「……潜入捜査?」
文化祭の翌日、俺は職員室の隣にある部屋にいた。生徒指導室みたいな場所だ。テーブルとソファーが置かれているだけ。微妙にフローリングやら綺麗なんだけど、これ教師か生徒が壊したから色々と直されたのだろうなと安易に想像がつく。まぁ、ここ武偵高ですし? そこで指導とか絶対殴られるよな。
俺の隣にはレキ、目の前には蘭豹。怒られるかと思ったが、どうやら別の話題らしい。怒られる理由なんてないから当然だな。心当たりがあるとすれば昨日のことだけど、シュールストレミングも開けてないし。
「おう。お前らに直接依頼があったんよ」
「というか、潜入って言われても……メンツが強襲科と狙撃科って。いや、狙撃科なら未だしも強襲科って潜入捜査向かないでしょ。そういうの普通探偵科か尋問科の仕事ですよね?」
「そりゃそう思ったけども、潜入する場所が場所やからな。あと先方の希望やし」
そんな戦闘バリバリ起こるような特殊な場所なのか?
「えーっと、今回の場所ってどこですか?」
「総武高校って学校やな。たしか……千葉にあるとこ。比企谷知っとるか? お前、前まで千葉に住んでたよな?」
「まぁ……はい。知っています。わりと近所でしたし」
その学校は俺が武偵にならなかったら進学してたかもしれない学校だ。親父が台場に引っ越す&武偵になれって言われなかったらそこに受かれば行っていただろう。受かればの話どが。
ていうか、いきなり呼び出されたと思ったら仕事の話か。ハァ……やだなぁ、面倒だなぁ。でも教務科からの仕事ないがしろにすると評価だだ下がりだからやるしかないんだよな。――と嫌々ながらその仕事を受けることになるのだろう。
そもそもなぜ俺らが……先方って言っていたのでそこ繋がりなのだろうかと疑問に残る。
「で、仕事内容は?」
「どうにも違法の武器やヤクの密輸があの学校通して行われいるっぽいみたいや。そんで、捜索して犯人の根城見付けて取っ捕まえるまでがセットやな まぁ、途中まで警察が捜査してたけど、場所が場所やからこれ以上の進展が望めないっぽいらしくてな。犯人もシッポろくに出さないみたいやから。――――で、学生の武偵に調査してほしいとのことや」
……密輸か。その響きなんだか懐かしいな。春休みの最後の日に密輸の調査受けたことがある。あの事件の顛末は良いものとは言えなかったな。犯人のサラリーマンは元気かね。どうせ留置場にいると思うけど。さすがに数ヶ月では出てこれないだろう。
というか学校を通しての密輸ね。これまた厄介そうな事件だな。どうやって学校を通して密輸するのだろうか。ベタな考えだけど、体育倉庫に隠してたりするのか。
「密輸ですか。それまた……面ど……大変そうですね」
「お前今面倒って言おうとしたやろ?」
「いえ滅相もない。ハハッ、そんなわけないでしょう」
「いえ、確かに八幡さんは面倒と言おうとしました」
おいコラレキ! そういうこと先生に教えちゃいけません!
蘭豹はため息をつきながら俺は話を続行する。
「というより学校通して……ってどういうことです? 武器とか体育倉庫に隠してあるとか?」
さっき考えた案を蘭豹に話してみる。
「そこらはまだ調べきれてないと。ま、そこも含めて調べろっちゅーことやな。ヤクザが関わってるとかなんとかも言われてるわ」
「はぁ……学校を調査ってそれこそ探偵科の出番じゃないですか? どう考えても強襲科向きの事件じゃないでしょう」
「あのなぁ比企谷お前……ちょっとは考えてみろ。今回の仕事現場は総武高校やで? お前あそこの特徴言ってみろ」
「そうっすね、校舎が公立のわりにはけっこう綺麗で、あとは県内有数の進学校といったところでしょ――――あっ」
自分で言っていて途中ではたと気付く。頭ごなしに言うのもなんだけど、ここにいる奴らバカばかりじゃん……。進学校に行ったら速攻でボロが出るな。ねぇねぇ、ここの偏差値知っているか? 学力だけならめちゃくちゃ低いぞ。それはもうびっくりするくらい。
「あーんなくっそ賢いとこにうちのアホ共放り込めるわけないやろ。もろ武偵ですって紹介してるもんや」
「ですね。否定はしません。むしろ肯定します」
「その点、お前は星伽に次いで成績ええしどうにかなるやろ。レキもそこらは上手いことこなせるんちゃうん?」
ボケーッと適当にボヤく蘭豹。おい、朝から酒飲むなよ。うっ、酒くせぇ。
「それで、依頼者誰なんです? 俺らを直接指定するとか……学校の校長とか?」
「いや、ちゃうちゃう。千葉県知事やで」
県知事……って県知事!?
いきなり予想外のこと言われて面食らった。
依頼主はまさかの人選だった。何と言うかけっこうな大物だな。意外も意外。正直なところかなり驚いた。どうしてそんなお偉いさんが直々に俺ら武偵に依頼を――――あれ、そういえば今の知事って確か過去に関わった記憶がある。
「依頼主……雪ノ下って名前でした?」
「おー、そうそうそんな名前やった。なんか前依頼で関わったことあるって?」
「はい。夏休みに1回」
正確には雪ノ下姉妹の2人で知事にはほとんど会ってはいない。事件の終わりに軽く挨拶したくらいだ。
「それでコイツらに依頼かぁ。なるほどなぁ。一応は納得したわ。ほい、これ依頼要項」
蘭豹から書類を受け取る。面倒くさそうに俺は書類を読む。実際面倒なもんで。
さて、今回の依頼内容はどんなもんだ。もうちょい詳しく読むか。……読み進めているうちにおかしな文面を見付ける。
「転校してから最低2週間は調査するなと? 普通の学生として過ごすように」
「……まぁ、今回の犯人がかなり慎重な奴っぽくて。転校していきなり武偵感出したらそりゃ犯人は警戒してまうやろ」
「うわーっ、けっこうダルそうですね」
「私に直接文句言うなや」
「なら、転校履歴どうなるんです? 調べれば前に武偵高にいたこと分かりますよね? そこまでその犯人が調べると思いませんが」
「あー、そこは一旦お前とレキは退学することになっとる」
これまた寝耳に水なことを言われ、思わず目が点となる。
うん? 今蘭豹なんて言った? 退学? えっ?
「ど、どういうことです?」
「転校じゃなくて、退学ってことにすれば前いた学校明かさなくていい決まりやねんな。ここ止める奴も大概退学して転入って流れになっとる。今回も怪しまれんためにそうするからな」
何それ面倒な規則だな。 てことは任務とは言え、このアホアホ高校で退学することになるのか……。それはどこか癪に触るな。
「…………ま、それは置いといて、要項はこれに書いてる通り。分からんことあったら、そこの連絡先に連絡するように。昼過ぎまでには荷物まとめとけよ。夕方には向こう行って打ち合わせあるからな。レキもやで」
「はい」
「そういや、荷物まとめてって、こっから通うんじゃないんですか?」
「ああ、それは書いてなかったな。総武高校から徒歩10分くらいのアパート? がお前らの拠点や。アパートつってもそんなに古くないからな。かなり新築って聞いてたぞ。つか、東京から千葉まで最低2週間もせこせこ通うつもりかぁ?」
「……言われればそうですね」
そうか。俺だけになるけど、また千葉に帰ることになったのか。ここと比べれば千葉に住んでる時間の方が圧倒的に長いが、ここで過ごした時間はとても濃密な1年だったな。多分それはこれからも変わらないだろう。
「……犯人の目星はついてないか」
資料を読み終えて思わずため息をつく。学校に関しての手がかりがあまりにもなさすぎて完全に丸投げレベル。学校で捜査せずに取引現場直接抑えた方が早いんじゃねーのこれ? いや、現場分かってないと無理だから捜査は必須だろう。蘭豹も何かしらの組織が動いていると言っていた。
これまた大変な事件になりそうだ。
「じゃ、頼むでー」
と、蘭豹はヒラヒラを俺らに手を振りめんどくさそうに見送る。いや、もう生徒がいないならって堂々酒飲むなよ……。
「では八幡さん。夕方までに荷物をまとめて移動しましょう」
「おう」
指導室を出たところでレキと会話を交わし、一旦別れることにする。
部屋に帰りながら何を持っていくか考える。荷物全部持っていくわけにはいかないな。着替えと装備とメンテ関係の工具と……あとはゲームや本やら持っていくか。完全に旅行や遊びに行く感覚だ。
部屋に戻り、荷物をかたす。そうこうしていると、昼になってきたので遠山が俺の部屋に入ってくる。
「比企谷ー、お前昼どうする? 俺は外で食べ……っていうかさっきから何してんだ」
「あー、任務でしばらく離れる。多分1ヶ月くらい」
「任務?」
「今日蘭豹から話があってな。別に隠すもんではないけど、一応は内緒にしておく」
「じゃあ、俺もこれ以上訊かないでおく」
「そうしてくれ」
と、何てことのない会話を繰り広げ、俺も休憩を挟む。あ、レキから連絡。……アイツもう片付け終わったのか。早いな。さすが元々の荷物が少ないだけある。
対する俺は色々余計な物が多い。人間、暇を潰す物がなくても死にはしないが、暇すぎたら心が死ぬ。こんな任務ですらそうなんだ。長時間同じ場所に留まり続ける忍耐力も集中力もない。俺は狙撃手には到底なれないな。
昼休憩挟んで作業を再開する。確か2時に寮の前に業者のトラックが着く手筈だ。それまでにさっさと済ませよう。引っ越し先のアパートには適当な家具を揃えているらしい。だから家具を運ばなくていいのは楽だ。そこは依頼主の知事様々だ。権力バンザイ権力大好き。
「遠山、じゃ行ってくるわ。あらかた片付けたけど、部屋壊されないように頼むわ。死ぬなよ」
昼飯から帰ってきていた遠山に挨拶を済ます。
「おう。アリアには気を張っとくよ。あと不吉なこと言うな」
「そういやFEWどうなってる?」
「特に音沙汰なし。比企谷がヒルダ取っ捕まえてくれてくれて助かるよ。殻金も返ってきたし」
「ふーん。まぁ、どうせトラブル気質の遠山だ。そろそろ痛い目見るんじゃねぇの?」
「だから不吉なこと言うなよ……」
そして、引っ越し業者を見送り夕方。俺とレキは電車を使い千葉へ移動した。したはいいが――――
「一部屋だけかよ……」
「ご存知なかったのですか?」
案内された場所はアパートというより6階ほどの小さめのマンションだった。どうやら蘭豹の言う通りらしく、新築で住人はほぼいない。というより、俺らが初めての住人とのことだ。変に気を遣ってくれたのかあまりここでは派手なことはできない。防弾製の造りではないことだしな。まぁ、誰もいないという建物だ――秘匿製という意味ではありがたい。
「お前知っていたのか?」
「はい。要項にも書いておりました」
「見逃してた……」
「あまり私たち武偵に当てる予算がないのでしょう」
「こちとらSランク様のレキがいるんだぞ。もっと報酬出せよ」
権力の塊みたいな奴が俺のパートナーですよ。
「ですから、私たちへの報酬に予算が回され、ここは一部屋しか借りれなかったとか」
「何そのマッチポンプ。それ俺らのせいじゃん」
「ですが、情報共有という点に置いて、多く部屋を使うのは返って都合が悪いかと思います」
「そこには同感だ。とりあえず適当に荷物整理して総武高校に行くぞ。明日からの打ち合わせだ」
「はい。ではリーダー、今回の指揮はお願いしますね」
「じゃんけんに勝っておけば……!」
あのときの運のなさが悔やまれる。まぁ、今は片付けだ。手短に済ませよう。
とても綺麗な部屋を行ったり来たりしつつ、新築の匂いがする部屋で片付けの最中、俺はレキに話しかける。
これマジで下手に硝煙の匂いつけたら弁償だろうか。貯金はそれなりにあるとはいえ、さすがに気を付けよう。……あ、冷蔵庫空だ。あとで買い足しておこう。スーパーどこだっけか。
「そういや多分ドラグノフ学校に持ち込むなって言われるだろ。どうするつもりだ?」
「もし突入することがあればドラグノフを使いますが、普段の学校では軍での使用例があるスリングショットを持参するつもりです」
「スリングショット? あぁ、パチンコか」
「はい。弾は鉄球を見繕っています」
「準備万端ってところだな」
「八幡さんは?」
「俺はレキほど装備でかくないしカバンとかに銃仕込んでおく予定だ。二重底のカバン用意したし、そこに銃隠せるだろ。制服に帯銃するわけにはいかないしな」
「なるほど。そうでしたか」
適当に会話をこなしているとそれなりに時間が経っていた。そろそろ打ち合わせの時間が近付いている。
ちょっと片付いたところなので支給された総武高校の制服に袖を通す。
「――――」
ほう。ブレザーか。これは武偵高も同じだが、如何せん防弾製ではないのは心許ない。制服の見た目気にするより、機能性を重視してしまうのは武偵の性かな。それを言ったら私服はごくごく普通の服なのだが。
「八幡さん、行きましょうか」
「おう。……似合ってるな」
別の部屋から制服に着替えたレキが出てきた。
……なんだろう、武偵高女子の制服はセーラー服だからかブレザーというのは新鮮だ。
「ありがとうございます。八幡さんは……あまり変わりませんね」
「それは俺も思う」
「ですが、似合ってますよ」
「ありがと。……じゃあ、行くか」
10分程度歩いて総武高校に着いた。武偵高に比べて随分綺麗な校舎だな。どこか羨ましいのはなぜだろう。いや、理由は明白。あそこいつもどこかしら壊れてるもん……。
放課後なので部活をしている生徒や下校する人たちとすれ違いながら目的地である校長室まで歩く。扉を開けると、中には……2人いる。老人とスーツ姿の若い男。1人が校長で……1人が警察官かな。
「お待たせしました。武偵の比企谷八幡です」
「レキと言います」
「遠いとこまでお疲れ様です。総武高校校長の本郷と言います。ささっ、座って座って」
「ありがとうございます。えーっと……」
「千葉県警の坂田と言います。今日は1人だけですが、我々で今回の事件のバックアップを行います。以後、よろしくお願いしますね」
本郷さんはどこにでもいるといった感じの老人で、坂田さんは好青年といった雰囲気の警察官だ。坂田さんの年は20代後半から30前半といったところか。第一印象もさることながら随分若いな。
ふむ。それはそれとして、もう1人ここにいるべき人が見当たらない。
「よろしくお願いします。……ところで、依頼主の」
「あぁ、申し訳ございません。知事のことですね。今回の事件、あくまで知事は君たちを推薦したというだけで、捜査に関しての諸々のことは我々警察に任されています。それにお忙しい方ですから」
「なるほど、そうですね」
……言われてみればわざわざこんなとこに知事本人が来るわけないか。
大方、警察にいい武偵はいないか相談されて俺たちに白羽の矢がたったといったところだろう。
「では改めて打ち合わせに入らせていただきます。オホン……事の発端は1ヶ月のことです。千葉市内のある廃ビルにおいて、武器の密輸が行われているとの通報がありました。現場にあったのは国が認知していない武器ばかりです。武偵のお二人ならご存知でしょうが、いくら一般人が手軽に銃を持てる世の中とは言え、正式に許可された銃しか携帯してはいけない決まりになっていますから」
俺とレキは頷く。
それはそうだな。坂田さんの言う通りだ。誰彼構わず銃を持てるわけではない。もし持てたら世紀末な世の中になっていたと安易に想像がつく。
「現場にあった銃の種類とか分かります?」
「グロッグ17やベレッタF92などが主ですね。種類はこれといって特徴がありませんが、数は30を越えていました。取り締まれなかった分もありますから実際の数はもっと多いでしょう」
「それはそれは……」
坂田さんから訊かされた違法武器の数に思わず辟易する。
非合法の銃を片っ端からそんなに集めて……マジで面倒だな。テロでも起こす気か?
「そのとき捕まえた者たちは複数いますが、どれも金で雇われただけのゴロツキでした。残念ながら、その段階では首謀者まで突き止めることはできませんでした。ただ、そのゴロツキの情報では似たような取引がいくつかの現場で行われているらしく、警察は捜査を本格的に乗り出すことになりました。そして、調べている内に分かったことがありまして……」
「その候補の1つがここだということですか」
「――はい。先週末にも1つ現場を抑えましたが、そこでは武器の密輸の他に麻薬や大麻が売られている痕跡がありました。現場で押収できたものは少なかったのですが、どうにか入手元を辿っていると、ここ総武高校に行き当たりました。それが一昨日の話です」
「というと……やはりここにブツがあると?」
あるとしたらどこに? 昔に見学したこともあったが、ここの学校は相当広い。全部調べ回っていたら骨が折れる。
「現時点では不明です。単純に取引現場に使用されているのか、ここにいる誰かが手引きをしてブツを隠しているのか、それとも大元の犯人がいるのか……」
「それを俺たちが調べるってわけですか」
「お恥ずかしい話、ここの捜査を全部任せてしまう形になりますが、そうなりますね。警察が堂々と捜査に入ると、もし事件に関わりがある人がいるのなら……警戒されてシッポを出さないでしょう。ですから、武偵にお願いして中から調査してほしいのです」
「それは分かりましたが……そうですね、ここに監視カメラとかってあります?」
ここで校長先生に話を振るが、首を横に振りながら答える。
「職員室と科学の実習室には置いてありますが、そこだけですねぇ。申し訳ない」
「映像は警察も確認しましたが、これといって怪しい点はありませんでした」
「でしょうねぇ。今すぐに監視カメラ増やすってわけにもいかないですし。もろ犯人探してますよって言っているようなもんですしね」
「比企谷さんの仰る通りです」
……と、話が逸れたな。
「で、その入手ルートってここだけですか?」
「いいえ。もちろん、他にも候補地はあります。そこは警察で探れる場所なので我々が調べています」
こう、何と言うか……蘭豹の説明ホント適当だな……。坂田さんの説明とても分かりやい。どうしてか涙出そう。マトモな人……なんて素晴らしいのか。
別に蘭豹の説明が嘘っぱちとか言うつもりはない。適当だとは思うが。蘭豹から渡された資料と坂田さんから今言われたことはだいたい同じだ。しかし、俺らが知らない情報を懇切丁寧に教えてくれるその態度に感激する。武偵高にとても欲しい人材だ。
「事件の説明はこれで終りです。次に本郷さんから」
「はい。私からはこの学校に通うにあたっての注意点をいくつか伝えておきたくて。前もって連絡は行っていますが、詳しく言わせていただきます」
「お願いします」
校長先生は軽く咳払いをして話を始める。
「まず明日から2週間は普通に学校生活を送ってもらいます。これは警察の方々と話して決めたことですね。犯人がいるのなら警戒されないためと生徒たちの安全のためにです。校内を歩き回る程度なら大丈夫ですが、細かい場所まで探すとなると、生徒も教師も不審がることでしょう。何卒、よろしくお願いしますね」
「そこのところは重々承知しております」
その辺りの心配をするのは校長として、ひいては教師としてはごくごく普通のことだろう。俺たちは雇われている側だ。当然依頼主や協力者の意向を無視した行為はできない。
「他に要望はありますか? 資料には先ほど言われたことくらいしか明記されてませんでしたが」
「あとは貴方たちの武器のことですね。比企谷さんは拳銃をお持ちだそうで」
「はい。必要なら見せますが」
「いえ、大丈夫ですよ。武偵として武器は必要不可欠でしょう。もちろん普段も持ってくれて構いません。ただ、生徒の前ではむやみやたらと見せないように心がけていただきたい」
「分かりました。レキはライフルを基本使いますが、普段は使わないそうなので安心してください」
「はい」
マガジンはどうしようか。カバンに隠そうと思えば隠せるか。しかし、リロードしたくなるほど戦闘するかと言えば微妙なところか。……というか、レキ喋らねぇな。マジで静かすぎる。
「他はあります?」
「そうですね……事の顛末はどうあれ、やはり生徒に被害は出してほしくはないですかねぇ」
「そのくらいなら全然、というより当たり前のことです」
まぁ、武偵法もあるんだ。当然心得ている。できる限り人的被害はゼロにしたい。
「もし武偵とバレたら俺らクビですか?」
「確かにバレるのは望ましくないです。せいぜい1人2人なら口止めもできますがね。しかし、もし大多数にバレた場合、即刻事件の解決に乗り出してもらいたいと考えています」
潜入捜査の決まり事を坂田さんへ訊くと、そう返答された。
というより、もし犯人がいるとしても武器やヤクの密輸を取り扱っているのだ。恐らく相当でかい組織だろう。こういうのは通常個人ではなかなか行えない行為だ。ゴロツキ雇ったという話もあることたしな。
これ俺らだけでホントにどうにかなるのか? 知事には悪いが、分不相応じゃありませんかねぇ。不安になってきたな……。
「では、今日はこのくらいにしておきましょう」
坂田さんは荷物をまとめ、校長先生も「そうしましょう」頷いている。そうだな、時間もいい頃合いだ。潮時だな。
「改めて、明日からよろしくお願いします、比企谷さん、レキさん。ああそうそう、明日朝に職員室に来て下さいね。そこから各教室に案内しますから」
「はい」
「分かりました。失礼しました」
最後に校長先生に挨拶してから総武高校を後にする。坂田さんはまだ残ると言っていた。事後処理のような……いや、それを言うなら事前処理か。仕事が残っているのだろう。はぁ、やはり社会人にはなりたくないな。社会人でもないのに明日から懸命に働くのは置いておいてだ。毎日スーツ着て出勤というのはどうも億劫になる。
「八幡さん」
下校中、最初と最後の挨拶以外沈黙を貫いていたレキが口を開く。
「どうした?」
「夕御飯はどのようにされます?」
「お前いつも食べる量決めているんだろ? 1日2日ならともかくしばらくだぞ。それ崩すのか」
「普段ならそうですが、怪しまれないよう学校生活を送る予定ですので、そこは隠そうかと思います。お昼もお弁当を食べようと考えています」
「それは晩飯もか?」
「はい」
「それ誰が作るんだ?」
「八幡さんです」
「あ、俺なんだ……」
「私はライスケーキしか作れませんので。さすがにそれだと怪しまれる可能性があります」
「毎回外食ってのも費用かさむしな。仕方ない、スーパー寄るか」
「はい。今日は早めに寝ましょうね」
「おう……ん?」
あれ、これまで何回かレキの部屋に泊まったし修学旅行もあったから深く考えていなかったけど、これレキとしばらく同棲するということ? 下手すれば1ヶ月以上、最低2週間? 今さら同棲の実感が沸いてきた。なんか緊張してきたような……。
八幡や一部原作キャラのいない総武高校ですが、謎の力によってトラブルはあれど上手いこと回っている設定です