とある投影の魔術使い〈エミヤシロウ〉   作:機巧

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今回は時は少し戻り、ステイル視点
日刊26位と出てて、初めてのランキング入りで嬉しさのあまり書いてしまった。


ステイル・マグヌスじゅうよんさい Fortis931

聖ジョージ。こと、ラテン語でゲオルギウスと呼ばれる彼の名を模した建物はロンドンに溢れている。

 

ゲオルギウス、聖ジョルジュ、国によって様々な呼ばれ方をする彼のなした偉業の一つとして、もっとも有名なのは、『竜殺し』の伝説だろう。

 

もっとも、その伝承は16世紀末にとある作家が作ってしまった『聖剣の物語』であり、魔術的には嘘もいいところ、嘘っぱちの物語であるのだが、そんなことは民衆には関係ない。魔術的に正しかろうが、間違っていようが、それを確かめる術など持ってはいないのだから。実際、ヨーロッパのものなら3つになるような子供でも諳んじられるくらい有名である。

 

さらに、イギリスでは『聖ジョージ』は国旗にも関わるほど有名なため、その首都であるロンドンには、その名を冠する建物は腐るほどある。教会はもちろん、デパートやレストラン、ブティックに学校など、その名の用途は多岐にわたる。

 

 

 

 

そのうちの1つ、聖ジョージ大聖堂。

 

 

 

大聖堂と名のつくものの、その正体はロンドンの中心街にある、たくさんの教会の一つにすぎない。そこそこ大きな建物なのだが、ウェストミンスター寺院、聖ポール大聖堂など世界的観光地と比べると格段に小さくみえる。無論、イギリス清教始まりの場所とも言えるカンタベリー寺院などとは比較にならない。

 

そもそも、先ほども言った通り、ロンドンには『聖ジョージ』と名のつく建物はいくらでもある。もっと言うのなら、『聖ジョージ大聖堂』でも10以上はあるかもしれない。

 

 

 

その(..)聖ジョージ大聖堂は、元々『必要悪の教会(ネセサリウス)』の本拠地だった。

 

これは良い意味ではない。教会の信徒のくせに汚れた魔術を使い、中世には魔女を狩り、近世にはイギリスの魔術結社に所属する魔術師を殲滅する『必要悪の教会(ネセサリウス)』の面々は、イギリス清教の中では鼻つまみ者であったため、総本山のカンタベリー寺院から、この聖ジョージ大聖堂を左遷させられる形で与えられたのだった。

 

 

 

しかし。

 

 

 

逆境に追い詰められるほど力だ湧き出てくるというものが、人間であって。教会所属といえども、必要悪の教会(ネセサリウス)の人間は、その傾向が強かったとも言えるだろう。

 

 

魔術師である以上何かしらの目的もしくは悲願のために、普通の人生を捧げた彼らは、窓際の一部者であったにも関わらず、ひたすら黙々と成果を上げ続け、今やイギリス清教の正式な心臓部はカンタベリー寺院だが、実質的な頭脳部は聖ジョージ大聖堂である、という事態を招いていた。

 

 

 

そういう事情もあって、英国首都中心部からやや外れたここが、イギリス清教の核となっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ロンドンにて、神父はそう珍しくもない。というのも、ロンドンには聖ジョージ大聖堂が10個以上あるかもしれないとは言ったが、普通の教会はそれ以上にあるからだ。日本でいう、公園くらいの感覚で教会が存在するのだから、さほど珍しくもない、と言っても分かるだろう。

 

そんな一人、赤い髪の神父、ステイル=マグヌスは朝日が昇ったばかりのロンドンを歩きながら困惑していた。

 

街の景色自体にも、天候にも異常はない。

 

築300年を軽く超す石造りのアパートに囲まれたランベスの道路沿いには、歴史の新旧が入り混じる景色がいつも通りにそこにあって。

 

そのアパートの合間に見える青空には、雨が降る様子など微塵もない。強いていえば四時間も続かない夏場の崩れやすい天気が、フェーン現象などが多発する近年、問題ではあるが、そんな欠点も含めて、ステイル達はこの町に住んでいるのだから、困惑する要因にはなり得ない。

 

 

ステイルの頭を悩ませているのは、自らの上司である少女であった。

イギリス清教第零聖堂区『必要悪の教会』<最大主教(アークビショップ)>。

 

聖職者が使える色は、白、赤、黒、緑、紫の五色と装飾用の金糸のみという規律を真っ向からこっそり違反する、簡素なベージュの修道服に身を包んだ十八歳くらいの少女の名は、ローラ=スチュアート。

 

特徴的なのは、その髪の長さ。真っ直ぐ伸びた髪をくるぶしの辺りで一度折り返し、頭の後ろにある大きな銀の髪留めを使って固定した後に、さらにもう一度折り返して腰の辺りまで届いてしまう、ざっと身長の2.5倍ほどの長さがあった。

 

朝のランベスという世界的に騒々しい混雑具合の中でも、彼女の周囲だけはまるでガラス越しに音を聞いているかのように、閑散としていた。

 

彼女の最大主教としての役割は、『普段は多忙なイギリス清教のトップである国王に代わって、イギリス清教の指揮を執る』こと。

 

もっともこれは書類上の話で、先程言ったカンタベリーと聖ジョージのような形で、実質的に彼女がイギリス清教を支配していると言っても良かった。

 

実際、ステイルは学園都市にて仕事を幾度かしたが、その時の交渉を学園都市の代表としたのはこの少女だった。

 

そんな絶大な権力を持つ最大主教は、ステイルの他には他に護衛もなく、トコトコと聖ジョージ大聖堂へと足を向けていた。本来であるのなら、ローラは大聖堂で待っているはずなのだが。

 

 

「まさか年がら年中あんな古めき聖堂の中になど取り籠らないわ」

 

 

変な頭痛がして頭を抑える素振りを見せるステイル。そんなステイルを見ているのか見ていないのか、ローラは続ける。

 

「歩みつつも語れるのだし、時の掠りといこうじゃない」

 

ステイルは少しだけ難しい顔をした後、

 

 

 

「まぁ、構いませんけど。しかし、わざわざ大聖堂に呼び出すほどの要件なら、周りに聞かれたくない話なのでは?」

 

「気にしてるの?小さし男なのね。なら、きゅっきゅーっと♩」

 

 

 

ローラは胸元からメモ用紙を2枚と黒マジックを取り出すと、まるで授業中にノートの端に落書きをする少女のように、何かしらの文様を書き始めた。

 

ステイルはタバコをくわえつつ、まずかに眉をひそめる。

 

 

「……、あの、一応確認しますけど、何やってるんですか」

 

「ほんの少しき配慮なのよ、ほら」

 

 

ローラは書き終えた二枚のうち、片方をステイルの手に押し付ける。

 

 

 

『あっあー。音聴きはできとうかしらー?』

 

 

 

と、ステイルの頭の中に直接、声のようなものが聞こえてきた。見ると、ローラの口は動いていない。

 

 

「……通信用の護符、ですか」

 

 

ステイルの進言に対応してくれたのか、どうやらこれで話をするらしい。

 

 

『ごほんっ!では始めたるわよ、ステイル。貴方は「法の書」の名と、例の「魔剣鍛治師」については知り足るわね』

 

『前者は魔道書の名で、筆者はエドワード=アレクサンダーだと思いましたが。後者はこの前神裂と土御門があったとかいう……』

 

 

そう言って、ローラの出した話題に関連する事項をステイルはつらつらと挙げる。それを聞いて、彼女は、

 

 

『その通りでありなるのよ。まずは「法の書」の方から話したるわ』

 

 

 

 

「法の書」。

 

著者はエドワード=アレキサンダー、別名をクロウリーともいう20世紀最高とも、20世紀最低とも言われる伝説の魔術師。アレイスター本人の凄まじさゆえに、その死と同時に世界中の緊張の糸が一致に緩んだとされているほどである。

 

そんな絶大な力を持つ彼の著作ということもあり、様々な学説が存在する。

曰く、彼が召喚した守護天使エイワスから伝え聞いた、人間には使えない“天使の術式”を書き記したものである。

曰く、「法の書」が開かれると同時に十字教の時代が終わり、全く新しい次の時代が訪れる。

 

そして、その特徴は

 

『誰にも内容が解読できない、ということでしたね』

 

 

実際、『禁書目録』は早々に解読を諦め、そっくりそのまま暗号文章を丸暗記することしかできなく、暗号解読の専門家であるシェリーも匙を投げた。

 

そこまでの前提があった上で、

 

 

 

『その何人たりとも読めん<法の書>を解読できる人間が現れんとしたら、どうする?』

 

『……、なんですって?』

 

 

 

ステイルはローラの顔を改めて見た。彼女が冗談を言っているようには見えない。

 

 

『その者はローマ正教の修道女で、オルソラ=アクィナスと言うさうよ。あくまで解読法を知りけるだけで、今だ本文に目を通しとらんようなの』

 

 

『どういう事ですか』

 

 

『件のオルソラは部分的な写本を参考に解読法を探さんとしたそうなの。日本の序文の数ページだけしか手元になかったのよ』

 

 

無理もない。魔道書の原本といえば、厳重に、誰も立ち入れない場所に封印して、保管するのが普通だ。だからこその魔道図書館なのである。

 

それに見れたからって、無事に読めるとは限らない。その魔道図書館ですら何十回にも及ぶ一歩間違えれば人間としての機能を失う精神調整による防壁がなければ文字通り侵食されていたろう。普通の人間ならなおさらである。

 

 

『ローマ正教は勢力争いの手札が不足していますからね……となると、「法の書」による巻き返しを図ろうとしているんですか』

 

 

ローマ正教、世界最大の十字教宗派。

 

とは言っても、少し前に最大戦力である3000人にも及ぶグレゴリオの聖歌隊がとある錬金術師に殲滅されてからというもの、その力の衰えは噂されている。

 

故に、その力の代わりとなる「法の書」を求めたのかもしれないとステイルは考えた。だが、

 

 

『その心配はなきことでありけるのよ。ローマ正教は「法の書」を勢力争いの争いの道具にすることができないのでありけるのだから』

 

 

 

ローラはやけに自信たっぷりにそう言うが、何か根拠があるのかとステイルは眉をひそめる。

 

イギリス清教とローマ正教の間で<法の書>使用禁止の条約でも結んであるのかとも思ったが、

 

(ならば、何故、ローマ正教はオルソラを使って<法の書>の解読を行う必要がある?)

 

ローラはそんなステイルの心の内を察したように、

 

 

『それに、ひらさらローマ正教が何かをたくらんだ所で今のままじゃ実行は不可能なのだから』

 

 

どうして? とステイルが問う前に、

 

 

 

『<法の書>とオルソラ=アクィナス、この2つが一緒に盗まれたそうだから』

 

 

 

「そんな……誰に⁈」

 

 

ステイルは思わず声に出していた。

 

 

ローラ曰く、犯人は特定されており、それは日本の天草式十字凄教であるそうだ。現在はステイルの同僚である神裂火織が以前、女教皇を務めていた宗派。

 

犯行理由の目星としては、神裂が抜け、小さな力のない組織となった彼らが、代わりの力として国際展示会の為、バチカン図書館の最深部から日本の博物館に移送中だった<法の書>を欲したということであろう。

 

プライドからか、自分たちだけで解決すると言ったローマ正教にほとほと呆れるステイルであったが、困ったことがここで1つ。本来ならば、協力する意味などないのだが、

 

 

『何か?』

 

『神裂火織と連絡が取れんのよ』

 

 

先ほども言った通り、神裂は元・天草式のトップ。そんな彼女が元部下たちが20億人の信徒を抱えるローマ正教とことを構えると聞いたらどんなことをしでかすのか、わかったものではない。『聖人』である神裂は個人の戦闘能力が、核兵器に等しい意味を持つのである。

 

 

『神裂が下手を打つ前に、落を付けて欲しいのよ。それが最優先。方法はいずれでも構わないわ』

 

 

実質的に方法は3つ。

「法の書」とオルソラを救出すること。

交渉で天草式を降伏させること。

そしてーー神裂ごと天草式を壊滅させること。

 

 

『あの神裂と、戦えですって』

 

 

『そこで、あの魔剣鍛治師なのよ』

 

 

さらりとローラは言った。

 

 

『どういうことですか』

 

 

『どうやら件の魔剣鍛治師は天使と戦う神裂に援護ができけるらしいのよ』

 

 

『……、っ!』

 

 

 

『聖人』と『天使』の戦いに援護として参加。これの凄まじさが分かるものがどれだけいるであろうか。

 

普通、戦闘において、戦闘能力が離れすぎている場合、共闘しても互いに邪魔になることがほとんどである。ステイルも焔という、周りに危害が及ぶ魔術を使っているから分かるが、周りのレベルが低いと、余波に巻き込まないか、いちいち気を使い、戦闘しなくてはならない。

 

 

つまり。

 

 

神裂が援護を引きずってでも止めなかったということは、その鍛治師には、聖人の能力に追随はできずとも、対応はできる、ということを示しているのである。

 

 

『つまり、もしもの場合は、その魔剣鍛治師とやらを神裂の当て馬にしろということですか。そもそも、魔剣という時点で胡散臭いですが。大丈夫なんですか』

 

 

『そういうことになりけるのよ。もっとも、見定めるのもあなたの役目になりけるのよ、ステイル。まあ、その話はまた少し後でするつもりなのだけども。とりあえず魔剣鍛治師の方はこれで話を終わりにして、貴方は別働隊として、始めに学園都市と接触して頂戴ね』

 

 

ステイルは疑問を出すように、タバコの煙を吐く。

 

疑問は単体行動という点ではない。

 

何故なら、魔術師ステイル=マグネスは団体行動に向いていない。使用する魔術が炎に特化している為、下手に全力を出すと周りを巻き込む可能性があるのだ。

 

彼の扱う<魔女狩りの王(イノケンティウス)>は展開するカードの枚数によって強さが極端に変動するという不安定な一面を持っているもののその名に恥じぬ実力を誇る。

 

摂氏3000度の炎の塊が自在に踊って、鋼鉄の壁すら軽々と溶かして敵へ襲いかかるその姿は相手から見ればまさしく死神そのものだろう。

 

何せ、とある右手という例外を除けば、如何なる術を用いてもその進撃を止める事は出来ないのだから。

 

数多の魔術結社をたった1人で焼き払ったその戦績は壮絶の一言に尽きる。

 

 

 だから、問題はそこではなく、

 

 

『これは教会諸勢力の問題でしょう。そこで、何故、科学側の手がいるんです?』

 

 

対するローラの答えはたった一言だった。

 

 

『<禁書目録>』

 

 

人名……というより、道具名をローラは言った。

 

 

『魔道書の原典となれば専門家は必須になりけるでしょ。条件の1つとして『管理人』を同伴させる事になっているけどね』

 

 

苦虫を噛み潰したような酸味がステイルの口の中に広がるが、ステイルはそれをなんとか無視して、『……管理人というのは、例の<幻想殺し>の事ですか』

 

 

『ええ。せいぜい有効に使うといいわ。あ、弑ては駄目よ。あっちは借り物なんだから』

 

 

『学園都市所属の人間を、魔術師同士の争いに巻き込んでしまっても大丈夫なのですか?』

 

 

『其の方は色々と小細工を為せば大丈夫よ。というより、先方の交換条件につき外せんわね。いちいち交渉を長引かせている時間はないのよ』

 

 

『そう、ですか』

 

 

『それに管理人の方は魔剣鍛治師との連絡を頻繁に取り合っているそうだから。一石二鳥ということでありけるのよ。魔剣鍛治師の性格的に、知り合いに何か事件が起きたら飛び込んでく系のものになりけるようだから、そこらへんは考えてやることなりよ』

 

 

『そこまで調査が進んでいるのですか』

 

 

 

学園都市のトップも、そして隣を歩くローラも、いまいち考えている事が分からない。

 

水面下のやりとりがあるであろうから、ステイルが口を出す問題ではないのかもしれない。

 

 

 

『それからステイル。これを持ちておいて』

 

 

ローラはその規則を無視した修道服の袖の中から小さな十字架の付いたネックレスを取り出すと、それを無造作にステイルへと放り投げた。

 

彼は信仰の象徴を片手で受け取りながら、

 

 

 

『霊装の一種ですか? 見た所、それらしき加工は見当たりませんが』

 

 

『件のオルソラ=アクィナスへのささやかなる贈り物という所かしら。その者に出会いし機会があらば適当に渡しといてね』

 

 

 

 そう言って、ローラは口を開くのを止めた。いわば黙っていうことを聞けということだろう。

 

ピタリ、と2人の足が止まる。

 

聖ジョージ大聖堂。

 

魔女狩りと宗教裁判の黒い歴史が凝縮された、かのジャンヌダルクが火刑になった暗黒の聖域。

 

そこで、ローラはドアノブに手をかけ、ガチャリ、という音とともに、そのドアを開けた。

 

「さて」

 

そこでくるりと反転した最大主教は神父を中へ向かい入れる。

 

 

 

 

「くわしき話は、中で掛け合いましょうか」

 

 

 

 




感想欄で、鯖シューの話が8割を占めているのだが……

なんか予想外の反響である鯖シュー。本編に出すべきなのだろうか。


あと、今作、ステイルさん多めに出ると思います。好きなキャラなので。
ボスラッシュにステイルさんを出してあげるのが、今の私の目標です。(新訳10巻とか遠すぎる)

ところで、エンデュミオン編やれよとともに言われたのですが、構想になかったものなので、入れるか迷い中。どう思います?

感想、高評価お願いします。

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