どうしてこうなった? 異伝編   作:とんぱ

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BLEACH 第三十六話

 時は遡る。まだ戦場にクアルソ達が参戦してない時の事。瀞霊廷の一角で、とある強者と強者の戦いが加速していた。

 一人は更木剣八。護廷十三隊十一番隊隊長にして、当代の剣八。滅却師(クインシー)との戦いでは前回と今回を含め五人もの星十字騎士団(シュテルンリッター)を討ち取っており、この戦争で最も戦果を上げた死神と言えよう。

 もう一人はユーグラム・ハッシュヴァルト。見えざる帝国(ヴァンデンライヒ)皇帝補佐にして、星十字騎士団(シュテルンリッター)最高位(グランドマスター)。つまり、星十字騎士団(シュテルンリッター)を統率する団長だ。

 

 二人は前回の侵攻時、一度だけだが刃を交えた。剣八がユーハバッハに振るった一撃を、ユーグラムが防いだ時の事だ。そう、ユーグラムは剣八の斬撃をその剣で防いだのだ。

 クアルソに敗北し、強くなる為に剣術を学び、死神最強の山本元柳斎、初代剣八卯ノ花八千流、一番隊副隊長雀部長次郎の三人と只管に戦い続けた剣八はその力を高め続けた。恐らく歴代剣八の中で最強と言っても過言ではない実力に至っただろう。

 そんな剣八の攻撃をユーグラムは受け止めたのだ。剣八と対峙した星十字騎士団(シュテルンリッター)の誰もが止める事が出来なかった斬撃を、防ぎ切ったのだ。その力は星十字騎士団(シュテルンリッター)を統べるに相応しいと言えた。

 

 更木剣八とユーグラム・ハッシュヴァルト。両陣営を代表する圧倒的強者が相見えて、戦闘が始まらない訳がなかった。

 

「はははは! これだ! これが戦いだ! ようやく戦いらしい戦いが出来るぜ!」

 

 剣八が歓喜しながら剣を振るう。適当に振るっているように見えるが、学んだ剣術を取り入れ独自に昇華したその斬撃は鋭く、隙がなく、それでいて一撃一撃が必殺の威力を秘めていた。

 今の剣八と対峙すれば、星十字騎士団(シュテルンリッター)の大半はものの数秒でその命を落とすだろう。それ程までに剣八の実力は高まっていた。

 

「狂犬だな。その力、貴様のような男に与えられたのは天の間違いと言えよう」

 

 だが、そんな剣八の攻撃をユーグラムは右手に持った剣と左手に持った盾で捌き切っていた。戦士の基本と言える戦闘スタイルのユーグラムは、その基礎能力が他の滅却師(クインシー)と比べて圧倒的に高かった。

 その理由は、ユーグラムが普通の滅却師(クインシー)と異なる力を持っている事が起因する。ユーグラムは他の滅却師(クインシー)と違い、霊子を収束させる事が出来ない。弓と矢を基本戦術としている滅却師(クインシー)だが、ユーグラムは霊力の弓も矢も、欠片足りとも作り出す事が出来ないのだ。

 かつてバズビーと二人で修行していた時のユーグラムは、自分の才能の無さを補おうとひたすらに剣と弓の修行に明け暮れた。ユーハバッハに復讐を誓うバズビーよりも必死に、ひたすらにだ。

 だが、強くなり続けるバズビーと違い、ユーグラムはどれだけ修行を積んでも霊子の一つも収束させる事が出来ない滅却師(クインシー)の不全者だった。

 

 だが違った。ユーグラムは不全なのではなく、特別な滅却師(クインシー)だった。ユーグラムは周囲から霊子を吸収する通常の滅却師(クインシー)ではなく、ユーハバッハと同じく周囲に“分け与える力”を持つ滅却師(クインシー)だったのだ。

 それはユーハバッハが生まれてから二百年もの間生まれていない特別な滅却師(クインシー)。それ故にユーハバッハはユーグラムを見出し、己の側近としたのだ。

 ユーグラムと共に修行していたバズビーがその力を高め続けたのはバズビーが天才だったから、ではない。ユーグラムの力がバズビーを天才に仕立て上げていたのだ。もちろん、ユーグラムにその意識はなかったが。

 

 そうしてユーハバッハに見出されたユーグラムはユーハバッハの下で頭角を現していった。バズビーが星十字騎士団(シュテルンリッター)に入団した時には既に団長となっていた程だ。

 当然それはユーハバッハの贔屓ではなく、実力によるものだ。ユーハバッハと違い周囲に分け与える事は出来ても奪う事は出来ないユーグラムだが、ユーハバッハの下で修行し、力を分け与えられ、その力を高めた事で誰もが認める実力を持つようになったのだ。

 霊子を収束できない故に、ユーグラムは他の滅却師(クインシー)と違い弓矢で戦う事は出来ない。それ故に、ユーグラムの戦闘スタイルは剣と盾を扱うオーソドックスな戦士のもの。弓矢を扱えない故に、ユーグラムは誰よりも剣技を高め続けたのだ。ひたすらに、自分を見出したユーハバッハの為に。だからこそ、歴代最強の剣八と接近戦にて渡り合えているのだ。

 

「間違いだとか天だとか、そんなの知った事か! 俺はただ自分の力を振るっているだけだ! 天に与えられた力じゃねぇ。俺が得た力をだ!」

 

 自分の攻撃を防ぎ続けるユーグラムに対し、剣八は更に苛烈な攻撃を加え続ける。攻撃する度に剣速が上がっていく。自分の攻撃を防ぐユーグラムを超える為に、今この時でさえ強くなり続けているのだ。

 戦いの中で有り得ない速度で強くなり続ける。それが更木剣八の最大の恐ろしさだ。クアルソとの戦いで閉じていた蓋が開き、修行によって磨き続けて尚強くなる余地を持つ化物。それが更木剣八という死神だった。

 

「くっ!」

「おおっ!」

 

 加速する剣八の斬撃に対応しきれず、ユーグラムの体勢が僅かに崩れる。その隙を逃す剣八ではない。これが罠ではなく本当に生まれた隙だと野生の本能で察した剣八は、本能の赴くままに剣を振るう。それでいてその斬撃は術理を得ているのだから恐ろしい。

 

「ぐぅっ!」

 

 ユーグラムに生まれた僅かな隙を衝き、剣八の刃がユーグラムの肉体を斬り裂く。それは致命傷とは言い難いが、確実に戦況を左右する傷だった。

 傷が出来た事で更に隙が生まれる。そこを衝いて剣八は更に剣を振る。この攻撃を防ぐ事が出来ても、それは肉体に無理を強いた防御だ。その結果、別の隙が生まれてしまい、そこを衝いて剣八は更なる攻撃を加えるだろう。

 野生の本能と剣の理を得た剣八の前に、ユーグラムですら敗北しようとしていた――筈だった。

 

「――なんだと……?」

 

 ユーグラムに止めを刺さんばかりの攻撃を放とうとしていた剣八の肉体から、突如として血が吹き出した。

 ユーグラムの剣を受けた為ではない。ユーグラムは確かに体勢を崩しており、あそこから剣を振るうのは愚かな行為と言えた。剣を振るう事が出来ない訳ではないが、そんな状態で行った攻撃が今の剣八に通用する筈もないのだ。そんな事をすればユーグラムの死期が早まるだけだっただろう。

 そう、ユーグラムは剣を振るっていない。だが、確かに剣八を攻撃していた。そう、これこそがユーグラムの能力――

 

「私に与えられた聖文字(シュリフト)は“B”。“世界調和(ザ・バランス)”」

 

 攻撃を受けた覚えがないのに傷が出来た事に疑問を持った剣八に対し、ユーグラムは己の能力を説明する。それは、負けるはずがない勝者の余裕か、それとも慢心か。

 

「範囲世界に起こる不運を幸運な者に分け与えることで世界の調和を保つ。そして、我が身に起こる不運は全て、この“身代わりの盾(フロイントシルト)”で受ける事が出来る」

「ああ? どういう意味だそりゃ?」

 

 ユーグラムが言っている事が剣八には理解出来なかった。幸運だとか不幸だとか、それがこの結果に何の関係あるのか解らなかったのだ。

 だが、敵に起こった変化に気付く事は出来る。ユーグラムの体にあった傷がいつの間にか癒えているのが剣八の目に映ったのだ。代わりに、何故かユーグラムの持つ盾、身代わりの盾(フロイントシルト)に剣八が知らない傷が出来ていた。

 

「っ!?」

 

 そしてその瞬間、剣八の体に更なる傷が増え、そこから血が吹き出した。

 

「ちっ、なんだこりゃ? 何しやがったてめぇ?」

「言った筈だ。不運は分け与えられる。そして我が身の不運は全て、この身代わりの盾(フロイントシルト)で受ける事が出来る、と」

 

 そう、それが世界調和(ザ・バランス)の能力。敵がユーグラムに傷を与えた“幸運”は同量の“不運()”として敵に降り注ぎ、ユーグラムの体に与えられた“不運()”は身代わりの盾(フロイントシルト)に移し取られる。それがユーグラムの傷が癒えた原因だ。

 それだけではない。身代わりの盾(フロイントシルト)が傷付いた事により、更なる“不運()”が敵に降り注ぐのだ。それが、剣八が二度も傷付いた理由だ。

 

「お前が如何に強くとも、私の力には届かない。お前に勝ち目はない、更木剣八」

「はっ! どんな能力か解らねぇが、お前が能力を使う前に殺せばいいだけだろ!?」

 

 ユーグラムの言葉に対し、剣八はそう吠えてユーグラムに攻撃を仕掛ける。その動きに傷ついた事による乱れや衰えは微塵も見られなかった。単純な力だけでなく、圧倒的な耐久力の高さも剣八の強さの一つなのだ。

 そして剣八の言葉は正しい。ユーグラムの世界調和(ザ・バランス)がどれだけ凄まじくとも、その力を発動する前に倒す事が出来れば問題ないだろう。

 だが、如何に剣八と言えどもユーグラムを相手にそれを行う事は難しかった。

 

「おおおっ!」

「はぁっ!」

 

 剣八とユーグラムの剣が幾度もぶつかり合う。そしてその天秤は確実に剣八へと傾いていた。純粋な近接能力では剣八に軍配が上がるのだ。

 だが、そこに極端な差はない。幾年月もの間、剣技のみを高め続けたユーグラムは、今の剣八に対抗出来る程の近接能力を得ているのだ。修行に費やした時間で言えばユーグラムの方が圧倒的に多いので、剣八の才能の高さが窺えるが。

 とにかく、ユーグラムは剣八と打ち合える程に強く、防御に徹すれば剣八と言えども容易くは突破出来なかった。例え剣八がユーグラムの防御を突破したとしても、致命傷を与えるには程遠い。そして、半端な傷では世界調和(ザ・バランス)の能力によってユーグラムは無傷に戻り、剣八は傷付けた以上に自らが傷付くのだ。

 

「ちぃっ!」

 

 剣八の体に傷が増える。それは剣八が多くの傷をユーグラムに与えた証拠でもあった。そして、それだけ剣八が追い詰められた証拠でもある。

 ()の剣八ではユーグラムを倒す事は出来ない。それは剣八も理解している。ならば始解すればどうか? 今の剣八はかつてと違い、自らの斬魄刀の名を知っている。始解しさえすれば今よりも更に高い攻撃力を得るだろう。

 だが、剣八は始解しようとはしなかった。確かに剣八は始解する事で斬魄刀が巨大な斧のような形に変化し、圧倒的な攻撃力を得る事が出来る。だがその反面、武器が巨大になる事で手数が減ってしまうのだ。攻撃対象が巨大ならば始解の方が良いのだが、ユーグラムのように基礎戦闘力が高い敵を相手にした場合は悪手であり、大振りの攻撃を見切られ避けられる可能性の方が高いのだ。それならばまだ通常の斬魄刀の方が戦いやすいのである。

 

「面倒な野郎だ!」

 

 そう言いながらも、剣八はこの状況を楽しんでいた。想像とは違う斬り合いになったが、それでも苦戦している事は確かだ。ここまで星十字騎士団(シュテルンリッター)を相手に苦戦しなかった剣八からすれば、ようやく楽しめる戦いに出会えたと言ったところだ。

 次はどんな手を使って攻撃するか。どうやってユーグラムの防御を掻い潜り、妙な力で反撃されないように一撃で倒すか。半端な攻撃は自身の傷を増やす結果となる。多少ならともかく、あまりに血が流れすぎれば剣八と言えども意識を失ってしまう。そうなれば戦いを楽しむ事が出来なくなる。

 そういった考えから、剣八は無駄にユーグラムに傷を与えず、しばらく切り結ぶ程度に攻撃を抑えた。そうして切り結ぶ事僅か、突如として剣八とユーグラムが同時にその動きを止め、天を仰いだ。

 

『これは……』

 

 奇しくも二人の口から出た言葉は同じだった。そして、二人とも天に現れた存在を見て驚愕する。

 

「クアルソ・ソーンブラだと……」

「クアルソ……!」

 

 藍染惣右介を倒した最強の破面(アランカル)、クアルソ・ソーンブラが配下の十刃(エスパーダ)を引き連れて瀞霊廷に現れたのだ。

 ユーグラムの驚愕は当然この戦局に乱入するクアルソに対してだが、剣八は違う。剣八は夢に見る程に焦がれた相手が現れた事に歓喜を顕わにしたのだ。そしてクアルソが上空から移動し戦場に乱入したのを見て、剣八は嗤った。

 

「く、くっくっく。そうだよな。あいつが居るんだ。あいつが待ってるんだ。俺が強くなるのを。俺があいつの所に届くのを。俺があいつを超えるのを! だったら、こんな奴相手に遊んでいる場合じゃねぇよな!!」

「なに……?」

 

 遊んでいる。確かに剣八はそう言った。クアルソを見た事で何の心境の変化があったかはユーグラムには解らないが、剣八は自分との戦いを遊びと称したのだ。

 ここまでの戦いを優位に進めているのは間違いなくユーグラムだ。ユーグラムの体には傷一つなく、対する剣八の体は傷だらけだ。このまま戦いが続けば間違いなくユーグラムが勝利するだろう。ユーグラムの命や意識を一撃で断たない限り、どのような傷だろうと無意味と化し、より大きな傷となって剣八に返って来るのだ。剣八に勝ち目などある訳ないだろう。

 そんな劣勢に追いやられていながら、それを遊びだとほざくのだ。誰が聞いてもただの強がりとしか捉えられないだろう。それを口にしたのが更木剣八でなければ、だが。

 

「やちる!」

 

 剣八が突如として自らの副官の名を叫ぶ。草鹿(くさじし)やちる。十一番隊副隊長を務める、赤子の頃から剣八と付き合いのある死神だ。だが、この場にやちるの姿は見られない。なのに何故剣八はやちるの名を叫んだのか。

 

「はーい!」

 

 その声は剣八の背中から聞こえて来た。声だけではない。剣八の背中、死覇装の内側から草鹿やちるがひょっこりと顔を出したのである。

 

「なに……?」

 

 これにはユーグラムも呆気に取られた。剣八は事もあろうか、自らの副官を背中に張り付けたまま戦っていたのだ。張り付いたままだった副官も副官である。つくづく常識が通用しないと呆れるしかなかった。

 

「剣ちゃん愉しそう!」

「当たり前だ! クアルソが来たんだ! こんな戦いさっさと終わらせるぞ!」

「うん! クッソーと早く戦いたいもんね!!」

 

 いきなり現れて好き勝手に会話する二人を前にして、ユーグラムは冷静に両者を観察する。草鹿やちるは確かに強者だが、更木剣八が自分の戦いに他人を介入させる事を好まないのは情報として知っている。この戦いに草鹿やちるを参戦させるとは思えなかった。

 ならばこの少女は何をしに現れたのか。単に剣八が本気を出すのに邪魔だから離れさせようとしただけか。それとも、剣八が己の嗜好を曲げてまで戦いを早く終わらせる為に草鹿やちるに協力を求めるのか。

 

 そんなユーグラムの想像は、一部だが確かに正解していた。剣八は、ユーグラムを倒す為にやちるに協力を求めたのだ。だが、それは正解であり間違いでもあった。

 更木剣八を知る者ならば剣八が自分の戦いで誰かに助けを求める事はないと断言するだろう。例え最も長い付き合いで気心が知れたやちるだからといって、いや、気心が知れたやちるだからこそ、剣八の戦いに水を差すような真似はしないだろう。

 

 そんな両者が何故共に戦おうとするのか。そこには大きな理由があった。二人は共に戦うに足る理由が存在していたのだ。

 剣八とやちるの協力。その形を見て、その理由を見て、ユーグラムはその眼を驚愕で見開いた。

 

「剣ちゃん! どれくらい?」

「四だ! 一気に決めるぞ!」

「解った!!」

「いくぞやちる!!」

「うん!!」

 

 剣八の掛け声にやちるが了承を返した瞬間――やちるの姿が消失した。それと同時に、剣八の姿が変化した。

 

「な――」

 

 突如として剣八から膨大な霊圧が吹きあがった。あまりの霊圧の奔流により瀞霊廷の天まで霊圧が高く昇った程だ。それだけではない。剣八の肌は赤黒く染まり、その顔には刺青を思わせる紋様が浮かび上がり、その表情は鬼を思わせる程だった。実際に角らしきものまで生えている。鬼そのものと言っても良いかもしれない。

 そんな剣八の変化に、膨れ上がり続ける霊圧に、然しものユーグラムも驚愕せざるを得なかった。そして、次の瞬間に剣八の姿を見失った。

 

「――」

 

 それは勘だった。長年の修行から来る経験則とも言える勘。それに従い、ユーグラムは剣の腹を盾にするように構えた。

 そして次の瞬間に甚大な衝撃がユーグラムを襲った。それが剣八が放った斬撃をかろうじて剣の腹で受け止めた結果だと理解して、ユーグラムは再び驚愕する。

 

 ――見えなかっただと!?――

 

 ユーグラムの剣技は星十字騎士団(シュテルンリッター)随一だ。能力なしの近接戦闘に限ればユーグラムに勝てる滅却師(クインシー)はユーハバッハくらいだろう。

 そのユーグラムが、剣八の動きを捉えられなかったのだ。剣筋だけでなく、その体すら見失う程の速度。今までとは比べ物にならない戦闘力の向上に、ユーグラムは一つだけ心当たりがあった。

 

「卍解、だと言うのか……!」

 

 剣八の一撃を防いだ事で凄まじい勢いで吹き飛ばされながら、ユーグラムは剣八が起こした現象の予想を口にする。それに対し答えを返したのは当の剣八だった。

 

「そうだ。これが俺の、俺達の卍解だ!!」

「!?」

 

 その声はユーグラムの右側から聞こえた。その声だけを頼りに、ユーグラムは再び剣を盾にするように構える。そしてその瞬間に再び凄まじい衝撃を受けて遥か後方へと吹き飛ばされた。

 

「ぐぅっ!!」

 

 またも見えなかった。声が聞こえなければ反応できなかったかもしれない。圧倒的なまでの速度だ。

 それだけではない。剣八は速度だけでなくその膂力も桁違いに上昇させていた。剣八の攻撃をかろうじて受け止めたユーグラムが凄まじい勢いで吹き飛ばされた事と、剣を持った腕の骨がその衝撃で折れた事がその証拠だろう。

 

「これでどうだ!」

 

 ユーグラムは吹き飛ばされながらも世界調和(ザ・バランス)の能力を発動させる。その瞬間、ユーグラムに傷を与えた幸運と同等の“不運()”が剣八に返り、そしてユーグラムの傷は身代わりの盾(フロイントシルト)に移り、そして更なる“不運()”となって剣八に返る。

 

「ちっ。力が高まるのがここまで難点になるたぁな」

 

 世界調和(ザ・バランス)により剣八の右腕の骨は砕けた。そして一時的に脚を止め、右手に持った剣を左手に持ち変える。そして、敵の能力ではなく自分の能力の難点にぼやいた。

 剣八は卍解によりその速力と膂力を圧倒的に向上させた。だがその結果、ただの一撃でユーグラムが簡単に吹き飛んでしまうようになったのだ。そのせいで上手く追撃を加える事が出来ないでいた。

 それだけでなく、あまりの威力にユーグラムの腕が折れてしまい、それによって自身にダメージが返ってきてしまった。もっと力を調整出来るようになるのが今後の課題だなと、剣八は更なる研鑽を積む事を己に課した。

 

「それが、その姿が貴様の卍解か……」

 

 ユーグラムは剣八の姿を見つつ、息を整え精神を集中させながら剣八に会話を試みる。少しでも剣八の動きに対応出来るように自身を万全の状態にしようとしているのだ。それ程に、ユーグラムがそんな小細工をしなければならないほどに、剣八の力は向上していたのだ。

 

「先程の、四……とはどういう意味だ……? 草鹿やちるはどこに消えた……?」

 

 四。やちるが消える前に剣八は確かにそう言った。そして消えたやちるの謎。それらが剣八の変化に、卍解に何かしらの関係があるのは確かだ。その謎が解ければ対応策が解るかもしれない。そう期待した問いだ。

 

「説明するのは俺の恥だな。四割程度しか、卍解の力を引き出せないって事だからな」

「なん……だと……?」

 

 四。四と言った。その四とは、四割の四だった。つまりそれは……剣八の言葉が真実だと言うならば……ユーグラムを圧倒する今の剣八は、全力の四割程度の力しか発揮していないという事になる。

 そんな馬鹿な筈はない。今の剣八の力は星十字騎士団(シュテルンリッター)の誰よりも高かった。能力の相性によっては剣八に優位に立てる者はいるだろうが、純粋な戦闘力という点では誰一人敵わないだろう。ユーハバッハですら能力無しでは不測の事態が起こりうると、ユーグラムが不敬にも思ってしまう程にだ。

 それが、たったの四割の力しか発揮していないというのなら……それは脅威という言葉ですら生温いだろう。この男を生かしておけば、見えざる帝国(ヴァンデンライヒ)の未来はないと断言出来る程に。

 

「やちるに関しては説明するまでもねぇな。ここにいるからな!」

「!?」

 

 そう叫んで、剣八は再びユーグラムに斬り掛かる。その速度はやはり甚大であり、ユーグラムの目にも剣八の姿は僅かにしか映らなかった。

 だがその速度に慣れたのか、先程とは違い僅かだが目で捉える事は出来た。ならば防ぐ事は可能だ。ユーグラムはその剣技を駆使してどうにか剣八の攻撃を防ぐ。

 

 剣八の言葉だけでは草鹿やちるがどこに消えたのか、ユーグラムには解らなかった。だが、剣八の言葉は正しく真実を語っていた。

 やちるはその姿を消したのでもなく、居なくなった訳でもなかった。やちるは本来の姿へと戻っただけなのだ。そう、草鹿やちるの本来の姿。更木剣八の卍解に、だ。

 草鹿やちるはその名の通り、流魂街にある七十九地区“草鹿(くさじし)”出身の死神だ。やちるは赤子の時に草鹿で捨てられ、殺し合いをしていた剣八と出会い、拾われ、名を付けられた。それからずっと剣八と共に生きて来た。

 だが、その出会いは一部だが間違っていた。やちるは誰かに生み落とされ捨てられたのではない。やちるは剣八の斬魄刀の一部、卍解が具象化した姿だったのだ。それを剣八もやちるも知らぬまま、ずっと長きに渡って生きて来た。

 斬魄刀の具象化は卍解会得の為の必須条件だが、それを無意識に、しかも他人の目に映るレベルで、その上一人の死神としての力を持った状態で具象化させるなど、長い尸魂界(ソウル・ソサエティ)の歴史の中でも類を見ない事例だろう。

 

 やちるが自身の事を理解したのは剣八が始解を会得してからだ。剣八が始解を会得した時、やちるは自身が剣八の卍解が具象化した姿だと唐突に気付いたのだ。

 そしてクアルソを倒す為に修行を続ける剣八に、卍解という強大な力を授けた。その結果、山本元柳斎と修行中だった剣八は突然の卍解に至り、その絶大な力を発揮させた。そのあまりの強さに山本は卍解を使わざるを得なかったという。

 幸いと言っていいか、剣八は自身の強大な力に振り回され、自分自身が傷付き倒れるという結果に終わった。そうでなければ山本と剣八の激突により無間の被害は甚大となり、そして地上にまで余波が及んでいただろう。

 

 紆余曲折あったが卍解を会得した剣八は、自身の卍解を更に鍛え上げようとした。どれだけ強くなっても使いこなせないようでは意味がない。

 自分の中にやちるがいる事は剣八も理解していた。やちるが卍解に戻った事で、剣八とやちるは内面世界で会話する事も可能となったのだ。そして剣八はやちると共に卍解の修行に励んだ。ただ暴走するだけの巨大な力の塊を、自身の力で制御出来るように、強大な力を引き出しても自身が傷付かないように。強大な力を更に高めるように。

 

 その結果、剣八は四割までならば卍解の力を引き出す事が出来るようになった。四割と聞けば未熟だと思う者もいるかもしれないが、剣八が四割程度しか扱いきれない程、剣八の卍解は強大だったのだ。

 それだけではなかった。剣八はやちるを再び具象化し、死神として現実世界に呼び出す事が出来るようになったのだ。それは剣八が卍解を習熟している証であった。そしてその卍解で、剣八はユーグラムを圧倒し追い詰めていく。

 

「おおっ!」

「くっ!」

 

 剣八が一直線にユーグラムに迫り、そして直前にて後方に回り込み斬撃を放つ。眼前にて動きを変化させた剣八の姿を見失ったユーグラムは、やはり経験則から後ろに振り返り剣と盾を構える。そしてどうにか剣八の攻撃を防いで耐え抜いた。

 ユーグラムに剣八の攻撃をわざと受けるという発想はなかった。わざと攻撃を受けて傷を負う事で、剣八にその傷を倍返しするという戦法を取らなかったのだ。それは卑怯だから、等という理由ではない。一撃でもこの攻撃を受けてしまえば致命傷となり得る可能性が高かったからだ。自動ではなく任意発動の能力なので、一撃で死んだり意識を失ってしまえば、流石の世界調和(ザ・バランス)も発動させる事が出来ないのだ。

 

 そうしてどうにか剣八に食らい付き耐え抜くユーグラムを見て、剣八はその強さを喜びながらもこの戦いを終わらせようとする。この戦いよりも更に愉しい戦いが待っているのだ。ならば、そちらを優先するのが当然だろう。

 

「やるじゃねぇか! だが、そろそろ終わらせるぜ! やちる! 六だ!」

 

 ――いいの剣ちゃん?――

 

 剣八の内面世界から語り掛けるやちるの心配は、六割まで力を引き出す事による弊害に関してだ。四割とは自身の力で自身が傷付かない限界点だ。それを超えて力を発揮し戦えば、剣八の肉体は大きく傷付く事になるだろう。

 

「ああ! このまま長引きゃどうせこっちもダメージ喰らうんだ! だったらどっちにしろ同じだろ!」

 

 だが、どちらにせよ今のままではユーグラムの世界調和(ザ・バランス)によって自分にダメージが返って来る可能性が高い。攻撃を防いだ衝撃ですらユーグラムは傷付くのだ。それで剣八にまで傷が返って来ては意味がない。

 ならば、防ぐ事すら出来ない力を発揮し短期決戦で終わらせた方がよほど良いだろう。

 

 ――りょーかい! それじゃ行くよ!――

 

 剣八の答えを聞き、やちるが卍解の力を調整する。剣八とやちる。一人の死神と一本(ひとり)の斬魄刀が力を合わせて戦う。以前の剣八ならば考えられなかった、斬魄刀戦術の基礎にして根幹とも言える戦い方で剣八は更なる力を発揮した。

 

「おおおおっ!」

「っ!!」

 

 剣八の霊圧が更に膨れ上がった。六割。これで六割なのかと、ユーグラムは我が目を疑いたくなる程だ。

 ユーグラムは建物を背にし、全力で防御の構えを取る。後ろからの攻撃を阻害し、前からの攻撃のみに絞る事で剣八の攻撃を防ごうとしたのだ。

 そしてその攻撃を防ぎ切れないのはユーグラムも理解していた。四割でさえ防御した腕が骨折するのだ。六割となればどうなるか。だが、完全に防御すれば死にはしないだろう。死にさえしなければ、その傷は世界調和(ザ・バランス)で覆す事が出来る。そうなれば剣八は自身の攻撃で沈む事になるだろう。

 既に剣八の体には無数の傷がある。これで戦えるのが不思議な程だ。剣八の名は伊達ではないという事だろう。だが如何に剣八と言えど、これ以上傷付けば動く事も困難となる筈だ。そう思ったユーグラムは、次の剣八の一撃に意識を集中して全力の防御を試みる。

 

 ユーグラムの予測は正しかった。ユーグラムの背にある建物のせいで、剣八は真正面から攻撃を仕掛けた。そして、剣八の受けた傷は重く、これ以上大きな傷を負えば流石の剣八も戦闘に支障をきたしただろう。単純なダメージ以上に失った血が大きいのも原因だ。

 ただ一つ。ユーグラムに誤算があるとすれば、それは――

 

「な、あ――」

「強かったぜ、お前。思った以上に愉しめたぜ」

 

 ――六割までの力を引き出した剣八の攻撃力だった。

 剣八の攻撃力はユーグラムの予想を遥かに超えるほどに高まっていた。四割と六割でそこまでの違いがあるのかと思う程にだ。だが、剣八の攻撃力の上昇にはもう一つ理由があった。その理由をユーグラムは目にした。

 

 ――刀が、斧に――

 

 そう、剣八は自身の斬魄刀を刀ではなく始解である斧の形に変えていたのだ。剣八は卍解発動時、剣と斧の二つを使い分ける事が出来るようになっていた。野晒を斧の形に解放しなくても卍解を使う事が出来るようになったのだ。

 そして剣八はユーグラムの技術に対抗する為、速度と手数重視で斬魄刀を刀の形で振るっていた。だが、卍解によって速度が十分に上がっているならば必要なのは一撃の威力だ。斧の大振りは躱されやすいが、今の速度ならば躱す事も出来ないだろう。敵が防御に集中しているというのなら、防ぎようがない一撃を放てばいいという考えで、剣八は斬魄刀を斧へと変化させたのだ。そしてその圧倒的な一撃により、剣八はユーグラムの全てを叩き斬った。

 

 ユーグラムは、斬り裂かれた剣と盾に目をやった。今まで剣八と剣戟を交わし続けた剣が、自身の傷を移して来た盾が、二つに裂かれていたのだ。

 裂かれたのは剣と盾だけではなかった。剣八の一撃はその二つを斬り裂くに留まらず、そのままユーグラムをも斬り裂いていた。大地に剣と盾、そしてその二つを持っていた両腕が落ちる。僅かに遅れてユーグラムの上半身もだ。その後ろではユーグラムが背にした建物も斬り裂かれ吹き飛んでいた。余波がどこまで広がったか、倒れたユーグラムでは確認出来ないほどだ。

 

 一撃の下に斬り裂かれたユーグラムには、世界調和(ザ・バランス)を発動させる力すら残されていなかった。例え発動出来たとしても剣八は倒せただろうが、自身の死は免れなかっただろう。ユーグラムの傷を移す身代わりの盾(フロイントシルト)は失われたのだから。

 そして、その命を失う前にユーハバッハではなく友を想った。ユーハバッハは自身を必要としたが、その使命は既に終えているも同然だ。自身の死すらユーハバッハの役に立つ結果となる。故にユーグラムは最期にユーハバッハではなく、かつての友であったバズビーを想った。

 

 共に成長し、共に修行し、苦楽を共にした友。いざこざによりその関係は崩れ、もう長い事友としてではなく同じ団の仲間として、上司と部下として接して来た。その事にバズビーは何を思っていただろうか。ユーグラムをユーハバッハと同じように仇として見ていたのだろうか。

 だが、ユーグラムはユーハバッハの意思を第一に考えつつも、その心の中ではバズビーを友だと想い続けていた。互いの心は離れたかもしれないが、ユーグラムの根幹にはバズビーと共に過ごした数年間が根付いていたのだ。

 その証拠に、ユーグラムの剣の柄には“B”という文字が彫られたバッジが埋め込まれていた。これはユーグラムとバズビーが出会った時に、バズビーがユーグラムに送った子分の証。友ではなく子分だと言って投げ渡されたそれを、ユーグラムはずっと大事に持ち続けていた。愛用の剣の柄に埋め込んでまで。

 

 ――バズ……お前は……――

 

 意識を失う最期の瞬間にかつての呼び名でバズビーを想いつつ、ユーグラムはその命を落とした。

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 死したユーグラムを見下ろしながら、剣八は僅かに無言で佇んだ。そしてクアルソがいる方角――と言ってもどこにいるのか解らないので適当に選んだ方角だが――へと足を向けようとして、全身から血を吹き出した。

 

「ちっ!」

「おっと、危ない剣ちゃん」

 

 そのまま倒れようとしていた剣八を、再び具象化したやちるが間一髪で支える。

 

「やっぱり六はまだ無理だったね。ごめんね剣ちゃん」

「はっ。お前が謝る事じゃねー。この程度で壊れる俺の体が不甲斐ないせいだ」

 

 謝るやちるにそう言って笑う剣八だったが、笑っていられる程に剣八のダメージは軽くなかった。

 ユーグラムとの戦いで受けた傷だけでも重傷だというのに、自身の卍解の影響で剣八の体は更に傷付いていた。筋肉の多くは断裂し、骨の多くが折れるか皹が入っており、内臓も多数傷付いていた。戦う事はおろか、歩く事すら困難な程だ。

 この状況で新たな敵が現れれば勝ち目はないだろう。やちるが剣八の代わりに戦う事は出来るが、いくらやちるが強くとも星十字騎士団(シュテルンリッター)クラスの敵が出て来たら勝ち目は薄い。

 

 そんな時だ。この状況で剣八に近付く者がいた。その気配を感じ取り、やちるは警戒心でなく喜びを顕わにしてその者を迎え入れた。

 

「あっ! れっちゃん!」

「その呼び方は止めるように言いましたよ、草鹿副隊長」

 

 自分に対する呼び方を咎めながらも、卯ノ花烈はやちるに対して笑みを浮かべながら剣八に近付いていく。

 卯ノ花烈。治療を専門とする四番隊の隊長にして、初代剣八である卯ノ花八千流でもある女性だ。卯ノ花は別の隊長と行動を共にし、星十字騎士団(シュテルンリッター)と戦っていた。そしてその戦闘が一段落した所で戦場を廻り多くの負傷者を治療していたのだ。

 そして剣八が卍解した時に天高くまで上がった霊圧の奔流に気付き、こうして剣八の下目掛けて移動して来たのだ。卯ノ花は剣八の修行相手の一人であり、当然剣八の卍解の事も知っていた。

 剣八が卍解する程の相手だ。相当な実力者なのだろう。場合によっては肉体が無事で済む限界である四割を超えて力を解放するかもしれない。そうなった時、剣八は致命的とも言える傷を負うだろう。他の敵に襲われれば命を落としかねない傷をだ。それを防ぐ為に、卯ノ花は急ぎ剣八目指して駆け付けたのだ。

 

「卍解を使用しましたね。よほどの強敵だったのでしょう」

「ああ……愉しかったぜ」

「そうでしょうね」

 

 そう言って苦笑しながら、卯ノ花は剣八を回道にて癒し始める。

 

「クアルソ・ソーンブラが来ましたね。行くのですか?」

「ああ。当然だ。俺はあいつを倒す為に強くなったんだからな」

 

 その答えを聞いても卯ノ花に嫉妬の気持ちが生まれる事はなかった。もう自分の全ては剣八に伝えきった。これ以上卯ノ花が剣八に出来る事はないだろうと言うほどにだ。それ程に、二年近くの修行で剣八に自身の力と想いを託したのだ。

 ならば卯ノ花がクアルソに想う事は何一つなかった。後は剣八とクアルソが戦ったらどうなるか、興味が尽きないくらいだ。

 しかしそれはそれとして、卯ノ花は剣八に釘を刺した。

 

「今は瀞霊廷の危機ですよ? クアルソ・ソーンブラや十刃(エスパーダ)と思わしき破面(アランカル)は、どうやら滅却師(クインシー)と敵対しているようです。それでもクアルソ・ソーンブラに戦いを挑むのですか? その結果、多くの無辜の民や仲間が傷付く事になるとしても?」

「……」

 

 痛い所を衝かれて剣八が言い淀む。剣八は瀞霊廷がどうなっても良い、だとかは流石に思っていない。いや、瀞霊廷そのものがどうなろうと知った事ではないのだが、そこに住む人々や自身の部下達の命はどうでも良いとは思えなかった。

 ここで剣八がクアルソと戦う事を優先すれば、恐らくその被害は甚大となるだろう。それだけではない。肝心の瀞霊廷を襲う敵を放置して多くの被害者を生む結果になるかもしれない。それを言われては、剣八と言えども気軽に「当然だ」等とは言えなかった。

 

「この戦争が終わった後でも戦う機会を作る事は出来るでしょう。その時まで、あなたは自分の力を高める事に集中しなさい。自分の力に振り回されているようでは、クアルソ・ソーンブラに笑われてしまいますよ?」

「ちっ! 解った、解ったよ!」

 

 剣八に全てを託した事で、卯ノ花は剣鬼としてではなくまるで母親のように剣八に接するようになった。そんな卯ノ花が剣八は苦手だった。嫌とか嫌いとかではなく、苦手だ。どうにも逆らい辛いのだ。

 

「さあ、治療が終わりましたよ。残る滅却師(クインシー)を倒しに行きましょう」

「あんたも行くのか。いいな。どっちが多くの敵を倒せるか勝負と行こうじゃねぇか」

「いいでしょう。私もまだまだ強くなるつもりです。あなたを追い越す為にね」

 

 卯ノ花の強さに対する欲求は変わっていなかった。自分を殺す(愛す)事が出来る男に相応しくあるべく、更なる力を求め続けているのだ。

 そんな卯ノ花の返事と笑顔を見て、剣八もまた笑みを深める。憧れの人は更に強くなろうとしているのだ。ならば自分も負けていられないだろう。

 そうして二人の剣鬼が行動を共にして新たな敵を捜し出した。敵に出会えば、どちらが先に敵を倒すかと互いに全力で攻撃を仕掛けるだろう。その場面を他の死神が目にすれば、誰もが敵に対して同情するだろう。瀞霊廷を襲った憎き敵だが、それでもこの二人を相手にする事は同情したくなる程の罰と言えた。

 

 




 草鹿やちるが剣八の卍解だと原作では明言されていません。あくまで原作の描写から想像したこの小説の説明ですのでご了承下さい。
 やちるちゃんを再び人の姿で具象化したのはそうしたかったから。私の我侭である。

 W剣鬼「敵はいねがぁ!」
 残る滅却師(クインシー)「」

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