八幡の武偵生活   作:NowHunt

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造られた創られた神様

「あれ? 遠山?」

 

 あの伊藤と名乗った不思議な女性出会いから時間は過ぎた。

 

 コロッセオを観光し、他の街並みをゆっくりと歩き見て回った俺は夕方になる頃にはベレッタ邸へと俺は帰還していた。

 

 豪邸で働くメイドや執事に会釈をして部屋に戻ろうとすると、廊下で何やらレキとセーラ、そしてベレッタさんと言い合っている――――どうしてここにいるのか分からない遠山と出くわした。

 

 あれ? なんでコイツいるの? そう素直な疑問を抱いた。ここは東京でもなく日本でもなく欧州にあるイタリアぞ? まぁ、遠山ならどこにいてもおかしくはない。何ならそれが平常運転なまである。

 

「あれは……ひ、比企谷!!」

 

 と、俺を見付けたや否やまるでようやく味方に会えたとばかりに目を輝かせた遠山は俺にすり寄る。面倒なことに巻き込まれたであろう遠山の頭を蹴飛ばし、レキへ顔を向ける。

 

「…………とりあえずレキ、説明を」

「はい」

 

 もう何となく予想はつくけど。

 

 ――――数分後、レキから簡潔でいて分かりやすい説明を聞いた。

 

 どうやら今回の狙撃拘禁する相手は遠山とのこと。理由は遠山がベレッタさんに借金をしているから。その借金の内訳は、遠山が借りていた奨学金のせい。

 

 ベレッタさんは遠山の高度な射撃技術に見惚れ、自社のベレッタを愛用していることから月額10万円の奨学金を与えてた。このことについては同室で暮らしていた俺も知っていた。まぁ、ぶっちゃけ羨ましい気持ちはあった。

 

 しかし、いくら金を貰おうと奨学金は奨学金。普通に卒業して少しずつ返済する契約だったが、遠山はあることをやらかした。

 

 そうだね、留年だね。

 

 留年や退学したら、奨学金は即日返還という内容だったらしい。で、遠山は当然そのことを知らなかった。元々ローマ武偵高校に編入することもあり、こうして呼び出した。そして、ベレッタさんが依頼した凄腕スナイパーたちが拘禁しつつ、遠山は借金返済のため泣く泣く働く必要があるとのこと。

 

 ……なるほど。拘禁相手が遠山とは推測できたが、そういう流れだったのかとようやく理解できた。

 

「お前いつもどこかでトラブルしか起こしてないな……」

「くっ、否定できない」

 

 俺の呆れた声に立つ瀬がないのか遠山は項垂れる。

 

「まぁ、問題が金のことだしな。俺にはどうもできねぇわ。もしここで俺が金貸してもいたちごっこなだけだし。……レキたちも別に拘禁するだけだよな。多分死にかけることはないだろ」

「はい」

「ベレッタから一定距離離れたら警告で撃ちはするけど」

 

 おい。セーラがさらっと恐ろしいこと言った気がする。

 

 内容が内容なこともあって、本気で介入する余地がない。それこそ働いて借金返済するだけならそこまで危険な要素もないからな。武偵という職業柄、多少は危険なことはあるがそこは日時茶飯事だし。

 

「遠山、予め言っておくが、一先ず俺は中立だからな。俺を通じてレキの警戒緩めようとか、セーラから何か有利な情報引き出そうとしてもムダだからな」

「……え、比企谷はこの依頼を受けていないのか?」

「あぁ、俺はレキの付き添い。ここには宿泊しているだけの観光客だ」

 

 あとは他にもローマでの用事はあるけど、ここでは関係ないことだろう。もしかすると、遠山には関係することかもしれないが、そこはあとで確認しよう。

 

「まぁそうだな。これで比企谷の手まで借りるのは申し訳ないな」

「身から出た錆だし俺からするとドンマイ、頑張れくらいしか言えないな。明日は我が身と思うよ」

 

 まだ預金残高はかなり余裕はあるが、職業柄いくら金が飛んでも不思議ではない。

 

「つっても、話し相手くらいにはなるけど。俺だって近くに日本語話せる奴いたら心強いし。……ところで、ここに来たのはお前だけか?」

「いや、リサも一緒だが……俺だけベレッタに半ば拉致されてリサは置いてけぼりをくらった」

 

 あらまぁ……。それは少し心配だ。遠山は自由に動けないことだろうし、この場で好き勝手できるのは俺だけだ。

 

「拉致られたのは遠山のせいだが、それでリサさんが割喰うのはな。欧州だから多少は慣れているだろうけど」

「そうだな。俺は自由に動けないし」

「……今好き勝手動けるのは俺か。ちょっと探しに行ってくるわ」

 

 直ぐ様引き返し外へ出ようとするが、レキに諌められる。

 

「しかし、八幡さん。ベレッタさんはリサさんをどうやら毛嫌いしていたそうです。もし連れてきてもここにいれるかどうかは分かりません」

 

 暗に連れてくるな……いや、連れてきてもどうなるか不明といったところか。

 

「リサさんは口が回るからどうにかなるだろ。最悪ここがムリでも近くの宿泊施設とかなら大丈夫じゃないか」

「八幡、足はあるの?」

 

 セーラからの疑問。

 

「いや? バイクも自転車もないからそれこそ足しかない。まぁ、空港からここまで大通り歩けば多分見付かるだろ」

 

 最悪空を飛べば……いや、こんな街中ではさすがに目立つ。それにもうすぐ暗くもなる。飛べば逆に分かりにくい。日本ならリサさんは髪色など目立つが、ここはイタリア。リサさんに似た髪色は多い。

 

 まぁ、最終的にはどうにかなるかと楽観的な気持ちで来た道を引き返す。

 

「じゃ、ちょっと外行ってくる」

 

 あれから1時間ほどでリサさんと合流し、再度ベレッタ邸へと足を運んだ。

 

 案の定、目立った大通りをキョロキョロしながら歩いているリサさんを発見した。声をかけたとき非常に驚かれた。それはもうオバケでも見たかのような……傷付いてないんだからね!

 

 連絡先でも交換しておけば良かっなと今さら思い至ったまである。いや、なんなら遠山から聞いておけば良かったのでは? 段取り悪すぎか?

 

 途中、リサさんを屋敷内に入れるかどうかでベレッタさんと若干揉めていた様子だったが、リサさんが言い包めたらしく、無事滞在できるようだ。

 

「比企谷さん、道案内ありがとうございました」

「大丈夫。単に寝覚め悪くなりそうだっただけだ」

 

 改めてリサさんから礼を言われた俺は適当に言葉を濁す。今日はずっと歩いていたこともあり疲労も溜まっていたからな。早く休みたかった。

 

 そのためリサさんと軽く会話してから、俺は飯を食べてからすぐ寝ることにした。

 

 

 

 

 

 

 ――――遠山が合流してから数週間が経過した。

 

 ローマ武偵高に通い始めた遠山とは余所に俺は個人で動くことが多くなった。

 

 リサさんも遠山と同じく通い、レキやセーラは拘禁するために近場で監視。そして雇い主であるセーラさんも武偵高生のため当然登校する。

 

 総じて俺はかなり暇になった。

 

 最初のうちは観光を素直に楽しんでいたが、毎日出歩くというのも出費がかさむこととなり、俺はレキを仲介に宿泊させてもらっている屋敷の掃除や雑務といったアルバイトをすることにした。内容は掃除に買い出し、料理……まぁ、といっても主は掃除だ。

 

 頻度は週に2、3回程度。正直言語の壁でそこそこ大変だが、仕事の内容自体はそこまで厳しくない。まぁ、所詮は下っ端。重要な仕事など普通に考えて回さない。地味な仕事がほとんどだ。小遣い稼ぎとしては丁度いい。イタリアに来てから少し運動不足を感じていたし、体も動かせて一石二鳥といったところだ。

 

 問題の拘禁中である遠山とは近況報告など適当によく駄弁っている。話している内容も今回の拘禁とは関係ないものばかりだ。日本語で話せるっていいね。

 

 まさか遠山が最近総理を暗殺しようとした相手を止めるため戦っていたとはな。相変わらず人生ベリーハードモードだ。それも遠山の父親の仇で、前に少し話をした可鵡韋の姉が相手らしい。世の中怖いねぇ。

 

 というより、思い返しておいてあれだな。思っていた以上に依頼としての滞在期間が長い。

 

 とっくのとうに修学旅行ⅲとしての期間は終了している。別にレキの依頼を手伝っているわけではないため、武偵の任務に付き添っているからという正当な理由で学校も休めない。だからまぁ、こうしてせっせと働いているとはいえズル休みに近い形だ。

 

 こうしている内に出席日数やらが犠牲になっているが、所詮武偵高の偏差値なんてタカが知れている。試験でどうにか取り戻せることはできるから、そこまで深刻にならなくて大丈夫だろう。

 

「……ふぅ」

 

 午前中の清掃も終わり、一段落すると玄関が少し騒がしくなるのが聞こえた。主人がいないところでの来訪者だろうか?

 

 トラブルなら出張ろうとと思い近付くと、何やら見覚えのあるピンクのツインテールが見える。

 

 遠目から見てもあれが神崎アリアだと分かる。

 

 まぁ、何故を問われたらここにいる理由は思い当たらないが。そして、隣にはリサさんがいる。なんか問い詰められているような……十中八九遠山がどこか問われているのだろうなと安易な推測は成り立つ。

 

「関わらない方がマシだな」

 

 面倒なことに巻き込まれそうになるだろうと予感した俺は小声でそう呟き、気配を隠してその場からそそくさと離れていった。

 

 

 そして、神崎がなぜか訪れた日からまた数日が経ち、5月下旬のある日。なぜとか言う必要はないけど。なお、遠山は案の定というか大変な目に遭った模様。神崎が来る=遠山に対して何か用事があるだからな。ぶっちゃけ一瞬で察していたまである。

 

 それはそれとして、今日は珍しく俺はここローマで予定があった。理由はイ・ウーの同窓会。どうやらローマで開催するとのことで、俺も参加しろとのお達しだ。

 

 面倒なことこの上ないが、シャーロックから直々に呼ばれるとなると無視もできない。断ったらより面倒なことになるのは目に見えている。それこそいつの間にか背後にシャーロックがいる可能性すらある。そういうのはレキで間に合っているし、普通にビビるので止めて欲しさしかない。

 

 ということで、不本意&渋々ながらも参加するしかない。

 

 時間は夕方指定だったけど、遠山たちは午前中から出かけるとのこと。用事を済ませながら徐々に今日参加する面子と合流しながら目的地まで行くらしい。対する俺はギリギリまで現地に行きたくなかったので、昼過ぎに出発し適当に回り道をしつつ単独で向かう予定だ。

 

 目的地はヴィア・デル・コルソにある高級なホテル。コルソ通りと言えば観光地として伝わる人もいるのだろう。俺はここに来るまで初耳だったけどな。

 

 ヴィア・デル・コルソには下見も兼ねて今まで何回か訪れたことはある。初日にジャンヌから渡された招待状を見て場所は知っていたからだ。何ていうか、観光地のくせにやたら細い道が多い印象を受けた。街並みはさすがローマ、充分すぎるほど綺麗だった。日本や香港にニューヨークと比べて高層ビルが少ないからこその綺麗さだな。

 

 そして時間はまだ午前中、出かける遠山とそれの監視に動くレキを見送る最中。

 

 そろそろ出発するというときにレキは俺の近くに近付き、軽めの挨拶をする。

 

「では八幡さん、また後ほどお会いしましょう」

「おう。レキも気を付けてな」

「はい」

 

 会話が終わったと感じたときふとレキが呟く。

 

「……ところで八幡さん、申し訳ありません」

「何が?」

「今回、あまり一緒にいることができず……」

 

 少し、レキにしてはどこか悲しげな声色だ。目線も俺から若干ズラし、他人と比べれば抑揚のない声の中に謝罪が含まれている。

 

 たしかに当初の想定以上に任務の期間は長い。それこそ一緒に行動できたのは最初の数日程度。そこからは基本的にドラグノフ片手に遠山を監視する日々が続いていた。

 

 たしかに俺にもレキといたいという気持ちはある。しかし、それを俺は咎めることなどしない。

 

「それが仕事だろ。俺が遠山の近くにいて遠山の有利になることをしてしまう――――なんてことになったらお前の信用問題に関わる。その方が色々と面倒だろ」

「ですが……やはり八幡さんの近くにいたいとは思います」

 

 今度はキリッとした声ではっきり告げる。

 

「遠山の借金返済がいつ終わるか分かんないけど……まぁ、もし仮に万が一終わったとして」

「仮定を非常に重ねますね」

「いやだって遠山が借金返済できるイメージ沸かないし……」

 

 アイツに失礼なことを言っている自覚あるけど。遠山なんて常に金欠状態だし。

 

「帰りの飛行機まで多少は余裕あるだろうし、またのんびりどこか出かけるか」

「えぇ、楽しみにしています」

 

 レキのたまに見せる微笑。口角をほんの少し上げるだけの笑み。だが、レキが笑ったという事実が嬉しく俺も釣られて笑ってしまう。

 

 何気ない約束を交わす。たったそれだけのことで、お互い頑張ろうと思うことができる。……問題はメインで働いているのはあくまでレキであって、俺はおまけだと言うことだ。締まらねぇな……。

 

 

 

 ――――そして、夕方。俺は同窓会開催の地であるヴィア・デル・コルソまで赴いていた。

 

 以前来た印象と変わらず、メインの道は普通に大きかったと思えば、少しメインから逸れて歩くと狭く曲がりくねった道が多い。道というか路地だなこれは。

 

 どうやら日本で例えるところの商店街のような場所らしい。歩く度に様々な店がところ狭しと並んでいる。

 

 それはそれとして……。

 

「早く着きすぎたな……」

 

 開始1時間前にはもう目的地のホテルまであと少しの距離まで近付いていた。ギリギリまで行きたくないと思いながらもなんだかんだで開始には間に合うように動いていしまう。約束の時間15分前くらいには着いてないと、どこか落ち着かない性格になってしまった。これも武偵の影響かな……。

 

 もうちょい歩き回って時間を潰すか。

 

 さすがにまだ早すぎるため、俺は来た道を引き返し、まだ行ったことのない路地を歩こうと足を進める。路地と言っても、車2車線ほどの幅はあり、人通りも普通にある。なんなら混んでるしな。あくまで観光地や現地の人で賑わう場所だ。よくゲームなどに存在する廃墟の路地裏などではない。

 

 歩道が狭いため、人とぶつからないようセンサーで回避しようにも限度がある。往来がこうも激しいと進むのも時間がかかる。

 

「っと……」

 

 途端に後ろから衝撃が走る。誰かとぶつかったみたいだ。謝ろうと振り向こうとするが、その寸前視界にある光景が横切る。

 

 ――――それは俺の持ち物だった。

 

 黒いコートを着ている髪の長い女性が俺の財布をヒラヒラと手を振り盗んだと見せてくる。

 

「おいっ、テメッ!」

 

 クソっ、こんな白昼から堂々とスってくるのかよ! 海外さすがだな! 油断していたとはいえ、こうも無様にヤラれるものか。しかも見せびらかすとは余計に腹が立つなおい!

 

 俺は怒りのまま咄嗟に追いかける。――――が、財布をスった女はまるで川が流れるかのように自然と、誰ともぶつからず人混みを進んでいく。

 

 明らか盗み慣れているなと思いつつ、見失わないように俺も身を細め走る。

 

「…………」  

 

 差が詰まらないどころか段々距離を離されていくのを肌で感じながらもどうにか喰らいついている。向こうの動きにムダがなさすぎる。こうも人混みが多いというのに。烈風を使うのは最終手段だな。まぁ、風くらいなら急に突風が吹いたで誤魔化しはできるかもしれないが。

 

 追いかけること数分、女は俺の方をチラッと横目で見たかと感じると、まるで誘導するようにあるホテルの自動扉へと入るのが見える。

 

「上等……!」

 

 個室にでも入られると面倒なことになると判断した俺はなるべく早めに捕まえるため、女のあとに続いてホテルのロビーへと入る。

 

 ホテルの名前は確認せずに入ったが、今まで見たことない豪華さのに一瞬目を奪われる。藍幇城も大概豪華だったけど、これまた別種類の豪華絢爛さ。1つ1つの部品、素材、どれもが高級なのが素人目の俺が見ても分かる。

 

 緋色を基調とした絨毯、コリント式の円柱、純金が施されている階段、その広々としたロビー……その中央にスり女がいた。

 

「…………」

 

 ――――だけではない。

 

 女の両隣に3人の女が近寄った。

 

 長身の金髪の女性、と銀髪の幼い女の子が2人。素直に考えると女の仲間になる。そして、不思議とこのホテルで働いているスタッフは見当たらない。この4人と俺しかこの場にはいない。

 

 銀髪の幼い女の子たちは素手だが、金髪の女性はなぜか弓を手にしている。まだ弓は番えていないが……。なるほど、こうして弓を持っているということはあの女の味方であり、俺の敵だということが嫌というほど理解できる。

 

 というか何よりここまで来てようやく分かった。俺の財布をスった女の正体……。

 

「おいいきなり何すんだ、伊藤」

「覚えていたのね、光栄だわイレギュラー」 

 

 思ってもないことを口にするのは数週間前にローマのコロッセオで出会った女性、伊藤だ。あのときと同じような黒のロングコートに身を包んでいる。

 

「そりゃな。で、財布返せ」

「いいわ」

 

 あっさりそう告げた伊藤は財布を俺へと投げる。少し面喰らった俺は意外に思いながらも落とすことなくそのまま財布をキャッチする。

 

「…………」

 

 ここに来た目的は達成したけれど、どうもこのまま退散できる雰囲気ではない。伊藤の正体は不明だが、どうも一般人ではない。下手に動けば、多分普通に殺られるまである。

 

 これは本気で誘い込まれたと言って過言ではないな。頭痛くなってきた……。

 

 とりあえずさっさと殴る? それとも話して情報集める? 

 

 これからどうすべきか悩んでいると後ろからガコンと音がする。――――確認すると、自動ドアのシャッターが降りていた。これでは外の様子を見ることはできない。当然逆からもだな。随分な用意周到さに思わず舌打ちしてしまうくらい苛つく。

 

 大きくため息を吐く。逃げることは諦めて何か話してみるか。

 

「……で? 何がしたい?」

「そうねぇ。簡潔に言うと、殺すわ――――貴方を」

 

 自然と耳に届く殺害予告。あまりにも自然で日常会話かと疑うくらい何気なく発せられた。さらっと言われた言葉に対して何も思うところなどない。

 

「ハァ……だろうな」

「素っ気ない反応」

 

 まるでつまらないとでも言いたげな様子だ。

 

「ここまで手込んでおいて、殺すか誘拐くらいしか選択肢ねぇだろ。だが俺が訊きたいのはそんなことじゃねぇ。何のために俺を殺すかだ。いきなり死ねって言われても納得するわけないしな」

 

 とりあえず少しでも会話を引き伸ばしてみる。携帯を使う隙はないし助けは呼べないだろうが、伊藤たちが何者か正体の推測くらいはしたい。何かしらの犯罪集団と言うのがまず予想できる範囲だが。

 

「一応命じられたってのもあるけれど、私個人としてイレギュラーが邪魔ってのもあるわね。遠山キンジとも近しい存在なわけだし」

「命じられた……ね」

 

 つまり、伊藤自身の意思で俺を殺そうとするわけでもなく、誰かに依頼されたから俺を狙うと。となると次の疑問は誰が依頼したのかだと素直に訊いても答えるわけがない。

 

 となれば戦闘は免れないだろうけど、遠回しな会話をしてどうにか時間を稼ぐしかない。

 

「ていうか遠山と近しいってなんだ。ただの同級生だぞアイツは」

「そうなの? よく一緒の任務にいたって情報あるけど」

「あるにはある。が、たまたま組んだってだけだ」

 

 それこそ一緒に戦ってきた回数は少ない。

 

 ……ダメだ、情報が全然入ってこない。もう少しこちらから話しかけるか。

 

「別に俺が生きていてお前の目的とやらの邪魔することになるか?」

 

 過去の会話を思い出し、言葉を選んで会話を続ける。

 

「可能性はあるわ。遠山キンジはさて置き……なにせ貴方は世界から見ても稀有な存在。数少ない色金を使える者。今後私や教授の障害になるかもしれないしね」

 

 教授? それが今回の依頼主? 誰だ?

 

 恐らく渾名のようなものだろうが、ここまでする奴が安易に情報を漏らすとは考えにくい。該当する人物は思い当たらないし、この教授という渾名からソイツの本名を推測するのは難しいだろう。

 

 加えて当たり前のように俺の情報を知っている。ということはまずアングラな世界に生きている奴だ。俺を殺すと発言しているからそれもそうかと今さらな納得をする。

 

「その可能性の芽を今から摘んでおくのか」

「そういうことかしら。あぁ、でも本当は――――ま、これはいいでしょう」

 

 途中で言葉を濁したが、何を言いたいのやら。

 

「…………」

 

 しかし、改めて伊藤を観察すると、ふと遠山との会話を思い出す。それはシージャックを行った人物が総理暗殺を企てた事件。その主犯の話を。

 

 色素の薄い肌や髪色、着ているコート。隙のない立ち姿……諸々まとめてどこか浮世離れている印象。ある人物を想起させる。

 

「マキリ……?」

 

 不意に漏らした言葉に伊藤は反応を見せる。

 

 マキリ。それがシージャックの主犯の名前と遠山から教えてもらった。俺は当然その事件に関与していない上、伊藤と会ったときはただの観光客同士だった。このような特殊な状況でないと結び付かないわけだ。

 

「私の名前、知っていたのね。遠山キンジから?」

「当たっていたのか。つまり――――」

 

 ここまで話してようやく何となく察した。

 

「お前ら『N』か」

 

 そして伊藤がマキリと分かった以上、芋づる式に分かることもある。

 

 これも遠山から教えてもらったことだが、マキリはある組織に所属していると。微妙に遠山からは言葉を濁らされたけど、神崎から既に忠告を受けていたからな。その正体の名前は既に知識としてはあった。

 

「よく知っているわね」

「たまたまだ」

 

 人伝に聞いただけだし余計にな。自分から情報を集めてNの存在に行き着く……そんなことはまずなかっただろう。

 

「何にせよ、お前らは国際的に色々とやらかしているテロリストたち。つまりは犯罪者。伊藤…………いや、マキリはシージャック起こしたっていう比較的新しい罪もあるわけだ。後ろの女たちは知らんが、一先ず捕まえて警察に引き渡してやるか」

 

 ヴァイスを組み立て如何にも今から戦闘します! という雰囲気を出しつつそう口では言うが……。

 

 やる気出ねぇ……。いやまぁ、やるとなったからには頑張るが、正直単独で勝てる気がしねぇ……。遠山からの情報を元に戦うが、マキリの戦闘力普通に高いった話らしいし。

 

 たしか元公安0課所属だっけ? あのイカれている武装検事とバリバリ戦い合っていたって話だっけ? いやもうムリムリ……。どうしろってんだおいこら。

 

「少し、興味もあったのよ」

 

 俺が臨戦態勢に入ったからか向こうもより一層目付きが変わる。

 

 何がと問いかける前にマキリは矢継ぎ早に口を開く。

 

「様々な強敵を退けた、イレギュラーの実力が……どんなものか……」

 

 そして、マキリが喋る度に、徐々に、マキリの雰囲気が変わる。それは俺や他の人物がただ戦闘するために、スイッチを切り換えるなんて生易しいものではない。

 

 ――――それこそ、感覚的にはHSSになった遠山に近しい雰囲気。完全な別人になったような印象。ほんの前まで話していた伊藤マキリはもういない。

 

「……エンディミラ、貴女たちは離れて待機を……まず、私から、です……。イレギュラー、異常な貴方…………すぐに、壊れては、いけませんよ」

 

 さっきまで多少はあったはずの人間味を完全に失せ、目の光もなくなり、完全な無表情になり、口調も一定であり抑揚のない声。

 

 まるで人形。精巧に造られたような美しさがあると思ってしまう。……いや、美しさというより、ある種の神秘さを内に秘めているかと不躾ながら感じてしまう。

 

「せっかくなので、暗くなるまで……踊って、歌って、遊びましょう?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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