Fate/SAKURA   作:アマデス

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今回の話を読んだ後、貴方は

「あれ、今回1mmも話進んでなくね?」

と言う…。



つーか割りとマジで読む必要性あんのかこれ。


13話 同盟交渉@話進まない

 2月1日、午後9時前。

 

 前日の深夜にセイバーを召喚した私にとっては、未だに聖杯戦争二日目という事になる。

 ほんの僅かな期間にも拘わらず、その中身は中々に濃密で激動のものとなっていた。

 真名の告白、相棒との逢引き、槍兵との熱戦、必殺の魔槍、無粋な横槍、鞘となる覚悟…要所要所を軽くピックアップしてみただけでこれだ。

 

 この十数年間、色々な事が、それこそ魔術絡みの事件(あれこれ)に時には一人で、時には最愛の妹と、時には出来れば縁を切りたい後見人の似非神父と共に巻き込まれたりしてきた。

 神秘と神秘は呼応し合う、強大な魔は同じく危険な死を招き寄せる、超抜級と言って過言じゃない才を持つ桜と私の二人には大なり小なり様々な厄介事が降り掛かってきたものだ。

 でも殆どは自分一人で充分片付けられる様な小火(ぼや)騒ぎ、七不思議や都市伝説染みた軽いオカルトの域を出ないものばかり、そこそこデッカイ事案の時も元代行者の綺礼が出張ってサクッと終わらせていた。

 そんな山在り谷在りを歩んで来た桜と私はその辺の一般人と比べるのも烏滸がましいレベルの経験を、それこそ荒事に関してだって沢山積んできていた。

 

 そんな私がたった二日間で色々参ってしまう程の大儀式が聖杯戦争というものの正体だった訳で。

 聖杯という最高位の聖遺物の名を冠した高次元のナニか、そしてそれによって呼び出されたのは其処らの怪異、悪霊等歯牙にも掛けない、世界の守護者足る存在、英霊達。

 私がこれまで関わってきた()()()()なんか話にならない次元だった、間違いなく我が人生で今のところトップに位置するイベント。

 自惚れていた訳じゃない、想定が甘かった訳でもない、只()()()()()()()()()、まだまだ小娘に過ぎない私には色々と重過ぎたというだけの話。

 一人では圧し潰されてしまうだろう、でも今の私には支えてくれる相棒()が居る、何度だって私の魂を甦らせてくれる家族()が居る。

 負けはしない、彼女達に恥じない自分を成し遂げていかなくちゃ。

 

 そんな決意を新たに、私は今再び唐突に勃発したイベントをこなしている。

 我が遠坂家は珍客を迎え入れていた。

 

 

「はいどうぞ、紅茶で良かったかしら」

「ああ、ありがとな遠坂」

「急な訪問にも拘わらず、この様な親切な対応、感謝致します」

 

 私は今、屋敷の応接間で机を挟む形になっているソファの片側に座って自分で淹れた紅茶を啜っている。

 うむ、今日のは中々悪くない。

 そして反対側、要は私の正面のソファには、ついさっきまで私の中で『妹経由でちょっと親しい学友』にカテゴライズされていた筈の男子、衛宮士郎が座って紅茶を飲んでいた。

 サーヴァント二人(セイバーとキャスター)はそれぞれマスターの斜め後ろに立って従者の様に──まぁ実際従者(サーヴァント)なのだけれど──控えている。

 衛宮君は一緒に座ればいいのにと言っていたが、そこは主従としての礼儀だとか何とかキャスターが上手い事はぐらかして今の形になっている。

 まぁこういう会合では相手に舐められない様にそれなりの形式を重んじるものだから間違っちゃいない、本心でサーヴァントを下に見ているかどうかは別として。

 なので、先ずはジャブだ、キャスターの言葉に軽く皮肉を返してあげる。

 

「…高々紅茶くらいで大袈裟ね、何?友好的なフリして油断させようって腹?」

「いや遠坂、キャスターのこれは素だから」

「こんな遅くにアポ無しで訪ねて来た敵陣営を問答無用で追い返さないばかりか、曲がり形にも客人として扱ってくださるのですから。此方もそれ相応の態度で応じなければ」

 

 綺麗にカウンターを喰らった。

 なんか、こっちの気勢をとことん削ぐと云うか、色々警戒するのが馬鹿らしくなってくるコンビだ。

 あーもう私が一人相撲とってるみたいじゃない、ヤバ、顔紅くなってない?

 

「べ、別に冬木のセカンドオーナーとして当然の事よ。それに聖杯戦争は基本的に夜にやるものだし、時間に関しては文句無いわ。まぁ、でも…確かにアポは取って欲しかったけど。使い魔の一匹でも寄越してくれればカリバーぶっぱなんてしなかったのに」

「流石は凛、譲歩すると見せ掛けて然り気無く此方の過失を相手のものにすり替えるとは。その悪魔的な論法、義兄(サー・ケイ)を思わせますね」

「ちょっとセイバー!そういうのは黙っとかないと意味ないでしょーが!」

 

 

 感心と非難が半々、つまりは呆れた表情で話すセイバーに私は慌てて叫んだ。

 上手い事さっきの非優雅な大ポカを帳消しに出来ると思ったのに、何でネタバラシしちゃうのよ!

 

「申し訳ありません。昔の、剣の模擬試合中のあれこれを思い出して少々不快だったもので」

 

 私の文句に対して、ふっ、と失笑しながら遠い目をするセイバー……これは、突っ込まない方が無難な案件ね、ウン。

 

「…なんか、えっと、うん…ご、ごめんね?セイバー?」

「いえいえ、別に凛が謝る事ではありませんよ。ええそうです凛はあんのクソ憎たらしい皮肉文句屁理屈詭弁毒舌口先義兄とは一切何の関係も無いのですから。これは私個人の鬱憤とかその他諸々の感傷ですので。

 

で す か ら。

 

凛が私に謝罪をする必要はこれっぽっちもありませんよハイ」

 

「ごめんなさいセイバー、ほんとごめんなさい。だからその表情と喋り方止めて。怖いから、キレた時の桜と何と無く雰囲気似てるから」

 

 

 僅かな動きも変化も無い、まるで仮面の様に固定化された笑顔で、唯一動いている唇からめっちゃ早口で家族への悪態を紡ぐセイバー。

 笑顔で丁寧語なのに語る内容は恨み辛み、顔全体は固まっているのに唇は超高速で動いているという、あらゆる矛盾を含んだギャップ効果のそれは恐ろしく怖ろしかった。

 ()も基本的にはストレートな怒り方をする娘だが時と場合によってはこうやって笑顔で毒を吐く事がある。

 妹のそれで、ある程度耐性を持っていなかったら軽くトラウマになりそうなくらいのものだったわ。

 現に衛宮君は紅茶を飲む事も忘れて戦慄している様子、キャスターの方は大して堪えていないのか苦笑するくらいの余裕があるが。

 

 

「ま、まぁ凛さんの言う事もセイバーさんの言う事も両方正しいと私は思いますよ?確かに、此方が使い魔等で連絡の一つくらい入れておけば未然に防げた事態ですが、それは凛さんが遠見か何かで此方の顔ぶれを確認しても同じだった筈ですし。過失の割合は50:50(フィフティフィフティ)と云ったところでしょう」

「…そうね。つまるところ、お互いにうっかりの因子(その血の運命)に翻弄されたって事よね」

 

 遠坂の生まれである桜も当然私と同じく()()()()を受け継いでしまっている。

 更にはそこに間桐の性質も掛け合わさる事で何と云うかもうとんでもないモノが出来上がってしまっている訳だが。

 『慎重に動き過ぎた結果、最後の最後で大ポカをやらかす』、普段は私よりもうっかりの頻度が少ないのだが、いざやらかす時の規模が洒落にならないのが桜という娘だった。

 おまけにその大ポカが巡り巡って結果的に良い事に繋がるのだから余計に質が悪い。

 遠坂と間桐の(悪い意味で)ハイブリッド、(駄目な方向で)化学反応爆発物、我が妹ながら恐ろしい。

 っと、話がズレてたか。

 

「はふぅ…前置きはこれくらいで良いでしょ。んじゃ、ちゃっちゃと本題に移っちゃいましょうか」

「………マスター?」

「ん?あっ…と、そう、だな。始めよう遠坂」

 

 ?今衛宮君の反応がおかしかった。

 私の呼び掛けには反応せずサーヴァントに急かされて漸く生返事…なんか気になるけど今は置いておこう、これ以上話題を逸らすのは色々と面倒だ。

 

「…さっき言ってたわよね、()の提案でウチと同盟を結びに来たって」

「そうなんだ。実は桜と俺の二組だけじゃどうしようも出来ない相手が居て、それで遠坂の力を借りたいと──」

「そんな事は言われなくても分かってるわよ」

 

 たぶん私は今盛大な呆れ顔をこいつに見せてしまっているんだろうな、と頭の片隅で思う。

 学校に居る時とは違う猫被りなんてかなぐり捨てた素の自分、まさかこんな自分を桜越しじゃなく直接こいつに見せる時が来ようとは。

 

「あのねぇ…まず大前提として聖杯を手に入れる事が出来るのは勝ち残った一組だけなのよ?つまりどう転んだって自分達以外の相手は最終的に全員敵のバトルロワイアル、これが聖杯戦争の絶対のルール。それを理解した上で同盟を組もうなんて言うって事はそれくらいしか理由ないでしょ?」

「…あ、あ~、そうか。言われてみればその通りだな、うん」

「私が知りたいのは、何で桜と貴方が既に同盟を組んでいるのかとか、組んだ上で更に私に助力を願わなきゃいけない敵の正体とか、もっと具体的で中身のある情報だっつーの……こんな事も解らないなんて、衛宮君、貴方本当にマスター?」

 

 そう、私が呆れているのはそういう理由からだった。

 先程からどうにも言動が聖杯戦争に参加するマスター…いや、もっと言うなら魔術師とすら思えない様なものばかりだ…う~む、状況証拠からして、ひょっとしなくてもこいつは───

 

「む、何だその言い方。俺は正真正銘キャスターのマスターだぞ。ほら、ちゃんと令呪だってある」

「マスター、凛さんが聞いてるのはそういう事じゃないと思いますよ」

「む?そうなのか?」

「あ~、あはは…凛さん、マスターは貴女や桜さんと違って正規のマスターじゃありません。つい昨日迄聖杯戦争の存在すら知らなかった、殆ど巻き込まれた一般人さんです」

 

 やっぱりね。

 予想通りの返答がキャスターから返って来た事に私は得心する。

 

 そもそもの話、衛宮君が魔術師だったとすると一つの矛盾が生まれてしまうのよね。

 それは単純に、桜と私が彼を魔術師だと見抜けなかったという点だ。

 学校で世間話する程度の関係である私だけならまだ納得出来なくも無いが、毎日衛宮君の家へ通い妻(と言っても過言じゃない猛烈アプローチ)をしている(あの娘)がそれに気付けなかったというのは流石に有り得ないもの。

 魔術師である以上は皆例外無く自宅(拠点)の何処かに工房を設けるもの、どれだけ厳重に隠蔽を施していたとしても、幾ら(あの娘)遠坂を受け継いでいる(うっかりしている)と云っても、数年近く通っていればそういう神秘の気配の欠片くらいには気付く筈なのだ。

 

 となると考えられるのは、そもそも衛宮君は一般人だから家には神秘の形跡なんて最初から無いという場合。

 そしてもう一つ…ほぼ有り得ないと思うが、桜が衛宮君を魔術師だと見抜いた上で私に黙っていたというケースだ。

 魔術の家系の長という立場に居る自覚を確りと持っているあの娘が私情でセカンドオーナーの私に報告を怠るなんて事は先ず無い筈…うん、無い、無いわよね?実は内心嫌われてるとかそんな事無いわよね?

 うん、無いという事にしよう、だとすると答えはやっぱり前者ね。

 

 思考時間約5秒、自分の中でそう結論を出した私だが、納得出来ていない者も居る様だ。

 後ろでセイバーが小さく「馬鹿な」と呟くのが聞こえた。

 

 

「───有り得ない、そんな筈は無い」

「?セイバー?」

「…凛、やはり、私は……彼等と同盟を組むべきでは無いと思います」

「ええ、どうしてだ?まだ此方は何も話してないぞ?」

 

 衛宮君の言葉に内心で同意する。

 彼等はまだ肝心の同盟を組みたい理由を打ち明けていない、なのにセイバーは早々に彼等を切り離す意思を示した。

 それも随分と歯切れが悪そうに。

 彼女が何等かの葛藤を抱えているという事が見え隠れしている。

 セイバーは警戒心と…怯え?に似た何かを秘めた眼差しを衛宮君に送りながら再度口を開く。

 

「…貴方は、不可解だ、衛宮」

「?」

「衛宮の名を冠し、こうして聖杯戦争に参加している貴方が…只の巻き込まれた無辜(むこ)の民…?…そんな筋の通らない馬鹿げた話が…偶然が有る筈…なのに、私の直感が、反応しない…貴方達の言い分は正しいと、貴方方の正体を肯定している…」

 

 一つ一つ、確認する様に、自分の中の判断材料を整理する様に、セイバーは途切れ途切れに言葉を紡いでいく。

 衛宮君は口を挟まない、まるで目に見えない不安に揺らされている年相応の普通の少女の様な今のセイバーを下手に刺激する様な真似を優しい彼はしない。

 

「………一つ、聞いてもよろしいでしょうか衛宮」

「ああ、何だ?何でも聞いてくれ」

「…貴方の父親は─────衛宮切嗣という名ではありませんか?」

「─────は?」

 

 

 

 空気が、気配が、その場に漂っていたあらゆる感情が瞬間的に停止した様な、そんなものを感じた。

 全身から活気が抜けるかの如く、衛宮君は言葉になっていない声を口から漏らす。

 

「…!…その様な反応をするという事は、そうなのですね」

「ぁ、ちょ、っと、待ってくれセイバー。何で君が…切嗣の、名前を?」

「───切嗣が前回の聖杯戦争における、私のマスターだったからです。私は彼のサーヴァントとして戦い、最後の二組になるまで勝ち残りました」

「───嘘だろ」

 

 

 私は紅茶を飲む事も忘れ、固唾を飲んで二人の会話に耳を傾けていた。

 本当に、聖杯戦争ってのは人の事を振り回して休ませてはくれないみたい。

 ここまでの短いやり取りで色々と衝撃的な事実がごろごろと出てくる出てくる。

 

 口を挟むべきか否か、只黙って様子を伺うという行為が怠慢の様に思えて根拠の無い焦燥を抱かせる。

 何かをしなくちゃいけないという気になるが…焦るな、まだ話は拗れちゃいない、今はセイバーと衛宮君が満足ゆくまで喋らせるべきだ。

 

「ここまでの貴方とキャスターの言い分からして、貴方は切嗣(父親)から何も教えられていないのですね」

「…いや…いや…一切合切何にも、っていうのはちょっと違う」

「?」

「俺は、切嗣の実の息子じゃない、養子なんだ。十年前、冬木で起こった…ああ、セイバーは知らないと思うけど…兎に角、でかい災害が起きてさ。俺の家族は俺以外皆それで亡くなって…それで、切嗣に引き取られたんだ」

「?引き取られたって…その人親戚か何かだったの?」

「いや、俺が入院してた病院にいきなりやって来てさ、孤児院に引き取られるのと知らないおじさんに引き取られるのどっちがいい?なんて聞いてきて…少なくとも俺はその時が初対面だった」

「はぁ?何よそれ」

 

 なんか引っ掛りを覚えたのでつい口が出てしまったが…いや、ほんとに何それ?

 というかこいつはそんな質問されて知らない(怪しい)おじさんの方を選んだのか、なんというか、ほんと呆れるわね。

 

「それでその時、自分は魔法使いなんだ、って冗談めかして言われてさ。引き取られた後、切嗣に魔術を教えてくれって強請(ねだ)ったんだ。最初は断られたんだけど、しつこく頼んだら向こうも根負けしたみたいで、初歩の強化の魔術だけ教えて貰ったんだ。だから、聖杯戦争っていう儀式の事も、切嗣がそれに参加してたって事も、今の今まで知らなかった。けど、一応自覚を持って魔術の世界には足を踏み込んでる」

「…なるほど、だから全く心当たりが無い訳じゃないと」

 

 

 衛宮君の言葉を反芻する。

 たぶん嘘は言ってない。

 細かい所が不明瞭だったから、その場で考えた、或いは予め用意しておいた嘘八百という可能性も有るには有るけれど…だからこそ逆にその可能性は低いと思う。

 この程度の裏取りならセカンドオーナー足る私にとっては朝飯前だし、もし今の話が出鱈目なら軽く調べただけでも直ぐにボロが出て来る、今後同盟を組んで行動を共にする相手にそんな軽率な嘘は吐けない筈だ。

 

 何より…今の話を語った衛宮君の表情が剰りにも印象的だったから。

 辛いような、嬉しいような、苦しいような、楽しむような、悲しむような、焦がれるような──────懐かしむような。

 一番近いのは、哀愁(愛執)だろうか…凄い()だった。

 もしこれ等が全部計算され尽くした演技(フェイク)だったのだとしたら、悔しいが敗けを認めざるを得ない。

 衛宮君は私や桜より上手だと。

 まぁ正直無いと思うけど。

 

 

「…何で爺さんは、俺に何も伝え残してくれなかったんだ」

「そんなの、単純に貴方に危険な世界に関わって欲しく無かったからじゃないの?」

 

 心の内が空気と一緒に抜けたかの様に養父への問いを溢した衛宮君に、私は自然とそう返していた。

 

 たぶん、それで合ってると思う。

 聖杯戦争に参加した魔術師でありながら、災害に巻き込まれた衛宮君(一般人)を救って養子に招き入れ、かと云って刻印を継がせる訳でも無く、強請られて漸く渋々と初歩の強化だけ教える。

 魔術師の観点から言わせて貰えば意味不明の一言で終わるが、シンプルに考えればストレートに答えは出た。

 要するにその人は()()()では無く、()()だったんだ。

 だからこそ家族に魔術の世界(死の側)に踏み入って欲しくは無かったんだろう。

 

 でもそれだと尚の事、その人は何故聖杯戦争に参加したのかしら。

 どうしても叶えたい願いがあったのだろうか。

 セイバーが言うには最後まで勝ち残ったらしいが…けどこれまで行われた過去四度の戦争で、聖杯を手に入れた者は一人も居ないとされている。

 

 その人は聖杯を手に入れる事が出来たのか、出来なかったのか。

 出来たとしてそれは真に自身の願いを叶えてくれるだけの代物だったのか、それとも紛い物だったのか。

 ()()だったのか、()()だったのか。

 

 どんな結果が待っていたのかは分からないが、聖杯によって、或いは戦争を通して、その人に何等かの変化が起こった。

 魔術師として燃え尽きて、人になった。

 全部推測で肝心な部分があやふやだけど、大まかな概要はきっと合っていると思う。

 

 少しでも聖杯戦争に関する情報を掴もうと私が考えを纏めている間にも衛宮君は言葉を紡ぐ。

 

「それは解ってる…けど、少しくらい情報を残しておいてくれれば、多少也とも備えておけたのにって」

「う~ん…聖杯戦争は本来なら約60年毎のサイクルで起こるって言われてるし、まさかインターバルが僅か10年で、況してや衛宮君がこうして当事者(マスター)になるなんて想像すらしてなかったんじゃないかしら?私だって本当なら第五次には私の子供か、産まれるのが早ければ孫辺りが参加する事になると思ってたもの」

「遠坂、お前自分の血縁がこんな殺し合いに参加する事を許容するのか」

 

 驚愕と義憤と。

 声の震えは僅かだが、その分わかりやすく表情を激したものに変えた衛宮君に、私はほぼ反射で反撃(言い返)していた。

 売られた喧嘩は安値で買ってやる。

 

「許容するも何も、聖杯を手に入れるのは遠坂の()()よ。この冬木を担う魔術の家系として、根源を目指す者としてそれは絶対なの」

「絶対って…それじゃあ個人の意思はどうなるんだよ」

「さあね。オタクみたく好き好んで知識と技術を磨いてく奴も居れば、義務感とか強迫観念とかに突き動かされて惰性で財産を護る奴も居る。中にはそんな先祖の目標なんて知ったこっちゃないって魔術師である事を放棄する奴もきっと居るでしょうね。まぁそんな事にならない様に、魔術師の親は子供に魔術を至上とする情操教育を施していく訳だけど」

「………まるで、洗脳だな」

(あなが)ち間違っちゃいないわ。でも極論を言っちゃえば世間一般の教育だって常識という名の()()を植え付ける洗脳でしょ?」

 

 曲がり形にも魔術師の端くれだからか、それとも単純に大人びているからか、衛宮君は険しい表情とは裏腹に、怒鳴り散らしたり、頭ごなしに此方の言葉を否定する様な事はしてこなかった。

 世間一般の倫理観や幸福論とは乖離しているが、魔術師には魔術師なりの大義がある───そういった相手の事情や思想を確り客観的に吟味して理解を示そうとしている。

 

 ───そんな受容の姿勢が何と無く()に似ていると思った。

 最終的に当たり障りの無い皮肉で細やかな反撃をしてくる所もそっくりだと思いました、マル。

 やっぱり殆ど家族同然の付き合いをしているからか、衛宮君は桜から色んな影響を受けているらしい。

 

 

「ま、少なくとも私は確かな自分の意志で魔術師やってるけどね。代々研鑽してきた神秘を後世に受け継ぐ責任、ってのも勿論あるわよそりゃ」

 

 一旦言葉を切って紅茶を一口。

 何時までも対面で苦々しい顔をされてちゃ堪らない、フォローを兼ねた私の信念をこの堅物に聞かせてやる事にした。

 

 

「でも何よりもね、私が楽しいからやってるのよ。魔術の研究に遣り甲斐を感じてるし、そうして在る自分自身に誇りを持ってるわ。魔術は何かと金喰い虫だし研究だって早々分かりやすい成果は出ないし疼きまくる刻印を腕ごとどうにかしてやりたくなる時も(たま)にあるし可愛い妹とは一緒に暮らせなくなっちゃうし!……色々と割に合わないっていうか、キツい事も結構あるけど、そんなのどんな人生歩んだって変わらないわ。私は私なりに幸福をふん捕まえてやるだけよ」

 

 

 一気に捲し立てたせいでちょっと疲れてしまった、再び紅茶を口に含む。

 何か喋ってる内に日頃の鬱憤が涌き出てきていらん事まで口走った気がするが、取り敢えずこれが私のスタンスだ。

 衛宮君の優しさや正義感を否定する気は無いけど、私の生き方を否定させる気も毛頭無い。

 

 さて、どう返してくる?

 手に持った紅茶に顔を向けたまま視線だけ動かして衛宮君の様子を窺、う……?

 

「ちょっと、何よその顔」

「え?」

 

 衛宮君は笑っていた。

 滑稽なものを見下す嘲笑の類いではなく、嬉しさや喜びが溢れ出た時に自然に浮かぶ微笑。

 何か、予想外というか、不意を突かれたというか、頭に疑問符が浮かぶばかりで二の句が次げない。

 んもう、何なのよこれ。

 

「ああ、っと、ごめん。あれ?俺何時の間に笑って…?」

「いや知らないわよ。人の顔見て黙って微笑むとか…普通にキモいわよあんた」

「き、キモいって…それは駄目だぞ遠坂。男子が女子に言われて傷付く単語のトップ3に毎年ランクインしてるんだからな」

「誰が集計してんのよそのランキング」

 

 咳払いで会話を無理矢理打ち切って衛宮君が再び口を開く。

 

「いやさ…上手く言えないんだけど…遠坂はやっぱり桜の姉なんだな、って」

「?どういう意味?」

「桜が言ってたんだよ。自分が世界で一番尊敬している人は姉だって」

「────へ?」

 

 

 

 紅茶の入ったカップを落とさなかった自分自身に称賛を送りたい。

 世界の全てから意識が遠退いていた。

 

 

「姉は何時だって誇り高く生きてる。離れ離れになってもそれがハッキリと判るから、自分は魔術の修行を頑張ってるんだって。自分と姉は確かに繋がってるって思えたから、養子に出されても全然寂しくなかった──ってさ」

「─────」

「桜の言った通りだった。遠坂がそういう、桜の信じた通りの、桜と同じ誇り高い魔術師だって事が嬉しかったから」

 

 

 

 

 

 口元の筋肉が痙攣している、吐息も矢鱈途切れ途切れで震えたものになっていた。

 徐に片手で顔を覆って俯く、駄目よ駄目よ駄目よ、こんな酷い顔を人に見せるなんて遠坂の当主としてとかセカンドオーナーとしてとかそれ以前に色々と有り得ないっていうか普通に恥ずいわよバカっ!ふざけんなっ!!

 

 こいつは一体どこまでが態となのよ、まさか本当に全部天然?

 だとしたら最悪だ、予想も対処も容易には出来ない。

 そんなの殆どテロと同じだ、殺られる前に殺るくらいしか…。

 

 

 

 うああぅぁぁういぃ~~。

 

 顔、熱い。

 涙出そう。

 

 こんなの、だって、嬉し過ぎる。

 桜が自分の事をそんな風に思ってくれていたなんて、自分の事をそこまで理解してくれていたなんて。

 

 魔術師になって良かった。

 遠坂の当主として頑張ってきて良かった。

 あの娘の姉で良かった。

 

 

 鏡は今持ってないけど断言出来る、私の顔面は真っ赤っかだ。

 胸の内から溢れ出る喜悦が総身に渦巻いて機能不全に陥りそうだ。

 これが精神攻撃は基本ってやつなのかしら…いや、たぶん違うわね。

 

 くそっ、思考が大分イカれてきた。

 何でもいい、誰でもいいから誰か私を落ち着かせてよ。

 このままじゃ熱暴走で馬鹿になりそうだわ。

 ああ、でももう少しこの感情に浸っていたい気も───

 

 

「ですがマスター、勘違い(うっかり)とは云え宝具で殺しかけちゃった訳ですし、凛さんに対してこれ迄と同じ様な対応を桜さんに望めるでしょうか」

 

 

 

 一瞬で血の気が引いた。

 刹那で頭が冷えた。

 そうだった、何故今まで忘れて──いや、無意識の内に考えない様にしてたのか。

 これちょっと、いや割と結構ほんとマジで、最悪のやらかしをしちゃったんじゃないの私─────!?

 

「ええ、それは~…どうなんだろう?確かに殺されかけはしたけど結果的に生きてるんだし、滅茶苦茶怒ってるかもしれないけど、それ以上に酷い事にはならないんじゃないか?」

「甘い、甘いですよマスター。優等生が悪い事をすると物凄く悪い人に見える、不良が捨て犬を拾うだけで物凄く好い人に見える、なんてギャップ効果の話を知っているでしょう?絶大な信頼を寄せていた分、裏切られた時の失望や憎悪というのは凄まじいものになるんです」

 

 キャスターの言葉に私の中の焦燥は加速度的に積み上がっていった。

 気分が悪い、っていうかお腹痛くなってきた、ヤバイこれ、死ぬ、ストレスで死ぬ。

 

 深呼吸をしようと顔を上げたらキャスターと目が合った。

 今の今まで恐ろしい予想図を口から垂れ流していたにも拘わらず、その表情は笑顔で────

 

 

 

       ニッコリ

 

 

 

「っ!?」

 

 鳥肌が立った。

 何なの今の……何と云うか、既視感?的な…私は今の笑みと同種のものを見た事がある気がする。

 

 そうだ、あれは、桜が余裕のあるキレ方をしてる時の笑い方だわ。

 あの顔に影を纏った、心做しか青筋が幻視出来るやつ。

 

 何故だろう、ほんと何故だろう。

 どう足掻いてもあの表情を浮かべているキャスターに勝てる気がしない。

 いやサーヴァントに人間が勝てないのは当然の事なんだけど…そういう問題じゃなくて、何かこう、根本的な部分で逆らえないと云うか、本能が萎縮してしまっている感じ。

 

 あーもー、なんか疲れてきちゃったんだけど。

 お互いが同盟を組むに値するか、信頼を置ける相手か見定める為の対話だと云うのに、喋れば喋る程新たな情報が湧いて出て吟味する時間が無い。

 

 セイバーの治療と経過観察でほぼ丸一日気を張ってたのも相まって、急激にドッと肩が重くなった。

 っていうか最早全身が怠い、無性に甘いものが食べたくなってきた、若しくは桜を抱き枕にして寝たいってあ~しまった桜今居ないんだった私がうっかりでカリバっちゃったからっつーか十年以上前から離れ離れだったわねちくしょーガッデム神は死んだ

 

 

「凛、凛っ、大丈夫ですか」

 

 ────少し意識が飛んでいたらしい、セイバーに肩を揺さぶられて漸く自分を持ち直した。

 交渉の場でこんな隙を晒すなんて遠坂(優雅)にあるまじきだわ、無様極まりない。

 ほんとーに私は、()の事になると只の小娘になっちゃうんだな。

 他人事の様にそう思った。

 

「ぁぁ、うん、大丈夫よセイバー。少し疲れが出ただけ」

「…少しではないでしょう、一日中私の為に神経を尖らせていたのですから。今日はもう、休んだ方が良い」

「駄目よ、まだ聞き出さなきゃいけない事は山程あるわ。何もかも全部洗い浚い根掘り葉掘り一切合切吐いて貰うんだからね」

 

 そう言って気怠さを押し殺しながら眼前の衛宮君を()め付ける。

 ?なんか戦慄してるというか…ビビってる?え、今の私そんなに怖い顔してる?

 

「…な、なぁ遠坂。セイバーの言う通り今日はもう休んだ方が良いんじゃないか?心配しなくてもこっちから同盟を申し出てるんだ、何処にも逃げやしない。それに何より、今の遠坂は本当に体調悪そうだぞ」

 

 その原因の一端はあんたの発言のせいなんだけどね。

 そんな文句を呑み込んで別の言葉を紡ぐ。

 

「却下。時は金なり、時間は有限、猶予は軍資金よ。また別に話し合える機会があるなんて考えるのは油断通り越して慢心よ。情報は常に最新のものを仕入れておかなきゃ」

「…じゃあ、せめて桜も交えて話そう。ここまで話してみて分かったけど、ド素人の俺と玄人(ベテラン)の遠坂の二人だけで話すより、間に立って仲介役になってくれる桜が居た方が絶対上手く話が進む。後々桜にも同じ内容の説明をする羽目になるんだし、時は金なりって云うんなら二度手間は省いた方が良いだろ」

 

 ほぅ、と思わず息が漏れた。

 魔術の知識が要らない事柄ならキチンと頭を回せるのね衛宮君。

 感心している私を他所に、衛宮君は一旦言葉を切って再び口を開く。

 

「それに…キャスターの言った通り、このまま桜と離れているのは、何か不味い気がするんだ。兎に角早めに合流した方が良い」

 

 先程のキャスターの発言を思い出す。

 …そうね、蟠りの解決は早ければ早い程良い。

 それに昨夜、私とセイバーはランサーとの戦闘中アサシンに横槍を入れられた。

 打撃を受けて弱った桜達をアサシンが再び漁夫の利狙いで襲撃しないとも限らない。

 何はともあれ固まって行動するのがベターね。

 

 

「…それもそうね。OK、分かったわ。じゃあ早速出掛け───」

 

 

 

 

 

     ─────唐突に、世界が血の海に沈んだ─────。

 

 

 

 

 

「!?」

 

 

 ───猶予なんてとっくに使い切っていたんだと、今更ながらに私は悟った。




あれ、今回1mmも話進んでなくね?…ハッ!?


話の内容があっちゃこっちゃに飛びまくって1万文字以上使ったのに全然同盟交渉進みませんでした。
ほんとこんなしょーもない回ですみません。


※書いてる内に出来てた設定

士郎君は原作でセイバーさんに『サーヴァントを女扱いするな』『無謀な自殺行為に走るな』等々の様々な注文もとい説教をされてますが、それらを殆ど省みてません。

人の話聞いてる様で全然聞いてない、ある意味誰よりも自分勝手で我が儘なのが士郎君だと私は思っております。

ですがこの作品の士郎君は桜ちゃんとの3年間の夫婦生活で若干ですが相手の言う事を聞ける様になってます。一旦止まって、一歩退いて、物事を客観的に吟味する。そんな士郎君、それ士郎君?



次回こそライダーさん強襲。若干不調のセイバーさんと、ある意味絶好調のライダーさんの勝負や如何に。そしてキャスターちゃんはどんな茶々を入れるのか。乞うご期待。

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