忘れ去られた、もう一人の王   作:形右

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 ストックの投下です。
 ちょい最近忙しいので、今回は前書きのみとなります。

 久方ぶりの投稿で、忘れられたころにひっそりと投稿――最近このパターンが定型化している気がします。
 まぁそれはともかく、今回はあの子の登場です。今回のお話は、ハイトと過去の因縁を今回は再び描いていく感じです。シリアス気味かとは思いますが、そこまでドシリアスには書けませんでしたが、それでも一生懸命書いたので、よろしければ読んでいただければと思います。

 それでは、どうぞ!


アインハルト・ストラトス ――『覇王』――

「…………あなた方に、いくつかお尋ねしたいことがあります」

 

 そういって、彼女は僕らの目の前に現れた。

 嘗ての忘れられなかった記憶の欠片が告げている、友のものと同じ碧銀の髪に目を引かれながら……僕は、その月光を背に立つ少女を見つめていた。

 

 その姿は、〝忘れられない記憶〟の一端であり……かつての彼に、その始まりをくれた一人。

 ハイトの心の内にある記憶が、また少しずつ――その色を取り戻していく。

 

 時代を超えた、覇との交わりの時だ。

 

「……質問すんならバイザー外して名を名乗れよ」

 

 そう、ここから……始まる。

 

「失礼しました。〝カイザーアーツ・正統〟……ハイディ・E・S・イングヴァルト――『覇王』を名乗らせてもらっている者です」

「……噂の通り魔か。何の用だよ?」

「伺いたことがあります。貴女方の知己である王たち。『聖王』と『冥王』……そして、そこにいる、《皇帝》に」

「! このっ……!? ハイト……?」

 少女の問いに、激高しそうになるノーヴェだが、ハイトはそれを手で制し前にでる。

「……確かめたいことがあるなら、僕が相手をするよ。」

 

 

 ――――あの時の思い出と、現在(いま)が交錯を始める。

 

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 新緑――というよりは、むしろ碧銀。

 月光に生える魔力光を放ちながら、今宵再び――『覇王』は《皇帝》に戦いを挑む。

「お付き合いいただき、有難うございます。では、さっそく武装を」

 少女はそういって、ハイトにバリアジャケットの装着を促す。

「……わかった。リー」

 ハイトは特に異存はなかったので、自身のデバイスであるフリューゲル・バンデ――〝リー〟に呼びかけると、リーも素直に頷きバリアジャケットを展開する。

 それを見て、

「あなたも、その姿を使うのですか……?」

 そう少女が問う。

「僕はもう《皇》じゃないからね……」

 嘗ての力は、もうほとんどないに等しい。

 今は《皇》ではなく、あくまでも一人の人間、一魔導師として日々をすごしている。

「……」

 その言葉に、少女は寂しげな目を落とし……その瞳のうちに宿る影をより一層濃くする。ハイトには、彼女が自分を通して一体何を見ているのだろうかがわからない。そして、それを自分だけでどうにかできるとも思えない。その抱えている『悲しみ』の内にあるものを、ハイトはまだ知らないから。……でも、少なくともそれを多少なり緩和するくらいはできるはずだ。

 彼女が抱えるその〝影〟を、知る必要がある。

 そのために今、互いの拳をぶつけ合うのだ。

 

「「はぁぁぁっ!!」」

 

 ぶつかり合う光をまとった拳、そのぶつかり合いの閃光が……蒼天と壁銀の光が夜の街を照らしだす。

「なんだありゃ……」

 二人の動きが独特にノーヴェはそんな声を上げる。二人の動き、その距離の詰め方が非常に独特。

 ほとんど中距離(ミドルレンジ)に等しい距離であるのに、二人は魔力による攻撃ではなく歩法(ステップ)による移動で距離を詰めて攻撃をかわした。元来戦闘機人であるノーヴェも、通常状態では一瞬見えなかったほどだ。

 二人はそうして一合打ち合い、よりいっそう鋭い視線を交わす。

「相変わらず、って感じかな?」

 ハイトがそう言うと、

「そういって頂けると、光栄です」

 と彼女は返した。

 でも、ハイトはその〝覚えのある〟攻撃を目の当たりにして、余計にわからなくなってしまった。彼の記憶、その中にある『覇王』――『クラウス』の印象は、どこまでも愚直なまでに真っ直ぐだったというイメージが先行する。確かに、彼は武術が好きだったし……あの時代、『王』たる自分たちは強くなければならなかったのだと思う。しかし、だからこそ……こんな傷害まがいのストリートファイトに興じるなど、理解できない。

「……本当に、どうしてこんなことをしてるの?」

「……、」

 沈黙を続ける彼女に、ハイトは続けてこう語る。

「拳で語る、と言ったのは分かってるけど……それでも解せないんだ。僕の中にあるおぼろげな〝クラウス〟の記憶には、こんなことをするような彼は残ってないよ。一体、何がそこまで、クラウスを……いや、君を変えたの?」

 その質問にも、彼女は直ぐには返答を返してこなかった。俯くように目を再び伏せる彼女には、やはり何か……影があるように見えた。それがいったい何かは分からないが、彼を……『覇王』をここまで変えるような、そんな何かがあったのだとしたら、それはかつての自分も多少なり関係しているのだろうことだけは予想できた。

 そうして、しばしの沈黙が二人の間に漂う……。

「…………強さを」

「え……っ?」

 微かにだが、彼女はつぶやいた……「強さ」と。

「強さ……?」

「弱いままでは、何もできない。……だからもっと、もっと…………強く……っ!」

「それなら、別にこんなことをしなくても……」

「駄目です。ただの表舞台には無い、強さの意味を……知るためには」

 そういった少女の瞳は、貪欲な獣の様で……いったい、何がそこまで強さに執着させるのだろうか? 

「列強の王たちをすべて倒し、ベルカの天地に覇を成すこと……それが、私の〝成すべきこと〟です」

 その言葉に、ノーヴェは怒った。

「……寝ぼけたこと抜かしてんじゃねぇよ! 昔の王なんざ、とっくに死んでる。生き残りや末裔たちだって、〝今〟を必死に生きてんだよ!」

 今を生きているヴィヴィオやハイト、未だ目覚めぬイクスも……今という穏やかな時を〝生きて〟いるのだ。

 そんな大切な時間を、幸せな時を……そんな時代錯誤な理由で滅茶苦茶にしようというのかと、ノーヴェは『覇王』を名乗る少女に怒りと共に問う――しかし、彼女の返答も、その意志も……まるで鋼の鎖で呪われたように、変わらない。

「弱い王なら、この手でただ屠るまで……!」

 その答えを聞き、ノーヴェは一層眉を顰める。しかしそれは、ハイトも同じことで……乾いた泉の様に荒れた光景が目に浮かび、その枯れた大地に極寒の吹雪が吹き荒むかの様でさえあり、彼女の心は……まるでどこまでも冷たい檻に閉じ込められているかのようで、酷く痛々しくさえもあった。

 弱ければ屠るのみ、と言った彼女自身が……寧ろその言葉に蝕まれているようでさえあった。

 彼女が抱えるその影も、囚われている檻の意味も、それを知る事はまだできない……だがそれでも、道を踏み外しかけているかつての友をこのままみすみすと見逃してやるわけにもいかない。

 

 ……今こそ、嘗て受けた大恩に報いる時だ。

 

「――君が何を抱えているのかは、僕にはまだわからないけど……。かつての友が、その道を踏み外しているのを黙って見ている訳にもいかないから……今度は僕が正すよ。君の、過ちを」

「私に過ちがあるというなら……それは、私自身の弱さです。弱さは罪――弱い王に、意味などありますか?」

 ハイトの訴えにも、少女は姿勢を変えない。

 何が、そこまで駆り立てるのか……。弱さを、なぜそこまで嫌うのだろうか? それは、分からない。

 でも……圧倒的な強さに、その弱さを払拭しきるだけの意味が、果たしてあるのだろうか。その答えは、少年の中に、既にあった。

 そして、その答えは……。 

「弱さは、罪……過ち、か……。確かに、僕も時にはそう思わなくもなかったけど……それでも、圧倒的な強さにも意味があったとは思えない。何よりも――」

 ハイトは、こんな殺伐とした中でも……悲しさを感じながらも、それでも笑顔を浮かべ……言った。

 かつてその答えをくれた友に向け、その言葉を送ろう。

「――それを教えてくれたのは、君たちだったじゃないか」

「……っ!」

 ハイトは、この時を待っていたとばかりに浮かぶ……温かな光景をその瞳に映していた。

 あの時、弱さも強さも過ちだなんて誰も言わなかった。あったのは、ただ優しい時間。大切な人と過ごす日々と、そこに生まれる温かな心の意味。それこそが、あの灰色に濁った煙だらけの空の下にある世界で、幼かった『王たち』が見た……何よりも大切な事……全てに置いての真理(こたえ)だったと思っている。

「だから、今ここで……君のその柵を断ち切るよ……覚悟はいい? 『覇王』、イングヴァルト……!」

「! ……望むところです。私は、貴方を越えなければ……きっと進めない……!!」

 言霊の交わし合いはそこで一度絶え……二人は自らの拳を構えると、相手をまっすぐに見据える。

 視線と視線の火花が散ったとき、地面を蹴る音が辺りに響くと、二人は疾風のごとく互いの間を詰める。そして、二人の鼻先がこすれるほどに鵜足の間が詰められた、その刹那。

 二人の拳と拳が、激しく激突した。

 

「「はぁ……ッ!!」」

 

 ドガッ! という音共に、二人の拳がぶつかり、激しいラッシュが繰り広げられた。

 二人の攻撃がぶつかるたびに火花が散り、美しい魔力光の煌きが、殺伐とした戦いの中すらも艶やかに彩る。

 光のコントラストが飛び散る中で、ハイトの瞳が輝きを増していく。

『記憶』が、この古き友との戦いを通して、少しずつ表に出てくる。

 完全ではなくとも、その戦いから生まれる高揚感に、ハイトの身体にのしかかっていたリミッターのような感覚が解きほぐれていくかのようだ。本人は、少しづつ上がっていくその力に、少し戸惑いながらも……それを〝知っている〟自分が……目の前にいる迷える友を救えと、急き立て、駆り立てるのを止められなかった。

 だが、勿論そんな勝手な使命感だけで動いている訳でもなく……やはり、どことなく楽しいという気持ちも彼の中にはあった。

 懐かしいような、その感覚。

 ベルカの空の下、『シュトゥラ』の城の庭で……皆で笑いあったあの日々が、この戦いを通して蘇るようだ。

「はぁ……ッ!!」

「くぅ……っ!?」

 ハイトの瞳の輝きが増すほどに、少女はその力に押されていく。もはや、流れはハイトに映ったかに見える。

 だが、

「いくよ……!」

「……っ!?」

 ハイトの拳に、溢れんばかりの光が纏われていく。

「その柵は、ここで全部……断ち切り、砕く……っ」

 しかし、その蒼天の輝きを纏った拳が放たれた瞬間――ハイトは、その拳が伝える感覚に違和感を感じた。

 直撃した筈、なのだが……そこに、何かが――。

「……っ!? バインド……!」

 碧銀の鎖が、ハイトの腕に絡みついた。

 そう、少女は……あの日のクラウスと同じことをしたのだ。

「はぁ……はぁ……っ! まだ、なにも…………終わっていないんです――」

 少女は防御を捨て、ハイトの拳を真っ向から受け止めにかかった。

 通常なら有りえないセオリー無視もいいところではあるが……自分が相手に負けている、劣っていると認識した上で、勝つために。

 逆に相手の攻撃を受け止め、拘束し……自身の攻撃を当てるために、彼女は肉を切らせて骨を断つ道を選びとったのだ。

 かつて、母国の空の下で、拳を討ち合ったときの様に。

 かくして、彼女の、反撃の準備が完了した。

「――何も、終わってないんです」

 碧銀の光が、彼女の足元に出現した魔法陣からあふれ出す。

「ハイト!」

 これでは流石のハイトもまずいのでは、と思ったノーヴェが助太刀に入ろうとするが……ハイトはそれを制する様に、首を振ってそれを制する。

 まだ、自分だって終わっていないという彼の意志が、そこに有った。

「君が終わっていないなら……僕だって、まだ終わらない。君のその柵は、必ず終わらせる」

 ハイトの言葉に、彼女は悲しそうな顔で、

「……弱くては、何も守れなかったのです――――この身に宿る貴方の力があっても尚、私では…………弱すぎたのです」

 そう答えた。

「え……?」

 どういうことだと考える前に、碧銀の光に……蒼天の光が混じるのを見て、その知らない技にハイトは目を見開いた。

「貴方を守れなくて、だからこそと磨いたこの技でさえ……守れなかった。誰一人として、私は守ることが、出来なかった……っ!」

 その呟きと共に、彼女の拳が振り下ろされた。

 悲しみを纏った、その《皇》から『王』へと伝えられた……その力とともに。

「――真・覇王! 〝断空拳〟……っ!!」

 崩壊を司るとされた蒼天の魔力が……空を断ち切る拳を彩り、嘗ての壁を打ち壊し――

 

(……これで、やっと…………一つ、壁を越え……「まだ、だ……っ!!」……っ!?)

 

 ――たかに見えた。

 

「そんな、筈は……っ!?」

 少女の視線の先に、彼は立っていた。

 その瞳は、蒼天から翡翠の輝きへと変わり……彼の身体を護るようにして展開されていた。

「――――〝絶対の障壁(イージス)〟……っ!」

「これ、は……!?」

『覇王』――いや、少女はその障壁を見て、遠き日の光景を思い出し、

「〝あの時〟みたいじゃない?」

「……ッ!?」

 その言葉に、少女は言葉に詰まった。

 それを見ていたノーヴェもまた……。

「な、何だ、あの技……!?」

 その輝きに驚愕を浮かべる。

 ノーヴェの驚愕の間に、少女の目に一つの光景が浮かび、重なっていく。

 そう、それはまるで――あの日、『シュトゥラ』の城の庭で初めて手合わせをした、あの時の様だ。一つ一つ、嘗ての光景をなぞるように、戦いの中で、彼と彼女はその身に『記憶』を宿していくかのように――まるで、〝取り戻して〟いくように。

 その時、少女の瞳に映った光景にある蒼天の光と目の前にある蒼き輝きが完全に重なる……いや、しかし…………よく見ると、今迫り来るそれは、彼女の記憶の光景とはほんの少し異なっていて――。

 

「――自由への崩拳(ツェハール・フライハイト)――」

 

 それは、この時代……この世界で、彼が見つけたたくさんの『大切なもの』の証を包み込んだ、心の形を表すかのような美しい煌きの放ちながら、『過去を知る者(嘗ての王)』の囚われている柵へと打ち放たれた……。

 かつてのものとは違う、過去の後悔や無念と言った柵を打ち破るための、今に至る思いや願いを乗せた(こころ)の一撃が放たれる。

 

 ――――夜闇を切り裂くその一撃は、蒼天を越えて……星々の住まう蒼穹の彼方へと飛び出してしまうかと思う程に、輝き……そして、美しかったという。

 

 今宵、古より続いて来た『覇王』の柵に、一筋の亀裂が走った。

 悲しみと、後悔……因縁と、柵。

 それらを打ち砕くために放たれた、一つの想い。それらは願いとなって、氷に閉ざされた少女の枯れた心へと少しずつ染み渡っていく。

 それが吉と出るか凶と出るかは、未だ分からない。

 去れども、そこには……優しさと、愛しさと、友情と、これまでの感謝と、これから始まるいくつもの大切なものへとつながる何かが……確かなものとして、しっかりとその心と魂に刻み込まれていた。

 

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 『覇王』と《皇帝》の縁を継ぐ者たちがぶつかり合い、夜の街の一角で火花を散らした。

 勝敗は結果としてハイトに軍配が下った。

 『覇王』を名乗る少女はハイトの一撃を受け、そのまま地に伏せた。気を失ってしまった彼女を見て、ハイトは彼女に近づき治癒魔法をかけようとした。すると、彼女の身体が光に包まれ……その光とともに、女性だった彼女の体躯は華奢な少女のものへ変わる。

 

「変身魔法……」

 

 少し意外そうにいうハイト。

 だが、そういえば確か彼女は戦いの前に「貴方もその姿を使うのですか」と言っていたような気がする。先ほどまでは高ぶりによって記憶がより鮮明に表に浮かび上がり、ただ単に昔との照らし合わせによるものかと思ったけれど、どうやらそれは違うらしい。

 改めて考えてみるほどのことかどうかは定かではないけれど、要するに彼女も自分やヴィヴィオの様に足りない体躯を補うために――ということだろうか? とハイトは思った。

 格闘技、とりわけ彼女は『覇王流(カイザーアーツ)』を使っている。その上、彼女はクラウスの記憶を少なからず持っているらしいことは何度か拳を交わした中でしかと感じられたため、それがより一層確信へと変わった。

(確かにこの子は、『覇王』の記憶を……)

 とそこまで考えたものの、このまま女の子を地面に寝かせておくという訳にもいかないという事に気づいた。

 どうしようか少しだけ迷ってから、少女を抱え上げる。

「お、おい、ハイト。どうする気だよ?」

「??? どうって、女の子をこのままここに寝かせとくのもなんだから、家に連れて行こうかと……」

「……」

 いや、別にその行為自体がどうという訳ではないが……何というか、この少年はこういうことを無自覚でやるから質が悪い気がする。そういえばいつだったかヴィヴィオがこんなことを言っていたのをノーヴェは思い出した。

『――ハイトくんってば、いっつも女の子に……いや、まぁ別に女の子限定でもないんだけど……甘えてばっかりで! その上、なんだか急に王子様っぽいことするし! そんなんだから始末に負えなくて、もう困った弟なんだよ、ノーヴェ!』

 あの時は、姉心というか……母親の一人であるフェイトと同じ親バカ的なものかと思っていたが、この時をもってノーヴェは確信した。ヴィヴィオの言っていたことは正しかったのだと。そして、こいつは生まれながらに女ったらしだと……というか、自分もその被害にあったりしているので、なんとも言えない微妙な乙女心があるのは仕方ない事と割り切るべきか、或いはこの少年の美徳を受けたと考えるべきなのかと迷う。彼にその類のやましい感情というか思惑的な部分が無い分余計に始末が悪い。これで赤面などの反応を示しでもするならまだかわいいものだが、まったくもって無反応。

 これではヴィヴィオが始末に負えないと言っていたのも頷けるな、とノーヴェは独り言ちた。加えて、この少年の毒牙的な部分にかかりかけた……いや、もうかかってしまった、だろうか?……この少女の乙女心への衝撃が、とにかく悪い方向のベクトルに働かないことを祈るのだった。

 そんな事を考えている間に、ハイトは既に少女を抱えて家に変える準備をしていた。

 少しは反応してやれよ、と未だ名も知らぬ少女にほんの少しばかりこれから受けるだろう衝撃いろいろに関して同情した。

 

 まだまだ夜は、始まったばかりである。

 

 

 

 

 

 

 * * * 追想、遠き日の思い出

 

 

 

 ――――弱さは罪……弱い拳では、誰のことも守れないから。

 

 

 それは、遠い世界……遠い時代の記憶。

 古代ベルカ、『諸王時代』。

 かつての英雄たちが、ベルカの天地を統一し征することを目指した時代。

 誰もが戦乱に明け暮れ……幾重の国や幾つもの命が失われていった時代。

『聖王女』や『覇王』……歴史に名を刻んだ英雄たちが生き抜いた時代。

 

 そしてそれは、忘れ去られた一人の《皇》や、その友たちが生き抜いた時代でもある。

 

 彼らは、いずれも優れた『王』であったが……彼らそれぞれの関係に関しては、現在でも明らかにはなっていない。

 戦乱の終局を迎えた頃、『聖王』がこの世の戦乱を収め……ベルカを護ったとされている。その後『覇王』がその『聖王』亡きベルカを改めて平定し、『ベルカ』という一つの世界を最終的に導いたとされている。

 これが、現在の公になっている歴史的見解の一般論である。

 だが、それはすべて正しいとは限らない。

 その慈愛をもって戦に塗れた世界を諫め王子に全てを託した王女。

 王女に託されたその〝失われた天地〟に最後の『覇』を成した王子。

 そんな彼らに最初に〝すべて〟を託して消えていった一人の忘れられた皇。

 幾重にも重なり合った、そのつながりの螺旋(じだい)の中には……公にされていない事実がいくつもある。

 

 世界にほとんど認知されぬまま終わった、ある一つの事件でその存在を明かした一人の《皇》が――

 

 世界全てを揺るがした事件に際して生まれ落ちた、最後の『聖王』の血を引く一人の『王女』が――

 

 世界という流れの中に残り続け、そのたびに託され続けた『覇王』の血を今に繋ぐ一人の少女が――

 

 ――その命を現在(いま)に繋ぎ、〝生きて〟いる。

 

 彼らの中に眠る血に刻まれたその世界は、戦乱に枯れた大地と、硝煙や火葬の煙に濡れた空が広がっていた。

 その世界を救う為に、立ち上がろうとするたびに……運命は彼ら彼女らに厳しく、そして重く、のしかかり続けていった。

 

 その世界の天地が、人々の心が穏やかになることを夢見たはずの一人の《皇》は……やっと気づいた自身の夢を果たすことなく消えてしまった。

 残された者たちは、それでも強く生き抜こうとした。

 いつの日か……彼が夢見たその世界を作れるのなら、と願いながら。

 だが、そんな想い願いすらもあざ笑うかのように、容赦のない決別の時はから彼女らにその『選択』を迫り続ける。

 絶対の力を持つとさえ言われた王は、夢を託し……大切な人をも守るために世界の記憶(歴史)の内より消え、単純な技や力ならばその《皇》に並べるのではないかと思えるほどの力を持っていた『黒』もまた、権力(ちから)に遮られる形での流れの内に消え……彼ら彼女らをその夢へと駆り立てたることになった『魔女猫』も結局戻ってくることはなかった。

 戦乱の終局、託され……残った二人の『王』も、最後は道を分かれてしまう。

 そこが、本当の終わりで……これまでの始まり。

 ――――悲しみと後悔の、始まり……。

 

 

『――クラウス。今まで、本当にありがとう』

 

「だけど、私は行きます」

 燃え盛る戦場の中で、そう告げられた。

 そう告げてくるその瞳は、あまりにも穏やかで……でもそれが、とても心に痛くて。

「待ってください、勝負はまだ……ッ!!」

 見苦しい、かもしれない。

 戦って尚、敗れても尚、それでもどうにかしようと足掻くさまは……とても見苦しいものかもしれない。

 だが、それでも――彼女を、失いたくなくて。

「…………」

 でも、それは届かなくて……。

「貴方はどうか、良き王として……国民と共に生きてください。この大地が、二度と戦で枯れぬ様に」

 告げられる思いは、やはりどこまでも優しい笑みと共に。

「青空と綺麗な花がいつでも見られるような、そんな国を――」

「……ッ! 待ってください、勝負はまだ……っ!!」

 返事は、返って来なかった。

 彼女はどこまでも〝穏やかな笑み〟のままで……戦いの中ですらも、だ。

 全てを賭け、止めようとしても……届かないばかりか、その笑みを曇らせる事さえもできないまま、優しく倒されてしまって。

 目の前の相手に、戦ってすらもらえない……それがあの時、三度目の後悔。

 目の前で手を貸すこともできず、ただ守られるだけだった、二度目の後悔。

 目の前で焼き払われる森も大切な友を救う事が出来なかった始まりの後悔。

 

 ――――どんな時も決して、彼ら彼女らを一人も守ることが出来なかった。

 

 何時も守られてばかりだった。

 どんな時でも、彼ら彼女らの傍らに立てなかった。

 ベルカに『覇』を成したのも、結局は彼ら彼女らがいなくなってしまったから……。

 せめてそれだけはと『強さ』を求めても、結局は統一するかしないかのところで、戦場に倒れた。『国民と共に生きる、良き王』などには決してなれなかった――夢追いの成れの果ては、戦場に倒れ伏せる、無様なものだった。

 だから、今度こそ……何も失わない強さが、欲し……い…………。

 

「…………ハッ!」

 

 少女の夢は、そこで終わりを告げ……意識は今へと戻ってくる。

(あれは……『覇王(わたし)』の、一番悲しい記憶)

 何時も夢に見る、後悔の証。

 少女の中に、嘗ての後悔が渦巻き続ける。

 そんな時、

「目、覚めた?」

「!?」

 聞こえてきたその声に驚いて、その声の発せられた方向を振り向く。

 するとそこには、記憶の中にあるのと同じ……美しい蒼と翠の瞳で、優しい笑みを浮かべた少年がいた。

 

 

 この時、運命は再び動き出す。

 しかしそれは、嘗ての様に冷たいものではなく……もっと温かで、優しい輝きを持って、彼ら彼女らに微笑みかけるのだった。

 

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 次回、『聖と覇の邂逅、想いをぶつけ合って ――TRUTH――』

 

 

 

 

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