依頼達成をしたく情報を得るため、八幡はミノトからの挑戦……もとい、殺害予告を受けた。その戦いの最中、彼女の二刀流からの摩訶不思議な攻撃を受けてしまった。
「薄皮1枚なら」
無問題と言いたげな八幡。
寸前で踏み止まったため、この程度で済んだ。このくらいの負傷は日常茶飯時であり、あってないようなモノ。虚勢でも何でもなく、実際痛み自体はほとんどない。
「まぁ……」
とはいえ不可解ではある。今までは対処できた剣戟だ。たしかにギアを上げたらしくミノトの攻撃は速くなっている。
だがしかし、いくら速くなろうとも、これまでの攻防で相手のリーチは分かっている。分かっていたからこそ、なぜ今斬られたのか理解がまだ追い付かない。
あれはギリギリだが八幡には届かない間合いだった。対応できる攻撃だった。たとえ一歩多くミノトが踏み込もうが、ナイフで受け止めることはできたし、足への攻撃も回避できていた……はずだ。
――――何かしらタネがある。
――――さっきまでの速度に慣れたから見誤ってしまった。失態だ。反省しないとな。
――――いくら攻撃しようが、俺には届かないと感じたから早々手札切ってきたな。そりゃそうか、ずっと同じことを繰り返すわけないか。
様々な思考が頭を巡る。その最中でも戦いは終わっていない。先ほど斬られてからせいぜい5秒。間髪入れずミノトは襲ってくる。
「くっ……」
八幡は直ぐ様迎撃を開始する。
なぜ攻撃を喰らったのか理屈が分からない。あの一瞬では思考が回らない。
「や〜っと、当たりましたねぇ」
瞳孔が開きながらも嬉しそうに笑うミノト。
そんな彼女は表面上は嬉しそうにしながらもどこか不満を隠せそうもない。
あれは足を斬って機動力を奪った直後に頭部を斬って殺すつもりの剣戟だった。加えて普段と違う、手段を使っての攻撃だ。だからこそ初撃が一番油断しており効果的であった。
しかし、結果としては薄皮1枚程度の負傷だ。
納得がいかない。イライラする。調子に乗るなと。
あれは初見なら確実に殺せると疑わないモノだ。であれば、何度も同じ攻撃をして追い詰める――――!
「……ッ」
再度始まる剣戟の嵐。その最中に加わる先ほどの謎の攻撃。八幡はそれらに意識を割かれる。何度も捌けた攻撃でも、どうしても違和が生じる。これは大丈夫なのか? と。
思考は濁り、その濁りは普段より判断を遅らせる……というのは八幡自身がよく理解している。
ただ彼は意識を別々に別けつつ考えることは多少得意としている。そのためミノトからの攻撃をなんと捌きながらも、先ほどの攻撃のタネを明かそうと思考を回す。
避けたと、受け止めたと、捌けたと感じた瞬間にまるで陽炎のようにすり抜けこちらを傷付ける攻撃。そのタネが何かまるで見当は付かない。
「……チッ」
思わず舌打ちをする。今度は左腕が軽く斬られた。
またこの感覚……防げる、回避できると思ったら斬られるこの不快感。苛立ちが募る。ただ、八幡だからこそこの程度で済んでいるのもまた事実だ。
リーチの差があるから踏み込み過ぎず、嫌な予感がしたらすぐ引ける体勢で捌いている。猪突猛進な前のめりな姿勢で踏み込み過ぎていたら即座に斬り捨てられていただろう。
それでも、再度ミノトからの剣戟が八幡の身体を斬る。今度は彼の腹部へと刀が掠る。これも……。
――――またか。避けきれたと受け流せたと思ったところで斬られる。
――――タイミングは外していないはずだ。なのに喰らう。クソッ、厄介だな。
「……ッ」
対応できたと確信した瞬間に当たるミノトからの剣戟。
その違和感や不快感。それらを感じながら八幡はその正体を探る。攻撃を受けながら、身体に傷を作りながら必死に思考を回す。
――――烈風を使えば別にある程度は防げるが……今日はあまり威力出せない日だしなぁ。距離感は把握できているはずだが……ん? 距離感?
1つ、思い当たることがあった。
――――……なるほど、だとしたら大方の仮説は立てれる。マジかどうかたしかめてみるか。
こうして考えている間にも縦横無尽のミノトの攻撃を捌いている。それは端から見れば八幡の防戦一方。ひたすらミノトが攻めて、八幡が受ける。耐えている状況ではいずれ斬られる。
現に八幡は数度身体で攻撃を受けているが、彼からの攻撃は成功していない。ミノトの手札を切った攻撃も効果的なように映る。傷を負っている箇所は段々と増えている。道場の床には八幡から流れ血で汚れている。
パッと見はミノトが有利だ。一方的にに攻めて、一方的に負傷している構図。
まるで成す術がないように観客であるラムダからは映る。初めて見る比企谷八幡の戦いに対して押されている様子を見て、逸る気持ちがある。焦る気持ちがある。
しかし、その実態は少し違う。
「…………」
突如ミノトへ不意に訪れる違和感。
二刀流を華麗に操り、刀の重さを感じさせないように自然な動きで振り抜き、八幡が対応し切れない剣術を用いて追い詰めている……そう感じていたところにそれはやって来た。
剣戟を繰り出している刹那、八幡の身体全体を観察する。そこでようやくミノトは気付く。
――――……比企谷さん、徐々に慣れている? 傷が最初の一撃に比べたら少しずつ浅くなっている……。
――――間合いは変わっていない。踏み込み過ぎず、すぐ離れる距離は保っている。それは変わっていない。まさか……もう見切られている? なんで?
――――この人、眼が良い……だけじゃない。視力頼りでこの攻撃は絶対に防げない。
――――まるで空から私たちを俯瞰しているかのよう。この人には何が視えている?
様々な考えが行き渡りが今度はミノトの思考を濁らせる。だが、その濁りは彼女の剣を鈍らせるほどではない。そう確信しており、再度八幡を殺すために刀を振り抜く――――
「なっ――――!?」
しかし、ミノトの攻撃は完全に止められた。片方はナイフで真正面から受け止め、もう片方は手首を掴まれる。
「やっと掴まえた。……ミノト、切り札ってのはなるべく隠すもんだ。焦って何回も使うのは逆効果だぞ」
八幡はミノトの超能力で身体を阻害される可能性を考慮し直ぐ様手首を放し、数歩後退する。そして一息付きながら口を開く。
互いに同じタイミングで休憩のためか話に付き合うためか一旦納刀する。
「何となく分かったよ。お前の不可思議な剣。正直神業だな。俺じゃ到底マネできる気しねぇわ」
その言葉にミノトは無意識に歯ぎしりし目前の人物を睨む。
「右は打刀、左は脇差し。それらをめちゃくちゃ優れた技術で振るってきている。大半はそれだけで殺られるかもな。お前の超能力を合わせれば」
実際問題、ルールを強制されるのはかなり厄介だ。普段できていた動きができない。意識していなかったことを考える必要がある。加えて、相手が得意なフィールドに立たされる。心理的にも不利な立場だ。
それらの状況に追い込まれながらもどうにか冷静さは保つことができた。
「……その大半以外の場合……今回は俺か。まぁ、お前の剣に多少なり慣れてきた相手ってことだな。で、その慣れたってのがミソだ。お前の使う刀は2本刀身の長さが違う」
ミノト使う刀は1つが刃渡り70cmと50cmほどだ。
「あれだけの連続攻撃……攻勢の中でお前は相手の……俺の死角で瞬時に左と右の刀を持ち替えて一撃繰り出す。それも速度を落とさず。加えてちょいちょい順手逆手も入れ替えているときた。それがさっきまで俺が喰らった攻撃の正体」
言葉にすれば単純。しかしその実態は難易度の高いことをこなしている。
元々ミノトの剣速はかなり速い。その速さを落とさず、相手の死角を割り出し、本来であれば相手が気付くはずもない速度で、瞬く間に持ち替えて一撃を繰り出し、直ぐ様元に戻す。
この一連の動作を何なくこなす。威力も落とさず。
速度もタイミングも変わらない。しかし、その一撃だけこちらのリーチが変わる。だから防げたと感じていても距離感に狂いが生じ当たる。相手が手練れであるからこそ通じる攻撃。
「別にこれは煽り抜きでの称賛だが、ホント神業だな。あんな一瞬での持ち替えなんて、俺なら自分で自分を斬ってしまうわ」
流れる血を手で拭いながらもミノトを褒める。その口振りは彼の言葉通り、こちらを侮辱する意図は込められていない、そうミノトは感じる。
「よく分かりましたねぇ。比企谷さんには何が視えているんですか〜?」
「さてな。まぁ、俺にもそれなりの特技はあるってことだ」
八幡の持つ超能力の副産物。彼が風を操れる半径4mの範囲内であれば、空気の流れからどこに何があるのか感覚として理解できるセンサー。上下前後左右問わず、距離が近ければ近いほどそれは鮮明に映る。
そのセンサーの感度を全開に用いて別の角度からミノトを観察し考察し違和感を探し出し見抜くことができた。
「つってもタネが分かったからと言って、確実に防げる手立はないんだがな。さっきはわりと偶然掴めたし。単発ならまだしも、色々と交ぜられたらなぁ」
「それ、言っちゃうんですかぁ? だったらバレても私、使いますけど〜」
「お好きにどうぞ。手の内なんざバレた上で押し通してこそ本物の技ってもんだろ。まぁ、さっきも言ったが、お前が焦って使うなら簡単に止めれる自信はあるぞ」
そんな軽口を受け流すようにミノトは笑いながら。
「いえいえ〜、冷静さ、ちゃぁんと取り戻しましたよ。それにぃ……私の剣技が分かっても、比企谷さん……こちらを攻める手段、ないですもんねぇ」
「んー、まぁ。考えている途中だな」
「アハハ、正直ですねぇ〜」
内容は物騒ではあるが、そうとは感じさせないのんびりとした雰囲気で会話をしている。
「ちなみに、お前の超能力って時間切れってある? あるならぜひとも逃げ回ってそちらを狙いたいな」
八幡の軽い問いにミノトは少し悩ませる表情になる。
「そうですねぇ……比企谷さんが私の言うことを素直に信じるかはともかくホントのことを言いますと……基本的にはありませ〜ん」
「残念」
「超能力を使うのに力は消費しますけど〜……一度使ってしまえば一応は永続です。とはいえ、一度に使える人数は1人だけですのでぇ……別の誰かに使ってしまったら、比企谷さんのは解かれますよぉ」
「てことは望み薄ってわけね」
「はぁい」
淡々と話は続く。
「今すぐレキに使ってもいいんだぞ? アイツ近接クソ雑魚だぞ」
「嫌でぇす」
……と、話が一旦落ち着いたのか互いにまた同じタイミングで抜刀する。
「じゃ、そろそろヤりますか」
「そろそろ疲れたし、さっさと終わらすわ」
「できたら良いですねぇ」
そして。
先ほどと同じように距離を詰めようとミノトの重心が前に傾いた瞬間――――八幡はミノトへ向けてナイフを放り投げた。
「……ぇ」
放物餌を描くように、ゆっくりと。避けようと思えば容易い速度で。
「……ぁ」
思わずミノトの身体が固まる。
彼の意図が理解できない。現在、彼女の超能力によって互いの攻撃手段は刃物を用いた攻撃のみ。彼はそのことを充分に身に染みている。
だというのにいきなり手放した。思い切り投げて攻撃する目的ですらないゆっくりとした速度。
これで彼には彼女を傷付ける手段がない。
なぜ、何が狙いか、何をするのか、判断に至った理由が分からず、目線はナイフを追ってしまう。このままの軌道だとせいぜい彼女の目の前に落ちるだろう。
これが八幡の常套手段とは知らずに。
八幡はミノトの視線がナイフへと向いているのを確認し、一気に走り距離を埋める。そして、渾身の蹴りを繰り出す。――――ミノトの刀、その鍔へと向かって。
「きゃっ……!」
あまりにも予想外な行動に対応し切れず、マトモにその衝撃を受け、刀を手放してしまい大きく刀が吹っ飛ぶ。
「…………」
「…………」
床に落ちたナイフをすぐに回収してから刀を再度ミノトへ渡さないよう八幡は間に入る。それから蹴り払い道場の端へと飛ばす。
今までの攻防で八幡は予測を立てていた。
ミノトが使う超能力の抜け穴はないかと考え、1つ仮説を出していた。それは攻撃できない条件について。
死合が始まる前に試した際、引き金を引こうとしたら身体が固まる、蹴ろうとしたら動かなくなる。意思はしっかりとしているが、身体が言うことを拒んでしまう。
つまり、この強制されたルールが発動する条件は『明確にミノトへと危害を加えようと意識した瞬間』ということだ。
であれば、特にミノトへ攻撃しなかったら? 意識を向ける対象がミノトでなければどうなる? 身体は意思を拒まず攻撃できるのではないか?
半ば賭けではあったが、目論見は成功した。
意識を向ける対象はミノトではなく、彼女の刀。ミノトを傷付けるわけではなく、攻撃手段を減らすための一撃。身体は固まらず、明確に蹴り抜くことができた。
「まず1本」
ニヤッとこれでもかと気味の悪い笑みで嗤う。
奇襲は上手くいった。とはいえ、あくまで奇襲。もうこれは使えない。ミスディレクションを用いた奇襲は最初の一撃が一番効果的であり、知っている相手には通じにくいモノである。
「むぅ……ならまぁ……一刀流でいきますか」
八幡が狙ったのは脇差し。まだ打刀はミノトが持っている。やはりリーチの差は埋まらない。たしかに驚いたが、そこまで不利になっていないとミノトは判断する。
「得意?」
「いやいやぁ、1本使えないで2本はそもそも使えないですよ〜」
「それはそう」
そして、2人は同時に踏み込む。これまた同じタイミングで振り抜く。刀とナイフがぶつかり合い、キイィィィン――ひどく耳障りな甲高い音が鳴り響く。
そのまま弾かれることなく、今度は鍔迫り合いになる。
普段の八幡ならそのまま蹴りなどを繰り出し相手の隙を作るが、封じられている今はそうはいかない。だが、鍔迫り合いになっているということは距離が近い。
これを維持できれば八幡有利に働けるが、ミノトもそれを分かっている。彼女の重心が後ろに下がると同時に刀を振るってくる。剣道でいう引き面。さらっと頭部を狙う殺すための攻撃。
ミノトの力を入れずにさらっと行う動作は洗練されており、力の起こり具合は傍目から見れば分からずあまりに自然。そのため八幡も距離を詰めれたのにも関わらず、ムリに反撃は行わずに後退し避けることに専念する。
距離を取らされ、次はミノトから攻撃を仕掛けてくる。
もうミスディレクションを用いた攻撃はミノトに二度は通じない。しかしながら、他にも奇襲めいた手段を八幡は要しているとミノトは考える。とするならば、主導権を彼に渡すべきではない、自身から動き彼を受けに回らせ、制限する必要が尚更出てきた。
そのため今まで以上に攻める。
「――――フッ!」
ミノトが得意とする持ち替え――――右手左手、順手逆手を使いつつ刀を振るう。当然、二刀流でなくても使える技だ。むしろ2本とも入れ替える必要はなく、1本だけの方が速度は出る。
片手で振るうか、両手で振るうか、片手の場合どちらの手で来るか、選択肢はかなり多い。
とはいえ、八幡もそれが来ると分かりきっているため踏み込み過ぎず、至って冷静に対応する。むしろセンサーがある分、二刀流のときの比較すると意識を割く部分が減ったため、先ほどよりある程度対応できている。
ミノトの剣は全体を通して型がない。八幡のような我流ではなく、ある程度様々な型を修めた上で自身の動きやすい形を取っている。要所要所では時折であるが色々な流派の型を見せている。
だが、その型がないというのは、ある種決まった動きをしない。裏返せば八幡の隙があれば、そこを効率良く狙ってくるということでもある。不用意に警戒しているところは避けて攻撃する。
となると、わざと隙を見せる、死角を作る、という動きを自然に見せることができれば、そこを狙ってくる可能性が高い。
そして、八幡はそういった動きを得意としている。だから端から見れば神業と思しきミノトの剣を対応できている。
「……」
「…………」
ただ、せいぜいそれでは受けるのが限度。
やはり攻め手がないのは事実だ。八幡もカウンターを狙っているけれど、やはりミノトは警戒しており、そもそもミノトの方が剣の技術の上回っているから、なかなか近付けないのである。
「面倒だな」
「それはこちらのセリフで〜す」
彼女の剣戟を裁きつつ独り言を漏らすと即座に反応する。
八幡の勝利条件はミノトに参ったと言わせること。
自身の超能力である烈風を使えばそこに持ち込める自信はある。本日は超能力の調子が悪い日であり、風を起こす程度しか使えない。しかし、その風でミノトの体勢を崩し、詰みの状況は作れるかもしれない。
あるいは色金の力を用いる。レーザーであれ、影であれ、瞬間移動であれ。それらを駆使すれば有利に働けるだろう。
ーーーーまぁ、今回ばかしは使わないけどな。
不利になると理解した上で、使用しない判断を取る。
なぜか。そもそも論として情報をなるべく秘匿したいという考えが一転。
そして何より、これは死合である。ルール無用の殺し合いならともかく、ミノトが遥かに有利な点ではあるがルールが明確に用いられたモノだ。
彼女の望む展開で押し通り、納得させる勝利を得なければ例え勝ったとしても、八幡の望む情報を得られるか厳しい、そう考えている。
ーーーーかなりダルいことこの上ないが。向こうは超能力を使っているし……まぁ、元々こっちがお願いしている立場なんだ。多少は不利な条件背負う必要はあるか。
つまり、ミノトの欲求を満たした上、超能力を使わない近接戦闘で完璧に勝つ。
ーーーー影で刀壊すのは簡単なんだけど、それじゃ絶対納得しないわな。
死合に持ち込まれた時点である意味八幡の負けではあったが、死の五の言っても今は意味がない。
ミノトの技術は八幡をかなり上回っている。だが、八幡の対処能力はミノトの攻撃を大方捌くことができる。
だからこそと言うべきか、技術が上のミノトに対して防御こそできても、八幡は攻める手立てがない。
見事なまでの膠着である。
とくれば八幡は、奇抜な手段でミノトの隙を作りたいところではあるが、既に見せたこともあって彼女は警戒しているーー――というのが否が応でも如実に伝わる。
「なぁ……疲れたし引き分けにしない?」
「嫌でぇす。最後まで殺りますよぉ」
八幡の弱気な発言は即答で否定される。
「仕方ないか。つっても、相当疲れているだろ。人間、全力疾走は何回もできないぞ。ずっと攻めていて、だいぶ剣速落ちてきているんじゃないか」
「ん〜……否定はしませんけどぉ……だからといって、比企谷さんも無限に避けれるわけじゃないですよねぇ? 根比べには負けませんよ〜」
とだけ話してから再度離れる。2人して呼吸を整える。
「まぁ、そろそろ勝たせてもらうぞ」
その大胆不敵な発言は彼女の神経を苛立たせる。
「えぇ〜……比企谷さん、私に攻撃できるんですかぁ?」
「いい加減捌くのも疲れたからな――――!」
そう吼えると瞬時に八幡は一直線に距離を詰める。そうくると分かっていたミノトは直ぐ様迎撃を開始しようとする。
彼が自身の間合いに入り、追い払うために刀を振るった瞬間に気付く。
――――嘘ッ、ナイフを持ってない!
――――まさか踏み込んだときに納刀している!? なんで!?
――――また奇襲!? いやでも納刀しては無意味!?
1秒にも満たない刹那の時間にも様々な考えがミノトの思考を濁らせる。動揺を隠し切れないまま、彼女は刀を八幡の肩を斬り裂くように軌道を走らせる。
「なっ――――!?」
だが八幡なその刃を受け止めた――――両手で。
即ち――――真剣白刃取り。
「……ッ。ぶっつけ本番でもどうにかなるもんだな!」
今までの攻防で見極めたミノトの呼吸、剣速、タイミングに加えて、二刀流から一刀流への変更、積み上げてきた疲労、一瞬できた動揺、様々な要因が折り重なり、この真剣白刃取りに成功した。ある意味これは博打に近い。
もしも二刀流であった初撃から狙っていたら、まず成功しないモノだった。実行したと同時に即座に斬り捨てられていただろう。
八幡は戦闘時、手を衝撃などから守るため指抜きグローブをしている。無論、今回も。多少防刃製はあろうとも、世界最高峰の斬れ味を誇る刀を真正面から受け止めた手は無事とはいかず、掌はかなり出血している。
ただそれを気にも留めず、ようやく生まれた大きい隙を逃さず、柄を握る彼女の手が緩んだのを逃さず奪い取る。
「オラッ――――!」
奪い取った刀は明後日の方向へ投げ捨て、その勢いのままナイフを抜刀する。
斬られる――――ミノトは自身が無防備になった事実に焦り、咄嗟に逃げようとした。
「ふぇ……?」
そう行動に移そうとした刹那、あまりに間抜けな声が漏れる。また彼がナイフを手放したのだ。抜刀した瞬間、2人の間に、空中に置くように。いや、彼は抜刀していない。鞘に収めたまま空中にナイフを放ったのだ。
彼の意図が読めない。この状態だと先ほどの蹴りの条件には当てはまらない。意味不明だと感じたと思った次の瞬間――――
「ガッ……!」
ミノトは突然の衝撃に見舞わられ、大きく吹っ飛んでいた。その衝撃をもろに喰らい、抵抗できず道場の壁へと背中をぶつける。
――――蹴られた!? 比企谷さんに!? なんで!?
訳が分からないまま倒れ込んでいると、彼は乱れている息を整えつつゆっくりと歩き近付く。
「ゲホッ……な、なんで……」
咳き込み伏せているミノトは八幡へと睨み付けるが、その視線は弱々しい。
蹴られたという事実に認識が追い付かない。ミノトは八幡にかけた超能力を解除していない。脇差しを取られたときはあくまでミノトを狙わず、鍔へと狙いを定め蹴ったに過ぎない。
たしかにそれなりの衝撃はあったが、ミノトへの攻撃ではなかった。
しかし、今回ばかしは確実にミノトを害する攻撃。であれば、超能力が発動し、八幡の身体を縛ることはできたはずだ。今まで不発したことはない。だというのに――――
「よっと……」
ミノトの思考が纏まらないまま、仰向けに倒れている彼女の上に彼は乗っかる。いわゆるマウントポジションだ。
こうなってしまっては彼女に逃げ場はない。圧倒的に不利な状況に立たされる。
「不思議に感じている顔だな。どうして攻撃できたのかって。簡潔に言うと、俺はお前を狙って蹴っていないたけだよ」
「…………ッ」
理屈はそうだとしても理解がどうしても追い付かない。
「ど、どういう……」
「俺はお前との間にあるナイフへと向かって蹴っただけだ。で、その先に偶然お前がいたってだけ。……な、簡単だろ?」
その言葉通り、八幡はナイフを蹴り、その衝撃でナイフはまた別の方向へと転がった。
「別に俺はお前に危害を加えようと蹴ったわけじゃない。目の前にあった邪魔な俺のナイフを蹴り飛ばしたってだけ。ただ……その先にお前がいようとそれは知らないな」
子供が駄々をこねるような形に近い言葉。まるで理屈が通っていない。だが、今回はそれでいい。
「屁理屈だろうと人間の意識なんざ、その時々で変えれるもんだよ」
ただの裏技。どこからどう見ても狡いやり方だ。そんなの八幡だって当然理解している。この理屈が通るかどうかは賭けでしかない。いつも通りの博打だ。
しかし――――
「それに――――小難しいルールは否定してナンボだろ」
八幡はそう不敵に語る。
「…………で、降参するか? 続けるか?」
「もう……ゲホッ…………ナイフもないから、さっきの手段は使えませんよぉ……」
あくまで気丈な態度でミノトは振る舞う。まだ参ったとは言わない様相だ。
「言ったろ。意識なんざ捉え方次第で変えれるってよ。……そうだ、実は最近練習している技があって。せっかくだから試したいなぁ。そうそう、俺は今から道場の床を殴りたいんだ。おっと……たまたまその間にお前がいるけど気にしないでくれ」
不審者のような、街中でこの表情をしていたら通報されそうな、そんなわざとらしい、怪しい笑みを浮かべる。
Nに囚われていた3ヶ月、大きく身体を動かす訓練はできずに少しずつ八幡の身体は鈍っていった。それは紛れもない事実。だからといって何もしていなかったわけではない。
1つ、ある技を練習していた。それはマキリとの戦闘 において、不覚にも思いきり八幡の身体に喰らってしまった攻撃。
習得したい技術ではあったが、今まで見たことなかったから練習しようがなかったモノ。
だが、不本意とはいえ自身の身体で受け止め、その眼でしっかりと視たそれは血肉となり身近な手本ともなり、たしかな反復動作を得て、八幡への糧となった。
まだ発展途上であり、不安定ではあるが、たしかに強力な一撃。
筋力に依存しやすい、遅く分散しやすい大ざっぱな力とは違う。それは自身の体重全てを相手に伝える打撃。
通常の打撃である鋭く重い一撃ではなく、それは力は鈍いが長く伝わることが可能であり、表面を傷付けずに内部へと衝撃を送らせる攻撃。
浸透勁とも呼ばれるそれは――――
「――――発勁……!」
彼の一撃はたしかにミノトへと命中し、まだまだ未完成であり、完成度はマキリと比べてあまりにも程遠い。
だが、たしかにその衝撃は僅かながら床まで突き抜ける。ミノトを狙っていないという言い訳はギリギリ通じる一撃だった。
ミノトはまるで鳩尾を殴られた不快感に襲われる。それはすぐに収まりそうもなく長く残り続ける。
「ガッ――――!」
息がしにくい。上手に呼吸ができない。嘔吐いてしまいそうになる。彼によって身体は抑えられ、逃げ場のない衝撃によって彼女の身体は不調をきたす。
「ハァ……ハァ…………」
八幡は立ち上がると、ミノトは転がり呼吸しやすい体勢になる。
「ゴホッ……ハァ…………」
もうこれ以上はムリだ。ミノトはそう自然と悟る。
刀を2本奪われ、身体を固定されて逃げ場はなく、防ぎようのない一撃を喰らった。その攻撃は自身の身体を今も苦しめているモノ。
剣での決着は付かなかったものの、命の奪い合いができた。何度も殺そうとし、しかし叶わず。身に付けた技術をいくつも用いても届かなかった。
願い焦がれた強者との殺し合い――――厳密には違うが、最後の一撃は死ぬかと思ったほどの衝撃だった。満たされた。
軽傷ではあるが、頬、両手、腕、脚などから出血しており、わりと血だらけである八幡を見上げながら――――ミノトは悔しそうに、そしてどこか恍惚といった表情で満足そうに呟く。
「…………ハァ、参りましたぁ……」