八幡の武偵生活   作:NowHunt

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夕闇のカーテン

「とりあえず戻ったが」

 

 ラムダの衝撃発言のあと、カフェで飯を食い終わり会計を済ませ、落ち着いて話をするため一先ず拠点である宿泊場所へと帰る。

 

 夏真っ盛りの外で活動したあと、室内に戻ったからには汗を掻いたこともあり、シャワーを浴びてサッパリしたい気持ちはある。しかし、現在そうは言ってられない。

 エアコンを使い部屋を涼しくしてからレキとラムダもテーブルに付く。

 俺たちの間にはどこか緊迫した空気が流れる。

 

 まさかのラムダが不意にもらした一言により、あまりにも停滞していた依頼が大きく進展しようとしていた。思いもしなかった展開に幾ばくか頭が痛くなる。

 お茶を一口飲み、喉を潤す。それから口を開く。

 

「ラムダ、あの店員……ミノトが本当にレクテイア出身って言うのか?」

「100%絶対そうと……確信したとまでは言いません。あくまで……そうですね、私の主観という話ではあるのですが、可能性があるというだけです」

 

 静かにラムダはそう前置きはする。

 逸る気持ちはあるが、それもそうかと納得する。落ち着いて1つ1つ確認しよう。

 

「実は知り合いとか?」

「いいえ、初対面です」

 

 きっぱりと否定される。話の腰を折って申し訳ない。もしそうならば、さすがにお互い初日に気が付いているだろう。

 

「だよな悪い。えーっと、改めてなんでレクテイア出身だと思ったんだ?」

「まず違和感と言いますか……いえ、彼女に対して既視感がありました」

「既視感?」

 

 俺はオウム返しのように聞き返す。

 

 言われてみれば、俺も彼女を軽く観察してどこかしら違和感はあった。その正体は未だハッキリしないモノだが――――恐らくラムダが抱いている既視感とは別の種類だと思う。

 俺とラムダでは持っている知識は違う。全く別と言っていい。その目で見て、耳で聞いて、感じるモノは同じではない。

 

「八幡様もご存知かと思いますが、ノーチラスにおいてミノトさんと同じ部族の方がいらっしゃいます。八幡様とはこれといって交流はありませんでしたが」

「いや待ってくれ早い早い。部族っていうと……ラムダの耳が尖っているとかの特徴があるってことか?」

 

 いきなり言葉の情報をワッと浴びせないでくれ。混乱する。

 

「えーっと……」

 

 ノーチラスにいたとき記憶を探るが、イマイチ思い当たらない。

 ミノトの見た目はごく普通の日本人と相違ない。小柄かつ可愛らしい見た目、腰まで伸ばしており丁寧に手入れされている黒髪。大正浪漫風な制服を着こなしている。

 耳は見えたが別に何も変わりない。ラムダのように尖っているわけではない。見た目もそこまで近しい日本人に近い人もいなかった。

 振り返ってみてもノータイムにいた人物と一致する特徴は思い当たらない。黒髪の人物はいたが、それではないだろうし。

 

「恐らくですが、ミノトさんには羽があります」

「羽? ……あっ。あー、ノーチラスにそれっぽい奴いたなぁ」

「えぇ」

 

 ラムダの首肯と共にノーチラスにいた記憶を思い出す。

 言語の問題もあり話したことはないが、そのような人物はノーチラスにいた。それこそ、鳥のように背中から大きな羽が生えている。別に飛べるわけではないとはいえ、最初見たときは驚いたもんだ。

 

 しかしながら――――

 

「ミノトにはそんなの見えなかったが……」

 

 純粋な疑問をぶつけると、ラムダは苦笑する。

 

「そこはまぁ、私には分かりましたけれど、基本的に隠していますからね。私の耳も髪を伸ばして周りから分からないように」

「そりゃそうか」

 

 外見であれ性格であれ、周りと確実に違うモノに関しては秘匿するのは世の常だ。目立たないために、排他されないために、一般人として取り繕うことなんて誰もがしていることだ。

 無論、その程度のことは俺だってしている。超能力は普段から隠している。銃はもちろん他の武器も街中を歩く際など見えないように持ち歩いている。

 

 話が逸れた。

 

「羽の大きさは個人差があり人によって千差万別ですが、ミノトさんの羽はあまり大きくないでしょう。だからこそ、あの程度のサイズの制服で誤魔化せるのだと」

「……あー、たしかにミノトは小柄だったが、制服はちょい大きめのサイズだったな」

「ですね」

 

 言われてみればと先ほどの光景を思い出す。

 たしかに袖口を折りたたんでいたり、少しスカートと腰の位置が合っていなかったりとサイズは合っていなかった。単純にミノトに合うサイズの在庫がないと何気なしに疑問に感じていたが、実際はそうする事情があったわけだ。

 もしもノーチラスにいた人と同じサイズならあの制服で誤魔化すのは難しいだろう。背中がモコッとしてしまうに違いない。

 

「でもそんな背中膨らんでいなかったよな。ノーチラスの奴は羽ってか翼みたいなサイズでけっこう大きかったような気が……服も背中がパックリ空いている感じだったし」

「あそこの制服は分厚い生地でしたので、何も知らない人ではあまり違和感を抱かないかもしれません。しかし、私は前提知識があったので理解できました。不自然な膨らみがあると。あれは恐らく、レクテイアの部族特有の羽だと」

「俺は気付けなかったな……ちょい悔しい」

 

 小さく不満を垂れる。そんな俺を見たラムダはおかしそうにフフッと笑みを浮かべる。少し笑ってから表情は元に戻り話を続ける。

 

「加えて……あのとき力を使いました」

 

 というと超能力か。

 

「読心能力ね。あれってそんな深層心理とか本人が意識してないとこまで分からないって話だったよな?」

「はい。だから確定、ではないのです。ここまで話してなんですが、もしかしたら羽の膨らみも勘違いの可能性もあまりすので。ただ――――彼女は常に様々な人と話しながら何かしら本心を隠している、嘘をつき続けている」

「……」

「――――というのは分かりました」

「その嘘が……」

「恐らく、レクテイア出身ということだと。幾ばくか飛躍し過ぎな論理かと思いますが」

 

 自信なさそうに告げる。

 

「大丈夫、お前の言葉なら信じる」

 

 対し、俺はノータイムでそう宣言する。

 長年その力を使ってきて向き合ってきたのだ。人間観察の洞察力は俺やレキを勝るモノかもしれない。

 

「……ありがとうございます」

 

 若干目尻に涙を浮かべるラムダ。いや泣かなくても……。

 

 お茶を飲んで落ち着くと同時にこの瞬間からすべきことに対して頭を捻る。

 

「なぁ、レキ」

 

 先ほどまで静観し俺たちの話を訊いていたレキに話を振る。

 

「はい」

「バグとかある?」

 

 ここでいうバグは盗聴器のこと。虫とかともいう。

 なんなら盗撮するための監視カメラとかもあればいいがそこまでいくと高望みだ。けっこう急な話だったから、そこまで準備していなかったなぁ。

 

「今は持っていないです。発注しましょうか? 明日には届くかと」

「時間が惜しいからなぁ。できれば今すぐにでも動きたい。レキに1kmくらい離れた場所で鷹の目してもらうか。店内にいる間はできないけど、仕事終わればびこ……う――――あっ。そういやミノト、住み込みって言っていたな。つーと、あまり動きは少ないか?」

 

 ブツブツ呟きながら考える。未だに思考がまとまらない。

 

 鷹の目は個人の監視をするという武偵用語。世界最高峰の狙撃手であるレキか行う監視なら、何かしらボロを出す場面を抑えることができる。

 

 しかしながら、ミノトの行動範囲が不明だ。

 最初に出会ったとき雑談がてら職場に住み込みで働いていると彼女は語っていた。であるのならば、仕事終わりに外出はあまりしない? 外からの監視で姿を目撃することは難しい?

 ……情報がない。最初からマークしていたわけではないから仕方ない。さすがに分からないな。

 

「一先ず監視はしておきます」

「頼む」

 

 ドラグノフを背負いレキは拠点から離れる。見送ってから再度腰を降ろす。どう進めるべきか考えていると、ラムダは俺の真正面に座り直したようで向き合う形になる。

 

「八幡様はこれからどうされます?」

 

 彼女の簡素な問いに思考を回す。

 

「まず必要なのはレクテイア出身っていう証拠だな。ラムダの言葉は信じる。だけど、客観的な証拠はほしい」

 

 こういう捜査は主観で進めることが多いとはいえ、武偵としては確実性を高めるために誰もが疑うことはない証拠はいる。でなければ、いざというとき詰める際に困る。

 

「それを確認でき次第、Nと繋がっているかどうか、繋がっていたとして、どのような取引をしているかを調べるって感じか」

「はい、ではどのように証拠を得ますか?」

「……真正面から訊いたらいいんじゃないか。ラムダがいるから嘘は見抜けるし」

 

 俺の雑な回答にラムダは表情を顰める。

 

「さすがに怪しまれません? 万が一ですけれど、レクテイア出身と、今回の事例とは無関係というのも有り得ますが……」

 

 言いたいことは充分理解できる。

 マイノリティーだからその線は薄いと思うけど、一部の人たちだけが関わっており、彼女自身は知らないということもある。ただ……それ自体は正直どうでもいい。

 

「別にミノトが関係なくても関わりある奴は知っているだろうし、その辺りは気にしないでいいかな」

「なるほど」

 

 捜査を進めるうちに芋づる式に判明することだろう。いくら自分は関係ないと言い張っても、仲間や同郷は近くにいる。集落があるらしいからな。であれば、知っている奴らは他にいる。

 

「だから重要なのは、やはりレクテイア出身という確たる証拠――――アイツを襲って脱がすか。もしくは更衣室に侵入するか。羽さえ写真とか撮れば疑いないし」

「八幡様……それはぁ…………」

 

 端から聞けば俺の犯罪者発言にラムダは見るからにドン引きしている。

 

「おい引くな。明らかこっちのが手っ取り早いだろ。……いや冗談だよ」

「嘘ですよね? 半分本気といったところですよね?」

 

 しれっとこちらを責めるような視線を向ける。この確信めいた口調はなるほど。

 

「んなことで力使うなよ……」

「いつでも使っていいと仰ったじゃないですか」

「そうだけど……」

「フフッ」

 

 なんか調子狂うな。

 

「結論、もう真正面からいった方が色々と手っ取り早い。時間かけていいならもっとマシな手段あるけど、ミノトがレクテイア出身と分かった以上、今回はなるべく速攻でいきたい。どちらにせよ、接触は避けられないしな」

 

 モタモタしているうちにNの奴らが接触する可能性もなくはない。

 

「レキさんの結果によると思いますが」

「だな。ミノトの仕事終わりまでレキが尻尾掴めなかったら、仕事終わり忍び込んで突撃するわ。レクテイアの名前を出したらなんか反応するだろ」

 

 自分で言っているわりにかなり楽観的な発言だとは思う。ただ本心を完璧に隠して他人に悟られないようにする、なんて芸当は大抵できない。そんな動じない人はまるで仙人だ。

 

「尻尾出しても、変わらず突撃して問い詰めるってことで。レキに連絡入れとくか」

 

 方針をメールで送る。すぐに了解の返事がくる。

 

 さてと……今はレキの捜査の結果待ちだな。俺らができるとこはないし、ちょっと手持ち無沙汰になった。

 

 ……そういや。

 

「てか今さらなんだけどさ」

 

 ふと思い出したような口調でラムダに問いかける。

 

「はい」

「今回、俺はNの情報を得ようとしているわけで」

「はい」

「一応ラムダもNの一員なわけだろ」

「はい」

 

 抑揚のない返事だ。

 

「あとでお前、ネモとかに怒られない? お前らの不利益になることを俺とレキはしているわけで」

「あらあら、心配してくださるのですか」

「そりゃな」

 

 随分と嬉しそうに微笑む。

 

「ですが、大丈夫ですよ。なにも一口にNと言いましても組織としては恐らく――――」

「一枚岩ではない?」

「はい。よくお分かりで。といっても、私も内部のことは詳しくないですがね。ただ、武力を用いて攻め込みたい人もいれば、温和な策でなるべく血を流さないようにする人もいるということです」

 

 それもそうか。レクテイアの人たちはほぼ全員何かしら超能力を持っているらしく、そんな力があれば戦闘に対してハードルが低くても違和感ない。忌避感なければ、好戦的な奴らもいることだ。厳密には違いが、マキリとかな。

 しかしながら、ラムダのような穏当な人物もいる。組織の構造がハッキリしないため断言はできないが、現段階で目立つのをヨシとしない派閥もいるというわけか?

 その辺り、イ・ウーと似ている。地球侵略したい奴らもいれば、自身の力を高めたいと静かに鍛錬する奴らもいた。

  

 まぁ、ラムダたちの最終的な目標は地球への移住だ。面倒起こして自身の立場を悪くしたくない、と考える勢力があっても不思議ではない。

 

「なので咎められることはないかと。そもそも、私が報告しなければ良いだけですので」

「なるほどね。悪い奴だ。ちなみにネモはどっち?」

「最初は前者寄りでしたよ。ただ、最近……無人島から帰還してから少しずつですけれど、後者に近付いてきたのかなといった印象です」

 

 無人島での遭難。遠山と1ヶ月近く協力し合い過ごしていたみたいだ。何があったかは不明だが、何か過激な思考が緩和されるような出来事でもあったのだろうと訝しむ。

 

「ありがと。まぁ、お前がお咎めなしならそれでいいや。ちょっとレキに手伝えることないか訊くから何かあるまで休んでいてくれ。午前中、力そこそこ使ってくれたし疲れたろ」

「では、はい。そうさせてもらいます」

 

 

 

 ――――数時間後。

 

「……おっ」

 

 夕方、まだ陽が落ちきっていない時間帯、レキから連絡が届いた。あれから確認を取ったものの1人で充分と言われ待機していたところ、メールの通知が響く。ファイルも添付されているようだ。

 

「これは」

 

 そこそこ離れた場所から撮影したのであろうその写真は画質こそ荒れているものの、ミノトを写したモノというのは見て取れた。

 

『一瞬ですが、羽と思しき写真は撮影できました。私も見たところ、こちらの人とは違い不自然な様子でした』

 

 といった文言と一緒にに送られた写真をマジマジ見る。

 

「ふむ……」

 

 恐らくミノトが客を見送った後のところだろう。カフェの扉に立っており、店内に戻ろうとしていた場面を切り取った写真だ。ミノトの後ろ姿が写っている。

 角度からして1kmほど離れた建物からの撮影したと思われる写真はミノトを上から写したモノだ。

 

 元々大きめの制服を着ていたのもあり、風でも吹いて気崩れていたのだろう。わずかな隙間だが、首から背中にかけて中を覗けるようになっている。

 そして、背中が不自然に少しだけ膨らんでおり、たしかに肩甲骨から白い何かが――――

 

「見えなくもないな……」

 

 羽、翼と断言できないにしろ、ごく一般的な人間では有り得ないモノが背中から生えているのは分かる。いやしかし、かなり画質荒い……まぁ仕方ないか。

 

「……ん? 八幡様?」

 

 ソファーでうたた寝していたラムダが目を覚ましたらしく、寝ぼけた目でこちらを見てくる。

 

「レキから連絡。まぁまぁ、確証取れたかな」

 

 とだけ伝えると、すぐさま覚醒したラムダは立ち上がり準備しようとする。

 

「いつ出られますか?」

「店の閉まる時間帯を狙うか。でも、あれか。店に迷惑かかる? てか、雇っている側はミノトのことどこまで知っているんだ? うーん……」

「であれば、今からお店を訊ねてみます? お仕事が終わり次第、話ができるよう約束を取り付けてみます?」

 

 怪しまれるという点を除けば無難な線ではある。最初から君のことを調べているよと宣言していると同義だ。

 互いに重要な情報は秘匿する立場だ。大事にはしたくないという部分が共通するなら、騒ぎにしたくないと思いたい。

 

「レキさんはなんと?」

「俺の判断に任せる。監視は俺からの連絡があるまで続ける」

 

 まぁ、鷹の目を続けてこれ以上のモノが出る可能性は否定できない。だが、決めるなら速攻だ。なぜならここまでの捜査でわりと疲れているからというふざけた理由だ。

 地道な捜査を続けるよりかさっさと現場に突っ込んで解決したい。

 

「ラムダの案を採用。飯ついでに聞きに行くわ。裏取りにラムダも付いてきてほしいが、頼めるか? まぁ、お前はムリにでも付いてくるだろ。荒事になったらレキと退散するってのが条件な」

「はい」

 

 静かに微笑み丁寧な綺麗な仕草でお辞儀をする。随分と強かな人だ。今から危険な目に遭う確率も高いというのに。

 

 ミノトは恐らく数年レベルで静かに暮らしているのだ。いくら超能力を先天的に使えるからといって全員が戦えるわけではないだろう。街中で強盗のように暴れ回ることもない。

 穏やかに済めばいいと願いながらこちらも武装の準備をする。一抹の不安はありつつもどうにかなるだろ精神の共にレキに合流の連絡を入れる。

 

 

 

「よう、監視ありがと」

「いえ」

 

 カフェの近くでレキと合流するころには陽は沈み、夜の帳は既に降りていた。完全に暗くはなっていないものの太陽は見えない。まだ夏だからか夜だろうと不快な暑さは残っている。

 

「店内に他の客は?」

「今はいないかと」

「んじゃ行くか」

 

 夏場にあの黒いロングコートを身に付けるのは普通に嫌だ。武偵高校の制服は身分を明かしているようなもの。俺たち現在の服装は私服だが、インナーには防弾防刃製を着ている。

 念のためラムダにも同様のインナーは渡している。万が一のないようにするのが俺たちの務めではあるけど。

 

「さて、ちょい気張るか」

 

 それだけ呟きながらカフェへと入る。

 

「いらっしゃいませ〜……あら、お三方。夜もいらしてくたさったのですねぇ。ご贔屓どうも〜」

 

 昼にも見たときと同様、大正浪漫風の制服を優雅に着こなし、おっとりとした笑顔で俺たちを出迎えてくれる。

 

「席、空いてるか?」

 

 一先ず警戒させないよういつも通りの口調で訊く。

 

「今は誰もいないので大丈夫ですよ〜」

 

 奥まった座席へと案内してくれる。

 その間も彼女を観察する。口調も歩幅も発汗も仕草もこれといって俺たちを怪しんでいる様子はない。平常の範囲内だ。

 チラッとラムダとレキを見るが互いに一瞬首を横に振るだけ。現段階では怪しんでいる様子も怪しまれている雰囲気もない。まぁ、当たり前といえば当たり前だ。

 

「メニューがお決まりになったらお呼びくださいね〜」

 

 席に座ったのを確認するとお決まりのセリフを話してから去ろうとするのを止める。

 

「あー、ちょっといいか」

「はい?」

 

 ミノトは足を止めこちらを不思議そうに見下ろしながら首をコテンと傾げる。

 どう切り出そうか迷う。女性陣2人は俺の言葉を持っている。ここは俺の仕事であり、俺がやるべきこと。嫌な役回りではあるが、割り切る場面だ。

 

「少し訊きたいことがあってな」

「はぁ……?」

 

 いかにも怪しい声かけに要領を得ない顔付きだ。

 

「んー、回りくどいのは面倒か。単刀直入に訊くわ。あとでで良いんだが――――背中の羽、見せてくれないか? レクテイア出身のミノトさん」

 

 大胆不敵にニヤけた表情でふてぶてしく、俺は彼女に真っ直ぐと刃を突くように訊ねる。

 

「――――……えっ」

 

 途端、雰囲気が一変する。

 

 あまりにも唐突であり、さすがに予想外な問いであったのだろう。俺の無遠慮な物言いをミノトは驚きで硬直している。額からは冷や汗が垂れる。呼吸は乱れている。肩が僅かに震えている。口元は歪んでいる。

 しかし、それも刹那。俺が一度瞬きをしただけで平静を取り戻そうとしている。彼女は深呼吸してから。

 

「……何がお望みですかぁ……?」

 

 表面上おとぼけた声を出しているけど、懐疑的な視線を向けられる。これまた当然だ。

 俺の言葉を荒唐無稽だと否定しない。何を言っているのだと意味不明だと疑問を投げかけず、俺たちを非常に不気味な存在だと目が言っている。

 たったこれだけの言葉で動揺するとは……そこまで場慣れしていないな。

 

 反応からして当たりだと一安心。ラムダに目を向ける。小さく頷く。話を続けるとしよう。

 

「Nって知ってるか? もしくは知っている奴に心当たりは?」

「――――はぁ〜」

 

 こちらは隠すことなくひたすらストレート、豪速球を投げる。

 かなり深いため息だ。呆れた雰囲気であり、諦めているようにも見て取れる。

 

「あなたたち、何者なんですかぁ〜。いきなり過ぎますよぉ。心臓に悪いです〜」

「話してくれるなら素性くらい明かすが」

「うーんと。移動、しましょうか。あぁ、店のことは放っておいて心配ないですよ。店主も私と同じ、同郷ですから〜。2人で切り盛りしているのでね」

 

 おっと、これは驚いた。かなり貴重な情報を開示してくれたぞ。

 

「そこまで言ってくれるのか……。だったら俺たちも言わないとな。俺とそこの水色の髪をした奴は武偵だ。それで金髪の奴はあっちから来たNの末端であって地球見学に来ている無害な奴だ」

 

 ラムダはスッと髪を上げ尖った耳を見せる。ほんの少し目を丸くさせるミノト。その所作で本当のことを言っているのだと理解したようだ。

 

「それはそれは……まさかまさかな秘密ですね〜。武偵に、同郷の方とは〜」

 

 そういえばまだ言っていなかった気がする。

 

「改めて俺は比企谷八幡だ」

「レキです」

「私は名乗ったことがありますが、ラムダと申します」

 

 名乗ったところで立ち上がる。目線が付いてこいと告げている。おっとりとした雰囲気は崩さず、しかし、その視線はどこか冷たく感じる。

 

 

「では、こちらへどうぞ〜」

 

 と、案内されたのはカフェの隣にある建物だ。ミノトが自分の遊び場と話していた道場だ。ガラガラと引き戸を開けてくれ、お邪魔することに。

 

「えーっと……電気っと」

 

 入口で靴を脱ぎ、靴下で道場へと足を踏み入れる。

 

「わぁ……」

 

 ラムダの感心した呟きが隣から聞こえる。目を輝かせながら道場のあちこちを見ている。

 

「……」

 

 杉かヒノキか分からないが、木造の床をゆっくりと歩く。下は弾性構造になっているのだろう。武偵高にも道場はあり、歩いたところ似た感触がする。

 道場は恐らく剣道を一試合はできるくらいの広さをしている。同時に二試合はできないほどの広さ。とはいえ、テープというかコートの印はないみたいだ。

 奥には神棚があり、刀が3本ほど置かれている。目測だが大きさからして打刀に脇差し、あとは大太刀か? 祀られている雰囲気はなさそう。竹刀と防具が片隅に何組か閉まってある。

 刀は無造作に置かれているから頻繁に使っている? 神崎や星伽さんといった面々も日常的に使うことから珍しくはない。

 

 総評、The・剣道場だ。普通の学校に刀が置かれているところは少ないだろうが、そこを除けば一般的な道場だろう。

 

 そういや、ラムダは刀に憧れを持っていたな。なんて内心苦笑しつつミノトを観察する。

 

「うーんっと、どこから話しましょうかぁ」

 

 呑気な呟きをしながらも警戒心は解いていない。どれだけ戦えるか分からないが、全くの素人ではなさそうだ。こうして近くで見れたから理解できることがある。

 

「…………」

 

 ミノトの両手、至近距離で確認してみると、かなりマメができている。加えて小柄な体型とは不釣り合いなほどかなり手のひらが分厚い。これは相当刀を振っている人の特徴だ。

 これが俺がミノトに抱いていた違和感か。

 

「武偵ってことは何かの捜査でここに来たのですよね〜? それもN絡みでぇ」

 

 武偵手帳だけさらっと見せてから答える。

 

「あぁ。依頼内容は大ざっぱに言えばここらでNがコソコソ動いているから何でもいいんで尻尾を掴むこと。で、ここらでレクテイアの奴らが関わっていると情報があった」

 

 守秘義務云々あるけど、ここまで来たらある程度打ち明けた方が心象は良いだろう。

 

「そのためにレクテイア出身の奴を見付けて話を訊くか、もしくはNと関わりのある間接的な証拠を探す――――って流れでここに行き着いた。まぁ、かなりの行き当たりばったりだがな」

「普段から背中には気を付けていたんですけどぉ……」

「安心しろ、俺だけじゃ気付くのはまずムリだったから」

「ふーん、ラムダさんからバレたんですかねぇ。暮らしていた場所は違えど同郷ですし?」

「そこは秘密。レキが気付いたかもしれな――――ってちょまっ!?」

 

 

 ――――いきなり店の制服をいきなり脱ぎ始めたんですけど!? えなに痴女!?

 

 

「八幡様なにを!?」

 

 ――――バシンッ! と俺の顔面をめちゃくちゃ勢いよく引っ叩くラムダ。 

 

 痛いですラムダさん。何をするんですか。俺何もしてないよね? それに隠すためだろうけど、普通に指の隙間から全部見えてます。

 

「な、ななななな……なんでいきなり脱いでいるのですか!?」

 

 ラムダはいきなりの奇行に驚愕の声を上げる。あとレキ、一定の感覚で俺の足をゲシゲシと蹴るのを止めなさい。俺悪くないよな?

 

「だってぇ、私の背中、見たいんねすよねぇ。それに下着姿を見られたところで、別に貧相な体付きですので、恥ずかしくないですよぉ」

 

 若干顔を紅潮させつつもどこか悲しげな声色と共に制服を全部脱いだミノトは、簡素であろうグレーの色をしたスポーツブラと同じ色のローライズショーツ――――つまり下着姿になった。

 ミノトが語った通り、胸自体は大きくなく、サイズ感はレキやラムダと似ている。まぁ、隣にいる2人もそれこそ星伽さんや理子、由比ヶ浜ほどの大きさは有していない。

 だが、小柄だからこそ非日常感や背徳感が襲ってくる。いきなりは刺激が非常に強過ぎませんか……?

 

 ちょっとかなりの急展開でめちゃくちゃ心臓バクバクしているんですけど。いや脱いだ理由は背中を見せるためと語ったにしろ、そこまで脱げとは言っていないよ? え? 言ってないよね?

 

「ほら、どうぞ」

 

 と、軽やかなステップで背中を見せてくれる。未だ俺の顔にラムダの手があるまま指の隙間から見る。

 

 長い髪を掻き分け見せてくれた背中には、たしかに肩甲骨辺りから白い鳥のような、それこそ天使のような羽がある。サイズは15cmほどと人の身体から生えている分にしては小さいが、厚みは5cmほどとそこそこあるような印象だ。

 

 間違いない、ミノトはレクテイア出身だ。

 

「……レキ」

「はい」

 

 さっきまでずっと俺のことを蹴っていたレキはさっと背中だけを撮影する。なるべく下着は写らないよう配慮はしてくれているだろう。あと撮り終わってから蹴るのを再開するな。

 

「さてとぉ……話、続けますか」

「まず服を着ませんか!?」

 

 そのまま下着姿で座り込んだミノトへとラムダは声を荒げツッコミを入れる。そーだそーだ。

 

「え〜……一度脱いだ服また着るの嫌ですよぉ。汚いですし」

「だからって一応男の前で下着姿のままってはどうかと思うぞ。しかもほぼ初対面相手に……」

「は〜い。道着と袴あるからちょっと着替えますねぇ」

「最初からそうしてくれ」

 

 ……。

 …………。

 

 数分経ち、白色の道着と紺色の袴を身に着けたミノトは改めて床へと座る。あー、心臓に悪かった。まさかのToLOVEるに眼福ではあったのは内緒。心のシャッターを切っておこう。

 

 やっと手を放してくれたラムダも床に正座しようとするけど、慣れていないのか正座を崩し、女の子座りになる。レキはよくやる体育座り。

 俺も胡座をかき、ミノトへ向き合う。コホンと可愛らしく咳払いをすると、少し困った表情で話を始める。

 

「まず最初に、私はNとある関わりを持っていま〜す。比企谷さんたちがほしい情報は提供できるかと思いますね〜」

 

 どこまで必要か分かりませんけどね、と付け加える。

 

「でも〜……当然、いきなり押しかけてき怪しいた人に話す義理も必要も全くないですよねぇ? このままダンマリするのが普通ですよ〜?」

 

 その言葉に俺とラムダは黙って納得するように頷く。

 

「私たちはNの一員ではないですけどぉ、色々と助けて貰っている身ですのでぇ。初対面の武偵が攻めて来てもぉ、すぐに裏切るなんて不義理なことはしないですよ〜」

 

 面白そうにコテン、と首を傾げる。

 

 詰めたときに場慣れしていないと感じたが、それはどうやら潜入という観点での話らしい。戦闘という面では恐らくかなりの実力者のように見える。

 俺たちを見定めるような目線も、座りながらも崩れていない重心、あれから一定を保っている呼吸、どれも戦闘慣れをしている様子だ。

 

 特大な秘密を明かされ、追い詰められているというのに店での出来事以上の焦りは見受けられない。

 

「前置きは分かった。お前はそう簡単に裏切ることはしない。初対面の怪しい武偵に秘密を明かすことはない。これまた当然のこと。ってことは、何か条件でもあるってことだろ。金か?」

 

 長々と語り終えた俺はミノトに続きを促す。首を横に振った彼女は語り出す。

 

「実は私、昔からあることがしたくてですね〜」

「……?」

 

 不意に予想もしてないことをのんびりとした口振りで話し始める。

 立ったと思ったら神棚にある打刀を持ってくる。鞘からは抜かず、再度正座をすると左側に刀を置く。鞘を撫でながらミノトは口を開く。

 

「私、ここに来て刀にめちゃくちゃハマったのですよぉ。それに、小さいころからず〜っと、あっちでも戦ってきまして……殺し合いが好きなんですよねぇ」

 

 おっと、話が変わったぞ? めっちゃ物騒なこと言うじゃねぇか。

 

「刀、良いですよねぇ。鈍く鋭く鍛えられた鉄が首元に迫る感覚、命が今にも消えそうなあの緊張感、大好きなんですよぉ」

 

 うっとりとした恍惚とした表情でまるで好きなアイドルを語るかの如く、とんでもないことを告白し続ける。

 

 えぇ……なんだコイツ。

 

「でも当然、こっちじゃあ、そんな機会に巡り合うことなんてまずないじゃいですかぁ。私がしたいのは蹂躙ではないのでね〜。弱者をいたぶっても面白くありませんよねぇ」

 

 うん分かった。コイツだいぶ倫理観終わっているな? なんて半ば引いた目付きで目の前にいるミノトを見つめる。

 

「だから武偵の比企谷さん……私とぉ……命の取り合い、しましょ?」

 

 随分とあざとく可愛らしくにこやかな笑顔で問いかけてくる。

 

「だるっ……」

 

 あの……。

 こちとらもっと穏便に済ませたかったんですけど?

 

 

 

 




ふと見直したら、あと数ヶ月でこれを投稿し始めてから10年経つらしいです。マジかぁ……
……はて?いつまで続けるんだ???
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