行きはよいよい帰りは怖い
フランスを旅立ち、いくつか空港を経由し飛行機を乗りながら半日ほど経過した。
「やっとかぁ……」
そして、ついに日本へ到着した。しかしなぜか着いた場所は関西国際空港……関空である。チケットで知ってはいたけど、なぜに関空なのか甚だ疑問である。
ラムダの部屋を契約したからには東京は知ってありそうだが、ネモはもしかして日本の地理に詳しくないのでは? そんなありふれた疑問が頭をよぎる。
けっこう大阪と東京って離れているとツッコミを入れたい。
しかしながら、俺も日本のことならいざ知らず、ヨーロッパの地理ともなると基本的にはあやふやなので。そこはきっとお互い様だ。正直海外の首都の位置を当てろと言われて自信あるのはアメリカくらいだ。
「着きました! 着きましたよ八幡様!」
そして俺の肩をひたすら思い切り叩き、目を輝かせているラムダを引き連れて歩く。
普段の冷静沈着なラムダはどこいった。ノーチラスにいたころはやたらめったら無表情だった彼女だが、いざ憧れていた土地へと足を踏み入れた事実がさぞ興奮させているのだろう。
ラムダの荷物を引き取ってロビーを目指す。
俺も日本へ戻ってこれて非常に嬉しい。久しぶりに日本の大地を踏み、こみ上げてくる高揚さを噛み締めているところだ。
いやもう本当、ようやく帰ってこれた……。
嬉しい理由は俺も理解できているから肩を叩かないでほしい。痛い痛い。
「おう分かった分かった」
適当にラムダをいなす。と思ったらラムダ急に立ち止まり、どこか疲労が溜まっている雰囲気でため息を吐く。
「しかし、八幡様。ちょっと足がフラフラしますね」
「時差ボケか? 加えて長旅は思っている以上に疲れるしな。休むにも……時間がなぁ。地味に微妙だ」
現在は夕方4時。今いる場所は大阪。東京へ帰るにしても時間が遅くなる。そもそも新幹線も予約できていないし、いつ帰れるか不明だ。自由席くらいなら予約できるだろうけど、個人的にはできれば余裕もって昼過ぎに帰りたい。
ということは1泊することが自ずと必要になる。
ビジホでもとるかと迷う。しかし当日の予約なしでいけるか不安だ。とはいえ、大阪の中心地であるならば、ホテルの数も多いのでどうにかなるだろう。
いつだって当たって砕けろ精神で突撃あるのみ。
「ふむ……」
さっきまで俺が持っていたユーロを日本円にしてもらい……残金5万円か。キャッシュカードもクレカもローマへ置いてきたから遠山かレキが回収しているだろう。
俺たち2人が1泊して東京へ帰る分はできる。
そして、ネモからラムダ用へといくらか金は貰っている。一人暮らしで多少暮らせる程度には。もちろん、そこはラムダが自身で管理しており、俺は手出しするつもりはない。
「んー……」
「八幡様、どうしました?」
「これからのことを考えていた。とりあえず空港にいてもしゃーねー。梅田へ行くか」
未だにソワソワしているラムダを引き連れて再度歩く。俺も周りから聞こえる声も見える文字も日本語ばかりで安心感しかないが、そろそろ落ち着こうね。
一先ず梅田へ行く電車に乗るとしよう。正直行き方知らないが、JR辺りに乗ればいずれ着くだろと楽観的な気持ちになる。
ていうか、それならルートの検索は……あ、そういやまだSIMカードないことに再度気付いた。
梅田へと着いたらどこか携帯ショップに寄って契約するかと迷う。しかし、その考えを実践すりのは難しい。
やはりと言うべきか残金があまりにも心許ない。SIMカード契約だけでどれだけかかるか分からないし、その辺りは東京へ帰ってからにしようと決める。
意地でも3ヶ月行方不明の身でありながら日本へ帰っても家族知人に連絡を取らない。だって怖いし……。
「八幡様、何を気にされているのですか?」
財布を見て若干小難しい顔をしていたのがラムダにバレていたのか顔を下から覗かれ訊かれる。
「あー、金どうしようかなって。まぁ微妙だがどうにか足りるだろ」
「ふむ……お金、ですか。知識としては理解したのですが、なぜこの紙1枚で様々なモノと交換できるのですか? ただの紙ですよ?」
釈然としない顔でそう語るラムダ。レクテイアには金という概念はないらしい。
疑問に答えようとするものの、ぶっちゃけ俺もその辺りの知識は薄い。武偵高でそんな経済学ぶとかないからね。そもそも大学などで学ぶ専門的な知識である上、アホアホ学校にいる俺たちは各教科の基礎知識すら覚束ない奴らばかりだぞ。
とりあえずできる限り噛み砕いて話そうと思う。
「そうだな……なんつーかなー、金はたしかに紙や金属でできている。それで色々と交換できる。その内訳っつーか、できる理由は……んー、信頼でやり取りしているんだと思う」
「信頼、ですか?」
「おう。全くの的外れかもしれないが……モノと金、これらが同価値で交換されるのは今までの歴史で先人たちが積み重ねた信頼で成り立っているってところか」
「なるほど。この紙1枚で」
「とはいえ、金がずっと同じ価値ではないな。国の信頼がなかったら金の価値は落ちる。金は何も個人間だけでなはい、国同士でもやり取りするしなんならそっちがメインだ」
ひょんなことから金の価値はあっという間に暴落する。俺はまだ株やらやっていないけど、海外のあれこれで簡単に上下する。ただの噂で価値が暴落するほど脆さもある。
「信頼を売り買いする、ですか。たしかにその信頼が……お金なければ、どこか世の中荒れそうな気もします。これだけ地球は広いのです。もしお金がないのならお互いに奪い合うと言いますか……」
「だろうな。言いたいことは分かる」
もしそうなったら世紀末もいいとこだ。今も大概あれだが、金がなければもっと酷いことは目に見えている。物々交換なんてもう現在ではきっと成り立たない。
さて、雑談もそこそこに改札へ着く。
ラムダに日本での電車の乗り方や切符など説明を行っている。地頭が良い彼女はあっさりと理解したように切符を購入し、改札口を通る。
「八幡様。これからどうされます? 梅田、とやらに到着してからの行動は? たしか……大阪から東京へは距離がありすよね? 本日中に到着はできますか?」
電車を待ちながらふと語る。
彼女の方がネモより日本の地理を分かっていることに驚くが、日本のことを勉強していたらさもありなんといったところだろう。
「帰ることはできるけど、長旅しんどいし、今日はとりあえずどこかホテル探して1泊する。で、明日に新幹線のチケット予約して東京へ向かうって感じ」
「分かりました。一先ず八幡様に任せてよろしいでしょうか?」
「おう。何にせよ、梅田着いたらどこかで腰据えてホテル探すか。ホテル探せるかどうか……せめてスマホ使えたらなぁ」
「スマホ、ですか。ネモ様から私用にと預かっておりますが、これは使えますか?」
俺の呟きに反応してラムダが手渡してくれる。持っていた事実に驚きつつも電源をつける。
機種はエクスペリアの……なんだろうか。まぁ、Androidだ。キャリアは日本で使えるのだろうかと思いつつアンテナが繋がるのを待つ。あ、繋がった。普通に日本のキャリアだ。
「大丈夫、使える。これならインターネットで検索もできるし充分だ」
「私は使い方が分からないのでまた教えてもらえますか?」
「その程度なら全然。あとで落ち着いてからな」
そして1時間ほど経過。
梅田へと俺たちは到着した。
道中、電車でひたすらテンション最高潮のラムダに肩を叩かれ、ずっと投げかけられる疑問に答えている時間だった。
ある意味疲れ切った俺は満身創痍な身を引きずりながら改札口から出る。グランフロント大阪が見える改札口にはベンチがそれなりに置かれており、俺たちはそこに腰を降ろす。
ラムダからスマホを借りて近場のホテルを検索する。当日泊まれる場所はそこそこあるけど、値段は当日だからそれなりにする。そこは致し方ない。その辺りは必要経費だ。
ビジホならそれこそ高級ホテルに比べたら値段は抑えられており、予約しようと部屋を選んでいると、不意によく聞いていた懐かしい声が耳に届く。
「あれ……八幡?」
「お主、こんなことろで何をしている?」
顔を上げると武偵高の制服を着こなしている俺の同級生――――目を丸くさせておりまるでここにいることが信じられないという目つきをしている戸塚と材木座がいた。
急ぎ近寄ってくる2人に挨拶する。
「随分と久しぶりだな。戸塚に材木座。元気か? つか、お前らこそなんでいるんだ? 大阪だぞここ?」
「いや行方不明だった八幡が言うことなの!?」
心外そうに叫ぶ戸塚。
言われてみればその通りだ。そういや行方不明だったな俺。今までの疲労で忘れていた。
「そうだぞ八幡。外国で攫われたとレキ殿から聞いていたが、なんで呑気に大阪にいるのだ?」
「あ、あー……その、なんだ。今日なんやかんやで帰ってきたばかりだ」
気まずそうにボヤく。
「で、お前らどうした?」
「僕はここで救護科の研修があって……」
「我は武器製造関連の企業が集まっていたシンポジウムがあったので参加しておった。日程も被っていたので、戸塚殿と一緒に行動することと相成ったが……いや、その」
ほーん。遊びに来たわけじゃないんか。お前ら仲良いな。
「…………いや八幡! 我らのことよりまずお主のことだろ!?」
「そうだよ、レキさんには帰ってきたって伝えたの?」
「え? まだだけど?」
別にあとで良くない? ダメ?
「なんでなの!? レキさん心配していたよ!」
「今日東京には戻らねぇし、あっち着いてからでいいかなって。今俺のスマホSIMカード抜かれていてるし」
「今どき連絡手段などいくらでもあるだろう……」
「まぁ、あれだよな。明らか地雷原に突っ込みたくねぇし」
「逃げてる場合なの!?」
あ、やっぱダメですかそうですか。
ノーチラスにいる間はもちろん連絡取りたいという気持ちはかなり強かったけど、いざ帰ってきたらで面倒さがあまりにも強過ぎる。とても億劫です。
「なんかもう……色々加味してあとででいっかなって」
「良くないけど!?」
戸塚がここまでツッコミ入れるのって新鮮だ。
「お主がボケに回るの新鮮だな」
「ボケてるつもりはない。疲れているから頭回らんだけだ」
「にしても限度があるだろ」
ただでさえ、長距離移動で疲れているのに加えてラムダの『あれなになに』攻撃がずっと続いているのだ。普通にしんどい。
というより、ラムダ静かだなと思い目をやると特に俺たちには視線を合わせずに静観している。心情は理解できないけど、久しぶりに俺が知り合いに会ったから邪魔しないでおこうとかそんなところと推測する。
「あ、別にお前らからレキたちに連絡しなくていいぞ。つーか、アイツら日本にいるか知らねぇし。何喰わぬ顔で居座ってやるから」
「それでいいのか……」
「良いんだよ適当で。こんなバカな職業なんだから行方不明なんざよくあるだろ。俺なんて拉致られるの今回で2回目だぞ」
「全く八幡は……そんな頻繁にはないよね……」
誇れない記録に威張っていると、呆れている戸塚と材木座がふとラムダへと視線を移す。
いつものとつかわいい戸塚はどこへ。
「ところで八幡。君の隣にいる人って……知り合い?」
「距離感からして見知らぬ他人というわけではなさそうだが? 憎たらしいほどに美人ではあるがまさか八幡お主……!? ……誘拐は罪が重いぞ」
「チゲーわ! ていうかなんだよ。拉致られた身で逆に誘拐するなんざいないだろ」
「いやほら、人質的な?」
「んなわけ……」
しかし、ラムダの説明ってどうすればいいのだろうか迷う。
誘拐された先で知り合って? 俺の世話をしてくれて? なんやかんやで日本のことを学びに来て? なんやかんやで俺が案内することに?
つまり何だ? Nのことを説明するのはややこしいし、レクテイア云々言うわけにもいかないし。
「初めまして戸塚様、材木座様。私はラムダと申します。八幡様とは…………えと、何と言えばいいでしょうか?」
ブルータスお前もか。
しばし思案顔になるラムダ。
「ふむ……現地での八幡様の世話役とでも言えばいいでしょうか。しかし、生徒として色々と学んでいたのでどこか違うかもしれません……」
材木座は呆れた視線を俺に向けて。
「詳細は分からんが、要するに八幡の現地妻か?」
「レキさんに連絡しとくね」
「おいコラ止めろ」
なんでそんなにコンビネーション抜群なんだお前ら。
「えーっとだな、ラムダは……その、誘拐先で知り合って……あ、もちろんラムダは犯罪はしていないぞ? それで俺が解放されるついでに日本のことを知りたいと俺に付いてきたっつーか、付いてきせられたっていうか」
「つまり、現地で女を拾ったということだろう? やはりレキ殿に……あと猛妹殿にも伝えておくか」
「材木座マジで止めてくれ……って猛妹? お前アイツ知ってんのか?」
材木座の口から出るには意外な名前に一瞬戸惑う。
それにしても、なんて冷めた目をしやがる材木座。こんなお前見たことないんたが? その膨らんだ腹殴るぞ……って、だいぶ細くなっているな。戸塚のダイエットプランは効果ありみたいだ。
「何だかんだで知り合ってな。中国系統の武器など参考になっているぞ」
「アイツ、マフィアの幹部的な立ち位置だから関わり切っとけ。俺らが巻き込まれた新幹線ジャックの実行犯だぞ」
意外なところで知り合っている事実に驚嘆しつつも材木座のため忠告はしておく。
「ふむふむ、たしかにそんなこともあったが、過去は過去だ。今さら気にしないわ。というより、我は置いておいて八幡の方が仲は良好なのだろう? 聞いているぞ、お主の愛人だの。……お主が語るには説得力なくないか?」
「それはそう」
ちなみに俺は猛妹の連絡先は知らない。勝手に現れては突っ込んでくるので、俺にはどうしようもない。あとお前のセリフの一部は事実無根だ。忘れろ。頼むから。
「改めてこんにちはラムダさん。僕は戸塚です。八幡とは学校での友達です。よろしくね」
「我は材木座である! メカニックとして八幡の武器のメンテナンスなど行っているぞ」
「えぇ、これからもよろしくお願いします」
にこやかに返すラムダを見ていると随分コミュ力が高い。全く人見知りせず、先ほどのテンション高さはいざ知らず非常に落ち着いている。
剣呑な雰囲気にならずに安堵するけど、相手するこの2人なら早々トラブルは起こさない。
「って、材木座くん。そろそろ電車来るよ」
「おっと、もうそんな時間か」
どうやら時間が来たらしい。
「ごめんね八幡。約束あるからそろそろ移動するね」
「ではまた会おう!」
「おう、またな」
とだけ言い残し2人は去っていく。俺はただその背中を見送る。
「――――」
久しぶりに知っている奴らに会えてどこか肩が軽くなった。
ずっと敵地にいたから多少なりと気を張っていた。マキリがいなくなってからもラムダやニューたちといてもやはり違和感はあった。異物感と表現すればいいだろうか。
だからこそ、こんな場所で会えるとは思っていなかったけど、見知った顔と話ができて少しは気が軽くなった。
「あの2人とはとても仲が良いのですね」
「何だかんだ一緒にいること多かったからな」
「なるほど。立派なご学友がいるとは羨ましいです。――――ところで、八幡様」
優しい笑みから一転、急に真顔になるラムダ。
な、何でしょうか……?
「先ほど話していた愛人、とは何でしょうか?」
「……………」
「話して、ください……ね?」
ラムダの追撃を誤魔化しつつ逃れてからまたしばらく経過する。詰めてくるときのラムダ、普段が無表情なのも相まってやたらめったら恐ろしい。これは点数が終わっている数学のテストをお袋から責められているときよりも辛かった。
戸塚たちと別れてから多少四苦八苦しつつもどうにかホテルを予約でき、そのままチェックインも済ませて部屋に入る。
梅田を歩いていると本気で何回か迷いかけた。数えるほどしか来たことないが、その都度駅の構造がややこしく迷いそうになる。土地勘ないから余計に。下手に地下へ潜ったら地上へ出来ることすら困難とさえ思ってしまう。
「スゴい……綺麗な部屋ですね……」
そんな愚痴と共に荷物をベッドに放り投げそのまま横になる。
その近くにはホテルの部屋をマジマジと眺めているラムダがいる。ノーチラスはそれなりに簡素な造りが多かったからこそ、ホテルの装飾に驚いているといった印象だ。ノーチラスは原潜であり、そもそも築年数かなり経っているモノだ。それゆえに、無骨さは少々あった。
というより、なんでラムダと同室なんだろうかと頭を抱えそうになる。
俺はそれぞれ部屋を取ろうとしたが、俺を見て操作をある程度覚えたラムダが実際にスマホを操作したいと言い張り手渡してみると、いつの間にか同部屋を予約していた。
ベッドは別々なのは幸いだが……。
「ったく……飯、どうする? 腹減っているか?」
まぁいい。もう予約し部屋に入ってしまった以上、仕方あるまい。考えても仕方ない。潔く諦めよう。寝れたら何でもいい。
「飛行機で機内食を食べてからけっこう経ちましたね。何かは食べたいです。せっかく日本に来たからにはノーチラスでは食べることのでない料理を食べてみたいです」
言われてみればノーチラスでは洋食やフレンチが多かった。日本食というのは料理できる人物も材料もなかったのでまず出てこなかった。星伽さんやリサさんがいればあり合わせで作れたかもしれないが。
「分かった。えーっと、俺が選んでいいか? 俺も帰ってきたから食いたいもんがあるんだけど」
「もちろんです。私は何があるのか分かりませんので、八幡様に任せます」
とラムダから言質は取ったので、これよしにとさっそく俺はホテルを出てからラーメンを食べに行った。ざっくり全国展開している俺の好きなチェーン店が近くにあったため、そこへと足を運んだ。
その店は基本的に醤油がベースのラーメンばかり。味噌も豚骨もない醤油オンリー。それぞれ特徴のあるメニューがある。そしてけっこう薄いが、かなり大きいチャーシューを最大5枚乗せてもらうことができる。しかも値段は何枚でも変わらない。
何度か材木座や遠山、平塚先生と通いに行くほどにはお気に入りの店だ。
と、俺のお気に入りではあるけど、日本へ来て初めての食事がラーメンというのはラムダにとっていかがなものかと注文してから気付いた。俺も俺でラーメンしか頭になかった。
しかし、杞憂だったのかラムダはえらくラーメンを気に入り、美味しいと楽しみながら夢中で食べていた。個人的な主観になるけど、この店って他のラーメン店と比較するとわりと女性客多いイメージはある。
まぁ、そういうこともあり、お互いラーメンを美味しく食べたとさ。あまりにも久しぶり過ぎてちょっと泣きそうだったのは内緒だ。
それからコンビニでおやつとジュースを少しだけ買ってから、ホテルへと戻った。チョコレートとか洋菓子系はノーチラスでも食べていたため、ラムダは物珍しそうにせんべいを選んでいた。やたら気に入ってたのは印象的だった。
ホテルでせんべいをこぼさないように小さく食べているラムダが疲労が蓄積され立つ気力がなくベッドへ倒れている俺へと語りかける。
「八幡様、明日はどうご予定を組み立てていますか?」
「朝早く起きて、新大阪ってとこへ移動する。そこで新幹線のチケットを買って東京へ戻る。そこからはまぁ……その場その場で考えるわ」
曖昧な言葉で濁したのは当然東京へいつ着くのか定かではないという理由もある。帰ってからはラムダを観光に連れて行ってもいいし、そのまま帰って荷解きをしてもらうのもいい。なにせ、今のラムダの部屋の状況は不明だ。
そして――――俺の相棒やら知り合いやら友だちやらどう突撃してくるのか予測付かないというのがある。予測不能はこちらの専売特許だというのに……厄介なことだ。
俺が神妙な表情をしていたのに目敏く気付いたのかラムダはいつも通りの無表情で訊ねる。
「八幡様、戸塚様と材木座様も仰っていましたけれど、八幡様の家族や知人に連絡を取らないのですか? 私のスマホでも通話をできると説明してくれましたが、いかがなさいます?」
「…………」
「八幡様?」
「戸塚たちやラムダの言う通り、連絡くらいしてもいいんだけどな。こちとら行方不明で心配かけた身だし」
「でしたら」
「ただまぁ、アイツらには悪いが今すぐじゃなくていいだろとも思う。正直こちとらかなり疲れているし、下手に連絡してやたら詰められてもしんどいだけだし……」
今話した内容が理由の全てではないけど、大部分は占めている。げんなり気味に語る俺に対してラムダは訝しむ視線を向ける。
「……八幡様、本当に理由はそれだけですか?」
「……」
自信なさそうにラムダは恐る恐る訊いてくる。
「……私に対して気を遣っている、というのはありますか?」
どうもラムダは勘が良い。
あまり表情には出していないつもりではあるけれど、わりと見透かされているように感じる。ノーチラスにいる間も彼女に対してあまり隠し事ができなかった。
勘の良さだけでは表現し切れない違和感。たしかにそれはある。それが何か、明確な答えは出せないものの、しばらく過ごしている間に何となく推測はつく。しかしながら、今話をぶった切ってでも明かさなくていいことだ。
「……鋭いな。本音を言うとなくはない。説明が大変ってのもあるし、そもそも俺の知人たちからしたら……えっと、その……ラムダは」
「敵、ですか」
言葉を濁せず肯定する。
「……まぁ、そういうことだ」
「つまり、私の立場を案じていると」
無表情ながらもどこか嬉しそうな雰囲気を醸し出すラムダを横目に俺はため息交じりに口を開く。
「まぁな。……言っておくけど、別にお前が犯罪をしているとか迷惑をかけているとかそういうのはない。俺にとってある意味恩人であることには違いない。でも、それはあくまで俺の主観においての話だ。客観的に見ればラムダはNという組織の一員だ。レクテイアから来た以上、それは揺るぎない事実だ。そのせいでお前に被害が及ぶ可能性もある。俺の周り、血の気が多い奴らそこそこいるからな」
猪突猛進、とりあえずボコしてから話を訊くなんて奴らはざらにいる。というより武偵ならそれが当たり前と思っているまである。武偵法でも一先ず先制攻撃せよみたいな文言もあるわけだ。
ラムダに危険が及ぶ可能性が存在している以上、なるべく問題は先送りにしたいという思考が働く。まだ納得させるだけの言い訳は考えていない。この夏休みの宿題をギリギリまでやらない感じよ……。
まるで学習していない。
「あとはまぁ……」
どこか諦めた口調で俺は話す。
「何でしょうか?」
「いやさぁ、怖いじゃん? 行方不明だった奴がいきなり帰ってきたよーって改めて声かけるの。なかなか勇気いるんだよ……」
「八幡様……」
あ、呆れられた視線を向けるのは止めてほしいです。
実際問題、開口一番何を話せばいいのか誰か伝授してほしいまである。
俺の影の薄さなら何事もなくさも今までいましたよと混ざれそうと一瞬馬鹿げた内容を考えたけど、当然武偵の奴らには通用しない。文句言われることは必至だ。文句だけで済めばいい。肉体言語が飛んでくる可能性はかなり高いと言えるだろう。
帰ってきて間違いなく嬉しいのだけれど、こればかりは億劫で仕方ない。小心者なのは直らない。
「そろそろ休むか。寝ないと時差ボケもマシになんねぇしな」
「そうですね。朝の6時にタイマーをセットしておきます」
とだけお互い喋ってから5分後。それぞれのベッドですぐさま深い眠りに落ちたのであった。予想以上に疲れていたようだった。
そして、朝起きてから荷物を纏めて身支度整えてからチェックアウトする。外へ出ると今から出勤や通学するであろう人で溢れている。相変わらず人が多い。
なんつーか、ずっと閉鎖空間であるノーチラスにいたからこそ、この都会特有の人混みに未だに慣れない。元々そこそこ都会住みであったが、人混みに対して弱くなったとさえ感じてしまう。
それはラムダも同様。目の前を通り過ぎる人たちに対して目を丸くさせている。
「日本って人が多いですね。フランスの空港でも思いましたけれど、なおさらそのように感じます」
「まぁな。日本ってムダに長いくせに多くの人が集まって住めるところって言うと限られているからな。余計にそうなる」
「それは山が多いからですよね」
「おう。だから必然と真っ平らな土地に人は集中する。それが平野って言うんだが。でだ、日本で一番広い平野は関東平野。俺らが帰るところだよ」
だから東京が首都として発展してきたわけでもあって。
「こ、これ以上に人が多いのですか……」
「場所によりけりだ」
だからそんな悲壮な表情せんでも。内心ツッコミを入れる。
そんなことを話しつつ新大阪駅へと移動する。
駅ではみどりの窓口で東京行きの指定席を購入。偶然空いていた2人席を予約できた。指定した時間まではあと30分ほどあるため、少し構内を歩きながらおやつや朝食代わりの弁当を購入。
時間は経過し目的の新幹線に乗り込む。出発してからラムダは窓を眺めている。俺は弁当を食べて腹ごなし。
「速い、速いですね!」
「分かる。新幹線ってマジで速いよな。いやもうホントに……」
実際、新幹線の上に立ち荒れ狂う暴風を一身に浴びながらアホ共と戦闘し、何だかんだで飛び降りたことがある俺は新幹線が速いとよく理解できる。
改めて思うと、あんなとこで戦闘するとかアホだな? いや改めるな。最初からそう思え。
「何ですかそのやたら実感の籠もった言葉は……?」
「気のせい」
もう二度としたくないだけだ。だから懐疑的な視線を向けるのは止めようね。
「あ、これ美味しいです」
「焼肉弁当美味いよなぁ」
「これが日本風の味付けなんですか。あっちとは違いますね」
「向こうとは調味料も違うからな」
なんてダベりつつも新幹線は東京へと進んでいく。
早く着いてほしいと願う半面、なるべくゆっくり進んでほしいと神頼みしてしまう気持ちが交ざる。
この相反したどうしようもない矛盾している願い。当然どちらも叶うなんてことはなく、一定のスピードで目的地へ近付く。
時折ラムダと話しながらもただ窓からの景色を目に焼き付ける。昨日でひたすら実感したとはいえ、久しぶりである日本の風景をただ見るだけでやっと解放されたと自覚する。正確に言えば隣にラムダがいるので、解放されたと言うのは語弊があるだろう。
ただそれだけで嬉しいと月並みに感じる一方、この先どう立ち回るのが最善なのかと悩む。ずっとこれだ。ただただ堂々巡りに陥る。
ここまで来たらなるようになれ精神で挑むしかない。今さら言い訳しても効果はないと分かりきっているし、下手に適当なことを言っても火に油を注ぐだけ。いくらアイツらも殺しはしない……だろ……う。やだ、殺されかけた身としては本気で否定できない悲しみ。
帰りたいけど帰りたくねぇな……。このまま実家に引きこもろうかって思ったけど、ラムダの説明ができないので武偵たちがいる場所に行くしかない。
――――そして時間は無常にも流れ、東京へと何事もなく到着した。
東京駅な前に訪れたときと変わりなく、大勢の人が行き交っている。
そんな光景に俺の隣にいるラムダは絶句した表情を浮かべている。大阪も同じくらい人の行き来は多かったけれど、やはりムダに東京はムダに人が多いのもまた事実。
だが、駅構内へと行けば多少はスペースも余裕がある。さっさと移動し、山手線へと乗り継ぎ新橋に。新橋へ着いたら次はゆりかもめへだ。
その人の多さに驚いていたラムダだけれど、次第に初めて見るモノへとテンションは移り変わる。そして再度始まるあれなに攻撃。だから肩が痛いから叩くのは止めてほしい。
「あれは……今までに乗った電車とは違いますね」
ゆりかもめをマジマジと眺めているラムダがふと言葉をもらす。
「モノレール……ではないなあれは。何だっけ。新交通システムとかそんなだっけ。よく分かんねぇわ」
たしか神戸にあるポートライナーが先輩だった気がする。何にせよ、電車であろうとモノレールだろうと新交通システムだろうと公共交通機関はとても便利です。
「さっさと乗るか。お台場まで行って一休みしよう」
「はい、分かりました」
すぐに来たのでちゃっちゃか移動する。相変わらず人が多い。さっき山手線を乗ったときも感じたが、相変わらず満員電車はキツい。あの窮屈さは物理的にも精神的にも負担がかかる。
とりあえずラムダを体で守りながら台場駅で降りる。まぁ、途中で何人か降りたので余裕はできその必要はなくなったのだが。
改札口を通り、あの横幅がやけに広い橋へと立つ。名前……夢の大橋だったような覚えがある。武偵になってから何度も遊びに来たことのある。随分と懐かしい景色に対して安堵する。
「そろそろ昼ごろだし、飯食ってから帰るか」
「そうですね。どちらで食べますか?」
「んー、ダイバーシティ行くか。あの辺色々あるし」
残金も飯代抜いても帰る分には足りる金額はある。ラムダも了承したこともあり、足を目的地へ向かわせようとする。そんな瞬間――――
「やぁ、ハチハチ」
――――近くにあるベンチに座っている人物が、聞き覚えのある呼び方でやたらあざとい甘ったるい声をかけてくる。
刹那、体が固まる。
1秒だけ俺の動きは止まり、声のした方向へと視線を向ける。
赤色と白色のセーラー服を着ている、いつもはくくっている髪を全て下ろし、常日頃から手入れしていると分かるほど綺麗な金髪は風に揺れている。
「……理子」
「久しぶり〜。元気だった?」
普段と変わらない優しい声色。ニコニコとした誰が見ても可愛らしい笑顔。友だちの峰理子がそこにいる。
ただ、それだけが恐ろしい。
「……おう」
「そうやって知らない可愛い〜女連れているくらいには元気に見えるねぇ」
「…………」
だから帰るの億劫だったんだよ。このトゲ。毒のトゲ。何が悪いって連絡取らなかった俺が全面的に悪いのだけれども。
普通は数ヶ月行方不明だった奴が見付かるって泣いて喜ぶもんじゃないの? ほら、身近な例だと遠山と金一さんだって……あ、あの2人再会時にバチクソ喧嘩しとったわ。あれは神崎殺そうとした金一さんの意見に従えないって否定していたからさもありなんだが。
隣にいるラムダは何が何だか分からないといった慌てている様子で俺と理子を交互に見ている。
その場から動けない俺たちに対して理子はケラケラとおかしそうに笑いながら俺の肩を叩く。そして、愉悦といった表情である種死刑宣告を吐く。
「じゃ、行こっかハチハチ。怒り心頭の姫がお待ちだよっ」