マキリに敗北を喫しその結果Nに攫われ、ラムダから説明を受けてからざっと1週間が経過した。
あ、そういや数日気を失っていたらしいからそれもプラスする必要あるわ。ざっと10日くらいだろうか?
予めマキリから宣告されていた通り、ラムダから色々と教えてもらった翌日から労働が始まった。食い扶持を得るためのタダ働きだ。
最初は船仕事、それも原潜ということからそれなりに大変なものかと思っていた。しかし、実際のところ想定していたよりは厳しくなかった。
まずラムダから紹介されたのは荷物の運搬だった。どこからか手に入れたであろうダンボールや木箱に詰められていた荷物を倉庫やキッチンなど様々な場所へ運ぶといった――――まぁ、ぶっちゃけあまりにも単純な仕事。
力仕事だし通路もわりかし狭いこともあって多少はしんどかったけど、所詮はその程度と言っていいくらいだった。
てか、基本的にはこの運搬が主だった。他にも様々なことをしたとはいえ、少し拍子抜けなところはあった。もっと理不尽なもん押し付けられると思っていたが……もっと雑にこき使われるもんかと思っていたが、ぶっちゃけ今まで働いていた内容と比べるとかなり楽だ。
まぁ、そもそも? 俺という敵対している人に対して原潜に関する重要な仕事を割り振るわけないなと今さら思い直す。
どうやら機械関係のメンテナンスをできる人物もそれなりに在中しているらしい。いやこれも当たり前だな。いなかったらヤバいだろ。
それこそ、ノーチラスについて機密事項に俺が容易に触れることができたらセキュリティ云々終わっているからな……。
それに加え、ノーチラスの全員は女性しかいない。普段女性だけで仕事周りが正常に働いているのならば、そこまでキツい仕事ばかりではないだろうと予想もつく。
運搬ついでにかなり動いたおかげでノーチラスの大まかな構造は把握した。
もちろん、俺が立ち入ってはいけない箇所についてはノータッチだ。あの辺りにこの部屋があるとか、そもそも立ち入り禁止区域には近寄らないとか――――現段階ではそういった認識だけでしかない。下手に近付いてネモの機嫌を損ねるわけにはいかないだろう。
構造を把握したついでにもし逃走するならどこから逃げるかシミュレーションしてみたけれど、まぁ……そんな簡単にいかないなとは分かった。潜水艦ということで出入り口が極端に少な過ぎるからなぁ。いくら気配消せたとしても限度がある。
おまけに脱出するときは停泊している間になる。搬入作業があるせいで出入り口には人員が殺到するであろう。そのせいで難易度はかなり高い。
仮に実行するなら、かなり強行突破をする必要がある。
……とはいえ、超能力が回復してないから烈風が使えないのは非常に痛手だ。色金の瞬間移動は使えるけれど、船内で使うわけにはいかないしなぁ。
そしてこの1週間で何より嬉しかったことは、俺が過ごした途中でどこかに停泊したのかマキリはノーチラスから去っていったことですね。
……内心めちゃくちゃガッツポーズかましたわ。いわゆる目の上のたんこぶが消えた気分だ。
しかしながら、ある種俺への抑止力が消えてノーチラスの船員たちはそれで大丈夫なのかと不安に陥らないのかと些か疑問に感じる。
俺が反乱するとか誰も考えないのものなのか……? 恐らく俺より超能力が達者であるネモがいるとはいえどこか楽観的な気もする。
まぁ、現時点では別にそんなことしないと断言できる。容易に逃げ出せる場所からともかく、こんな缶詰め状態でそんなバカなことはしない。まず俺がすべきことは俺に敵意はないと船員たちに伝えることだろう。地盤固めに徹するべきだ。
で、あのタイミングでマキリがいなくなったってことは、物資の補充もある程度は済ませたことだろう。余程の用事がない限り少なくとも数週間はノーチラスはどこか港へ停泊することはない可能性が高い。
つまり、しばらくはいつも以上に大人しくする必要がある。
え? マキリが消えたとき俺が何してたって?
…………まぁうん、せっせと働いていたね。
マキリがいなくなった際、当然ながら俺は停まったことは知らず、何てことなく普通に働いていたという。たしかにいつも以上に人がバタバタしているなぁとは思っていたけどね。
その日の夜、ラムダに伝えられた事実だ。思わず顔を顰めるほど唖然してしまった。せめて出口がどうなっているか調べたかったわ……。
これがざっとノーチラスで俺が過ごした10日間だ。うん、何も成せていないね。本当にただ過ごしただけという。一先ず生き残ったからヨシ! なんも良くねぇわ。
一応は色々と過ごしているついでに、外部にどうにか連絡を取ろうとしたものの、さすがにそこまでは甘くなく完全にシャットアウトされている。その辺り、艦長のネモが管理しているらしく、バチバチに敵対するわけにはいかないので大人しくしている。
ネモの戦闘力がまだ判明していないしな。かなり高いとは思うけど……実際どんなモノなのかは分からない。超能力の詳細とか知りようないし。いや戦う気はさらさらないよ?
そして、自分でも驚いたことにしばらくここで働いた過程でラムダ以外にも知り合った奴はそれなりにいる。
まだ拙いながらも日本語で接しようとしてくれる船員たちが何人かいるのだ。
それもなぜかというと、数日経った辺りでネモやラムダの要望があり、日本語教師を余った時間でやっているからである。まさかネモから何かやれと言われるとは思っていなかったのでかなり面を喰らった。
――――なぜそんなことをするのかとラムダに問いてみると彼女は至って冷静にこう語った。
「このノーチラスにはレクテイアから特に勉強志向の高い者が集まっているのです。私もそうです。八幡様も何となく察しているかと存じますが」
――――と。
「たしかに空き時間っていうか、日中は学校みたいに勉強時間が多いな。朝や夕方から必要な仕事している感じがするけど」
俺はそう何気なしに語る。
この言葉通り、ノーチラスでは船員全員が常に仕事に追われているわけではない。なんなら時間の大半が仕事のない自由時間でもある。そして、その空き時間の際にホールや別室に集まり勉強をしている風景を随分見かけた。
訊いてみたところカリキュラムもある程度組まれているとのこと。つまり、ここは学校のようなものみたいだ。
「えぇ、元々地球に興味のある人たちがこちらに来ていますから、地球のことを知りたいという人が多いということです。主にネモ艦長がテキストを作成したり、たまに授業をされたりすることがありますが、今回八幡様が来られたとのことで、役割分担をしたいとのことです。役割部分というよりかは、追加授業というイメージでしょうか」
さらっとラムダから提案された内容に辟易する。
ネモ……お前何やらすつもりなんだよ。ろくに話したことないくせにそんな役回り押し付けるとか……。
「えぇ……いやそれいいのか……。一応俺敵だぞ」
げんなり気味にラムダへと釘を刺す。
あえて間違った知識やNが悪者とがっつり言うかもしれないぞ?
「逃げ場のない敵地においてわざわざ不利益なことはしない……とネモ艦長は言っていましたね。とはいえ、私を除くと言葉が通じない方ばかりですので、八幡様は希望者を募集して日本語を教えてほしいと話していました。主に簡単な読み書きを中心に」
め、めんどくせぇ……。
そう俺がこれでもかと顕著に表情に出しているのにラムダはこれを華麗にスルーして話を進める。くっ、スルースキル高い。
「何人かへとお声がけしたところ、今のところ3人ほど希望者がいます。普段の勉強時間のあとなのでそこまで集まりませんでしたけれど……あ、私も八幡様の授業を希望します」
「いやラムダは充分すぎるほど日本語上手だぞ」
あと準備早くない? 数人だけとはいうがもう手回ししているの? なんて抗議している視線を微笑で返すラムダ。これまた受け流すのが上手い。
というか、俺が教師とか分不相応にもほどがある。
こちとら犯罪ギリギリのことをするのに定評がある武偵ぞ? 武偵高の教師なんてあの無法地帯じゃなきゃ教鞭をとることなんて不可能な奴らだぞ?
「私はほとんど独学なので、ここで一度改めて学び直したいと」
「……別にいいけど、やるならやるで、読み書きから始めるならホントに基礎の基礎からになるぞ……」
まぁ、ここでの俺の立場はあってないようなもんだ。やれと言われたら断れない。なるほど、これが上司から無茶振りを強いられる社会人というモノなのか……。
やだ、俺に社会は向いていない。まだ個人事業主の武偵で良かったわ……。こんなところにいて武偵続けれるか不明なのは置いておいてね!
――――そして、ラムダからは完全にオフライン用のノートPCをテキスト作成用に手渡され、力仕事がないときに黙々と作り、夕食後の自由時間にラムダ含め4人対して何日か授業を行った。
いやなんでこんな潜水艦の中で事務仕事しなくしちゃいけないんだ。解せぬ。
拷問されるよりかはマシと自身に言い聞かせたいけれど……いやうんそれでも怠いわ。どうしてこんなところでデスクワークしてんだ俺は……。
とまぁ、俺の愚痴はさて置き、数日授業を受けたレクテイアの人たちは俺やラムダよりいくつか年下の少女たち。恐らく中学生辺りの年代だ。
元々ラムダとは親交が深かったこともあり、ラムダと日本のことを話していたらしく、今回の俺の適当日本語講座に興味を持ったとのこと。
授業を始めたはいいけど、幼稚園児が平仮名を学ぼうみたいな授業をやっている。それこそ最初の最初、基礎の基礎のレベルでしかない。
まだ英語は通じるから途中英語を混ぜながら日本語を教えている。それかラムダを経由して通訳してもらっている。ラムダも授業を受けているとはいうが、もうこれ助手に近いな。毎度申し訳ない気もする。
ぶっちゃけ人に教えるという行為が武偵になってより苦手になった印象がある。留美や一色、戸塚などに戦闘技術を教えることは多々あれど、だいたい実戦形式ばかりだ。
体で覚えろとかいう前時代的教育。蘭豹と同じ思考なのは嫌だなぁ。まぁ、これぞ武偵。
座学中心という機会は少ない。俺の戦闘スタイルはほぼ我流なため、誰かに教わるという機会は少なかった。それこそ、イ・ウーで超能力やら教わったくらいだ。
そのため、正直かなり無愛想な授業になっている自覚はある。
しかし、なぜかネモから返してもらった俺のスマホ(ネットには決して繋がらない上にSIMカードは抜かれたしなんなら粉々にされた)の写真フォルダやラムダの持っている日本の資料を用いつつ、どうにか乗り切っている。
にしても次はどうするべきか。とりあえずは平仮名カタカナ中心でどうにかなるかと考える。あとはどっか観光地の写真でも入れて読み方の説明を――――迷う。
……戦うことしか能がない俺がなぜこんなところで頭を悩ませているのか。ある意味悲しくなってくる。
「全く、どうしたものか……」
自室扱いとなった倉庫で水を飲みつつポツリと呟く。ある程度形になったテキストを保存しPCを閉じる。
「……こうやって流れに身を任せるしかないのか」
しばらく過ごしたけれど、脱出について進展はなし。機会はあったものの当然俺には知らされず、悟られないよう遠ざけられた。
恐らくこの流れは今後も続く。とはいえあまりにも露骨に避けられたら、そういうことだと推測することはできる。ネモ以外なら強行突破は可能だろう。ノーチラスの船員のどれだけ戦闘力があるのか定かではないが。
それでも、脱出成功する可能性はあまりにも低い。
ここまでが脱出についての進展でしかない。つまりはゼロ。
結論、ぶっちゃけ。
「なるようになるしかない……な」
諦めた口振りでため息を吐く。前途多難だ。レキや小町に会えるのはいつになるのか分かったもんじゃない。
内心愚痴りながらベッドへ休憩がてら転がる。
「にしても、このノーチラス……」
ラムダと話したときにも感じたが、やたら学習意欲の高い人たちが多いように感じる。
何度か学習している場面を観察していたところ、全員嫌々やっている様子は見て取れないように思える。要するに全員勉強熱心だ。
そのことに対して上手に言語化できないが……なんつーか、どことなく違和感あるんよな。これだけ人がいれば1人ぐらいは勉強したくねぇって奴がいてもおかしくはない。自ら進んで勉強するとか変態か。俺なら嫌だわ。
しかしながら、ノーチラスにはそういう人たちは見受けられない。
「…………そこがなんか」
どうも恣意的というかわざとらしいというか――――学びたい奴らがいれば、逆に戦闘意欲が高い人たちもいるのではないかと勘繰ってしまう。
敢えて戦闘民族ではない奴らがノーチラスにいる……と言えばいいだろうか。
レクテイアにいる人たちが超能力を当たり前に使える奴が多くいる。
だとするならば――――地球を侵略したいという思考に行き着く人がいても不思議ではない。
しかしながら、ノーチラスにはそういう思考を抱いている人はいないように感じる。まぁ、これはあくまで表面上はって話なのは前提だ。内心どう思っているのかは当然知らない。
ぶっちゃけ俺のことを敵対視している視線はそこそこ感じる。言ってしまえば所詮はその程度だ。直接を俺へ手を下そうとする人たちは現段階ではいない。
少なくともイ・ウーにいた奴らほど視線はギラついていない。武偵のようなイカれた言動も今のところは見られない。……あんなのホイホイいてたまるかって話だ。
本当に世界征服とか考えていたほど頭イカれていたからなぁ。特にパトラとか。
「んー……」
なんか釈然とせず唸る。
俺の考え過ぎとは思いたいけれど、ノーチラスの船員はどうも好戦的な人が少ない。武偵辺りがアレなだけはあるのは置いておいて。
とはいうが、このノーチラスの中には俺を良くない目を向ける人もいる。
先ほども考えた&ラムダの言っていた通り、排除とまではいかないものの敵対心を向けた視線や雰囲気を感じることは何度かある。その点について非難するつもりはない。むしろ当たり前と言いたいまである。
既に出来上がっている輪の中にいきなり異物が現れたなら良く思わない人がいるのは存じている。おまけに一応は敵対している人物だ。なおさら敵意に満ちていても俺は文句を言わないだろう。
だから強く感じる。敢えて分けられた……それも厄介払いでもされているほど極端だと。
こんなのただの推測、というより根拠や証拠もなさすぎて予想、妄想でしかないけどな。
しかし例えば……。
「もし原潜が複数……いや、拠点がいくつかあるなら」
そこに戦闘担当……好戦的な奴らがいるのかもしれない。この狭い場所から集めた情報だけで考えるなら、かなり無理矢理とはいえその可能性に至る。
「ノーチラスは隠れ蓑……? いや、どっちかっつーと、ただ分類されているだけ……?」
ベッドでゴロゴロしながら考えをポツリともらす。
という表現は当てはまらないか。単純に別々なだけたろうか。もしその好戦的な奴らの集まりがあるなら、刻一刻と戦力を蓄えていることになるだろう。
……なんて色々と考えてはいるけど、規模すら分からない。もし仮に俺の妄想が当たっているとはいえ、誰と戦うのかそんかことすら思い付かない。
「まぁ、極端すぎるか。別に地球のことを知りたいってだけかもしれないし」
独りで考えているせいか思考がどうも凝り固まっている。だかしかし……。
「マキリがあれだけ強いとなると」
もっと強い奴もマキリと同レベルか多少劣るレベルくらいもいておかしくないっていうか、いても当たり前かもしれない。国際的なテロリストだからその考えに行き着くのは当たり前だろう。
問題はその内訳……どれだけレクテイア出身がいるかどうか……。それによって印象もガラッと変わる――――
――――コンコン。
そんなことを考えていると、俺のいる物置部屋の扉へノックする音が聞こえた。今用事があるとなるとラムダかネモだ。しかしネモは個人的に世間話に興じる関係性ではない。つまりまぁ、十中八九……。
「八幡様、こんばんは」
ラムダだよな。
「おう」
「あら、お休みでしたか」
「いやダラダラしていただけだ。テキストはある程度形になっているよ」
寝転んでいた体勢から起き上がりつつ一先ず物騒な思考は端へ追いやる。
また今度改めて考えることにしよう。
「ところでラムダ。こんな時間にどうした……あれか、進捗でも確認か?」
「いえいえ、疲れているでしょうからよろしければコーヒーでもと」
「助かる。ありがとう」
「このくらいでしたらいつでも」
随分と慣れた手付きでこの物置部屋に置きっぱなしだった器具やら用いてコーヒーを手早く淹れるラムダ。
砂糖も入れてくれて実にありがたい。
何度かしてくれたこともあって下世話な話、とりあえずこれで烈風は使えるまで超能力は回復した。まぁ、武装もメンテが十全にこなせてない上、銃弾などある程度消耗しているし、本調子とまではいかないがな。
誘拐された際にはなぜか完璧と言えるレベルでメンテナンスされていたが、まぁそこそこ日数経過したこともある。ほとんど使用してないとはいえ、特に拳銃なんかは放置しているだけで変化はするものだ。
正直敵地にいるからストレス溜まるのでコーヒーだろうとなんだろうと、気を紛らわせることができるモノを貰えるのは非常に嬉しいのだけれど、気になることもある。
「ていうかいいのか。俺に嗜好品を与えて。潜水艦なんだから限りあるだろ。他の奴らから反感買わないか?」
俺に好意的に接してくれているのもあってどうしてもその立場は気にかける俺がいる。
「大丈夫ですよ。八幡様が真剣に働いてくださっているのは皆様ご存知ですし、これはあくまで私の分です。私のコーヒーなどを誰に上げようが私が消費しようが変わりません」
「……ものは言いようだな」
毅然とした対応でしれ~っと語る。まるで私悪くないですよと言いたげだ。つまり、ラムダの取り分は減っているというのに。
平然と、何でもないように話すラムダからは実際その通りなのだろうと説得力すら感じてしまう。
「加えてネモ様から一定の働きを保つために八幡様に嗜好品を渡してもいいと許可を貰いましたから」
「アイツに交渉したと……なおさらありがたい」
「こうして八幡様と話す時間が楽しみですので」
ラムダは続けて目を閉じさらっとそう口にする。
手強いな……。俺の心配はどこ吹く風ってか……。まぁ、ラムダがそれでいいなら強くは言うまい。一応は俺からも注意を払うか。
「それで八幡様、先ほど寝転がって何をしていたのですか」
「あー……? 別に休んでいただけだぞ。肉体労働してから教師の真似事。そこから明日からのテキスト作りだ。普通に疲れたからな」
ただNやノーチラスのことをひたすら推測という名の妄想をしていたとは言えない。あくまで俺は捕虜のような存在。
そして、そこに所属しているラムダの組織を悪く言うわけにはいかないだろう。
俺が発言した内容はぶっちゃけただの建前だが、この理由もそれなりに割合が高い。実際のところ慣れない環境で思っているよりも体が疲れていることがある。
「お疲れ様です。……ですが、それだけではないと予想しますが」
まるで親にテストの点数を嘘を付いたときすぐに見抜かれたときと同様なほど鋭い目付きだ。
わざわざバカ正直に言う必要なんてないのだが、つい本音を漏らしてしまう。
「別にラムダたちを悪者にするつもりはないが、独りでいたら色々と考えてしまうわな」
「八幡様からすれば敵対組織にいるわけですからね。……やはり、帰れるなら帰りたいと?」
「そりゃ思うぞ。ここはどうあれ俺の居場所ではないからなぁ」
ため息気味にそう吐き出す。
ポーカーフェイスには自信があるけど、どうにもラムダには考えが見抜かれているような感覚に陥る。
「……そうですか」
刹那、視線を逸らすラムダ。すぐに目線を戻したとはいえ、少し気まずい雰囲気だ。
「協力的なお前に言うことではないな。悪い」
「いえ、八幡様からすれば当たり前のことかと思います。どうか思い詰めないでください」
……本当に俺を攫ったマキリと同じ組織に所属しているのか疑わしくなる。
「では改めて、ノーチラスから脱出する算段でも付きましたか?」
「全くそんなことねぇな。到底抜け出せる気しないわ」
「……どうも嘘は言ってなさそうです。随分と正直に言うのですね」
「さぁ、分かんねぇぞ。俺は嘘も隠し事も得意だからな。丸々この発言がブラフの可能性だってある」
まぁ、ノーチラスから出るだけならできるからな。瞬間移動で脱出は可能だ。なお海中か海上に放り出されてそこから助かる見込みはない模様。
「ブラフ……嘘のようなモノですか」
「そうそう」
「しかし、八幡様は…………ん、どうでしょう。半分嘘、半分事実とでも言いましょうか。いえ、ほとんど本当のことを言っていると思います」
あまり表情を動かさないラムダが少し険しい顔になる。
「――――」
これが当たっているだけに恐ろしい。
やけに勘が鋭い。俺が分かりやすいだけかはたまた……ふと思い付いた俺の滑稽な考えが正しければ――――いや、一先ず話を打ち切るとしよう。
「……そういうことあまり口にするもんじゃねーぞ。いざってときの駆け引きで不利になるからな。……まぁ、そんなことはどうでもいい。コーヒーありがと」
「この程度ならいつでも」
コーヒーを口にする。……味からして多分インスタント辺りだろう。原潜と考えれば、いちいち豆から挽くより数を持ち込めるインスタントの方が楽だろうから当たり前だろう。ミルとかあっても、限りあるスペースのここだと邪魔かもしれんし。
何にせよ、こうやって飲めるだけ嬉しいものだ。
俺の隣では静かにラムダもコーヒーを飲んでいる。
「ところで八幡様、次の授業はいつを予定していますか?」
「1日おきって考えているから明後日かな。ラムダ含めてあの娘らだって普段も仕事しているんだろ。毎日あったらしんどいわ。俺も」
「ではそう伝えておきます。次はどんなことをするのでしょうか?」
「まだまだ読み書きかな。あめんぼあかいなあいうえおレベルだわ」
いやこれ滑舌良くするためのやつだっけか。
「まだまだ始めて間もないし。ていうか、レクテイアから地球のこと学ぶだけでも大変なのに、よくわざわざ日本語まで勉強しようと思ったよな。お前も、あの娘たちも」
「私は元々日本について興味があったというのがあります。八幡様の授業に参加してくれている娘たちは……そうですね、何と言えばいいでしょうか、私が普段面倒を見ているからと言いますか、私を慕ってくれているのです」
「ほーん。慕われているんだな。良いことだ」
俺の弟子たちは基本俺のことをナメているからな。間宮はまだマシか。聞いているか、弟子1号と2号。
「えぇ。それで、たまにですけれど私が日本のことを話したり、私が勉強している姿を見ていたりと……それで興味を持ったのではないかと」
「なるほど。つまり」
お前が事の発端か。
「つまり?」
「……何でもない」
恨めしげな視線を向けそうになるのを堪える。
「日本のこと学ぶなら実際に現地行けたらいいんだけどなぁ」
「たしかにそれができれば一番ですね。私もいつか日本へ行ってみたいです。京都、北海道、沖縄……写真で見た場所へ憧れがあります」
「お前ら連れて日本へ行ければ俺はそのまま逃げれるし」
「…………」
うん、ジトッとした目で見つめられている。悪かったって。
オホンと咳払いしてから再度話しかける。
「知ってるか。自分の知らない言語を早く身に付ける方法」
これ以上詰められないよう話を逸らす。ラムダは視線を俺から外し逡巡し、難しい顔付きになる。
「……勉強、ですか」
そうだけども。
「最終的にはな。いやまぁ、早い話、その場所の恋人や友だちを作ることだ。そうすれば」
「相手の言っていることを理解しようと必死になる……ですか。惰性で勉強するよりも身に付きやすいと」
「そういうこと。だからまぁ、もし日本へ行けたとして現地で知り合いでもできればいいんだよな。理想を言えばレクテイアのこと知っても偏見ない奴ら」
「八幡様の知り合いにはそのような方々はおられますか?」
少し考える。
うーん、出身さておき仲良くなろうとする奴らか……。小町? 留美や遠山は人見知りだし。一色や間宮なら大丈夫か? 理子はどうだ。アイツの懐に入るためにはそれなりに分厚い壁があるもんだ。
というかそれを差し引いても。
「どうだろ……いるにはいると思うけど、俺の知り合いはそういう偏見云々なしにしても終わっているからな。色々と。いやホント」
こちとら犯罪スレスレならお構いなしにやる武偵なもんで。倫理観狂っているからね。
まぁ、材木座や戸塚辺りなら大丈夫か。特に材木座からなら異世界とか喜びそうな気もする。アイツ、あぁいの好きだからな。最近は異世界モノのラノベをひたすら書いていたし。
しかし、レクテイアの娘たちと材木座だと見た目が危ない。うっかり通報しちゃう。
……いや待て、別にレクテイアのことを事細かく説明する必要はないなと思い直す。レクテイアのことを隠せるなら他にも――――いや、いつかは明かす必要があるのだろう。秘密はずっと秘密にはできない。
「たしかに行けるとなれば楽しそうです。知識で知るのと実体験するのとはかなり違いがありそうですので」
それはラムダの言う通りだろう。ただ見聞きするのと現地で味わうのでは得られる情報量が桁違いだ。それはふとしたとき鮮明に思い出せる記憶ともなる。
「まぁそうだな。というか行けないのか? マキリとかネモとか自由に行動しているだろ」
「あの方々は立場もありますから。そもそもとして、私たちはまだ地球へ来て日も浅いです。最低限の知識を得なければ難しいでしょう」
「てことは可能ではあるんだな」
「はい。噂でしか知りませんけれど、マキリ様と行動共にしている方がいるそうです。武芸に秀でたとお聞きします」
要するに戦闘民族か。それも無秩序な。
マキリの部下か上司なのかは立場は分からないな。Nの組織構造すら全く把握しきれていないので。階級とか存在するのだろうか。
「他にも潜伏している方々はいます。ネモ様の側近には私と同じ部族の方もいますので。たしか八幡様はお会いになったことがあるかと」
「ほーん」
誰のことだ? と思考を巡らす。
……あ、もしかしてマキリと戦ったときにいた3人の? 俺を弓矢で射抜いたエンディミラと双子らしき女性だ。
であればマキリの部下や仲間ではなくネモからの命令などで共に行動していた? なるほど、そういうこともあるんだ。
「そういえばラムダたちは先遣隊でもあったな。何かしらの情報をレクテイアへと持ち帰るために学んでいると。てことは、ある程度日数が経過すれば自ずと外へ出る機会はあるってことか」
「そうなりますね。そのため勉強しています」
様々な情報を学び友好的な関係を築いてくれれは言うことなしだが、実際問題そうはいかないだろうとヒシヒシ感じる。
さっきラムダも言っていたが、レクテイアの戦闘民族がマキリとかと行動していると言っていた。つまりは誰かしらとトラブルが起こる。そのせいで色眼鏡で見られることもあるということ。
……世の中、上手いこと回らないもんだ。
「私はぜひ、八幡様の相棒さんと会ってみたいですね」
ふと漏らすラムダの言葉に対して俺は疑念の目を向ける。
「……なんで?」
「なぜだと思いますか?」
ひたすら無表情を貫くのは止めてくれ。さっきまでわりと表情豊か(当社比)だったから余計にそう感じてしまう。しかもノータイムで聞き返してくるし。心臓に悪い……。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
なんで無言なの!?
「八幡様の相棒さんは私のことどう思われるのでしょうね」
「…………」
「会ってお話してみたいですね」
「…………」
あのー……帰ってもらっていいですか?
遅れました。そして次もきっと遅くなります