背中に眠り姫をおぶりながら、彼らは龍門渕がオーナーを務めるホテルへと向かっていた。
振り返っても、すでに宮守女子が泊まるホテルは見えない。
「さっきは助かった」
「あっ、ようやく喋ったね」
「あの状況で俺が出しゃばったら、余計にややこしくなると思ったからな」
「それは正解かな。背中のお姫様は?」
「まだ寝てる。のんきなお姫様だ」
「すぅ……すぅ……」
規則正しい寝息を立てる咲。
あまりに安心しきった寝顔に桃子は呆れた風に息を吐く。
「……ったく、一緒にいて、どうしてこの人は」
「まぁまぁ。一応、君も犯罪すれすれのことやってるんだからね。つっこんでおくと」
「あ、愛ゆえの行動ですから」
「重すぎる愛だね」
やれやれと一は首を振った。
「それにしても、どうして京太郎は捕まっていたのだ? 今日は従姉と会う予定だったのだろう?」
「あー、それは……その、だな」
京太郎は言いにくそうに、首元に手をやる。
それもそうだ。
経緯をすべて話すとなれば、石戸霞や白望から受けた告白のことも包み隠さず口にしなければならないだろう。
だが、そういうわけにはいかない。
結局、京太郎は答えを濁して返す。
「いろいろとあってな。一応、言っておくと別に乱暴されたわけじゃないから、安心してくれ」
「乱暴されたといっても、襲われる感じだったから京太郎にとっては役得だったんじゃない?」
「なっ!? そうなんすか、京さん!?」
「いやいや、俺だって無理やりは嫌だから」
「でも、きれいなお姉さんに迫られたら許すんだよね?」
「それはもちろん」
「さすが同志。気持ちいい即答だ」
「はは、ほめんなよ」
パァンと手を叩きあって、小気味いい音を鳴らす京太郎と一。
二人を非難の目で見る女性陣。
美穂子は苦笑いを浮かべて、場の空気を換えるためにある提案を投げかけた。
「そろそろお昼時じゃない? 京太郎君も一緒に食べるわよね?」
「あっ、はい。咲も一緒で大丈夫ですか?」
「ええ、もちろん」
「……仕方ないっすね。断るわけにもいきませんし」
「衣は友が増えるのは嬉しいからな! 賛成だ!」
「じゃあ、決まり! ふふっ、今から楽しみだわ」
「俺もです。龍門渕の専属シェフが作る料理って、どれだけ美味いんだろう……」
「京太郎は食いしん坊だな!」
豪華な昼食に想いを馳せて、談笑しながら歩く三人。
彼女らを眺めるように、後ろを歩く二人は打って変わって真剣な表情で今回の騒動について意見を交わしていた。
「……やっぱり全国にも君たちのライバルはいたみたいだね」
「それもかなりの数がいそうっす。想像するだけで頭が痛くなってきた……」
「加えて、向こうも徒党を組んでると来た。清澄のように簡単にはいかないだろうね」
「特に神代家……。巨大すぎるっすよ」
「だけど、神代小蒔とは共闘関係じゃないの? ボクはそう君に訊いたけど」
「おそらく、それも終わると思うっす。舞台が長野から、味方のいるこっちに移った以上、神代さんにメリットないですし」
「それは残念。これは合戦になりそうかな」
「ええ。けど……京さんは絶対に誰にも渡さないっす。私たちの幸せのためにも」
私たちの中には、当然京太郎も入っていた。
自分たちが京太郎を幸せにする。
美穂子さんに衣ちゃん、自分で言うのもあれだけど私も京さんの好みには適している。
私たちの代償に、京さんを不幸にはさせない。
桃子の愛は重い。
けれど、必ず根底には相手の幸せがあった。
「もちろん、ボクも微力ながら手伝わせてもらうよ。衣が悲しむ姿は見たくないからね」
「ありがとうっす。変態さんも」
「はじめ」
「変態さんも京さんが好きになったら言ってくださいね?」
「……了解したよ」
「それじゃあ、私たちも行きましょうか。京さーん! 今なら私も食べごろっすよー!」
周囲に認知されない桃子は誤解されかねない発言をしながら、京太郎の元へ歩いていく。
「……やっぱり東横さんにだけは変態って言われるのは遺憾だね」
そんな彼女の姿を見ながら、半裸の一は肩をすくめた。
◇◆◇◆◇◆
神代家と言えば、全国でも有名な神道の家系にある。
霧島神境には数多くの来客があり、今も衰えることはない。
神代小蒔は霧島神境の主として、次世代を担う者だ。
そんな彼女は大切に、それはもう大切に育てられてきた。
だから、彼女は社会を知らない。
もちろん学校には通っているが、そばには六女仙という仕える者がいるし、神代の息もかかっている。
可愛がられている彼女が恋をしていると聞けば、神代家が動かないはずがなかった。
すぐに相手を特定し、神代家に取り込もうとする。
そのためにはどんな手段も惜しまない。
公園で調査をしていた黒服たちもその一環だ。
「ふふっ。霞ちゃんはそろそろでしょうか」
先ほど連絡を受けた小蒔は落ち着かない様子で、部屋を右往左往していた。
『京太郎さんの未来が書かれた手紙が手に入った』
そう電話越しに伝えられた時は嬉しさのあまり、変な声を出してしまったほどだ。
そこにどれだけの情報量が詰め込まれているかまではわからないが、間違いなく恋愛合戦の中から頭一つ抜け出せるだろう。
それが他のメンバーにとっては致命傷になるかもしれない。
さらに小蒔には『HappyEnd』までの道のりが記された巻物もある。
「もう負ける要素が見当たりませんっ!」
興奮気味に小蒔はガッツポーズをする。
頭のなかで広がっていく妄想。
『おかえりなさい、あなた。ご飯にします? お風呂にします? それとも……こ・ま・き?』
『もちろん、小蒔さ! ハハハ!』
『きゃー』
「……も、もちろん夫婦になるのですから、こういうこともありえますよね」
その後のことも想像して、小蒔は顔をどんどん赤らめていく。
「ふふ……ふふふ……」
ようこそ、素晴らしき結婚生活。さようなら、片思いの日々。
間違いなく、この全国大会中に京太郎を自分に惚れさせる。
「完璧です……!」
そうして自信に満ち溢れた彼女の元を訪れる者がいた。
コンコンとノックしてから、小蒔とは対照的に沈んだ表情を浮かべた石戸霞は入り口をくぐる。
「霞ちゃん!」
石戸霞。
六女仙の中で最年長で、小蒔にとってはお姉さんのような存在で、恋愛の師匠だ。
小蒔の持つ巻物も霞から譲り受けたものである。
幼少の時から京太郎のことを知ってる霞は小蒔にとって、とても頼りになる人物だった。
そんな姉貴分が手に持っているのはクシャクシャになった
「か、霞ちゃん。それが例の……」
「……ええ。京太郎さんの未来からの手紙よ」
「本当に手に入ったんですね! 霞ちゃん! 大好きです!」
小蒔は満面の笑みで、霞の豊満な胸へと飛びつく。
ぎゅーっと力いっぱいに親愛を表現すると、霞から手紙を受け取った。
「こ、これが……京お兄ちゃんの……」
「……それじゃあ、私は部屋に戻っているわね」
「はい! 本当にありがとうございます、霞ちゃん!」
そう言って霞は部屋を出る。
手紙に夢中な小蒔は気づかない。
彼女の足どりがフラフラとおぼつかないものだったことに。
「………………」
そのまま虚ろな表情で、霞はあてがわれた自室へと戻っていく。
部屋へ入ると、壁にもたれかかり、力なくずるずると座り込んだ。
たたんだ両膝を抱いて、照明を見上げると、弱弱しく名前をつぶやく。
「……京太郎くん……」
胸元から取り出した一枚の紙。
それは京太郎の封筒に入ってあった二通目の手紙。
京太郎しか中身を知らないはずの手紙。
霞はそこに書かれてある自分と京太郎の未来を読んで、泣き声を漏らす。
「話したいです……あなた……」
そこには間違いなく、悲恋に涙を流す少女の姿があった。
次回は冬コミが終わってからになると思います。
来年の夏コミには参加せずに、更新に専念したいと思いますので、よろしくお願いします。
あと先日、『捨てられた勇者は魔王となりて死に戻る』が発売されました。
作者、私です。名前は悠島蘭だけど。
よろしければ、ぜひ手に取ってください。
よろしくお願いします。