俺の青春がスポコンになるなんて間違っている。   作:nowson

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今回は練習試合に向けた練習回です。




サーブカット

―海浜高校体育館―

総武高校と違い強豪校という事もあり、監督にコーチ部員の数も違う。総武高校ではできないような紅白戦を行っていた。

 

 

「集合!」

紅白戦が終わり、コーチが全員に集合をかける。部員たちはハイッ!という返事と共にコーチと監督の前に駆け出し整列する。

 

「今週の金曜日の放課後、練習試合を組むことになったからそのつもりでいるように!」

監督が部員を見渡し伝える。

 

「相手はどこです?」

 

「相手は総武高校、今回はこちらから相手に赴くことになる」

山北が監督とコーチへ問い、コーチがそれに答える。

 

「げえ!あいつらか……あいつら崩しても崩しても大砲ごり押しやって来るからしんどいんだよな」

 

「まあ、たしかにインハイ予選で一番苦戦した相手だし練習試合にはいいかもな。でも総武高校は3年が引退したんじゃなかったか?」

会話している二人は2年生だろうか、先ほどBチームにいた二人が総武高校の話をしている。

 

「だけどベンチにデカいの二人いたな、後は分からないけど……。てか、それ以前に、人数足りてないんじゃなかったっけ?」

 

「大方、誰か数合わせでも入れたんじゃないか?七沢は要注意だけど他はわかんねぇな」

 

「いずれにせよ大丈夫だろ、相手は1、2年しかいないんだから」

 

「だな」

「「HA!HA!HA!」」

 

「何笑ってんだお前ら?」ガシッ

 

「「ひぃ!」」

山北のアイアンクローが二人を掴む

 

「いつから相手見下せるほど上手くなったんだ?オイ!」

 

「「あだだだだ!!」」

 

「相手舐め腐って大口叩くなら、せめて七沢レベルまで鍛え上げろ!いつまでも3年に頼ってんじゃねぇぞ!」

 

「「は、はい!!」」

山北はフンッ!と鼻息を鳴らし二人を開放するとコートへと歩いて行った。

 

「キャプテン怖ぇよな」

 

「まあ自分にも他人にも厳しい人だからな」

ヤラれた箇所をサスサスしながら山北の後ろ姿を見る二人。

 

「でも中学の時は、すごく優しい先輩でしたよ」

 

「小菅」

声をかけてきたのは1年唯一のスタメン、八幡や山北と同じ中学だったリベロの小菅。

 

「そんなに変わったのか?」

 

「変わりすぎっすよ。高校でまた会った時、人が変わっててビックリしましたもん」

 

「何かあったのかな?」

 

「どうなんでしょ(まあ多分あの時の事だと思うけど)」

思い出される、3年前の地区大会。

 

(山北さんはきっと、あの時自分がもっと決めていたら、自分が最後まで持ってたらとか考えてたんじゃないかな)

八幡がいなくなった後、自責の念に駆られ残って練習している山北を思い出す。

 

「比企谷先輩、今何してるんだろ……」

 

 

「それじゃ練習再開すんぞ!レシーブからの二段トスを中心にやって最後に100本サーブ!」

コーチの言葉に全員が大きな声でハイッ!と返事をするとリベロを除き全員がエンドラインへ駆け出して行った。

 

 

―火曜日早朝―

ネットの前に温水が立ち、その近くに八幡がいる。

温水へのトスの指導なのだろう、肘の曲がり具合、足の向き、落下点への入り方。プレーに影響が出ないよう最小限に伝える。

 

(ある程度考えさせないとな)

総武高が海浜に勝る物の一つが頭脳、常に考えさせ学ばせる。それをなくさせてはいけない。八幡はその事を踏まえて指導していた。

 

「じゃあもう一回、バックアタック上げてみてくれ」

 

「はい!」

温水はアタックラインより前方1メートル、高さは3メートル、バックセンターへ綺麗な放物線のトスを上げる。

 

「ウラッ!」バチン!

七沢がトスに合わせ3点助走から跳び、バックアタックを打つ。

 

「どうですか?」

 

「理想的なトスだが、このチームは全般的に打点が高い。少し高めに上げた方が良いかもな。もう一回やってみろ」

 

「分かりました、やってみます」

 

(トスの好みは、キャプテンには若干かぶり気味に、稲村さんと飯山さんはややネットより、長谷はオーソドックスなトスが好み……ほんの少しかぶり気味に、やや高く、打ちやすいトスを!)

 

(良いトスだ!)バチン!

七沢にとって最も打ちやすい理想形のトス、自分の最高打点とトスの落下点がかみ合う。

 

「ナイストス!それでよろしく」

「はい!」

 

(温水は大丈夫だな。てか、現状は俺の方がヤバいかもな)

温水のトス練習が終わり、つづいて八幡がセッターに入る。

 

そして

 

「今ぐらいの高さで大丈夫、次もそのくらいでよろしく」

「ああ分かった」

七沢を……。

 

「どうだった?」

「ライトの平行、もうちょいネット近くても大丈夫。トスも、もう少し早くてもイケそう」

稲村を……。

 

「Aはもう少し高くてもイケるんじゃないか?お前なら出来ると思うんだが」

「おう!やってみよう」

飯山を……。

 

「長谷、お前は軽くジャンプするだけで高さ出せるんだから、もっと自信もって入ってこい」

「は、はい!」

長谷を……。

 

「その調子だ、最低でもレフトだけじゃなくライトの平行もちゃんと打てるようになってくれ、頼むぞ」

「はい!」

温水を……。

 

(短期間で全員に合わせなきゃならんからキツイ!!)

 

 

―朝練終了後―

 

「宗、弁当だよ!」

 

「ああ奈々、いつもすまないね」

どうやら彼の弁当は彼女が作っていたらしい、七沢は彼女から弁当を受け取りこみ上げてくる嬉しさを抑えハニカムような顔になる。

 

「いいの、いいの!その代わり今度……ね」

丹沢は口に指を数回あて軽くウインクして見せる。

 

「お、おう」

どうやら何かのサインなのだろう、七沢は顔を赤らめながら答える。

 

「じゃあまた後でね」

 

「うん、また」

七沢は大事そうに弁当を抱え、空いた手で手を振る。

 

 

「「がるるるるる!!」」

漆黒のオーラを纏い、目を光らせた飯山と稲村がまるで物の怪の類のように唸っている。

 

「お、おい何をするつもりだ」

不穏な空気を感じた八幡が二人を制する。

 

「オレタチ、リアジュウ食ウ」

 

「食ッテ、リアジュウのチカラ、手ニ入レル」

その姿は遠くから石を投げて、リア充ヨコセとか言いそうな状態だ。

 

「やめなさいショウジョウたち!七沢を食べたところでリア充になれない、噛めば噛むほど虚しさが増すだけ」

張り詰めた弓のような精神状態、もののけの様な二人を宥める八幡。

 

「「だけどリーダー!」」

 

「リーダー言うな……」

そう言うと、俺を童貞の代表にするんじゃねえとため息を吐く。

 

「あ、ヒッキー!」

「おはよう比企谷君」

「お、おう,どうした?」

八幡に声をかけてきたのは奉仕部の二人、何故ここに?と問う。

 

「あの、これ」

結衣が八幡に布に包まれた箱、俗に言うお弁当を差し出す。

 

 

「っ!?俺にか?」ダラダラ

八幡の脳裏に浮かぶのは、嫁度対決の時の料理。

 

 

素材の持つ負の力を存分に高めた……

 

 

 

圧倒的破壊力!!

 

 

 

味覚への暴力!!

 

 

 

彼のトラウマの一つとして今蘇る。

 

「何その嫌そうな顔?」

あきらかに嫌そうな顔をしている八幡に遺憾の意を表明する結衣。

 

「大丈夫よ私も一緒に作ったから」

「そうだよ、二人で頑張って作ったんだから」

そんな八幡に対して雪乃がフォローし結衣が同意する。

 

「て、大丈夫って何!?」

 

「そ、そうか」ホッ

 

「なんかあからさまにホッとしてる!?」

普段ボケ担当がツッコみ役になる。

 

「いや気のせいだ」

「そうよ、気のせいよ」

ふたりはクスリと笑いはぐらかした。

 

「でも何でわざわざ作ってくれたんだ?」

女子の手作り弁当とかいうリア充イベント、まさか自分に?と半信半疑になり二人に問う。

 

「どうせ貴方の事だから菓子パンばかりでしょ」

「だから二人で試合までの間お弁当作る事にしたの」

「お前ら……」

何とも言えない嬉しさと恥ずかしさにどんな顔をしていいか分からずそっぽを向く八幡。

 

「これは奉仕部の依頼のはずなのだけど、忘れたのかしらボケ谷君?」

 

「だから私たちも力になれるようにって」

 

「そ、その……ありがとうな」

そっぽを向いたまま頬を掻き、恥ずかしさと嬉しさを隠すように、けど確かに感謝の言葉を言う。

 

「「どういたしまして」」

そんな八幡の態度にクスリと笑いながら二人は答えた。

 

「じゃあ私達行くわね」

「また後でね!」

 

「おう、また」

二人は八幡に手を振り体育館を後にし、八幡もふたりに手を振る。

 

 

「「がるるるるるる」」

(ハッ!!)

後ろからくる殺気にアホ毛をピンと立て危険を察知する。

 

「「貴様はリーダーじゃねぇ!!敵だぁぁぁぁぁぁ!!!!!」」ガバッ

 

「ま、待て!落ち着け!話せばわかる」

抵抗する間もなく拘束される八幡。

 

「そのセリフは死亡フラグだぜ比企谷」

そんな八幡をお姫様だっこする飯山。

 

「お、おい……」

はじめてのお姫様だっこは男でした状態。

 

「安心しろ、噛みついたり弁当奪ったりはしない、が」

「少しMP削らせてもらうぞ」

 

コチョコチョコチョ

 

「や、止め!ギャハハハハハハ!!!!」

飯山にお姫様抱っこされ稲村にひたすらコチョコチョされる、そんな状況に喜ぶのは一人だけ。

 

「ガタイのいい男子達に襲われるヒキタニ君……キマシタワー!!!」パシャ!パシャ!

某腐女子が鼻血を流しながら写真を撮りまくっていた。

 

 

 

 

―ベストプレイス―

昼休み、いつもの場所でベンチに腰を掛ける八幡。いつもなら菓子パン片手にテニスコートを眺めるところだが今日は違う。

 

彼の手元にあるのは雪乃と結衣が作ってくれたお弁当。気恥ずかしさに、嬉しさ、今までこういった事と縁がなかった彼にやって来た手作り弁当イベントに、こみ上げるニヤケを抑えるように口元に力を込めながら、弁当の包みを開ける。

 

「おお、旨そうだな」

海苔に包まれたおにぎりが二個、里芋、人参、蒟蒻、鶏肉の炊き合わせ、卵焼き、カットフルーツ。栄養バランスに彩も考えられたメニュー。

 

「こっちが雪ノ下でこっちが由比ヶ浜か」

綺麗な三角形のおにぎりと、形がいびつなおにぎり、誰が作ったか分かってしまう。

八幡はクスリと笑いその二つをモグモグと食べていく。

おにぎりの中身は片方が昆布、片方が梅干し。シンプルな具だが、弁当のメニューと喧嘩をしないように考えられた心遣い。

 

「卵焼きに、おにぎりか……合うな」

醤油と出汁の味がやや強め出汁巻き卵、おにぎりと食べた時に真価を発揮する味付け。

そのホッとする味わいに空腹だった八幡は弁当の卵焼きと一緒にモグモグとおにぎり二個を平らげてしまう。

 

「煮物も誰がやったか分かるな」

煮崩れを防ぐための、きっちり面取りされ整った野菜と、面が強調された独創的な切り方の野菜。誰がやったか一目瞭然。

 

「旨い」

口に含むと素材の味がジュワッと出汁の旨味と共に舌の上に広がる。

味付けの基本となる割り下は雪乃が作ったのだろう。素材の味を殺さぬように、それでいて醤油とみりんによる、味の輪郭が形成され和食の和が生きた味になっている。

 

「煮物大正解だな」

切り方がいびつだろうが何だろうが、味付けのベースがしっかりしてれば問題なく食べれる。

 

「てか作ってる姿が想像できちゃうな」

結衣が必死に野菜を切ってる間に雪乃が割り下を準備、そして残った野菜を雪乃が一緒に切る姿を想像する。

 

「ごちそうさん」

そう言葉にすると弁当を包み直すと、ベンチに深く腰を掛け直し空を眺める。

 

ふと八幡の脳裏に思い浮かぶ、結衣が奉仕部にやってきたあの時。

クッキーを作ったあの日、そして奉仕部が3人で歩き出した日。

 

「……奉仕部最後の依頼か」

練習試合が終われば奉仕部の依頼も終わり。ふと彼の心に一つの思いが過る。

 

この練習試合は最後の依頼。

そして、コートに戻る事はないと思っていたあの時の続き。

 

コートに最後まで立っていたい。立って勝ちたい。辞めてからも頭の片隅に残った思い。

(今度の試合、相手はあの海浜。勝てる見込みは少ない……けど)

 

勝ちたい、奉仕部の為?バレー部の為?

 

否、全てをひっくるめ自分の為。

 

 

「……マッカン飲みたいし、とりあえず行くか」

いつもの風が休み時間の経過を知らせてくれ、八幡はベストプレイスを後にした。

 

 

―自動販売機前―

 

「おっ!比企谷じゃないか」

八幡は自販機に近づくと既に先客がおり、その人物が彼に向け声をかける。

 

「あ、ちわっす」

声の主は前バレー部キャプテンの清川、一応先輩という事で軽く会釈し返事を返す。

 

「バレー部はどう?」

 

「悪くないと思いますよ。個の力に身体能力、それに足りない経験と技術が追い付けばかなりいいチームになると思います」

「でもそれは、いいセッターがいるのが大前提の話じゃないか?うちには強力な助っ人セッターはいても部員にセッターはいないからなぁ」チラチラ

目は口ほどにものを語る。

入らないの?入ろうよ!入れよ!と言わんばかりな視線。

まるで、某ゴールデンブリッチを制覇した時に待ち構えているロケット団勧誘員のよう。

 

「まあ、といっても俺、今週末までっすよ」

奉仕部への依頼は練習試合の助っ人、海浜の試合が終われば終わりなのだ。

 

「……は?練習試合決まったの!?いつ?どこで?相手は?練習は?」

長く連れ添った後輩ではなく、助っ人である八幡に事実を聞かされ清川は困惑したのか、八幡に詰め寄り、興奮気味に問う。

 

「お、落ち着いて」

 

「あ、ああ。すまない」

 

「いえ、七沢から聞いてなかったんですか?」

 

「俺、聞いてない……」

清川はショックだったのだろう、寂しそうに俯く。

 

「まあ決まったの昨日ですし、あいつの事だからあまり先輩に気を使わせるのも、ってことで連絡しなかったのでは?」

ここはフォローする場面と判断しフォロー。

 

「それならいいんだけど、で、日時と相手は?」

 

「金曜日の放課後。相手は、その……海浜です」

 

「はぁ!?なんでウチと!?」

 

「あっちから誘いがあって顧問が勝手に受けたらしいです」

 

「まじか」

 

「そんで昨日、練習試合決まってから皆でミーティングして。今朝の朝練からそれ用の練習してるっす」

 

「サーブカットとローテの確認、フォロー含めた練習は?」

 

「女子と試合するみたいです、後はミーティングで話したのをシミュレートするくらいしか」

 

「それだとスパイクとサーブカットが問題だな」

男子と女子のバレーの違い、それは高さと威力。

女子ではキャプテンである丹沢がジャンプフローターを使うものの他はフローター、サーブカットのポジショニングやローテの確認にはなっても強い球を受ける練習にはならない。

男子バレー部が抱えている悩みの一つが守備、個では高い守備でもチームの守備としてどうかは別問題。

ブロックでコースを絞らせ、レシーブの上手い選手へ誘導できるスパイクと違い、サーブはブロックが出来ない以上、オーバーにアンダーポジショニングに予測を含めたカットの

技術が必要になってくる。

経験の浅い総武高校において攻撃以上の課題である守備、その中でも1番重要なサーブカットが弱点で、かつ練習が出来ていない状況だった。

 

「よし!じゃあ今日の放課後、俺がサーブ打ちに行くよ」

 

「流石にわるいですよ」

受験生が何言ってんの!その誘いを当然のように断る。

 

「遠慮すんなよ!」

 

「いや、遠慮じゃなくて清川さんの手を煩わせたら奴になんて言われるか」

よくもキヨ先輩の手を煩わせたな!と言わんばかりに威圧する七沢の姿が容易に想像される。

 

「……バレー離れた人間なら、と言うかお前なら分かると思うけど、無性にボール触りたくて仕方ないんだ。ボール近くにあるとアンダーとかオーバーで意味もなく一人ラリーとか、ついつい、やっちゃうだろ?部屋にボールなんてあったら、寝る前に寝転がりながらトス練したりするだろ?でも流石に部屋で壁打ちできないじゃん?サーブなんて打てないじゃん?打ちたい欲求たまるじゃん!?」

清川はそう言いながら少しずつ、少しずつ八幡に詰め寄る。

 

「だから俺、最近欲求不満でさ、このままだと……。どうにかなっちまいそうなんだ!!」

そして八幡の肩をガッチリつかんでとんでもないことを叫ぶ。

 

「お、落ち着いて!気持ちはよく分かりますが」

 

「だろ!お前なら分かってくれると思ってたよ!じゃあヤラせてくるよな!?お願いだからヤラせてくれよ!少しだけ!少しだけでも良いから!!」

まるで、先っぽだけ!先っぽだけでいいから!!と、必死にせがむDTボーイのようなお願いをする。

 

「わ、わかりましたから詰め寄らないで!」

 

「お、すまんな!つい興奮しっちまった」

流石にドン引きされたと思ったか、肩から手を外し距離をとる。

 

「い、いえ」

この人が、相当のバレー馬鹿なのは分かった。これで部活来るな!なんて八幡にはとても言えなかった。

 

「あ、そうだ!お詫びに何か奢るよ」

清川は財布から小銭を取出し自販機に投入していく。

 

「えっ?あの」

 

「好きなの押しな!また後で!」

流石、元バレー部キャプテン。テンションマックスなのも手伝ってか「マンマミーヤ!」と叫びそうなほどの跳躍を見せながら清川は階段を駆け上がり、教室へと戻っていった。

 

「ストレスか……。受験生は大変なんだな」

貰えるものはありがたく頂戴しよう。マッカンのボタンを押し、取出し口から取り出すと、マッカンのプルタブに手をかけ口をつけると、その場を後にした。

 

 

 

「す、すごい現場見ちゃった。というかアイツOKしちゃったよ!」

そこには顔を真っ赤にしながら狼狽えるクラスメート、相模南の姿。

どうやら『だから俺、欲求不満でどうにかなっちまいそうなんだ!!』の場面から聞いていたらしい。

 

「どうしたんだろ私……。何なんだろうこの気持ち」

いまだに心臓の音が鳴りやまない、制服の上から胸を押さえつけドキドキを確認する。

 

「フフフ……」

 

「だ、誰!?」

 

「ようこそこちら側の世界へ!歓迎するよさがみん!」

眼鏡を怪しく光らせた女は、そう言うと何か薄い本を何処からか取出し布教活動を開始した。

 

その後、彼女に何が起きたか……それは当事者以外は神のみぞ知る。

 

 

―放課後―

 

「比企谷!」

 

「何だ飯山?」

 

「明日からでいいから、これ書いてきてくれないか」

 

「ナニコレ?」

食事や運動量、栄養量など様々な記入欄のある紙を渡される。

 

「見たまんま記入表だ。その日何を食べたか?食べた時間はいつか?摂取カロリーやタンパク質の量、並びにアミノスコア、運動量と体脂肪率、体重、水分量はどうか?それらを試合までのコンディショニングに使いたいからから、これを書いてきてくれないか?」

 

「お前、これガチ過ぎないか?」

とても高校の部活とは思えない、部活のレベルを超えている。

 

「何を言う。本当なら、練習度に血中酸素濃度の測定、長期間のクレアチンのローディングも行い、摂取量とタイミングはどうか?体のデータを含め、それらを1か月からチェックし、統計処理をして適切な栄養指導をしたいところだが、それをやると管理される側がきつくなってしまい提出するデータを適当に誤魔化しかねない。だからせめて試合前のケアに止めておいてる。ちなみに俺は毎日やっている」

飯山はそう言うとマイファイルを取出し、八幡にそれを見せつける。

 

(こいつ、想像以上のガチでした……)

 

八幡は再び記入表に目を落とす。

 

(総カロリーにたんぱく質の量、摂取サプリメント、運動量に摂取した水分量まであるのか)

 

「てか俺、カロリーとかタンパクの量とか分かんねぇぞ」

 

「補足欄多めに確保してるからそこに食ったものと量を書いてくれ、そんで俺に食べる前にlineで画像送ってくれればいいさ、俺がそれ見て記入する」

 

「おう、分かった」

 

「というわけで、俺は俺のやれることをやる。だからお前も頼むぞ、セッター」

飯山はガハハと笑いながら八幡の肩をバシバシと叩く。

 

「いや、痛いから」

 

「1年、お前らもこっち来い用紙配るぞ!」

 

「「はい!」」

 

 

―体育館―

バレー部は部活に取りかかるべく準備をしていた。

体育館の床にある蓋を開けポールを入れ、ネットを張り、アンテナをつける。

円になりストレッチ開始のいつものスタート。

 

準備運動を終え、パスに入る。

 

 

その時だった

 

「おす!」

今日の放課後サーブを打ちに来ると言っていた清川が姿を見せる。

 

「「「「「お、おつかれさまでーす!!」」」」」

まさか来ると思ってなかったバレー部員が条件反射で挨拶をする。

 

「ど、どうしたんですか?そのカッコ」

ハーフパンツにアシ○クスのバレーシューズと長袖シャツにサポーター、やる気十分なそのいで立ち。

「どうしたもこうしたもあるか!練習試合の相手決まった上に相手は海浜!なのにサーブカットの練習すら出来てないんだろ?こういう時くらい頼め!サーブくらい、いくらでも打ってやる!」

 

「でも……受験勉強中に声を掛けるなんて」

声なんてかけたいに決まっている、しかし相手は受験生。声を掛けれるわけがない。

 

「まあまあ、清川さんもタマには息抜きしたいだろ。バレー好きの息抜きはバレーに限る」

「そういう事だ」

八幡がフォローし、清川はその言葉に、そうだそうだ!とうなずく。

 

「……何か二人仲良くなってない?」

「気のせいだ」

「そうだ気のせいに決まってるだろ。ホラ!さっさとアップしろ、時間がもったいないぞ」

「は、はい!」

(ところで、清川さんは何故、サーブ打つのだけなのにサポーターつけまくってるんだろ?)

レシーブなどで膝が床と接触し擦り傷を起こしたり、打撲になりやすいため膝にクッション入りのサポーターを着けたり、摩擦防止に肘にもサポーターをつけたりする。が今回はサーブのみ、ジャージとシューズがあれば十分。

 

 

「良い先輩を持ったな俺たち」

飯山とパスをしている稲村が呟く。

 

「ああ、おかげでサーブカットからの練習が可能になったな」

 

「きっと無理して来てくれたんだろうよ」

 

「うし!気張るぞ!」

 

「おう!」

 

 

(ああ!たのCぃぃぃぃぃぃぃぃ!!)

そんな部員たちを他所に、顔をニヤニヤさせまくりながら壁打ちをしまくる清川。

 

「あれ絶対自分が打ちたかっただけだよね?付き合い長い俺には分かる」

そんな兄貴分の姿をみながら七沢が言う。

 

「いや、あれは付き合い長くなくても分かると思う」

だって明らかにニヤニヤしすぎだもん。そう言いたくなるぐらい清川は笑みを浮かべボールを打ちまくっていた。

 

―数分後―

 

「行くぞ!」

さぁ来い!  カット一本!

 

(最初は体が慣れてくるまでジャンフロで行くか)

清川はジャンフロを試合でも狙われるであろう、後衛にいる長谷目掛けてサーブを打つ。

 

(あっ!)

一瞬オーバーかアンダーかで悩んだ長谷はバタバタし不完全な形のままアンダーに入るが胸に当たり小さくバウンドさせてしまう。

 

「オーライ!」

「レフト!」

Dパスで八幡は対応できない、そう踏んだ七沢が素早くカバーに入り、トスが呼ばれた先、稲村のいるレフトへアンダーで高めのオープンを上げる。

ネットやや近めに上がったオープンを稲村は強烈な打音と共にクロスに打ち込む。

 

※A、B、C、Dパス

A:セッターポジションにしっかりと上がった理想的なパス

B:セッターポジションとは言えない、少しセッターが動くパス、使おうと思えば速攻にも行ける

C:速攻キツイ、どこに上げるかバレてしまうアタックラインより後方の崩れたパス

D:セッター以外がカバーしないと無理なパス

チームによって基準が異なるかも。セッターには申し訳ないですが、自分はレシーブが苦手だった為、一本で返ったりDパスにならないよう、やや高めなBパスを意識してカットしてました。

 

「ナイキー」

「ナイスカバー」

七沢と稲村が互いを褒め合う。

 

「長谷、サーブカットなんだからジャンフロ来たら、お前の身長ならオーバーだろ。ドリブル気にしなくていいんだから自信もって行け、仮にAパスならなくても高く上げれば比企谷なら対応してくれる」

「ああ、つーかAパス意識しすぎて一発でコートに返ることの方が怖い、俺はジャンプ力も身長もそこまで無いから、押し合いになったりダイレクトで叩かれたら100%負ける」

清川が先ほどのプレーの反省点を踏まえ指導し八幡もそれに乗る。

 

「分かりました。気を付けます」

「次もっかい行くぞ!ちゃんとカットしろよ!」

「さぁ来い!」

長谷は気合いを入れ直し、前を向き目の前のボールに集中した。

 

サーブカットの練習でローテーションが一回り半、ジャンフロの動きに部員が慣れ始めた頃……。

 

(体も馴染んできたし、次はジャンプサーブでいくか)

(げっ!あのトスは!)

さっきまで両手で無回転のトスを上げていた清川は、片手でスピンをかけたトスを高く上げ、軽い助走からの三点助走でスパイクのようなサーブを飯山目掛け打ちこむ。

弾速の早いジャンプサーブは、飯山の守備範囲へ。

触れはするがあさっての方向Dパスにもならないカットをしてしまう。

 

「やっぱり後衛のミドルが狙われるときついな」

「すまん」

「すいません」

七沢のぼやきに謝るミドル二人。

 

「もう一本いくぞ!次は上げろよ」

(俺に来るな!俺に来るな!!俺に来るなー!!!)

 

「やっぱり来ちゃったーーーー!!」

調子が悪く、来るな!俺に来るなって時ほどボールが集まり、調子が良く、俺に来い!俺に来い!って時ほど来ない法則。

 

というか練習なので、清川は容赦なく試合でも狙われるであろう飯山を狙う。

 

飯山アンダーで拾うが今度は一本で返してしまう。

 

「コラ!腰引けてんぞ!腕だけで上げんな、ちゃんと体も使え!」

 

「す、すんません!もう一本お願いします」

完璧な及び腰、で腕だけアンダーをしてしまった飯山はもう一度サーブをお願いする。

 

(怒られる飯山って新鮮だなぁ)

 

「試合じゃやり直しはきかないからな!ちゃんとカットしろよ!」

 

―そして―

サーブカットの練習も終わり、100本以上打ちこんだ清川は持ってきたタオルで汗を拭いクールダウンを済ませ。

 

「じゃあ俺は勉強に戻る、また来るぞ」

久々のサーブにご満悦、顔をつやつやさせながら勉強へと戻って行った。

 

ありがとうございましたー!!

 

(なんで100本以上ジャンプサーブとジャンフロ打ってるあの人のが俺より元気なんだ?)

信じられねぇ……という顔をしながら八幡はスポーツドリンクを飲む。

 

「すまんな比企谷、大丈夫?」

「流石にキツイ、余裕なさげならせめて高く上げてくれ」

低いCパスやDパスをたくさん上げられ、その都度八幡は素早く落下点に入りトスを上げる。中々にきついものがあった。

 

「分かってはいるんだがオーバーならともかくアンダーはどーも苦手」

「自分はどっちも苦手です」

「ジャンフロならともかくジャンプサーブをオーバーは無理だしな」

強烈なジャンプサーブをオーバーで取ろうとすれば顔面レシーブをやりかねない。

まだバレー始めて間もない頃とか、三角作るの意識して肘を外に向けて、ボールが指をすり抜け顔面レシーブしてしまう事だってある。

※私の事じゃありませんよ

 

「稲村なら出来るよ」

「は?どうやって?」

ジャンプサーブをトスで?無理でしょ!な感じで八幡は聞く。

 

「指と手首鍛えるんだよ、そんで体作れたらOK牧場!指と手首グッと固めて、グッ!ボッ!て感じで上げるだけさ」

「言っておくけど真似すんなよ。そいつオリンピックにプレートつけて片手でリストカールやる化け物だから」

※オリンピック

バーベルのオリンピックシャフトの事、シャフト事態もかなり長く、これだけで20キロある、これを片手でカールしようものなら普通ならバランスを崩しまともに支持できない。

 

「レッグプレスで備え付けのプレート400キロじゃ足りなくて、ダンベル持った俺をマシンに乗せてた奴が何を言う」

 

「お前ら人間やめてね?」

八幡素直な感想、同じ人間のやる事じゃない、と思わずくちにする。

 

「別に止めてはいない、それに上には上がいるんだよ」

「ああ、越えられない壁ってやつだ。それを超えない限り俺らは、まだまだ人間だ」

遠い目をしながら物思うげに何かを連想し上を見上げる二人、これはきっと周りがおかしすぎて自分たちもその領域に知らないうちに足を踏み入れてるパターン。

 

「人間って、どこから何処までが人間なんだろうな……」

俺がツッコんでも無駄だろうな、八幡はそう判断するとスクイズボトルのドリンクを飲み干し、自分の体を軽くほぐし始めた。




次回の更新は早くて来週、遅くて再来週になります。

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