八幡の武偵生活   作:NowHunt

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舞って散って、その果てに

 マキリはただ歩く。それは日常に行う動作のように穏やか。喧騒に満ちた街中、または誰もいない田舎道を優雅に進むように踏み出す。これは誰もが行う仕草。

 

 たった、それだけのはずなのに――――思わず目を奪われそうになる。

 

「……」

 

 今までにない経験。一挙一足、その全てに無駄がない。あまりにもスムーズ過ぎる。10mはあった距離が、瞬き1つで縮められたとしか表現しようがないほど、静かな移動。コマ送りの映像を見ているかのように鮮やかだった。

 

 聞いたことがある。例えば、武道である空手。段が2つほど違えば、それは戦場において全く別の存在、生物になり得る。武道は今でこそスポーツとしての側面が強いが、元々は戦場で生まれた存在。

 

 だからこそ、彼女の、その足運びは事前に情報を聞いていたのにも関わらず……ことこの初見において全く捉えきれないものであった。

 

 つまり――――瞬く間に、俺の間合いの更に内側に入られた。

 

「クッ――――」

 

 何の攻撃が来るのか判明してなかったから咄嗟に烈風を放ち、マキリの足を一瞬止めながら俺は大きく後退する。が、俺が烈風を出すその直前にマキリは間合いを詰めた勢いでハイキックを俺の眉間に狙いを付け放っていた。

 

「っぶね……」

 

 偶然烈風で迎撃する直前、ヴァイスを顔の前に構えており、何も考えていないただの直感、それこそ反射でマキリの蹴りの軌道を少しだけ逸らすことに成功した。こめかみに軽く掠る形で初撃は終わった。

  

 完全に油断していた。初撃で気絶しなかったのはありがたい。ヴァイスを構え直しセンサー全開で、マキリの追撃を防ぐことを試みる。

 

 この限りなく短い間で遠山との会話を思い出せ。

 

 ――――マキリの主武装は素手。

 

 これが彼女が一番力を発揮できる形だ。そして素手でありながら遠距離の攻撃手段がある。それは俺のような超能力ではない。金一さんのような武器はあるが目では追えない速さでの早撃ちでもない。原理は詳しく訊いても理解できなかったが、マキリが指を弾くと空気の銃弾が拳銃と遜色ないレベルで襲ってくる。

 

 それを成し得るのが彼女の指。かつて短い時間だけ戦った可鵡韋以上の指圧で襲ってくる。掴まれたら最後、そのまま殺られると考えた方がいいだろう。まぁ、可鵡韋の姉らしいし近接戦闘の方法は似通っている。

 

「となると……」

 

 体勢を整えるため構え直したのは構え直したが……。

 

 ヴァイスを分割して納刀……表現が微妙に違う気がするな。とりあえず俺も武器を片付け素手になる。ナイフも拳銃も一先ず手にはしない。

 

 左手左足を前に出し右側を隠すように半身に構える。俺の素手においての基本的な構えだ。今から行うのは徒手空拳、マキリ相手には危険かもしれないがな。

 

 その間、マキリは襲ってこなかった。

 

「棍棒を手放す……それは、悪手じゃない……かしら」

「喧しい」

 

 ヴァイス……棍棒を使うメリットは単純、ナイフや剣などに比べて近接武器では射程距離が長い。言い換えれば棍棒はただの長い棒だ。特に俺のヴァイスは2mあることだし。

 

 次に素手に比べて攻撃力が高い。

 

 鉄の棒を振り回したらそりゃ痛いって話だ。どれだけ生身を鍛えようとも単純な衝撃なら棍棒で殴られる方が断然痛いだろう。殴る蹴るでは出せない種類の攻撃を生むための武器だ。極端な話、素手よりも武器があれば殺しもしやすいからな。それが道理というもの。

 

 しかし、ここまでメリットがあるのにも関わらず俺はヴァイスを使わないという選択を取った。さっきの攻防で分かったことだが、ヴァイスの間合いの内側にあんなさらっと入られるとなるとこちらが不利になるからだ。

 

 武器を持つ=攻撃の手段が武器によるモノになりやすい。これも単純明快なことだ。銃なら撃つ、ナイフなら刺すか斬るといった風に、ある意味では次の行動が読みやすくなってしまう。特にヴァイスはナイフなどに比べると長い。今回のように間合いの内側まで入られると、今度はこちらの行動が阻害されやすくなる。

 

 これは長物の弱点だな。相手の間合いの外側なら有利を取れるけど、あまりにも自身の内側まで来られたら小回りが利かない。別に俺は棒術とか完全に我流だからな。

 

 そもそもとして、これが普通の相手……なんか語弊がありそうだが、そこまで実力差がないであろう相手、または俺の方が強いと言える相手なら武器をガンガン使ってもいいのだろう。しかしまぁ、実力差がありすぎるであろうマキリに武器の間合いの内側にあっさり入られるなら俺が完全に不利だろう。

 

 加えて俺には超能力もあるから……あそこまで素早く動けるマキリ相手だと、まだ素手の方が動ける可能性がある。素手なら次の選択肢も多彩だ。殴るか蹴るか絞めるか極めるか、はたまたこれから武器を使うのか、相手に択を押し付けることができる。

 

 ……マキリ相手にどこまで効果あるのか疑問を呈したいところはあるがな。

 

「……はぁ」

 

 とはいえ、掴まれたら即死亡みたいな相手と殴り合いするのは正直なところ全くもって気が進まないな……。なんで戦う奴らこんなのばかりなんだよ……。

 

「どうすっかな……」

 

 マキリ単体ならともかく、まだ他にエンディミラと呼ばれた金髪の女性が弓を片手に待機している。さらにその後方には2人の少女もいる。あの少女たちは戦力にカウントしていいのかは不明だが、現段階では武器を持っているエンディミラは警戒する必要がある。

 

 逃げてぇ……ひたすら逃げてぇ……。

 

「しかしまぁ」

 

 逃げるに逃げれないんだよなぁ。

 

 

 瞬間移動を使う隙がないってのが大前提になるけど、そもそも瞬間移動を使ったとして、逃げる先がない――――というのが残念な現状だ。

 

 

 日本は距離的にまだ今の俺ではムリ。あまりにも離れすぎている。せめて欧州内ならともかく……。となると、行けるとしたらここ数週間滞在しているローマ市内になる。 

 

 しかしながら、すぐに飛べるほど座標のイメージができない。あくまで観光していた程度、その場所を明確に記憶できるほどの情報量を記憶していない。

 

 残る選択肢、つまりパッとイメージが付きやすい、安易に飛べる場所はベレッタさんの屋敷。だが、ここからの距離はまだ短い部類に入るため追撃を喰らう可能性が高い。それに宿泊先にそのような迷惑はかけられない。

 

 そして、外に出ようにもシャッターを閉じられているから視界内に飛ぶことも封じられた。ロビーには他にガラスもなく外を視ることはできない。

 

 やっぱりやるしかないかと諦めてマキリに向き合う。

 

「考え事は、終わり?」

 

 別人に変わったかのようなマキリがまた語りかけてくる。

 

 抑揚のない、感情のない機械音声のような一定な声色。かつてロボットと揶揄されたレキとはまた違う、それこそ機械でも人間とは思えないくらい、別の存在の如き声。

 

「まぁな」

「じゃあ、行くわ」

 

 そんな彼女がまた一歩足を踏み出す。

 

「――――ッ」

 

 一閃、またもや瞬く間にマキリが距離を詰める。

 

 彼女の指が俺の体のどこかを掴もうと伸びてくるのが見える。見えるだけで迎撃するための反応はできない。できることと言えば、センサーの範囲内に入った瞬間に体を捻り避けようとすることだけ。

 

 しかし、当然ながらも彼女は真っ直ぐ突っ込むだけではない。俺が体を捻ると同時にその勢いのまま貫手の攻撃を取り止め、鋭い蹴りが俺の腹に直撃する。

 

「ぐっ……」

 

 イ・ウーから貰ったコートを着込んでいるとは言え完全に消しきれない衝撃が腹に襲う。なんでLOOの打撃に近い威力があるんだよマキリの蹴り。

 

 そのままカウンターを狙おうとしていたが、この蹴りの威力では到底できない。戦闘中ならある程度の痛みならムリヤリにでも無視できる。……無視できるが、さっきの攻撃で単純に体勢が崩された。

 

「チッ……!」

 

 こうも大きく体勢を崩され、直ぐ様カウンターに移るのは難しいと悟った俺は一先ず飛翔で飛び上がりマキリと距離を取る。

 

 ――――その最中、改めて上から全体を見渡す。

 

 円形の大きなホールの中央にマキリ、俺が逃げないように入口を警護するように立つエンディミラと呼ばれた女性と少女2人が立っている。入口より奥の方まで行くと恐らく3階まで続いているであろう螺旋階段が円周に沿ってある。

 

 ホールで戦うと思っていたより遮蔽物がないな。柱がいくつかあるくらいだ。いざとなったな上階に逃げ込むのも手だと考えたが、他にも仲間がいる可能性も高い。下手に逃げ込んで慣れない場所での乱戦になることだってある。

 

 ……今のところ気配はないけど。どうなることやら。

 

「うしっ」

 

 そして、数秒で現状把握を終えたところでようやく上空から反撃開始だ。

 

 と、上空にいる状態で指を銃の形を作る。その指先に圧縮した空気を生成する。単純な火力、破壊規模なら俺の最大の技。災害レベルの風を圧縮させ解き放つ風の弾丸。

 

「――――災禍」

 

 マキリを見据え、放つ。災禍の弾速はそこまで速くはない。多分、ピッチャーがボールを投げるくらいの速度だ。拳銃と比べてかなり遅いだろう。

 

 当然俺の眼下にいたマキリはフッ……と軽く跳躍し、冷めた目付きで容易に災禍を避ける。

 

 やはりある程度拘束してから撃たないと実力ある敵には当たらないなぁ。当たれば確実に吹っ飛ぶっていうか未だに人に当てたことなくね? LOOはかなり破壊に追い込めたからそれなりなダメージ負うとは思うけど……。

 

 なんて冷静な思考と共に風の弾丸は床に着弾する。その刹那――――

 

 

 ――――ドゴォォオォォオン!!!

 

 

 と、爆弾でも爆発したかの如き騒音が轟き響く。床はかなり抉れ、直径3mに近いクレーターができた。

 

 そして、その衝撃と同時に――――暴風が吹き荒れる。風の爆弾と称していいほどの威力だ。さすがのマキリとはいえ1人の人間。災害レベルの風には踏ん張れなかったようで大きく吹き飛ばされる。しかし、空中で姿勢が崩されることはない。

 

 チラッと視界の端にはエンディミラたち3人はその場で低くなり風に耐えている様子が見えた。

 

 その隙に俺は着地しながら烈風で風の通り道を作る。弾丸が逸れないようにマキリまでの弾道を作り捉え――――そして乾いた銃声と共に弾丸は放たれる。パラベラムとは違う、ライフル弾の速度に近い弾速の5.7ミリの弾丸が機動力を奪うためマキリの足を襲う。

 

 いくら体勢を整えているとはいえ今マキリは空中におり、災禍の風を諸に真正面から近距離で受けた直後だ。あまりもの強風を受けるだけで人は立っていられない。鉄の壁にぶつかったのような衝撃に合う。そんな中、彼女は撃たれた。

 

 そのため、この銃撃は命中すると確信していた。防弾製のズボンを身に付けていようが確実にダメージを負うと。

 

 しかし、俺の推測は見事に外れた。外れてしまった。

 

 マキリは俺がファイブセブンを構えたと同時に指を鳴らし――――キィィィィィン! と甲高い音と共にファイブセブンを迎撃した!

 

「はっ!?」

 

 俺の驚愕した声と共に5.7ミリ弾は軌道を逸らし全く別の場所を貫通する。

 

「ざけんな……」

 

 思わず文句を漏らしてしまう。これが遠山の言っていた不可知の弾丸! 

 

 …………いやなんでこれが防げるんだよ。災禍の風+体勢は悪い+空中にいる+パラベラムと比較して速度のある弾丸、これらの条件が揃っても当てられないのかよ……なにこれ理不尽すぎて文句言っていい?

 

 災禍まで使ってまだ一撃も入れれてないんだが? 泣きそう。

 

 

 ――――暴風も数秒で止み、マキリも追撃せず俺を視界に見据えている。……一旦の静寂が訪れる。

 

 沈黙を破るのはこれまたマキリ。

 

「イレギュラー、思っていたよりなかなかやるわ。……まだ貴方を仕留めてないことに驚いた」

「ねぇそれ褒めてる? 絶対バカにしてるよね?」

「もちろん。スゴいことよ。私を前にして、まだ貴方が、立っていることは」

 

 冷めた目で無感情に話しながら……彼女は流し目で災禍で作ったクレーターの破壊跡を見る。今俺が立っている場所もクレーターの中心だしな。

 

「それにしても、かなりの威力。ホテルのロビー、ここまで壊してどうするの?」

「知るか。お前らが弁償しろ。……正直、俺もここまでとは思わなかったケド」

 

 気まずそうに視線を逸らす。

 

 災禍ってここまで破壊力あったんだね……。殺しても死なないような奴にしか撃たないことにしよう。影でモノごと抉るのとはまた別ベクトルの力だ。

 

「これを人に当てようとした――――貴方、正気、かしら?」

「俺を殺そうとしている奴が言うこと? ……多分死にはしないだろ」

 

 呆れたように聞こえる声でマキリはまた語りかけてくる。

 

 ……そういや、災禍って星伽さんのとこの神社のわりと太い木々も普通に破壊していたな。つーか、そもそもそ容易に人殺すなら、災禍なんて大技使わずに拳銃のが手っ取り早いだろうし。

 

「殺すのは、どうも惜しくも感じる。教授は超能力者に、そこまで興味はないけど……」

「別に俺、純粋な超能力者じゃないがな。あぁでも色金の力があるか……まぁいいや」

 

 俺はジャンヌや星伽さん、パトラたちのような魔女たちとは違う。どうにか適正があって途中から超能力を使えたに過ぎない。

 

 

 とはいえ――――マキリはまた教授の名前を言った。

 

 

 教授とやらは今回の依頼主のようだが、さすがにこの発言だけでは情報は何も得られない。マキリがNの一員が確定したのならば、その教授とやらはマキリの上役だろうと推測はできる。

 

 Nという組織構造は不明だけれど、マキリほどの人物に依頼……命令できる立場ということは幹部、またはリーダーに近い人物かもしれない。マキリがただの雑兵、傭兵とは思えないからの思考だが……。

 

 あくまでただの予想。現段階ではこの程度の推測が限界だ。

 

 というより……。

 

「ていうか、なんで俺ら話してんだ」

「知らない。何となく……」

 

 そう会話しつつ思考を巡らせている傍ら、これからの組み立てを考える。

 

 まず目標として、どうすれば一撃入れれるか頭を悩ませる。とりあえず一撃は入れないと話にならない。しかし……災禍まで使っても無傷でいられる相手にどうすればいいだろうか甚だ疑問だ。

 

 下手に遠距離から攻めるよりかは最短最速で近距離戦を仕掛ける? マキリ相手にそれはかなり危険な手だろうが、災禍も拳銃も対処する奴だ。……いっそのこと0距離で戦うのも手だろう。

 

 烈風で補いつつ接近戦をする――――と決めたはいいけれど、どう接近するか迷う。マキリに近付くまで距離がそこそこあるなと目算する。マキリは災禍で吹っ飛ばされたからざっと15から20mくらい? 

 

 まぁ、さっさと走るか。

 

「――――」

 

 真っ直ぐ走る。拳銃で牽制しながら突っ込むかとも考えたが、恐らくマキリの取る行動を推測すると……やはり、俺に指を向けてきた。

 

 そして彼女は3回指を弾く。全く視認できない不可知の弾丸が俺の頭部、両足を無慈悲に襲ってくる。

 

「……ッ!」

 

 対する俺はこれでも1年以上烈風を使ってきた。不自然な大気の流れはセンサー関連で何となく読める。大まかな狙いが判明した瞬間身に烈風を纏い、不可知の弾丸を防ぐ。

 

「こわっ……」

 

 いくら何となくの軌道が読めたとはいえ、見えない銃弾が何発も襲いかかるってのはかなり肝が冷えるな……。今までの銃弾を逸らしたときは曲がりなりにもどこを狙っていたのか判明していたから余計にそう感じる。

 

 身に纏った烈風を解除し、マキリとの距離が4mを切った瞬間、不可知の銃弾を撃たれたお返しとばかりに今度は不可視の斬撃――――鎌鼬をマキリの眼に狙いを付け飛ばす。

 

「……」

 

 彼女も何かしらの不自然さを感じ取ったのか1歩後方へ下がる。彼女の髪の毛が少し切れただけで……クソッ、当たらず。初見で視えない攻撃避けるの止めてくれる? なんで対処できるの? バカなの?

 

「……それはお互いさまか」

 

 そう呟くと同時に俺はマキリの懐へ潜り込めた。ようやく彼女の間合いであり俺の間合い。だが、攻めてる俺にこの瞬間だけ主導権は俺にある。

 

 今度こそ一撃当てる。

 

 上から下へ、烈風をマキリに当てる。一瞬動きを止める風の檻。LOOや緋緋も封じたことがある折り紙付きの性能だ。

 

 やっとのことで作れた明確な彼女の隙。これは逃さない。今度こそ決める。俺は少し姿勢を低くし、中途半端な脱力を伴いある一点、彼女の体のある一部に狙いを定める。

 

 相手の心臓に特定の強度と角度で衝撃を与えることで心停止させ心臓震盪させる技。

 

 

「――――羅刹」

 

 

 マキリの左胸を下から掬うような軌道で、彼女の心臓を止めるために俺の掌底がぶつかる。

 

 決まれば即死。文字通りの必殺技。武偵法など気にしない、今までのブラフなどではない。正直本音で告げると完全に殺すつもりで羅刹を放つ。

 

 短い時間戦って分かったけれど、そうでもしないと勝てない相手だからだ。

 

「……ッ」

 

 わずかにマキリが息を呑み込む音が聞こえる。この掌底がマキリを殺る気だと察したらしい。

 

 風の檻が解除された瞬間、彼女の体が傾くのが見える。俺から見て左に避けようとしている。多分羅刹は当たらない。仮に当たったとしても彼女の体のどこかに命中するだけで真なる羅刹の効果は発揮しない。

 

 しかし、いくら優秀な技でも単発だと決まらないのはもう分かっている。だからこそ、いかに強力な技だろうと次に繋がるための布石に使う。

 

 ――――鎌鼬!

 

「あら……」

 

 マキリの避けた先に鎌鼬を置くように発動した。彼女の驚くような呟きが聞こえたと同時に、彼女の腕に切り傷ができる。ほんの小さい1cmほどの傷だ。

 

 ……浅い! もっと横に跳ぶかと予想したが、思っていた以上に最低限の動きで避けた。もしもうちょい飛んでいたら体を斬れたはずだが……!

 

 鎌鼬は斬撃を銃弾のように飛ばすわけでもなく、唐突に刃物が空中に現れる感覚に近い。当然そこに何かなくては斬れないわけだし、さっきのように狙いの場所を通り過ぎたら不発に終わる。

 

 そして、腕に傷を作りつつも俺の掌底はマキリの二の腕に掠るだけに終わった。追撃を行いたいけれど、俺が反撃を貰わないために牽制目的で再度鎌鼬を発動しつつ距離を取る。

 

 俺が雑に放った数発の鎌鼬は当たらない。マキリは大きく後退するように跳躍したし。そこから何を考えているのかは不明だが、俺を見据えるだけでどうも追撃はしてこない。

 

 

「…………」

「――――」

 

 

 また訪れるしばしの沈黙。

 

 めんどくせぇ……どうにか当たったは当たったが、戦果があまりにもショボすぎる。羅刹も使っておいて切り傷だけかよ。

 

 今まで戦ってきた相手なら確実に数回は当たっている感覚なのに……ここまではっきりとした手応えがないのは初めてだ。

 

 災禍、羅刹、烈風、鎌鼬、幾度と決め手になってくれた俺の技が悉く通用しないとは恐れ入った……。もう降参していい? ダメですか? ダメですね。

 

 また振り出しに戻った。俺の技があまり効果を発揮しない。大きな隙を作れないとなると、もう小細工はなしにしようと決める。羅刹もなし、ひたすら殴るとしよう。殺るか殺られるか、再度肉薄して接近戦で仕留める。

 

 そう判断した俺はゆっくりとマキリに向かって歩く。

 

 もしマキリが不可知の弾丸を使ってもまた烈風で防げるように緊張は解かずに。しかし、そんな俺の思考とは裏腹にマキリは何もしてこない。こちらのしたいことが読まれているのか、はたまた何をしてこようとも関係ないと言いたいのか、不思議で嫌な感覚を醸し出す。

 

 のんびり歩いた俺は手を伸ばせばマキリに触れられる距離まで接近する。

 

「…………」

「……やる?」

「だな」

 

 なぜか互いに近距離で見つめ合いマキリから語りかけられる。

 

 片方は光のない感情の籠もっていない目付き、そしてもう片方は思い切り死んだ目をしていてやる気などこれっぽっちもないであろう目をしているのは置いておく。……これ、どっちがどっちでも当てはまりそうな気がする。

 

 なんてアホみたいな考えは置いておいて……。

 

「さっさと死ね」

「そういう、貴方こそ……」

 

 と、口にした同時に俺のマキリが手を伸ばす。俺はマキリの顔を殴るために。マキリは俺の顔を掴むために。だが、俺もマキリも顔を傾けそれを避ける。

 

 それを合図に始まるほぼ0距離での殴り合い。いや、正確には殴り合ってはいないと言えるだろう。互いに攻撃を出して互いに避けるか捌いているだけ。どちらも決定打になるほど攻撃は当たっていない。

 

「……ッ」

 

 息が詰まる。呼吸するタイミングが掴めない。

 

 たしかに攻撃を打ち合ってはいるが、その内訳……余裕のほどは全く違う。マキリは涼しい顔で表情を崩さず俺の攻撃を捌いている。対する俺はギリギリもいいとこ。マキリに掴まれないように全神経を注がないと攻撃も回避も捌きもできない。

 

 センサーの眼のおかげで攻撃の軌道は読める。……が、マキリの余裕さを鑑みるにこれがマックスな速さではないことは明白。これ以上ギアを上げられたら追い付けるか不明だ。

 

「クソッ……」

 

 やはり離れて遠距離で戦えば良かったと後悔する。近距離戦闘は間違いだったか……いやでも俺の攻撃基本的に効かないしなぁ。

 

 これ緋緋の方が幾分優しかったぞと思わず眼前にいる彼女に文句を垂れたい。あっちはあっちで俺と遊びたいという印象が強く、殺し合いにはなっていなかったという理由が大きかったが。……それを差し引いてもキツすぎる。

 

 烈風か鎌鼬を挟みたい場面だが、そちらに意識を割けるほど俺には余裕がない。どうにかして離れたい……ダメだ、ラッシュが止まらない。防戦一方もいいとこだ。

 

「ヤベッ」

 

 反応が遅れた。

 

 マキリが俺の頭を狙って右のハイキックするかと思ったら、右の足で踏み切り反対の足で最短距離の膝蹴りが俺の腹を襲う。どうにかプロテクターを仕込んでる腕で膝蹴りの軌道をズラしたが――――ダメージはないがその衝撃で大きくバランスが崩れた。

 

「ぐっ……」

「…………」

 

 体勢が崩されたところにマキリの掌底が腹に突き刺さった。

 

 ただの打撃ならコートの性能のおかげで衝撃は分散される。しかし、これは――――内側に、内臓に衝撃がかなり深く響く。浸透勁か!

 

 初めてモロに喰らったが、ぶっちゃけめちゃくちゃ痛い。ちょっとこれは無視できない痛さだ。

 

「ゴボッ……」

 

 息が乱れる。例えが悪いが、鳩尾を思い切り殴られた感覚に近い。呼吸が浅くなり一瞬意識が保てなくなる。

 

「これで終わり?」

 

 と、マキリが呟くと同時に追撃が飛んでくる。指先が俺の額を狙っているのが何となく読めたから腕をクロスさせた刹那――――不可知の弾丸が俺の腕を無慈悲に襲う。

 

 ――――ギィィィィン!

 

 そんな黒板を引っ掻いたに近い不快な音が鳴る。

  

 拳銃に当たったと勘違いさせるほどの威力。が、アメリカで貰ったプロテクターがあり不可知の弾丸は受け流せた。

 

 未だダメージは残っているが、浸透勁を喰らった腹の痛みは数秒経ったので無視する。できる。正直内蔵か骨か洒落にならなさそうなダメージかもしれないが、そこに意識は割かない。

 

 足を踏ん張りマキリを見据える。少ししゃがむ。一気に駆けることができるように足に力を入れる。

 

 ――――鎌鼬。

 

 不可視の斬撃を繰り出す。1mに近い斬撃をクロスさせマキリを襲わせる。

 

 かなり広範囲の一撃……しかし、鎌鼬ってたしかに不可視だ。普通の相手ならまず視えないのだが、斬撃になる直前一瞬だけ周囲に微弱な風が起きるから、マキリほどの実力があるならその部分に攻撃が来ると読めるだろう。

 

 マキリは俺の予想通り一歩後ろに下がった。

 

 しかし、それこそ俺の狙いの、理想通りの動きに近い。マキリに大げさに避けてもらうためにデカい攻撃を出した。

 

「――――ッ」

 

 マキリが跳んだ瞬間に俺は駆け出した。身体は烈風で加速する。その速度に加えて、飛翔で作る風の爆弾を肩、肘に当て一時的に、この一撃だけ腕も拳も加速させる。

 

 走って勢いをつけて殴る。言ってしまえばそれだけの動き。しかし、これは客観的に見ても単純に速い。短距離からのこの動作をいくらマキリ相手でも捉えられるとは思えない。おまけに今マキリは跳んだから浮いている。

 

「………あら」

 

 マキリは後ろに跳んだと同時に俺が瞬く間に彼女の懐に飛び込んだのを見て、軽く目を見開く。これは当たると思ったのだろう。彼女は回避動作ではなく防御動作を取るのが分かる。

 

 だが、それより速く俺の拳は彼女の腹に深く突き刺さる。ちょうど彼女が着地したと同時に。

 

 

 ――――風穴!

 

 

 緋緋の意識を刈り取った、ひたすら速く殴る……それだけの技を繰り出す。

 

「いっ……」

 

 マキリが顔を顰めているのが分かる。殴った瞬間に彼女が避けようと再度跳ぼうとしたみたいだが、それは叶わず。

 

「――――ッ!」

 

 彼女は俺の殴打を喰らい大きく吹っ飛ぶ。あまりにかなり飛んでいると思ったが、衝撃を少しでも逃がそうとしたのだろう。そのため後方へとまた跳んだということか。

 

 それでも、風穴の衝撃は完全には殺し切れなかったのは見て取れる。吹っ飛びから踏み留まった彼女は少し咳き込んでいるからだ。無表情も若干崩れている。

 

 俺としても初めてマトモに攻撃の感触が直に伝わった。ようやく一撃か……ぶっちゃけめちゃくちゃしんどっ。もうこっちボロボロなんだが?

 

 不可知の弾丸を喰らった腕のダメージは少ないが、内蔵か骨には無視しているとはいえまだ深い痛みもある。体力も精神力もかなり削られている。超能力もかなり使った。使える力は残り少ない。災禍はもう多分撃てない。鎌鼬も威力ある一撃を出すのは厳しい。色金の力……超々能力は使えるが、もしものための瞬間移動に残したい。

 

 うん、満身創痍☆

 

 って言ってられない。明確なこの隙は逃したら次いつチャンスが来るか分からないっていうかもう来ない気がするなこれ。と、判断したした俺は追撃するために距離を詰めようとする。

 

 

 と、思った刹那――――足に鈍い痛みが走る。

 

 

「くっ……」

 

 何だ、何を喰らった……と疑問に感じ目を向ける。そこには右足に矢が刺さっていた。

 

 ……矢? 矢なんてどこから? マキリは素手だぞ……?

 

 そんなバカみたいな考えが浮かぶ。そしてすぐにそれが間違いだったと気付く。

 

「やらかした……」

 

 そうだった……これタイマンじゃなかった……マキリには仲間がいたのを完全に忘れていた。エンディミラと呼ばれた女性が弓を持っていたんだ……。

 

 最初は覚えていたが、途中からマキリにしか意識を割いていなかったから完全に失念していた。そうだよな、仲間のピンチくらい普通助けるよな。

 

 そこまで深くは刺さっていないけど、マキリの浸透勁おは違う単純な痛さが、痛覚を揺さぶる。矢が刺さり足が止まる。出血もしている。これでは追撃ができない。

 

 矢を抜くかこのまま追撃に向かうか迷う。その迷いは俺の隙。今度は肩に矢を喰らいそうになる。避けようと体を動かしたため何とか刺さらずには済んだけど、掠りには掠った。

 

「クソッ……」 

 

 そして、これを以てようやく生み出したマキリの隙は終了した。今度は俺の隙を彼女が狙う形になる。

 

 マキリを迎撃しないといけないのは分かるが、視界の端にチラチラ映る弓矢を構えているエンディミラの姿に気が散る。そのせいで数秒どうするか決めることができず動けなかった。

 

 それで俺はもう終わってしまった。

 

「――――よく、戦ったわね」

 

 ……うん、これはダメだ。もう俺の目前にマキリがいる。彼女の手が俺の頭を掴む。

 

 そこで悟る。終わりだと。全身の力が抜ける。ゲームオーバーだ。俺が抵抗するより早く、彼女は俺の命を断てる。

 

 …………悪いなレキ。

 

「私を相手に、これほど長く戦えた相手は……そういない。誇ればいいでしょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――その一言と同時に俺の意識は途絶えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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