パーティーが始まった。
「すっげ……」
思わず呟く。
さすが主催者が建築会社の社長といったところか、会場はかなり広い。数多くのテーブルが並べられており、そこに料理が置かれている。様々な人が少しずつ料理を取り、談笑している。
会場にいる人たちを観察する。テレビで見たことのある政治家がちらほらいるな。政治に関してはそこまで詳しくないから名前は知らないが。
他の人たちの顔はあまり見たことはない。会話の内容を聞くに千葉にあるどこぞの会社の社長やらお偉いさんやらその他諸々らしいが。
雪ノ下さんの父親は多くの人に囲まれている。周りにはけっこうゴツい護衛が複数いる。遠目からでも分かるくらいかなり鍛えているな。純粋な力では勝つのは難しそ……なんで戦うような前提で物事考えている。俺はアホか。
さて、俺の仕事はすぐ前にいる雪ノ下姉妹の護衛なわけだが、この2人が並んで歩いているとものすごい目立つ。
「…………」
周りからこの2人についての話が聞こえる。やれ美しいだの、やれ跡継ぎにだの……俺でも分かるくらい下卑た視線が突き刺さる。さらっとした雪ノ下の舌打ちが聞こえないのか。
「比企谷君、しばらくの間よろしくね」
「……はい」
さらに外面を分厚くした笑顔の雪ノ下さんに返答する。そりゃ、こんなの続けてたら仮面も分厚くなるよ。
今回のパーティーは会場に入る前に手荷物や身体検査をしているからある程度の危険物は俺とレキ以外は持ち込んでいない。しかし、油断は禁物。
というより、雪ノ下さんの父親……県知事を調べてみたが、特に恨みは買っていないはずだ。マスコミの受け答えも良く、建設業も順風満帆。政治家なんて恨まれてなんぼの職業と聞いていたが、表立った悪評はない。
流石にここの人の考えていることまで分からないが、会話の中に陰口は含まれていないはず。いや、こういうパーティーで主催者の悪口言うのは流石にどうかしてるか。
だが、もしどこかで個人の恨みを買っていたら娘にしわ寄せが来る可能性もある。しっかりと注意しないと。今まで受けてきた護衛の仕事は全体の会場の警備やら入り口の警備ばかりで漠然とした感じだったからな。
「武偵って便利な人ね」
唐突に雪ノ下が俺らに聞こえる範囲で声を出す。
「確かにそうだね。スッゴい楽だよ」
同意する雪ノ下さんに俺は疑問の視線を寄せる。
「いつもなら私たちすぐにああいう人に囲まれて、どうでもいい話をされるんだけど、今回はそうでもないの」
「武偵が近くにいるだけでこうも違うのね。あちらからしたら、武偵は犯罪スレスレのことを平気でするという認識が多いの。前々からよく頭の固い老人が言ってたわ。もちろん、そういう偏見を持ってない人もいるけれど」
あぁ、そうか。この姉妹が目立つってことは自然と俺も視界に入るのか。この制服が武偵高ってことも知ってるからこそ近付きたくないと。だったら、このまま気配は消さないでおこう。その方が都合がいい。
てか、どんだけ武偵嫌われているんだよ。武偵がいなかったら治安荒れまくりだっつーの。確かに犯罪スレスレをしていること自体は否定できないけど……。俺だって借金取りみたいなことはやったことありますしね。
「陽乃さん、こんばんは」
「あら、木下さん。今日はわざわざ来てくれてありがとね」
そうこうしていると、スーツ姿で20代後半くらいの男性が雪ノ下さんたちに近づく。俺はすぐにでも動けるように半歩雪ノ下さんに寄る。
男の人の方が明らか年上に見えるが、なぜに雪ノ下さんはあの口調なんだ? 大丈夫? 怒られたりしない?
「この前のレポート拝見しました」
「それはどうも」
「是非とも――――」
この先はよく分からない会話が続いてたから聞き流す。俺には関係なさすぎる話だ。しかし、警戒はしている。何か下手な動きをしたら、すぐに抑えられるように。
…………その男の人、根が真面目なのか、恋心なのか熱心に口説いてるように見えるけど、雪ノ下さんは表情を崩さずに対応している。仮面の笑顔で話しているから向こうは勘違いしてそう。女子って怖い。中学の俺だったら流れで告白して死ぬだろうな。
「はぁ……」
そんな姉を見てどう思ったのかのか雪ノ下はこめかみを抑えながらため息をつく。
雪ノ下さんは八方美人のイメージがあるが、雪ノ下は無表情で淡々と話を進めそう。……勝手なイメージだよ? だから話に律儀に付き合う雪ノ下さんに呆れたのか。いや、もしかしたら男の人に何か……同情? 可哀想? みたいなことを思ったのかもしれない。
「大変参考になりました。またお願いします」
「えぇ。…………比企谷君」
「はい」
っと、もう話終わったのか。護衛再開。
――――――
―――――
――――
あれから2時間経つが……しかしまぁ、順調に進んでいるな。今ステージにあがってスピーチしている県知事の方もトラブルはないみたいだ。
やっぱり武偵である俺が面倒なのか雪ノ下姉妹の方にはあまり人が来ない。雪ノ下曰くいつもならかなりの人は寄ってくるが、まだ10人程度しか来てない。これは珍しいとのこと。
インカムで接続しているレキにも聞いてみたが、これといって銃火器を持っている特有の動きをしている人物はいないとのこと。素人なら余計に分かりやすいから敢えて聞かない。
むしろ、最初の方に来た男の人以下の年代がそれこそほとんどいない。体を鍛えてない年寄りでは銃を扱うのは厳しそうだしな。
というより…………料理が旨そう。
雇われてる身だから並べられているいかにも美味しそうな食事にはありつけない。始まる前に少し腹ごしらえはしたけど……やっぱりああいうの食いてぇな。
前に受けた依頼では余り物は貰えたことはあったからそれに賭けてみよう。基本的にこういう場の料理は冷めてても旨いからな。
スピーチも終わり、会場にいる人たちが拍手するのを見届ける。もう残り時間は少ない。ちらほらだが、県知事に挨拶を済ませ帰ってる人もいる。
「パーティーっていつもこんな感じですか?」
雪ノ下さんに小声で話しかける。
「まぁね。そりゃ毎回何かしらハプニング起きてたら開催されないわ」
「そうね。もし頻繁に起きてたら私は参加しないわ」
……デスヨネー。
「それにお父さんの信用にも関わるからね。念入りにお金と時間をかけてパーティーの運営をしているのよ」
「なるほど」
「だから、こうして武偵を雇ったりと色々しているの。ま、今回は特殊なケースだけど」
「その割りに、よくBランクを指定しましたね。もうちょい高いランクでも良かったと思いますが」
「こういう依頼にはこのランク……みたいな相場ってものがあるから、おいそれと雇えないのよね」
「そう考えるとレキさんが来たのは少し驚いたわね。さっき聞きそびれたのだけれど、比企谷君とレキさんはどういう関係なのかしら?」
「パートナー……かな」
一言で表すのならこの言葉が一番しっくりくる。
と、ここで雪ノ下さんが急に止まり、俺たちの方に向き直る。
「はいはい、お喋りはここで終わりにしよっか。雪乃ちゃん、最後の挨拶周りがあるわよ。……比企谷君もよろしく」
「……ッ」
雪ノ下さんが一瞬見せた視線に息が詰まる。
スゴく冷たい目。俺を一瞥するような目。……何だ、その目は。俺の何を見たい?
「行くわよ」
「了解です」
「はぁ…………。面倒ったらありゃしないわ」
――――――
―――――
――――
「お疲れ――!!」
「…………」
「お疲れ様です」
「えっと……まぁ、お疲れ様です」
雪ノ下さんの音頭に雪ノ下は無言、レキはいつも通りの反応、俺はキョドりながら反応した。
「ちょっと皆、ノリ悪くない?」
「比企谷君にレキさん、無視していいわよ」
「相変わらず辛辣~。せっかく比企谷君が頑張ってくれたのに」
「あれくらいどうってことはないですけど」
最後の挨拶周りの時、県知事に人が集まり、ごった返しになっているのに乗じて40代くらいの男がナイフを持っているのがうっすらと見えた。レキにその男がどこにいるのか正確な指示を貰い、股間を蹴って黙らせた。男相手だとこれが一番手っ取り早い。
若干騒ぎにはなったが、事後処理は県知事の方に任せた。後は知らん。素性もぶっちゃけどうでもいい。
それだけでわりとあっけなく終わった。
今は余った飯――お肉やら刺身やら色々の詰め合わせを分けてもらい、しばらく食べている。レキもカロリーメイトではなく、俺と同じものを食べている。一部は暖めてもらった。普通に美味しい。語彙力死んでる。まぁね? けっこう神経尖らせてたから疲れたんだよ。
飯を食べてる途中。
「比企谷君。ちょっと質問いい?」
「いきなりどうしたんです?」
雪ノ下さんのいきなりの発言。……そういや、さっきからずっと見られてたな。どうしたんだ? 腹減ってたから無視してたが。
「今回はトラブル少なかったけど……君さ、強いの?」
あくまで興味本意そうな口調。
とりあえず答えるためにも今食べてる物飲み込まないと。あ、このお肉美味しい。
「さぁ? それなりじゃないですか?」
「曖昧な回答だなー」
「少なくとも、あの場にいる人たちに襲われても勝てる自信はあります」
県知事のSPは真正面からは厳しそうなだけで、いくらでもやりようはある。あの場って言ってもレキは除くぞ。レキ含めるなら俺は死ぬ。
「なるほど。決して慢心してるわけではなさそうだね」
「事実ですから」
「ねぇねぇ、比企谷君。物は相談なんだけどさ、私の専属の武偵にならない?」
「いきなりどうしたんです?」
「……姉さん」
雪ノ下は諌めるが、
「ごめん、お父さんには黙っててね? ……さて、比企谷君。私ね、君に興味があったの。それこそ出会った時から」
聞く耳持たずか?
「興味ですか」
「だって、私の外面を見抜いてるでしょ? 『この人は危ない』みたいな感じで。多分かなり最初の方に。だから、私と話すときは一歩引いてたよね?」
「……よく分かりましたね」
平静を装って答えてみるけど、何この人……こっわ。
「伊達に長年政治家の娘やってないわよ。人の表情読むなんてずっとしてきた。だからこそ、驚いた。君の態度は今までの男共とは違う。初対面の男にバレるのは初めて」
…………マジか。ここまで見透かされてると思わなかった。いくら人間観察が得意とはいえ、俺よりも長い間そうしてきた人には敵わないな。ああも表情に出さないのか。
いや、少しだけ違和感あったな。パーティーの最後の辺りに。
にしても、この見透かされ具合……雪ノ下さんと話しているとどこかシャーロックと似たような感じがする。
「雪ノ下さんの言動は完璧すぎましたので。雪ノ下を除けば、俺と話す態度、他の人と話す態度がほとんど同じでしたから」
もちろん、人に応じて敬語を使ったりとしていたが、本質は変わっていなかった。
「なまじ完璧なのも問題かー。あ、そうそう。それとね、レキちゃんがパートナーってのも疑問なの」
俺とレキ……つまり。
「SランクとBランクがパートナーってとこが……?」
「うん。パーティーのときも言ったけど、世間の認識だとそのこと自体が不思議で仕方ないんだよ」
「へー」
無愛想にその言葉を流す。
でもまぁ、確かに俺からしてもSランク武偵ってのは特別だな。何かしらの尖った才能ある人しかなれない。憧れはする……が、俺はなりたいとは思わない。周りのSランク――遠山、神崎、レキ――と比較しても勝てる部分がない。……今の遠山はEランクだけどな。
「もちろん、きちんと雇うからには年俸としてかなり出すつもりよ。……といっても、まだ私は大学生の身だからどのくらい出せるかはまだ分からないんだけど」
「まだ俺学生ですよ? 卒業しないと武偵免許継続できませんし」
そこで雪ノ下さんは、うーんと唸り、
「そういうことなら気長に待つよ。もし進路先や就職先に悩むなら私に連絡して。歓迎するよ」
「何でまた俺に……」
仮面を被っているのがバレていたら普通は嫌がると思うんだが。
しかし、雪ノ下さんはゾクッとするような笑顔で。
「君と話すの面白いからね」
と、答えた。
「姉さん、珍しく彼のこと気に入ってるのね。……比企谷君、ご愁傷さま」
「そんな哀れむ視線で俺を見るな」
え、何? この人に気に入られたらどうなるの? 死ぬの?
「陽乃さん、そこまででお願いします」
俺にだけ分かるレベルの殺気を放ってるレキ。これ怒ってるか?
それを知ってか知らずか。
「ごめん、からかいすぎたね。でも、もし比企谷君を雇うならレキちゃんも正式に雇うつもりだから」
「そんな未来は永遠に来ないことを祈ります」
だって、雪ノ下さん怖いじゃん。
「冷たいなー。あ、また依頼していい?」
「そこはお好きに。俺が受けるとは限らないですが」
一応の予防線。
「ふふっ、楽しみにしてるね」
そう面白そうに笑い、一区切りついたのか今度は少し真面目なトーンで。
「改めて、比企谷君にレキちゃん。今日はお疲れ様でした。スゴい助かったよ」
「仕事ですからこのくらいは当然です」
「うん、ありがとね。で、報酬は後で口座に振り込んどくね。今回はイレギュラーな依頼だったけど、機会があれば頼りにさせてもらうよ」
次に雪ノ下が。
「私からも言うわね。2人とも、今日はお疲れ様でした。またどこかで」
その言葉で締め括られ、今回の依頼は終わった。
――――――
―――――
――――
そして――――
ある日の夏休み。療室のリビングにて、とある問題が発生した。
「八幡さん。飲み物ありますか?」
「……冷蔵庫に麦茶がある」
「分かりました。頂きます」
お茶を手に取りソファーにちょこんと座るのはよく部屋に遊びにくるレキ。
これはよくある光景だ。同居人の遠山がいるにしろいないにしろ、我が物顔で座っている。まぁ、我が物顔といっても、表情はあまり動かないんだけど。
ちなみに、遠山は今はサッカーしてるから部屋にはいない。
…………問題はコイツだ。
「八幡、ブロッコリーはないの?」
「今は旬じゃねぇから高いんだよ。そんなピンポイントで用意してないわ」
「ふーん」
と、俺お手製の野菜炒めを食べている人物は、俺の知っている限りで一番の弓使いで俺の何を超能力の師匠、銀髪碧眼の美少女――セーラだ。
レキとセーラ、目は合うけど、まだ一言も直接喋ってない。目が合う度に俺がビクビクする。
冗談抜きでどうしてこうなったんだ…………わりとマジで誰か助けて。
投稿遅れてごめんなさい。バイトやら勉強やらが忙しかったり、何よりもFGOが面白いので…………
それはそうと、パーティーはなんか呆気なく終わってしまったなー。他にも色々と思い付く展開はありましたが、如何せん長くなりそうでしたので。雪ノ下姉妹とはまた絡ませてみたいです。
遅れましたが、あけましておめでとうございます。
「今日もいい日だ」と言えるような日が続くと良いなと願っております。