終わってすぐメモリアルエディション予約した
転校してから時が流れるのは早く、もう3日が経った。
クラスでは話しかけられたら答えるスタンスを保ち、目立つわけでもなく影が薄すぎるでもない立ち位置をどうにか維持している。物事を円滑に進めるためには人間関係のいざこざは起こしたくない以上、気を遣っているところだ。
まぁ、体育でやらかしそうになったけど。
陸上を今やっているのだが、走り高跳びで背面跳びをせずに平然と150cmのバーを飛び越すところだった。今まで鍛えているのに加えて飛翔で飛んでいる分、単純な跳躍力はかなり上がったらしい。飛翔で飛ぶためにも無駄にピョンピョン跳ねてることが多くてな。正直自分でも引くところだったな、あれ……。
それ以外では武偵らしさを出さないように気を付けている。しかし、あの体育はマジで失敗しそうだった。飛ぶ直前でこれはヤバいと勘づいてどうにか歩幅が合いませんでしたという装いで失敗したから目立ちはしなかったと思いたい。
で、改めて試してみると、背面跳びがとても難しいな。わりとマジで歩幅が合わない。そして、背面跳びしているときは士郎の気分を味わったな。確かに跳べないのはなんか悔しい。
そして本題である捜査の方は……進展はない。きちんと調べていないから当たり前といえば当たり前だろう。それとなく探ってはいるが、今の俺はごくごく一般の学校生活を送っているからな。ざっと調べたところ、銃やヤクを隠しているような場所はない。怪しい人物もいない。教師に絞って観察しているが、第一印象が怪しいと思われる人物はいない。
これといって取引の痕跡もない。数回だけだが、深夜の日が変わる時間帯に学校を見張ってはみたけど、怪しい人影もなかった。これも効果なし。正直、取引現場があるなら直接抑えた方が早いと思うのだが、こうも音沙汰ないとは上手くいかないな。やはり候補2は外れなのか迷うところだ。
すぐ解決するとは思ってはいないが、こうも進展なしだとはなかなか堪える。というより、普通にしんどい。まだ3日程度で何を抜かしてるって話だが、長期任務は初めてなのでな。違う環境というのはなかなか大変である。
授業中も放課後も神経使っているからな。加えてここの難しい授業だ。いやもうホントしんどい。授業中くらいは気を抜こうかと思う。
2週間経ってからが本番だな。それまでにある程度は進めたい気持ちはあるが。
▽▽▽▽▽▽▽
「ねぇヒッキー」
「どした?」
転校してきて4日目の放課後、美術部に入部したレキを待つために図書室へ行こうとしたところで、由比ヶ浜は俺に元気良く声をかける。
あれから奉仕部へ少しお邪魔をしている。今抱えている問題の生徒会選挙について相談に乗りつつ適当に雑談をしている。主に由比ヶ浜が。多分由比ヶ浜がいなかったら静かな時が流れるだけだろう。
「今日もいいかな?」
「別にいいぞ。何か進展あったか?」
そう自分で言いつつこちらも特に進展なく少し微妙な気持ちになる。自分でダメージを負うのどうにかしてほしい。特攻隊かな?
「うーん、正直何とも……」
由比ヶ浜が肩を竦めて落ち込む様子を見せる。
奉仕部が現在抱えている問題の生徒会選挙についてだ。
簡単に言うと生徒会長への候補者がいない。最終的な期限はあと1週間しかないのに困ったと現生徒会会長の城廻めぐりさんが奉仕部へ相談を持ち込んだ。過去に何回か生徒会と奉仕部は関わりがあり、雪ノ下も快くその依頼を引き受けたが、どうも解決の糸口が見付からず難航しているらしい。
「今生徒会に所属している下級生はどうなんだ? 副会長とか」
俺はその話を聞いてからごくごく当たり前の疑問を口にしたが、雪ノ下はこめかみに指を当てて盛大にため息をていてから。
「どうもあそこは受動的な人間が多いそうなのよ。ちゃんと働きはするけれど、偉い人の指示待ちの姿勢を見せるばかりとのこと。自ら率先と動きはしない。だから、城廻先輩も困っているの」
「指示待ちに苦労するのはどこも同じだな」
「全くよ……」
武偵は自ら動かないとやっていけない、生きていけない職業だがな。ある意味自営業みたいなもんだし。依頼を進んで受けなければ単位は落とすし稼ぎもない。
――――先日訪れたことを思い出しながら特別棟4階の奉仕部部室へ行き着く。
「ゆきのん、やっはろー」
「こんにちは、由比ヶ浜さん。……あら、比企谷君も。こんにちは」
「おう、また邪魔するわ」
雪ノ下に挨拶してから扉に近い位置の椅子へ腰をかける。
「由比ヶ浜も言っていたが、あまり上手くはいってないみたいだな」
ノートに何かを書いてはため息を吐いてはを繰り返す雪ノ下を見て、そう指摘する。
「そうね。城廻先輩も色んな人に声をかけているのだれけど、誰も生徒会に入りたがらないみたいよ。会長ではなく書記とかならともかくとして。私たちも会長になりそうな人を調べてはいるけれど、ぶっちゃけると手詰まりね」
「能動的な人材はどこも貴重ってことだな。――そう言う雪ノ下はどうなんだ?」
「こういうことをしていて何だけれど、私もやるつもりはないわ」
はっきりと否定を口にした雪ノ下に驚く。
きちんと話したことは少ないが、何回か話している印象から会長に向いてそうだと思う。県知事の娘という看板もあることだし。
そういや、うちの会長は星伽さんだっけか。あの人シリアスなところはシリアスな雰囲気を貫けるけど、日常生活は基本抜けているよな。跳び箱三段跳べない人だったような……あれ完全におみこし状態ではないか? うちの生徒会長大丈夫?
「それまたどうして?」
「私自身、胸を張って上に立てる人間じゃないからよ。私は優秀だから恐らく仕事は問題なくこなせると思うわ。けれど、会長に向いているとは思えないの」
張る胸はないだろというツッコミ待ちかと思ったが、これ言ったら俺死ぬな。なぜかその確信がある。
「というと? なんか矛盾してないか?」
「要するに優秀すぎるってことよ。突出した人間がいると、同じグループにいる人間は得てしてその人を頼ったり妬んだり……つまり不協和音が生まれるの。私はそれに気付けたとしても、それを自分の力で解消できるとは言えない。結果、独りになって、全部私だけでやろうとして、挙げ句の果てには過労となり倒れる。これが一連のセットよ」
雪ノ下は明後日の方向を向いて複雑そうに告げる。その口調には一種の不機嫌な様子が含まれているのが分かる。
話した内容がやけに具体的だな――そう感じると、俺の疑問を察知したのか由比ヶ浜が俺に近付き耳打ちしてくる。雪ノ下は気付いているが、由比ヶ浜を止めるでもなく静観している。
「ゆきのんはね、文化祭のとき実行委員の副委員長になったんだけど、委員長がその……ゆきのんの言葉を借りるとゆきのんが優秀だから、私はこんなのやらなくていいや、全部ゆきのんがやってくれるってゆきのんに全部仕事押し付けちゃって……ゆきのんもそれを止めなくて……働きすぎちゃって体調崩したことがあるの」
「……なるほど、実際に体験したことがあるのか。つか、言い方アレだがその委員長だいぶクズは人物に思えるな。自分から委員長になったんだろ? なのに仕事するどころか足引っ張るとか」
「えーっと……まぁ、うん、否定はできないかな……。ゆきのんが休んだ日にも来なくてかなり批判されたし、本番でも色々やらかしたし。一時期不登校にもなっていたし」
基本優しさ(それと男子の希望)の塊の由比ヶ浜がそこまで言うとは……恐るべし委員長さん! いやマジで星伽さんや理子並にデカいんですけど。近付かれるとマジで緊張する。
俺の邪な感情は置いておいて、今由比ヶ浜が気になることを言ったな。
「ん? 不登校?」
「やー、そのー、委員長やってた子が文化祭終わってからも色々責められて……ってわけじゃないけど、直接苛められたわけでもないけど、本人が周りの視線に耐えきれなくて不登校になったんだよ。あ、もう戻ってるよ。みんな、あまり関わろうとはしないけどね」
「ほーん」
不登校になったのは多少は同情する余地はあるように思えるが、原因が原因なだけに自業自得、因果応報といったところだろう。それが嫌なら委員長としての仕事を全うに果たせばよかっただろう。……ダメだ、変装食堂サボりまくった俺が言ってもまるで説得力がない。いや、仕事はちゃんとしたからね? 皿下げるだけをひたすらだが。
と、俺と由比ヶ浜がひとしきり話し終えたのを見計らい、雪ノ下は話を続ける。
「それに、私は人に頼るのが苦手なの。かなりの部類に入るわ。なまじ今まで独りでこなせていたから、頼ることができなくて、さらに自分の限界が見抜けなかった」
「まぁ、今までの話で何となくは察したが」
「姉さんがいるけれど私も立場上、もしかしたらいつかは人の上に立つ機会があるかもしれない。……でもね、今の私は人の感情に疎いの。だからこそ、ここ……奉仕部でそれを勉強しているというのもあるのよ」
感情に疎いか。セイバーかな?
「あと会長になりたくない最大の理由として……私はこの部活が好きだから。生徒会になったら部活と両立できるか分からない。他の人たちが断る理由と一緒かしらね」
「ゆ、ゆきの~ん!」
「ちょ、由比ヶ浜さん……近いわ……」
照れながら告白したら由比ヶ浜は感極まり、それはそれはとても嬉しそうに抱きつく。あれか、百合百合しているな。武偵高ではあまり見ない光景……あ、間宮たち特殊性癖軍団がいたわ。あそこは男子禁制な雰囲気がヤバい。間宮と火野に話しかけようとしたら佐々木と島にものすっごい勢いで睨まれ、最悪撃たれる。ご禁制です!
――――2人のイチャイチャが落ち着いてからまた話し合うことに。
「ちなみに由比ヶ浜が生徒会長には……」
「ちょーっとムリじゃないかなぁ。アハハ……」
「由比ヶ浜さんが会長だとそれもう完全なおみこし状態じゃないかしら」
星伽さん的な? いや、あの人が仕事しているの全然見たことないから言えないな。
それに由比ヶ浜が生徒会入ったら、雪ノ下の願望からして本末転倒だろう。
そこでふと思い付いた。
「葉山はどうだ? アイツなら人望ありそうだし」
クラスの中心人物である葉山。どうやら雪ノ下とも関わりのあるそれなりに名前の家らしく、父親が確か弁護士だったか。そういや、パーティー会場に父親がいたような。リストで見たぞ。
加えて、葉山本人も周りを見ながら動いている。態度は一貫して優しい。そしてイケメン。優良物件じゃないか。俺も何回か接しているが、まぁ良い奴だと思う。
「城廻先輩もお願いしてたんだけどね、隼人君サッカー部の部長だから断ったよ。本人的にはやっぱ部活に集中したいって。今サッカー部イイ感じだからね」
「まぁ、無理強いはダメだな。こうなると雪ノ下が頭を抱えるのも分かる。前途多難だな」
「ホントにね。どうしたものかしら……」
俺も雪ノ下に頂いた紅茶を飲みながら考えを巡らす。
部活をしている奴にとっては忙しいからできないという理由が大きく占めているだろう。帰宅部はめんどくさいか。いや、めんどくさいはどちらにも当てはまるだろうよ。俺だってそう思うもん。
そういえば――――
「総武高って部活している奴ら多いのか?」
「普通に多いよー。あ、でも帰宅部の人もちらほらいるかな。あたしの友達もそうだし」
「進学校だから2年から塾通いをしている人たちもいるけれど、3年を除けば部活をしている生徒の方が多いわね。はっきりとした数字は分からないけれど8:2くらいかしらね?」
由比ヶ浜が「他に帰宅部誰かいたっけな……」と思案顔で唸りつつ探っているのを横目に俺はここで1つ案を出す。
「部活とかが理由で生徒会ムリって言うなら、マネージャー辺りに狙い目をつけるのはどうだ?」
「マネージャー?」
雪ノ下が聞き返す。
「あぁ。部活の事情は大して詳しくないが、別にマネージャーって実際にスポーツしている奴らとは違って、多少は暇な時間あるんだろ? さすがに部活中は常駐しなきゃいけないわけじゃないはずだ。そういうところを狙えば、説得しやすいんじゃないか? それならあまり部活が大きい理由にはならない」
「でも、ヒッキー。マネージャーする人たちって大抵その部活にいる異性狙いなんだよ。うちでは例えば隼人君とか。生徒会に時間取られて、せっかくのアピールチャンス減るのは避けたいってあたしは思うけどなぁ」
由比ヶ浜の意見に酷く納得する俺がいる。
いや、全員がそうだとは思いたくないが。純粋に応援したい、支えたいという真摯な気持ちでマネージャーをしている人たちだっているかもしれないじゃないか。全員が下心だけではないはずと信じたい。
「由比ヶ浜さんの言うことも一理あるわね。そういう感情だけで動いている人たちの主張を変えるのはかなり厳しい……いえ、不可能に近いかもしれないわ」
やけに断言しますね……。それもソースはゆきのんですか? お前の過去かなり闇深そうだな。
話を戻して、ただ適当にマネージャーにしようと言ったわけではない。もちろんそれ相応の理由は考えてある。
「それは恐らくただお願いしているからだろ? ならやり方を変えればいい」
「やり方?」
「生徒会長をやるに当たってのメリットを提示するんだ」
やりたくないなら反対にやりたいと思わせればいい。太陽と北風理論だ。
「生徒会長やるメリットって? うーん、何だろう。内申点上がるとか?」
由比ヶ浜はコテンと首を傾ける。
「そういう点も俺からしたら魅力的だとは思うが、もうちょい俗世的な案でいこう。まず部活をサボれる口実を作れる。――――そうだな、さっきも由比ヶ浜が言っていたように、もし仮に好きな奴が部活にいるとして、ソイツ目的で入ったマネージャーがいるとしよう」
「うんうん、そのパターン多いよね」
「しかし、目当ての人物以外の奴らは恋愛面の観点からいくとマネージャーにとっては有象無象、もしくは虫けらレベルまで鬱陶しいと思うかもしれない。……あくまで極論な?」
「ありそうなのが困るわね……」
由比ヶ浜と雪ノ下がちょくちょく相づちを挟んでくる。
「もし目当ての人物が部活を休んでいたら、その日はなかなかに地獄だろう。嫌いな奴とかが部活にいたらなおさらだ。そのとき『生徒会があるから休みまーす』とか言って逃げればどうだろうか」
「あー……」
変な苦笑いを浮かべる由比ヶ浜を見ながら話を続ける。
「それが嘘かどうかなんて部活の奴らには分からないし、誰も無断でサボっているだろと責めはしないはずだ。嫌なことから逃げることができ、尚且つ適度にサボることができる。案外、サボれる口実があるってのは心の余裕にも繋がる。どうだ? 魅力的だろ?」
「そう言われると、確かに……。もしヒッキーの案でいくならサッカー部が狙い目だね。あそこ女子マネージャー多いし。あ、ヒッキーまずって言ったよね。まだあるの?」
あるぞ、と答えてから軽く咳払いをする。
「あとは忙しいときに目当ての人物に『生徒会のお仕事手伝ってくださーい』といった風に甘えることもできる。上手くいけば2人きりになれる機会もぐんと増えるだろう。他の恋敵とは一線を画す存在になれるかもしれない」
「なかなかそれっぽいこと言うわね、貴方……。よくそんなひねくれた観点を思い付くわ。素直に感心すると言えばいいかしら」
雪ノ下には褒められているのか微妙なことを言われる。
何度か接しているうちに分かったが、雪ノ下は意識的なのか無意識なのか言葉に毒が含まれていることがある。
「ほっとけ。……で、最後のメリットに生徒会長のネームバリューだ。さっき由比ヶ浜が言ったような内申点とかそういうのじゃなくて、頭悪い感じに言うと、『生徒会長を頑張ってる私』という存在を創ることができる」
「えーっと、部活だけじゃなくて別の場所からアピールできるってこと?」
「まぁ、そんなところだ。自分の持っている称号を上手に使いこなせれば、何事も有利に運べる。さっきの手伝ってみたいなやつもそうだし、部活でないところでも自分の存在を存分に売り込めることができると思う。だから、マネージャーに生徒会長をやってくれと頼むんじゃなくて、その気にさせればいい」
2人ともどこか感心した表情を見せているが、残念ながらこの案には1つダメな部分が存在する。
「比企谷君の案、参考になったわ。確かにその方法だと説得できるかもしれないわ。……けれど、生徒会長を心からやりたいという人が生徒会長になるのではない。比企谷君の案だと下心のある人間を生徒会長にする。つまり……城廻先輩にはこれを伝えにくいわね。あの人は純粋に生徒会長をやりたいという人を探しているのだから」
雪ノ下の言う通りだ。要するに、生徒会のやる気があるかと言われたら、そこはノーに入ってしまう。本人が生徒会にも活力を見いだしてくれるのならば問題はないが、俺の案で煽ててそれは難しいだろう。
さっき由比ヶ浜が言ってた文化祭の委員長のように生徒会全体の足を引っ張る可能性だってある。
まぁ、俺はまだ会ったことのない城廻先輩には申し訳ないが、もしひたすら純粋にやる気に満ち溢れている人物が学校にいるならとっくのとうに立候補しているだろうよ。
ぶっちゃけた話、現生徒会メンバーの誰かが生徒会長になってくれれば早く終わることだ。もし下心だけの奴が生徒会長になったとしても、生徒会にはいたいけど生徒会長にはなりたくないとか甘ったれたことを言っている奴らがソイツに文句を付けるなんて土台ムリだ。
「一度この案で進めましょう。時間が惜しいわ。実行するなら私たちでやらないといけないわね。城廻先輩には頼めないことだし――――由比ヶ浜さん、協力してくれる?」
「もちろん! まずはえーっと……マネージャーのリストアップだね。サッカー部に絞ると……」
ここからはもう俺は部外者。奉仕部2人の仕事だろう。
「じゃあ、俺はここで。また何かあったら呼んでくれ」
「あっうん! ありがとね、ヒッキー! また明日!」
「今日はありがとう。参考になったわ」
2人に挨拶してから退室する。
……廊下は寒いな。秋に近付くにあたり、余計にそう感じるようになる。
「ふぅ……」
レキはまだ美術部にいるだろうから、時間を潰すために特別棟を見て回るか。そのあとに図書室にでも行こう。何回か確認しているけど、これといって手がかりは見付かっていない。ただもしかしたら今日は何か見付かるかもしれないという希望的観測にかけて歩く。
「ん?」
歩いている最中、着信音が鳴る。誰だ、坂田さん辺りかな。そう予想したが、大いに外れた。遠山だ。
「もしもし」
『比企谷……助けてくれ』
「あ? 何かあったか?」
『俺に妹ができたんだ』
「そうか。妹は全てに通ずる存在であり、妹は森羅万象と呼ぶべき概念だ。全力で崇め奉るように」
それだけ言ってから通話を切った。
「……」
遠山もイタ電とかするような奴だったとは意外だ。妹がトラブルの種になるわけがない。っ
ていうかアイツって妹いたんだ。兄……というより姉? がいるのは知っているが、妹というのは初耳だ。
隠し子がいたのか。いやいや、遠山の話を聞く限り、遠山の父親はかなりの人徳者だったように思う。それにもう遠山の両親は故人だ。隠し子ではないかもしれない。だとすると……何?
「……もしもし」
また遠山からかかってきた。
『ワケわからんこと言ってから切るな!』
「さよかい。で、何をどう助けろと? 家庭のいざこざを俺が解決できるとは到底思えないぞ。弁護士紹介しようか?」
弁護士知らんけど。葉山の父親くらいか。その人とも面識はないから知っているとは言えないな。
『いや俺だって分からないんだ。勝手に俺の妹を名乗る奴が現れて。あ、弁護士はいい。金がない』
妹を名乗る不審者。それは初めて聞いた。姉を名乗る不審者は次元を1つ減らした場所だとそこいら中にいる。お姉ちゃんビーム。弟になりたい。現実にはいてたまるか。
「もしかしてFEWと関係あったりする?」
『あるんだよ。ソイツは無所属だが、アリアたちを襲撃して――――』
遠山の話をまとめると、神崎たちを襲いかなりの被害を出した自称遠山の妹のジーフォース。彼女はジーサード一味の一員であり、しかもFEWでは無所属。師団戦力アップのためにジーサード一味を取り入ようとした。その方法は自称遠山の妹を懐柔すればいいらしい。ざっくりまとめるとこうなる。
……意味が分からん。
「それ俺に言ってどうする。俺も無所属だぞ。お前らに肩入れするのは立場的に危ういんだが。ただでさえヒルダでアレなのによ」
『妹と言ったら比企谷かなと』
「その判断は褒めよう」
『比企谷の妹に関するとキャラが変わるの何なんだ……。それで、アドバイスとかない? 妹と接するにあたって注意点とか』
「前提として妹の言うことには逆らわないように。家庭バランスが崩壊する」
哀れな親父……。
『そこからなのか!?』
「これはあくまで前提だ。あとは褒めることを忘れるな。機嫌が悪くなったら、家庭バランスが崩壊する」
『そればっかりだな!』
哀れな親父……。
「つーか、その妹はお前に対してどんな態度なんだ?」
『あー……それなんだが……』
その部分は聞いていなかったので訊ねる。遠山の言いにくそうな態度で察した。もうラブラブなんですね。さては光源氏だなオメー。あそこまでドロドロはしてないが、いずれそうなりそう。
「ならいいじゃないか。えーっと、何だっけ? 男から仕掛けるハニートラップ……そうそう、ロメオ。ロメオすればいいじゃないか。そうすることで簡単に戦力ゲットだぜ!」
『言い方! さすがにまだろくに素性が不明瞭なのにそれは憚れる』
本人の意思完全に無視しているし、モラル的にも最善と言えない手段だ。
「まぁ、お前そもそも女子が体質的にムリだもんな。知ってる。だから迷ってるんだろ?」
『それもある。が、それ以上にアリアたちが復讐にやる気満々なんだよ』
「そりゃ武偵だしな。ごくごく当然の帰結としてそうするわな。やられたら倍返しするよな」
それが武偵。
『だから俺が妹……ジーフォースを懐柔しようとすると、アリアたちが敵になる』
「正しくデッドロックだな。ウケる」
『お前な……』
人間関係のいざこざに介入するのは雪ノ下たちが修学旅行でも実演したこともあり、ホントに難しい内容だ。下手に触れたら刺される事態にまで発展する可能性を秘めている面倒なものだ。
だから俺はこうしてお茶を濁すことしかできない。決して関わりたくないわけではないんだ。そうなんですよ。
話をほんの少しずらそう。
「そういや仮にお前と血が繋がっているとして、その妹はHSS使えるのか?」
『……あっ』
「なに?」
『その発想はなかった』
「おいおい」
というが、そんな簡単に検証とかできないだろう。遠山も気付かないのに無理はない。
「解決方法は正直分からんが、遠山がどっちかの味方をするしかないぞ。自称妹か神崎たちか。どっち付かずの対応するともれなくお前は死に至る。痴情の縺れは怖いね」
痴情の縺れの恐ろしさは「かーなしみのー」で有名のアニメで証明されている。同情するわ。これに関しては俺も幾度か経験があるからな。誰かに撃たれたり撃たれたり爆破されたり撃たれたりくすぐられたり。
『はぁ……とりあえず参考になった』
随分大きいため息をついたな。本当に参考になったかは甚だ疑問ではある。
「おう。まぁなんだ、死ぬなよ」
『……あぁ。比企谷も任務頑張れ』
言葉では言い表せてないほど気が落ちている遠山キンジに合掌!
「まぁなんだ」
やっぱ無所属で良かったなと心底思う放課後であった。
私生活わりと忙しいんで投稿ペース落ちます!