「よう、遠山」
帰還したもののレキと理子からひたすら詰められ、ラムダとも買い物をしてから数日後。
あれから理子と協力しつつラムダと部屋の物資をある程度揃えたり、武偵高で知り合いに迷惑をかけたと挨拶して周ったり、一色や間宮と俺のリハビリに付き合ってもらったりとしていた。
思い返すとわりと忙しい数日だった。何がって人と話さないといけない日が多かったのが特に。久しぶりに会う人たちがあったのも含めて世間話振られても反応しにくい。うーん、このコミュ力の低さよ。
そして、神崎経由で改めて俺の無事を知った遠山から連絡が入り、呼び出された俺はとあるカフェへ向かう。あれだけ申し訳そうにしていた神崎は初めてだった。反省。
「比企谷……久しぶりだな。元気そうで良かった」
「悪い、しばらく迷惑かけた。んー、そういうお前は……なんかやつれているような……」
すでに到着していた遠山に声をかける。随分とくたびれた様子でテーブルに臥しているように見える。拉致られた俺以上に疲れていそうだ。まぁ、遠山にとってやつれているのは日常……いつものことか。別に珍しくもない。1年ちょい一緒に暮らしている間に慣れた。
どうせ日常のように俺が向こうで過ごした3ヶ月の間にも死にかけたり、心労かけたりしたのだろう。完全に他人事ながら毎度大変なことだ。相変わらずトラブル気質だこと。
席につき注文を済ませてから雑談がてら話をする。
「そういや、武偵高辞めたんだって? 理子から訊いたわ。武偵免許は維持できてんのか?」
「辞めたっていうか退学な。……いや、そっちのが酷いか。って、そうじゃなくて。そんでまぁ、企業がけっこう成功してな。社員に託してもう退職したけど、功績を認められてしばらくは平気だよ」
なるほど。だいたいは理子から知らされていた通りだ。とはいえ。
「遠山が企業って……改めて訊くと似合わねぇな」
武偵まんじゅうとやらをそれを売っていたとか。1つ貰ったけど、甘党の俺には個人的になかなか好みの味だった。美味しかったです。
「うっせ。武偵高卒業した奴らはいずれ何だかんだで独立するもんだろ」
「それはそう」
どっかの事務所や誰かに雇用されるパターンが多いだろうけど、一部は独立して自由に動く武偵もいる。しかし、退学した身である遠山が企業するという字面がおかしい。
「つーと、今の遠山は無職?」
「言い方ぁ……! これでもまだ武偵ではあるから適度に依頼は受けているよ。ただ、基本時間あるときは勉強しているな」
「東大受験するんだよな。よくやるわ。俺は受かる気しねーよ」
「いやいや、比企谷成績いいだろ。イヤミかっ」
呆れ半分、羨望半分といった視線が刺さる。
理由は深く訊いていないものの、遠山には東大へ行かなければいけないらしい。自分の命に関わるだのなんだの物騒なことは語っていた。
そのため勉強中なのだとか。遠山の成績は……言葉を選ばずに告げると、それこそ武偵高を留年してしまうくらいには下から数えた方が早い程度の実力しかない。つまりはわりとバカだ。
試験期間のときなど、同室だったためちょいちょい勉強を見たことはある。勉強するための集中力はあるけど、それを発揮するまでの道程が長い。いざスイッチが入るまで時間がそこそこかかる。
そして、そもそもの話、土台となる知識があまり身に付いていない。基礎がなっていないため応用に躓く。基礎を学ぶためまたその基礎を教える必要があるという無限ループ――――勉強ができない奴の典型的パターンといった印象だ。
それを知っているからこそ随分と茨の道を突き進むものと思う。その気概は見習いたい。
俺? 俺は……。
「言っておくけど、高校生全体で見れば俺なんて成績低い方だぞ。それに国公立受けるとなると数学もやらないといけないだろ? 他の教科は多少……ギリギリ平均レベルを取れたとしてもそこで絶対落ちるわ。センター突破するのができない。理数がマジでムリ」
受験勉強をしてきたわけでもないから余計に。千葉にいるころ考えていた進路、そして少しだけ過ごした総武高校にいればまた話は変わってきたのだろうが。
「そういやそうだったな。となると、お前は進路どうすんだ? 9月もうすぐだろ。2学期始まるじゃないか」
遠山の気軽な疑問に俺はすぐに答えを出せず、一拍置く。思わず顰め面になり唸りつつ答える。
「ぶっちゃけまだ迷ってる。独立してフリーランスとして好きに働くのもいいし、武偵とは関係ない大学行って例えば……仕事のために経理とか勉強したい気持ちもある。でもその辺り、仕事しながらでもやろうと思えばできるんだよなぁ」
そうこうしたところで注文したアールグレイが届く。
店員にありがとうと言いつつ、チビチビと少しずつ飲む。
未だに決まっていない優柔不断さ。
いつか決定しなければいけない事柄とはいえ、選ぶならレキと働きつつ必要な部分をどこか通って勉強という流れになるだろう。これが一番現実的だと今の俺は思う。
話を切り替えて今度は俺から疑問を投げかける。
「つーか、遠山。お前、今まで何していたんだ? イ・ウーの同窓会ブッチしたのは悪かったけど、そっからの話。シャーロックがネモに返り討ちにあったってのは訊いた」
「そこからかぁ……」
遠山は苦い顔で過去を思い返す。1つずつ記憶を振り返るように指折りしながら回答する。
「ローマで何やかんや武偵高退学になってから……日本に帰って、中空知と企業して、仕事辞めて、また新しく妹ができて、妹を助けたと思ったら無人島にネモと遭難して、帰ってから女子校に任務で潜入して、任務が終わったら、死んだと思ってた父さんを探しにジーサードと風魔とマキリと協力してアメリカ彷徨って、生きていた父さんにボコボコにされて、エンディミラっていうネモのお付きと生活して、エンディミラと別れて、代わりにばあちゃんが若いまま異世界から帰ってきて……今ココ」
ちょっと何言っているか分かんない。
「…………」
一気に羅列された言葉を簡単に飲み込めないでいる。情報量多すぎないか? 1つ1つの情報量が多すぎて頭パンクしそう。
頭痛を我慢するかのように、まるで雪ノ下みたいに頭を抑えながら口を開く。
「ツッコミ入れたいことしかないけど……いや、これはどこからツッコむべきか……。前半は別にいいな。うん、後半だな。エンディミラって金髪で長身のアイツか?」
「え、知っているのか?」
これまた意外そうな表情で驚く遠山。
「マキリと戦ったんだときアイツもいたんだよ。あと双子っぽい奴らも。アイツに足を矢で射貫かれたわ。ネモのお付きってことは、あっちも任務か命令かでマキリに同行させてたってことか」
俺はげんなり気味に文句を垂れる。
こっそりとエンディミラもやり返すリストに入れていたが、どうやらもう地球にはいないみたいだ。原理は不明だが、レクテイアに帰れる仕組みが整っている場所か人がいるらしいと判断する。遠山の口振りからして。
「それは……悪かったな」
「別に遠山が謝ることじゃねーけど。あ、そうそう。ちなみに、レクテイアへ帰った手段って何なんだ? やっぱ何かの超能力?」
何気なしに訊いた俺の言葉に一瞬遠山は絶句しかけた。と思ったら顔を横に振り、呆れた視線を向けてくる。おう何だ、ケンカするか? まだ身体は鈍っているけど、やるぞコラ。
「……盛大に驚きたいけど、比企谷なら知っていてもさもありなんってところだ。てか、Nにしばらくいたなら知っているか。まぁ、多分比企谷の予想通りだな。何かしら制限ありきの超能力だ。無制限には使えないっぽい」
…………制限ありきの超能力と遠山は語る。それを訊いた俺はそれもそうかと納得する。
異世界間の移動なんて、誰でもいつでも好きなように使えたら不都合すぎるだろう。いや、Nからすると都合が良すぎる、と表現するべきだ。
なら、どのように大移民を果たそうとしているのかと簡単な疑問に行き着く。
何かしらの条件を整えて一気に送るつもりなのか――――そもそもノーチラスにいたレクテイア人はどのように地球へ来たのか。ラムダに訊いても要領得ないこと程度しか分かっていない。言ってはなんだが、ラムダの立場は下っ端辺り。詳細はことは伝えられていない……か。
「……その遠山のおばあさんに話を訊きたいところだな。レクテイアがどんな場所とか行き来の方法とか」
「あれ、比企谷ってそんな積極的だっけ」
目を丸くさせた遠山は意外そうに訊ねる。
「別にレクテイアどうこう考えているわけじゃないけど……なんか気になるだろ。分からないことが常に頭の片隅に残っていて……なんかこうモヤモヤするだろ。謎解明させてスッキリしたい」
神崎と色金の関係性をどうにかしたいという心境も元を辿ればその気持ちがあったからで。
さすがにNの野望である大移民はどうかと思うけど、まだ扉か砦かはっきりしていない部分はある。ネモには自身の考えを語ったとはいえ、ジャマになぬなら……火の粉が襲ってくるならレクテイアの人だろうと振り払うつもりではある。情報があって損はない。
「気持ちは分かるけど……多分向こうもそんなに分からないと思うぞ。俺たちの一族って超能力にはけっこう疎いし、軍の命令でレクテイアに行ってたみたいだから……そこまで詳しい理屈は知っているかどうか……」
「ほーん」
軍属なのかおばあさんは。祖母……年代で考えれば違和感はない。当時は戦時中だったのだろうか? しかし、今は軍はなく自衛隊だ。
というより、遠山は若いままと言っていた。そこで新たな疑問が生まれる。
軍ということは戦時中にレクテイアへと移動した? それとも何かしらの実験? そして現在若いままで日本にいる。つまり……うん? これって時間感覚はどうなるだろうか? 浦島太郎状態か?
なんかまた気になる情報を小出ししてくるな……。本人はそんなこと意識してないだろうけど。
遠山はコーヒーを口に入れつつ思い出したように訊ねる。
「あ、比企谷はNにいて……Nが何をしたいのかは知っているのか?」
情報共有や擦り合わせをしたいのだろう。真面目な雰囲気か見受けられる。
「ん? まぁ、ざっくりとは。傍迷惑なテロ行為をしているとはいえ、最終的な目標をまとめると大移民だろ。レクテイアと地球間の。……なんでレクテイアの人たちが移りたいのかは知らないけど。そんでNがどんな得をするかもな」
何度か理由を推測したところで明確な回答は浮かばない。
レクテイア側の問題……なぜわざわざ地球へ移住したいのかも当然理解できない。異世界であるレクテイアについて現地には行けないし、まだ表面上の知識しかない。
加えてレクテイア側のリーダーがいるのかも知らない。しかし、地球側のリーダーである教授とやらのメリットを推測してみてもやはりこれといった思考は思い付かない。だからこそ、愉快犯と言えばいいだろうか。混沌を引き起こしたらどうなるかという興味があるから――――なんて理由しか出てこないまである。
莫大な金、なんで俗な理由も思い浮かぶが、原潜を保有しているNを運営できるのであれば金なんて腐るほど持っていそうだ。
「あぁ。けっこう詳しいな。となると比企谷も砦や扉も――――」
「知っているよ」
「俺はまだ決めきれていないが、日本政府やアリアは砦寄りの考えだ。保守的な思考……ぶっちゃけそれが当たり前だよなー。比企谷はどうなんだ?」
自国を脅かすモノを招き入れるともなれば慎重な考えにもなるか。やたら詳しいな遠山。そこまで詳細を語れる人が知り合いにいるのか。あれか、情報通ともなると星伽さんか?
それはそうと俺はあやふやな言葉を紡ぐ。
「俺? 俺は……一応扉寄りではある、かな? つっても、身内や知り合いに被害出るなら容赦なんてしねぇつもりではある。あれだろ、ドラゴンとかもいるんだよな? 大多数からしたらどれだけ安全を説いても危険っちゃ危険だろ」
「ハハッ、たしかにいるな。俺も兄さんと戦ったことたるよ。他にも化け物みたいな姿の奴らも。……ちなみになんで扉寄りに? やっぱNにいたからか?」
「そうだなぁ。多少なりとあそこで過ごして……レクテイア人と暮らしてみて――――別に俺らと変わらないって思えたから。良くも悪くも……な」
「…………」
少し、声が低くなるのを自覚する。
やはり思い出すのはラムダへのイジメでの被害だ。
俺という異物がいたからというのが大前提とはいえ、集団でいると羨み妬み排除しようとする思考が働く。これは世界が違えど不変の心理であると分かってしまった出来事だった。
遠山も何かを悟ったのか視線を逸らし微妙な表情になる。声色をムリヤリ明るくして俺は続きを話す。
「それに、今住んでるとこの隣人にレクテイアの奴がいてな。向こうでめちゃくちゃ世話になった恩人ではあるし、なるべくは味方ではいたいもんで」
「えっ……!? いるのか!? マジか。レクテイアの奴が……」
本気で驚いた様子を見せる。言われてみればレクテイアの人が住んでいるのは珍しい。ラムダ曰く、レクテイア出身でありながら少数の集落で住んでいる人たちはいるらしい。
「おう、あー、なんだ。Nからの出向って形か。それか出張? 俺が日本へこうやって帰れたのもソイツのおかげではある。ざっくり……日本のことを学ぶために俺を付き添いにって感じだな」
「へぇー」
「……言っておくけど出身除けばマジで普通の奴だぞ。戦闘なんてできないし。なんつーか、神崎やレキみたいに特殊な奴じゃないからな」
特殊に挙げる人物が互いの相棒という。あの2人は別ベクトルで化け物だからねしょうがないね。
「なるほど……ということは、その人はNと連絡手段を持っているってことか?」
あまり気にしていなかった事柄だ。
こうやっていざ訊かれるとその可能性に思い当たるのは当然というべきか。
「それは知らん。多分何かしら持たされてはいるけど、こっちから常に連絡取れるかと言えば……多分否だろうよ。ある意味、敵地に飛び込んでいるからな。貴重な情報源は持たせないと思う。まぁ、俺もそこまで踏み入れるつもりない。――――もし、遠山たちが強硬手段を使うなら俺はお前らの敵になるぞ」
とだけ一応忠告の意味を込めて発すると、なぜか遠山は一瞬肩を震わせ後ろに下がろうとする。しかし、ソファー席の背もたれにぶつかってしまう。
そこから逡巡した顔付きになり、諦めたように苦笑いをしたかと思えば。
「…………いや、そんなことするつもりはないよ。だから少しはその殺気を閉まってくれ」
ため息交じりに文句を垂れる。
「あれ、威圧していた?」
そんな気は全くなかったので軽口を叩く俺。
「普通の人じゃ分からない程度にはな。ていうか自覚なしかよ」
「うん」
呑気な俺の回答に遠山は呆れた様子を見せる。
「ったく……その比企谷を見ると昔を思い出すよ。1年の夏休み前のこと。懐かしいな」
「恥ずかしいからその話題は止めろ」
真顔ですぐさま返す。
あれは忘れてくれ。小町の前で殺りかけたとかいう出来事はわりとトラウマでもあり黒歴史でもあるんだ。
「ハハッ。あのころはまだ素人っぽさがあったけど、今じゃその面影なんてないし、たった数年でかなり染まったな」
「その評価は嬉しいことやら悲しいことやら」
「たしかに武偵を辞めて普通に生きることが目標だった俺にとって……あまり嬉しくないかも」
「遠山……お前が普通に生きるとか生まれた時点で詰みだろ」
「そこまでか!?」
「正義の一族の家系に生まれた時点でもうアウトじゃねーの」
「くっ……そう言われると比企谷の生まれが羨ましい」
「両親、ただの一般人だもんな」
「なのに色金を使えるとか……ある意味比企谷が1番狂っているな」
「おいコラ」
なんて軽口の雑談もそこそこに。
Nのことはしばらく話さず、お互い近況報告や特に何の得にもならない話――――つまりは、いつもの雰囲気でダラダラとした男子学生特有の会話が続いた。
――――そして、遠山とは別れてしばらく経つ。
あれからは別段、Nなどについては話さず、適当に久しぶりの会話を楽しみながら時間になり解散した。けっこう迷惑かけたという詫びだけはしておいた。
「さてと……」
呼び出された場所は遠山の実家近くである巣鴨なので、そろそろ帰ろうかまだ昼過ぎなのでこのままどこかブラつくか迷っている。
ていうか、帰るのにも地味に距離あるんだよなぁ。行くのもわりかし面倒だったし……こうなったら瞬間移動使う? 楽する? しちゃう? 神崎だって楽するためにちょっとした距離でも使うって言っていたし、罰は当たらないよなうんうん。練習がてら使うか……。
なんて随分とふざけた考えを持っていると、携帯から着信音がバイブ音と共に聞こえる。
「もしもし」
相手の名前を確認せず即座に出る。
「あ、比企谷さん。こんにちは」
声だけで誰か分かるほどのお淑やかさが耳にしっかりと届く。
「星伽さん? どうも」
意外な人物からの電話で少し驚いた。新しく電話番号が変わり、レキや理子を通して知人には番号を教えていたけど、登録はまだしていなかった。
「遠山に用事? アイツよく携帯番号変わるからな。さっきまで遠山といたけど……」
「い、いえっ! 今日はキンちゃんは関係なくてですね」
「はぁ……?」
要領の得ない回答でしばし困惑する。
「1つ、比企谷さんにお願い……いえ、依頼したいことがあります。今日はお時間ありますか?」
「あ、はい」
依頼とな? あれか、遠山のストーカー依頼? 男が男をストーカーするって絵面終わっている気がするけど、っていうか終わっているな。いやうん、真剣そうな声色なので違うのは分かりきっている。ちょっとボケたくなっただけだ。
「あ、星伽さん。このまま電話で話す?」
「そうですね……武偵高に来れますか?」
「おう。今ちょっと遠くにいるけど、近くまでっていうか家に瞬間移動するから……15分後くらいに落ち合おう」
「ふふっ、随分と贅沢な使い方ですね。分かってます? それ色金の力ですよ」
「あんま使う機会少ないし、少しは練習も必要だからな、という建前」
「なるほど、本音は」
「楽したいからです」
あるモノ使って自身の負担を減らせるならばそうしたいという話。もちろん、いつどこで厄介事に巻き込まれるからは分からない職業だからこそ、おいそれと乱発するわけにはいかないので、これが日常になってはいけないけれど。
今日くらいであれば大丈夫だろう。都内であればまだ何回か発動はできるしな。
「では待っていますね」
「おう」
「ふぅ……いやマジで素晴らしい」
思わず独り言がもれる。瞬間移動の便利さに。
人目を気にして誰もいない路地裏で瞬間移動して、今は俺の部屋にいる。いつものPCデスクを見ると安心感すら覚える。やはり瞬間移動は便利だ。青森からここへ帰ってきたときも同様なことを感じた。
レキは……気配がしない。元々気配などしない奴だが、それでも完全に人がいる雰囲気はない。ラムダも理子もいない。そういや、3人で出かけるって言っていたか。
ラムダの日本勉強を通じてここ数日理子はラムダを連れ回している。まぁ、理子からしたら遊びたいだけだろうが、同性でしか分からないこともあるからありがたい。ラムダと少しずつ馴染んできているみたいだ。
と、物思いにふけっている場合ではない。約束の時間は迫っている。荷物をさっと整理して早足で俺は武偵高へと向かう。
「あ、いたいた。星伽さん。こんにちは」
「比企谷さん、本当に早かったですね」
指定された空き教室には制服姿で何やら勉強していた星伽さんが既にいた。テキパキと荷物を片付け、椅子を引く。その椅子に俺は座る。
挨拶もそれほどに、俺はすぐさま話題を切り出す。
「早速だけど、依頼っていうのは」
問いかけると星伽さんは背筋を正し、咳払いをしてから。
「その前に……比企谷さんはレクテイアについてはご存知ですよね。レキさんたちから訊きました」
冷えている緑茶を用意していてくれたみたいでそれを受け取ってから答える。しっかりと冷えていて美味しい。
「おう。しばらくNにいたからある程度は……。ていうか、星伽さんも知っていたんだな」
特段このことについて驚きはない。
「そうですね。星伽は昔からレクテイアと関わりを持っていますので。その出自も色々と特殊ですし」
「星伽って色金祀っているもんなぁ」
色金があるという驚きが強すぎて異世界に通じていたとあっても、やはりと納得しており不思議ではない。
「そのこともあって超能力に関係している一族と交流は多いのです。ですので、全部とまではとても言いませんが、レクテイアについての情報も入ってきます」
「あー……前にいた玉藻ってのもレクテイアの人?」
「出自を辿るとレクテイアに行き着くとのことです。玉藻様は地球で生まれ育ったそうです」
ほーん。
「比企谷さんも知っての通り、ここ地球においてレクテイアの人は非常に少数派です。例えばですが、レクテイア出身で固めた国家などは存在しません」
「だろうなぁ」
「しかし、小さい集落などは日本にも存在します。表立っては出てきませんけれど。恐らく、普段の私たちと変わらず生活しています。あまり詳しくはありませんけれど、私たちと交ざって普通に生活に馴染んでいるとのこと……です」
ノーチラスで少しは訊いたことがある。星伽さんが言うからにはそれこそマジな話なのだろう。
当たり前ではあるが、俺は日常的にレクテイア出身や縁ある人に会ったことがない。
「それだけならば良かったのでしょうが……最近になってNと通じている噂もあります。あくまで小さな集落であって、通じていると言っても限度があるとは思います。必ずしも脅威があるとは断定できません。……とはいえ」
「無視はできない?」
俺の返答にこくりと小さく頷く星伽さん。
星伽さんの言う通り、数人から数十人、もしかしたら百人程度の規模でNに有利な有益な情報などを渡すことができる――――なんて現実的でないかもしれない。実情は何とも言えないが、レクテイア出身の人たち全員が全員、Nの協力者とも限らない。興味ないという人もいるだろう。
しかし、レクテイアの人たちは生まれつき超能力が使える。力の大小は個人差あれど。ラムダだって見たことないけど使えるらしい。
そのような人たちが一般人に手を出す……なんてことがあるのなら当然避けたい。Nと通じているってことはある種過激派のような人たちもいると考えられる。
そこを星伽さんは懸念していると。
「えぇ。そして近くその集落同士で会合があると噂があります。そこを比企谷さんに調査してほしいのです。これは私個人ではなく、星伽と玉藻様連名での依頼です。私たちや玉藻様では顔を知られており、向こうも警戒するでしょう。そこでレクテイアについて偏見なく知っておられる比企谷さんにお願いしたいと」
ありがたい評価だけども分不相応な気もする。レキや理子があることないこと話してそうだ。頭痛くなる。
「……なかなか難しそうだな」
「実はアリアからも何かNに繋がる情報がないかと言われていまして。ちょうど近くにいた玉藻様と相談したら、このような形に落ち着いた感じです」
「んー……Nとの協力者か。例えば、どんな情報を渡せればアイツらは得をする? 日本のごく一部から渡せる情報なんて限りあるだろ」
「例えばですが、日本政府の内情。そこまで権力のある人たちがいるとは思いませんが、星伽も多少は政府と関わりを持っています。そのため、少しは情報は入ってくる以上」
「完全に否定はできない……?」
「はい。それに情報だけとは限りません。物資を提供しているというパターンも存在します」
「あー……そういう感じか」
でも、受け渡すための原潜が日本に近付けばそれなりに騒ぎにはなりそうだが……そもそも原潜が寄港できる場所が日本にある? 代表的な港……呉? 神戸? 無難に東京?
まぁ、今はいいか。余分な思考だ。
「……もし、そのNと通じている奴――――もしくは、複数形か。目的の人物を見付けたとして、制圧すればいいのか? 逮捕するにしてもそれだけではさすがに罪状がないような……」
事情が分からないから何とも言えないが。
「いえ、あくまでどのような情報などをNに渡しているかだけでけっこうです。それこそ、非常にざっくりとした内容でも構いません。できればどういうルートを使っているかも知りたいですね。だから真正面から殴り込み、みたいなことはしなくて大丈夫ですよ」
「あ、そうなんだ。しかしまぁ、あまりこういう界隈に通じている奴らが少ないとはいえ、俺に潜入任務頼むかぁ……んー、地道な調査とかぶっちゃけ苦手なんだよなぁ。こちとら突っ込むことしかできない強襲科だし」
正直情報を得るってなったら、その相手をボコして吐かせるやり方しか思い付かない。うん、脳筋! ゴリ押しこそ我が道なり。
「そこらはレキと協力するかぁ……あ、レキも誘って大丈夫?」
「問題ありません。比企谷さん個人からチームサリフに依頼する形に変更する程度造作もありませんよ」
「別にそうじゃなくて俺個人でも全然いいけどな。俺から要請するだけだし、そっちの方が報酬多く貰えそうだし。アイツなら頼めばタダ働きしてくれるだろ」
「比企谷さん……」
ゴミを見るような目だ。星伽さんもそんな表情するんだ。
「冗談。別に俺の金レキの金とかあんまり関係ないからな。一緒に暮らしいるとその辺の管理がどうも雑くなる。なるべくキッチリしたいけども……」
家賃諸々こ引き落とし自体は俺の引き落とし用の口座から基本的に行われるけど、レキも自由にその口座にかなりの金突っ込むからな……。俺のメインの口座はまた別だからそこは死守している。俺はヒモではない。……違うから! マジで違うから!
「一先ず期間は、夏休みが終わるまで……あと1週間と少しですね。詳細はあとでメールで送りますので、お願いします」
「了解。やるだけやってみるよ」