になって、自分があまりにも哀れに感じ、死にたくなるときもある。――――だけど、それこそが人間だ」

「……というと?」

 

 一拍置いて俺はまた口を開く。

 

「そうやって自分では到底拭えない嫌な想いをして潔く死ねるのも、何か希望があって生きようと前に進めるのも、ここに立っている人間としての特権だ」

 

 生きているから選べる。どれだけ蔑まれようと、どれだけ見下そうと、死んでいたら何か選択をすることはできない。当たり前のことだ。

 

「ホント、捻くれているわね貴方……。いや、その考えも正しいことだとは思うわ。そうね。じゃあ、ちょっと話を変えて……もしそれが、人を殺してしまうような輩でも同じことが言えるの?」

「知るか。個人の快楽のために殺していたら擁護できねぇけど、別に全部そんな理由じゃねぇだろ。生きるために仕方なかったって奴は大勢いるだろうし。まぁ、俺は理由がどうあれ俺の目の前……手が届く範囲で人を殺そうとする奴とは相容れないけどな」

「もし私が今までの人生、人を殺していても同じように接することができる?」

 

 随分不思議なことを訊いてくるな。まるで自分は人を殺したことがあると言っているような言い草だが……。

 

「その昔を知らないからな。そこらはどうでもいい」

 

 それを言ったら、レキだってそれこそ昔似たようなこと殺っているしな……。具体的なことは知らないけれど。

 

 ふと彼女の表情を伺うと、なに目を少し丸くさせているのやら……。驚いているの?

 

「ホント……おかしなことを言う人。過去に殺人を犯していたら、普通は許さないだとか関わらないとか言うものじゃない。そういう考え、周りからすればかなりイレギュラーではないかしらね」

「ほっとけ」

 

 気の抜けた声を出す。いちいち深掘りするのも怠いだけだ。

 

「なら、もし私が貴方の目の前で別の誰かを殺そうとしたら?」

「そのときは敵だ」

 

 ここだけは断言できる。素性の知らない相手の過去を知ろうとはしない。しかし、目前で問題起こせば当然戦う。

 

「スパッと言うのね」

「いやそれは当たり前だろ」

「ま、それもそうね。逆の立場なら貴方がそう言うことくらい予想つくわ。いくら貴方がイレギュラーな思考をしていてもね」

 

 ――――と、ここで人混みがより騒がしくなっていることに気付く。

 

 どうやら初対面の相手とだいぶ長い時間話していたらしい。

 

「あら、人が増えてきたわね。付き合ってくれてありがと。いい暇潰しになったわ」

「お互い様だ」

「少し、自分を振り返ることができたと思う。貴方の言う選択……私はこの道を突き進むしかないともう決めたから進むだけ。どれたけ敵を排除することになってもね」

 

 随分と物騒な言葉を使う。まぁ、彼女にも事情があるということだ。別にそこまで興味が湧かないし、深く知ろうとはしない。

 

 話が完全に終わり、静謐な空気がこちらを包み、彼女はここから離れようと俺から視線を外す。

 

「じゃあね――――あっ」

 

 踵を返したところで彼女はこちらへと再度振り返る。

 

「ん?」

「名前、名乗ってなかったわね。伊藤よ」

 

 それだけ言い残し本当に去ろうとする。だが、俺もまだ名乗っていない。改めて名乗ろうとするが。

 

「俺は」

「名乗らなくていいわ。イレギュラー、勝手にそう呼ぶことにするわ。貴方のことは」

 

 今度こそ彼女は振り返ることなく雑踏の中へ完全に消え去った。俺はただそれを眺め、ずっと立ち止まっていた。

 

「……」

 

 初めて話す相手に、ここまで込み入ったことを話すとは思いもしなかった。最初はコロッセオについての話だったのに、話の方向がかなり斜め上まで吹っ飛んだ。

 

 奇妙な時間だった。だが、殺す殺される、生きる死ぬ、こんな物騒な話をしていて不快な気持ちはなかった。不思議な女性だった。

 

 そして、勝手に嫌な渾名で俺のこと覚えられた気がする。いや普通に自己紹介させろ……。それで俺のこと記憶してないでほしいんだが?

 

「はぁ……」

 

 まぁいいや。もう少しコロッセオを見て回るとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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