嫌いだった。
自分の保身のために他を犠牲にするやつも。己の力不足を理由に他を見捨てるやつも。誰かがやるだろうと無責任に他人任せなやつも。危険がすぐそばにあるというのに、のうのうと笑っていられるやつも。
全部全部。吐き気がする。
けれど、私は気がついた。
理解なんてしなくていい。好きになんてならなくていい。"世界"はそういうものなのだと。
だから私はやめた。
周りなんて関係ない。
私はただ、自分が誓った約束を果たすだけだ。
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あれから二年。燐はずっと活動をし続けていた。
恐らく個人は特定されているだろうが、まだ未成年ということもあり個人情報は放送されてはいないので、正体不明の人物として世間の話題になっていた。
そんな彼女は今。海辺のベンチに座っていた。
日差しも暖かく。海が目の前にある。お気に入りの場所だ。
「大丈夫?」
聞きなれない男の声で、そっと目を開けてみると、ソバカスでボサボサ髪の男が心配そうにこちらを覗き込んでいた。
学ランを着ていることから恐らく中学生だろう。
「あ!ご、ごめん!さっきらずっと微動だにしなかったから、何かあったのかと思って……」
男は急に我に返ったように顔を赤くしながら離れ、ぶつぶつと言い訳のようなことを言う。
「別に、ただ目を閉じていただけだ」
「え、っと。何をしていたの?」
「光合成」
「は??」
「太陽の光を浴びていると落ち着く。気持ちの問題なのか、日光を浴びないとなんとなく調子がでないんだ」
そう淡々と話すと、男はポカンとしていた。
「邪魔なら退くが」
そういって座っていたベンチから立ち上がろうとすると、慌てたように制止される。
「あ!べ、別にそういうつもりじゃないよ!!」
「そうか」
これで話は終わっただろうとまた目を閉じるが、まだ何かあるのか男は立ち去らない。
「あ、あの……」
さっさと行かせようと口を開きかけた瞬間、男が先に言葉を発した。
先ほどまでは心配そうなだけだったが、今度は期待やらなんやらを詰め込んだようなキラキラとした視線になっていた。
「ここ2年活動している、刀を持った少女!あれって、君なの?」
その問いに、眉間にシワが寄ったのがわかる。
「それを示している人物は確かに私だ」
「ほ、本当!?」
こいつもただの興味本意だったか。
そう理解すると、途端に目の前の男に対して関心がなくなる。いや、元々なかったが。
本当に理解できない。
なぜあれだけのことでそんなにも騒ぐのか。
人を助けたとあっても、そんなもの当然のことだろう。それをこんな風に特別視され、おかしいと言うやつもいる。やっぱりこの社会は理解できない。
「あ!あの!」
男を無視してもう一度めをつぶるが、それに気が付かないのか男はさらに身を乗り出す。
「話!聞いてもいい!?」
「嫌だ」
即答すると見なくてもわかるほど分かりやすく項垂れたのがわかる。
本当ならこういうやつは嫌いなタイプだ。
理解なんてできないし、しようとも思わない。
けれど、目の前のこいつはどことなく違うように思えた。それに、今日は久しぶりのポカポカ日和で気分も乗っていた。だから、いつもならのっておくのに、今日はどうしたことなのか。
「なんで、聞きたいの?」
私の言葉に項垂れていた顔をバッと勢いよくあげる。
どうせ違うと思ったのは勘違いだ。こいつも他のやつらと同じようなことを言うんだろう。
けれど、男の口から語られるのは、私が予想していたことと全く違った。
「あ、あのね……最初に動画を見たときは、何て凄い人なんだろうって思ったんだ。だって僕と同じくらいなのにヴィランに立ち向かって、人を助けてしまえるんだ!しかも女の子が!………でも、こうやって実際にあって話してみたいって思ったのは、あの動画を見たから」
そのとき、男から今までの視線がなくなり、真剣なものに変わった。
「君が、無個性だって聞いた瞬間。今までの僕の常識がひっくり返ったんだ…………僕は、ヒーローになりたかった。でも、周りには無理だって言われ続けてて………でも!それでも君はヒーローだった!ヒーローだったんだよ!僕と同じ無個性なのに、他の誰よりもヒーロだった………だから」
最後のほうは萎むように言っており、聞こえない。
けれど燐のなかでこの男の認識は変わった。
「…………別に、私はヒーローになりたい訳じゃない。」
その言葉に、俯いていた顔を驚いたようにあげる。
けれどそちらは見ないで、燐は目の前に広がる海を見続ける。
「私はこの社会が理解できないよ。目の前にヴィランがいてもなにもせずに他人任せなこの社会が。
規則がなに?確かに誰も彼もが個性を使ってはこの社会は混乱に陥るだろうね。規則で平和を支えているといっても間違いではないと思うよ。でも」
燐の瞳には、確かな決意。
鋭い眼差しで、ここではないどこか遠くを睨んでいた。
「"そのこと"が、守れる手段が、力があるのに、目の前の人を助けない理由には決してなりえないんだ」
燐の目には、すでにここは写っていない。
確かに前を見ているはずなのに、今目の前に写っている何もかもを透き通して、その向こうに、別の景色を見ていた。
「私はヒーローじゃない。なりたいわけでもない。私は、私が誓ったことを成し遂げるだけ」
彼女はなにも特別な事を言ったつもりなどなかった。特に何かしたいわけでもない。
ただ、自分が思っていることをいい、前を見続けているだけだ。
けれど男。緑谷には、照らされる日の光とあいまって、その姿が輝いているように見えた。
「…………君は、やっぱりヒーローだよ」
「だから」
ポツリと。いった緑谷の言葉にさすがに苛立ち、訂正の言葉をいってやろうとそちらを向くが、その言葉は寸前に飲み込んだ。
先程までのオドオドした雰囲気はどこにいったのか。
堂々と燐の目を見つめ返すその眼。
それは、まるであの日に救ってくれた唯一のヒーローのようだった。
「君自身がヒーローじゃないといっても、君は紛れもなくヒーローだよ」
少なくとも、僕はそう思う。そう、男はいった。
「…………ヒーロー、か」
思い浮かぶのは、誰も彼もが手出しできない状況で、唯一助け出してくれたあのヒーロー。
私はヒーローが嫌いだ。
でも、あの人だけは、本当のヒーローだと思う。
私自身がヒーローになるということは、あの人になるということだ。
なれるだろうか。あの人のように。
男の言葉に、男の目に。私はらしくもない考えが起こった。
ううん。あの人のようになどなれない。けれど、私は決めたじゃないか。
そのためなら、どんな辛いことだって耐えられた。なら、今更躊躇ってどうする?
「………君は、ヒーローになりたいっていったね」
「え!うっうん!」
「でも無個性だと」
「うん………」
私は立ち上がり、軽く微笑んだ。
「君はヒーローになれるよ。今は無理でも、絶対になれる。きっと君は、人に恵まれるよ」
目を見開き固まる男をそのままに、私は歩いていった。
私に道を示してくれた君が。あんな目をしている君が、ヒーローになれない道理なんてないさ。
さて、まずはやっぱり資格を取らなければ。
「今から雄英は受けられるかな」