すぐに愛着が沸くアインズ様はちょろい。
投稿ミスはなかった、いいね?
○月△日
政務の空き時間を利用して、新たに生み出した口唇蟲――ヌルヌルくんの生態を纏めてみようかと思う。
まず見た目なんだが……うむ。なんというべきか、体表面のツヤツヤ感がアレだった。ぶっちゃけると内臓みたいだ。
ユグドラシルの時と比べて光沢に生々しさが表れている。
正直な所、触るのも憚られるんだが……こいつを付けないと色々と不味いのも事実。何時かは慣れる時が来るだろう。
手に持った感触はぶよぶよだった。
薄めの水風船を握っている感じだろうか?
……ぐちゃりとハジけない事を祈ろう。
○月□日
居住場所を変えた事によって、ヌルヌルくんも晴れて俺と一緒の屋敷に移される事となった。
毎朝内臓染みた姿を目に入れなければならないのは仕方がない。
アンデッドになったと言っても、こういった感性は以前と変わらない様だ。新たな発見を喜びつつも、やはり気持ちが悪いと思えてしまう。
あまり動きが無いところもマイナスポイントだ。打ち捨てられた臓物にしか見えない。
……逆に忙しなく動かれても困るな。ビジュアル的に。
○月×日
……今日は大変だった。
何時もの通りにケースを開け、ヌルヌルくんを観察しようとした所その異変に気付いた。なんと、ツヤツヤとした見た目がしわしわに干からびていたのである。
慌てて詳しい者――エントマに《
それならばケースに一緒に入れていた筈だったが……と答えた所どうやらそれがいけなかったらしく、加えて三日程餌を新しくせずに放置していたのがダメだったらしい。
一先ず新しい餌を与えた所、モソモソと元気に食べ始めたので一安心である。
そういえば、
これは一度エントマから教授すべきだろうな、と考えつつ色艶が戻ったヌルヌルくんをそっと撫でてやった。
やはり、この感触は慣れないものだな。
○月☆日
今日の俺は一味違うぞ、言うなれば口唇蟲マスターと言っても過言ではない筈だ。
飼育に関するいろはをエントマからしっかりと学び、ケースを意気揚々と開けた所で思い出す。
……確か一日一回の餌やり以外は、木陰で休ませるのが良いんだったな。
溢れでるやる気はやり場を失い徐々に萎んでいった。
モソモソと餌を貪るヌルヌルくんを忌々しげに突ついてやるのだった。
今だけは、何処と無く嫌な気分は抱かなかった。
○月○日
ヌルヌル君を連れて散歩、もとい外に出ることになった。
ほとんどやることも話すことも無いとは思うが念の為、というやつだろう。
初めて付けた時と比べると、違和感が減った様に感じられる。俺に馴染んできたという事なのだろうか?
よし! 今日は奮発して、果実類を餌として与えてみよう。
嬉しそうにモソモソ頬張る姿を幻視して、内心で表情が綻ぶのを感じた。
△月×日
うっかりしていた。
ヌルヌルくんを付ける事にも慣れてきた頃、外すのを忘れたまま浴場に入ってしまったのだ。
多少の水なら問題が無かった訳だが、俺の風呂とはスライム風呂――三吉君による全身もみ洗いである。
当然ながらレベル的にも相性的にも悪い。全身が飲み込まれた所で、キーキー鳴くヌルヌル君に気付けたのだ。
慌てて三吉くんを離れさせ、ヌルヌルくんに平謝りするのであった。
△月☆日
ヌルヌルくんがご機嫌ななめだ。
どうも昨日の件を根に持っているらしい。
手渡しで食べていた餌は奪い取る様に食べるし、撫でさせてくれもしない。
仕方がないので奥の手である林檎をちらつかせてやる。
ピクリと反応した様だが素知らぬフリを続けているらしい。
フフフ、こうなっては我慢比べだ。
どちらが先に値を上げるのか、勝負といこうじゃないか!
結局林檎は、体当たりしてきたヌルヌルくんに驚いて手放した隙に腹に収まった様だ。
流石は俺が飼っているだけあって賢いものだな。出し抜かれて悔しいなどと言うわけでは決してない。
△月○日
ヌルヌルくん観察日記を付け始めて一ヶ月が経とうとしていた。
見ることすら憚られる思いであった当初と比べれば、二人……いや一人と一匹の距離は縮まったのではないだろうか? あの不思議なぶよぶよとした感触も、今では中々気分が良いものと思えている。
しかし、やはりと謂うべきか。全く動かないな、こいつは。
餌を貰い、残りはひたすら快適な木陰で休む。誰しもが望んだNEET生活と言えなくもない。
いや、一応俺が外に出る際は働いているのか。
なんにせよ、ヌルヌルくんとの生活も始まったばかりだ。今は理解を深めるべく日記をしたためるとしよう。
◆◆◆
「今日も良い朝だな」
部屋での身支度をメイドに整えて貰い、執務室扱いの部屋で外の天気を確認する。それは、ここ数十年と続いた一種の日課であった。勿論、日課はそれだけではない。
「ほーら、ヌルヌルくん。餌の時間だぞー」
ガラスケースの蓋を取り去り用意させていたキャベツを手に取って、ケースへと差し出しながらお決まりの文句を発する。
これも長年続いてきた朝の出来事である。俺の外での声として、モモンの役割が消えた後でもヌルヌルくんを用いてきた。たかだか傭兵モンスターである。しかし、この過ごした年月はそれ以上の感情を思わすには十分すぎた。
「ん? なんだ、今日は反応が悪いな。何時もならば直ぐ様喰い付く程に意地汚い筈だが……」
ヌルヌルくんの寝床となっている場所、そこの葉っぱを一枚手に取って除いてみた。
そこには何時もの様にツヤツヤとした質感を思わせるヌルヌルくんが居た。
しかし、その体表の色は黒々とくすんで見えた
「ど、どうしたんだ!? 何時もの肌色が……一体。エ、エントマだ! エントマを呼べ!」
思わず声を荒げてしまったが今の俺はそれほど焦っていたのだろう。視線はガラスケースから離す事が出来なかった。
背後で慌しく動く一般メイドや僕を気配で感じつつも、手は自然とヌルヌルくんの表面にそっと触れていた。
何時もの弾力がある手触りがそこには無く、空気の抜けた風船の様な軽い感触があるのみであった。
エントマが到着したのはそれから数分した所だった。
机上に移したガラスケースを無言で押しやり、ヌルヌルくんの状態を確認して貰う。
きっと大丈夫だ。思えば今日は少し肌寒い、冬篭りの真似事でもしているに違いない。
何時もの様に、またのそのそと動いてくれる筈だ。ただでさえ動かないのだから、仮死状態になれるスキルでも習得したのかもしれない。
エントマが確認している間、心の内ではひたすらに無事を祈っていた。
大丈夫、大丈夫な筈だと。そうやって自然、励ましていた俺の耳に届けられた声は思いを裏切る形となった。
「……申し上げますアインズ様ぁ。ヌルヌルくんはぁ、もう死んでいるみたいですぅ」
ガンと頭を殴られた様な衝撃が走った。まさか、まさかと思いが募る。
昨日だって元気な姿を見せてくれたのだ。それがまさか、もう死んでいるだなどど思えるはずが無かった。
「エントマよ。それは真か?」
「はいぃ。恐らくは寿命かとぉ存じあげますぅ」
「寿命……そう、か」
寿命。
生物として多かれ少なかれ定められたものだ。自らがアンデッドである身であれば、いかんせん遠いものとして気にもしないでいた。
俺にとって近しい者が死ぬという体験は、この世界ではこれが初めてだ。
――まさか、ヌルヌルくんにこれ程入れ込んでいたとはな……あぁ、ペットが死ぬというのは存外辛いものだ。ハムスターを亡くしたあの人も、こんな気持ちを抱いていたのだろうか。
「ならば仕方がないな。しかし、私の声を勤めていたヌルヌルくんが居ないのは痛い。エントマよ、同じ声を出せる口唇蟲は居ないのだな?」
「えぇっとぉ……基本的に口唇蟲はぁ個体毎に出せる声が違うんですぅ。ですからぁ、アインズ様の御期待には添えないかとぉ」
分かってはいたが、やはり無理か。
この際だ。声に関しては放っておこう。どうせ年に数回話す機会があるかどうかなのだから。
それよりもだ。
しっかりと弔ってやらねばな……。
「なるほどな。この件に関しては一先ず置いておく。話は変わるが、ヌルヌルくんを弔ってやろうと思う。悪いが手を借りるぞ」
「畏まりましたぁ」
再度ガラスケースに腕を入れ、ヌルヌルくんの亡骸を持ち上げる。
――軽いな。
芯に来る重みは無くなり、只菅に軽く思える。
改めて死という現実を認識した所で、エントマ等を伴い庭先へと向かうのだった。
向かった先はこの庭に生えている一番大きな木の根元。生前を思い、木陰に埋葬しようと思ったからだ。
墓穴は自分自身の手で掘り起こした。
周りは当然止めたが、これが俺の最後の仕事だと思ったから無理を言って穴を掘った。
六十センチ程の深さに、ヌルヌルくんをそっと置いてやる。後は土を掛けてやればおしまいだ。
ゆっくりとだが丁寧に土を被せていく。
この時、思い起こされるのはヌルヌルくんと過ごした毎日だった。
四六時中顔を付き合わせていた訳ではない。ましてや、外での役割を考えれば年数の割りには触れ合った時間は少ないのだろう。
だが、このいい得も知れない感情はきっと大切に想ってきた事からだろう。
最初は嫌悪感からだった。次は死なせてしまうかという焦りだった。見掛けによらず食い意地が張ってもいたし、結構生意気な面も見られた。
――あぁ。だがもう、ヌルヌルくんとは会えない。
寿命での死は覆せない。これは実験結果からも既に把握していた事だ。
それにしても、それにしたって早い。ナザリックに属する者は不死か長命かのどちらかだ。たかだか数十年で、俺の庇護にある者が逝くとは考えもしなかった。
「少しばかり、考えてみようか」
思わず口から溢れた言葉は、今まで見ようともしなかったある種の一面なのだろう。例え俺自身がアンデッドになったとはいえ、元は寿命のある人間なのだから。無意識の内に、知らぬ振りをしていたのかもしれないな。
思いに耽っている内に、盛られた土は消えていた。
そして、ざっざと最後の土を掛け終わる。
その上に《
蟲一匹に大層な物だ、とは思うかもしれない。
だが、ヌルヌルくんは俺にとっては大切なペットであり、良き隣人であったのだ。
このぐらいの贔屓は多目にみて貰うとしよう。
「お前達、私の我儘に付き合って貰いすまなかったな。用は済んだ、部屋に戻るとしようか」
十秒程、そっと黙祷を捧げた後に周囲に広がる僕達に声を掛けた。
そうして出来立ての墓碑に背を向け、最後の別れを告げた。
『楽しかった。ありがとう』
風で揺れたのか、枝葉が揺れる音がこちらに応えてくれている様でフッと笑みを溢すのだった。
◆◆◆
あれから数日後、毎日の日課通りに天気を確認して席に着く。
窓の天板には、未だにガラスケースが置かれていた。
そんな状況に大概俺も未練がましいなぁと内心で苦笑していた所、異変は起こった。
突如、ガタガタと音を経ててガラスケースが揺れたのだ。
ギョッとしてそれを見ていれば、何やらケースの中に蠢く小さな影が複数――いや、かなり大量に見えた。
恐る恐る蓋を取り去り中を覗いて見た。
「のおぉわっ!?」
正直、覗いた事を後悔した。
そこに居たものは、口唇蟲の恐らく幼生なのだろう。だが数が異常だった。
百や二百ではきかない程度にケース内を所狭しと這いずり回っている。
いくらヌルヌルくんで外見に慣れたとはいっても、生理的嫌悪を催す蠢きとカサカサは無理だった。
結局、前回に引き続きエントマを呼んだ俺の判断は悪くない筈だ。
ガサゴソ音を立てるケースを尻目に、状況の分析を行う事にした。
まず、十中八九この幼生はヌルヌルくんの子供だという事。これはエントマが説明してくれた事だ。
何時の間にと言うべきか、ヌルヌルくんはエントマの口唇蟲と番いになっていたらしい。
これを聞いた際は軽いショックを受けた。
ヌルヌルくんではなく、『ちゃん』だったのかという事。それに加えて、口唇蟲でさえ相手を見付けているのに俺ときたら……という自己嫌悪。
なんだろうか。果てしなく負けた気分になってきた。
まぁ、ともかくとして。今の現状は、ヌルヌルくんが産み付けた卵が孵ったという事なのだろう。
全く、俺に内緒でそんなことをしているとは……しかし、これ全部を育てるのは骨だな。などと考えていた俺は甘かったらしい。
エントマ曰く、『その内ぃ共食いし始めるかとぉ』との事らしい。最終的に最も強い一個体が残り、生き延びて行くそうだ。
なにそれ怖い。
思った以上に弱肉強食としているものだ。一時期は口唇蟲マスターを名乗った俺だったが、根本的にまだまだらしかった。
ともあれ、奴が残した置き土産だ。ヌルヌルくん二世となる者が残るまで、今しばらく待つとするか。
またあの穏やかな日々が来ると思うと、微かに表情を綻ばせて期待せざるを得ないアインズなのであった。
【おまけ 統括様のちょっとした後日談】
「アアア、アインズ様ぁ!? エントマとの間に子をもうけたとは如何な事でしょうか!?」
鼻息も荒く、怒れる猛牛の如き速さで扉を開いてやってきたアルベドは、アインズに何事かと勢い良く捲し立てた。
一方天井では、
「……アルベドよ。一体なんの話をしているのだ」
「いいえ、アインズ様! 御隠しになられずとも良いのです。私は全て聞き及んでおります。それこそ、毎日のアインズ様の日課、執務、他愛ない世間話でさえも耳に入れる様心掛けております!!」
あまりの勢いにアインズは若干引いていた為、肝心の内容は全て聞こえてはいなかった様だ。
聞こえていれば、それはそれで更に引かれる要因が増えるだけなのだが。
「いや……アルベドよ、子供というのはだな――」
「あぁ、アインズ様ぁ! どうか私にもお情けをくださいませ! くふぅーアインズ様ぁ――――」
アインズに今まさに飛びかからんとしたアルベドであったが、厳戒体制であった八肢刀の暗殺蟲が巻いた糸に阻まれ、十体程に押さえ込まれては悔しげに呻くしかなかった。
驚く程の手際の良さであるが、悲しいかなそれほどこの事態はよく起こる事柄であるのだった。
「アルベド、謹慎一週間」
そしてまた、これもここ数十年で培われたお家芸なのであった。
アインズの背後にあるガラスケースからは、まるで呆れた様にカサリと音が立てられていた。
安定のオチ担当。
アインズ様ってペットとか飼い出したら入れ込み具合が半端なさそうなんですよね。愛が重い御方は流石に御座います。
ヌルヌルくん二世はヌメヌメくんとかになりそう(適当)