どうしてこうなった? 異伝編   作:とんぱ

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 しばらくぶりの投稿です。前回月島さんの能力で無理矢理書きあげたので、その反動でちょっと壊れていました。私の投稿が滞っていたのも全部月島さんのせいだったんです。


BLEACH 第二十五話

 見えざる帝国(ヴァンデンライヒ)による瀞霊廷への二度目の侵攻。それは、瀞霊廷に見えざる帝国(ヴァンデンライヒ)が上書きされるという未曾有の事態から始まった。

 これにより死神達は本拠地という圧倒的アドバンテージを失った。緊急時の移動先も、怪我人を搬送する四番隊舎も、守るべき重要拠点も行くべき指針も何も分からない。周囲にあるのは見知らぬ建物ばかりだ。

 そんな状況にあって死神達が混乱しないはずもなく、そして、そんな状況にあって死神達が星十字騎士団(シュテルンリッター)の襲撃に対応出来るはずもなかった。

 

 

 

「えい」

「うわぁぁぁ!?」

 

 可愛らしい掛け声と共に死神達に繰り出された攻撃は、その掛け声とは真逆のものだった。

 攻撃を繰り出した滅却師(クインシー)の名はミニーニャ・マカロン。可愛らしい掛け声が似合う見た目の美女だ。しかも巨乳。どこぞの童貞破面王も垂涎する程の代物だ。

 尤も、そんな外見の良さなど死神達には意味がない。というよりも、外見を気にする余裕など欠片もなかった。何故なら、そんな美女が数百トンはありそうな巨大な建築物を片手で持ち上げ、自分達に向けて振り下ろそうとしているのだ。この状況で敵の外見を気にする余裕があるものは、馬鹿を通り越して大物だろう。

 

「に、にげ――」

 

 咄嗟に逃げようとした死神達だったが、その行動は無意味だった。ミニーニャが振り下ろした……というよりも投げつけた建築物は、死神達が逃げる速度よりも速く叩き付けられたからだ。

 巨大な建築物を叩き付けられた死神達が生きている筈もなく、彼らは原型を留めることなく死亡した。

 規格外の力を誇る滅却師(クインシー)。それが星十字騎士団(シュテルンリッター)“P”。(ザ・パワー)という力を高める単純にして強大な能力を持つミニーニャ・マカロンであった。

 

「あんまり美味くねーなー」

「ぎゃっ!」

「ぐぇっ!」

 

 美味くないという言葉に相応しくその少女は戦闘中に食事をしていた。少女の名前はリルトット・ランパード。ミニーニャ同様星十字騎士団(シュテルンリッター)の一人である。

 そんな彼女が戦場にあって、敵を前にして、何故食事をしているのか。その答えは、リルトットにとっての食事は戦闘と同義に等しいからであった。

 リルトットに与えられた聖文字(シュリフト)は“G”。食いしんぼう(ザ・グラタン)の“G”だ。その能力は、あらゆるものを食らい尽くすというもの。それが例え死神だろうと、だ。

 そう、リルトットの食事とは、死神達の事であった。

 

「化物……!!」

 

 仲間を次々と食らっていくリルトットに対して死神の一人がそう叫ぶ。見た目は可愛らしい少女に対する言葉ではないかもしれないが、死神を食べるという行為、そして、外見よりも遥かに大きくなった口を見ればその言葉も頷けるだろう。リルトットはその能力により、口を自在に伸縮・巨大化することが出来るのだ。

 そうして巨大な口で一度に複数もの死神を食べ散らかしながら、リルトットは呟いた。

 

「それにしても……はらへったなぁ~~……ん?」

 

 リルトットの呟きと同時、巨大な落雷がリルトットの周囲に居た生き残りの死神達をなぎ払った。

 

「なーにちんたら食事してんだよリル! こんな雑魚共に無駄な時間掛ける必要ねーだろーが!」

 

 雷を操る滅却師(クインシー)の名はキャンディス・キャットニップ。与えられた聖文字(シュリフト)は“T”、雷霆(ザ・サンダーボルト)という文字通り雷を操る力も持つ星十字騎士団(シュテルンリッター)だ。

 モデルもかくやという外見だが、胸元を開いた露出度の高い軍服を着ており、淑女とは正反対のイメージを周囲にアピールしている。やはりどこぞの童貞破面王が食いつきそうだ。特に胸元に。

 

「こんな雑魚相手に無駄な体力使う方がもったいねーよ。あー、腹減った。焼けたら少しは美味くなんのかこいつら」

 

 キャンディスにそう言い返しながら、リルトットは焼け焦げた死神達を貪る。だが、その表情はぴくりとも変わらない。やはり美味しくなかったようだ。

 

「リルの言う通りだよ。こーんな奴ら相手に張り切るなんて無駄無駄。だからさ、彼らに頑張ってもらいましょー」

 

 キャンディスに話し掛けたのはジゼル・ジュエル。星十字騎士団(シュテルンリッター)の一員にして“Z”の聖文字(シュリフト)を与えられた滅却師(クインシー)だ。

 その能力は死者(ザ・ゾンビ)。その名の通りゾンビを生み出し操るという、外道にして脅威的な能力の持ち主だ。そんなジゼルが言った彼らとは、当然ジゼルが生み出したゾンビ達の事だ。だが、このゾンビは一体どこから生み出されたのか。

 如何にゾンビを生み出す力を持つとはいえ、ジゼルも無からゾンビを作る事は出来ない。ゾンビを作るには当然材料が必要なのだ。そしてその材料とは……死神に他ならなかった。

 

「や、やめろお前達!? なんで俺達を攻撃するんだ!!」

「あああ、か、体が勝手に……!!」

 

 ジゼルの血液に触れた死神はジゼルの命令を聞くだけのゾンビに成り果ててしまう。味方である死神と戦えと命じられれば戦い、死ねと言われれば即座に自殺をしてしまう。それがジゼルの血液に触れた死神の末路だ。

 意識が残ったままに仲間へと刀を向けさせられる死神。その心中は察するにあまりあるだろう。まあ、ゾンビとなった死神の意識があるのは今だけだ。すぐに全身にジゼルの血液が廻り、完全な死体と化すだろう。そうなればかつての仲間を攻撃する罪の意識もなくなる。死体に意識などある訳がないのだから。

 そうして死神達が仲間同士で殺し合っていると、突如として残る死神達が爆散した。

 

「あんた達、遊びすぎでしょー。こんな雑魚共相手に無駄な時間掛けすぎ」

「それはもうあたしが言った!」

 

 残る死神達を爆殺したのはバンビエッタ・バスターバインだ。彼女の力ならば相手が何であろうとも、爆弾に変えて爆発させる事が出来る。その力により生き残っていた死神達を一掃したのだ。殲滅力という点では星十字騎士団(シュテルンリッター)の中でも上位だろう。

 そして、バンビエッタこそがこの場にいる星十字騎士団(シュテルンリッター)の纏め役であった。一応は、だが。

 通称バンビーズと呼ばれている彼女達は星十字騎士団(シュテルンリッター)の中で女性のみ――一部例外あり――が集まった部隊だ。部隊というよりは、女性同士集まって出来た姦しい集団と言った方が正確かもしれないが。まあ、仲間意識が薄い多くの星十字騎士団(シュテルンリッター)にあって、一応の仲間意識を持っている集団ではある。

 

「あんた達、分かってるんでしょうね? 今回は団体行動だから勝手な行動したら許さないからね?」

「分かってるって。それを言い出したのはオレだからなー」

 

 バンビーズは此度の瀞霊廷侵攻において、団体行動する旨を予め決めていた。それを言い出したのはリルトットだ。

 リルトットがそんな事を提案したのには理由がある。その理由は、仲間同士助け合う等という美しい友情や仲間意識などではなかった。

 

「でもぉ、本当にあたし達が纏まってないと危ないの?」

 

 ミニーニャがリルトットに確認する。その言葉の通り、リルトットは団体行動しなければ各個撃破される可能性が高いと見て、こうしてバンビーズ揃って行動する事を提案したのだ。

 

「ああ。陛下が特記戦力である更木剣八と戦ったのを知ってるな。まあ、戦ったって言ってもすぐに撤退したらしいけどな」

「それは知ってるけどぉ……」

 

 そう、戦いはしたが、ユーハバッハは影の領域(シャッテン・ベライヒ)圏外での活動限界により撤退を余儀なくされた。故に、更木剣八と接触した時間はほんの僅か。刃を交えてすらいない、戦ったとも言い難い時間だ。

 それでも、ユーハバッハが更木剣八を直に見たのは確かだった。そして、その上でユーハバッハは更木剣八を特記戦力から外す事はなかった。

 

「ジェロームにベレニケ、Lの方のロイドをぶっ倒し、不死身のシャズもあしらって、陛下と面して特記戦力に相応しい実力と認められた化物だぜ? おれ等でもばらけてたら殺られる可能性はあるだろうよ」

「はっ! 相手がどんな奴でもあたしが焼き殺してやるよ!」

 

 キャンディスはそう言うが、リルトットは正直キャンディスにはそこまで期待していなかった。

 キャンディス自体が弱いわけではない。雷を操るその力は速度、破壊力共に抜群だ。だが、その力は素直過ぎた。純粋たる力では、更木剣八に通じるか疑わしかったのだ。

 自分を含む残りのバンビーズもそうだ。自分の食いしんぼう(ザ・グラタン)で更木剣八を食い殺すのは難しいとリルトットは考える。その程度で殺す事が出来る戦闘力ならば、ユーハバッハは剣八を特記戦力と見做さないだろう。

 ミニーニャも同様だ。彼女の力は凄まじいが、それだけにキャンディス以上に純粋な力であり過ぎた。力の権化たる剣八に通用するとは思えない。

 ジゼルのゾンビは数を揃えた所で一蹴されるだけだろう。そして、ジゼルの血液に剣八が触れた処でゾンビになる事はない。一定以上の霊圧を持っていれば簡単にゾンビになる事はないのだ。意識を失っていたり、非常に弱っていれば話は別だが、その状況に至る事が出来ればゾンビだどうだの関係なく殺せばいいだけだ。至る事が出来ればだが。

 

 このように、バラバラで戦ってしまえばバンビーズの誰もが更木剣八に勝てるとは言い難いのだ。しかし、唯一の例外がいた。それこそがバンビーズの一応のリーダーであるバンビエッタだ。

 バンビエッタの力は爆撃(ジ・エクスプロージョン)。霊子を打ち込んだ物質を爆弾に変化させるというもの。どのような物質であろうと、バンビエッタの霊子に触れれば爆弾と化してしまう。そう、更木剣八だろうと、だ。

 腕に当たれば腕が爆発し、足に当たれば足が爆発する。当然、頭に当たれば頭が爆発する。その場合、よほど特殊な存在でない限り即死は免れないだろう。いくら更木剣八が不死身じみているとはいえ、頭が吹き飛んで生きていられる筈もない。

 故に、バンビエッタは対更木剣八の切り札であり、リルトットは自分が生き延びる為に共にいるべきだと考え、団体行動の提案をしたのである。

 

「まあ良いわよ。団体行動するのも、その更木って奴を警戒するのも。でも、あたしの目的はその更木なんちゃらじゃないのよね」

 

 そう言って、バンビエッタはその端整な顔を怒りで染め上げた。

 

「あのワンちゃんと虫けら……! あの二匹は絶対に殺す……! あたしを嘗めて生きていられると思ったら大間違いって事を教え込んでやるんだから!」

「わーかってるって。何度も聞いたしな。それよりさっさと移動しようぜ。ここにはもう死神(おやつ)はいねーみたいだしな。腹が減ってたまらねーぜ」

 

 癇癪持ちでストレスが溜まるとイケメンの部下を殺すという特殊な性癖を持つビッチとはいえ、仲間は仲間であるしリーダーはリーダーだ。一応は顔を立てつつ、リルトットはバンビエッタを軽くあしらいながらその場から移動するよう促した。

 こうしてバンビーズはこの区域にいた死神を全滅させてから、新たな獲物を求めて移動を開始した。

 

 

 

 

 

 

「到着しました涅隊長」

「言われずとも解っているヨ」

 

 雀部長次郎は涅マユリを護衛しつつ、瞬歩にて技術開発局があった場所まで移動していた。

 瀞霊廷の形は何もかも変わってしまったが、それでも彼らは技術開発局があった場所まで問題なく辿り着いていた。千年以上も瀞霊廷を護って来た雀部にとって、姿形が変わった所で自分の初期位置さえ把握していれば技術開発局があった場所まで辿り着くのは造作もない事だった。流石に現在位置が理解出来なければ難しいだろうが。

 涅マユリも同様だ。天才という言葉が相応しいマユリならば、自分の居城である技術開発局の場所を把握するなど造作もない事だった。天才以上にマッドサイエンティストという言葉が相応しいが。

 

「さて……」

 

 技術開発局だった場所にあるのは当然別の建物だったが、マユリは何の躊躇もなく堂々と中に入っていく。当然マユリの護衛役である長次郎もだ。

 そうして中に入った二人を迎えたのは、狼狽している技術開発局員達であった。

 

「隊長!」

「ご無事でしたか!」

 

 技術開発局員達は瀞霊廷が消滅していく様を計器で確認していた。並の死神よりも遥かに高い知識と技術を持つだけに、その超常現象に彼らは大きく動揺していた。だが、自分達の隊長が戻って来た事で彼らは一定の落ち着きを取り戻したようだ。

 まあ、例え世界が滅びたとしても涅マユリが滅びる事はないと思っていたので、いずれ帰って来るとは思っていたが。

 

「喧しい。この程度の事で喚くんじゃないヨ。それより、ここは襲撃されなかったのか?」

「は、はい。瀞霊廷が消滅してからここに入ってきたのは隊長達だけです」

「ふむ……」

 

 部下の言葉にマユリは逡巡する。死神が卍解を奪う機構であるメダリオンを手にしているのは滅却師(クインシー)達も理解している筈。それを解析しているのも理解しているだろう。だというのに技術開発局を襲撃しない理由。

 解析出来るはずはないと高を括っているのか、それとも――

 

「解析しても意味はないと思っているのか……まあ、私には関係ない事だヨ」

 

 そう呟いて、マユリは懐に入れてあったスイッチを押す。それと同時に、マユリの眼前の空間が突如として開いていき、その空間から目を開けていられない程の光が漏れ出した。

 

「これは……!」

 

 凄まじい光に長次郎が驚愕の声を上げる。

 

「先の戦いの中で集めた情報で、滅却師(クインシー)共の侵入に影が関係している事までは予測がついていた。だから私の研究室の内部には、一切の影を作らんように改造しておいたんだヨ」

 

 そう、滅却師(クインシー)は影を使って瀞霊廷に侵入していた。今回の侵攻も瀞霊廷と見えざる帝国(ヴァンデンライヒ)の影を入れ替えた結果だ。

 だが、影が作られていないマユリの研究室は入れ替わる事なく、こうして無事に残る結果となったのだ。

 

「……」

 

 色々と問題がある人物だが、やはり涅マユリという存在は尸魂界(ソウル・ソサエティ)において捨てる事が出来ない存在であると長次郎は改めて思う。

 部下を使って人体実験したり、滅却師(クインシー)の生き残りを不当な手段で集めて様々な実験を行ったという話はあるが、それでもマユリが表立って罰せられていないのはこの有能さ故にだろう。涅マユリがいなければ瀞霊廷の発展はどれだけ遅れた事か。

 無論、その非道が詳らかとなり、それが尸魂界(ソウル・ソサエティ)への貢献を上回る大悪と判断されればマユリと言えども処されるだろうが。実際に四十六室に隊員への人体実験に関して言及されているので、マユリも非道な実験を出来るだけ行わないようにしている。その為か多少のストレスが溜まっていたりするのだが、その実験に巻き込まれる者からすればストレスが何だと叫びたいところだろう。まあ、叫んだところで馬耳東風だろうが。

 

「涅隊長、私はこの場で敵の襲撃に備えます。どうか、卍解奪還の研究のみに集中なさってください」

 

 正直なところ、長次郎は今すぐに瀞霊廷を襲う輩を滅しに動きたかった。卍解が使えない山本の側にあり、その戦いの補佐をしたかった。

 だが、その山本総隊長から命じられた事が涅マユリの護衛なのだ。それを果たさずしてこの場から離れるなど、長次郎の誇りが許さないだろう。それに、例え長次郎がこの場を離れて敵を倒し、一時の有利を作れたとしても、マユリが襲撃されて卍解奪還が成らなければ、この戦いの顛末など察するに余りあるだろう。

 何があろうともこの場から離れず、マユリが卍解奪還の研究が終わるまで護衛する。それが長次郎のなすべきことなのだ。そう自分に言い聞かせて、長次郎は敵の襲撃に備えようとした。

 そんな長次郎に対して、マユリは阿呆を見るような目で睨みながら罵った。

 

「何を馬鹿げた事を言っているんだネ。雀部副隊長。君は他の隊長と違い卍解を奪われなかった。既に滅却師(クインシー)が持っていた金属板の解析はほぼ終えている。後は君と他の隊長の差異。それを解析するのが卍解奪還の最後の仕上げだヨ」

 

 暗に、今からお前を調べ尽くすと言われた長次郎。マッドサイエンティストのマユリに実験されるとなると、果たして人の形を保ったまま帰ってこられるかどうか。いや、帰ってくること自体出来るかどうか……。

 それを理解した長次郎は、しかし一瞬足りとも逡巡する事なくマユリの言葉に同意した。

 

「なるほど、道理ですな。それでは涅隊長、この身の一片まで、卍解奪還の為の礎となさってください」

「……ふん。言われるまでもないヨ」

 

 例え死したとしても、それが護廷の、山本元柳斎の役に立つならば本望。それが雀部長次郎という男だ。故に、長次郎はマユリの実験を快く受け入れた。

 そんな長次郎の態度にマユリは僅かに不機嫌になる。本当にドロドロになるまで実験し、肉の一片足りとも余さず解析してやろうかと一瞬だけ思うが、長次郎の力はこの戦争で勝つ為に必要ではある。それに、下手な事をして山本に目を付けられては堪ったものではない。

 そもそも、卍解奪還の研究を終えるのが先決なのはマユリも理解している。故に、無駄な時間を使うのは避け、必要な研究のみに取り掛かる事にした。

 

「グズグズするな! さっさと研究室に入るんだヨ!」

「はっ!」

 

 こうして、マユリと長次郎は影が一切ない光の部屋へと入って行く。彼らが出てくる時、その時こそ死神の真の反撃が始まるのだろう。

 だが、それまでは卍解という切り札抜きで強大な敵と戦わなければならない。果たしてマユリの研究が終わるまで、死神達は持ち堪える事が出来るのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 瀞霊壁の外にいた隊長達は全員がかつて瀞霊廷であった場所に突入し、ある程度分散して滅却師(クインシー)に対する反撃行動を開始した。

 我が強く、集団行動が向いていない者が多い隊長格ではあるが、現状はそうも言っていられない状況だ。卍解が使えない状態で星十字騎士団(シュテルンリッター)と戦える隊長格など、山本総隊長と更木剣八くらいのものだ。

 そしてその二人は当然のように単独行動を取っていた。敵陣において単独行動を取るなど、自殺行為もいいところだろう。だが、今は敵陣でも少し前まで瀞霊廷だった場所だ。建物は入れ替わっていても人は入れ替わってはいない。この場には瀞霊廷に住んでいた者達の殆どが残されているのだ。

 確かに纏まって動けば各個撃破される事もなくなり、卍解を使えなくとも星十字騎士団(シュテルンリッター)に勝てる確率は上がるだろう。だが、そんな事をしていれば被害は拡大する一方だ。護廷の為に命を懸ける死神ならまだしも、瀞霊廷には死神でない一般人も住んでいるのだ。主に貴族か生活を支える立場の住民がだ。

 そんな彼らを少しでも護る為、全員が行動を共にする訳にもいかず、ある程度分かれて幾つもの戦場に手を伸ばすしかないのだ。ただの戦争ならまだしも、これは護廷の為の戦いなのだから。

 

 そうして隊長達が分かれてから数分。いくつかの隊長達は星十字騎士団(シュテルンリッター)と対峙する事となった。

 

「探したよ、二番隊隊長」

「貴様……!」

 

 二番隊隊長砕蜂の下に、彼女から卍解を奪った鋼鉄(ジ・アイアン)蒼都(ツァン・トゥ)が現れた。

 現れた、だ、砕蜂が見つけたのではなく、蒼都(ツァン・トゥ)が砕蜂を見つけてここまでやって来たのだ。その理由は、蒼都(ツァン・トゥ)が奪った卍解にあった。

 ユーハバッハは瀞霊廷を攻め入る前に、卍解を奪った星十字騎士団(シュテルンリッター)達に奪った卍解でその隊長を殺せ、と命じていたのだ。故に蒼都(ツァン・トゥ)は砕蜂から奪った卍解で砕蜂を殺すべく、こうして現れたのだ。

 

「のこのこと私の前に現れるとは。その度胸は褒めてやろう」

「卍解を奪われたというのに強気だね。仲間がいるからかな?」

「言ってくれるな……!」

 

 蒼都(ツァン・トゥ)の言葉に怒気を強める砕蜂。そう、蒼都(ツァン・トゥ)の言う通り砕蜂は一人ではない。単独行動をしている隊長は山本と剣八のみだ。他の隊長格は幾人かで固まって行動しているのだ。

 

「かっかしなさんな砕蜂隊長。熱くなったら敵の思う壺だよ」

「分かっている京楽!」

 

 そう、砕蜂と行動を共にしているのは八番隊隊長京楽春水だった。彼は隊長の中でも古参であり、山本総隊長の愛弟子でもある優れた死神である。

 その思慮の深さや真実を見抜く瞳は藍染惣右介――現在は惣子ちゃん――すら警戒した程であり、実力の高さは猛者揃いの隊長にあってトップクラスだろう。

 実力は高いがやや感情的なところがある砕蜂のストッパーとして、こうして行動を共にしている。けっして行動を共にするなら女性がいいと思った訳ではないはずだ。

 

「仲間がいようと関係ない。君は僕の手によって殺される。それは変わりようがない事実だ」

 

 そう言って、蒼都(ツァン・トゥ)は右手につけた鉤爪を砕蜂に突きつける。

 

「貴様……!」

 

 砕蜂もまた、己の斬魄刀である雀蜂を蒼都(ツァン・トゥ)に突きつける。既に雀蜂は始解状態だ。通常状態で様子見する等という余裕がないことは砕蜂も理解している。

 京楽も同様だ。既にその斬魄刀は始解状態にある。尸魂界(ソウル・ソサエティ)でも珍しい、二刀一対の斬魄刀、花天狂骨だ。

 

「やれやれ。二対一だけど、悪く思わないでね滅却師(クインシー)さん」

「別に構わないよ。卍解を使えない君達如き、僕の敵ではない」

「卍解がなくとも貴様を倒す事など造作もない!」

 

 こうして、隊長二人と星十字騎士団(シュテルンリッター)による死闘が開始された。それと同時に、各地の戦場においても隊長達と星十字騎士団(シュテルンリッター)の戦いも開始しようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 山本元柳斎は最強の死神だ。卍解を奪われた為に戦闘力は遥かに落ちただろう。だが、それでも山本を倒す事が出来る死神は卍解を使わないならば更木剣八くらいのものだろう。卍解を使えずとも、並の卍解の使い手を上回る実力の持ち主。それが山本元柳斉重國なのだ。

 故に山本は単独で行動していた。少しでも早く敵を殲滅し、瀞霊廷に住む人々を護る為にだ。そうして敵の本拠地と化してしまった瀞霊廷に突入し、誰よりも速く移動していた山本は、星十字騎士団(シュテルンリッター)の一人と遭遇した。

 

「とう!」

「!!」

 

 高速で疾走する山本の前に、雄たけびを上げながら一人の滅却師(クインシー)が空から舞い降りた。

 

「フハハハハハハ! 悪の首魁が自らやって来るとは! まさにスターに輝けと天が叫んでいる証拠!!」

「ヘェ! おっしゃる通りですミスター!」

 

 良く解らない事を宣う覆面レスラーのようなマスクをした筋骨隆々の男と、それに追従する何故かゴングを持っている丸い小男。山本を悪の首魁などと言っている事から、滅却師(クインシー)に間違いはないようだ。死神からしたら攻め込んできた滅却師(クインシー)達こそ悪なのだが。まあ、正義だの悪だのの主張は戦争において無意味だろう。

 どうやらこの滅却師(クインシー)達は山本が自分の下にやって来てくれた事を喜んでいるようだ。だが、喜んで入るのは山本も同様だった。

 

「自ら姿を現してくれるとはのぅ。探す手間が省けたわ」

 

 滅却師(クインシー)達は瀞霊廷中に高濃度の霊子を撒いていた。その為、死神達は滅却師(クインシー)の霊圧を感知する事が困難な状況に陥っていたのだ。

 山本は戦闘音やその衝撃が見られる場所目掛けて移動していたが、敵が隠れた場合は索敵に時間が掛かるだろうと思っていた。それが自ら現れてくれたのだ。重畳というものだろう。

 

「ふむ? まるでワガハイを倒せるかのような物言いに聞こえるが?」

「確認する必要があるのか?」

 

 山本のその返答に、筋骨隆々の男はマスクの上からでも解るほどに大きな笑みを浮かべる。

 

「正義のスターに悪党が勝てる筈もなし!! くらえ正義の一撃!! スター・イーグル――」

 

 そう叫び、山本に向けて攻撃を仕掛けようとした男は、しかし何もする事も出来ずに脳天から股間に掛けて真っ二つにされた。

 

「へ?」

 

 そんな呆けた声を上げたのは筋骨隆々の男の部下と思われる小男だ。小男がミスターと崇める男が攻撃をしようとした瞬間、山本の姿が掻き消え、男の後方に現れたかと思えばいつの間にか尊敬する上司は真っ二つになっていたのだ。呆け声も零れるというものだろう。

 

「そ、そんな……立ってくださいよスーパースター!!」

 

 小男が現実を直視できないかのようにそう叫ぶ。脳天から股間まで斬り裂かれた者が生きている筈もない。それすら理解出来ない程動揺しているのかと、山本は小男を僅かに憐れんだ。

 小男も敵だが、斯様な弱者相手に振るう刃は有していない。平時の山本ならば見逃していただろう。だが、今回は話が別だ。瀞霊廷内部にまで攻め込まれ、多くの犠牲を出しているのだ。この状況で弱者と言えど敵を見逃すつもりは山本にもなかった。

 そうして山本が小男に向けて刃を振るおうとして――そこでありえないものを目にした。

 

「死なぬぅ……死なぬぅ!」

「――」

 

 真っ二つになった筈の男が、死んだ筈の男が、小男の声に応えるように立ち上がり、その半分に分かれた肉体を元に戻して立ち上がったのだ。

 然しもの山本元柳斎と言えど、この異常な事態を目の前にして僅かに動揺――

 

「ふん!」

「がふぁ!?」

 

 ――する筈もなく、立ち上がった男に向けて流刃若火の炎を叩きつけた。その炎は始解とは思えない火力で男を焼き滅ぼしていく。

 山本元柳斎は二千年もの長きに渡って生き続け、戦い続けた死神だ。百戦錬磨という言葉も霞む程の戦歴を持つ山本が、この程度の事で動揺する筈もなかった。生物として死んで当然の傷を負っても元に戻る。そんな本来なら在り得ない事象も、山本の経験から言わせたら在り得る事象に過ぎないのだ。

 

「た、立ってよスーパースター! 負けないでスーパースター!」

「おおおお!」

 

 小男が再び筋骨隆々の男に向けて声援を送る。そして、またもそれに応えるように男は立ち上がった。

 

「ふむ……」

 

 この不死身ぶりには流石の山本も訝しんだ。斬られて死なない敵は今までにもいたが、焼き尽くされて死なない敵はあまりいない。

 手応えはあった。斬り裂いた時も、焼き尽くした時も、倒したという実感はあった。だが、確かに男はこうして傷一つなく立っている。それも、小男の声援を受けた途端にだ。男の不死性に小男が関係している可能性は高いだろう。

 山本がそう推測しているところで、完全復活した男が山本に向けて高らかに叫んだ。

 

「ワガハイは“S”! “英雄(ザ・スーパースター)”マスク・ド・マスキュリン! 声援こそがワガハイの力である!! スーパースターであるワガハイはファンの声援ある限り悪党などには決して負けぬ! そうだなジェイムズ!」

「はい! ミスター!」

 

 星十字騎士団(シュテルンリッター)“S”。“英雄(ザ・スーパースター)”のマスク・ド・マスキュリン。ジェイムズというファンの声援ある限りどのようなダメージを負おうとも立ち上がり、その度に強くなるという不死身にして不屈の英雄だ。

 

「正義の一撃を放つ前に攻撃し、あまつさえ声援を受けて復活したスターを即座に攻撃するとは! 悪党に相応しい卑怯者よ! この正義のスーパースターが滅ぼしてくれよう!!」

「格好いい! スーパースター!!」

 

 ジェイムズの声援を受け、マスキュリンの力が更に高まっていく。敵が死神の頂点にして悪の首魁――マスキュリンの認識ではだが――である山本だからか、スターとして、正義のヒーローとして、その力を惜しみなく発揮した。

 

「見よ! 悪を挫く選ばれしスターの証! 拳に浮き出る星の紋章を! くらえ! スター……!」

 

 大きな溜めと共にマスキュリンの右腕が膨らんでいく。そして溜め込まれた力を必殺技として山本へぶつけようとする。

 

「殺人パンチ!!」

 

 その名もスター殺人パンチ。スターとしてどうなのだろうかと問いたくなる技名である。だが、ふざけた名前に反してその威力は甚大だ。並の死神なら一撃で死に至るだろうし、隊長格でも霊圧が低い者ならば致命傷を受けるだろう。

 

「どうだ悪党よ!! 星の紋章が出たワガハイのパンチは通常の十倍!! これが正義の鉄槌――」

 

 口上と共に山本に更なる力を叩きこもうとするマスキュリン。だが、口上も更なる力も、山本が発揮させる暇を与える訳がなかった。

 

「ふん!」

「ぎゃあああ!」

 

 スター殺人パンチを放ったマスキュリンの右腕がへし折られていた。やったのは当然山本だ。死神最強の名は伊達ではなく、斬拳走鬼の全てが超一流だ。例え卍解が使えなくとも、拳のみでこの程度の所業を為すなど造作もなかった。

 

「き、貴様! 悪党風情が正義のスターの右腕を――」

「御託を並べるのは得意じゃのう」

 

 己の右腕をへし折られ怒りを顕わにするマスキュリンに対し、山本は静かにそう言って言葉とは裏腹に苛烈な追撃を加える。

 

「おおぅっ!?」

 

 マスキュリンの腹部に山本の拳が深々と突き刺さる。あまりの衝撃にマスキュリンは呼吸困難となり、激痛と相まってその場でうずくまってしまった。

 その隙に山本はマスキュリンの横を悠々と歩き、ジェイムズに向けて流刃若火を振るう。

 

「あ、ああ……ミスター……!」

「お主がこやつの不死身の原因ならば、なおさら見過ごす訳にはいかんでな」

 

 そう言って、山本はジェイムズを一刀の下に断ち切った。それだけでなく流刃若火の炎で消し炭にする念の入れようだ。ジェイムズも不死身である可能性を考慮しての事である。

 

「じぇ、ジェイムズ……! おのれ……! 罪のない一ファンになんて事を……! 悪党が!!」

「良くほざくわい。お主の不死身もこの小男のおかげじゃろうに。さて、そろそろ仕舞いにするとしよう」

 

 ジェイムズを葬った事でマスキュリンの不死性はなくなったも同然と思った山本は、そう言ってマスキュリンに止めを刺そうとする。

 そんな山本に対し、追い詰められた筈のマスキュリンは不敵な笑みを浮かべた。

 

「ふふふふふ……! 愚かな! スターが悪党にやられる終わりなど、ある訳がない!! そう思わんか! ジェイム~~~~ズ!!」

 

 死の間際の狂乱か。そう思えるようなマスキュリンの叫びだったが、次の瞬間、山本は信じ難い声を耳にした。

 

「はあ~~~~い!!」

「むっ!?」

 

 その声は山本の後方から聞こえた。そう、山本が先程灰燼に帰した筈のジェイムズが居た場所から聞こえたのだ。

 振り返った山本は、常識では考えられない現象を目にした。灰となったジェイムズが徐々に復元しているのだ。しかも一人や二人ではない。大きさは小さいが、灰が集まって無数の小さなジェイムズが再生し出しているのだ。

 そしてそんなジェイムズ達が、一斉にマスキュリンに向かって声援を送った。

 

『がんっがんっがんばれっスーパースター! がんばれがんがんスーパースター!!』

「ぬっ、ぬうおおおおお! エナジーみなぎるぅぅぅ!」

 

 無数のジェイムズの声援を受けたマスキュリンが更にパワーアップした。星十字騎士団(シュテルンリッター)の制服は弾け飛び、レスラーパンツとベルトを装着しただけの姿と成り、何故かマスクの模様まで変化していた。

 色物同然の見た目に進化したが、パワーアップした事に間違いはない。殺してもジェイムズがいる限り死なず、そのジェイムズもマスキュリンの声で復活する。そして声援を受ければ受けるほどに強くなる。そんな不死身の化物を相手に勝ち目があるのだろうか。

 しかしそんな疑問を、山本は欠片も持つ事はなかった。

 

「スター・パワーアップ完了! 悪党よ。見せ場は終わり……んん? 奴はどこに消えた?」

 

 パワーアップが完了したマスキュリンは山本に向けて決め台詞を放とうとしたが、肝心要の山本がどこにもいなかった。

 

「もしや逃げたか? おのれ。悪党に相応しい卑怯な行動だ!」

 

 山本が逃走したのだと思ったマスキュリンは、折角のパワーアップを披露する相手がいなくなった事に憤慨する。だが、すぐに新たな敵を見つけようと踵を返して――流刃若火に膨大な炎を纏わせた山本の姿を見つけた。

 

「な――」

「片方潰しても片方が復活させる。ならば、両方潰せばどうなるかの?」

 

 そう言って、山本は膨大な炎をマスキュリンとジェイムズの両方に向けて放った。

 山本は逃げたのではない。マスキュリンとジェイムズの間にいては両方を同時に攻撃するには面倒だった為に、両者が攻撃の射線に入る位置へと移動しただけだった。

 そうして山本が放った炎はマスキュリンとジェイムズに逃げる暇など与えず、両者を巻き込んで射線状にあった物体の全てを燃やし尽くしていく。そう、全てをだ。そこには当然マスキュリンとジェイムズも加わっていた。

 

「……」

 

 しばしの時を置くも、マスキュリンもジェイムズも復活する様子は見られなかった。どちらかがどちらかを復活させるなら、両方同時に倒せばいい。その判断は間違ってはいなかったようだ。

 そうして星十字騎士団(シュテルンリッター)の一人を倒した山本は、新たな敵を目指して移動しようとする。だが、すぐにその歩を止める事となった。

 

「ひゅうー、おっかねぇ。本当に卍解奪われてるのか疑問に思うぜ。あんた、ちょっと強すぎじゃない?」

「……新手か。またもそちらから現れてくれるとはの」

 

 いつの間にか、山本の背後に一人の男が現れていた。星十字騎士団(シュテルンリッター)の制服を着ているその男を見て、山本が新たな敵と判断したのは当然だろう。

 

「じゃが解せん。お主、この機に現れたという事はマスキュリンとやらが死ぬのを近くで見ていたのであろう。何ゆえ手助けせなんだ?」

 

 そう、山本がマスキュリンを倒した直後に現れるなど、タイミングが良すぎるのだ。助けに来るのが間に合わなかったというより、両者の戦いを隠れて見学していたという方が納得が行くだろう。そして、それは間違いではなかった。

 

「いやいや。俺なんかが手助けした処で両方殺られるのがオチだろ? なら、隠れてあんたの力の程を見た方が賢いってもんだ」

「ほう。それを理解した上で姿を現す……。儂を倒す算段でもついたのかのぅ?」

「確認する必要があるかい?」

 

 二人の会話は山本とマスキュリンの会話の焼き直しをしているかのようだった。立場は完全に逆になっているが。

 

「あんたがマスキュリンに止めを刺した時、ちょいとあんたの霊圧を摂取させてもらった……。だから言わせてもらうぜ。あんた……致命的だぜ」

 

 その言葉が終わった瞬間、星十字騎士団(シュテルンリッター)“D”。“致死量(ザ・デスディーリング)”のアスキン・ナックルヴァールと山本元柳斎の戦いが開始した。

 

 


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