27万年後のアインズ・ウール・ゴウン   作:死と炎

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1話 ラヴァーズ・アンド・マッドメン

 

 DMMORPG<Dive Massively Multiplayer Online Role Playing Game>『ユグドラシル<Yggdrasil>』というゲームが有った。西暦2126年、日本のメーカーが満を持して発売した体感型MMOだ。このゲームはゲームの世界の中に入り込んだようにプレイが出来るという当時としては最先端の映像・仮想現実技術と、特有のデータの多彩さと自由度の高さから一世を風靡した。

 

 しかし、始まりがあるものには常に終わりがある。西暦2138年、発表から12年。かのユグドラシルも後続のゲームに客を取られ、バランス調整に失敗し、単に飽きられ、去っていったユーザーたちを呼び戻す事も出来ず、今夜24時ちょうどにサービスを終了しようとしていた。

 

 その中で、あるギルドも終わりを迎えようとしていた。

 その名は、ラヴァーズ・アンド・マッドメン。恋人たちと狂人たち。

 天使や神を連想させるような種族の、カルマ値が善に偏っている者たちばかりで構成された、世界救済軍団(というロールプレイのギルド)である。

 一人のワールド・ディザスターと、二人のワールド・チャンピオンを擁する、ユグドラシル中期から後期にかけて活躍した上位ギルドの一つだった。

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

「アズランさん、とうとうこの日が来てしまいましたね」

 

 ロイドロイドというプレイヤーがアズランというプレイヤーに声をかけた。

 彼らは人間ではない。このゲームの中では。広義の人間種ですらない。現実では、人間が人間にボイスチャットを送っただけなのだが。

 

 ユグドラシルというゲームではほとんど無限と言える種類の外装のキャラを生み出す事が出来た。また、それまでの体感型MMORPGの中では格段に自由度が高く、ギルド拠点にNPCや仕掛けを作って防衛戦に備える事が出来たのは、その中でも際立った個性だった。それ以後のゲームでのギルド拠点という概念はほとんど、ユグドラシルの大ヒットを受けて踏襲したもの、と言ってもいいくらいだ。

 

 それは拠点攻撃への対応という面で深みが出て素晴らしい事なのだが、そうするとかえって維持費という問題が発生する。相当緻密に収支を計算して作られていなければ、ギルドは存在しているだけで金がかかってしまうのだ。

 多人数がプレーしている状況なら、それでもいい。しかし過疎になって、稼ぎ手が少なくなると、困ったことになる。誰に攻め込まれた訳ではなくても、アクティブなプレイヤーがいなくなって、維持費を稼げず潰れていったギルド拠点も多い。ギルド拠点がなくなると、残ったメンバーもやる気をなくす。それで更にユーザーの人数が減るのだった。

 

 その中で、このラヴァーズ・アンド・マッドメンはメンバーに恵まれていた。五人ものメンバーが残って、ギルドを維持していたのだ。これは多いか少ないかで言うと、多い方である。

 

「最後に残った五人のメンバーに乾杯、『魔法使いたちの塔』に、そして最後まで残った、ラヴァーズ・アンド・マッドメンに乾杯」

 

 今日が最後、という日、彼らは打ち上げ会をした。あいにく円卓とかバーとか、それに相応しいような場所が無かったので、第17階層、上から二番目の階層で、それは開催された。

 漆黒の床に大小無数、赤や黄色、色とりどりの魔法陣が大量に並んでいるだだっぴろいエリアだ。ある者は立ったまま、ある者は座って、語りあっていただけだったが、彼らの手にはジョッキが握られていて、その中にはネクタールという、果実の味の、神専用の飲み物が注がれていた。

 もっとも味を感じる事はできないし中には飲食のできない者も居るので、雰囲気だけなのだが。机が無いから花見のような感じ。

 

「でもアスランさん、この塔まで消えてなくなっちゃうのは惜しいですね。

 ユグドラシルはバランスの面ではめちゃくちゃでしたけど、自由度という点では本当に他の追随を許さないゲームでした。

 最近のタイトルでもここまでのものは無いですよね」

 

「そうですね……、実は私この塔のデザインだけは、先日サーバーを買って、ローカルに保存してあるんですよ」

 

「えっ、マジですか」

 

「それはすごい」

 

「えっと、著作権的には違法なのでは?」

 

 驚きの声が上がる。アズランは青い指を口の所に当てて、「内緒ですよ」と言った。

 

「もちろん機能は無くなって、外見と内装だけになるのですが。NPCも保存は出来ませんでしたよ」

 

 おのれ著作権め。

 そう言ったアズランは、青い金属で出来たゴーレムだ。種族はジュエルゴーレム。召喚もできるようなモンスターだが、当然、一般的な召喚モンスターとは違って色々と魔改造されている。

 

 ゴーレムというよりは変形ロボットのような見た目である。

 表面に使われているのはスカイクリスタルだがこれは見栄え重視で表面に貼り付けているだけで、中にはもっと希少で魔力の有る金属や宝石が多数使われている。

 

 天界の門を守るゴーレムという設定で、見た目はいかにも脳筋タイプだ。実際のプレイスタイルもタンクをしたり、変形して打撃系のダメージディーラーをつとめたりと物理系偏重なのだが、現実世界での仕事は最高学府で神話学を研究する講師なのだ。

 このギルド拠点のデザインの原案は、多くが彼によるものだ。彼の作り出した架空の神話体系が背景に有る。ギルドメンバーには、彼のこだわりにはついていけないと言う者も中には居たが、それでも彼の聖なるものへの憧憬を本気で軽んじている者など居なかった。

 

「でも、俺は建物や人形よりは、皆との出会いの方が大事だったと思っているよ」

 

「ロイドロイド君。建物や人形、なんて」

 

 ロイドロイドが、そんな事を言うのは、残り4人のメンバーにとっては、意外な事だった。

 彼は昔、芸術家を志した人間で、結局今はサラリーマンをしているのだが創作の腕は確かで、実際この拠点の多くの階層やNPCの作成を実際に手掛けたのは彼だった。

 建物、人形、と言うが、彼が並ならぬ思い入れを抱いている事は傍目にも明らかだった。

 しかしロイドロイドは羽根の付いた手を振って、言った。

 

「俺だって、UFO坂正宗さんが引退したからとはいえ、3年もギルド長をやったんだ。

 人との繋がりに価値を見出すのは、当然のことだろう。それに、本気で言ってるよ」

 

「……それなら良かった」

 

 クイーンズという、リザードマンの神官の男が言う。

 

「建物は無くなるけど、俺達の出会いは、無かったことにはならないからな」

 

 突然のクサい台詞に、みんなが笑った。

 笑いのマークのアイコンを表示しただけで、表情は変わらないのだが。少なくともロイドロイドはヘッドセットの下で笑っていた。心から。

 

「さてと、名残惜しいですが、そろそろスクリーンショットを撮りましょうか」

 

 とアズランが言った。

 

 アズランは、メキシコからこのゲームにアクセスしているのだ。本業での学会発表のために、どうしても日本時間の23時にゲームからログアウトして、移動時間に充てねばならなかった。

 魔法陣のところで、全員……といっても、全盛期は80人も居たのが今は5人だけなのだが……で、皆で笑顔のアイコンを出して、スクリーンショットを撮った。

 それが終わるとアズランはログアウトしていった。

 

「それじゃあまた。次に会えるときは、ユグドラシル2とかだといいですね」

 

 と言って。

 

 それが口火になって、解散の流れになった。三々五々、彼らはログアウトし、一人、クイーンズはギルドの外に出掛けていった。カウントダウンイベントに参加するのだという。

 

「さてと」

 

 と、やがてギルドマスターだけが魔法陣の中に取り残された。

 彼、ロイドロイドは、拠点の最上階、玉座の間で、最後の時を迎えようと思っていたのだ。例えば最後までログインしていれば、スタッフロール画面くらいは見られるかもしれない。いや、それほど粋な計らいを、あの運営がするかな……。

 

 ロイドロイドは全身の至る所から白銀の翼が生えていて、動くたびにそこから光の粒が舞ってきらきらと輝いていた。

 翼が邪魔にならないようにデザインされた金と銀色のトーガを着ていた。古代ローマ帝国の哲学者が着ていたような、身に纏うような布の服だ。豪華な刺繍が施されている。

 ローマの彫刻のような美しい若い男性の顔で、髪の有るべきところにも翼がたくさん付いているのだった。

 

 頭の上には50センチほどの間隔をあけて、金色の剣が、浮いている。刃を下に向けて。神器級装備、ダモクレスの剣だ。

 これは制作してから超位魔法〈ソード・オブ・ダモクレス/天上の剣〉の存在を知り、名前が被っている事に気付いてしまったという残念な剣だ。

 ある特殊な方法で製作した為に通常の装備枠の外に装備できるので、武器としての性能はそれほどでもないが気に入って長らく使っている。

 

 彼らギルドはラヴァーズ・アンド・マッドメンという名前の通り、確かにカルマということでは善ではあるが、混沌を齎すような存在が多く所属していた。

 実の所、彼らは全くの善意で世界を救済し愛を広めようとしているが、その方法が間違っている為に破壊と混乱を齎してしまう自称救世軍(という設定のギルド)なのだった。

 

 愛の使徒であり、なおかつ、狂人でもある。

 彼もそのような存在の一人だった。ロイドロイドは堕天使だったのだ。

 見た目はむしろ男のハーピーという感じだったが。

 

 

 ラヴァーズ・アンド・マッドメンのギルド拠点は『魔法使いたちの塔』と言う。ユグドラシルの全ての世界の中で、最も高い塔なのだ。発見されている中ではだが。

 元々高かったのを、占拠して、拠点にしてから更に高く増築した。

 スクリーンショットを撮ったのとは別の紫の、巨大な魔法陣に乗る。

 そうすると、最上階、玉座の間に着く。転移先の固定された魔法陣だ。

 

「これも懐かしいな」

 とロイドロイドは言った。

 

 かつては玉座の間には、これでしか入れなかった。

 雰囲気も出るし、一度に最終階層に入ってくる人数を制限できるので実用的でもあったのだが、一度ある事情で魔法陣が故障した時に「攻略不可能」と見なされてしまい、ペナルティでシステム・アリアドネが発動してしまった。

 それで一時的にギルド資産が大幅に減ってしまった経緯がある。

 以来念のため、外壁に取り付けた非常階段でも玉座の間へは出入り可能になっている。

 

 だから転送装置は今は逆に不要になっている。特に侵入者も居ない最近は、転送装置の電源は切っていたのだ。

 

 

「……起動」

 

 その魔法陣を、起動した。ロイドロイドにとってやはり正面入口はこちらでなければならなかった。最後だし、維持費なんて細かい事はもういい、と彼は思った。

 ロイドロイドの体が光に包まれて、消えた。

 

 第18階層、玉座の間に、音は無かった。

 いや注意深く耳を澄ませば、ゴオン、ゴオンという機械の動く音が、微かに聴こえている。

 黒い金属の直方体たちが並べられ、いくつかは空中に浮いており、回転しているものもあった。回転している所から音が出ているのだ。

 それぞれに何か解読できない文字が青白く、刻まれている。コントロールルームのような外見。

 

 空中にきらびやかな智天使や熾天使たちが浮いていた。彼らはレベル70から90台のモンスターの一種に過ぎないが、空間自体の持つ荘厳な雰囲気と合わせて、いかにも神聖で、頭を下げたくなるような輝かしさが一体一体にあった。

 高い天井は、鏡面だ。そしてこの部屋の床はすべて鏡の中に映った時にだけ少し光るという、特殊な鉱物なのであった。

 結果として鏡を通して上から降ってくる光が淡い天使たちの後光のように見えるのであった。

 これらはロイドロイドが作った、この世界における彼の芸術の集大成なのだ。

 玉座の間だけは、アズランの神話体系からは逸脱して好きに弄らせてもらった。満足がいくものができたし、アズランも含めてどのギルメンも褒めてくれた。

 残念ながら、侵入者たちがここまで辿り着いた事はなかったが。残念ながらと言うのが相応しいのか。

 

「辿り着いて、その中の誰かがこの芸術にいたく感動して、それをきっかけに俺が芸術家として有名になる道が開ける、と空想した時も有ったっけ」

 と溜め息をついた。

 

 またこの階層は、空中からの攻撃への、非常に強固な迎撃システムの要でもある。

 塔型のダンジョンは階層こそ高く積み上げる事ができるものの、空からの攻撃には脆弱で、上級のギルドになるほど拠点には選ばない、というのが特に後期のユグドラシルでのセオリーだった。

 それを覆して世界一高い塔をギルド拠点にできたのは、彼の強力な迎撃システムのおかげだったと言ってもいい。

 

 また彼自身、ユグドラシルでは、空中戦において最強に近いキャラだった。

 

「良いゲームだった……、楽しかった……!!」

 

 さっきはたかが建物と言ったが。

 

 彼らとの出会いが大事だったというのも本心ではあったが。

 

 それでも建物は大事なものだった。それは派手な訳ではなく、ただ存在感の有る、計算された美の有る空間だった。

 

 そこには確かに美しい物が有った。

 今もそれは有る。彼自身その美しさの中に有る。

 そしてその美しさは、あと1時間ほどで、消えてなくなるのだ。

 彼自身を含めて全て。

 

 消えてなくなる。アズランが保存したギルドの内装だが、コピーさせてもらわなければいけない、と彼は思った。後でメールを送ろう。

 

 もう30分ほども、時間はない。

 コンソールを操作して、彼はやるべきことを始めた。

 彼と仲間たちが作ったNPCたちの設定を見ていった。すべてをスクリーンショットにおさめていく。

 更に、玉座の間の中の、最も芸術として価値の有る場面のみを記録していった。

 

 楽しい時間はすぐに過ぎ去った。

 ロイドロイドは最後、高レベルの天使たちの間に舞い上がり、一番美しい瞬間に世界が終わるようにした。

 目を閉じはしなかった。この世界を、一刻一秒でも長く感じねばならなかったし。

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 ……ところが、その瞬間は訪れないのだった。

 バグった? とまず、思った。世界が終わらない。こんな情緒で満たされた時に、綺麗に世界が終わってしまえば良かったのに。

 

 でも現実にはそうならずに、サーバーダウンが延期されてしまっているようだ。しかもコンソールが、開かないのだ。

 落ち着け。そもそもこんなバグが、今までも無かった訳じゃない。

 最悪の運営だ。スタッフロールどころではない。

 文句を言う為にGMコールを起動……した。コンソールが出ないのだが何故だか、やり方はわかった。その事にロイドロイド自身、別段違和感は持たなかった。

 

 

 すると……、知らない、甘ったるい声が聞こえてきた。

 

 

『ぴんぽんぱんぽん。こちらは、アインズ・ウール・ゴウン魔導国、中央機密コールセンターです。現在時刻は、魔導暦26万、9999年、4月1日、0時2分30秒です。

 現在GMコールは機能していませんが、至高の41人の方々をお助けするために、すべて当コールセンターに転送される事になってます。お名前と所属を仰って下さい』

 

 いつものGMコールと違う。GMコールの待ち合いの機械音声ですら、ない。ちょっと雰囲気は似ているけれど。

 

 至高の41人?

 

 何を言っているのか、わからないとロイドロイドは思った。

 

 

「……ラヴァーズ・アンド・マッドメンのロイドロイドだ」

 

 不審に思いながらも、答えた。

 だってそうだろう。ゲームの運営に対して隠し事をして何になるというのだ。

 GMコールをして出た相手が運営でないなど考えにくい事だった。

 うろたえたロイドロイドを天使たちが、心配そうに見つめている。声を出さずに。これはつい数分前までは出来なかった事だ。ロイドロイドは動揺して、そんな事には気が付いていない。

 

『少々お待ちください、守護者統括、アルベド様に確認中です……有用な情報と判断されました。

 アインズ・ウール・ゴウン様に確認中です』

 

 アインズ・ウール・ゴウン。さっきも名前が出た。

 よく考えると、ロイドロイドはそれを知っている。ギルドの名前だ。

 討伐軍団に参加して殺された思い出が有る。嫌な思い出の相手だ。

 1500人のプレーヤーから成る討伐軍。

 

 

『アインズ・ウール・ゴウン様にお繋ぎします』

 

 甘ったるい、女性の声に、続いたのは焦ったような若い男の声だった。

 

『こんばんは。俺も、ログアウトできなくて困ってる者なんですが、ギルドと一緒ですか? 何人居ますか?』

 

「……今は一人だよ、今はね」

 

 この時点で、ロイドロイドはまだ完全に、ゲームの中の気分だった。

 

『アインズ・ウール・ゴウンについて知っていますか? アインズ・ウール・ゴウンのメンバーが誰か拠点内に居るということはないですか!』

 

 希望にかけるような男の声。

 ロイドロイドは完全にゲーム気分だった。

 なんだこいつは、自己顕示欲の塊か、と思った。

 そもそも相手は評判の良くないギルドであった。

 

 だからあんな酷い事も言ってしまった。

 

 かつてナザリック地下大墳墓への攻勢に参加して第八階層で訳もわからず殺された記憶が有る事が、全く関係なかったとも言えない。

 

 

「アインズ・ウール・ゴウンって、……変な名前のPKギルドだろう! 骸骨や悪魔や気持ち悪いスライムばかり居る。知り合いなど居るものか。だいたい、なんでGMコールがお前らに繋がってるんだ!」

 

 

 

 それでたっぷり6秒、何かを堪えるような沈黙の時間が過ぎた。

 

 

 

『……そちらのギルドの外観を教えて欲しい』

 

「塔だ!

 世界で最も高い塔、辿り着く事も難しい霊峰の頂上に立っていて……」

 

『もういい。

 ……サービス終了時に、ログインはしていたか?』

 

「そうだ。アンタもそうじゃないのか?」

 

 最早、聞くべきことはなくなった。

 

『こちらの下僕の報告と一致した。場所を特定したよ。

 ……あとでまた会おう』

 

「おいちょっと待て、こっちの質問に……」

 

 

 

 

 

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 アインズはそうして、通信を切った。

 

 玉座の間だ。

 

 ナザリック地下大墳墓の玉座の間は何も変わっていない。幾万年も。

 星ですら断層を動かして身じろぎするくらいの時間。

 この世界は、この価値なき世界は大きく変わったが、ギルドの中だけは本当に何も変わっていない。変えていないのだ。

 転移してすぐ、本当にはじめの方の頃はナザリックの力を増す為に、この世界で得た下僕を第六階層に招いたりしていたが、それも早々に辞めて元の状態に戻してしまった。

 結局、この墳墓の主が、仲間と作り上げたナザリック以外のものを大切に思う事は無かった。大切に思う事をそもそも自らに禁じていた。

 

 そう。生きていたのはあの12年だけだった。

 

 

 

 

 

 

 玉座の間には旗がはためいている。紋章の描かれた40枚の大きな旗だ。旗たちは天井から床まで垂れ下がっていた。

 金と銀をふんだんに使った部屋の最奥には十数段の低い階段があり、その頂には巨大な水晶から切り出されたような、背もたれが天を衝くように高い玉座が据えられていた。背後の壁にはギルドサインが施された真紅の巨大な布がかけられている。

 

 玉座の所に、空間が歪むような禍々しいオーラが渦巻いていた。玉座に、魔王が座っていたからだ。

 魔王の名前は、アインズ・ウール・ゴウン。かつては、モモンガと名乗った事も有る。別の格好でモモンと名乗った事も。

 彼は、今は豪著なローブに身を包んで、そのローブのフードを肩にかけて、こうべを晒していた。真っ白い髑髏の顔を。

 

 顎の下には鳥籠のように、細い肋骨で組まれた胸郭が見えており、その内側の心臓に当たる部位の下部には、脈動する赤黒い球体が恐ろしい存在感を持って浮かんでいた。

 杖は今は、持っていないのだった。

 

 彼が彼こそがアインズ・ウール・ゴウン。

 

 彼は死者だ。今年で27万歳になる。

 生きていた時の執着だけで生きており、その執着に世界全部を巻き込んでいる。

 

 お前はサービス終了時にログインしていたか?

 そうだ。アンタもそうじゃないのか?

 

 俺はな。だが皆は……。

 

 

 

 

 

 アインズは溜め息を。

 ついた。呼吸はしていないのだが。

 この26万9999年、およそ2700回の転移を見てきたが、サービス終了時にログインしていなかった者が転移してきた明確な例は、一つも無かった。

 

「今回も違ったのか……」

 

 一瞬、彼は逡巡するように、何か奇妙な動作をした。

 しかし、そのすぐ後には威厳を回復し、堂々たる態度に変わったのだった。

 その気高き白亜の指がゆっくりと持ち上げられて、死の指が、豪華な旗を、順々に指していった。左の薬指以外の九本の指には、それぞれ強力な効果を持つ指輪がはめられている。

 

「たっち・みー、死獣天朱雀、餡ころもっちもち」

 

 指しながら、念の為ギルドメンバー全員に《メッセージ/伝言》を送っているのだ。

 それは何かの間違いで彼らがあの塔の中に転移してきていたりするかもしれないからだ。

 無いだろうが。

 だが居たら大変だ。

 今から打ち滅ぼすあの塔の中に。縋り付きたい希望を自分で手すがら、一つ一つ砕いてしまうようで、嫌な確認作業だ。

 

 しかししなければならない事だ。

 

 指は徐々に速度を増していく。

 

「ヘロヘロ、ペロロンチーノ、ぶくぶく茶釜、タブラ・スマラグディナ、」

 

 俺はやはり孤独なのか……。

 

「武人建御雷、ばりあぶる・たりすまん、源次郎……」

 

 せめて、最後にログインしていない者が来てくれていれば。

 

「拷問して条件を聞き出せただろうに」

 

 彼にそれを残酷な事だと思う気持ちは勿論無かった。

 仲間に《メッセージ/伝言》を送る作業に戻る。

 仲間の名前を呼んでいると何か輝かしいものが訪れるような予感が、彼の心の隅の方に少しだけ去来するようだった。

 しかしその輝かしいものは、決して訪れないのであった。

 何万年もの間、アインズは独りで待っていた。

 

 

 

 

 アルベドから、《メッセージ/伝言》で報告が有った。

 その声は何処までも瀟洒で落ち着いている。至高の41人の探索に関わる任務は最重要であるがゆえに、全てアインズの直轄、またはアルベドの指揮によって動く事になっているのだ。これは26万9999年も前に定められて今なお、変わっていない方針だった。

 

『アインズ様、近距離観察部隊からの報告では、天使族のプレーヤーが1名、NPCが34名です。この報告の責任者はプメラグロナ372999です。

 また、我々の有する他のどの方法でも、至高の御方々の痕跡は探知できませんでした』

 

「……そうか」

 

 アインズも《生まれながらの異能(タレント)》で、独自にそのことを確認していた。

 《生まれながらの異能(タレント)》の移植は、単純に《星に願いを(ウィッシュ・アボン・ア・スター)》を使うというだけでは結局うまく行かなかったが、ある方法でシステムを騙し、多くの経験値を注ぎ込むことで、可能になるのだった。

 新しい能力を見つけてはどんどん吸収していった結果、アインズは今ではほとんど、全知全能になっていた。

 

 なお、これには当然ながら恐ろしい程の犠牲を伴った。勿論、ナザリック以外の者の犠牲という意味だが。その事はまた別の時に話すとしよう。

 

 

 

 

 

 アインズは次いでゆっくりと、首を回した。

 その目の奥には赤い光が揺れていた。何かを睨みつけるような動作だった。

 やがて何も握っていなかった手の中に、銀の錫杖が現れた。これはユグドラシルに由来するものではない。

 今から敵を滅ぼすのである。

 

 アルベドを含む、そうあれと定められて作られたNPCたちはその存在の様子を、少なくとも表面上は何も変えていなかったが、26万9999年という歳月はアインズのいや鈴木悟の心の残滓を摩耗させ、破壊し、変容させるには充分な時間だった。

 

 その精神状態は植物に寧ろ近くなっており、例えば自分と同じような経路で転移してきたのであろうプレイヤーを殺す事にはもはや何の感慨もない。必要であれば。

 そしてそれはこれまでの大抵の場合、ナザリック地下大墳墓にとって必要な事だった。

 その様食虫植物がハエを食らうが如く。

 また、彼本人が携わらなくても十全に世界が運営されていく方針が定まった今となっては、こんなにも自ら動いたり、喋ったりする事は稀であった。

 どんなに稀かと言うと、100年に1度くらい。

 至高の41人に関係するかもしれない異世界からの訪問者が現れた時だけだった。

 

 

『衛星の位置を調整中です。《主砲》の準備完了まで、あと300秒』

 

 

 アインズは玉座の前の、空中にいつの間にか表示された地図を見ながら、ある地点を指差して示し、何かの呪文を唱えた。その発動キーもユグドラシルの言葉ではなかった。この世界で独自の進歩を辿った魔法学と、特殊な科学の融合の言葉であった。

 銀の錫杖が光り、シャン、と音が鳴って玉座の間に響いた。

 それと、同じ瞬間のことだった。ヒヒイロカネとアダマンタイトの合金で作られた緋色の金属板が18枚、とても高いところから落とされた。

 

 

 いと高き所から天の遣いは裁きを下しに現れ賜う。

 

 

 それら金属板は轟音を立てて、砂漠に聳え立つ『魔法使いたちの塔』の威容を三重に取り囲んだ。中に居るプレイヤーやNPCどもは音にうろたえて、右往左往しているのに、違いない。哀れな事だ。

 

 その金属板はそれぞれがこの世界に有る全ての山々をしのぐ高さがある。雲にも届く程の高さ。かつてユグドラシルの世界で最も高かった筈のその黒い石造りの塔も、この六角形の舞台の中では砂山に立てられたマッチ棒ほどの頼りない存在に見えた。

 それでいて金属板には継ぎ目がなく、ほとんど脱出不可能に思われた。

 

 実際この方法を取り始めて以来18万年間、ユグドラシルの技術のみでこの金属の囲いから脱出し得た者は居ないのだ。

 それはワールドアイテムによってでも。

 唯一逃げ場が有るとしたら、天か。天には夜空が広がっている。満天の星空が。

 と言っても外から高い金属板に囲まれて空は七割程しか見えていないのだが。

 

 

 

 アインズは今や望めば地上のどこにでも、この金属板を自在に落下させる事が出来るのであった。

 何ら、中にいる者たちが脱出に向けた動きを見せないうちに、移動型衛星が配置についた。

 これはもう何千回もしたことなのだ。敵の反応は決まっている。転移してからはそれなりに時間が経つが、彼らは何度もGMコールをかけているのだろう。

 アルベドが重要度の低い情報と判断してアインズに取り次いでいない。

 

 哀れな敵共は狼狽えてGMコールを鳴らす以外の対応は出来ていないのだった。今頃、周りが山岳でなく砂漠になっている事に驚いている頃だろう。確か元々霊峰の頂上に立っていたと、言っていた。どうでもいい事だが。

 

 平時から、GMコールの他にアインズ宛の《メッセージ/伝言》も、守護者による物以外は中央機密コールセンターへ転送されて誰かが重要性を判断する。

 全てのメッセージを受け入れていてはいかにアインズに睡眠が不要と言っても時間が足りない。それにアインズは、もはや守護者か仲間以外の声は聞きたくないのだ。ましてや敵の声など、怨嗟の声ですら。

 

 

 塔の近くの地上から見ていた、ラヴァーズ・アンド・マッドメンの偵察部隊のNPCにはわかったのだが、天高くに、丁度明けの明星くらいの明るさで、明滅する人工衛星が近付いていたのだった。

 やがて中天に辿り着くと、そこに搭載された、「宇宙から力を借りる」という《生まれながらの異能(タレント)》で強化されたガルガンチュアが装置を操作し銃口を向けて、突然、巨樹を思わせる六角柱の破壊の光線を打ち下ろした!!

 

 

 塔の迎撃システムなど、とても役には立たない遥かな上空からだ。

 

 まず、空気中の塵が組成を変え気化するバリバリという音がはじめに鳴った。稲妻のような音。

 光線は次の瞬間に金属板で囲まれた全域を貫いた。

 

 当たり判定は一回の攻撃ではなく、それぞれの光の粒子が独立した多段ヒットで、そればかりか1秒ごとに攻撃の属性が全く変わるという特徴を有しているのでどんなに耐性が有る者でも決してこの攻撃を、生き残る事はできない。

 

 塔の外壁が0.2秒で炭化して、次の0.2秒であまりの熱波にガラス化して、その次の0.2秒で融解、気化しそれは内部にも及んだ。

 と、同時に乱気流が、野菜の皮を剥くように、頑健な作りの筈の塔をずたずたに引き裂いた。

 

 中に居た堕天使、ロイドロイドは、最初に体中の美しい翼を炭化させられ、体が骨だけになり、倒れ伏し、四足の炭色の醜い痩せた獣に変えられて、すぐ何が起こったのかもわからず滅びた。一度即時蘇生の指輪の効果でその場で蘇生したが、同じ過程を繰り返して、今度はほんとうに塵になった。

 

 他の天使たちも同じだ。いや天使たちは抵抗力が乏しい分もっと酷い。死体は一欠片も残らない。この超熱波の白い波が終わった後には土砂が舞い上がり、きのこ雲が吹き上がった。

 そのきのこ雲すらエネルギーの熱波に押し付けられてすぐに小さくなってしまうのだった。

 

 そして全ての生命あるものが死に、彼らが落とした貴重なアイテムのみが残る。

 そういう光線なのだ。そしてそれは、三日三晩72時間に渡ってこのまま降り注ぐことになっており、僅かにも、彼らに生存の可能性を許しはしない。

 

 

 

『対象は沈黙しました。確認はいつも通り、例の軍団の25%を動員して行います。今回の現地指揮官は死の支配者の賢者(オーバーロード・ワイズマン)、名前は、プメラグロヌ060582です。緋色の囲みの外側からは、アウラの軍勢がバックアップを行う予定です』

「……今回は、奴もつれていくように」

『ハッ、仰せのままに』

 

 

 

 

 

 

 奴とはパンドラズ・アクターのことだ。

 現状、アインズが奴と呼ぶ存在はパンドラズ・アクターしかいない。敵のギルドの規模的には、どうも貴重なマジックアイテムが有りそうな感じだから、彼に整理させるのがいいだろうと思ったのだ。

 しばらくの間、その塔と、ジュエルゴーレムのアズランが丹念に創造した神像や神話体系や、神秘的な階層たちや、ロイドロイドが愛した玉座の間が記録にも残らず灰塵と化した様を、様々に情報系魔法対策を施した遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)を通してアインズは見ていた。

 

 

 

 

 植物のように静謐を保ったその心でふと思った。

 

 あれらは、俺達のナザリック地下大墳墓と同じくらいの情熱をもって作られたものなのかもしれない。

 

 いや、あれらが俺達のナザリック地下大墳墓と同じくらいの情熱をもって作られたもののはずがない。

 その証拠に一縷の抵抗も出来ずに塔は消滅している。

 ナザリックはまだ残っている。26万9999年もの時を経て生きている。ナザリックは唯一無二の宝なのだ。

 

 アインズは映像を消し、玉座から立ち上がるとしっかりとした足取りで、第九階層へと、姿を消していった。

 あとには空の玉座が残された。それは全く美しく完璧な玉座だった!

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

 それからすぐ後の事だった。アインズに向けて《メッセージ/伝言》が有ったのだ。その声はこう言った。

 

「モモンガさん! 間に合わなくてごめんなさい!

 今ちょっと多分別な所に居るんだけど、これ何かエラー起こってないですか?」

 

 アルベドはコールセンターから報告されてそれを聞いた時、驚愕と、喜びと、戸惑いと、憎悪とに順々に顔を歪めたのち……。

 

『少々お待ちください、守護者統括、アルベド様に確認中です……有用な情報と判断されませんでした。

 アインズ・ウール・ゴウン様はお忙しいので接続はされません。代理の者が出ます』

 

 アルベドも、それが誰の声かは覚えていた。

 忘れもしない。忘れる訳がない。

 ギルド最強の近接戦闘者、たっち・みーの声だった。

 

 

 

 

 

 






『誰でも楽々ギルド破壊術』編でした。続きます。
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