「おっ、比企谷にレキ、待っていたぞ」
「……平塚先生、なんでいるんです?」
翌朝、総武高校の制服を着て職員室に訪れた俺とレキ。いくつか注意事項を受け、隣の生徒指導室に教科書があるからと言われ、入ったら白衣を身にまとっていた平塚先生がいた。
先生はたまに強襲科で俺らのコーチをしている。単純な格闘センスなら蘭豹とタメを張る実力者だ。俺も何度か相手したことがある。こういう手合いはいかに攻撃を避けれるかに限る。そして、俺と遠山はたまに先生とラーメン巡りをしたことがあるくらい仲はいい。
「私の仕事先がここなだけだ」
「……あぁ、そういや教師が本職って言ってましたね」
「そういうことだ。ちなみにお前たち2年のが学年主任でもある。これでも国語担当だからな。まぁ、とりあえず座りたまえ」
そのような人がなぜここにと疑問に感じたが、先生の回答で解消された。
先生に促され、ソファーに腰をかける。先生の本題が教科書関連とは思えないが、せっかくなのでこれから授業を受けるレベルを知りたいと思い、教科書をパラパラめくる……これが進学校か。かなりレベルが高い。特に数学とか呪文にしか見えない。
「お前たちがここに来た経緯は蘭豹から聞いている。私にも立場があるからおおっぴらには協力できないが、ある程度融通利かすことならどうにかなる。ただ、悪目立ちはするなよ? 校長からも言われてるだろ?」
「はい。まぁ、そうですね」
教師に味方がいるのはありがたい。
「あぁ、あと、授業中は居眠りするなよ? 私の鉄拳制裁を見舞うことになるからな」
「一般人には手加減してますよね?」
この人の本気なら、熊程度軽く絶命させるくらい訳ない強さだからな。俺も何度か喰らったことが……ううっ、恐ろしい。
「当たり前だ。私が本気を出すのは蘭豹だけだ――おっ?」
不意に指導室の扉がノックされた。控えめなノックだ。
「失礼します。平塚先生はここにいるとお聞きし…………あら?」
入ってきたのは綺麗な黒髪を肩よりも長く伸ばしている、安易な言葉で現すなら美人と言える女子だった。そして、俺たちは見覚えのある人物でもある。
その人物は俺たちを見付けると眼をパチクリとさせる。大げさに表情を出さないらしいが、どうやら驚いているみたいだ。
「雪ノ下……?」
「貴方たちは、比企谷君にレキさん」
「お久しぶりです」
「えぇ、レキさんもお久しぶりね」
一度夏休みのときに依頼で関わったことのある人だった。雪ノ下家のご令嬢、知事の娘であり雪ノ下陽乃の妹。
「雪ノ下、とりあえず扉は閉めろ」
「あ、はい。先生、これ昨日忘れた分の宿題です」
「うむ、受け取った。しかし、雪ノ下が忘れるとは珍しいな」
「ちゃんと宿題は解いたのですけど、鞄に入れるのを忘れてまして……と、そうではなく、比企谷君とレキさん、どうしてここに? 貴方たち武偵のはずでしょう? わざわざここに来るなんて何かあったのかしら?」
懐疑的な視線を俺たちに向ける。平和な一般な学校に社会不適合者がいるのだ。その疑問は当然だろう。
「ん、何だ、お前ら知り合いなのか」
「まぁ、そうっすね、一度依頼で」
面倒な事態になり頭を抱えそうになる。
ややこしいことになったもんだな。
まさか俺たちのことを知っている奴がこの高校にいるとは思いもしなかった。しかもそれが雪ノ下雪乃という人物。いや、知事や警察が指定した学校だから、俺たちと同年代の雪ノ下雪乃がいる可能性は十二分にあった。想像がそこまで及ばなかったな。さて、雪ノ下をどう口止めするべきか。
「それで、どうしているのかしら?」
「あー、武偵高は退学になったから転入してきた」
嘘はついていない。実際、あそこに俺たちの籍はもうない。悲しいことに。
「退学? 貴方たちが? …………そう、えぇ、分かったわ。そういうことにしておくわ。これ以上は追及しない。貴方たちはただの転校生、武偵とは関係ない。そういうことね?」
「おう」
察してくれたようで助かる。下手に口止めしなくて良かった。さすがに知事の娘に実力行使は避けるべきだろう。
「そうだ、レキと雪ノ下はクラス一緒だから仲良くしてやれよ」
「そうなんですか?」
雪ノ下が先生に聞き返す。
「うむ、レキは一応は見た目外国人だし、帰国子女扱いというわけで国際関係のJ組だ。あ、比企谷はF組だ」
それはさっき職員室で教えてもらった。転校というのは初めてだ。ぶっちゃけかなり緊張している。事件の現場に突入するのは何度も経験してきたが、大勢がいる目の前で自己紹介するという行為は経験がなさすぎる。あれだろ、不特定多数の視線が一気に俺に集まるんだろう? うん、ムリ。
ちなみにレキは見た目外国人ではなく外国人だ。閉鎖的な民族だからモンゴルの血しか混ざっていないだろう。
「では同じクラスとして、改めてよろしくね、レキさん」
「こちらこそよろしくお願いします」
雪ノ下が挨拶をして去ってからふと時間を確認する。そろそろ1時間目が始まるころだ。やはりそれなりに緊張してきた。
「じゃあ、お前らの担任が職員室にいるからソイツらに付いてってくれ。……あぁそれとな、お前らの事情を知ってるのは校長と私だ。他の教師は知らないことを覚えておいてくれ。さっきも言ったが、多少は融通は利かすし、助けもするが、私個人という立場上、無理な場合もあるからな」
「分かりました」
「まぁ、最初のうちはあそこでは味わえない普通の学生生活でも楽しんでくれ」
平塚先生の言うことも一理あると思い、頷く。
どうせ2週間は大人しく過ごさないといけない。ならラノベやアニメで見たような学生生活を送るとしよう。現実の学校では創作物のように明るい楽しい学校生活を送れないかと思うのは置いておいてだ。普通の高校は屋上なんて行けないし、生徒会も華やかといったわけではない。リアルなんて所詮はそんなもんだ。変に期待しない方がいい。
……そう考えると、武偵高はやはりどこか頭イカれている学校だなと再確認する。
「東京から転校してきた比企谷八幡と言います。よろしくお願いします」
教室に移動してからクラス全員のいる前で自己紹介をする。簡素かつ無難。
自己紹介を終えて数秒間、ざっと教室を見渡す。ごくごく普通の教室。そこにいる生徒たちは地毛だろうと思える黒髪の他に金髪や茶髪といった染めている髪の人もいれば、金髪縦ロールのようなかなり自由な髪型の人もいる。偏差値の高い学校はわりと校則が緩く、髪を自由に染めるのも許される学校もあると聞くが、ここもそうなのだろうかと思う。
「中途半端な時期での転校だが、仲良くしてやってくれ」
若い男性の担任からの一言。名前は七条先生だったか。確か数学担当らしい。
「初っぱな俺の授業だし、せっかくだ。しばらく質問タイムを設ける。いいか、比企谷」
「あぁはい。大丈夫です」
「じゃあ誰かいないかー? いるなら最初に名前教えてやれよ」
1時間目から数学か……。しかも進学校レベル。アホアホ武偵高の授業と比べて相当難易度高いだろう。嫌だな。億劫になる。この質問タイムでかなり引き伸ばしてやる。適当に受け流したらどうにかなるだろうしな。
……レキは上手くやっているかな。心配になってくる。しかし、雪ノ下という知り合いがいるから孤立無援にはならないと思いたい。
「はいはーい。じゃ俺からいい? 戸部ってもんなんだけど、ヒキガヤ君趣味は?」
ヘアバンドを付けた茶髪の男子生徒。失礼だが、いかにもチャラそうというかノリが軽そうな印象だ。
「読書とか。ジャンル問わず漫画でも小説でもわりと何でも読む。あとは……スポーツはこれといってしてないけど、適当に体動かしたりするのは好きだな」
性格的にはインドア思考の強い俺だが、職業柄体は鈍らないようによく動かす。走ったり組み手したり鍛えたりそこは様々だ。
「じゃあ次私! えっと、由比ヶ浜結衣って言います。比企谷君……うーん、そうだ、ヒッキー!」
「ちょっと待て。何だそのあだ名は。俺は引きこもりじゃないぞ」
思わずお団子頭の明るい茶髪の女子にツッコミを入れる。名前は由比ヶ浜といったか。いきなり初対面でヒッキー呼ばわりは酷くない? まぁ、雰囲気インドアだし実際引きこもるの好きだから否定はできないけど。寧ろ肯定する。引きこもり……素晴らしい響きだな。
「えー、ヒッキーって良くない?」
「比企谷君、結衣はクラスのみんなにわりと微妙なあだ名付けるから気にしない方がいいよ」
「隼人君ひどっ!?」
そこで割って入ったのは金髪イケメンといった男子生徒。由比ヶ浜が呼んだ隼人というのは恐らく名前だろう。名字は何かは分からない。まぁ、観察したところクラスの中心のような人物というのが見てとれる。すぐに名字は判明するだろうな。
「あっ! それで質問なんだけど、ヒッキーの特技ってなに?」
ヒッキー呼びはそのままなのね。
ふむ。特技か。俺は武偵だ。当然一般人とは到底違う世界にいるから、一般人が想像のつかない特技? はある。例えば銃を使える。ナイフや棍棒もそれなりに扱える。他にも超能力を用いれる。セーラから教わった風の力と色金の力。色金に関しては、レーザービームとあのわけ分からん影の2つの力を使える。
しかし、それらを紹介するのは憚れる。理由はもちろん俺が武偵と隠すためだ。こんなところで不必要に目立つつもりはない。この学校にいるであろう犯人に俺が武偵と教えたくない。そして、そもそも武偵は情報を極力秘匿するものだ。自分の力を見せびらかす奴は三流もいいところ。
どう答えるべきかきっかり5秒迷ってから口を開く。
「これといってない」
人間観察とか武偵になってから体が柔らかくなって足かなり上がるとかを言おうとしたが、どれも微妙な返答だろう。……そういえば、遠山はバタフライナイフの開閉が得意だったな。俺も何度か見せてもらったことがあるが、あれめちゃくちゃカッコいいよな。こう、片手でクルクルしてカチャカチャするやつ。擬音ばかりですまない。一度借りて真似しようとしたが、手を切りそうになって俺には無理だなと思いました、はい。
「ほぇー、そうなんだー。体が動かすの好きって言ってたけど運動は得意?」
由比ヶ浜から続いて質問。
「球技はそこまで。個人競技ならそれなりじゃないか?」
あれから5分ほど質問責めに遭ってから授業が始まる。とりあえず武偵とはバレずき済んだ。というより、この程度でボロ出す奴は武偵に向いてない。
レキは大丈夫だろうか。何かやらかしてないかやはり心配になってくる。しかし、レキは俺よりこの業界にいるんだ。当然潜入なども経験しているだろう。デリカシーがないとか不安な点はあれど、その心配は無用か。
…………それよりも目下の課題はこれだ。
「ムッズ……」
さっそく始まった授業の数学がわけ分からねぇ……。武偵高で俺は成績はかなり上位にあるが、理数に関しては平均レベルだ。国語などの他の教科で底上げしている。そして平均と言ってもそれはアホアホ武偵高の話だ。いきなりこの進学校レベルは辛い。七条先生が何を言っているかマジで分からない。これもうほぼ呪文だろ。
「ねぇねぇヒッキー、大丈夫?」
授業が終わり、休憩時間になったところで、お団子頭の……由比ヶ浜がこちらに来て話しかけてくる。わざわざ授業終わりに俺のとこに来るとはこの子ったらなかなか優しいね。
「まぁ、うん。えっと」
さっきは自己紹介繋がりで質問に答えただけだからどうにかなったが、いきなり近くで話しかけられたらとてもドキドキする。こんなところでコミュ症発揮しなくてもいいだろ。
「随分大変そうだったね」
由比ヶ浜の後ろから来たのは由比ヶ浜にツッコミを入れてた金髪イケメン。……名前は何だっけ。
「あっ、ごめん。自己紹介まだだったね。葉山隼人。よろしくね、比企谷君」
「おう」
葉山ね。覚えた。俺が葉山の名前を分からず詰まったところですぐに自己紹介をするとは相当空気の読める奴なんだろう。まぁ、空気の読める奴ってそれだけでかなり苦労する人物なんだがな。周りの均衡を保とうと変に気を遣ったりするから大変なんだよな。損な役回りだ。
「それで、ここの授業は難しかったかい?」
「前いたとこがまぁ、頭悪いとこでな。いきなりこのレベルはキツい」
「ははっ、確かにそうかもしれないね。総武高は腐っても進学校だから、ギャップはあるかもね」
「そのわりにはお前含めて髪型自由な奴多いよな」
ふと疑問に感じたことを口にする。
「校則それなりに緩いからね。さすがに問題行動起こしたらアレだけど」
「そりゃそうか」
「だからここっていいんだよ。制服可愛いし、あたしも髪ちょっとは染めてるしね」
葉山の言う通りだ。多少校則が緩くてもそれで問題行動起こしたらもっと厳しくなるだろう。その辺りはここの生徒も分かっているか。変に厳しくなって不自由な生活は送りたくないだろう。
由比ヶ浜の言った制服可愛いについては同感。レキの制服姿とても良かったな。
さて、次の授業も頑張るか。
――――授業が終わり放課後。
昼は1人で弁当を食べて適当に過ごし座学も適当に受けてどうにか初日は送れた。
これからどう動こうか迷うな。最低2週間は学生として過ごすようにとお達しだ。下手に捜査には踏み出せない。だから、一先ず校舎を彷徨こうかと考える。転校初日に学校を歩き回るのは不自然じゃないだろう。
レキと話し合い、部活などは個人の自由としている。入りたかったり誘われたら無理に断る必要はないと。普通の学生らしく過ごすのだ。そのくらい大丈夫だ。放課後に多少時間取られても問題はない。もしかしたら、美術部とかに入るかもな。レキは絵がかなり上手だ。この前の文化祭でも何か賞を貰っていたのは記憶に新しい。
「ヒッキー!」
机から立ったところで、また由比ヶ浜に声をかけられた。俺に絡んでくるとはなかなか物好きな奴だ。ある意味感心する。
「どうした?」
「今日の放課後時間ある?」
「あるにはあるが……」
「じゃあさ! 案内したいとこがあるんだけどいい?」
「どこに?」
「あたしの入ってる部活!」
そう半ば強引に由比ヶ浜に引っ張られ特別棟とやらの4階にある端の教室に連れられた。けっこう教室から遠いな。こんなとこもあるのか。生徒数もかなり多いこともあって、これは捜査が大変だな。
それはともかく……女子って暖かいんだな。普段は頭おかしい奴らばかりだからそんなこと感じることなんてない。暖かいっつーか、撃たれて撃たれて感じるのは硝煙の匂いだけだ。
「ゆきのん、やっはろー」
「…………ん?」
やっはろー? それはもしかすると挨拶なのか? やっほーとハローを組み合わせた? 今時の女子高生ってそんなもんなの?
「だから由比ヶ浜さん、その挨拶どうにかならないも……あら、依頼人かしら? って、比企谷君?」
教室にいたのは朝に会った雪ノ下だ。あぁなるほど、雪ノ下雪乃の名字か名前かどこから取ったかは知らないけど、だからゆきのんか。ホントに色んな奴にあだ名付けるんだ。思い返せば、理子もわりとあだ名を付けるな。親しくなるための第一歩みたいたところがあるのだろうか。
「比企谷君?」
「あれ、ゆきのんヒッキーのこと知ってるの?」
「えぇ。朝職員室の方で会ってね」
「ほぇーそうなんだ。ゆきのん何かしたの?」
「宿題忘れただけよ」
えーっと……俺どうすればいいの?
それと雪ノ下、誤魔化しありがとう。情報はどこから漏れるか分からないからな。
「とりあえず比企谷君、座って」
「あぁ、うん。失礼します」
雪ノ下に促されて長机の扉に近いとこに座る。
「ところで、何か用かしら?」
「いや、由比ヶ浜に連れられただけだ。用っつーか、ここ部活だよな? 何部なんだ?」
「由比ヶ浜さん貴女ね……」
「いやー、えへへ。ヒッキー学校初日だから色々案内したいなーって」
それは普通に助かる。まだ分かってないことが多いからな。
「それで最初にここへってわけね」
「まぁ、なんだ、それはいいとして。で、ここ何部なんだ?」
「そうね……では比企谷君。せっかくだしゲームといきましょうか」
「ゲーム?」
この人いきなり何言ってますのん? ゆきのんだけに。面白くねぇな。
「ただの暇潰しよ。ここに来たからには時間はあるのでしょう?」
「まぁな」
「由比ヶ浜さんはここが何部か教えてないのよね?」
「うん。そうだよー」
「なら、余興に付き合いなさい。コホン……比企谷君、問題です。ここは何部でしょうか?」
自信ありげにそこまでない胸を張る雪ノ下。
ふむ、ヒントはなしか。訊いても多分ヒントはくれない。暇潰しなんだ、ということは、この部屋に何か手がかりはあるのだろう。雪ノ下の言う通り、今はぶっちゃけかなり暇だ。良いだろう、面白い。暇潰しくらいには付き合おう。これでも武偵だからたまには推理しよう。
「――――」
まずこの部屋を見渡す。何があるのか改めてじっくりと。
ここは恐らくだが普段は使われていない教室だろう。教室の後ろには使われていない机や椅子が山ほど積まれている。ここにある机や椅子はそこから取っているかもな。チョークは少しだけある。ホワイトボードとペンが複数個端に置かれている。
次に俺たちを囲んでいる長机だ。雪ノ下たちが使っている机には椅子が俺を使っているのを含めて4つ。机の上には紅茶用のティーポット、雪ノ下が持ってきたかもしれない紅茶用のカップも4つ。あとはノートパソコンがある。
俺以外の2人の様子もヒントになるはずだ。由比ヶ浜は携帯を弄りながら事の顛末を見守っている。さっき携帯が鳴っていたし、メールでも返しているのか。用事が終わったら俺の方をマジマジ見てくる。……ちょっとやりにくい。で、雪ノ下は俺らが来る前まで読んでいた文庫本を閉じて俺を観察している様子だ。これまたやりにくい。品定めでもされている気分だ。
他にこれといって特徴は……言うなればこの部屋の場所か。この特別棟に入ってからは誰ともすれ違わなかった。そこまで人気のない位置にある。これもある種のヒントか。で、雪ノ下と由比ヶ浜が交わした言葉も思い出す。
「――――」
情報をまとめ終えたら、次に行うのは取捨選択だな。
「まずパッと思い付くのが文学関係の部活。例えば、読書して感想文を書いて賞を取ったり、文集みたいなのを書いたりといったところか。しかし、これはないだろう。勝手な第一印象の決めつけで悪いが、由比ヶ浜はそういうのは苦手そうだ。細々とした頭を使う作業がな」
「それはヒッキーの言う通りだね!」
なぜかエヘンと、誇らしげに雪ノ下とは比べられるのも憚れるくらいたゆんたゆんな胸を張る。おお、揺れる揺れる。まるでメロンみたいだ。それに対して苦虫を潰した顔になる雪ノ下。
……なんだか神崎と星伽さんを見ている気分だ。髪の色とか真逆だけど。ガバを乱射しないだけこちらの方が断然ありがたい。
「それに加えて、ここがもし文学関係の部活だとすると、あまりにも本が少なすぎるからな。まぁ、違うと見て間違いないだろう」
由比ヶ浜は本を持ってないし、雪ノ下が持っている1冊だけで文学部とかはさすがに名乗らないよな。
「で、この部屋で疑問に感じたことがある。そこに置いてあるカップだ。確認だが、この部活はお前ら2人だけでいいんだよな?」
「そうね。私たちだけよ」
雪ノ下の首肯に続く。
「だとしたら、カップ4つというのは明らか多いだろう。予備を含めても1人2つ使うというのは、放課後の短い部活時間を考慮すると、やはりどうも過多のように思う。なら何に使うか。まぁ、十中八九、ここを訪れた客人にだな。ということは、ここは客人をもてなす部活でもある。
それと、雪ノ下は俺のとこを最初に依頼人と言った。何かしらの依頼のある部活とは何だ? そう考えたとき、1つ思い付いたのはボランティア関係の部活。しかし、これも線は薄い。ボランティアならわざわざ紅茶まで出して話を長く聞く必要はないだろう。ボランティアなら課外で活動する場合もある。それならもうちょい近い教室の方が都合がいい」
一拍置いて再開する。
「次に不自然だと思ったのが、さっきも言ったがこの教室の位置。ここに来るまで、誰ともすれ違わなかった。そのくらいこの校舎は無人なのだろう。無人な場所にある教室を使うってことは、これも単純な考えだが、人に聞かれたくない話でもすると考えられる。人がいないってのはそれだけで秘匿性は高い」
1つ1つ可能性をしらみ潰しにしていくと答えは自ずと見えてくる。即興で考えたから正解かどうかは置いておいて。まぁ、俺の推理が特別外れてるとは思えないんだがな。
「これらを踏まえて……そうだな、人に聞かれたくない話をするってことで、この部活は大方お悩み相談をする部活と言ったところか」
長々と語り、俺は推理を披露し終える。
2人の反応はと言うと、雪ノ下は目を少しだけ大きく開いて驚いたような顔つきで、由比ヶ浜は目を輝かせ、とてもオーバーかのように驚いた表情を見せている。
「ヒッキースゴい! なんか探偵みたい!」
これでも探偵だからね! 推理なんてしたことほとんどないがな。せいぜい理子を武偵殺しと解き明かしたくらいか? 探偵だって本職なのにマジで推理する機会ないという。
「――――」
それはそうと……ちょっと不味かったか? 雪ノ下は俺のことを武偵と知ってるが、変に武偵らしさを出すわけにはいかない。反省だな。さすがに由比ヶ浜が今の流れで武偵とバレることはないが、俺が探偵みたい――という噂を流されては動きにくくなる。こういうのは控えよう。
「えぇ、そうね。非常に論理的な説明だったわね」
「それで、俺の推理は合っているのか?」
「ほぼほぼ比企谷君の正解よ。――――改めて紹介するわ。ここは奉仕部」
「奉仕部?」
聞かない名前だな。
「お悩み相談という点は合っているわ。ただ私たちが直接解決するのではない。そうね、魚を与えるのではなく、魚の釣り方を教えると言ったところかしら」
「要するに自立を促すって辺りか」
「そんなところね」
へぇー、ただ悩みを聞いて解決するわけではないのか。随分と高尚な考えをお持ちで。俺ら武偵とは考え方が違うな。武偵は依頼を受けたら手段はどうあれ依頼を解決するんだがな。犯罪スレスレも平気でしますよ、えぇ。
「例えばどんな依頼があったんだ?」
「最近で言うと、修学旅行ね」
「あたしたち京都に行ったんだ!」
お、それは奇遇だな。俺も京都へ行ったぞ。
「そういえばさ、京都って言えば、前に新幹線ジャックが起きたよね。あたしたちが行った後で助かったよ。もし被ってたりしてたらホント大変だったと思うなぁ」
「そんな事件もあったわね。私も覚えているわ。事件も生中継されてなかなか大きい事件だったね」
そうだな、マジで大変だったよ。そこで俺は……うっ、黒歴史を掘り起こしたくない。
「ヒッキーは新幹線ジャック知ってる?」
「ニュースになったからな。多少は知ってる」
俺はまるで何も知りませんという表情ですっとぼける。
多少どころか当事者だったんだけどな! そこでは色々と酷い目に遭わされましたよ……。
「新幹線ジャックは置いといて、修学旅行で何があったんだ?」
「えーっとね、戸部っち……あ、自己紹介のときヒッキーに質問した最初の人がね、クラスの好きな人に修学旅行の間に告白したいって依頼してきたんだよ」
あのヘアバンドしたチャラそうな奴か。
「告白ね。それお前らに相談してどうなるの? さっき雪ノ下が言っていた理念で行くなら、どこで告白するとか良い感じの場所を探して提案したりするのか?」
「概ねその通りよ。もちろんその戸部君やそのグループの人も場所を探して互いに案を出しあうといった形になったわ。……ただ」
「ただ?」
「それだけなら良かったのだけれどね……。ややこしいことにその戸部君の意中の相手がこっちに来て戸部君の告白を阻止してほしいと言われたのよ」
…………話を聞いているだけで面倒そうだな。
「それまたどうしてだ?」
「戸部君とその意中の相手は同じグループ単位で活動しているらしくてね」
「やっぱ同じグループ同士で告白したされたになると、その後の関係性が壊れるからねぇ。楽しく過ごしてたグループがいきなりギスギスになったりするんだよ。これでオッケーなら問題ないかもだけど、断った断られたになると気まずさまっしぐらだからね」
由比ヶ浜の補足に納得する。
「で、どうなったんだ?」
「最終的には同じグループ内の人間がそれとなく意中の相手は付き合うつもりはないといった内容を戸部君に伝えて解決にはなったのだけれど。……あら、そうじゃなくて、本人が付き合うつもりはないと言ったのを戸部君が又聞きしたのかしら?」
「そうそう、男子女子で別れてご飯食べている間に優美子が姫菜にそう言わせたんだよ。それをちょっと離れた戸部っちが聞いて思い直したって感じだね。優美子に頼んだり、隼人君にあの状況を作ってもらったりなかなか大変だったなぁ」
人間関係はホントに面倒だなと再認識させられた。俺も俺で遠山と神崎に関してもけっこう四苦八苦した覚えがある。
「でも、それって単純に問題先送りしただけだよな? この先また戸部が告白する可能性はあるように思えるが。戸部の恋心が続いていればの話だが、クラス替えとかタイミング選べばまた告白されそうだな。クラス変わったらさすがに同じメンバーってわけにもいかないしバラバラになるだろうし、人間関係リセットされるときとかに。それこそ卒業とか狙えば」
「姫菜もそのときはちゃんと答えるって言ってたよ。返答は……断ると思うけどね。姫菜、戸部っちのこと多分好きじゃないしね。嫌いってわけじゃなさそうだけど、あくまでそれは友達だからみたいな?」
由比ヶ浜さん辛辣ゥ。
「そうなのよね、今回は問題の先送りになっただけなのよね。戸部君だけの依頼なら、私たちのできることは告白場所の提案くらいで済みそうだったのだけれど。……はぁ、なかなか大変だったわ」
雪ノ下の大きなため息。こんなギスギスした依頼、武偵でもあまりない。それを2人で解決なんだからそりゃ大変だわな。税理士の人も遺産相続はしたくないって言っている人多いらしいし。
「あ! そうそう、ヒッキー学校案内まだでしょ?」
「お、おう。職員室くらいしか分かってないな」
「奉仕部として、今からヒッキーを案内してくるね! ゆきのんは行く?」
「遠慮しとくわ。私はしばらくここにいるから、好きに行ってちょうだい。今抱えている問題もあるからね」
「あー、生徒会選挙か。あたしは力になれそうにないからね」
「そんなことないわ。必要ならちゃんと貴女に助けを求めるから。……ということで、比企谷君は任せるわ。由比ヶ浜さん、やるからにはこの先もう比企谷君が迷わないで学校生活送れるようにちゃんと案内するのよ」
「任せて! じゃ、行こうかヒッキー」
「頼むわ」
と、転校初日は奉仕部の面々と関わりを持って、終了することになった。由比ヶ浜の案内である程度は学校の構造も掴めた。犯人や証拠は見付からなかったが、進展はあったということにしておこう。
さてと、事件解決はどうすればいいのか考えておかないとな。どう捜査するかある程度方針は固めておこう。