どうしてこうなった? 異伝編   作:とんぱ

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BLEACH 第二十七話

 アスキン・ナックルヴァールは言った。霊圧を摂取させてもらった、と。霊圧を摂取。それは一体どういう意味なのだろうか。

 死神達がこれまで確認した星十字騎士団(シュテルンリッター)は何かしらの能力を有していた事が判明している。中には能力が判明する前に死んだ者もいるが。死神の斬魄刀の能力が千差万別なように、星十字騎士団(シュテルンリッター)滅却師(クインシー)の基本能力とは別に個々人ごとに特殊な能力を有しているものだと思われている。

 つまりこのアスキンも何かしらの能力を有しているのは明白だろう。先程のアスキンが放った霊圧を摂取させてもらったという発言がその能力に関係しているのかもしれない。その秘密を解く事がアスキンを倒す手段に繋がるかもしれない。

 

 山本はアスキンの言葉からそこまでは推測した。だが、今の段階ではアスキンの言葉の意味も、能力も、理解する事は出来ない。判断材料が少なすぎるからだ。

 ならばどうする。判断材料が少なければどうすればいい。その答えは幾つかあるだろう。判断材料を集めるべく、つまりは敵の能力を暴くように様子見しながら戦闘する。もしくは、敵の能力が不明故に一時逃走する。仲間と合流して協力して戦う。

 だが、山本が選んだのはそのどれでもなかった。

 

「むん!!」

「!?」

 

 山本はアスキンが戦闘態勢に入った瞬間に、流刃若火を全力で振るった。刃から迸った炎は始解のそれとは思えない火力でアスキンを覆い尽くし、周囲の建物諸共に灰燼へと変えていく。

 そう、山本が選んだ答えは敵の能力が解らずとも、能力を使う前に倒してしまえば問題ないという、単純明快にしてある意味最も正しい答えであった。何も敵が全力を出す暇を与える必要はないのだ。戦闘狂の更木剣八なら相手の全力を待ったかもしれないが、山本には戦闘を無駄に楽しむ趣味はない。強者と戦う事に楽しみを覚えないと言えば嘘になるだろうが、瀞霊廷の危機に個人の趣味を持ち出すつもりなど山本には毛頭なかった。

 故に速攻。故に瞬殺。無駄な時間など掛けず、一瞬で焼き滅ぼす。マスキュリンのような不死身でもない限り、最適解の答えだろう。

 だが、山本は一つだけ間違えていた。能力を使う前に倒してしまえば問題ない。それは正しいだろう。だが、今回はその判断が遅かった。いや、山本がその判断を取る前に事前に対処していたアスキンを褒めるべきか。

 

「あっちぃ! おいおいマジかよ……! あんた本当に化物だな!」

「なに……?」

 

 流刃若火が放った業火の中からアスキンが姿を現した。その全身は炎で焼け爛れ、見るも無残な姿になっている。だが、あの業火に晒されながらも五体満足で姿を現したのだ。

 マスキュリンは不死身だったが、それでも流刃若火の攻撃で死に追いやられていた。どんな攻撃を受けても復活しただけで、死に瀕するダメージは負っていたのだ。だがアスキンは違う。山本が放った遊びのない、全力の流刃若火の一撃を受けて、ダメージを負いながらも生きてその炎から抜け出してきたのだ。

 

「随分頑丈じゃの」

 

 頑丈。確かに頑丈だ。流刃若火の攻撃を受けても五体満足でいられる程に。だがそれだけならば問題ない。ダメージは確実に与えられている。ならば死ぬまで攻撃を繰り出せばいいだけだ。

 だが、その山本の判断もまた、間違いだった。

 

「頑丈? んなこたないさ。俺はただあんたの霊圧に免疫が出来てるだけさ」

「免疫、じゃと……?」

 

 霊圧に免疫が出来る。その意味が理解出来ず、山本はアスキンの言葉に疑問で返す。その疑問に対し、アスキンは丁寧にも己の能力を説明し出した。

 

「ああ。俺の能力は“致死量(ザ・デスディーリング)”。俺が指定したものの致死量を操る能力だ。その為には指定したものを大量に体内に摂取しなきゃいけないんだけどね」

「……」

 

 致死量を操る能力。山本ですら聞いた事がない能力だ。だが、それと流刃若火の炎に耐えた事と何の関係があるのか。それとも時間を稼ぐ為に無駄な会話を繰り広げているだけなのか。

 どちらにせよ、攻撃の手を弛めるつもりは山本にはなく、会話を続けようとするアスキンに対して更に流刃若火の炎を叩き込む。

 

「つまり、ってちょ――」

 

 再び流刃若火の炎に塗れるアスキン。しかも一度や二度ではない、幾度となく山本の全力の一撃が叩きこまれていく。一撃で死なないのならば二撃、それでも死なないなら三撃、それでも死なないなら死ぬまで攻撃すればいい。それだけの話である。

 

 そうして幾度流刃若火を振るったか。攻撃に巻き込まれた箇所はもはやかつての姿を保っている筈もなく、周囲には炎と灰が飛び交うだけであった。

 そんな、地獄もかくやという世界から、一人の男が悠々と歩きながら現れた。

 

「なんじゃと……!?」

「あーあー、無茶苦茶だよ。当たり一面火の海じゃないか。ウチにも炎の使い手がいるけど、ここまで出来るかって言われたら首を傾げるぜ?」

 

 業火の中から()()のアスキンが姿を現し、辺りの惨状にそんな感想を述べた。そう、無傷の姿でだ。最初の一撃では確かにダメージを負っていたというのに、あれだけの連撃に晒されながら無傷でやり過ごしたのだ。明らかに何らかの力が働いた結果だろう。

 疑問と驚愕が脳内を廻る山本に対し、アスキンが再び懇切丁寧に説明をし出した。己の能力に対する絶対の自信とポリシー故の説明だ。

 

「もう一度言うぜ。俺は指定した物質を大量に取り込む事で、その致死量を操作する。……解るだろ? あんたが大量にブチ込んでくれた霊圧のおかげで、もうあんたの霊圧で俺を殺す事は出来ねぇよ」

「ッ!?」

 

 そう、それがアスキン・ナックルヴァールの力。致死量を操作する“致死量(ザ・デスディーリング)”だ。

 生物が何らかの物質を摂取した際、摂取量が一定を超えると死に至る。それが致死量だ。例えば動物が生きていく上で必要不可欠な塩分だが、塩分も摂取し過ぎれば死に至る。体重60kgの人間ならば約180gの塩を一度に摂取すれば致死量となると言われている。

 この致死量を操る事が出来るのがアスキンだ。塩で言うならば、アスキンが塩を大量に摂取する事でその致死量を操作する事が可能になり、致死量を上げれば塩を1kgだろうと1tだろうと摂取しようとも致死に至らないように出来るのだ。まあ、普通に腹が膨れるだろうが。

 そして今回の場合、アスキンは山本の霊圧を体内に摂取する事で山本の霊圧に対する致死量を操作したのだ。致死量を上げる事で免疫を作り、それにより摂取した霊圧で受けた傷すら癒えていく。先程の傷が回復しているのもその為だ。

 

「ほんと、あんたを相手にするのはヒヤヒヤしてたんだぜ? 何せ卍解が奪われても化物染みた戦闘力の持ち主だ。まともにやりあってちゃ免疫がつく前におっちんじまう」

「……そういう事か!」

 

 アスキンの言葉から、山本はアスキンが最初に言った言葉の意味を理解した。

 “あんたがマスキュリンに止めを刺した時、ちょいとあんたの霊圧を摂取させてもらった”。確かにアスキンはそう言った。そう、アスキンは山本と戦う前にマスキュリンを灰にした炎に触れる事で、山本の霊圧を事前に摂取していたのだ。そして予め免疫をつけた上で山本と戦闘を開始したのである。

 

「理解したようだな。しかし、免疫をつけたのにあれだけのダメージを受けちまうんだからな……。ほんと、勘弁してほしいよ」

 

 そう言いながらアスキンはオーバーに両手を横に広げ首を左右に振る。相手を馬鹿にしたような仕草だが、アスキンにそのつもりはない。心底山本の化物ぶりに辟易しているのだ。

 

「だけど、もうあんたの攻撃で俺が傷を負う事はない。あれだけ追加で霊圧を摂取したんだ。完全に免疫がついちまったぜ」

「抜かせ!」

 

 アスキンの言葉を無視するように、山本がアスキンに斬り掛かる。流刃若火の炎が意味を為さないならば、直接斬り掛かるのみだ。

 そうして山本は全てを斬り裂くかのような斬撃をアスキンに振るう。その斬撃を、アスキンは微動だにせずただその身で受け入れた。

 

「ッ!!」

「言ったはずだぜ。あんたの霊圧の免疫はついたってな。炎だろうが斬魄刀だろうが、どっちもあんたの霊圧である事に変わりはねぇだろ?」

 

 山本の刃は確かにアスキンの身に届いた。だが、その刃がアスキンの体に食い込む事はなかった。まるで棒切れが当たったかのような、いや、ただの棒でも山本ほどの達人が振るえば敵を倒せるだろうに、アスキンは一切のダメージを負っていないのだから棒切れ以下の攻撃に過ぎないだろう。

 

「くっ!」

 

 己の力の一切が無力化される。そんな経験は流石の山本にもなかった。アスキンの言葉が正しければ、山本がどんな力を放とうともアスキンを打倒する事は出来ないだろう。白打だろうと、鬼道だろうと、どれ程強力な攻撃だろうと山本の霊圧で放たれる事に変わりはない。つまり、山本の攻撃である限りどんな攻撃だろうと無意味と化したのだ。

 一旦距離を取った山本は、アスキンを倒す為の手段を模索する。どんな攻撃も効かないならば、どうすればいいのか。そうして幾つかの手段を講じる山本に対し、守勢ばかりだったアスキンが初めて攻勢に出た。

 

「それじゃあ、そろそろこっちから行くぜ」

「むっ!?」

 

 アスキンが山本に向けてボールのようなものを放つ。速度自体は遅くも速くもない。山本ならば容易く対処可能な速度だ。振り払うなりなんなり出来るだろう。

 そんな攻撃に対し、山本は防御ではなく回避という手段を取った。

 

「あら? せっかくのギフト受け取ってくれないなんて」

「何がギフトじゃ。お主の能力を考えればあれが贈り物などと生易しいものである筈がなかろう」

 

 山本の返しに対し、アスキンは笑みを浮かべて先程のボールの正体を明かした。

 

「正解だ! さっきのはギフト・バルって言ってな。毒入りボールって意味さ。肉体で弾きでもしていれば、俺の力で昏倒していただろうよ」

「やはりか。お主の能力は致死量を操作すると言うたな。儂の霊圧に対する致死量を上げる事で免疫をつけたんじゃろうが……逆に言えば、致死量を下げる事も出来るという事。先程のボールに何を入れていたかまでは解らんが、当たれば何らかの物質の致死量を下げられていたという処か」

「流石は総隊長様。頭の回転も悪くはないようで」

 

 飄々とした態度を崩す事なく、アスキンは山本を褒め称える。アスキンが肯定したように、先程アスキンが放った毒入りボール(ギフト・バル)は特定の物質の致死量を下げる攻撃だった。

 先程のボールの中には霊子・酸素・窒素が込められており、その毒入りボール(ギフト・バル)に触れると霊子・酸素・窒素に対する致死量が極端に下げられてしまうのだ。

 死神が住む世界には霊子と呼ばれる物質が大量に存在している。魂魄の存在はそれらを酸素を取り入れるように体内に摂取している。現世と変わらず大気中には酸素と窒素が混ざっており、呼吸と共に体内に摂取されている。それらの致死量が下げられてしまえばどうなるか……。呼吸するだけで毒を摂取するのと同様となるのだ。大気が毒に変えられると言ってもいいだろう。

 

「見破られたんじゃあ、簡単に当たっちゃくれねぇよなぁ。だったら、ちまちま削らせてもらうか」

「ぬ……?」

 

 アスキンの言葉が終わったと同時に山本を中心として大地に円状の影のようなものが広がった。その瞬間、山本は頭痛や吐き気、目眩などの変調を感じる。その原因がこの影のような空間が原因なのは明白だ。

 

毒入りプール(ギフト・バート)って言ってな。致死とまでいかなくても、俺が指定したものの耐性をかなり下げる事が出来る。今回指定したのは霊子。そのプールの中にいる限り、この世界に溢れている霊子にあてられて霊子中毒になるのさ」

 

 毒入りボール(ギフト・バル)と違い毒入りプール(ギフト・バート)は一定の範囲を対象に選ぶ事が出来る。効果は毒入りボール(ギフト・バル)よりも落ちるが、当たらないよりは遥かにいいだろうという判断だ。

 そしてそれは間違いではない。山本は死神として規格外の霊圧を有しているが、霊子そのものを毒物に変えられては流石に多少の影響を受ける。先程の変調がその証拠だ。

 ならばこのプールから脱出すればいいだけの話だと山本は判断し、その場から離れようとする。だが、山本がそう判断する事は当然アスキンも予想済みであった。

 

「おっと、逃がさないぜ」

 

 そう言いながらアスキンは装着している腕輪から神聖弓(ハイリッヒ・ボーゲン)を展開し、滅却師(クインシー)が得意とする神聖滅矢(ハイリッヒ・プファイル)にて山本の動きを阻害するように攻撃を放った。

 

「っ!」

 

 放たれた光の矢の全てを山本は弾き落とす。そして即座にこの場から飛び退こうとするが、再びアスキンがその動きを抑制するように攻撃を加えた為、山本はその迎撃に集中せざるをえず、その場から離れる事が出来ないでいた。

 

「いやいや。霊子中毒になっているのにそんだけ動けるとか。でもま、流石にそれが限界かね」

「おのれ……!」

 

 アスキンの言うように、山本は光の矢を打ち払うのが限界だ。普段の山本ならば矢を打ち払いながら移動するなど造作もないだろうが、重度の霊子中毒によって影響を受けている状態ではそれも難しかった。

 いや、この状態でもここまで動ける山本を褒めるべきなのだろうし、死神最強の山本に対して動きを封じる程の攻撃を加えられるアスキンもまた、能力に頼りきっていない実力者だという事だろう。

 

「もう一度言う。簡単に倒させてくれないから、ちまちまと削らせてもらうぜ」

 

 そう言いながら、アスキンは山本へと光の矢を雨霰の如く放った。

 その攻撃を山本は再び弾き落とす――事なく、幾つかの攻撃を敢えて受けてまで、毒入りプール(ギフト・バート)の範囲から逃れる事を優先した。

 

「っ! そこまでするかよ!」

 

 ダメージを負う事よりも、徐々に弱っていく毒のプールに居続ける方がデメリットが大きいと判断しての行動に、アスキンも思わず舌を巻く思いをする。

 アスキンの攻撃は生半可なものではなく、当たる箇所が悪ければ即死の可能性もあるだろう。頭部や心臓などの重要器官は守っていたが、それでも山本の腕や腹部には幾つかの穴が開く結果となった。

 それでも確かに毒で弱り続けるよりは遥かにマシなのだが、理解していてもかなりの重傷を負う事を許容出来る者は少ないだろう。

 

「むん!」

「おお!?」

 

 毒入りプール(ギフト・バート)から逃れた山本がアスキンに向けて強大な炎を放つ。だが、その攻撃がアスキンに通じる事はないのは山本も理解している。ならば何故無意味と言える攻撃を放ったのか。

 その理由をアスキンは即座に理解した。この攻撃はただの目晦ましであり、この場から離れる為の攻撃なのだ、と。

 

「逃がさない、って言った筈だぜ?」

 

 死神最強の男、山本元柳斉重國。卍解が使えずとも星十字騎士団(シュテルンリッター)を倒す可能性を持つ危険人物。そんな敵を逃がすつもりはアスキンにはなかった。

 アスキンは滅却師(クインシー)の持つ最大戦力を解放する。卍解を奪っていればその卍解が阻害となり発動する事が出来ない力。星十字騎士団(シュテルンリッター)の全力形態。それが、滅却師完聖体(クインシー・フォルシュテンディッヒ)である。

 完聖体の姿は星十字騎士団(シュテルンリッター)によって異なる事が多いが、特徴としては同じである。背には天使のような光の翼が、頭部には天使の輪を思わせる光の円盤が生み出され、文字通り天使を思わせるような外見へと変化するのだ。

 その中でもアスキンの完聖体は異様と言えた。確かに光の翼も光の円盤もあるのだが、天使と言うよりはどこかサイバーパンクを思わせる形となっているのだ。まあ、見た目の違いなど然したる意味はないだろう。問題は、完聖体となったアスキンが先程とは比べ物にならない力を得た事である。

 

「これは……!?」

 

 アスキンに対する対抗手段を持たない山本は、一度この場から撤退して仕切り直すつもりでいた。それを逃げと見る者はいるだろうが、勝ち目のない戦いに固執するのは愚かな行為だ。時間稼ぎなどの意味があるならばともかく、この状況ではそれもない。一度撤退し、アスキンを倒す為に仲間と合流するのが正しい判断だろう。

 だが、そんな山本の行動はアスキンが完聖体となる事で阻止された。星十字騎士団(シュテルンリッター)は完聖体となる事でその能力が強化される。その強化は基礎能力だけに留まらず、聖文字(シュリフト)によって得た能力も含まれていた。

 

極上毒入りボール(ギフト・バル・デラックス)。俺が作り出せる最大の毒入りボールさ」

 

 アスキンが完聖体となってした行動、それは山本を逃がさない為に極上毒入りボール(ギフト・バル・デラックス)を作り、その領域(ベライヒ)を区切る事だった。それにより脱出不可能の領域を作り出したのである。

 この極上毒入りボール(ギフト・バル・デラックス)毒入りプール(ギフト・バート)とは比べ物にならない範囲を有しており、その上平面の攻撃であった毒入りプール(ギフト・バート)と違い球状となっている為にどこに逃げても毒の領域から逃れる事は出来ない。

 当然元が毒入りボール(ギフト・バル)の為、毒の威力も毒入りプール(ギフト・バート)を遥かに上回る。そしてその表層を区切った為に、この極上毒入りボール(ギフト・バル・デラックス)からは()()に脱出不可能であった。

 

「それとも、この姿に対する疑問だったかい? 神の毒見(ハスハイン)ってんだ。冴えない名前だろ?」

 

 致死量を自在に操ることであらゆる物質を有害な毒物へ変化させる能力に対し、神の毒見という名前も中々に皮肉であった。

 だが、そんな事はどうでもいい事だ。今はこの場からの脱出を優先すべきだと山本は思うが、そんな山本に対してアスキンは無情な通告を行った。

 

「脱出しようとしても無駄だぜ。あんたを逃がすと厄介そうだから、この極上毒入りボールの表層を区切らせてもらった」

「試してみねば解らぬ事よ!」

 

 アスキンの言葉を信じる理由は山本にはない。こうしている間にも、山本は周囲の霊子・酸素・窒素を摂取するだけで衰弱しているのだ。力が保っているうちに脱出を試みねば、後はジリ貧にしかならないだろう。

 そう判断して周囲を覆うボールの表層へと炎を放つ山本だったが――

 

「く……! 効かぬか……!」

 

 ――その一撃は、アスキンの言う通り無駄な行動となった。

 

「俺はキツい言葉を使うのが好きじゃなくてね。キツい言葉を使う奴ってのは余裕が無く見えるだろ?」

 

 そう言いながら、アスキンは山本に対する死刑宣告に等しい言葉を続けて放つ。

 

「その俺が言うぜ。この猛毒領域(ギフト・ベライヒ)からは、絶対脱出不可能だ」

 

 絶対脱出不可能。人の成す行為に絶対というものは殆どない。機械やこの世の法則と違い、失敗や予想外が起こるのが人の成す行為というものだ。失敗を限りなく零に等しくする事は出来ても、完全な零にする事は出来ないだろう。

 それを理解している上で、アスキンは絶対と言ったのだ。中から外に出る事は不可能なのだと、自身の能力に絶対の自信を持っているのだ。

 

「ふぅ……ふぅ……」

「息を切らせてるな。しんどいかい? まあ今のアンタにとって周囲の環境は猛毒だらけだ。むしろ立って刀を構えているのが不思議でならねぇよ。普通ならとっくに死んでるぜ?」

「ならば何故攻撃してこん? おぬしなら、弱った儂なんぞ赤子の手を捻るように容易く殺せるじゃろう?」

「自分のスタイルで敵を倒すのがデリカシーだと思っていてね。そして、致死量を操作するのが俺のスタイルだ。攻撃はあくまで手札であって、俺のスタイルじゃねぇのさ」

 

 そう言って、アスキンは山本と一定の距離を保ち続ける。何もしなくても山本は毒で弱り続けていく。時間が経てば経つほど有利になるのはアスキンの方だ。

 だが、距離を保っていても何もしない訳ではなかった。

 

「けど、アンタ中々死んでくれないからな。だからこれもプレゼントするぜ! 猛毒の指輪(ギフト・リング)!」

 

 アスキンが右手を掲げた瞬間、右手首についていた光のリングが大きく広がる。そして拡がった光のリングを、山本に向けて投擲した。

 

「むぅっ!」

 

 飛来するリングは山本に命中する手前で消滅する。それを不思議に思うも、山本は長年の経験に基づく勘に身を委ね、その場から身を翻した。

 

「おいおい! まだそんなに動けるのかよ! 猛毒の指輪(ギフト・リング)が命中したアンタに能力の説明をしようと思っていたのが恥ずかしいんですけど!?」

「なるほど、のぅ……消えたのではなく、見えなくしたか、見えない程小さくした……と言ったところか……」

「正解。命中の直前に極限まで小さくなり、当たった部位のみをピンポイントで即死させる。俺の能力を一点に集中させた技でね。アンタみたいに何しても死なないヤバい敵に使うもんさ」

 

 今までの毒を耐えてきた山本と言えど、この猛毒の指輪(ギフト・リング)が命中すればその部位は即死してしまうだろう。それ程に強力な猛毒であった。

 

「理解出来れば……その程度避けるなど造作もないわ……」

「アンタならそうだろうね。でも、こうしている今もアンタは毒で弱っていく。果たしてどこまで避ける事が出来るかな!」

 

 その言葉が終わったと同時にアスキンは再び猛毒の指輪(ギフト・リング)を放つ。これを避けるのは当人が言ったように山本には造作もない。見えないほど小さくなったとしても、投擲された軌道を読んで回避するのは容易い。

 だが、アスキンが言うように山本の体力は徐々に落ちていっている。このままではいずれ猛毒の指輪(ギフト・リング)を躱し切れず、体のどこかが殺されていくだろう。そうなればそこから先は言うまでも無い結果となるだろう。

 なんとかしなければならない。だが、状況を打破する能力は山本にはない。出来るのは何とか生き長らえ、少しでも死への時間を長くするだけである。それで状況が変わるのを待つしかないと思い――そして、タイミング良く状況が変わろうとしていた。

 

「ッ!」

 

 山本の脳裏にマユリの天廷空羅による通信が流れてきたのだ。それにより、卍解を奪い返す手段が転送されるのも山本は知った。

 

「お、何か良い手段でも思い付いたのか? それともさっきの霊圧の振動が関係しているのか?」

 

 山本の表情の変化から、何かしら良い事があったのをアスキンは察する。天廷空羅は対象以外にはその通信内容は届かないのだ。まあ、天廷空羅による霊圧の振動くらいは感知出来るのだが。

 だが、何かあるのを察したところで意味はない。山本は足元に転がっている丸薬を発見し、その丸薬をすぐさま手に取ってその身に吸収させた。

 そして、最強最古の斬魄刀の卍解が、山本の許に戻って――

 

 

 

 

 

 

「無駄だ」

 

 霊王と、その霊王を守護する零番隊が住む霊王宮。そこで、ユーハバッハは一人呟いた。

 ユーハバッハの体には(ホロウ)の力が流れ込んでいた。それは山本が吸収した侵影薬によってユーハバッハが奪った卍解を通じ、ユーハバッハに流れ込んできたものだ。

 本来なら(ホロウ)の霊子を吸収した滅却師(クインシー)はその霊子が毒となり、魂魄を弱体化させてしまう。だが、その常識は滅却師(クインシー)の祖であるユーハバッハには通用しなかった。

 (ホロウ)の力も死神の力も、どんな力だろうとユーハバッハは受け入れ吸収してしまうのだ。故に、侵影薬によってユーハバッハから卍解を奪い返すのは不可能だったのだ。

 

「残念だったな山本元柳斎。そして、兵主部一兵衛」

 

 ユーハバッハは足元に転がっている肉片にそう語りかけ、護る者のいなくなった霊王宮を悠々と進む。霊王宮に縛られている霊王を解放(殺害)する為に。

 

 

 

 

 

 

「なん……じゃと……!?」

 

 山本の下に、卍解が戻ってくる事はなかった。薬の効果が失敗だったのか、それともユーハバッハが何かしたのか。それは山本にも理解出来ない。理解出来たのは、卍解が戻ってこない事と、自身が絶体絶命の窮地から逃れられないという非情な現実であった。

 

「何をしようとしたのかは解らないけど、どうやら失敗に終わったみたいだな」

 

 起死回生の一手があったのかはアスキンには解らないが、山本の反応を見る限り結果は芳しくなかったようだ。それはアスキンにとっては朗報だったが。

 そうしてアスキンは山本に向けて幾度と無く猛毒の指輪(ギフト・リング)を投擲する。その全てを山本は回避する。今の山本の力は通常時の数分の一程度しか発揮出来ないだろう。それでこれだけの動きを維持しているのだから、アスキンとしては頭が下がる思いだった。

 

「こんだけ避けられると自信なくすよ。でもよ、粘っても苦しみが長くなるだけだぜ? アンタじゃ俺に勝てないのは理解しているだろ?」

 

 アスキンの言うように山本に勝ち目はないだろう。このまま戦闘が続けばいずれは毒によって体力を奪われて死ぬ。結果的に死ぬならば苦しみが少ないように諦めた方がマシだろうと、アスキンは山本にそう言った。

 

「……戦いに、相性というものはある……。今の儂では、おぬしには勝てんじゃろう」

 

 山本の口から敗北宣言に等しい言葉が放たれる。これを死神が聞けば己の耳を疑った事だろう。

 

「じゃが……殺そうと思えば殺せた儂を殺さなんだおぬしの流儀……それがおぬしを殺すじゃろう」

「へえ? 単なる負け惜しみじゃなさそうだけど……まだ何か手があるのかい?」

 

 そんなものはない。山本にアスキンに勝つ手段は欠片もない。例え卍解を奪い返す事が出来ていたとしても、山本の霊圧ではアスキンにダメージを与える事は出来ない。卍解でどれだけ攻撃力が上がっても、その霊圧が山本のものであることに変わりは無く、山本の霊圧に完全な免疫が出来ているアスキンには通用しないのだ。

 それは山本も理解していた。故に卍解を奪い返せていればその攻撃力で内側から猛毒領域(ギフト・ベライヒ)を打ち破ろうとしていたのだ。それが可能かどうかは山本にも解らないが、試す価値はあっただろう。もっとも、今となっては試しようもないが。

 

「手段など、ないわ。言ったじゃろう……()ではおぬしには、勝てんとな……」

 

 そう、山本では勝てない。勝ちようがない。ならば山本以外の死神ならどうだろうか。

 侵影薬が転送されたということは、技術開発局は山本の位置を把握しているということだ。ならば、その霊圧が非常に弱まっているのも把握しているだろう。卍解が戻っていないのも把握しているだろう。

 そして、技術開発局にはある男がマユリの護衛として向かっていた。その男が山本の状況を理解して助けに来ない筈がなかった。山本の役に立つ為に力を付け、卍解を会得し、二千年に渡って卍解を磨き上げた男が、山本の危機を知って助けに来ない訳がなかった。

 

「!? なんだと!」

 

 突如として、猛毒領域(ギフト・ベライヒ)が突き破られた。絶対脱出不可能の空間に侵入してきた存在に、アスキンは焦りながら視線を向ける。

 

「元柳斎殿! ご無事ですか!」

 

 一番隊副隊長雀部長次郎忠息。山本元柳斉重國が信を置く絶対の忠臣。その男が、山本の危機に馳せ参じたのであった。

 

 


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