Nの情報を得るためにはミノトのことを殺せ、と。いかにも矛盾した発言だ。頭が痛くなる。今回の依頼は荒事にはならないと考えていたが、予想とは反して目の前の人物はいかにも殺る気だ。
別に命を狙われるのは慣れている。殺されそうになったことなど何回もある。
「……まぁ、その程度問題ないな。命の取り合いなんざ日常的茶飯事だ」
「おっ、頼もしい一言ですね〜」
パチパチと拍手をして呑気な様子を見せるが、その視線は完全に戦闘モード、って感じだ。視線が鋭く、臨戦態勢を解かないように見える。
見た目は可愛らしいが、言動はあまりにも物騒。一般人と思っていた人が実際戦闘民族だったって脳がバグるな。
ため息を吐きつつ話を続ける。事件解決のためには仕方ないけどこのまま回り右してぇなぁ。
「つっても俺は武偵だ。戦うならボコボコにはするつもりだが、命までは取れないし取るつもりはないぞ。お前の望み通りにはならないと先に言っておく。てか、殺したら情報奪えないし……」
「それでも構いませんよ〜。こっちは比企谷さんを殺す気でいくので、私を止めたければそれ相応の力で返してくださいねぇ」
随分と嬉しくもない宣戦布告だ。とりあえず、立つか。おっと、向こうも俺と同じタイミングで立ち上がっている。
……ふむ。
とりあえず手っ取り早く足でも撃ち抜くか? それとも顎を殴って脳震盪起こすか? なんて悩んでいるとミノトはニヤリと不気味な笑みを浮かべる。
「まぁ? 武偵が何でもありの人たちの集まりというのは知っていますのでぇ――――ちょ〜っと、力使わせてもらいますね?」
ミノトがそう宣言した瞬間、彼女の瞳が紅く輝いた。
そう判断した瞬間悟った。既視感がある。似たモノを喰らったことがある。
これは――――ヒルダと戦ったときと同じ、見た相手に呪いを押し付ける超能力!?
咄嗟に目を合わせないように急いで目を閉じたが、感覚からして間に合わなかった。ミノトの瞳を真正面から見てしまった。
……チッ。
完全に不意討ちでやられた形だ。いきなりで油断していたのは否めない。何をされたんだ。
身体の異常を調べようとする。……あれ? 動ける? 手も足も動かせる。身体が固まった雰囲気はない。
どうやら呪いといっても、ヒルダと同じ金縛りではないらしい。あれはちょい強力過ぎるからな。烈風なければヤバかったし。多分普通に死んでいたかもしれない。
身体に異常はない。直接的な攻撃はされていない。無傷だ。急激に体力など奪われている感覚もない。
肉体面でなければ精神面だろうか? しかし、思考もイジられていないように感じる。ミノトを一先ずぶちのめすのは変わらない。
「……? 何をした?」
「あぁ、この超能力はそんな強力なモノじゃないですよ〜。かなり弱いと思いますし〜。内容を簡単に言えば――――ルールの強制、ですねぇ」
穏やかな口調を崩さないミノトは両手を広げ、抵抗しないと示している。急にどうした? そして、どういう意味だ?
頭ではそのような疑問がグルグル回る。しかし、ここは素直に解説してくれそうな雰囲気だ。静かにしよう。
「今、比企谷さんは私に攻撃できません。正確に言うと、刃物を使った攻撃しか私にできません。試しに、銃で私を撃ってくださ〜い。回避も防御も、しませんので〜」
挑発的にその真実を告げるミノト。
ルールの強制といのはなるほど、内容を訊くとそういう意味合いかと納得はできる。まだ本当かどうかは疑わしいところではあるのは置いておいて。嘘は話していなさそうだ。
さらっと語っているけど、要するに洗脳や催眠と同じニュアンスだ。なにそれエロい。同人誌かな。
「んー」
今のところ思考は正常だ。彼女を銃で撃とうと、撃つことができる。その意思はある。思考自体を書き換えられたわけではない――――ならば、変えられたのは身体か。
「…………ッ」
「ね?」
できないでしょう、と言いたげな彼女に内心舌打ちする。現在、俺は彼女にファイブセブンを向けている。狙いは足。袴を見越して彼女の腿を掠るような軌道で構え狙っている。
仮に撃てたのであれば、容赦なく弾丸は1秒も経過せず彼女を襲い、傷付いたミノトを制圧できている。
だがそれができない。引き金に指をかけた瞬間、撃つと思考が決めた刹那――――身体が固まる。これ以上進むのを拒否するように動けない。
「…………」
試しにミノトから狙いを外し、天井へ銃を向ける。…………うん、これなら撃つことはできる。実際に撃たんが。
再度ミノトへ銃を向ける。…………また身体が固まる。
思考が、頭が、意識が、ミノトを狙った瞬間、拒絶するようにピタッと止まってしまう。身体が言うことを聞かないとはこのことか。
ファイブセブンをホルスターに仕舞い、今度は歩いて彼女へ近付く。未だ両手を広げている彼女に向かい蹴ろうとするが――――
「……なるほど」
一瞬、蹴るアクション自体はできた。しかし、意思に反して身体は途中で急ブレーキをかけてしまうことが分かった。……っと、不自然に動きが止まったからバランスが崩れてしまう。
思考はクリアだ。
しかし、銃も、蹴り……殴打もできない。この調子では超能力で攻撃も厳しそうだ。そもそも今日は超能力の調子が悪い日だ。烈風で風を起こすことはできるけど、飛翔も鎌鼬も災禍も使えない。ただ、色金の力はまた別だ。あっちは使える。
――――宣言通り、刃物を使った攻撃でしか彼女の身体は傷付かないのだろう。これで不意討ちをマトモに喰らった俺は強制的に彼女の土俵へと立たされたわけだ。
「随分強くないか? さっきは強力じゃないって言っていたけど」
俺の素直な感想にミノトをため息と共に首を横に振る。
「そんな便利なモノじゃないんですよねぇ。複雑であったり無茶なルール付けはできませんのでねぇ。それこそ見ただけで相手を殺す、自殺を促す、なんて芸当はできませんよぉ」
やれやれと言いたげな口振りだ。それなりの縛りはあるらしい。ヒルダやパトラといった魔女たちが改めてレベルが高いなと思い知らされる。
「そして何より――――私も同条件を背負わないとこの超能力は成功しないので〜す。つまり、私も比企谷さんを刃物以外で攻撃はできませ〜ん」
イェーイ、とどこか嬉しそうにミノトは語る。
「へぇ」
相手にルールを押し付けると同時に自身も同様のルールで戦わなければならない。たしかにルールというモノは互いが互いに守る必要がある。でなければ歯車は到底回らないだろう。
「それに1人にしか使えませんからねぇ。はぁ……。だから、基本的にはこの刃物同士で戦うルールを押し付けているわけで〜す」
「…………」
「そもそも使う機会ありませんけど」
ていうか、現在、俺の超能力は出力落ちているし、そこまで使えないけど、ミノトは使えるんだな。俺も多少は使えるから……つまるところ、その多少程度で充分使える超能力なんだろう。コスパいいな。羨ましい。
「では改めて〜、ルールの確認です。ここまで来たらよ~いドンで始めましょ〜う」
さらっと不意討ち気味に戦おうとしたことは見抜かれている。
「戦う範囲はこの道場。戦う人は私と比企谷さんでぇ。他の2人は手出し無用でお願いしまぁす」
超能力的にはタイマンじゃないと意味がない。もちろんミノトがそう言うのは予想通りであり、そこを否定するつもりはない。
「おう。レキ、ラムダ連れて帰っとけ」
「断ります」
レキは真っ直ぐ俺の目を見て即座に否定してくる。持ち前の頑固さを発揮しているように見えるが。
「おい。帰れよ」
「私なら彼女の超能力においてルールの範囲外です。もし狙われても問題ありません。ラムダさんも守れます」
退く気は全くないというのが如実に伝わる言い草だ。これはあれだ、もし俺が死んだら即座にミノトを撃ち抜く目をしている。
わさわざ言葉にせずともその程度なら理解できる。毎度ながらいつものことだ。これではもう説得することができない。
「……分かった。悪いが、ラムダも端で座っていてくれ」
「えぇ。頑張ってください」
ラムダは真剣な眼差しで頷く。
できれば巻き込みたくはなかったが、レキが離れない以上、彼女の庇護下にいてくれた方が助かる。
もし離れて、別のレクテイアの奴らから危害を加えられたなんて展開に遭ったら目も当てられない。この可能性はほぼゼロと言っていいが、細かいことを挙げたらキリがない。
俺たちの手が届く範囲にいてくれた方がありがたい。
一先ず、使わない俺の装備をレキに預ける。
ファイブセブンにスタンバトン……うーん、棍棒もいらないな。ミノトの超能力からこれも使えないだろうしな。ヴァイスも渡す。予備マガジンもいらない。ワイヤーガンもいらない。これ最近使ってねぇな。
大方渡し終えた。おっ、だいぶ身軽になった。これはこれで良いな。
「それで、勝敗条件は……私は比企谷さんを殺す、比企谷さんは武偵で殺せないから私に参ったと言わせる……で、大丈夫ですかぁ?」
「あぁ、問題ない」
実にシンプルなルールだ。分かりやすい。
「あ、何か刃物持ってます? ないなら刀貸しますよぉ」
「刀苦手だからなぁ。これ使うわ」
と、いつも使っているコンバットナイフを取り出す。
いわゆる軍用ナイフだ。元々戦闘用や野外でのサバイバルに使用されるかなり丈夫な代物。一般人は正当な理由なく刃渡り6cm以上は持ち運びはできないが、こちらは武偵の特権をフルに使っている。
コイツは刃渡り15cm、厚さは7cmとそれなりに分厚い。
性能としては武偵高で買える品としてはなかなかの一品だ。
拘る奴は装備科などに依頼して自分に合うモノを使用している。刃物の装備に限らず、俺も利用している。銃はカスタムしているし、棍棒も特注品だ。
しかし、刃物に関して、俺はあまり必要性を感じない。当然何かとナイフがあったら便利だが、最低限の機能を持つこれで充分。
「ではあるけど……ったく」
相手は刀使い。ざっと見たところ打刀は刃渡り70cmはあるし、脇差しでも50cmはある。どれを使用するか不明だが、コンバットナイフでは普通にリーチ不足だ。
まぁ、順当にいけば俺が不利な戦いだ。
それでも、俺は借りるつもりはない。いくら刀身が長かろうが刀は繊細だと個人的に感じている。斬れ味は最高峰なため武偵が持つには優れ過ぎているし、側面からの衝撃に弱い。
ぶっちゃけ正しい力と方向で扱うことができない俺にとっては宝の持ち腐れだ。
その点、コンバットナイフは丈夫だ。もちろん斬れ味は劣るかもしれないが人体程度なら余裕で刺せる。丈夫だから雑に扱っても問題ない。
この辺りは正直好みの問題だ。長物なら棍棒があるしなぁ、わざわざ扱いが難しい刀を使うのはなぁ、と忌避感があり練習は避けていた。まさか棍棒が封じ込まれるとは。
いやだって斬るより殴る方が制圧しやすいし……。そっちのが楽じゃん? 苦手なの選ぶよりか楽なの選びたいのが真理というモノ。俺は悪くない。
ミノトは俺のナイフを見ると少し目を丸くさせる。
「え〜、それで良いんですかぁ。私、刀使いますよ?」
「構わない。これはこれで便利だぞ」
ミノトはどれを使う? 打刀か脇差しだろうか? ないかと思うが大太刀? いや長尺……大太刀はさすがに女性の筋力じゃろくに振るのできないだろうと判断する。
先ほど下着姿になったミノトの筋肉は常人より鍛えられておりけっこう付いているが、それを差し引きで考えても、小柄な彼女では大太刀を扱えるほどの筋力は見受けられない。
……あのコートなら腕にプロテクター仕込んであるし、盾代わりにしつつ戦えたかもしれないなぁ。
防刃のインナーを着ているとはいえ、あくまでこれは保険。モノによっては攻撃を防げないし、そこいらで売っている製品ではあるので軍用品のような高い質もない。
なるべく攻撃を受けないようにしなければいけないだろう。いつも通り、基本的に攻撃を受けないよう捌いて回避しながら隙を突く――――っておいおい、マジかコイツ。
「できるのか?」
「見てのお楽しみですよ〜」
鞘から刀を抜いている。それも2本も。まさかの打刀と脇差しの二刀流ときた。
これはちょっと予想外なため驚かせれる。
身近なところでいうと神崎も二刀流を扱うが、あれはアイツの有り余るバカ力ありきだ。剣術も当然長けてはいるが、神崎はその身体能力とで持ち前の力でゴリ押しするときが多い。
しかし、見た限りミノトには神崎ほどの力はなさそうだ。まぁ、さっき下着姿見たからな……。手の厚みから相当振るっているだろうが、果たして二刀流として成立する動きができるのか……。
いやまぁ、選んだってことはかなりできるんだろうな。
1本なら捌けそうな気がしたけど、2本ときたか。わりと不安だ。
「そろそろ、始めますかぁ?」
「……おう」
グチグチ言っても仕方ない。善処はしよう。
―――――――
そして、軽口と共に2人の死合が始まる。
レキとラムダは端に座り、2人の行く末を見届けようとしている。
八幡は左足を前に出し、腰を落としながら半身の姿勢でナイフを順手で持ち構える。どんな攻撃が来ようが対応できるよう神経を尖らせていることが見て取れる。
対するミノトは2本の刀を右手に打刀、左足に脇差しを持っている。
通常、剣道であればその場合、正二刀といい長い方の刀――――打刀を上段に構え、脇差しを中段に構える選手が多い。もちろん中段、下段、脇構えを用いて構える人もいるが、木刀での型ならともかく試合だとほぼいないだろう。正二刀の反対としての構え、逆二刀を使う人はいるとはいえだ。
――――そもそも、二刀流自体希少種だしな……。
八幡はそう思いながらも観察を続ける。
しかし、ミノトの構えはそのどれにも属さない。端から見れば、それはまるで脱力しているかのようにダランと両腕を下げているだけ。
客観的に見るとそれとても構えと言っていいモノではない。
とはいえ、柄はしっかりと握っており、目線は目前の人物を捉えている。どこか気を抜いている、というわけではない。この無防備なやり方が彼女なりの構え、なのだろうと八幡は結論付ける。
「…………」
「――――」
両者、ジリジリと動きながら間合いを図る。
相手の意図が分からず、若干困惑しているのは八幡の方だ。
二刀流の基本は短刀で相手の動きを捌き、もう片方の刀で打突をするなどトドメを刺すというのが一般的だ。ミノトの構えはそのセオリーを無視している。
攻防一体の剣、それが二刀流の基本と言える。が、ミノトの場合、ダランと下げた腕は隙を晒しているだけであり、利点を活かしていないと感じる。
そこまで判断した八幡はそれがわざとだろうとは理解できる。
自身と同じカウンター狙いか、自ら一気に斬り込むかは判断できないが、わざとこちらを誘っており迂闊に動けないと考える。
加えて懸念点はまだある。ミノトに危害を与えることは八幡の持っているナイフ以外ではできない。それは充分理解できた。
ではそれ以外、回避や防御のために彼女を利用することもできないのか判明していない。例えば咄嗟に彼女の腕を掴む、彼がたまに行う相手の腕を支点に行うロンダートなど、ミノトの身体を利用した組み立てができるのか不明だ。
「…………」
分からない以上、試さない方が無難ではある。ただどこかタイミングが合えばやってみると意識の片隅に置いておく。
そうこう八幡が色々と考えている間も間合いを調節するように互いに動いている。それはラムダから見ても、死合をしている八幡やラムダからでも息が詰まるような緊迫感が続く。
「――――フッ」
刹那、ミノトが動く。まず口火を切るのは彼女からだ。
足を滑らせるように一歩距離を詰め、下から上へ斜めに斬るよう滑らかに打刀を振るう。その剣速はかなり速い。それこそたった一振りでそう至った経緯はどうあれ真面目に稽古していることが分かる。
「……ッ」
八幡の胸辺りを狙った攻撃は冷静に一歩下がりナイフで受け流す。と同時に刀での攻撃を大きく払い、ミノトの重心を崩した。
「…………」
その無機質な目線でミノトを一瞬だけ観察する。
刀は重い。アニメや時代劇などで軽々しく振るっている描写が目立つため勘違いする人もいるが、金属の塊を振り回しているのだ。
一般的に約1kgはある。普段なら気にならない重さであっても神経を少しずつすり減らす戦いの中では、その重さに対して嫌でも意識せざるを得ないだろう。竹刀ですら重いと感じるときさえある。
いくら稽古してもその重さがなくなるわけではない。刀身の長さも相まって、衝撃と共に刀が自身の予想外の方へ弾かれたり受け流されたりすれば多少は重心が崩れる。片手で扱っているならなおさらだろう。
二刀流であるミノトの身体も例にもれず。八幡が受け流したせいで重心がわずかに右に傾く。一歩、足を余分に動かし倒れないように持ち堪える。
その動作を、隙を見逃さず八幡は踏み込む。斬るというより刺すといったアクションで彼女の右手を狙おうとする。
しかし――――
「……チッ」
踏み込んだにも関わらず、その勢いを一気にブレーキし大きく下がる。かすかに顔を歪ませる八幡にミノトはニヤッと意地悪そうに微笑む。
ミノトが身体を右に流した瞬間、即座に左の脇差しで迎撃を開始していた。八幡の動くであろう軌道を先読みしていたミノトは動線上に刀を直ぐ様振るっていた。
とはいえ、その攻撃にも気付いた八幡は脇差しからの攻撃を再度受け流しつつ後退した。これ以上追撃するのは体勢を立て直したため得策ではないと判断したため。
「――――」
「…………」
数秒にも満たない互いのワンアクション。その攻防で互いは互いの実力を図る。そして思うことは共通していた。
――――思いの外やるな……。
初めて戦う相手、当然ながら情報はない。実力は不明。八幡は裏の業界でやたら名は売れているとはいえ、ミノトはそれを知らない。そして、それは八幡も同様。
しかし、この攻防である程度は把握できた。癖までは分からないもののかなり強い、とだけは見抜ける。
「ふーん……」
ならばどうするかミノトは思考を回す。
初撃をあんな軽く受け流されたことにも、体勢を若干崩されながら放った二撃目もあっさりと対応されたことに少なからず驚愕する。
人間、下から上への軌道をする攻撃は視界に入るのが遅れ、死角になりやすい。慣れていない相手だと奇襲しやすい部類だ。居合のように振るい、威力も速度も落とすことなくした攻撃は、鍛えている男性と比べ非力な彼女でも充分を誇るほどのモノだ。
それを防がれ、八幡が攻めてきたところに合わせたカウンターを含めものともせずに防御・回避をこなされた。
どこか傷程度負わすことはできたと考えていたが、想定していた通りには上手くいかず。
「だったら〜……」
ポツリ小声で呟く。
回避が上手いのは分かった。単発の攻撃では彼を崩すことは厳しいだろう。であれば、リーチの差を活かし、物量で押し切るのみ――――!
ミノトは一気に距離を詰める。八幡のナイフの射程に入らないよう間合いを保ち、連続攻撃を試みる。
こちらは元々二刀、彼は自身と比較して短いナイフ、回避も防御も限界がある。反撃しようとこちらへ踏み込もうにもリーチと手数で防げる。
「――――ッ」
八幡の息が漏れる。乱れる。自身の強みを押し付けられ、焦っているのが見て取れる。
間合いから外れようと移動する彼を逃さないよう攻め立てる。縦横斜め、上下左右から、打刀と脇差しの異なる刃渡りから、容赦なく攻撃が浴びせられる。
その動きは滑らかであり、重い刀を扱っているとは思えない身軽さで八幡を襲う。
「あはっ!」
普段のおしとやかな雰囲気はどこへやら。戦闘へのスイッチが入ったミノトの瞳孔は開き、歓喜の笑みと笑い声が道場に響く。
しかし、彼女の不気味な笑みはそう長く続かない。違和感。その正体は10秒もあれば理解する。違和感というより予想外の出来事。
「――――ッ」
ミノトの攻撃が当たらない。
縦横無尽の剣戟は彼の身体に掠ってすらいない。全部の攻撃が、弾かれ、受け流され、回避され、彼女の攻撃を寄せ付けない。常人であれば、何度も殺せる手応えであるのに、彼には届かない。
長さの異なる刀からの攻撃、同時に振るっても相手に届くタイミングは確実にズレる。このズレこそが二刀流の強みとミノトは考えている。
だというのにナイフで片方を受け流すか弾いて防ぎ、もう片方は引き付けて回避、という動きを徹底しており、彼にはまだ切り傷すら作れていない。
防御と回避だけをしており、八幡からの攻撃は最初以外ないが、このままでは体力を削られるだけた。
――――右……左……重心が前に若干傾いているな。……呼吸した……来る。次は……左から。
――――……チッ、袴で足の動きが見にくいのが厄介だな。まぁ、重心で分かるか。
八幡は淡々とミノトの身体全体を視界に映しつつ攻撃を予測し対応する。
不気味な手応えに表情にこそ出さないものの内心ミノトが焦っている。その最中……彼女の剣戟を回避しつつ、無表情ではなく汗が垂れており多少なりと苦悶の表情を浮かべている八幡は彼女にだけ聞こえるような声量で言葉を漏らす。
それは無自覚で、本音をつい言ってしまった、そんな言葉。
「……うん、これなら捌ける」
「――――ッ」
思わず頭に血が昇る。目の前の人物を無性に殴りたくなる。余裕綽々な態度ではないからこそ余計に。
自身の状態を再認識するために語るような一言。だが、無自覚だからこそ、明らか彼女の神経を逆撫でするには充分な言葉だった。
「……ふぅ」
しかし、苛ついたからといって無闇に飛び込むわけではない。いくらイラッときたからとはいえ、思考は冷静さを失っていない。
一呼吸入れたかったミノトは攻撃を中断し、大きく後退する。休憩をしたかったとはいえ、もし八幡が攻めてきたら対応するという心構えで。
「あー……しんどっ」
決してずっと涼しい顔で対応していたわけではない八幡もミノトが下がったのを確認して一息入れる。
実際問題、彼は彼女の攻撃を全て捌いてみせた。とはいえ、どこかのタイミングでカウンターを狙っていた彼にとってはそんな隙を見せずに絶え間なく剣戟を繰り出した彼女に内心面倒とさえ思う。
「ったく……」
考えていた以上に実力ある相手に不満を言いたくなる。
しかし、現段階のミノトの攻撃に対応できるのある種は安堵している。防御手段がコンバットナイフだけと不安はありつつも捌いてみせた。
「さぁて……どうすっかなぁ」
回避や防御だけに専念すればある程度動ける自信はある八幡。しかし、受けだけではいつかは崩される。
どうあれいずれは攻める必要がある。……が、まだその糸口は掴めないでいる。
攻めるとなればミノトの間合いの内側まで入り込む必要がある。ただミノトも甘んじているわけではない。先ほどまで攻め続けていても、八幡に入り込まれないよう一定の距離を保っていた。
加えて攻める手段が限られるのも問題だ。相手を蹴って殴って体勢を崩す、というよくやる戦法が今回は使えない。ナイフ1本で隙を作ることが何より難しい。
しかし、この数分でミノトの超能力について分かったこともある。自身が攻撃するという意識をしなければ、ミノトに触れることはできる。ミノトの剣戟を受けている間、それとなく確認したことだ。
その点は良かったが、結局のところ触れたところでその先がないというのは悩ましいところではある。
これからの組み立てに思考を回していると、再度ミノトが距離を詰め刀を振るってくる。
「……」
意識を切り替え、彼女の攻撃に対応する。
――――また二刀流での連続攻撃か。けっこう緊張感あるな。
たしかに二刀流は厄介だ。異なる刀身から繰り出される、同時もしくは時間差を付けて襲いに来るスピードのある攻撃は対処しにくい。
しかしながら、八幡はアリアとの模擬戦などで二刀流相手は経験がある。刀を使った技術はミノトの方が上と感じるが、そもそもの力自体はアリアの方が圧倒的に上だ。あれほどの怪力を持っている人はそういまい。
その経験があるからここまでナイフ1本で捌けている。
実際問題、八幡自体、刃物を使った技術はかなり低い部類だ。必要ないから、苦手だからと避けてきた。
ナイフ術も刀剣類の剣術も、培ったてきた戦法はあくまで我流であり、その程度ではこと技術においてミノトには遠く及ばない。
二刀流相手と戦う際も相手の土俵に持ち込まれないようあの手この手を使い避けてきた。
そんな八幡がミノトに付いていける理由は1つ。
相手を視てから動く。今まで死闘を何回も経験してきた彼はこれに関してだけは得意になった。相手の目線、呼吸、重心、癖、それらを読む能力は次第に高くなり――――単純な近接戦闘ではそれこそ予知に近い精度を誇るだろう。
もちろん、相手の動きに付いていける場合に限る。いくら動きを読めても、そのスピードが相手に上回れたら意味がない。
しかし、現段階において、ミノトとの戦いにおいて八幡の動体視力と反応速度で対応できる範囲内だ。
当然、凌いでいるだけではダメだ。体力や精神力、集中力は徐々に削られ、いつかは殺られるかもしれない。
「……っと」
とはいえ、まだ彼女の攻撃は見切れる。回避して、防御して、捌いて、攻めるタイミングを窺う。そう思考し決断した八幡にとって予想外な出来事が起きる。
華麗な動作で、非常に滑らかな攻撃で、縦横無尽へと次々と襲ってくる。完了した動作が、次へと攻撃に繋がっている。八幡も多少なりと得意としている動きがミノトにかかるとかなり洗練されていると理解できる。
内心ある種ミノトを褒めつつ八幡が剣戟を受けている最中、ナイフで刀を弾くと彼女はその勢いと共に軽く下がりグッと溜めを作る動作に入る。
「…………」
ミノトは判断する。このまま攻め続けているだけでは終わらない。ジリ貧にいたずらに体力が削られるだけだ。いずれこちらが不利になる。
ただ攻めているだけでは彼に届かない。一呼吸入れたあとの攻防でもそれは変わらない。
ならば、更にスピードを上げるのみ。彼が対応し切れない速さで。そして、この戦いで見せたことのない技を使って。
「フッ!」
一呼吸入れて体力を少し回復させたミノトはその場で踏み込み、一直線で八幡へと突っ込む。
再度、先ほどまでと同じように取り付き、連続で剣戟を繰り出す。無論、八幡を自身の内側に入れないよう気を配りつつ。
ただ、これではダメだと先ほどまでの攻防でミノトは充分理解している。いずれは一撃を入れる可能性があるかもしれない。が、それ以上に八幡からの反撃を受ける可能性の方が高い。
だからこそ、剣戟のスピードを徐々に上げる。それは端から見れば目にも止まらないほどの速さ。
離れて見ているラムダでは最初から速い攻撃と感じていたが、到底追い切れないとより強く感じる。無論それはレキも。目では追い切れたとしても狙撃手であり近接戦闘が素人に近いレキでは反応できない速さだ。
現に八幡も全部目で追えず、まだ無傷ではあるが、今まで培ってきた予測と勘で対応している状態。
「強いですね〜」
「そりゃどうも」
剣戟の嵐の中、2人はまるでカフェで穏やかに会話しているような雰囲気で言葉を交わす。
どうにか現段階では防げている。八幡が距離を空けようと下がってもまるで磁石のように吸い付くミノト。逆もまた然り。攻めようと距離を詰めても反発するように離れる。
結果、2人は距離はずっと一定を保っている。
八幡が反撃しようにもこの二刀流を掻い潜る必要がある。
長期戦は両者にとっても不利な展開だ。ここままいくとミノトは体力が削られ、八幡は精神力が削られる。
体力がなくなればパフォーマンスを維持できない。精神力が削られたら不意な攻撃を喰らうことになる。
――――とりあえず、ムリに反撃せず凌ぐことを考えるか。その間に情報を集めろ。
自身が不利になる上を分かった上で一先ず八幡はそう判断し、ミノトからの攻撃を受けようとする。下手に反撃を入れようとし逆に殺られる、というパターンが最悪だ。であれば、耐えて隙を探すのに徹するべきだろう。
しかしながら、彼女の動きは速く、目では全て見れない。特に手元が素早く、何度も見逃してしまいそうになる。
――――手首のスナップが速い。腕付近の力の入れ具合を視るだけでは予測しにくいか。
ここまでの攻防でミノトからの攻撃に対する距離感は把握できる。いつも通り、一方はギリギリで避け、もう一方を受け流そうとする。
――――左の脇差しは……顔? いや首か。右は……腿か。よし捌ける。
足を狙っている片方の攻撃を避けて、自身の首筋を狙っていると当たりを付けた八幡はその付近にナイフを置き、攻撃に備えていた。
「あ?」
先ほどまでなら捌けた攻撃。しかし、剣戟を受けていた最中にミノトが一瞬ニヤついているのが見えた瞬間――――嫌な予感がした。
「まずっ」
それはもう理屈などないただの直感。ひたすらに背筋が冷えるような感覚に陥る。このままだと殺られると――――
大きな隙になることを厭わず、咄嗟に後ろへと跳躍しゴロゴロと転がる。
「クソッ……」
思わず不満を漏らす。
血の匂いがする。
慣れたくなかった、もう慣れている錆びた鉄の匂い。頬に伝わる生温かくもあり冷たくもある不快な感覚。
「だるっ……」
回避したと防御できたと思っていた攻撃は今回確実に八幡へと届いた。あの場にいたら命が奪われていた懸念がある。
「……」
刹那の間に現状を確認する。
ズボンは浅かったのか生地が薄く破けており幸いにも無傷。だが、頬からは出血し垂れてきた血が道場の床を赤くする。
「八幡様!?」
「…………」
初めて喰らった負傷に対して、流れる血に対して……驚くラムダと静かにこちらを見守っているレキの視線が八幡に刺さる。
その2人へと視線を移す。彼女らを一瞥し大丈夫だと目線で伝えたところで立ち上がる。
「さて……」
「……ふ〜ん」
どちらも改めて意識を切り替える。第二ラウンドの開始だ。
三人称視点は苦手だな……