八幡の武偵生活   作:NowHunt

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取り残された場で

「では改めて、レクテイアのことを語っていこうと思います。次にそうですね――――最初にお会いしたとき、私が八幡様と会った初めての男性と言ったことを覚えていますか?」

 

 お互いにしばし休憩を取り、落ち着いたころ、俺は薄暗い倉庫なような部屋で再度ラムダの授業を受ける。

 そして、ラムダが口にする言葉を反芻する。

 

「あぁ、言っていたな」

 

 思い返すように首肯する。たしかにラムダはマトモに話す男性は俺が初めてだと話していた。

 その言葉を耳にしたときは彼女の親の関係が複雑なのだろうと推測したけれど、どうやら口振りからして外れのようだ。

 確信はないものの何て表現すればいいのか、自分のことを語るわけではなく、レクテイアのことを語る雰囲気だ。そのため、ラムダ個人のことではなさそうという推測。

 

「言葉にすれば単純なのですが、レクテイアに住む人々は全員、生物学上、女性なのです。ですから、こちらに来るまで男性という存在は知っていても、会ったことはない――――言うなればそれだけのことです」

「…………」

 

 何でもないようにラムダは淡々と語る。

 

 え、えぇ……。マジで?

 たしかに簡単な理屈だ。そして男性と会ったことがないという話にも一応は納得もできる。しかし、俺は彼女の言葉に絶句するまではいかなくともどう反応すればいいのか言葉に詰まってしまう。

 

 凛とした表情で告げるラムダの内容が本当であるならば、俺を見た船員たちの反応も理解できる。彼女たちが向けてきたあの俺に対してまるで興味のある表情、まるで異物を見る視線……エトセトラ。

 あの様々な感情が入り混じった感情は男性を見る機会がなかったからということになる。

 

 ノーチラス船員の全員が全員、家族関係に難があり男性と関わりがなかった――――とはあまりに現実離れしておりそうとは考えられないから、異世界であるレクテイアには女性しかいない。この流れの方が不自然さはないと思ってしまう。

 

 たしかにかなり飛躍した結論だとは感じる。だが、ラムダが嘘をつくとは思わないし、ここで騙すメリットもない。だから、信じ切れないとはいえきっと真実なのだろう。

 しかしまぁ……色々と情報量が多すぎる! 処理して噛み砕いて自身の記憶に残すにはかなり大変だ。

 

 俺が小難しい顔をしているのを見てラムダは何を勘違いしたのか視線をスッと逸らし頰を赤らめる。なに、どしたの?

 

「……あ、どうやって人口が増えるかどうかは内緒ですよ」

「いやそこまで訊く気ないからね」

 

 ちょっと止めてくれます? いきなり変なレッテル貼ろうとしないで……。

 別に全く気にならないから……と言ったら嘘になるけど。そんなこと女性に訊くとかしねぇわ。昨今そういうセクハラ問題キツいんたぞ。あれ、これはもう巻き込まれずに済むボッチが最強なのでは?

 

「そして、このレクテイアから地球への移住問題、ネモ艦長が言うには世界で知っている人はそれなりにいるとのことです」

 

 次いで言葉にした内容はこれまた意外なものだった。

 

「え、そうなの」

「はい、私もあまり詳しくないのですけれど……世界政府に属する方々、前々からレクテイアについて交流のある……例えば超能力に造形の深い一族の方々など、ごく一部の話になりますね」

 

 思い出しながら語るその口振りに俺は再度思考を回す。

 

 たしかに移住や移民ともなると住む場所や金などかなりのモノが必要だ。

 数人がコソコソと隠れながら住むのではなく、ラムダが言うにはかなりの大規模――――それが果たして100か1000では収まらなさそうではある。レクテイアの人口はどこまでか知らないけど、最悪億レベルの人数が来る可能性も高いだろう。

 そこまでの話になれば政府の人たちが知らないとは考えられない。言われてみればの話になるが、過去に大移動があったらしい。そのときにレクテイアの存在を知って騒ぎにしないため秘匿していたのだろう。

 

 とはいえ、別に俺は政府関係で知り合いはいないから何とも言えない。せいぜい貴族であり政治家の父親を持つ神崎くらいだ。あとは一応雪ノ下になる? でも県知事でもある雪ノ下の親父さんとは依頼受けたことあるとけど、直接関わりないんよなぁ。実質あのときは雪ノ下さんと護衛だったわけだ。

 

 そして後者は誰が当てはまるのか考える。

 まぁ、星伽さんやパトラとかの魔女になるのだろう。特に星伽さんは玉藻とも親交がある様子だった。それこそ緋緋を祀っている緋巫女だ。レクテイアについて知識はあっても不思議ではない。

 

「ネモ艦長の話では、この移住問題、大きく2つの勢力に別れているとのことです」

 

 ふむ、というと。

 

「賛成か反対の派閥?」

「そうです。賛成派を『パンスペルミアの扉』と。反対派を『パンスペルミアの砦』と――――隠語や暗号としてそう呼ばれているようです」

 

 扉を開くか砦を築いて防ぐかってことになるな。

 パンスペルミアとは何だっけかと記憶を探る。……なんか本で読んだことあった気がする。地球の生命の起源は地球外から来たよって説云々だったっけ……。全く詳しくはないですねはい。触りだけしか知らない知識だ。

 

「つーか政府の人間が知ってるってことになると、かなりの数をこっちに移住させようとしているんだな。レクテイアに何か問題でも起きたのか?」

「そこまでは存じ上げません」

 

 衰退しているのかただ単に興味からなのか、その経緯はラムダは語ってくれない。

 これでも長らく人間観察はしてきた。無表情でも、無表情だからこそ分かることもある。わずかに顔が強張った。存じ上げないは恐らく嘘に思える。正確には全部は知らないとか? だからといって別に追及はしない。いちいち面倒だし。教えてもらっている立場として弁えている。話したくないのなら問い詰めない。

 

 

「――――と、レクテイアのことは全部とは言いませんがある程度は話しました」

 

 またラムダは無表情のまま語り始める。

 

「レクテイアは地球から見れば異世界。私含め八幡様から見れば異形な種が多く住んでいる。そして、レクテイアにいる性別は女性のみ。そんなレクテイアの一部の人たちはNと協力し地球へ移住しようとしている。……私はいわゆる先遣隊とでも言いましょうか。そのうちの1人になります」

「先遣隊ね。というと、地球の情報を集めて本国へ持ち帰る。そんな流れか?」

 

 俺の疑問にラムダは頷く。

 

「概ねその通りです。ただ、それぞれ集める情報など役割は別です。私が何を担当しているかは黙秘します。八幡様にそれを教える権限や命令は受けていません」

「別に知ろうとも思わないから大丈夫」

「あらあら、拷問でもすれば口を割るかもしれませんよ?」

 

 拷問は苦手。

 

「メリットがなさ過ぎるし、拷問でもしてラムダとの関係性を悪化させるくらいなら秘匿してくれた方がいいわ。今のところノーチラスで友好的な敵はお前だけだぞ……」

「――――むっ、私は八幡様の敵なのでしょうか。先ほどは武偵の敵にならないと八幡様の敵にはならないと仰っていましたけれど。それは……悲しいです」

 

 随分とわざとらしい泣き顔だ。理子とはベクトルが違うとはいえよく見たことある表情だ。まぁ、冗談を言えるだけ打ち解けたってことで。

 半ばふざけている様子のラムダに対して俺は冷静に返す。

 

「あくまで分類上ではな。客観的な話だ。俺はNから襲撃を受けて攫われた。ラムダはそのNの拠点にあるノーチラスの一員。周りから見れば俺らの関係性はそうなる」

 

 友好的に接していようと属している陣営が違うのでそれは変わらない。

 

「……今はそれでいいでしょう。対外的にはたしかにそう感じる方がほとんどかもしれません。ただ、私はこうやって八幡様と接していると、敵対関係ということを忘れてしまいそうです」

「まぁうん。そこに関しちゃ概ね同意だな。まだそんな接していないけど、多分俺とラムダが本格的に敵になるって展開はなさそうだなって思う。俺の直感でしかないけどな」

「では八幡様の直感を信じましょう」

 

 そう真っ直ぐ言い切るとは本当にNの一員か? なんて茶々入れたくなる。

 

「もし戦っても八幡様には勝てるとは思いませんので」

 

 だろうね。

 眼を閉じ静かに追加で述べるラムダ。その言い分に同意する。ラムダの語った通りだと彼女も超能力を使えるかもしれない。能力の詳細は知らないけど、それを含めても余程不意討ちを喰らわない限り負けなさそうだ。

 

 あ、別に俺は敵の性別関係なくわりとがっつり殴る人なので。遠山は甘いところあるけど俺はそんなことないからね。なんならカツェや神崎(緋緋)、なんならマキリとかに全力殴打を喰らわせたこともある。男女平等パンチだ。

 

「そして、先ほど申した通りレクテイアには女性しかいません。ノーチラスの全員が女性だけなのはこれが理由です。不便はありますが、生まれてからこうだったので私は不満はありません」

「…………」

 

 黙ってラムダの話を訊く。

 

「一先ず、私が話していい範囲、私が知っている話せる情報は言いました。明日から八幡様はノーチラスで働いてもらいますが、1つ忠告があります」

 

 俺はコクリと頷いて続きを促す。

 

「私は八幡様にはこうして話しているほど一応は好意的と言えます。しかしながら、他の人たち全員が好意的に接するとは思いません。なにせ八幡様はここにいる唯一の男性なのです。興味を持たれる人もいるでしょう。しかし、男性だからこそ異物を排除しようとする人もいると思います」

「……排除、ね」

 

 ラムダの言葉に重ねて俺も呟く。

 随分と力任せな表現だ。剣呑とも言える。しかし、このようにラムダが口にするからには否定できる要素は少ないのだろう。

 

「申し訳ありません、言い方が物騒ですね。ですが、ここノーチラスは原潜だからこそ八幡様が対処できない事態に陥る可能性もあります。できる限り私が仲介して動くつもりではいますが、今一度お気を付けてください」

 

 なるほど、一瞬忘れそうになったけどそもそもここは敵地。例え戦闘にならなくても、戦闘能力が俺より劣っている相手でも、俺を黙らせる手段は大いにあるということか。

 直接的なことで例えるとどこか閉じ込めたりといったところが思い浮かぶ。この場で瞬間移動が成功するか不安だしそんな場面に出くわさないようにしないといけない、そう決心する。

 

 ラムダは忠告は終えたのか真剣な雰囲気は終わり、パッと見は無表情ながらもどこかにこやかな表情をしている。それは暗にレクテイアについての授業は一旦終わりと告げている。

 

「では今日はここまでにしましょう。朝になったらまた声を掛けさせてもらいます」

「うん? もう夜なの?」

「はい、現在は20時ですよ。窓もない光も差してこない海中なので時間の感覚は薄れるかもしれませんね」

 

 あ、そうなんだ……。たしかに分からないなこれ。みんな体内時計狂わないのか疑問だ。

 

「それでは私はこれで。また朝になったらお声がけします」

 

 とだけ言い残しラムダは倉庫のような部屋から去っていった。

 

 

 ――――ラムダを見送ってから1分、ただその場で動かずジッとしている。

 

「……ふぅ」

 

 一息つく。

 

「いやー……しかしまぁ」

 

 やっちゃったなぁ……。

 改めて1人になったところで大きくため息を吐く。

 

 一先ずレクテイアのことは置いておいて――――負けたなぁという事実が時間を空けたからか独りになると思い切り俺にのしかかる。

 

 マキリに負けて死ぬだけなら未だしも敵地に拉致されるときた。それも原潜とかいう逃げ出すことが困難な場所だ。厄介な状況に陥ったものだと今さら再認識する。

 

 これからどうするか迷うところだけれど、どちらかと言えば今からは脳内反省会の時間だ。

 まぁあれよ、ボッチ特有の独りになった瞬間フラッシュバックがくるあの未練後悔タラタラの時間。思い出しては恥ずかしくなり死にたくなるあの不毛な時間……。

 

 まぁ、マキリに負けたことは今さらどうこう言うつもりはない。俺の単純な実力不足だ。

 そもそもマキリの強さは、遠山レベルの実力者3人がかりでどうにか引き分けできたレベルの人物だ。そんな相手に俺が勝ちを引ける確率なんてかなり低かっただろう。ただ一点、途中、エンディミラたちを意識から抜けていた点は反省すべきだろう。

 

 つまり今回、実力不足を反省するのではなく、その前提――――真正面から戦闘すべきではなかった。勝率低い相手にバカ正直に突っ込むなと。戦力の見極めもできなくなったのか俺は。

 

 あのとき戦ったのはホテル1階のロビーだ。たしかに広く遮蔽物も少なかった。おまけにシャッターは閉じられてしまい瞬間移動を使うことも厳しかった。逃走手段はかなり限られていたのは事実だろう。

 であるならば、一先ず上層階に逃げてレキにSOSを送ることをまずすべきだったのではないか。上に通じている階段あったし。

 いやもちろん、上層階にマキリたちの仲間が他にいる可能性は高く、それを避けるために敢えてロビーで戦ったという考えもある。

 ただそれを差し引いてもマキリレベルの相手が複数人いるのであれば、最初からマキリと協力して戦えばいいだけだし、俺は逃げるだけなら飛翔で空を跳べることができる。さっさと逃げながら助けを求め、そこから戦い時間を稼ぐ流れでも良かっただろう。

 

 まぁ、マキリがそんな明確な隙を見逃すかと言われれば……うーん、振り返ってみるとそれはそれで難しい気がする。実際、初見ではマキリの足運びを追えず一発で気絶しそうになり終わるところだったし。

 

 ――――しかし、こんなのあとからグチグチ言えるだけのことだ。

 

 あのとき正直若干テンパっていたのは否めない。そこまで考えが及ばなかったからね。うんしょうがない。俺悪くない。マキリが悪い。いや全くもってその通りだわ。

 

「さてと……」

 

 反省会はこれまでにして、横になって休む前にこれからどうするか考える。

 

 まず目下の課題としてノーチラスから脱出をすべきか否か。

 

 ある程度時間が経ちネモやマキリが俺を逃がしてくれれば助かるのだけれど、そうなる可能性はほぼゼロだろう。そうであるならば、最初から攫う必要はない。理子には似たことされたが、シャーロックが寛容だったためどうにかなった。

 つーかそもそもマキリは教授とやらの命令を受けただけだわ。上からの命令がない限り俺を逃がすなんて真似普通にしないわな。うん今さら今さら。……クソが。

 

 ていうか教授って誰だよ。シャーロックのこと嫌ってるってことしか知らねぇわ。アイツのこと嫌ってそうな奴は多いかもしれんが、真っ先に出てくるのジェームズ・モリアーティくらいしか思い付かねぇっての。

 

「ったく、イヤになってくるな」

 

 仮に脱出するにしてもまず手段をどうするか。

 

 一番簡単なのはやはり色金の力である瞬間移動。

 今ここでは俺の練度が足りず使うことはできない。正確には使えることはできるが、現在地が不明なままいざ使ってもどこへ飛ぶのか全く分からない。 

 明確な場所――――例えば俺の部屋などイメージしながら飛んだとして、この海中ではどこか陸地へと飛ぶには距離が足りず、海中に放り出されてそのまま死ぬことすらある。

 

 一応、瞬間移動ってかなり高等技術だからねあれ。というか色金の力って扱うのかなり難しい。

 烈風関連は今でこそ沢山使用してきて慣れてはいる。しかし、色金は情報の秘匿があるとはいえあまり使っていない。あまり考えずに使える烈風とは違い、かなりそこに意識割かないと使えないのだ。

 

 まぁその愚痴はいいや。で、脱出手段についてだが。今ここで脱出するのは難しい。

 

 だとすればどこか港に停泊した場面を狙う? 

 これはわりと無難な案だと思う。

 ここが燃料はどうにかなるかもしれない原潜とはいえ、食糧や嗜好品など消費するモノは多い。原潜内で完全な自給自足は難しいだろう。どこかへ寄港して物資を補給する機会は絶対どこかである。

 そこを狙えば脱出できる可能性は僅かながらある。視界内であれば距離がどれだけあろうとそこまで手間はかからず瞬間移動は使える。視えない場所に飛ぶよりかは遥かに容易だ。

 

「…………」

 

 そんな場面に運良く立ち会えるかはさて置き。

 まぁ、仮に停泊するときがあれど、俺は原潜の中にいて外には出られないだろう。停泊したと分かれば、ムリヤリ瞬間移動を使って脱出――――できるかもしれないけど、視界内で飛んでもそこまで距離稼げないだろうなぁ。

 

 せめてマキリがいなければ脱出の難易度は下がる。多分マキリは傭兵のような立ち位置だろうから、いずれいなくなるだろうとは思うが。

 

 とはいえ、瞬間移動をいかに使うかが脱出の鍵になると現段階では考える。

 次点で……なに? なんかある? 思い付かないんだけど。誰か人質とって逃がしてもらう? いやうんムリあるなこれ。

 快く思っていない人が多い中、自ら立場を悪くする必要は切羽詰まっていない限りない。

 

「んー……」

 

 脱出するのは全然いいのだが、そのせいでラムダの立場を悪くしないかどうかは気がかりだ。

 敵でありながら多くのことを教えてくれた彼女に対して、俺が逃げたせいで責任を問われるなんてことがあれば申し訳ない。

 たった数時間しか話していないが、その程度は考えるくらいには恐らく俺は好意的な感情を抱いている。……別に恋情の類ではない。親愛、友愛とも違う何かだ。恐らく感謝に近い感情だろう。

 それでも、俺も俺で立場がある。行方不明となっているだろうから、どうにかしてレキや遠山たちに無事だと安否は伝えなければいけない。

 念のためか装備は整備され返却されているけれど、スマホは没収されているし。てか絶対ここ圏外だろ。

 

 何とも悩ましい。

 

 とりあえず、なるようになれってところだ。ラムダのことは気になるけれど、チャンスがあれば脱出を狙うってことで。とはいえ、当分はここで寝泊まりしなくちゃいけないんだろうなぁ……しんどっ。あまりにも前途多難すぎる。

 

 まぁいいや。疲れたし寝よう。

 

 

 

 

 

 

 

△△△△

 

 

 ――――同時刻、ローマ市内にあるホテルの一室にて。

 

「さてと、捜査してとりあえず分かったことを話していくわ」

 

 そう音頭を取り、ピンクの髪を揺らしつつ涼しい顔で会話を始めるのは神崎アリア。同室には同じ武偵であり仲間である遠山キンジとレキがいる。

 キンジは真剣そうな表情であり、その表情はどこか険しくも見える。残り1人、レキは傍目から見ると焦点の合っていない抜けている表情をしている。

 

 全員ソファーに座った状態でアリアは会議の議題を口にする。

 

「連絡のないまま八幡がいなくなってから2日が経った現在、行方の手がかりは残念ながら掴めていないわ。私たちもゴタゴタしていて気付くのが遅れたからね。今日キンジとレキもコルソ通りを中心に聞き込みをしてくれたけれど、八幡を見たという人はいなかったのよね」

 

 アリアの言葉にキンジは重苦しそうに頷く。

 

「……あぁ。そもそも観光地だからな。現地の人が少なくて毎日のように人が入れ替わる。そこで比企谷を見たっていう人がいるのはかなり望み薄だったよ」

「ま、でしょうね。八幡がお店でも寄ってくればまだ希望があったけれどそう都合良くいかないか」

 

 今度はキンジがアリアに問いかける。

 

「そういえばアリア、調べるって言っていた監視カメラはどうなったんだ」

「ちゃんと言うわよ。急かさないの。オホン、コルソ通りにある監視カメラを現地の警察にお願いしてスキャンさせてもらった結果、数あるうちの1つだけ……ま、それも数秒だけ八幡を見付けることができたわ。かなり遠目でしか映ってなくて、あまり鮮明ではなかったけれど、あのイヤ〜な独特な雰囲気は八幡だったわ」

「アリアお前な……」

 

 思わず苦笑するキンジ。

 

「キンジうるさい! で、八幡は見た限り何やら急いでいる雰囲気だったわね。何かを追っていたのか走っていたし。そこからあるホテルに入っていったように見えたわ。――――確定ではないのが前提になるけれど、恐らく八幡は誰かと戦闘した。それもわりと派手に」

 

 どこか静かに語るアリアの内容に、八幡の素性をある程度知っている信じられないといったようにキンジは訝しむ。

 

「戦闘だと? 比企谷だぞ? 俺がネクラなら比企谷は引きこもりだぞ? そんな比企谷がローマでか……。アイツもアイツでかなり出不精だ。特に依頼とかも受けていない雰囲気だったから……多分巻き込まれたってところか。で、その誰かってのは?」

「それは八幡を攫った犯人じゃないかしら?」

「……そりゃそうか。比企谷が追っていたっていう奴か?」

「生憎とカメラには映っていなかったから何とも……。逃げていたわけではなく、追跡していたって印象だだったから恐らくそうなるわ。で、戦闘した場――――」

「ちょっと待ってくれ」

 

 追加で話そうとするアリアを遮ってキンジは質問する。その表情はある種の真剣味に溢れている。 

 これを訊いでも大丈夫なのか不安が入り混じっているように見えるだろう。

 

「今さらだがアリア。比企谷は殺されたというわけではなく、攫われたって線で追って大丈夫なのか? ……言いたくないが、その、既に手遅れって可能性も当然あると思う」

「まぁね。もちろん証拠隠滅するために殺したあとに遺体をどこか隠したって可能性も捨て切れないわ。ただ、放置より連れ去る方がリスクも大きいのモノよ。どれだけ綺麗に隠そうと思っても死体から少しずつ溢れる情報を完全に抑えることは難しい。それにそもそも――――」

「そもそも?」

「八幡ってかなりしぶといじゃない? 負けることはあっても、そんな簡単に死ぬとは思えないのよね」

「……まぁ、ミサイル10発以上撃ち込まれて生きていたこともあるしな」

「え、何それ不気味だわ。と、ゴメン。話が逸れたわね。戻していくわ」

 

 若干引いたアリアは改めて咳払いをする。

 

「戦った場所は八幡が入ったであろうとされるあるホテルのロビー。多分ね、八幡は災禍って名付けた超能力の技を使ったのよ。そのロビーにかなり大きいクレーター跡ができていたわ。奇しくも、その破壊跡は白雪の神社で使った超能力に似ていた――――っていう私の勘になるけれどね」

「それは映像で見たことある。比企谷曰く、災害レベルの風を圧縮させた弾丸って話だ」

「八幡の文言通り、その破壊力はたしかなモノよ。あんな広範囲に破壊するだなんてあたしにもできないわ。ただ、その超能力を使ってまで敵対した相手には敵わず負けてしまったといったところかしら……」

「これでけ比企谷からの反応がないとなるとその結論になるな」

 

 と、ここで先ほどから静観を貫いているレキにアリアは顔を向ける。

 

「ねぇレキ、香港で八幡にGPSやら付けているって言わなかったかしら? あれの反応はどうなの?」

「既に内蔵電池が切れており、受信できない状態です。最後に反応した場所はアリアさんの言った、八幡さんが戦ったであろうホテルを指して終わっています。恐らく、充電が切れたというよりかは戦闘中に破損したものかと」

「レキから追跡するのも難しいか。こういうときにシャーロックが居てくれればな。推理してくれたのに」

「まだひいお祖父様は昏睡状態だからね。回復がいつになるのか不明だから仕方ないわよ」

 

 シャーロックは八幡が行方不明になった日に開催したイ・ウーの同窓会にてNの襲撃を受けた。ネモに攻撃を仕掛けたところ反撃に遭い、深手を負ってしまい現在集中治療中である。

 

「なぁアリア。1つ不可解なのが、誘拐したのであれば誘拐犯は何かしらの要求をするのがセオリーだよな。そろそろなんかアクションあってもおかしくないと思うんだが」

「キンジの言うことも分かるわ。でも、それはあくまで攫った相手はついでであって最終的な目的がある場合よ。例えば身代金、捕まっている凶悪犯の解放とかね。――――だけど、攫う相手自体が目標であるなら自分からみすみすと公表なんてしないわ」

 

 アリアの指摘に唸るキンジ。

 

「むっ、そうか。そういや比企谷がイ・ウーに誘拐されたときは理子が比企谷を目的にしていたって話だったしな。つまりアリアの言うことがたしかなら後者……犯人は比企谷に用事があったってことか」

「情報ないから何ともだけれど、一先ずはそうなるわね。どうもピンポイントで狙ったわけたし。まぁ、攫った先で拷問やら受けて死ぬなんてケースもないことないけれど。……八幡って誰かから恨み買ってる?」

 

 素朴なアリアの疑問にキンジは首を傾げつつ思い当たる相手を口にする。

 

「さぁ? 思い当たるのはヒルダだが、別に仲は普通って言っていたし、今のヒルダは理子に不利益な行動は取らない。パトラは兄さん繋がりでない。あとはカツェ……も恨みはありそうだけどコッチ側だからないか。マッシュもジーサード繋がりでないし」

「んー、ならあとは情報目的? それとも人質に? どうもピンとこないわ。ただの愉快犯なら八幡が負けることなんてないだろうし、それなりに練られている犯行だとは思うけど」

 

 ますます分からなくなりアリアは頭を抱える。

 

 まずそもそもの動機が不明だ。日本ではそれなりに名が知られている八幡が狙われるのは理解できる。中国では諸葛たちがいるので不本意ながら狙われる理由にはなる。

 しかし、ここはローマである。偶然八幡はローマにおり、その日も偶然観光していたに過ぎない。実情はどうあれ、所詮八幡は多くいる観光客の中の1人でしかなかった。

 なぜ、そんなピンポイントで狙えたのか、狙おうと思ったのか、アリアはキンジとレキと頭を悩ませたがどれもピンと来ない。

 

「犯人は比企谷を攫えるほど実力があって、誘拐にも手慣れていると。比企谷ならこっちにSOS送ることもしそうだけど、それすらできなかったってことだよなぁ」

「分からないわよ。思わず血が昇って真正面からその選択肢を除外したかもしれないわ」

「たしかに否定できない。アイツ、1年の夏ごろキレてやらかしたときあったなぁ。いや、レキが止めてくれたからやらかしそうになったか。未遂だな未遂」

「聞いたことあるわ。なかなか殺意振りまいていたらしいわね。もしくは、救助サインを送ることすらできない実力者に狙われたかってところね」

 

 涼しい口調で言いつつもアリアは難しい顔で悩む。

 

「……うーん、とりあえず考え方を変えるわ。八幡がどこへ、そしてなぜ誘拐されたのではなく、犯人が誰かで絞る。内容はどうあれ、実力者である八幡に勝ち痕跡を残さず誘拐した。こんなことができるのは早々いないわ。それなりに練られている犯行ってことよ」

「まぁ、そうだな」

「そんなことを可能にするような犯人には正直心当たりはある。それも嫌なことにあたしたちも関係ある奴ら……」

 

 苦虫を噛み潰した表情でアリアは口にしようとしたところをキンジが続ける。

 

「――――Nか。あの日にはネモやマキリもいたから、うん。俺もその線だとは思う。地元のマフィアとか裏のグループとかもなくはないけど、比企谷がマフィアに負けるとは思えないしな。それに比企谷に対する動機がない」

「そうねぇ。たまに観光客を狙った手口もあるけれど、八幡が引っかかるとは思えないし、仮に捕まってもどうせ瞬間移動で逃げれるでしょ。連絡ないことを鑑みるに瞬間移動でも逃げれない場所にいると考えるのが妥当ね」

 

 あまりのお先真っ暗さに思わずため息を吐くコンビ。

 

「思惑はどうあれ、Nは八幡を打ち負かし誘拐した。恐らくそのままNの拠点に連れ込んだでしょうけど、その場所は不明。ローマにはもういないでしょうし、飛行機や船でここから大きく離れている可能性大」

「そして瞬間移動ができない場所まで連れ去られた。アイツまだレーザービームや瞬間移動は苦手って言っていたからな。かなり距離があり過ぎる場所まで連れて行かれたか……それか力を使い切って使用できる状態にないか。比企谷からしたら八方塞がりだろうな」

 

 現在の捜査状況をまとめ始める。

 

「実際、比企谷が仮にNの拠点にいたとして……アイツの立場はどうなる?」

「攫った目的次第なことあるわね。例えば、色金の力を使いたいとか見てはいけないモノを見てしまったとか、そういう類の理由なら拠点で大人しくさせるだろうし、それこそ言い方が極端だけど寝返らせてあたしたちと戦わせるというパターンも考えられる」

「つってもそこまで自由にさせるなら逃げてきそうだけどな」

「家族やら人質に取られたらそうも言ってられないわ。念のため理子に連絡して八幡の家族たちを見張らせてもらっているけど、現状特段おかしな様子はないわね」

「…………」

 

 あの目立ちたがりな理子に尾行にできるのかと疑問に感じだキンジだったが、理子は変装の名人だと思い出す。

 

「調査は続けるにしろ、正直八幡からコンタクトがない限り何も分からないというのが結論ね。こんなことしかできないのが恥ずかしいけれど」

「比企谷なら上手いことしてくれると思うと信じよう」

 

 そう纏めたところでキンジとアリアは今まで一言しか発していないレキに眼を向ける。

 2人が話さなかったのは元々レキが無口だったからという表向きな理由もある。レキは基本的に自ら話すタイプではない。こちらの問いかけには答えてくれるものの積極的な性格とは言えない。

 という建前があるが、本音を言うと。

 

 

 ――――レキ、イライラしているなぁ。

 

 

 キンジとアリアは目線を合わせコクッと頷く。これは2人とも同じことを考えたなと。この程度2人なら目を合わせただけで伝わるくらい以心伝心なのである。悲しいことに。

 

 レキのことを知らない人からしたらあまり感情を表に出さない人だなとしか思わないだろう。しかし、彼女のことをある程度交友があるとそうは言ってられない。

 普段から無表情だからこそ、表情が僅かに動いているのが理解できる。目尻が若干上がり口角が少しだけ歪んでいる。

 感情を滅多に顕わにしないレキだからこそ、どこか苛ついているだろうと察せる。なお、その内訳はレキにしか分からないけど、キンジとアリアは八幡がいないことに対してだろうと何となく予想する。

 

「ま、まぁ……その、レキ? 八幡がフラッといなくなることなんてよくあるわ。なんだかんだ八幡はしぶといし今回もどうにかなるって……ね?」

「そ、そうだぞ。アイツ前にイ・ウーにいても無事だったんだから今回も大丈夫だろ……」

 

 珍しく弱気な2人の発言に対し、レキは眼光を更に光らせたとキンジは錯覚してしまう。それほどの圧に一瞬たじろぐ。

 

「お気遣いありがとうございます。ですが、私は大丈夫です。ただ少し考えていただけです」

「ちなみに何をかしら……?」

 

 恐る恐るアリアが訊ねると……。

 

「八幡さんが帰ってきたとき足でも射抜こうかと。そうすればしばらく歩けないので」

 

 レキは何てことのない様子でそう語ったのだった。

 

 

 

 

 

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