俺の青春がスポコンになるなんて間違っている。   作:nowson

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お久しぶりです。

今回はタイトルで察しがつくかもしれませんが八幡の活躍回になります。


かなりマニアックな内容も含みますがご了承ください。


理性の化物 ~前編~

(あの速攻……クレイジーだな)

八幡と七沢、3セット目になり二人が始めて見せた今日一番の速攻。

 

面を食らったのは選手だけではない、監督も動揺していた。

 

 

(今、使って来たということはマグレか)

そうでなければ2セット目の中盤で既に使って勝負を決めに来ていたはず。フルセットにもつれ込み八幡がスタミナ切れを起こした現状で使うという選択肢は普通ならありえない。

 

 

(いくらなんでも、この状況……ぶっつけ本番でやるか普通?リスク高すぎじゃねぇか)

何せ連続でタイムアウトを使い、後が無い状態での最初のターン。ここで速攻をミスしようものならタイムアウトで切れた流れはまた元に戻り9点差、チームの負けを決定づけムードまで盛り下げてしまう。

 

 

 

 

「もう一丁来い!」

七沢が再び助走体勢に入りトスを要求する。

 

 

(点差あんだ、ネッチ覚悟で止める!)

海浜のブロッカーが七沢にコミットに着く。

 

※ネッチ

タッチネットの略

球技大会のように素人同士の試合の場合、取ってしまうと試合にならない為ほとんど取りませんが、普通の試合ではシビアに取る反則。

 

 

 

(よし釣れた)

(今度はバックアタックかよ!)

八幡の選択はバックアタック、バックセンターから走り出していた稲村が打ち込み決める。

 

 

 

 

 

(ウチの奴ら、あの速攻喰らって飲まれてやがる)

3セット目、勝ちが現実に見えた場面での新しい速攻、それも一番厄介な選手がやったという事実。

 

それにより相手のプレーを早く切ろうと単発的なプレーが多くなり、そこを八幡に突かれる形になっている。

 

 

 

(どうする?タイムアウトで切るか)

この場面はさっさと流れを切り落ち着かせるのが定石、海浜の監督は3セット目まだ使っていないタイムアウトを使おうとするが

 

 

(……まてよ)

彼の脳裏に浮かんだのは、先ほどの総武高校のタイムアウト。

 

2分間あるタイムアウトを続けて取った為、後が無いものの4分間プレーは途切れる事となった。

 

その状態で今タイムアウトを使ったら?

 

タイムアウト後、2ローテしか回ってない状態でのタイムアウト。

 

それにより一番喜ぶことになるのは、スタミナが限界を迎えている相手のセッターの八幡。

 

 

そうなれば即席で新しい作戦を組んできかねないばかりか、この短時間で計6分の長い休憩を与え、彼のプレーが息を吹き返す可能性がある。

 

 

(それこそ奴の思うツボ、このまま行くしかない……差は6点、これじゃあ6点もあるじゃなく6点しかねぇって感じか……七沢の速攻だけで済めばいいが)

 

 

タイムアウトを取ろうと席を立った海浜の監督だったが、再び椅子に腰を掛け腕組をし、いつものようにジッとコートを見つめ

 

 

「イヤらしい奴だ」

小さくつぶやいた。

 

 

 

 

 

 

(こっちの思惑に乗ってくれるかと思ったけど、やっぱ乗って来ねぇか)

あわよくばタイムアウトを取ってくれれば、休憩になり4分の休憩の後に2分の休憩でスタミナの回復を狙っていた八幡、そう上手くはいかないかと小さく息を吐く。

 

(まあ、それでも流れがこっちに来かけてるのは間違いねぇ、次に行く)

いずれにせよ、総武高からすれば大きなチャンスには違いない。気を入れ直し次のプレーを頭に展開した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「七沢が後衛で下がって稲村が前衛か、さっきみたいな速攻は使えないだろうけど何をやるんだ?」

 

「変態ブロードもさっき防がれたしな。せめて他に決めて手があれば」

 

「恩名、お前ならどうする?」

相変わらずネガティブなOB1、2、3。

 

 

「俺の時はこういう場面、Aクイック囮のレフトの平行かバックアタックだな、それしかなかったし」

 

「俺の決定力なくてごめんなぁ……」

 

 

 

 

(後衛は七沢に守備の良い4番がいる、そしてミドル二人をサーブカットから外した配置……どうする?打つとこねぇな)

海浜のサーバーは総武高の配置を眺め、サーブの選択に入る。

 

 

(4番か七沢に打って綺麗に返されたら厄介だ、あの手で行く!)

スピンのかかったトスにスパイクのような助走からの意表を突く軟打、狙う先は後衛でも、レシーブから外したミドルでもない、前衛に上がって来た稲村へのサーブ。

 

七沢が後衛に下がった場合、軸になるのが稲村のブロード。下手に返されるくらいなら、相手の意表を突き、かつその軸を崩す。それが海浜のサーバーの狙いだった。

 

 

 

 

「オーライ(それを待ってた!)」

八幡が稲村のボールを奪うように前に出て、オーバーでAパスを上げる。

 

(セッターがカット!?)

 

 

 

 

 

 

―タイムアウト中―

 

「そんで七沢が後衛に回った時なんだけど……温水、お前が一本目に触らなかった場合セッターに入ってくれ」

 

「え?まさかアレをやる気ですか?成功率低いですよ!」

 

「アレって何だ?」

 

「何言ってんだ飯山、俺が前衛なんだからブロードに決まってんだろ」

 

「でも自分はCは辛うじてできる程度で、Dどころかライトの平行も怪しいですよ」

ライトへ上げるトスはバックトスになる。八幡と違い、正式な練習を積んだわけではない彼にとってそれは高難易度である。

 

 

「確かにバックトスでやった時は成功率低かったけど、ライト向いて上げた時は問題なかったろ」

 

「そ、それはそうですが、上げる方を向いてたらブロッカーに悟られちゃいますって」

 

 

「大丈夫!俺と比企谷の新しい速攻なんて、ぶっつけ本番なんだから。それに……それ用の布石はすでに敷いてある、だろ?比企谷」

七沢は温水の背中を軽く叩き、含みのある笑みを八幡に向ける。

 

「まあな」

 

「やってやろじゃねぇか温水、ここは男の見せ所だぞ」

 

「……稲村さん」

 

「なんせ女子が応援来てんだ、ここで男を見せないで何時見せるんだ?今しかねぇよなぁ!!」

 

 

「そうだぞ!勝って女の子に良いとこ見せて彼女ゲットだ!!」

 

 

「ト、トリアエズヤリマス」

熱血モードに入った先輩二人に絡まれたら敵わん、温水はさっさと同意。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(お膳立ては出来た――後は)

「オーライ!」

打ち合わせが頭に入っていた温水が素早く落下点に入り込み、普段向いているレフトではなくライトへ体を向ける。

 

 

 

(はぁ!?何でライト向いてる)

セットアップに入った温水の予期せぬ行動に海浜のミドルブロッカーが戸惑いを見せる。

 

 

(レフト走った!錯乱?囮?――どれだ)

 

 

戸惑いは焦りを生み、焦りは迷いを生む。一瞬の中の駆け引きにおいて、プレーを濁らせる思考の状態となる。

 

海浜のブロッカーは定石ではありえない行動に動揺し必要以上にそれを注視する。

 

そして、その状況こそ総武高、ひいては八幡の撒いた餌でもあった。

 

1セット目からルールやセオリーの隙を突いたプレーや意表を突くプレーの数々で騙しを重ねた。それにより海浜に刷り込まれた経験からくる警戒という状況。

 

相手は自分をだましてくる、その心理状況が常にプレーの裏を読み取とろうと警戒するようになり、それが時に焦りや迷いを生む。

 

その結果、トスを上げる方向を向いていた温水のプレーにさえ必要以上に焦り警戒することとなる。

 

 

(自分が打つつもりで!)

(Cだ!)

焦りから囮に入った長谷に釣られる。

 

 

(ナイス囮!)

(ミドルが釣られた!後衛は?)

これでブロックはサイドの一枚、コースを隠しきれないと判断したサイドのブロッカーが一瞬チラリと後衛の位置を見る。

 

(来てる!打ち合わせ通りストレート開ける!)

前衛の八幡がファーストタッチを取り稲村とスイッチし前衛三枚。その為、海浜のリベロである小菅は定位置に、そしてトスが上がったのを見てから瞬時にサイドへ身を寄せようとしている、それを確認しブロック体勢に入る。

 

 

(ブロックアウト狙う!)

海浜は自分のブロードに対しワザとストレートを開け誘導し対応している。だからと言ってクロス方向に打とうとすれば、体が流れながら打つブロードでは対角線に打つしかない。その性質上ボールの軌道をブロックで抑えられたら、どうしてもつらい。フェイントなら意表こそ突ける物の拾われてしまったら、警戒され次の選択肢が減るばかりか拾われた時のダメージはでかい。

 

そんな中アタッカーの稲村の狙いはクセ玉打ちでもクロスでも無くブロックアウト狙い。

 

相手はあきらかにクセ玉打ちを意識している、ならばこれを成功させれば海浜は今のパターンを頭に入れざるを得ない、そうなれば自分の空中戦での選択肢が増える、少なくとも囮としても機能しやすくなる。

 

 

 

 

(遅れた!間に合え!)

囮に釣られた、海浜のミドルが片手を伸ばしなんとか食らいつきブロックを1、5枚にする。

 

(好都合だ!遠慮なく振りぬく!)

無理な体制のブロックは逆にありがたい、手の形がと向きが不完全なミドルの手に思いっきり打ち込み、コート外へと飛ばす。

 

 

「「よっしゃぁ!」」

ブロードを決めた稲村と温水が声を出しガッツポーズをする。

 

 

総武高校 9 ― 16 海浜高校

 

 

 

 

「ナイスキーです!」

「いや、今のはレシーブ、トス、囮、全部が噛みあったナイス連携ってやつだろ?」

稲村は温水の言葉にそう返すと、ガッツポーズした手をチームメイトへ向け上へあげた。

 

 

 

 

 

海浜から総武高にサーブ権が移りローテが回り、前衛が八幡、飯山、稲村の攻撃型ローテに移る。

 

 

 

「飯山、稲村、耳貸せ」

八幡の言葉に二人は耳を傾け言葉を聞くと頷き、ブロックに備えた。

 

 

 

 

「ここで長谷が下がって、飯山上がった……一番攻撃が強いローテだ」

 

「長谷のサーブそこまで強くないからブロック大事だぞ」

 

 

 

「リベロには打たない、リベロには打たない、リベロには打たない、リベロには打たない……」

ルーティンを入れながら、海浜コートをジッと見つめ念仏のように呟く長谷。

 

「あっ!」

リベロには打たない!そう決めた時、なぜか綺麗に行っちゃうもの。

 

「オライ!」

変化もなければ特殊な回転もない、取りやすいボール。小菅が綺麗に拾い角度の速いAパスを上げる。

 

 

(来た!)

海浜のセッターがリズムよく数回足を捻りタイミングを自分に合わせAクイックを上げる。

 

 

(((今だ!!)))

総武高は三枚ブロックでそれに合わせ跳び、ブロックで仕留める。

 

 

 

総武高校 10 ― 16 海浜高校

 

 

 

 

「「「ドシャットキタ――(゚∀゚)――!!」」」

ヒャッホーイと喜ぶOB達。

 

 

「今ゲスで止めた?読んでたのか?」

「ああ、比企谷の事だ読んだんだろうな」

恩名の問いに清川が答える。

 

 

※ゲスブロック

憶測で跳ぶブロックの事

 

 

 

 

(あいつ……やっぱりセッターの癖を読んでやがる!)

1セット目、ツーアタックを自然に取った時に感じた予感。

 

 

 

バックトスを上げるとき頭がわずかに後ろを向く、足の向きがトスによって異なる、トス回しの配球割合など選手によって異なる癖、海浜の監督の予感が悪い形で的中してしまう。

 

(下手に手を出せばチーム全体が動揺しちまう……。タイムアウト、選手交代、リベロの伝令。手札はあるが使うと比企谷が喜ぶような現状。今は打つ手なしか)

山北に集めれば左利きに慣れてきた総武高が対応する可能性がある、タイムアウトを取れば休憩を与えるばかりか新しい情報を元に作戦を立ててきかねない、そして事実を伝え動揺すれば、それを利用しかねない。

 

(ここまでの苦戦。今まで総武高に無かった個の力が要因だと持ってたが、それだけじゃねぇな。比企谷が加わったせいで采配、作戦、さらには指導者不在でハンデでもあったベンチワークまでもが今までの総武高と違う)

事前に打ち合わせていた作戦と情報をコートの中で実際にある情報を交え組み替え、臨機応変に対応してきている。

 

 

(普通は試合中コートにいたら、敵味方の情報と駆け引きでいっぱいで、他の事まで頭回せねぇのに今後の展開、相手から見た自チームの見え方含め冷静に物事を処理して組み立ててやがる。それも体力の限界来ている中で相手のベンチワークも頭に入れて……なんつー理性だよ)

 

 

 

「化物め」

海浜の監督は目を閉じ小さく呟いた。

 

 

 

 

「本当に比企谷の言う通りだった」

 

「よくわかったな」

 

「動画見てたら偶然、まあ癖消されてねぇかハラハラしたけど大丈夫みてぇだな。それより飯山、次お前行くから」

 

「おうよ!それで俺には何をお求めなんだ?比企谷」

 

「ああ、お前はA打ってくれればいいわ」

 

「は?そんだけ?」

 

「言っておくけど今まで見たいな合わせたトスじゃねぇ、お前に合わせねぇで行くから気抜くなよ」

 

「抜くかボケ!」

 

「それなら良いんだけど考えて込んでチンタラしたらトスに遅れちまうからな」

 

「わかったって」

 

 

 

 

 

(クソっ!何で読まれた?)

一番早い速攻であるAクイック、それに3枚ついたという事は読まれたとしか思えない。海浜のセッターにあせりが生まれる。

 

 

(ならコレで!)

(焦りで癖出まくってんぞ)

バックトスに見えるかのような頭のずらし方からのレフトへの平行、頭のずらし方からトスを読み八幡が飯山と稲村にブロックの指示を出す。

 

 

(またかよ!このままじゃ捕まる!)

きっちり揃った3枚ブロック。ドシャットを食らうくらいならフェイントで躱す。そう判断したアタッカーがフェイントを打つ。

 

 

「チャンス!(逃げたフェイント、バレバレだ)」

(2セット目からダメダメなんだ、そろそろ決めろ!)

七沢がしっかりと反応しAパスを上げ、八幡がセットアップに入る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―先週、某ドーナツ屋―

陽乃と遭遇後、八幡を含めたバレー部全員でバレーボールトークをしていた時。

 

 

「そういや比企谷のバレシューは大丈夫なのか?」

 

「ああ、サイズもピッタリだし特に――」

「――そっちじゃなくてお前のプレースタイルに合ってるか、ゴム固くなってないか、そういう事の話だ」

サイズの話かと思った八幡の話を遮り、長い間使わないでおいた靴のゴムは固くなりやすい、そんな馴染んでいない状態で久しぶりのプレーは怪我につながりやすい、飯山はその事を伝える。

 

 

「多少固くなってるけど今のとこ気にするほどじゃねぇな、体育のシューズよりはるかに良いと思う。大丈夫なんじゃねぇか」

 

「そうか、ならいいが違和感、感じたらちゃんと言えよ。スポーツと靴の関係ってかなり重要だからな」

 

 

「あ、そうだ!靴の事で前から気になってたんだけど」

 

「何だ七沢?」

 

「フィジカルやってる時、飯山と稲村は靴違うじゃん?アレ俺も買った方が良いかなと思って」

 

「理由を理解した上で買うなら良いけど、何となくならやめとけ」

 

「え?」

 

「説明するか……とりあえずこれを見てくれ、これが俺の使ってるリフティングシューズだ」

飯山は自分のシューズバックからリフティングシューズを取り出す。

 

 

「リフティングシューズの特性は何より、この靴底だ」

 

「卓球のラケットのラバーみたいですね、それに何か固そう」

 

「実際に固い、だからこそ床と強い反発が生まれる、それがデッドやスクワットで踏ん張りがきいて安定感が増して、更に脚に効かせる事が出来る」

靴底をノックするように叩きながら飯山が言う。その音はまるで板を叩いたようなコンコンとした乾いた音。

 

 

「じゃあ猶更買った方が良いんじゃ」

 

「七沢、お前は最後まで人の話は最後まで聞け……。比企谷、今バレシュー持ってるだろ?ちょっと出してみろ」

 

「別にいいけど」

 

「ローテジャパンライトの黒か、白よりお前に似合ってるよなぁ。センスいいじゃん……。あった、ここ見てくれ。ちょうど母指球のとこ丸い形してるだろ?そんで靴底自体も柔らかい、これがバレーシューズの大きな特徴だ」

 

「どういう事です?」

 

「例えばランニングシューズは前に進む力の伝達の為に進行方向に向けた靴底になってる、リフティングシューズは床とのコンタクトの為に全部均一。対してバレーシューズは外へのグリップの作りと母指球、この二つが特徴的だ。長谷、清川さんからスパイク教わった時、母指球に体重乗せろとか言われたろ?」

 

「はい……てことは、まさかそれと関係が」

 

「そういう事だ!何で母指球に乗せるか分かるか?分かる人?……いないか。まあいい」

 

「母指球に乗せる意味は、スパイクでちゃんと脚を使う為の布石みたいなもんだ。脚って一括りで言っても、大腿四頭筋、ハムストリング、下腿三頭筋、大腰筋、内転筋含め他にも沢山の筋肉、腱、関節それらが連動することによって動きになる。また様々な動きに応じて、それぞれの役割も異なる」

 

「実際に見ればよくわかると思う、カーフの動きで説明するぞ」

制服をめくり、まるでケツのように隆起したふくらはぎを露出させる

 

「内側に寄せた時と外側に寄せた時は筋肉の動き方が全然違うだろ?」

 

「ああ、確かに」

 

「それは体全体でもそうだ、外から見ると似たような動作でも、どの部位を使ってるかで大きな違いが出来る。母指球に伝えるのはまさにそれだ」

 

「助走して前に伝わった力をブレーキ筋と言われる大腿四頭筋、特に大腿直筋。それを使いブレーキをかけると反発力が生まれる。その力を母指球乗せて伝える。すると動きの連動で、内転筋、ハムストリング、大腰筋群それぞれが働きジャンプ力につながる」

 

 

「それを踏まえた上で俺にバレーシューズのままやらせたって事?」

 

「そうだ、俺がフィジカル担当してからお前にクリーンを教えてた時、あえてクッション性のあるバレーシューズでやらせただろ?それでやるとファーストプルの動作からセカンドプルに入る時、シューズのクッションの反発が、ちょうど助走して踏み込んだ時のキックバックの反発みたいに返ってきて、まるでスパイク打つ時みたいな感覚になる。しかも荷重のおかげでスパイク練習じゃありえない程の負荷になる、かなり内腿とかに利いただろ?」

 

 

※クリーン

バーベルを床から、肩の位置まで体の反動を使い持ち上げる動作

 

※ファーストプル

言葉通り1回目の動作の事

クリーンの際に床から膝までの引っ張る。

 

※セカンドプル

言葉通り2回目の動作

ファーストプルで引いたバーベルにさらに力を引いて伝える。

 

 

「うん、今まであまりなった事の無い場所が筋肉痛になったよ」

 

「だろ?お前はバレーの動作が染みついてる、そこにトレーニングで伸びる素質を見出した。才能を開花させる為にあえてそこを叩いたんだ」

 

「なるほど、ファーストプルからセカンドプルの時にグッとして(大腿筋に力を入れて)ダッときてダンってきたらウリャ!(母指球に力を伝え連動した力で体の跳ぶ力をバーベルに伝え跳ね上げる)ってやるのはそういう理由だったのか」

 

 

 

「その通り!」

 

「いや、何言ってんのか分かんねぇから」

 

「まあ、そんなわけで意味を理解してリフティングシューズ買ってトレーニングするなら良いが、そうじゃないなら、お前にはおススメしない。何よりこのシューズだけで3万する、それならサプリに金かけた方が良いと思うぞ」

 

「そ、そうする」

お値段を聞いてビックリした七沢は素直に諦める事を選択。

 

「お前すげぇな」

想像以上の知識に思わず声が出る八幡。

 

「まあな、実際ウエイトリフティングの跳躍力はすげぇぞ。なんせ重力と高重量の二つと常に戦ってるんだ。だからこそ、そこから学ぶことが沢山ある」

 

 

「さすがリフターだね(バレーもそのくらい入れ込めば良い選手なんだけど)」

 

「垂直跳びと最高打点はお前がダントツだもんな(調子の波が激しくて最高打点バラツキまくってるけど)」

 

「そう褒めるな。もっとも俺の場合は体を使うのは得意だが、ボールを使うのが苦手だからバレーにはあまり反映されてないけどな!」

 

「「「HA!HA!HA!」」」

 

 

「そこ一番重要なとこじゃねぇか……」

 

 

 

 

 

 

(だけど、それは違う)

バレーに反映されてないわけがない、八幡はそれを否定する。

 

(あんだけ知識持ってて、時間の許す限りフィジカルを鍛えて高校生離れした体になってんだ……そして、時折見せる想像を超えるようなプレー)

 

『飯山はフィジカルモンスターだから、ジャンプサーブやスパイクがハマるとかなり強力なんだよな』

3対3で見せたように、ワンレッグ(片足跳び)で助走をつけた長身の長谷並の高さを出したり、時折見せる手が付けられないプレー。

 

 

(いつもムラっ気がありすぎるプレー。多分イメージと動きのギャップに追いついてねぇんだ)

 

 

(だったら俺がそれを使ってやればいい……来い飯山、余計な事は考えるな)

八幡がセットアップ体勢に入る。

 

(比企谷に遅れない!ボールを打つことだけを考える!)

飯山が助走し床に母指球を乗せ踏み込み、まるでクリーンで言うセカンドプルのような体勢。

背筋をピンと張り、膝を曲げすぎず伸ばしすぎず理想の状態に、バレー特有の動きである手を思いっきり後ろに振る動作。

 

 

(イイ感じ!)

床からのキックバック、体の力と感性を伝える上に伝える事ができる体勢。

腕の振りぬきとジャンプ、上体を反らすタイミング、すべてが噛みあった動き。

 

彼の理想の動きと現実が重なり合う。

 

 

(そこがお前の)

(ここが俺の)

八幡のダイレクトデリバリーのトスがまるで飯山の手にぶつかるかのように向かう。

 

 

((最高打点!))

助走、トス、スパイクすべてがベストタイミングでかみ合った速攻。海浜のブロックのさらに上、ワンタッチ狙いでとにかく伸ばしたブロックの上から打ち付ける。

 

シンプルな高さ、そして強烈な打球、海浜のレシーバーは反応することができずコートに打球が叩きつけられる。

 

 

 

 

 

総武高校 11 ― 16 海浜高校

 

 

 

 

 

 

(……何、今の?)

自分の守備範囲なのに反応できなかった。小菅が唖然としている。

 

 

 

 

 

「本当に高校生か、あいつ?」

 

「あんなの社会人と言われても信じますよ」

むしろそっちの方がしっくりくる、海浜の監督とコーチも唖然とする。

 

 

 

「……すげぇ」

(比企谷が来て、飯山と稲村が上のステージ上がってる気がする。俺も負けてられない!)

チーム内で、自分に近づいてきてる二つの才、七沢はやってやろうじゃんと拳を握り、顔をニヤつかせる。

 

 

 

 

 

 

 

(やっぱり、比企谷先輩は相手の癖を読んでる……なら下手に崩すくらいなら、あえてリベロに取らせた方が)

長谷はエンドラインの真ん中に立ち、今度はあえてリベロへとサーブを打つ。

 

 

(このローテ、山北先輩が後衛でセッターはセンターとレフトで止められてる状況、セッターの癖も特に出てねぇ、ならパイプだ!)

そして、実際に上がったのはAクイック囮のパイプ。

 

「せーの」

「ワンチ!」

八幡の合図でブロックを跳び、ブロックに当てた飯山が叫ぶ。

 

「オーライ!」

温水が素早く落下点に入りオーバーでカットし高くセッターポジションへ上げる。

 

 

 

 

 

(今度はセッターが入った……って、またライト向いてやがる!!)

(またブロード?いや打ち合わせ通りに!)

八幡は温水と違いバックトスに不安もなく、トスを上げる場所へ向く意味もない、ブロッカーは一瞬迷うが、気持ちを切り替え打ち合わせ通り稲村へ一人コミットをつけ残りを2枚で対応するべく集中する。

 

 

何故、八幡がライト方向を向いたか?

ブロードの為?錯乱の為?

 

 

 

(ノーブロック!)

八幡の選択は強打のツーアタック、右利きの彼にとって最も打ちやすいライト方向に向いての強打。

 

八幡が攻めつつも新しく仕込んだ手札。温水にあえてライト方向を向かせたセットアップをさせ、崩しても稲村のブロードが健在である事を見せ、次にミドルの飯山をもう一度目立たせた。そして自身もツーアタックの為にライトに向いたセットアップ、3人のプレーが深く印象に残っていたブロッカーは騙されまいと打ち合わせ通り稲村と飯山をマークする。

 

まさに彼が思い描いた展開だった。

 

 

 

「なっ!!」

そして海浜のブロッカーにとっては正に予想外、事実反応することが出来ずノーブロックでツーアタックを決められてしまう。

 

 

総武高校 12 ― 16 海浜高校

 

 

 

 

「タイム!」

これ以上は深手になる、そう判断した海浜の監督がタイムアウトを取る。

 

 

 

「よっしゃ!(これで布石は敷けた!)」

八幡は喜びを表すように声を出しガッツポーズし、笑顔になる。

 

 

「「「!?」」」

 

 

 

「ヒッキーがガッツポーズして、あんな顔するの初めて見た」

「ええ、本当に」

八幡の今まで見たことがない姿にドキッとする。

 

「……お兄ちゃん、この試合で自分の持ってるの全部出す気だ」

 

「どういう事?小町ちゃん」

 

「兄が笑ったので。まあ、なんとなくですけどそんな気がしただけですけど……でも、何かやってくれそうな気がします!」

かつて見た兄の姿と今の八幡が重なり嬉しくなる小町。

 

 

 

 

 

「……なるほどねぇ」

陽乃が笑みを浮かべながら、口を開く。

 

「え?何がですか?」

隣にいた戸塚が何のこと?と聞く。

 

 

「今n――――」

得意げな顔で語ろうとした陽乃。

 

 

「―――今のツーアタックは只のツーアタックじゃないって事だよ」

それを言うのは俺だ!そう言わんばかりに陽乃の言葉に被せるように葉山隼人が台詞を奪う。

 

 

「……」

隼人ぶっ殺す、陽乃は殺気交じりの笑みを右にいる葉山に送るが、彼はソレを左に受け流す。

 

 

「どういう事っしょ?」

 

「七沢が前衛にいない状態での攻撃の軸は、あのブロードを中心にした連携。海浜は3セット目の前半でブロードを攻略した。そこで比企谷はそれを生かす為にツーアタックを使ったんだ。それも強打で打てる様にライトを向いて」

 

「これで次に同じくボールが上がったら海浜はツーアタックの強打も警戒しなきゃならない、かといってブロックに跳べば、センターのクイックで時間差攻撃になりブロックを躱される、それを二度跳びブロックやコミットで対応すれば、今度はブロードの対応に遅れ、それこそ深手を負う……とんでもないよ彼」

 

「隼人君、バレー詳しいんだね~~パネェわ」

さすが隼人君、戸部は素直に感心し再びコートへと目を向けた。




次回の更新は未定です。

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