Fate/SAKURA   作:アマデス

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新年初投稿(遅すぎ)


今回は桜ちゃんと士郎君達がアチャクレスとやり合ってる時の凛ちゃん視点。

なんて真っ当な聖杯戦争なんだ…!


幕間 その頃のお姉ちゃん・リターンズ

「この大判焼きというのは中々に美味ですね」

「…うん、まぁそれには同意するけど」

 

 午後8時頃、辺りもすっかり暗くなった時間帯。

 私とセイバーは未だ人通りの多い商店街から抜け出し、江戸前屋で購入した大判焼きをパクつきながら路地を歩いていた。

 

「にしても彼の名にし負う騎士王様がこんな健啖家だったなんてね」

「『食』とは(すなわ)ち『体』です。強靭な肉体を維持し続けるのは国を守る騎士の義務です」

 

 いや、絶対にそれだけじゃないでしょ。

 そう思うも口には出さないでおく。

 知り合ってまだ一日あまりのパートナーとの仲を険悪にしたくはない。

 

 今朝、学校に行こうとしたところをセイバーに咎められ、ならば霊体化して付いてきて貰おうと思ったらまさかの霊体化出来ません宣言。

 流石に真っ昼間から人口密集地の学校で仕掛けてくる様な馬鹿は居ないと思う…というかそれ以前に学校内に居る魔術師は私と()の二人だけだ、そこまで警戒する必要は無いだろう。

 それでも何が起こるのか分からないのが戦争というものだ、護衛を付けずに単独行動するというのもそれはそれで不味いだろう。

 という事で本日は自主休学、ついでとばかりにセイバーに冬木市の土地勘を掴んで貰う為のデートを敢行。

 (いず)れやらねばならない作業なんだし、今後の隠密行動については追々考えるという事にして、今日一日はのんびり過ごさせて貰った。

 どうせ戦争が本格的に始まったらこんな風にリラックス出来る機会も早々無いんだし、これは戦争中100%のパフォーマンスを行う為の慰安なのだ。

 

 怠惰?慢心?うっかり?

 違うわ、これは優雅さから来る余裕というやつよ。

 

 そんなこんなで冬木市中を周っていたのだが、

 

 

『凛、何やら香ばしい臭いがしますが…』

『え?ああ、あれはお好み焼きって言って…ってちょっと!セイバー待って待って!』

 

『そろそろお昼ね。セイバー、昼食はハンバーガーショップとかで良い?』

『雑な料理は好みではありません』

『……まぁ別にいいけど』

 

『凛、次はあのボリュームたっぷりな…』

『ウン、ウン…何でもいいわ。お好きにドウゾ』

 

 

 これである。

 デートと云うより殆ど食べ歩きみたいになってしまっていた、食べてたのはセイバーばっかりだったけど。

 一体この小さな体躯の何処にそんな収納スペースがあるんだか。

 

 とは云え私はセイバーに節制させる気は今のところ無い。

 ブリテンもといイギリスは世界一飯マズの国として有名だが、セイバーのこの食に対する拘りもとい執念から察するに、当時の食事事情は相当にアレだった様だ。

 だったらせめてこうして現世に居られる僅かな期間だけでも思う存分美食を楽しんで欲しい。

 幸い我が家の蓄えはこの程度の贅沢で底を尽く程しょっぱいものではない。

 サーヴァント、使い魔という括りに入る存在とは云え、セイバーは自身の意志を持った大事なパートナーなのだ。

 心ゆくまで今を満喫して欲しい。

 

 

「にしても、今日一日こうして街中ブラついてたっていうのに、誰も仕掛けて来なかったわね」

「やはり昼間の内は各々自重しているという事でしょうか」

「或いはセイバー、貴女の事が恐くて仕掛けようにも仕掛けられないのかもね」

 

 ちょっと茶化した感じでそう話し掛けてみる。

 実際セイバーは最優の名に恥じない圧倒的なスペックを誇っている。

 それを肌で感じた敵がすごすご退散していった、というのは割りと有り得そうなシチュエーションだ。

 しかし私の言葉を聞いたセイバーは仏頂面になってこっちに視線を投げてきた。

 

「凛、確かに私は…数多の命を斬り捨ててきた人殺しです。国を護る騎士とは言ってもそこは変わらない。ですがその様な言い方は…少々傷付きます」

「へ?いやそういう意味じゃなくて…」

「そもそもこの聖杯戦争の相手は皆かつて戦場を駆け回った一騎当千の英雄達です。その様な者達が臆病風に吹かれるなど…」

「だぁぁーーーもうっ!!だからそういうんじゃないってば!」

 

 このままセイバーに喋らせ続けるとドツボに嵌まる、そう察した私は大声で強制的にセイバーの話を遮った。

 セイバーは目を白黒させて驚いているが取り敢えず今は言いたい事を言わせて貰う。

 

「別に貴女の事を貶してるんじゃなくて…単純に、貴女が頼もしいって言ってるのよ。貴女が一緒に居てくれれば何も恐くないわよ私」

 

 そう言って隣を歩く小さな王様に笑いかけてやった。

 何となくだが、セイバーは自責の念が強いというか、周囲の悪事が自分に原因があると思い込む傾向にあるように感じる。

 栄光と滅び、あのアーサー王の逸話から考えるにそういう性格になっても仕方無い気はするけれど。

 そんな自分を責める姿勢が、妹と重なって放っておけないんだ。

 

「…ありがとうございます、凛」

 

 きょとんとした顔から一転、セイバーは柔らかな微笑みを(たずさ)えてくれた。

 

「不思議です。私も、貴女と共に居るだけで何も恐れる必要がなくなる…そう思えてしまいます」

「な、ちょっ、そ、そういう歯の浮くような台詞、あんまり正面切って言わないで欲しいんだけど」

「先に言ったのは凛ではありませんか」

 

 そうだけど。

 それでもセイバーみたいな綺麗な女の子に至近距離で微笑まれながらそんな事を囁かれたら…色々と強烈過ぎるじゃない。

 うわ、もう、何なのかしらこれ、私は男子中学生かっつーの。

 一応()()()の気は自分には無い筈なのだけれど。

 

「と、兎に角、今回の聖杯戦争に参加してる連中は、慎重な奴か、臆病な奴か、それとも真っ当な魔術師か、このどれかって事ね。相手方の気質が分かっただけ、今日のデートも無駄じゃなかったって…」

「凛」

 

 不意に、セイバーの力強い声で体が硬直した。

 私を庇う様に前に立ち、伸ばした腕で私の進行方向を塞ぐ。

 その単純な動作だけで、目の前に分厚い壁が立ち塞がった様な、そんな圧力(プレッシャー)を錯覚する。

 

「…来たの?」

「ええ。まだ目視出来る距離には居ませんが…この気配は、明らかに誘っています」

「へぇ、そう…意外と度胸のある奴も居るじゃない」

 

 自然と口角が吊り上がっていた。

 どうやら敵サーヴァントの気配を察知したらしい。

 それも奇襲、強襲、騙し討ちの類いではなく、堂々と『自分は此処に居るぞ』と喧伝しているときた。

 幸先が良いとはこの事ね。

 負けるかもなんて事は欠片も考えない。

 私のセイバーが負けるもんか。

 

「いいわ、乗ってやりましょうセイバー。正々堂々挑んでくるんだもの、こっちもそれ相応の態度を示してやりましょう」

「ええ。元より騎士が挑まれて背を向ける等有り得ない。行きましょう凛」

 

 既に魔力で鎧とバトルドレスを編み、戦闘態勢を完了しているセイバー。

 全く以て頼もしい限りだ。

 私も気合いを入れ直すと少し早足でセイバーの隣に並び立った。

 

 

 

 

          ∵∵∵

 

 

 

 

 セイバーに誘導されるまま歩く事10分程、辿り着いたのはなんと、本日自主休学もといサボタージュを行った我が母校、穂群原学園。

 

「うわぁ、よりにもよって此処か~」

 

 確かに広大な面積を有し、目立った遮蔽物、障害物が無い学校の校庭なら超人達の闘争に持って来いの場所だが…慣れ親しんだ学舎でこれからドンパチを行うという事にちょっぴり、ほんのちょっぴりだが気後れする。

 出来れば校舎の方に被害が及ばない様に気を付けよう。

 まぁ被害が出たところで対処するのはあのクソ神父なんだけれど。

 

 

「────よぉ」

 

 

 ヒュンヒュンと。

 軽い気色の呼び掛けと、これまた軽い風切り音が校庭の中央付近から聞こえてくる。

 目を凝らすまでもない、無視しようにも出来ない圧倒的な覇の存在感を撒き散らす男がそこには居た。

 

 挨拶代わりのジェスチャーと云わんばかりに片腕で深紅の槍を弄ぶ、蒼い男。

 その隣には、男とは真逆の紅い短髪を持つスーツ姿の…女性だ。

 一瞬判断に迷ったが顔立ちは紛れもなく麗人のそれである。

 

「物は試しと誘ってみたが、まさか初っ端から大当たりを引けるとはな。清廉さの中で霞むこと無く滾る豪気…セイバーか」

「そういう貴殿も判りやすいな。隠す気も無いその獣性と魔槍…ランサー(最速のサーヴァント)と見受ける」

 

 自然体な会話。

 セイバーは真剣な顔付きで。

 男、ランサーはへらへらと心底愉快だとでも云いたげな顔で。

 でも大気が孕むピリピリとした緊張感は微塵も緩まない。

 お互いに相手が一切の油断無く自分を見定めていると分かっているから。

 自然と此方の体も引き締まる、丁度良い具合の心地好い雰囲気だ。

 

「くくっ、いやぁついてるついてる、ついてるぜ。こんなにも早く『最優』と()れるってんだからよ。おまけにマスターとサーヴァント、揃って気の強そうな女ときた。こりゃ幸運Eも返上かね。まぁ俺の好みたぁちと遠いが、これは嫌でもスイッチが入るってもんさね」

 

 凶悪な形相の中に少々の好色さを含んだ笑み、如何にも英雄らしいといった感じだ。

 女としてはその物言いに若干ムカつくものがあるが、ここで相手のペースに乗せられてはいけない。

 戦いは既に始まっている、始まった以上は呼吸の一つとて戦いの内だ。

 無言で流すか、同じ様な軽口で此方のペースに誘ってやるか。

 一瞬の逡巡、だが口を開いたのは私ではなかった。

 

 

「ランサー、真面目にしなさい。私語が過ぎますよ」

 

 ランサーのマスターだろう女性だ。

 眉を顰めながら自身の使い魔に忠言を飛ばすその表情は───嫉妬?だろうか?───些か不機嫌なものだった。

 心なしかポキポキと骨の鳴る音が聞こえてくる。

 

「へいへい、ったく四六時中おかてぇこって」

「戦闘中です。真剣に臨むのは当然の事でしょう」

「なら問題ねぇな。事(いくさ)に関しちゃ手は抜かねぇよ俺は」

「その様な巫山戯た態度でどの口が言うのです」

「巫山戯てるから手を抜いてる、緩んでるから真面目じゃない…ってのはイコールにならねぇよ。戦士ってのは常在戦場だ。何時だって最大限の手前(テメー)を発揮出来る様に構えてるもんさ」

「っ……またそんな屁理屈を…それで敗れた時の弁明はどうするつもりですか」

「んなもんねぇよ。強けりゃ殺す(勝つ)、弱けりゃ死ぬ(負ける)、そんだけだ。後の事なんざ考えるのも面倒くせぇ」

「本当に…ああ言えばこう言う…」

「バゼット、そう堅くならずによ、気を抜ける時は抜いとくもんだぜ。戦に限らず余裕(余力)ってのは持てるだけ持っといた方がいいもんだ」

「…余計なお世話です。自己の配分は常に心掛けていますので」

「それにそんな顰めっ面じゃ良い男も捕まえらんねぇぞ」

「それは本当に余計なお世話ですっ!!!!」

「はは、そうだな。オメーの場合はその腕力で無理矢理捕まえちまえばいい話…」

 

 ドゴンッ。

 殴った。

 マスターの方がサーヴァントを殴った。

 凄まじく速い突きだったわね、辛うじて見えたけど。

 あの女の人、相当な手練れだわ。

 真っ正面から殴り合うのはヤバイかもしれない。

 だってドゴンッよ、ドゴンッ。

 ボコッとか、ガスッじゃなくて、ドゴンッ。

 めっちゃ恐い、まともに喰らったら肉が潰れるどころか貫通するんじゃないかしら。

 

「気合いは入りましたか?」

「お、おう…バッチリだぜ」

「全く、戦闘前に余計な労力を強いないでください」

「へっ、少しは肩の力が抜けたみてーだな。後はもーちょい柔らかく笑えれば文句無しなんだが」

「…何を言ってるんですか全く」

 

 全く全くと、顔を紅くしながらぶつくさ言ってる女性とそれを見ながら快活に笑う近所の(あん)ちゃんみたいなサーヴァント。

 

 …随分と距離感が近いと云うか、仲睦まじい様子だ。

 兄妹、幼馴染み、父娘(おやこ)…そんな家族の様な関係にも見えるし、どこか恋人同士の様な浮いた酩酊(めいてい)の雰囲気も漂っている風にも見える。

 どちらにしろ見ていて気持ちのいいコンビだ。

 セイバーも僅かに口元が緩んでいる様に見える。

 

 でもこのままだとなぁなぁでお開きになっちゃいそうね、仕方が無いのでこっちから火蓋を切って落とす。

 

「ねぇ、そろそろ始めちゃってもいいのかしら」

「おう、待たせちまったみたいでワリぃな嬢ちゃん。だが別にこっちとしちゃあ何時でも仕掛けてくれて良かったんだぜ」

「ふーん?常在戦場とはよく言ったものね。でもあれだけ堂々としたお誘いを受けたんだもの、開始の合図が不意討ちじゃ格好つかないと思わない?」

「はっ、抜かしやがる。増々気に入ったぜ嬢ちゃん。オメーも中々にツキが回ってる様だなセイバー。良い主じゃねぇか」

「無論だ。心身共に、我がマスターを上回る傑物等そうは居まい。()()()を預け、また預けられた以上、勝利するのは我等だ」

「よく言った────ならば、示してみせろ」

 

 

 

 ギシリと。

 空気が変わる。

 

 いよいよ始まるんだ、私達の聖杯戦争が。

 

 

 

 

 

「─────っ!」

 

 激しい金属音。

 一瞬で数度瞬いた火花。

 

 視認なんて、出来る筈もなかった。

 

 刹那の内にセイバーを間合いに捉えたランサーが繰り出す神速の突き。

 頭、喉、心臓、肺、水月…その全てが急所を狙った必殺。

 先程の気安さは何処へ行ったのか、遊びなんて皆無の兇撃だ。

 セイバーは涼しい顔でその全てに対処してみせる。

 剣で打ち、払い、体を捻り、反らす。

 焦りは無く、早過ぎず遅過ぎず、最適なタイミングで確実に死を遠ざけ、生を手繰り寄せていた。

 

 辛うじて見えた槍の軌跡と、()()()()()を操るセイバーの腕の動きの残滓で、開幕の打ち合いが須臾(しゅゆ)と幕引かれた事を把握した。

 そして漸くそれだけ把握した間に、目の前で繰り広げられる戦闘は人智の及ばぬ領域へと遠ざかっていってしまった。

 最早どちらがどれだけの手を繰り出したのか、攻撃しているのか防御しているのか、攻めと受けの形勢すらも理解出来ない。

 文字通り()を越えてしまっている。

 

「これ、が…」

 

 サーヴァントの、戦い。

 驚嘆の念は言の葉になって知らず知らずの内に口から溢れ落ちてしまっていた。

 速過ぎる、激し過ぎる、凄過ぎる、そんな陳腐な感想しか思い浮かべられない自分が、酷くちっぽけな存在に思えて──。

 

「そうじゃないでしょ、ったく!」

 

 呑まれかけていた自分自身を、頬を叩く事で奮い立たせる。

 自惚れるな、サーヴァントという人外同士の戦いにおいて、自分が役立たずだなんて事はとっくに分かっていたんだ。

 役立たずなら役立たずなりに、戦況を確りと見据え、自分にも出来る事を探し、然るべき補助を行う。

 案山子(かかし)になっている暇は無い。

 自分はセイバーと共に戦っているんだから。

 

 

「────っ!……ぅぅるおぉあああっ!!!」

「───」

 

 展開が僅かに、だが確実に動く。

 唸る様に喉を鳴らし、烈火の気迫と共にランサーが得物の槍を縦一閃に振るう。

 これまで突きしか繰り出さなかったランサーの、半ばフェイント染みた斬撃。

 神速が基準の攻防、その刹那の隙に潜められた駆け引き、常人ではフェイントをかけられたという事にすら気付けない…いや、喩え達人であったとしても脳が辛うじて反応している間に猶予を使い果たし、命をかっ浚われるだろう。

 

 言うまでもなくセイバーはそれに対処してみせる。

 Aランクの直感スキルの恩恵か、はたまた生前培った戦闘経験のお陰か、初めからそこに槍の穂先が来る事が判っていたかの様に。

 水平に構えた剣で槍の一撃を受けると、(わざ)とそのまま()されて上半身を退()く様に捻り、だが両脚は一歩も譲らず前へと踏み込む。

 そうして相手の勢いを利用して独楽(こま)の如く回転した彼女はそのままの勢いで激烈の一刀をランサーに叩き込んだ。

 

「おうっ!?」

「つあっ!!」

 

 ギリギリのタイミングで胸と剣の間に自身の得物()を滑り込ませたランサーだが、斬撃の威力は半分も殺せなかったらしい、地面に足を着けたまま7~8メートル程の後退を余儀無くされた。

 

 訪れる静寂。

 最初の攻防は終わりを告げた様だ。

 お互いに武器を構えたまま距離を取って睨み合う。

 これで終わる筈がない。

 ハーフタイムだ、クールダウンではない、次こそはという必殺の意気を己の()で熟成させる為の僅かな一時。

 

「ちっ、ったくやりづれぇな。まさか見えない剣とはよ。(おの)が誇りを直隠(ひたかく)すなんざ騎士の風上にも置けねぇんじゃねえのか?あ?」

 

 気の弱い者ならその視線だけで殺せそうな程の鋭利さでランサーがセイバーを(なじ)る。

 勿論これくらいで怯む様な私のセイバーじゃない。

 

「戯れ言を。勝利の為に手を尽くす事を卑怯と申すかランサー。貴方程の戦士がこの程度の事も分からぬ筈があるまい」

「は、そうマジになるなよ、言ってみただけだ。しかしその口ぶりだと只単純に間合いの操作の為って訳じゃなさそうだな。()()()()()()()()()()()()()()()()ってとこか?」

 

 

 ランサーの指摘にセイバー()表情を変えなかった…が、やってしまった。

 図星を突かれた事で思わず眉根を寄せてしまった、そんな私の表情を見たランサーはしてやったりと口元を歪める。

 不覚だ、ほんとマジでこのうっかり癖は戦争中命取りになるわね、反省反省。

 

「正直な奴は好きだぜ。常に隠さなきゃならねえ程の宝剣に文句無しの実力…さぞ名のある剣士なんだろうな?何と無く目星は付くが……まぁ、今は意味の無い問答か」

「その通りだランサー。先程貴殿が言っていただろう。強ければ勝ち、弱ければ負ける。相手の正体を看破したところでこの道理は覆らない」

(ちげ)ぇねぇ。どっちにしろ此処で決着(ケリ)着けるんだ。名乗り合えない以上、心に留め置くものも一つのみってな」

「ああ、安心するがいい、名も知らぬ槍兵よ。貴殿の(わざ)、交わした武は我が心に留め置いておく」

「──ふっ、くくく、は、はははははははははははっ!!!いいねいいねぇ、上等だ!こんなにもスッキリした果たし合いは早々ねぇもんだ!」

 

 セイバーの切り返しがそんなに面白かったのか、完全に構えを解いて大笑するランサーに図らずも此方の気勢も削がれた。

 

 彼の槍に込められている殺意は本物だ。

 あの蒼い槍兵は本気で此方を殺そうとしている。

 だと云うのに、彼が向ける感情はこの上無く純粋な好意だった。

 お互いを証明し合う為の、認め合う為の闘争(交流)

 ()()()()の事の為に命のやり取りを用いるなんて、常人にとっては正気を疑う光景だろう。

 だが彼等は英雄だ。

 その生き様が確かな物質(宝具)として形になった、生涯己の誇りを貫き通した傑物。

 その全てを見せ合うには、生半可なやり取りでは到底足りない。

 要するに、この殺し合いは人類最高峰の自己紹介ってやつなんだ。

 

 ほんと、スケールがデカ過ぎてヤバイ。

 感心するばかりだ、その一挙手一投足に魅せられる。

 ランサーのマスターは自身のサーヴァントの呑気な有り様に顔を手で覆って項垂(うなだ)れているが。

 

「だが、世の中そう綺麗に物事を治められる程お行儀良く出来ちゃいねえもんだ。無粋な横入りが入る前に、チャッチャと後腐れ無くやろうや」

「つくづく同感だ。この心踊る一時、貴方との覇の競い合い、敬意すら払うべきと感じるそれを不意な邪魔立てで侮辱されては私は冷静で居られる自信がない」

「よせよ堅苦しい。そういうのは相棒で間に合ってるぜ。だが熱いのは嫌いじゃねぇ。男を酔わせるのは酒に女に喧嘩ってな、何時だって熱いそいつらが何よりの(いろど)りよ」

「いやどこの江戸っ子よ」

 

 思わず突っ込んでしまった。

 あのランサー、物言いも雰囲気も現代に馴染みすぎな感がある。

 

 私の突っ込みに、ランサーが僅かに頬を吊り上げた以外は誰も反応を示さず、やがてどちらからという事も無く二人のサーヴァントは再びぶつかり合った。

 

「ずあらあああっ!!」

「っ!ぅなあああっ!」

 

 二騎が吼え立て、世界が啼き喚く。

 先程よりも確実に一段階上の激しさでぶつかり合う二人、その怒涛の圧に、まるで時空(世界)そのものが二人から距離を取って逃げようとしているかの如く鳴動する。

 ランサーの突きをセイバーが払い、空気が荒れ狂う。

 セイバーの斬撃をランサーが受け止め、地面が陥没する。

 攻防の一つ一つが行われるごとに凄まじい質量の砂塵が巻き上げられるのだ、最早目に強化の魔術を施しても二人のやり取りを拝む事すら叶わない。

 

「わぷっ、二人共やり過ぎでしょ…」

 

 二人からかなり距離を離しているというのに、此方にまで僅かに砂塵が漂ってきている。

 煙たさを少しでも和らげたくて数歩後退った。

 

 ───その数歩の後退が、命の分かれ目だった。

 

 

 

「っ!」

 

 

 何かが砂塵を突き破って猛進してくる。

 いや、何かじゃない、強化を施した私の視力はハッキリとそれの正体を捉えていた。

 ランサーのマスターだ。

 さっきまで私と同じ様に自身の相棒の戦いを傍観していた筈なのに。

 砂塵で視界が絶たれ、主従が離れ離れになったのを好機と見たか。

 思考と平行して私は自身の魂に刻まれた神秘を起動する。

 

 

es ist Fließen , Mein Blut(流動せよ、我が血潮)!」

 

 

 遠坂の魔術特性は『転換』と『流動』、万物の変化を司るものだ。

 自身の肉体──筋肉、神経、血液等を流動させ風の如き速さで迫り来る拳を回避。

 

「ぐっ!」

「っ」

 

 ほんっとーにギリッギリの回避だった、この女一体どんな身体能力してんのよ!

 そう内心で悪態を吐くも相手は待ってくれない、僅かに驚いたのかほんの少し目を見開くが直ぐ様体を捻る様に逆の手で拳を繰り出してくる。

 やっぱり速い、が、速さだけなら今の私も似た様なものだ、軌道を見切って冷静に回避、カウンターのガンドをくれてやる。

 

 女は当たり前の様にその十数発の呪詛を両の拳で弾き落とした。

 魔術による身体強化も勿論あるだろうが…動きが完全に素人のそれではない。

 魔術師は『神秘を探求する学者』であって『戦闘者』ではない、だと云うのに確かな軸を持った体幹、それを保持して風の如く駆ける脚力、一撃で人を絶命させうる威力の正拳、それを迷い無く人に向ける殺しへの躊躇の無さ。

 この女、明らかに()()()が本分の魔術師だ。

 

 思わず生唾を飲み込んでしまう…が、ビビってる場合ではない。

 戦闘に特化したマスターとの一騎討ちなんて充分に想定の範囲内だ。

 セイバーに頼るまでもない、返り討ちにしてやる。

 

 

「少々驚きました。その年齢で、確りと不意の状況に対処出来るとは。いえ、寧ろ若いからこそ動けたのでしょうか」

「ふんっ、そういうあんたは随分と余裕の無い真似するじゃない。名乗りも挙げずに猪みたいに突っ込んで来るなんて」

「流儀に酔って成果を捨てる等というのは三流のする事です。()れると思った時には既に行動を終えていなければ」

 

 うん、やっぱりプロっぽいわこの人。

 言動に遊びが一切無い、今こうして対峙している最中も構えを崩す事はない。

 初っ端からこれか、ついてないと嘆けばいいのか、それとも序盤で貴重な経験を積める事に喜べばいいのか。

 まぁそれはそれとして。

 

「遠坂凛。遠坂家の当主を務めているわ。よろしく」

「……バゼット・フラガ・マクレミッツ。封印指定の執行者です」

「……………」

 

 

 喚き散らさなかった自分自身を褒めてあげたい気分だ。

 軽く探りを入れた自己紹介をしたらとんでもない情報がポロリと転がり出てきた。

 そりゃ強い筈だわ、奇跡の技術を秘めた封印指定の魔術師、そいつらを()()する役目を担った完全無欠の戦闘者、それが執行者だ。

 ほんとに、ほんっと~~~~にヤバイ相手を初っ端から引いてしまった。

 

 嗚呼、ごめんね桜、ひょっとしたら私死ぬかも。

 私的ベストシチュエーションは貴女の膝下で看取られながら逝く事だったのだけど。

 クソッ、こんなところで訳分かんないゴリラ女に殴り殺されて堪るもんですか、私はまだまだ妹を愛で足りないんだ。

 

 覚悟完了、コートのポケットから宝石を数個取り出して構える。

 見てなさいよ、遠坂を継ぐ者の底力、たっぷり教えてやるんだから。

 

 

 

          ∵∵∵

 

 

 

 ─────いける。

 ここまでこなしてきた攻防で私はそれを確信する。

 

「どうしたランサー!足が止まっているぞ!」

「チィッ!」

 

 全サーヴァント中、最速の機動力を有するランサーのクラス、その長所を潰す様に休む暇無く剣撃を打ち込む。

 ()()()ならまだしも今の私は膂力も瞬発力もこの男より上だ、暴力的な性能差に物を言わせ一気に押し込んで行動の起点を潰していく。

 

 この男はかなりの使い手だ。

 生前、私が率いた円卓の騎士達の中にもこれ程の槍の使い手が居たかどうか、という程の域、戦闘技術では私と拮抗しているだろう。

 だがスペック(出力)の差が目に見えて開いているのだ。

 これがマスターの差なのか、それとも英雄としての格の差なのかは分からない…いや、恐らくどちらでもないだろう。

 これまでの手応えからして、私とランサーのステータスに殆ど差は無いと見ている。

 そのほぼ同等のステータスを歴然とした格差のあるものにしている原因は、私の保有する魔力放出のスキルだ。

 自らの魔力をブースターとする事で攻撃、防御、機動の全ての出力を上昇させる事が出来る実用性、応用性共に高い便利な能力。

 所詮は女の身に過ぎない私の身体能力を爆発的に高めてくれる強大な魔力炉、竜の心臓。

 それに加えて更に出力を瞬間的に底上げ出来る魔力放出、この二つが私を常勝の騎士王足らしめている重要な要素の一つだ。

 

 技術(わざ)が互角でも性能(ちから)で優っていれば攻守が一方的になるのは自明の理である。

 その証拠にランサーは私の攻勢を凌ぐ為、ほぼ脚を止めて守勢に入らざるを得なくなっている。

 動きを止めた槍兵等、牙をもがれた獣に等しい。

 だが同時に追い詰められた獣程恐い相手も居ない、手痛い反撃を受ける前に仕留めに掛かる───!

 

 

「──いや、そりゃちょっと気が早いぜセイバー」

「っ!?」

 

 突如目の前で爆炎が吹き上がり、私は咄嗟に前進を止めた。

 何だ?何か魔術を仕込んだ様子はない、そもそも仕込む余裕等持たせなかった筈───

 

(待て、()()()()()()?)

 

 自身の直感に従って目の前の地面を注視する。

 そこには何らかの記号か文字か、淡く光る線が描かれ、そこから炎が立ち上がっていた。

 先程の攻防の最中、槍で地面をなぞって仕込んだという事か。

 己の不明に歯噛みする、何が互角だ、ランサーは私よりよっぽど芸達者ではないか。

 

「あーあ、本音を言うと真剣勝負の最中にこういう小細工は使いたくなかったんだが…主が健在だってのに従者が早々にくたばっちまう訳にはいかねえよな?」

 

 少々距離を離して炎の影からランサーがひょっこりと顔を出した。

 不意を突こうと思えば突けただろうに、遠方で魔術戦を繰り広げるマスター二人を一瞥しながら槍を肩に担ぐその姿勢に先程の様な鬼気は無い。

 

「…随分と萎えてしまっているな。小細工とやらを使わされたのが余程不服か?」

「ああ、ああ、ワリィな。お前さんのせいじゃねえよ。いや、寧ろ最高だぜお前、さっきも言ったがよ。そんなお前さんに付き合い切れない手前(テメー)の不甲斐なさが、どうしようもなくムカつくぜ」

 

 敵ではなく己に向けられた憤り。

 その自らを律する誇り高い在り方に何度目か分からない敬意を抱く。

 だが感心してばかりもいられない。

 これは聖杯を、祖国を救うという悲願を掴む為の聖戦なのだ。

 怒りで刃が鈍っている今こそ好機と見るべきだろう。

 彼の様な戦士に対して、明らかに誠実さを欠いた思考だが、敢えてその葛藤は無視する。

 

「己に向かうのも構わないが、ランサー、私がそれに付き合う道理は無いと承知の上だろうな」

「ハッ、態々念押ししてくれるたぁね、やっぱりお前さん相応に位高い騎士だな。心配しなくともさっきも言ったろ、戦士は常在戦場だってな。私情で機を見誤る様な不心得は為さん」

「そうか、ならば此方も後に引かれるものは無い。次こそはその首級を貰い受ける」

「───ク、言った筈だぜセイバー。機は見誤らんとな」

 

 

 

 紅い槍が、(くら)く輝いた。

 

 

「っ!?」

 

 

 

          ∵∵∵

 

 

 

 紅玉(ルビー)による焼却、青玉(サファイア)による冷却、柘榴石(ガーネット)による土砂、蛋白石(オパール)による旋風。

 この四元素からなる連鎖爆撃を当たり前の様に回避された瞬間、単純な火力制圧を諦めた。

 

 黒曜石(オブシディアン)による一定範囲の重力倍加で動きを封殺、黄玉(トパーズ)による光線(レーザー)で確実に急所を射抜こうとした…のだけれど、(やっこ)さんの魔術か何等かの加護か、一瞬で重力圧を無効化すると光線の軌道を見切って最低限の動きで回避、そのまま弾丸の如く突進してきた。

 

 文字通りの正面突破だというのに不意討ち染みたそれに思考が停止しかける。

 これで決まらない迄も多少のダメージは与えられる、そんなあまりにも甘い見通しのツケを早々に払わされる事となった。

 蛍石(フローライト)による閃光、煙水晶(スモーキークォーツ)による煙幕のどちらかで目眩ましを行おうかとも一瞬思ったが、既に宝石を取り出すだけの猶予も無い。

 再び流動魔術で肉体運動を加速、回避に専念する。

 

 そこからは一方的な展開だった。

 流石に封印指定執行者、此方の攻めをものともしない、というかそもそも攻める隙も与えずガンガンぶっ込んでくるバゼットという名のマスター。

 極度の疲労で震える脚、それでもなんとか膝を着かず、殆ど意地で立ちながら策を練っていた私の五体を、不意に凍てつかせる気配が現れた。

 

 

「なっ───」

「!ランサー…」

 

 

 いや、凍てついたのは私だけじゃない、事実周囲の温度が急激に低下したのだ。

 ランサー、あの男の持つ魔槍が、周囲一体の魔力(マナ)を根刮ぎ吸い取った。

 魔術で鍛造した魔道具や魔術礼装なんかとは比べ物にならない程の、圧倒的な威圧感を放つそれ。

 間違いなく宝具の真名解放を行おうとしている。

 

「セイバー…!」

 

 より焦燥が募る。

 戦闘中、横目でチラ見した時はセイバーが押している様に見えたが、英霊の必殺技たる宝具を使用されたらそんな一時的な優勢等有って無い様なものだ。

 

 ─────猛烈に嫌な予感がする。

 恐らくあの槍が放たれたらセイバーは死ぬ。

 理由は分からない、だが問答無用で殺される。

 あの男の槍が発する悪寒に()()()()()が故の悲観、被害妄想なんかじゃ断じてない、これは確信だ。

 

 どうする、此方も宝具を解放して先手必勝を狙うか?

 いや、でもセイバーのエクスカリバーは収束させた光を加速させて放つ、所謂ビーム兵器だ。

 あんな近距離で撃ってもその性質を十全に活かす事は出来ないし、こんな場所で聖剣をぶっ放せば学校の周囲の街にも被害が出る事請け合いだ。

 

 どうするどうすると頭をフルに回転させている内に、ランサーが槍を構えたまま体を屈めた。

 その姿勢が、今にも跳び上がらんと縮こまったバネの様に見えて──ってヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイ!!もう一秒後には撃たれてるわよあれ!

 

刺し穿つ(ゲイ)───」

 

 

 

 ─────必死に頭を働かせた甲斐が有ったのか、起死回生の一手を思い付いた。

 何も聖杯戦争の切り札はサーヴァントの宝具だけじゃない。

 

 殺られる前に殺ればいいのよ。

 

 

 

「令呪を以て命ずる!」

 

 私の声にセイバー達の方を見て立ち尽くしていたバゼットがハッと我に返る、が、もう遅い!

 マスターの令呪だって聖杯戦争における反則級の切り札よ!

 

「ランサーより速く動いて、セイバー!」

「「っ!」」

 

 私の声を聞き届けた二騎が、全く同時に、刹那の内に必殺の決意を固める。

 双極の(いかづち)が瞬いた。

 

 

「はあぁっ!」

死棘の槍(ボルク)ッ!!」

 

 

 

 

 斯くして必殺は成った。

 

 恐らくだが、セイバーの攻撃の方が先に相手に当たった様に見えた。

 魔力放出と令呪のブーストにより音を置き去りにして駆けたセイバーの一刀が、ランサーの肩口から胴体を斜めに深く斬り刻んでいた。

 己の全てを懸けた渾身の一発、それを確実に喰らわせたのだ。

 

 だが私は喜べない。

 

 ランサーの槍がセイバーの胸を貫いていたからだ。

 

 

「……ぁ…ぐ、うっ!?」

「──その心臓、確かに貰い受けたぜセイバー」

 

 

 全身の血の気が引く。

 先程の魔槍の威圧で冷えていた体が、今度は氷点下にまで下がった様な錯覚を覚え、一瞬の内にそれは灼熱の溶岩へと取って代わった。

 

「────セイバーァァアアアアッ!!!」

 

 何て事───そんな、嘘、いやよ、ねぇセイバー───落ち着け、即死した訳じゃない、まだ治療すれば───宝具で付けられた傷がそう簡単に───黙れ、余計な思考を挟むな───そもそも霊核である心臓を貫かれた時点でもう手遅れ───うるさい!治すったら治すのよ、こんな、まだ始まってもいない所でみすみすパートナーを死なせてたまるかってのよ!!

 

 心がぐちゃぐちゃになる、今にも五体が砂になって崩れ落ちてしまいそうだ。

 だけどそれがどうした、戦争においてそんな甘えた言動は許されない、常に動かなければ死あるのみだ。

 バゼットに背後から不意討ちを喰らうかもとか、そもそも迂闊に近付いたらランサーに問答無用で殺されるかもとか、そんなビクついた思考は置き去りにしてただ走る、セイバーに向かって。

 息が苦しい、頭が痛い、上手 く考えが纏ま ら  ない からだ もお もい うるさ い、あ    まえてる ばあいじゃ ないって

 

 

「リ゛ン゛ッ!!」

 

 ?セイバーが慌てた様子で走ってくる。

 吐血し、胸を抑え、それでも必死に。

 なにしてるのダメよセイバー そんなうごいちゃ血が

 

 

 金属音が四つ、肉が裂ける音が一つ。

 地面に転がされた私の直ぐ近く、セイバーからそんな音が響いた。

 

 ?………?…?………………っ!?

 

 私は泡を食って水晶(クリスタル)を二つ飲み込んだ。

 数秒程で目の霞みが消え、頭が冴えてきた、体の(だる)さも大分抜け落ちる。

 

Es ist Miasma , Verlorensero(瘴気よ、消え失せろ)!」

 

 私はコートの裾で口元を抑えながら悪性除去の呪文を唱え、傍らで両膝を着いているセイバーに話し掛けた。

 

「これって、毒?」

「え゛え゛…ぞの゛よ゛う゛……う゛っ、ふ!」

「っ!セイバー確り!今治すから!」

 

 口と穿たれた胸の両方を手で抑えながら死に体になっているセイバーに私は急いで治癒魔術を施す、無論宝石の出し惜しみもしない。

 毒を排し対象を清廉とする水晶(クリスタル)、多量の神秘を内包する血玉石(ブラッドストーン)、魔除けとなるトルコ石(ターコイズ)、生命力を与える赤鉄鉱(ヘマタイト)…フルコースでセイバーの治療に臨む。

 

「糞が…!!何処のどいつだっ!出てきやがれっ!!!」

 

 自分達から10メートル程離れた場所、ランサーが自身のマスター、バゼットを庇う様に立ちながら見えない敵に怒気を向けていた。

 その怒鳴り声が響いた瞬間、思わず肩が跳ねてしまう。

 彼もまた、セイバーの一刀で重傷を負ったというのにその覇気は微塵も弱まっていない。

 寧ろ、不粋なちょっかいをかけてきた不届き者を必ずやひっ捕まえて八つ裂きにしてやる、と云わんばかりに目を爛々と燃やしている。

 

 

 

 ───この辺り一帯の大気は毒に侵されていた。

 

 それも少しずつ、少しずつ、意識しなければ気付けない程ゆっくりと浸透させ、その毒の大気を吸い込んだ私とおそらくバゼットの思考力を徐々に鈍らせていった。

 そして完全に鈍り切ったところで短剣、おそらくこれも毒を塗装した物を投擲し、マスター二人の暗殺を狙った。

 それに気付いたセイバーとランサーが瞬時にマスターの下へ戻って短剣を打ち落とした。

 ランサーは全て防げた様だが、セイバーは残念ながら一発喰らってしまった。

 

 ───あらましはこんなところかしら?

 しかし、戦闘中だったとは云えセイバーとランサーの二騎に気取られる事無く接近し、且つ広範囲に毒を散布する徹底された隠密の手腕。

 間違いない、アサシンだ。

 

 

「───そこかっ!」

 

 ギロリと校舎の塀を越えた、そのまた向こう側の虚空を全力で睨み付けるランサー。

 次の瞬間にはジェット噴射装置でも背中に付いているのかと云わんばかりのロケットスタートであっという間に校庭から姿を消してしまった。

 

「…私達はアサシンを追います。貴女は教会に駆け込むなり何なり好きにしてください。脱落した以上、貴女はもうマスターではない」

 

 淡々とそれだけ言い残すとバゼットも常人を凌駕した走力でランサーの後を追っていった。

 その短い言葉の中に、『大人しく身を引くなら見逃す』『まだ向かってくるなら今度こそ殺す』という、甘さと厳しさの両方が含まれている様に私は感じた。

 

 その物言いに、どうしようもなく腹が立つ。

 脱落した以上、ですって?

 巫山戯るな、セイバーは、セイバーはまだ消えてなんかいない。

 宝具を喰らわせたからって、勝ち誇るのはまだ早いってのよ。

 

 そう、あの男、ランサーは宝具を使ったのだ。

 私達はその真名を聞き逃しはしなかった。

 

 ゲイ・ボルク。

 魔獣、波濤の獣(クリード)の骨より造り出された因果逆転の呪いの魔槍。

 その魔槍を影の国の女王スカサハから譲り受けた人物と云えば───

 

 

「クー・フーリンね…!」

 

 アルスターの光の御子、クー・フーリン。

 ケルト神話版ヘラクレスなんて一部の界隈じゃ言われている程の大英雄だ。 

 その生涯最期の戦いでは、瀕死の状態にあるにも拘わらず柱に己の体を縛り付けて戦闘続行、敵軍に大打撃を与えたと伝承には残っている。

 あの深手で尚体幹を微塵もぶらさず走っていった姿から、その凄まじい生命力の一端が垣間見えた。

 

 強敵だ。

 でも決して勝てない相手じゃない。

 おそらく知名度補正の影響だろうが、ステータスはそこまで圧倒的なものではなく、寧ろセイバーのそれを若干抑え気味にした感じだった。

 事実真っ正面からの打ち合いではセイバーが圧倒していたんだ、やり方次第で幾らでも勝機を生み出せる。

 

「あ゛っ…ぐ、ぁぁ…」

 

 ───ここでセイバーを死なせてしまっては、それも意味の無い思考になってしまうのだけれど。

 

「っ…!駄目だわ、癒えない…!」

 

 アサシンにやられた毒の方は粗方取り除けた様だが、ランサーに穿たれた心臓は一向に再生しない。

 これはおそらく魔槍(ゲイ・ボルク)の効果、不治の呪いだろう。

 必中の呪いだけでも厄介だというのに治癒の阻害までしてくるなんて、どんなチートよ!インチキだわインチキ!

 そう心の中で罵詈雑言を吐いても目の前の現実は何も変化してくれなくて。

 さっきから耳障りな雑音がすると思ったら、それは自分自身の呼吸音で。

 焦りはそのまま臓腑に伝わり、無駄な過活動を促す。

 心臓は早鐘、呼吸の荒さは最早泣きべそをかく子供のそれだ。

 くそっ、泣くな、泣いてる場合じゃないんだってば。

 泣くな。

 泣くな泣くな泣くな泣くな泣くな泣くな泣くな泣くな泣くな泣くな泣くな泣くな泣くな泣くな泣くな泣くな泣くな泣くな泣くな泣くな泣くな泣くな泣くな泣くな泣くな泣くな泣くな泣くな泣くなっ!!!

 

 

「り゛…ん」

「っ!」

 

 セイバーが(おもむろ)に手を上げて私の顔を撫でた。

 震える手で、不器用ながらも私の目に溜まった雫を拭ってくれた。

 死人の様に顔を青白くさせながらも力を振り絞って笑みを作る。

 私を、安心させる為に。

 

 

 ス     ッ パアン!!!

 

 自身の頬を両手で思いっきり引っ(ぱた)く。

 …ちょっと力強過ぎた、先程までとは別種の涙がじんわりと滲んでくる。

 兎にも角にも、これで切り替えは完了…とはいかないけど、幾らか気は紛れた。

 今にも消え失せてしまいそうな程の、瀕死の重症だというのに、その精神(誇り)を毛程も折らないどころか私を支えようと強さを示してくれたセイバー。

 

 私は、そんなセイバーのマスターなんだから。

 この程度の不足の事態で何を潰れかけていたのか。

 全く、こんな様じゃ()に嗤われるってのよ。

 

「…まだ、手はある」

 

 首に掛けていた宝石のペンダントを外し、孔が空いたセイバーの胸に宛がう。

 本当なら、もっと戦争後半の、それこそ最終決戦での切り札とかそういう使い方をしたかったけれど…まさかこんな序盤で使っちゃう羽目になるとは。

 

 でも後悔は微塵も無い。

 代々受け継いできたこの遠坂家秘蔵の宝石を高々一使い魔に与えてしまうなんてと、お父様やご先祖様はお怒りになるだろうか───うん、きっとなるだろう。

 

 こちとら知ったこっちゃないけどね。

 セイバーは只の使い魔なんかじゃない、強くて凛々しくて優しくて、ふと見せる笑顔が柔らかくて可愛くて、ちょっと食い意地が張ってるけどそんなお茶目なところも可愛くて。

 何より私を認めて共に歩むと誓ってくれた、大好きで大好きな私の()だ。

 支えられるだけじゃいけない、私も(この娘)を支える()になるんだ。

 その為なら、財産(預金残高)の一つや二つ大盤振る舞いしてやるってのよ。

 

 

「キツいかもしれないけど、頑張ってセイバー…!」

 

 覚悟を新たに、私は神秘を発動させる。

 

 

 

 

          ∵∵∵

 

 

 

 

「くそったれ…!」

 

 何処ぞの高層ビルの屋上から眼下の夜景を見下ろしながら、俺は槍を握る手に力を込めて悪態を吐くしかなかった。

 

 逃した、見失った。

 手負いとは云え、相手がこそこそ隠れる潜む事を生業とするアサシンとは云え、逃した。

 この俺が、よりにもよって真剣勝負に水を差しやがった糞野郎を。

 

 お互いに必殺の一撃を放った終焉の駆け引き、ギリギリでそれに競り勝ったのは自分だ。

 故に既に決着は着いており、真剣勝負に水を差されたというのは正確ではないかもしれない。

 

 だがそんな事は関係無い、関係無いのだ。

 己の全てを賭けて行った正真正銘の、正道を往くそれ。

 殺し合いに浄、不浄等と云った拘りは無いがそれでも心地の好い一時の清廉な世界だった。

 それを最後の最後で唾棄すべき汚濁(横槍)によって汚されて冷静で居られる程大人しい人間では無いのだ、自分は。

 

 だからこそ、必ずや見付け出し、殺す。

 そう意志を滾らせて駆けたというのに、追い付けなかった。

 セイバーの一刀による深手で若干だが体の挙動が鈍っていた。

 この程度の傷等一切合切を無視して動けなくて何が英雄かと思っているが、現実というものは時に精神論で覆せない程に残酷であり、純然たる事実として肉体は損傷の影響を受けていた。

 そしておそらくだが敵の、アサシンの敏捷が己と同等かそれ以上。

 単純に速さで敵わないのだから追い付けないのは自明の理というものだ。

 

「それで引き下がれる訳ねぇだろ…!」

 

 そんなただただ、淡々とした事実がどうしようもなく自分を(いき)り立たせる。

 要は暗殺者を逃してしまったのは単純に己の力量不足。

 先程の決闘でもセイバーに抑え込まれていたのだ、悉く後れを取る自身の不甲斐なさがより一層心を燻らせる。

 

『ランサー』

『…バゼットか』

『襲撃者は、アサシンはどうしましたか?』

『すまねぇ、逃しちまったよ』

『そうですか、では合流しましょう。今宵はここまでです』

『おう』

 

 マスターからの念話に、淡々と応える。

 ちょっとしたジョーク等も全く交えない、本当に淡々とした事実確認だけの会話、そんな素っ気なさが今は何故か逆に心地好かった。

 

(まさかあいつの鋼っぷりに救われるとはね)

 

 あまりにも無様な手前(てめー)の心身の有り様とそれに何等皮肉を寄越す事もない女マスター、悉く締まらない結果に苦笑を溢して踵を返す。

 とっととビルから飛び降りようと足に力を込め───徐に振り返って再度眼下を睨み付けた。

 

 

「匂いは覚えたぜ。心しろ、戦士の矜持に真っ向から泥を引っ掻けた報いは必ず払わせる」

 

 

 

 

          ∵∵∵

 

 

 

 

 女は人混みの中を歩いていた。

 永い一日を終え、フラフラと忘我の内に、無気力に帰路に着く数多の人の波に混ざりながら、決して人と──物理的に──接触しないよう気を払い歩いていく。

 

 市中を偵察中発見したセイバーのサーヴァントとそのマスター。

 暫く監視しているとランサー達との戦闘に突入、気配を遮断している此方に気付く様子は皆無。

 自身のマスターには、基本的に情報収集に徹し仕掛けるのは確実な好機が訪れた時のみにしろとの指示を受けている。

 今ならサーヴァントと距離を離しているマスター二人を()れる、そう確信し舞いを(そらん)じる。

 自身の体から揮発した毒が風に乗り、徐々に徐々に大気を侵していく。

 動きが鈍った頃合いで、自身の唾液を塗布した暗剣を投擲してやった───が、二騎のサーヴァントは恐ろしく勘が鋭かった様で。

 いや、若しくは弱らせるのに時間をかけすぎたか───兎にも角にも投擲したそれを防がれ、暗殺は失敗。

 仕損じた以上は長居は無用、姿を捉えられる前に逃走を開始、此方の気配を捉えた槍兵が追ってきていたが幸い敏捷のランクは此方が上の様だ、早々に変化のスキルで自身を只の人間の女に偽装、人混みに紛れて撒いた。

 

 暗殺には失敗してしまったが、成果は上々。

 ランサーの宝具、その効果と真名はこの目と耳でしかと脳裏に焼き付けた。

 正体は既に看破したも同然、元より真っ向勝負で勝てる相手ではない、ゲッシュを破らせて動きを封じたところでマスターを集中的に狙うのがいいだろう。

 セイバーの正体は判らなかったが奴はランサーの宝具を受けた。

 霊核を破壊された以上、生きている道理は無い、既に脱落しているだろう。

 だが万が一という事もある、後日奴等の拠点に赴き生死を確認すべきだ。

 セイバーのマスターは遠坂と名乗っていた、自身のマスターに与えられた知識によれば御三家の一角、家の場所は既に把握済み。

 生存していたとしても霊核にダメージを負ったのは事実、弱体化した今ならマスターと分断し狙い撃ちにする事は難しくない筈。

 

 此方は未だに姿が割れていない。

 人混みに紛れ、すれ違い様にこの肉体で敵マスターを屠る事すら自由自在だ。

 

 少しずつ、確実に戦況を推し進めていく。

 自分の能力ならそれが可能だ。

 

 全ては、愛しい愛しいあの人の為に。

 聖杯はマスターのものだ。

 

 

 やがて人混みから抜け出た女は変化を解くと同時に気配遮断で闇に融けた。

 その姿を捉えた者は───無論誰も居ない。




剣(そういえば前回の初戦もランサーとで横槍入れられたっけ…)


今回は色々後書きで解説したい事が多すぎて困る。

遠坂さん家の財産事情は原作よりだいぶ改善されています。伏線にする程の設定ではないですが。

凛ちゃん、セイバーさんに対する好感度が既にカンスト気味。自分に百合の気があるのではと自分で疑念を抱くくらいには好きなっちゃってます。

バゼットさん、麻婆の騙し討ちは喰らわなかった模様。理由はまたその内。

っていうか兄貴とダメットさんのキャラがこれで合ってるのか判らん。凄い書きやすいのに凄い言動に気を遣うという矛盾。

セイバーさんとランサー兄貴の力関係は概ね原作の初戦通り。今の兄貴に令呪の縛りは無いけど、セイバーさんもマスターが凛ちゃんで士郎君の時よりステータス上がってるのでプラマイ/zeroだなと。

凛ちゃん、バゼットさん相手でも多少持ちこたえられるくらいには強化。日頃桜ちゃんと仲良くできてるので原作より魔術鍛練のモチベーション上がってんじゃね?って感じで。最大火力は同じですが全体的な技術が上がってるといいなぁって(希望)。

あと呪文はてきとー。エキサイト翻訳さんに頑張って貰った。まぁ原作からして文法メチャクチャらしいから別にいいよね!

宝石云々に関してもwikiで調べてそれっぽいのを選出。原作って宝石の種類とかに関してはあまり言及無かった気が。間違ってたら教えてください。orz

凛ちゃん、結果的に令呪を無駄遣い。凛ちゃんの性格的に『躱せ』じゃなくて『先に殺れ』って指示出すんじゃないかなと。意味無かったけど。意味無かったけど!

そして兄貴の槍はちゃんと当たる槍ですよ!!凛ちゃんの宝石で治療されちゃったけど。

新説・『当たらない槍』ではなく『当たるけど殺せない槍』……なんかこっちの方が酷いな…。

静謐ちゃんの暗躍。割りとマジで静謐ちゃんはこういう人工密集地の街中ではやりたい放題なんじゃないのだろうか?毒霧ダンスと毒塗り投げナイフ…やだ、静謐ちゃん怖すぎ…!?

そして何気に敏捷が兄貴より高い。静謐ちゃんマジ半端ねぇ。



こんなところですかね…後出てきてないのはバーサーカーだけ。今後も宜しくお願いします。

文字数に関してはもう諦めたよ…ハハッ
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