その後、俺たちは日が暮れるまで外を見て回り初日の調査は終了した。
あれから星伽さんたちが事前に調べていた地点を重点的に周ってみたが、日中だったこともあり当然と言うべきか――――まぁ、目ぼしい成果は得られなかった。
多少落胆はしたものの、元々初日に何か証拠を拾うにはあまりにも勝算は薄いこともあり、こんなもんかと割り切ることはできる。
そして、夜にも改めて捜査するという方針だったが、慣れない環境というのもあり、疲労も自覚していないだけで溜まっているだろう。今日だけはこのまま休みを取ることとした。
普通に歩き回るのはしんどい。疲れる。スクーターでもいいから足があるとありがたいが、それだと細かい部分は見逃す可能性は高いから余計にそう思う。
速度だけで言うなら俺は飛べば似た速度を出せるが、街中で人が飛んでいるって通報不可避だわ。
明日からは夜もざっと調べる予定ではあるが……。あ、ラムダは留守番で。さすがに夜まで駆り出すのは止める。人目付きにくい夜の方が戦闘になる可能性もあるわけで、そこまで危険なことはさせられない。
とまぁそんなわけで――――
「疲れたぁー」
「けっこう歩きましたね」
俺はソファーに倒れるように突っ伏す。レキは帰っきてそのままシャワーを浴びに行き、ラムダは夕食の準備をしてくれる。お前らそんなすぐ動けてスゴいな。
「大丈夫か、疲れてないか?」
「全く疲労がないといえば嘘になりますけど……やはり楽しかったという感情が勝ちますね。初めて見るモノ全てが今は新鮮に映るので……。あ、八幡様。フライパンなどはどこにありますか?」
「え、あー……たしかあっちに……お」
「ありましたね。先に野菜、皮をむいてもらえます? ちょっと先に着替えておきます。外着のまま料理するのは……八幡様もあとで着替えておいてください」
「あ、はい」
なんかさらっと押し付けられたような……いや、言い方が良くないな。あくまで共闘生活だ。違う共同。なぜ闘う。アホか俺は。疲れてる?
そもそも誰がどの役割など決まっていない。それに料理自体は遠山と暮らしていたときに何度もしているから特別苦手じゃないしな。なんならレキとの同居生活、料理担当はほぼほぼ俺だ。
めちゃくちゃ凝った料理作れって言われたら……まぁムリだけど。基礎的なことならこれくらい。
と、リビングにまだ顔が若干赤いレキが戻ってきた。湯冷めしているわけではなさそうだ。
「……上がりました。ラムダさん、八幡さん、次はどちらがシャワーを使いますか? 一応お風呂は入れましたが」
「先にラムダに訊いてくれるか? 俺はどっちでも」
「分かりました」
その後、ラムダから希望があり先に入浴することに。ここは民宿に使われていることもあって風呂は一般的な家庭と比べてかなり広かった。温泉ほどとまではいかなくても、それでも充分すぎるほど。
ラムダはまたテンションが上がり、レキと一緒に入ろうと提案したけど、そこは既に入ったレキ。華麗に断って去っていった。頑固……ロボット……その辺りはやはり変わらない。あ、俺? 俺はその話の間空気となっていましたねはい。気配を消すのは得意ですよ?
レキは5分で終わったのに対してラムダが戻ってきたのは30分経ってからだった。
体が火照っているラムダが困り顔でリビングへやって来た。
「……あ、八幡様。料理全部任せて申し訳ありません」
「いやいいよ。風呂はあとで入るわ。それに30分あればまぁできるし。お前ほど上手じゃないが」
既に米を炊いていたこともあってラムダが入浴している間に料理はできた。作ったのはこういう旅行やキャンプなどでは定番も定番、カレーだ。
「んじゃ、冷めないうちに食べるか」
「残りは私が準備します。八幡様は先に座ってください」
「あそう? なら遠慮なく」
やる気ありげだったのでここは素直に従う。しばらくし準備が終わったので、全員で食べ始める。
「あ、美味しいです。八幡様、知ってはいましたけれど、料理もできるのですね」
「まぁ、普段から料理はしているし、カレーなら難しくもないからな。カレールー便利。スパイスからってなるとムリだわ。種類多すぎてわけわからん」
トマト缶やらヨーグルトを使うんだろ。ごめん全然わかるないわ。
「意外と八幡様って……こう言ってはなんですけれど、何かと器用にこなしますね」
「八幡さんはある種の器用貧乏です」
「うるせぇ。つか、遠山と暮らしているときに料理はしてたからな」
なんて軽口もそこそこ。レキから話を切り出す。
「それで八幡さん。明日からはどうしますか?」
少し黙って考える。
「基本は今日と変わらないイメージ。歩いて捜査を進める。怪しい奴がいれば尾行。目星を付けた奴がいて、その相手が多少なりと怪しむのであれば、レキが距離を空けて監視……かな。んで、夜になれば再度捜査。できれば一晩捜査したいし……俺とレキは昼から夕方にかけて交代で仮眠は取ろう」
「はい」
今日は初日ということで夜は動かない。が、やはり何かあるなら人目が付かない夜に行われる可能性が高いのもまた事実だろう。実際、総武高では犯人諸々夜に動いていたし。
見られない、これだけで秘匿性はかなり上がる。何をするにしろ重要なことだ。
「あとは……住民に怪しまれない程度には聞き込みしたいけど」
「けど? 何ですか?」
ラムダが不思議そうに首を傾げる。
「俺とレキ、コミュ力に難アリだからな。怪しまれないレベルができるかどうか」
「八幡さんの言う通り、難しいですね」
「俺なんて特に総武高のときとか雪ノ下からダメ出しくらったことあるからなぁ。分かりやすい、露骨すぎって」
はい、とラムダは真っ直ぐ手を伸ばす。
「私、やりましょうか。八幡様と比べたら人見知りはしない自信があります」
その申し出は非常にありがたい。ノーチラスでも人見知りせずに俺と接してくれたわけだ。信憑性は当然ある。けどまぁ……あまり気乗りはしない。
「頼みたいっちゃ頼みたいけど、あくまでラムダはサポートだからな。依頼を受けたのは俺らだから、そこらはちゃんと俺らがやらないと……なんかダメ人間みたいだわ」
「ラムダさんは日中、私たちと一緒にレクテイアに基づく何かを探していただければ」
「当たり前たが、ムリはさせるつもりはないからな」
「しかし……私も八幡様とレキさんの力になりたいです。恩を少しでも返したいです……!」
語気を若干荒らげながらも確固とした意思を俺らに向けてくる。その気持ちは嬉しいと間違いなく俺は断言できる。一先ず、俺の本音を伝えよう。
「ぶっちゃけこうやって俺らの生活支えてくれるだけでも充分過ぎるほど助かるんだけどな。慣れない土地だと特にな。知ってるか、レキの生活能力の低さを」
「夜道に気を付けてください」
「ごめんなさい」
なにこれ。
「……まぁ、もし俺たちがキツかったらそのときは素直にお願いするわ」
「はい、お任せください」
結論、俺が折れることに。ラムダが言い出したら止まらないのは重々承知だ。
「…………」
と、隣にいるレキから肘で突かれる。これはマバタキ信号か。えっと……『あ、ま、い』ね。まさかレキがそんなことを言うほどになるとは感慨深いと同時に――――
「…………」
うん、いや喧しいわ。正直ラムダに厳しくできないという甘さがあるのは否定しない。武偵ではないからなおさらな。これが留美や一色だったら余裕でアゴで使っているわ。
「それでラムダ。1日周ってどうだった? なんつーか、レクテイア出身っぽい奴とかいたか?」
「どうでしょう……そのような人物はいなかったと思いますけれど……レクテイアと言っても地球のように多種多様な人種がいます。見逃していても不思議ではないかと」
「んー……」
見た目がドラゴンのような存在ならともかく……か。
ラムダも日本という観点から見れば外国人って外見をしているが、所詮はそれだけ。せいぜい耳が尖っている程度の差異しかない。まぁ、溶け込んでいたら気付くことは難しいだろう。
「それこそ、ここで交じって生活しても違和感ない見た目をしている人だっています。だから、申し訳ありませんが……いるかどうかは断言できません」
似たようなことをラムダが言ってくれる。さすがに同じことを考えていたか、と単純なことを考えてしまう。
地道な捜査だというのは星伽さんの依頼時点で分かっていたけど、目に見える功績がないと前途多難だ。無為に過ぎる時間に対して焦る気持ちもある。
もっとこう、起きてる事件に突っ込んで相手ぶっ飛ばしてはい解決って流れの依頼を受けたい。頭使いたくねぇ……。
「――――」
と、不意にラムダが黙って何かしら思案している表情になる。
「八幡様」
「ん?」
「私も武偵になることは可能でしょうか?」
お前急に何を言い出す。
「バカお前、絶対止めろ。お願いだから止めてくれ。そんな考えは捨てろ」
「スゴい剣幕で止めますね……」
俺の勢いに若干ラムダは引いている。
「いや当然だろ。わざわざ社会の最底辺になる奴がいたら止めるから」
「えっと……八幡様もその武偵、ですよね?」
「俺らは良いんだよ。もう武偵になってしまっているんだし、それが既に生活の一部なんだからよ」
「なら……」
「だからこそ知り合いがなろうとしてたら止めるわ。そもそもラムダは地球に……日本について学びに来ているんだろ。こんな偏った知識身に付けられても困るわ。硝煙と鉄の香りしかしねぇ奴らが普通って思われても困るし」
もうちょいちゃんとした職業を学んでほしい。いやホント。マジで。お願いだから。頼むから。
「つーか、ラムダって戦闘技術ないだろ。必ずしも武偵全員が戦うことないけど、後方支援の役目もあるからな。ただ、実際護身技術がないと厳しいのも事実だ」
「その点は八幡さんに同意します。たしかに全員戦えると言えば否定しますが、もしも……という可能性はあります」
どうにか諦めてほしい。レキと同意してくれたことだし。……珍しくレキにしてはラムダの心配をしている気がする。かな?
まぁ、リサさんとか通信科とか戸塚とか戦闘できないって奴らは多い。特に戸塚やリサさんが所属している救護科は病院勤務で前線に出ることなんてほぼないけど。ただ新幹線ジャックのように巻き込まれる可能性はいつでもある。
そういや材木座ってアイツ、メカニックだけど戦えるのか? 銃はある程度使えるとはいえ、戦っているところは見たことないなぁ。あ、でもあれだな、たまーにサンドバッグにすることあるから耐久力はある。自分で銃のカスタムするから撃てる腕もある。とはいえ、戦えるって言われると別問題だけどな。
話が脱線した。
「お前に何かあったらネモからどんな文句付けられるか分かったもんじゃねぇわ。それにニューたちにも申し訳ないって」
「なるほど……。たしかにそれは一朝一夕で身に付くモノではありませんね」
納得してくれたか……良かったわ。
「しかし、こうして日本で生活する以上、危険な目に見える遭う可能性は0ではありませんね」
「それはまぁ……俺らの隣の部屋ってことは武偵高近いしトラブルはあるだろうけど」
「であれば、先ほど仰られていた護身技術、を身に付ける必要はあるのではないでしょうか?」
コイツ……マジで強情だな。無表情で淡々と攻めてくる。まるで俺が間違っていると訴えてくるような目線だ。
一度言った意見少しくらい曲げてくれ。
「おいラムダ、お前さてはドア・イン・ザ・フェイスやる気か? その手には引っかからないぞ」
「はて……? ドア……いん? 何でしょうかそれは……? ちょーっと知らないですねぇ。はい、知らないです」
初めて見るトボケ顔だなおい。絶対知っているだろ。
俺が呆れた視線を向けるもどこ吹く風と言いたげな表情で見返してくる。
「八幡さん、多分ラムダさん折れないですよ」
「……薄々察しいる」
小声でレキが耳打ちしてくる。
「はぁ、わーったよ。武偵、なりたいんだな? 2学期から通えるように手続きするわ」
仕方ないから俺が折れる。身分証明やらネモが用意してくれた書類やらがあるから入ることはできるだろう。あそこの規則ユルユルすぎるし。
「…………って、あれ、ラムダ」
「はい?」
「お前って今何歳? てかレクテイアに年齢とかあるの?」
それこそ年って地球や太陽があるからこそ決まっているわけで。異世界であるレクテイアにその概念があるか不明だ。
ぶっちゃけラノベやアニメにある異世界作品で数字とか年齢とか出てくるとその辺りがムダに気になってくる設定厨ですはい。なんなら朝とか夜とかの概念も出てくると気になってくる。その星の宇宙どうなっているの? 太陽あるの? なんて頭の片隅から離れたなかったりする。
いやまぁ、そんな細かいとこ上げたらキリねぇわな。ほぼほぼ挙げ足取りのレベルだ。それこそ言語の問題とかもあるし、誰もそこまで細かく設定練れないだろう。そう考えるとワートリって分かりやすいよなぁ……。トリオンが便利すぎる。
って、話の続きだ。
「一応ありますよ……そうですね、こちらの暦とあちらの暦は一致していないので、恐らく17か18になるかと思います」
とまぁ、俺のどうでもいい疑問はさて置き、ラムダは顔を傾けながら答える。
「あ、俺らとほぼ同い年なんか。それならまぁ……うーん、3年から始める……か? いやでも中途半端な時期よな」
「入学して半年ほどで卒業、ですか。さすがにそれは可哀想かと思います」
「お前、可哀想とか感じるんだな」
「……足」
「はいごめんなさい」
ダメだ、本格的にレキに勝てなくなってきた。その一言で俺の言動封殺してくるの止めてくれません? 卑怯だぞ。誰が悪いかってそこは全面的に俺であはるのだが。
「それでも通ってみたいです。地球のこと、日本のことを学んで、色々と触れるうちに学校に憧れがありまして……」
まるで夢見る乙女みたいに語るラムダ。そんな幻想壊すようで悪いけど。
「なおさら武偵高は止めといたら? 学校として体をなしてない……まぁいいや。とりあえず星伽さんに訊いてみるわ。今回の依頼の追加報酬として頼んでみるか。あの人一応生徒会長だし融通利くだろ。あ、そろそろ引退するわな」
「ありがとうございます」
なんて独り言と共に決めたことに対してラムダはさらっとお礼を言う。別に大したことでもないのに。
「ちなみに武偵高って色々と学べる専門があるんだけど、ラムダって得意なことってある?」
「家事全般は得意です」
キリッとした表情で告げる。そんなラムダに思わず苦笑しつつ話を続ける。
「知ってる。いつも助かっています。でも、それ関係は武偵高にないよなぁ。強いて言えば病院食で関係しそうや救護科? 安全面で言うと、後方勤務が中心の通信科か救護科が無難か? それとも情報科。あ、ラムダは医療知識はどう? ある?」
「……特にありませんね。本当に簡単な応急処置ならできますけれど」
「じゃあ、通信科……いやでも機械には疎いよな。あれからノートパソコンには触れている?」
「八幡様に基礎的な知識や動作を教えてもらってから一通りは……最近は料理の動画をよく見ていますね」
「へぇ、良いじゃん」
ここの生活を楽しんでいるようで何より。
ちゃんと身に付いている証拠だ。とはいえ、専門的な知識はあるわげてはない。まぁ、その辺り俺もないから人のことは言えないわな。
しかし、学ぶとなると一からきちんと教えてくれるだろう。実際、俺も入学以前なんて喧嘩すらできない人間ではあったわけだ。――――どうしてこうなった。いやもう気にしない。
と、ここでレキが珍しく自分から提案してくる。
「ではCVRはどうでしょうか?」
色仕掛け専門の学科ね。一色も少しだけ所属したことあるらしいが……どうなんだ?
「いやラムダにハニートラップ……基本的にお前みたいな無表情に勤まるか? てか、ハニトラしか通じない相手の任務するんだから、性質上あそこって俺らより、一番危険な現場にあたる可能性高いだろ。さすがにナシ」
つーか、ラムダってレキや神崎ほどとは言わないが、胸そこまでないし。色仕掛けには向かないだろ。
「…………なるほど、ラムダさん大事にされていますね」
「ありがとうございます……!」
笑顔を浮かべているラムダとは対照的にレキからは冷たい視線が飛んでくる。
「……レキ、俺を睨むな」
「最近私の扱いが雑と感じることがありますので」
「いやもうそれがデフォだろ。てか、そう思うなら過去を振り返ってくれ」
「……?」
「なぜ疑問符を浮かべるんだ。君何回俺にドラグノフ向けてきた?」
ふとしたところでため息が出る。レキ、不思議そうな顔をするんでない。過去に何回ほど狙撃してきたと思っているんだ。
「んー、となると一番向いてそうな学部は――――あ」
ここまで話しておきながら俺はあることに対して疑問が思い当たる。それはノーチラスにいる間から今までにおいて何度か気になっていること。今まで意識の片隅にはあったが、面と向かって訊くことはなかった。
改めて良い機会であるから訊いてみたい。
「どうかされましたか?」
「一応今から真面目な話したいんだけど……ラムダ」
「……はい」
俺の声色が変化したからかラムダは姿勢を正す。別に問い詰める気とかないのだが、つられて俺も背筋を伸ばしてしまう。
「お前の超能力って何なんだ? レクテイア出身だし、あるとは知っているけど、詳細は訊いたことねぇから気になってな。あ、話したくないなら言わなくても大丈夫。情報を秘匿した方が有利に働く場合はあるからな」
と、気にはなっているもののあくまで訊けたらのスタンスを崩すことなくラムダへと声をかける。ラムダは目を閉じ、しばし静寂を保ったところで口を開く。
「いえ、八幡様とレキさんになら話しても構いません。むしろどこかで話したいとは考えていました。ただ……八幡様にはある程度見抜かれているとは思いますけれど」
と、ラムダは俺をまるで試すような、それでいて申し訳なさが零れているような視線で射抜いてくる。
彼女の言葉に対して否定したくはなるが、覚えはある。
それはほんの些細な違和感であり、確証など全くない妄想もいいところ。ただ、そうでないと納得できないと考えたこともある。
何となく……てか、もしかしたらレベルには考えていることあるけど、荒唐無稽な突飛なことだとは思う。ぶっちゃけ間違っているだろうけども。
「その、八幡様は……何と考えていますか?」
自信なさげなラムダの小さい声に俺はゆっくりと回答する。
「――――相手の感情を読める、もしくは考えていることが分かる」
俺の一言にラムダは視線を逸らし俯く、
「概ね合っています。よく分かりましたね」
「思い当たる節があったりなかったり……したからな。何となくだよ、ホントに」
もしレクテイアの人たちに生まれながら超能力があると教えてもらわなかったら、そんなこと思わなかっただろう。
とはいえ、ラムダと接しているうちにやたら勘が鋭い、的確な回答をするのだと感じたことは数度ある。人間観察をしているから人の表情の機微を読むことに長けている、なんてことを考えたが、どうもそれだけでは説明できなかった。
それこそ俺の思考が見透かされているような感覚。
いわゆる読心能力、と言われれば納得できる。
「ちなみにその能力の詳細を訊いても大丈夫か?」
「はい。まず前提ですが、これは八幡様と同じ超能力ですのでいつでも無条件に相手の感情が分かるわけではありません。例えば、現在八幡様やレキさんの思考は力を使っていないので読めません」
「まぁ、超能力だもんな。中にはオートで発動するのもあるって訊くけど」
ラムダは該当しないと。
「まず使おうと意識しないと分かりません。そして、より正確に言いますと、相手の思考をより細かく分かる、相手が何を考えているかこと細かく読み取れる――――なんてこともありません」
ふむ。
「分かることは本当にざっくりとです。相手が今どんな感情を思っているか、どのような気持ちで言葉を発しているか、嘘を言っていないか、その程度です」
「つまり、相手の感じていることが分かる、みたいな?」
「えぇ」
なかなかに利便性は高そうだ。
「噂では相手の思考全てを読み取れる、現在その相手が考えていないことすら分かる……なんて代物があるらしいですけれど、私にはそこまでの力はありません。せいぜい嘘かどうかは判別できる、くらいですね」
あー、誰だっけ。たしか神崎の知り合いにそのような超能力を持った先輩がいるって訊いたことがある。
「それに超能力ですので使い続ければ、当然力は尽きます。私自身、力の上限はかなり少ない方なので無条件にずっと読めるなんてこともありません」
その辺りは超能力者の鉄則だわな。パトラだって条件を整えないと無限に超能力は使えない。むしろ揃えるだけで無限に使えるってのはかなりのチート仕様だと思う。正直羨ましいとさえ感じる力だ。
色金の力を使える俺であってもずっとは使えない。上限を超えたら下手すれば意識を失う。どんな力であれ永続的に使用できるなんてまずムリだ。
「…………」
なんて考えていると、ラムダは不安そうに俺たちを覗く。
「八幡様は……その、この超能力を気持ち悪い、などとは思わないのですか? いきなり思考が覗かれるのですよ……私は、この力が嫌い、です」
彼女が言わんとすることは理解できる。俺たちから視線を逸らしてしまった行動理解できる。意味のない仮定たか、もし俺が武偵にならずに進学していたら、そのようなことを思っていたかもしれない。
しかし、今の俺は残念ながら武偵だ。であるならば、どんな力でも忌避はしない。殺人をしてしまう力などでなければ、気持ち悪いと感じる理由はない。そもそも一般人であれば超能力をその目で見ることすらもなかっただろう。
だから俺の回答は――――
「いや全く。そんなことはさっぱり思わない。なんなら武偵の身だと便利で使ってみたいまである。役立つ場面多そうだしな。わりとガチでな」
「…………」
「つーか、俺の超能力なんて人を傷付けるのばかりだぞ。そっちのがあれだろ、充分忌避するべきだし、なにより気持ち悪いだろ」
怪しくニヤけ意地が悪い表情で発せられる俺の素直な言葉にラムダは目を丸くさせる。それはまるで信じられないとでも言いたげな表情であり、この言葉が嘘でないと理解した表情。
何となく彼女の考えていることは分かるが、一旦気にせず話を続ける。とりあえず言いたいことを言うだけ伝えよう。
「人間、使える能力や才能があれば積極的に使うべきだし、それが自身の利益になるのであればなおさらだ。自分の才能を惜しみもなく使っている人間なんて大勢いる。例えばスポーツ選手とかな。あの人たちは努力も当然あるし前提ではあるけど、それ以上に才能の塊だよ」
俺に豪速球を投げろとか言われても素の力では到底ムリだ。ホームランを打て、3Pを決めろとか言われてもとてもではないができない。
例え俺がスポーツ選手と同じくらい技術や知識を学んで、身体を鍛えて、練習を積んだとして、同じことができるなんて到底考えられない。身も蓋もないことだと思うが、世の中やはり何かしらの取り柄、才能がないとその世界では生きていけない。
と、話が逸れた。何であれ、どんなモノでも力があるって才能なんだよ。
「だが、たしかに使いたくない力ってのはあるにはある。もちろん俺にも当てはまる。隠して生きたいという気持ちも理解できる。そもそも普通に生きていて一般人が超能力なんて受け入れることができると問われれば……難しいところだ。それが読心能力とか言われたらたしかに厳しい。俺だって小町に力の全部を明かすことなんて……さすがにできないなぁ」
俺の力はある意味その全てが血生臭い。この世界に染まっていない純粋無垢な小町にはできる限り見せたくない。
「だからといって、その全てが否定されるわけではない。自身が忌避したい力であれ、肯定したくない力であれ、いつか巡り巡って誰かの役に立つかもしれない。自身の役立つときは来る。俺にだってそれは経験がある。きっと誰にだってそれは訪れる」
俺の超能力も、色金の力も、理子やレキ、猛妹、他にも多くの人たちを救けることができた力だ。俺は決してそれを否定しない。したくない。
「いつかのためにその力を受け入れて、磨いて、備えて、いざというときにそれを使う。ラムダは似たことをもうずっと俺にしてくれているよ」
それだけ俺は静かに告げると、ラムダは何のことだか分からないとでも言いたげな、困惑している表情を浮かべる。
「ノーチラスで俺を気にかけてくれた。料理を振る舞ってくれた。嗜好品を分けてくれた。話しかけてくれた。色々と教えてくれた。ラムダからすれば大したことないかもしれない。でも、俺にとっては充分過ぎるほど救けられたんだよ。きっとネモたちからの指示とかそういう打算はきっと多少あれど、長い間敵地にいた俺の心はそれだけで救われた」
間違いなく俺の本音だ。
数カ月敵地にいる。たったこれだけでメンタルは永続的に削られるしストレスは際限なく溜まる。ただ味方が……気兼ねなく話せる人がいる、というのはそれらをかなり緩和できる。
ずっと気を張り詰めなくても大丈夫、平気でいられる時間というがどれがありがたいか思い知った。
「……なんか話脱線しまくったな。まぁ、なんだ。ラムダが自分の力をどれだけ気持ち悪く思おうと、ラムダは誰かのために動ける人間だ。誰かを救けることができる人だよ。だから、忌むべき力って考えるかもしれないけど、そんな考えを持っているからこそ、ラムダはちゃんと自分の力と向き合えている」
一拍置く。
「そこに決して気持ち悪さはない、と俺は思う」
ようやく結論付けることができた。
「それにあれだ。さっきも言っていたけど、常時使えるってわけじゃないんだろ。普段は分からないってことだし、なら別に構わないわ。あ、俺に対して使いたかったら好きに使っても良いからな」
とだけ早口で言いたいことをずっと一方的にひたすら話してから席を立ちコーヒーを淹れる。
「…………っ」
飯も食い終わったし、コーヒーブレイクだ。という名の現実逃避である。
これ絶対いつの日かフラッシュバックして悶えるわ。なんなら今日横になったら絶対鮮明に思い出すわ。どれだけ調子に乗った、恥ずかしいことを口にしたんだ。普通にラムダの力は怖くないとだけ言えば良いのになんかもう非常に口を滑らした。
言い訳のしようがないほどの本心だからこそ、バカみたいに肥大した羞恥心に襲われる。
ラムダの反応は……わざわざ確認しなくても大丈夫だろう。間違いなく俺の本音は伝えたつもりだ。いやゴメン冗談。単純に今ラムダを直視できない。絶対今の俺の顔紅い。
もっとこう……言葉を選んで短く言えば良かった。
「――――」
なんかレキからは慈悲のような小さい微笑みを向けられているし……! せめてさっきみたいに睨んでくれた方がまだ幾分マシなんだけど。
「ほい。えっと、ラムダも……コーヒー、飲むだろ」
「ありがとう……ございます」
どこか落ち着かない様子でソワソワしつつラムダはコーヒーを口につける。少し飲んでからラムダは白い肌を紅潮させて。
「えっと……八幡様」
「おう」
「ありがとう……ございます」
「……何のことだか」
「もう……おかしい人ですね」
うるさいっての。あ、この豆おいしい。
――――そして、しばらくの間どことなく静寂だがそれが気持ち良い時間が流れる。
途中から雰囲気が落ち着いたラムダが世間話を話し始め、俺とレキはそれに興じる。しばらくの間、依頼とは全く関係ない、ただの普通の話題だ。
主にラムダが日本や武偵のことを質問して、俺とレキが答える。
その流れで俺は不意にある話題を出す。
「ちなみに……ラムダは気が進まないだろうけど、もしその超能力を使ってくれって頼んだら今回の捜査でも使えるのか?」
さっきまで忌避感があるという話をしていたのにぶっ込むノンデリである俺。いやだって、使えたら捜査楽に進むかもじゃん? 地道な捜査苦手だし?
ラムダはしばし悩んだ顔付きになる。
「可能ではあります。ただ、話す人全員は先ほども申し上げた通り厳しいです。なにせ使える回数は限られますので。だからあくまで念押し、または多少怪しい人に対して嘘を見抜くためには使えるとは思います……」
改めて訊くと便利だなぁ。
「いや充分過ぎる。俺とレキは人の表情を読むのに長けている自覚はあるけど、だからといって間違っている可能性もあるし、全部分かるわけじゃないし」
加えて最近マシになっているとはいえ、レキはまだまだ人の感情に疎い。それは俺も。一般の感性が備わっているかと訊かれると怪しい。この社会不適合者たちよ。
「しかし八幡さん。先ほど捜査を本格的に関わらせるべきではないということを話していましたよね」
「それはそう。だから危険なことはさせないつもり。さらっと違和感ない程度に使ってもらいたいなーって」
「その程度であれば可能性だとは思います」
「……ラムダって何を摂取すれば超能力回復するんだ? 俺の場合カフェインと糖分だけど」
「炭水化物ですので、その点は全く困りませんね」
「あ、それは羨ましい。外国だと場所によってはすぐに用意できねぇし、けっこう困るんだよなぁ」
「なるほど。だから八幡様、ノーチラスでコーヒーに拘っていたのですね」
「甘いコーヒーは元々好きなんだがな。まぁ、そういう意味合いもあるにはある。なにせ何だかんだで超能力は俺の生命線ではあるしな」
「レキさんは超能力はあるのですか?」
「いいえ」
「コイツは超能力はないな。純粋な狙撃技術がヤバい。世界は知らないけど、狙撃なら日本一じゃないか」
「世界が相手でも負けません」
「え、でも射程距離ならセーラの方が上じゃね?
アイツの風は俺より圧倒的な広範囲で操れるし。つーか、余程アイツの不意突かないと銃効かないだろ。俺みたいに風で防げるからな」
「それでも勝ちます。風なら読めますので」
「それはそうだけど。総合的に見ればセーラの方が……ただ超能力は日によって使えないときもあるし、安定感なら圧倒的にレキか」
なんてダラダラこれからのことを話しながら依頼初日は終了した。