あの後、遠山が警察を呼んでくれたらしく、警察のヘリが俺らが寝転んでいるトンネル前まで来た。猛妹と一緒にヘリに乗せてもらい、なんとか東京駅まで行くことができた。ヘリの中には医者もいて移動中に軽く応急処置をしてくれて感謝感激雨あられ……古いな。
なんにせよ、戻ったら病院行かないとな。戸塚たちは新横浜で降りたらしいが、戸塚に診てもらえるかなぁ。
医者は俺を治療しながら、あの速度の新幹線から落下してこの程度で済んでいるのは色々とおかしいと苦笑しつつ呆れられた。自分でもそう思います。もし俺が烈風が使えなかったら、どうしていたんだろう。ワイヤー銃を使ってどうにか……無理があるか。
「…………はぁ」
「〜〜〜〜♪」
で。移動中の猛妹は俺にピターッとくっついている。手錠かけられているのにこの有様よ……。ヘリ内にいる警察の視線とかどこ吹く風だし。警察官も猛妹の様子を見て若干引いている。「この女の子が本当に新幹線ジャックを引き起こしたのか……?」といった奇妙な視線だ。
……いやもうホント、ごめんなさい。自分でも何がどうなってこうなったのか分からないんです。
内心で警察に頭を下げつつ数十分。無事東京駅に着いた。残りのココも東京駅でまとめられているからそこで猛妹と合流して改めて警察に連れて行くとのこと。さっさと裁かれてくれ。
もし爆発したときのためにしばらく封鎖されていてまだ現場検証やらあり身動きが取れずに遠山たちもここにいる。
「はちまーん。すぐ会いに行くヨー!」
「来なくていいから……」
最後までうるさかった猛妹を見送る。警察に引っ張られて尚、この胆力……。この様子だといつの日かホントに突撃してきそうだな。というか、改めて見たけど、コイツらマジで三つ子なんだ。そっくりすぎないか。双子や三つ子ってそんなに似るものなのか。
さてと、とりあえず遠山と合流しようか。材木座もいるはずだ。アイツらはどこ……か…………な…………。
「…………」
「――――」
途端に背筋があまりにも寒くなり……それと同時にとても嫌な予感がした。正直確かめたくもないがそうもいかず、俺はゆっくり振り返ると――――そこには俺をひたすら睨んでいるレキと理子がいた。
…………何も、俺は、見てない。
そう自分に言い聞かせて改めて遠山たちを探しに行く。あれは幻覚だ。疲れからそう写ってしまっただけだ。俺は何も見てない。いいな? そうだ、荷物回収しておかないと。せっかくお土産買ったわけだし。そういや、この新幹線を後半から運転した武藤にもお疲れの意味を込めて何か奢るか。武藤も頑張ったことだし(死亡フラグ)。
「ハチハチ〜??」
しかしまあ、そうは問屋が下ろしてくれない。頭の中でフリージアが流れてくる。
再度振り返り、視線の先を確認する。
普段の明るい仕草など誰からも好かれるはずの可愛らしい――俺から見ればあざといんだが――動作など微塵も見せない。本来なら仕草だけでなく、全てが可愛らしいのだが。一色と似たような雰囲気なんてまるでない冷たい視線が俺を射抜く。
……怖い。笑顔なのに目が笑ってないってああいう感じなんだな。初体験です。理子、怖い。
「……おう、トイレ間に合ったか?」
「今それどうでもいいよね?」
「どうでもよくはないだろ。お前が人としての尊厳を守れたかどうかは気になるところだ」
「そう? まあ、無事だったよ。それだけは伝えておくね」
「……それは良かった。これに懲りたらガブ飲みは控えろよ? じゃ、ちょっと遠山たちのとこ行ってくるわ」
よしっ、無事切り抜けられたな。レキはともかく理子の表情がこれっぽっちも動かなかったことは置いといて。
「――――ちょっと待てって」
全然無事じゃなかった。この低い声色、いわゆる裏理子の声だ。ふぇぇ……怖いよぉ……。
「……何でしょうか。疲れたので休みたいのですが」
理子の剣幕に圧されて思わず敬語になってしまう。
「さっきまでココと随分とお楽しみだったみたいだね? ねぇー、ハチハチ?」
「な、何のことだ……?」
「実はね、私ね中国語もできるんだよ。ま、簡単なレベルくらいで、めちゃくちゃできるわけてはないけど」
「……それで?」
「だから、ココとの会話も何となく分かったんだよ。ほら、キーくんがココにインカム渡したときの」
猛妹の無事を炮娘に伝えたときか……。
俺は中国語分からないから何言っているかさっぱりだったが……。
「あのときのココ……えーっと、猛妹だっけか? あの娘がね、ハチハチのことカッコいいだの、蘭幇にほしいだの、かなり褒めちぎって挙げ句の果てには結婚したいだの抜かしたんだよね」
「へー……そうなんだ……」
猛妹……そんなこと言っていたんだ……。やっぱお前チョロすぎだろ。
「はい、ここでレキュから一言」
「ギルティです」
「止めろ、ドラグノフ構えるな!」
これがドラマなどの一般人ならせいぜい殴られる程度で済むかもしれないが、武偵はそうも言っていられない。マジで撃たれる。下手すりゃ死ぬ。額撃ち抜かれて死ぬ。余裕で死ぬ。実際そういう経験あるもんで! ……嫌な経験だな。
なまじ実績のあるレキを放っておくわけにもいかず、急いでレキに近付いてドラグノフを取り上げようとするが、理子に邪魔させられ、綺麗にすってんころり。いって……何された? あれか、後ろから足払われたのか。今は絶賛仰向けの体勢だ。
烈風使おうにも猛妹助けるときに全開で使いすぎてもうカラッ欠。MAXコーヒー補充したい。正直烈風ないとコイツらを振り払えない。力ずくで振り払えても体勢崩せないだろうから、けっきょくは逃げきれずそこでゲームオーバーだ。
「――――言い訳はありますか?」
なんて現実逃避も虚しく、ジャキッ――とドラグノフを額に突き付けられる。
「…………」
……レキは俺にドラグノフを突き付けるために俺の体を跨いでているんだが……その、見えてますよ。……スカートの中身が。白いのが……ね? ちょっとは自分の周りに気を遣ってほしいんですけど。理子も場所的に見えそうなんだが……見てないけど! お前ら頼むから恥じらいを持ってくれ。
これ以上見ないように理性と戦いながら目線をズラしつつ答える。
「あの場で助けなかったら俺ら全員連帯責任でパーだぞ。9条を全力で守った俺を讃えろ」
「そんな体勢で言われてもね……説得力皆無だよ、ハチハチ」
「確かにそこは褒める部分でしょう。しかし、何故あんな一瞬で好感度を完ストさせたのですか?」
あれ、レキ今何て言った? レキにしては随分不釣り合いな言葉のように感じたが。
「……お前、いつそんな言葉を覚えた?」
「理子さんに最近ゲームを貸してもらいました」
「もっぱら乙女ゲーやギャルゲーだね」
「今はどうでもいいです。で、何故あんな一瞬で攻略したのですか?」
レキがゲーム用語を使うこの違和感。というより、理子もなんでジャンルがそれなんだよ。レキならFPSかTPSの2択だろう……!
「俺もしたくてしたわけじゃないとだけ言っておく」
「いや〜、意識しないであの速度で攻略するとかハチハチはギャルゲー主人公なの?」
「俺がそんな器に見えるか? 俺だぞ?」
「それはどうでしょう〜。くふふっ。でもりこりん妬いちゃうなぁ。ハチハチの周りにまーた女の子増えて」
「いや待て。俺は悪くない、社会が悪い。というより、今回に限っては猛妹が悪い。そもそも新幹線ジャック起こしたのココだよな?」
「確かにハチハチは悪くなのかもしれない。でも、特別良くもないよね。まさかココの1人をメロメロしちゃうんだから〜。これは留美ちゃんにも報告しとかないとな〜」
「お前留美とも関わりあったのか……」
誰か助けて! この子たち話通じない!
そうだ、材木座。アイツ今どこだ? ……ダメだ、こっちを野次馬よろしく覗いているだけだ。マバタキ信号でヘルプを送るが……材木座はとてもいい笑顔でサムズアップするだけ。あとであのふくよかな腹を殴ってやる。おまけに武藤は豪快に笑ってるし、本気に頼りにしたい遠山は同情する目でこちらを見ている。
うーん。
これはあれだ、コイツらに助け求めるの無理そう!
「あの娘可愛いよね! ゴスロリ似合いそう! 着せ替えっこしてみたい!」
「あー、分かる。留美も押せばなんだかんだ乗り気になるかもしれないし。最終的にゴリ押せばいけそうだな」
「ほうほう。それは有益な情報を耳にした。また頼んでみようかな? あー、でも、私ロリータ系は持っててもゴスの衣装は少ないんだよねぇ。私も着てみようかな」
「いいんじゃないか」
よし、このまま話逸らそう。
「理子さん、話が逸れてます」
上手くいきませんかそうですか。
「おっと、危うくハチハチに騙されるところだったよ。それで、ハチハチの罰はどうする?」
「なにそれ確定なの?」
「そうですね。……では、1つ痛い目に遭ってもらいましょうか」
「あ、確定なんだ……」
こうなったが最後、俺は酷い目に遭わされるのだろう。同人誌みたいに! ……あれ、普通性別的に立場逆じゃね?
それはそうと、早く頭からドラグノフどかしてくれな――
「理子さん」
「アイアイサー」
「――え、ちょっ、まっ。ぐふっ……」
いきなり理子の馬鹿力によって上半身だけ起こされ、なぜか持っている理子の手錠によって手を固定させられた。しかも背中側に。あっという間だ。抵抗する時間なんて存在しなかった。レキの一言で動く理子の察しの良さ。何と手際が良いのだろうか……。嬉しくねぇ。
ていうか俺何されるの? まさかの逮捕? ただでさえ武偵って低学歴なんだからそこに逮捕歴が加わるとかもう人生終わりってレベルなんだが。
「……で、何する気だ?」
「――――くすぐります」
「は?」
ちょっと何言ってるかわかんない。
「八幡さんがもう烈風を使えないであろうことは分かります。使えるなら最初から抵抗していますよね。……抵抗したところで無意味ですが」
「ひぃ…………」
ふぇぇ……この子怖いよぉ……。
「お、図星だね! ハチハチはこういうとき分かりやすすぎるよ。普段は無表情のくせして。もうちょっと不利な場面でのポーカーフェイス練習しなよ」
「というわけで、八幡さんに逃げ場はありません。徹底的にくすぐります。……さすがに撃つのはどうかなと思うので」
何その最後にちょっと付け足した気まずそうなセリフは。本当に何回も俺目掛けて撃ってきた人のセリフですか?
「や、やめろ! 手錠を外せ!」
マジでダメだこれ。ヤバい。本気だ。このままだとヤバい。語彙力終わってるくらいの危機感。
レキの眼がそれを物語っている。日頃はどこを見ているか不明瞭な目をしているくせにこういうときだけ生き生きとしているな。珍しくレキの眼から感情が読み取れる。その中身が楽しみと言っているぞ。それはまるで楽しみにしていたゲームを発売日買ったときのウキウキ感のようだ。それはそうと転売ヤーは○ね。
「お前ら俺から離れろ! マジで勘弁して。こ、こら。理子も近寄るな……!」
「抵抗すると無駄死にをするだけだって、なんで分からないんだ!」
「そのセリフ、今とシチュエーション違いすぎだろ!」
やけに熱が籠もった理子の叫びに突っ込む。
あれ同情から来ているセリフでしょうが。あ、元ネタ知らない人は調べてね。
「ふふふ……。抵抗はムダですよ。ほーれほれ」
「安心してください、すぐに終わります。……30分後くらいには」
「どこがだ!」
こんなに声を荒げる事態に発展するとは。命の危機というか、貞操の危機というか。とりあえずマジで止めてくれ!
怖がる俺を見て理子はニヤニヤしながら。
「くふふっ。ハチハチ、まだ、抵抗するのなら――」
「できれば早急にここからいなくなりたいんですが」
必死の抵抗。それを見てほくそ笑む理子。
お前は愉悦部か。なに、人の不幸は蜜の味なの? つか、さっきからZネタ多くない? 正直劇場版のラストは好きじゃない俺がいる。だってあれだとZZに繋がらないじゃん。ジュドーがニュータイプに目覚めることなさそうだし。
しかしまあ、さっきからモゾモゾと動いているけど、状況が一向によくならない。最後の力振り絞って烈風使おうとしたけど、全く反応しない。初めての感覚だ。確かにガス欠だけど何かがおかしい。
……違うぞ。手錠に原因があるな。これ、対超能力者用の特別な手錠だ。簡単に言うなら海楼石。これつけられていると、例えあのパトラてさえ超能力が使えない代物なんだよな。
なるほどなるほど、これはどう足掻こうと詰みというわけですか。
半ば諦めかけて現実を受け入れようとするが……。
「では八幡さん、お覚悟を」
「くっふふ……これはこれは超楽しそうてすねぇ」
2人が喜々とした表情でこちらに忍び寄ってくるのを見て、改めてどうしてこうなったのか自身を呪う。いや、やっぱり俺ではないよな。こうなる状況をつくった社会が悪い。
「や、止めろ――――――――!!」
俺の叫びは届かず、そして慈悲はなかった。
FGO5周年、いきなりのサプライズでめちゃくちゃ驚きましたね