もしマルタが壊れたらこうなります。ラタトスク編。

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赤エミルの受難

「……なあ、テネブラエ」

「どうしました、エミル、いえ、ラタトスク様?」

 

 トリエットの宿の中、俺とテネブラエ以外に誰も居ないことを確かめた後で、俺は入り口の扉に鍵をかけた。

 正直無駄だとは思うが、これをやっておかないと恐ろしくて仕方がない。

 

「……あいつは?」

「あいつ、とは?」

「聞くまでも無いだろ。『緑目』は何処に行ってしまったんだ? 見つかったか?」

「いえ……。我々も全力で探し回っているのですが……」

「……そう、か。くそっ! いったいどこに行きやがった!」

 

 この周回の「エミル」には致命的な問題が起きている。

 本来日常業務を担当しているはずの「緑目エミル」がどこを探しても居ないのだ。

 そのため、埋め合わせとして俺が日常業務の方まで担当することになったのだが……。

 

「あいつが見つからないと、俺は今夜も『アレ』に襲われることになるじゃねえか!」

「……そうですね。一刻も早く何とかしないと……。このままではラタトスク様の精神が保ちません」

「ここの所全く寝れてないんだ……。早く何とかしないと不味い……」

 

 テネブラエと話している間も時折霞む視界。

 少し気を抜くと、意識が一瞬で消えていきそうになる。

 少なくとも、ここ一週間は一睡もできていない。

 おそらく今夜も……。

 

「襲ってくるでしょうね……。もう諦めてもいいのでは?」

「無理だ! アレに犯されるくらいなら俺は全力で逃げ続ける! もし捕まったら何をされるか分からない!」

 

 テネブラエの言葉に反射的に叫ぶと同時に、体は俺の意思と関係なく震えだす。

 この前パルマコスタで襲われた時の光景が頭に蘇り、背筋が寒くなる。

 

「ああ……思い出したらまた体が……」

「さすがにアレは堪えますよねえ……」

「当たり前だ! どこの世界に……」

 

 どこの世界に……。

 

「毎晩全裸で飛びかかってきたり襲ってくるヒロインが存在するんだよ! どうしてこうなった!」

 

 そう叫んだ直後、水滴が床に落ちる音が耳に入る。

 もしやと思い、上を見上げると……。

 

「エ~ミ~ル~……エヘヘヘヘヘヘ……」

「……!!」

 

 いつの間に天井に穴を開けたのか、全裸のマルタが天井に張り付いてこちらを見ていた。

 さっきの水滴はマルタの唾液か汗かそれとも……。

 テネブラエが咄嗟に鍵を開け、俺も即座に逃げ出そうとする。が……。

 

「大変です! 扉の反対側に荷物が山積みになっていて開けられません!」

「何だと……!?」

 

 まさか逃走対策されたのか……!?

 そう思うよりも前に、マルタが襲い掛かってくる。

 天井に張り付いた状態で俺の真上まで移動し、頭の上に降ってくる……!

 

「エ~ミ~ル~♪ 今夜は逃がさないよ……♡ さあ、今夜こそ私と『夜の戦い(意味深)』をやろう! もう私エミルを見てると心の奥やお腹の奥が疼いてあんなモノやそんなモノまで……」

「寝言は寝て言ってろ!」

 

 飛びかかってきたマルタをかわし、そのまま足を掴んでベッドに投げつける。

 ベッドに倒れたマルタを布団で包んで上から押さえつけた。

 ……文だけ見るとどう考えても俺はマルタを窒息死させようとする殺人未遂の現行犯だが、普通のマルタならともかく、このマルタ相手にそんなこと言ってられない!

 油断したら俺がやられる!

 もしそうなったらある意味人生の終わりだ……!!

 マルタ恐怖症を発症してもおかしくない……!

 

「ああん! 駄目エミル! そんな激しいプレイをいきなり仕掛けてくるなんて……! 息苦しくて、熱くて、たまらないけど……まだ心の準備が出来てないよ!!」

 

 そう叫びながらもマルタは布団をはぎ取って直接俺の体に触れようともがいている。

 全力で押さえつけているにもかかわらず何故かマルタに力負けしており、布団を抜け出て襲い掛かってくるのは時間の問題だ。

 普通なら絶望的な状況だが、俺は一人じゃない。

 

「ラタトスク様! ドアの向こうの荷物を排除しました! 足止めは私の魔物が!」

「!! よし!」

 

 そう。布団越しにマルタの上に覆いかぶさっていたのはあくまで時間稼ぎ。

 テネブラエが荷物をどけ、合図を出した瞬間、俺はマルタの上から飛びのいてトリエットの宿の外に走り出す。

 トリエットの宿の受付でふと目に入った鏡を見ると、マルタが布団を天井まで吹き飛ばして飛び起きる瞬間が映っていた。

 吹き飛ばされた布団が天井を破壊したらしく、マルタの上から木屑が降り注ぐが、マルタは一切気にした様子は無い。

 ちなみに俺がマルタから離れると同時に亀が三体マルタの上に圧し掛かっていたが、一瞬で弾き飛ばされた。

 

「ラタトスク様! 外に魔物を待機させてあります!」

「分かった!」

「エ~~ミ~~ル~~!!!! 私は! もう! 身体の疼きを抑えられないの! 抑えられないのぉ~~~~~!!!」

 

 マルタの叫び声は無視し、俺は宿を飛び出した。

 宿を出て階段を上るとシムルグが待機している。

 事前に指示を受けていたのか、俺が飛び乗ると即座にシムルグは空へと飛び立つ。

 すぐに地上が小さくなっていき、空には満天の星空が。

 地上を見ても、海と切り立った崖しか映っておらず、どう考えてもマルタが追いかけてこれるような場所ではなさそうだ。

 ……よかったこれなら安心して眠れ……。

 

「大変です! ラタトスク様! マルタがこちらに向かっています!」

「……は? ここ空の上……っ!?」

「ェ~~~~~ミ~~~~~~ル~~~~~~~ゥ~~~~~~~~!!!!」

 

 テネブラエの叫びに何を馬鹿な事を、と下を見た俺は言葉を失った。

 ……マルタだ!

 地上を駆け抜け、砂に潜るだけでは飽き足らず、手をまるで鳥のように動かし、恐ろしい速さで空を駆けている!

 人間の技とは思えない!

 空を、まるで階段を駆け上がるかのように走り抜け、じわじわとこちらとの距離を詰めてきている!

 この世界にマルタから逃れられる安全な場所など無かった!

 

「ハア……ハア……。待っててねエミル! 私にかかれば空を駆け抜ける事なんてどうってことないの! エミルとあんなことやそんなことをする場面を考える事を止めるのに比べたら、とっても! とっても簡単なことだから!」

 

 ……何を言っているのか理解したくなくなってしまうが、とりあえずマルタを地上に叩き落とさなければ!

 テネブラエ!

 

「承知! 眠らせて落とします!」

 

 安定のナイトメア連発。

 これで叩き落とせばさすがに帰ってこれないはずだ!

 

「あっ……急に眠く……」

「よし!」

 

 失速したマルタは空に留まることが出来ずに落下し、地上へと落ちていく。

 よかった。これで安心して眠れ……。

 

「……ならないよぉ! エミル! エミルに抱いてもらわないと! 身体が熱くって! 止まらないのぉ! エミルと合体しないと駄目なのぉ!」

「ナイトメアが効かない!?」

 

 一応かなり高度は下がったものの、地上に叩きつけられる前にマルタが覚醒してしまい、本来の効果を発揮することは出来なかった。

 当然、奴は再び俺の所まで空を駆けてくる!

 奴の辞書に諦めるという言葉は無いのか!?

 

「……仕方ない! こんな物は使いたくはなかったが……!」

 

 俺が取り出したのは等身大エミル人形。

 緑目がマルタ対策に用意した抱き枕である。

 翌日によほど恐ろしいことになっていたのか、緑目は日記にも記していなかったが……。

 

「行け……!」

 

 スイッチを入れ、エミル人形を空に放つ。

 丁度マルタの背後に落ちるように投げたため、奴の気をそらすには十分すぎる効果があるだろう。

 

『マルタ、大好きだよ。マルタ、愛してるよ。マルタ、大好きだよ。マルタ……』

「!!!!!! エミルゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥーーーーーー!!!!!!!!!」

 

 録音された声をひたすら繰り返すだけの人形なのだが、マルタは見事に反応して飛びついた。

 一体どうやったのか、空中で器用に身体の向きを変えてエミル人形をキャッチし、直後、むさぼるようにエミル人形の口に吸いついた。

 が、飛びながらはさすがに無理があるのか、マルタは地上へと落ちていく。

 しばらくたってもマルタが戻ってくる気配はない。

 ……終わった、のか?

 

「……最初から使うべきでしたか?」

「どうだろうな。だがまあ、これで眠れる……」

 

 マルタは地上に落ちたまま帰ってこない。

 ようやく奴から解放されたと実感すると、安心感の直後に凄まじい眠気が襲ってくる。

 ……あ、そう言えばここ一週間、寝てないんだったか……。

 

「今は眠ってください。もしマルタが襲ってきたら、私たちが全力で対処しますので」

「……ああ。頼んだ、テネブラエ。お休み……」

 

 シムルグの背中に倒れ込む。

 マルタが襲ってこない安心感と、下手な宿のベッドより寝心地の良いシムルグの羽毛の感触が俺の意識を瞬く間に深い眠りの中へと沈めていく。

 ……明日が怖いが、今はとにかく眠ろう。

 そして、一刻も早くこの周回を終わらせるんだ。

 あのマルタから逃れるために……!




壊れたマルタ再び。
全裸で過ごそうが何とも思わなず、毎晩迫ってくる美少女。
しかも健康にも問題ありません。元気すぎるくらいです。
なんて魅力的なんでしょうか!(白目)

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