Fate/SAKURA   作:アマデス

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劇場版 Fate/stay night [Heaven's Feel] III. spring song 公開記念更新。

だというのに幕間だから桜ちゃん出ないという不具合。馬鹿野郎と罵ってください。


時系列としては、ライダーさんが遠坂邸で大暴れしている、一方その頃。

真っ当な聖杯戦争してくれる兄貴とバゼットさん組は難しい事考えずにバトル書いてりゃいいから助かる。


幕間 ヘラの栄光/クランの猛犬

 2月1日。

 

 日もすっかり落ち切った深夜の冬木市。

 民家の明かりをぽつりぽつりと灯すのみの静寂と秩序を保った深山町側に対し、新都側は未だに中央付近のビル群が煌々と文明の光を放ち、人々を眠りとは程遠い喧騒へと誘っていた。

 そんな街を彩るネオンを少々遠目にだが望む事の出来る冬木市最大の海浜公園。

 周辺にバッティングセンターや水族館、カフェテラス等が建ち並ぶそこは昼間は人気のデートスポットとして機能しているが、同時に冬木大橋越しに夜景を眺める事が可能となる夜間もムード満点で、()()()()目的で訪れる男女も中々に多かった。

 

 だが今夜そこを訪れている男女にそんな甘い雰囲気は一切無い。

 あるのは夜の静寂を破る轟音と相手の(はらわた)を喰い破らんとする紅い殺意のみだった。

 

 

 

「─────っっ!!!」

「───、───!」

 

 気合いは満々、されど叫びや掛け声は皆無。

 そんな余裕は最早お互いに無い。

 それでも全身に張り詰めた烈火の覇気が抑え切れない唸りとなって両名の喉から漏れ出し、周囲を(ことごと)く威圧していた。

 人の領域に非ず、(しか)して獣呼ばわり出来る程下卑たものでも理性と知性を欠いたものでも無い。

 

 正しくそれは、大英雄達による神話の再現。

 

 

「っっっ!!!」

 

 ドカンドカンドカン、と。

 嘘の様な爆音が瞬時に三連続。

 アーチャー・ヘラクレスによる石刀での斬撃が地面を叩き割り捲り上げた音だ。

 

 ランサー・クー・フーリンは持ち前の体捌きと敏捷でそれ等を紙一重に(かわ)していく。

 比喩でも何でも無く本当に紙一重の間合い、故に斬撃で生み出された風圧が容赦無くその身を挽き削り、吹き飛ばし、圧し潰そうと襲い来るが、ランサーは叩き付けられるそれ等に一切怯まない。

 寧ろ堪らないとばかりに獰猛な笑みを深めるその容貌は───正しくクランの猛犬。

 

 僅かに距離を置き、仕切り直し、発動。

 静止状態から一歩で自身の最高速度に達するケルトの戦士の秘技、鮭跳び、それを用いて地面を三度蹴る。

 ジグザグな軌道を描いたそれは先に発動させたスキルも相まって弓兵の眼すらも一瞬惑わせた。

 その一瞬の隙でアーチャーの右側面───アーチャー側から見たら左側面───に回り込んだランサーは容赦無く得物を一刺し。

 大気との摩擦で発火現象すら引き起こしたその兇撃をアーチャーは辛うじて石刀の腹で受け止めた。

 お互いに踏ん張った足下が砕け散る程の衝突、だがこれしきの事、只の動作の一つとでも云わんばかりに二騎は直ぐ様足を回して体勢を整え、手を回して自身の得物を跳ね上げる。

 アーチャーは反撃の為、ランサーは再び必殺の機を窺う為。

 

 そんな益荒男達の終わり無き死闘を10メートル程離れた所から眺めるのはランサーのマスター、バゼット・フラガ・マクレミッツ。

 

 

(息吐く暇も在りませんね…闘っているのは自分では無いと云うのに。しかしどうやればあれを最低限の被害で仕留められるのか)

 

 果てし無き領域の武闘に魅入られ、先程から何度も思考を安易な方向に引っ張られそうになるが、やはりそこはプロ。

 彼女とて歴代最強とさえ呼ばれる封印指定執行者、現代に於いて並ぶ者無き戦闘者の一人なのだ、肝心な部分は何処までも冷静だった。

 

(やはり狙い目はマスターでしょうが………まぁ、無理ですね現状。あの嵐の中に突っ込んで行くのは無謀というレベルではない)

 

 戦いの余波でどんどん平らな部分を無くしていく公園の敷地を色々と諦観の籠った目で見据えながらバゼットは内心で溜め息を吐く。

 加えて、()()の流れからしてもあのアーチャーがマスターへの手出しを許すとは思えない。

 虎穴に入らずんば虎児を得ず、という諺がこの国には在るらしいが*1あれは虎穴どころか竜の巣、将又(はたまた)冥界の門である、折り紙付きで死ぬと解っていて入る事は出来ない。

 

 これは戦争だ、想定外の事態等息をする様に幾らでも起こり得る、仕方の無い事だ─────そう頭で解っていてもやはり心情というのはどうにもならない。

 再度バゼットは内心で溜め息を吐いた───それ等の感情を一切表に出さないのは本人の生まれ持った気質か、将又積み上げた経験(キャリア)故か、どちらにせよ流石と云う他無い。

 

 

 

 ───ランサー陣営とアーチャー陣営が遭遇してしまったのは完全に偶然だった。

 

 ランサー陣営は昨夜のセイバーとの決闘に介入してきたアサシンを捜索、あわよくば討伐する目的で新都を目指していた。

 自らの存在と行動をその瞬間まで一切悟らせず、気付いた時にはもう手遅れの段階にまで状況を(おとしい)れている恐ろしい暗殺の手腕。

 更には昨夜の戦闘の後、服に付着していた毒を解析したところ、何と英霊や幻想種すらも屠る事が可能なレベルの毒性と判明。

 それ等二点からアサシン陣営の脅威度を二、三段階引き上げたバゼットは早々に後顧の憂いを断つべく昨夜ランサーが途中まで追跡出来ていた新都側へ赴こうとしたのだ。

 

 一方のアーチャー陣営はと云えば───何と云う事は無い、単なる気紛れである。

 昨夜は士郎(お兄ちゃん)(偽者)をあと一歩の所まで追い詰め、キャスターに至っては消滅寸前の状態にしてやった(と云うか勝手になった)。

 昨日の今日で未だ十全な回復は出来ていない筈だ、アーチャーの宝具(蘇生能力)も見せてやった事だし今頃此方への対策立案であたふたしている事だろう。

 そんな準備も整っていない相手を甚振った所で面白くも何とも無い、故に今日は深山町ではなく新都側を探険してみようという話になった。

 

 そして二組は冬木大橋の手前でばったり遭遇したという事である。

 

 まあばったりと表現したが、実際にお互いがお互いを認識し合ったのは約100メートル程も距離が空いている段階である。

 サーヴァント同士故の魔力知覚に加えて、アーチャーは弓兵としての眼の良さ、ランサーは獣の如き勘の良さと数多の戦場を駆け抜けた戦士としての感覚で。

 

 

 先に仕掛けたのは当然遠距離攻撃の手段を有するアーチャーだった。

 だが矢避けの加護を有するランサーには、全く通じなかったと云う事は無いがほぼ完璧に対応されバゼット(マスター)共々徐々に距離を詰められる。

 そうしてとうとうサーヴァントはサーヴァント同士での白兵戦、マスターはマスター同士での直接対決へと縺れ込んだ訳だが、此処で一人の鬼女が覚醒する。

 

 自然の嬰児(えいじ)として冬木の土地そのものからバックアップを受ける事が出来るイリヤだったが、()()魔力を多く扱えるというだけで封印指定執行者を撃退出来るのであれば世話は無い。

 理不尽という一言では到底片付かない高位の奇跡を我が物顔で扱う封印指定の魔術師。

 そんな化け物共をこれ迄幾度と無く捕縛───そう、()()ではなく()()してきた掛け値無しの(つわもの)こそがバゼットという魔術師だ。

 生まれてこの方、辺境の城に籠りっ切りで碌に喧嘩もした事の無いお嬢様が勝てる道理は無く。

 早々に距離を詰められ、あわやその矮小な体躯に風穴が空く───といった所でアーチャーの援護射撃が入った。

 

 流石はギリシャ神話最強の名を欲しいままにする大英雄ヘラクレス、ランサーと戦いながらも常に守護対象(マスター)へ意識を向ける余裕を保っており、見事に自身の後ろまで退避させる事に成功、バゼットも機関銃の如き矢の雨に堪らず後退、そうして冒頭の様なサーヴァント同士を挟んで対峙する構図が出来上がっていた。

 

 

 アーチャーの助けが入らなければやられていただろうという事実は、プライドの高いイリヤスフィールにとって実に面白く無かったらしく、未だにアーチャーの後方で頬を膨らませている───が、ある意味それはバゼットも同じだった。

 

 そう、このままお互いのサーヴァントを真正面からぶつけ合わせるだけの、良く言えば正々堂々とした決闘形式、悪く言えば捻りの無い馬鹿正直な試合を続けるというのは非常に面白く無い。

 

 十中八九、ランサーが敗ける。

 

(───いや、敗けはしない…敗けはしないでしょうが、同時に勝てもしない)

 

 

 クー・フーリンというサーヴァントは、正しく『生き残る事』にこの上無く長けた存在だ。

 矢避けの加護というアーチャー殺しもいいとこの体質(スキル)、仕切り直しという戦闘の流れを半ば支配する事が可能な法則(スキル)、戦闘続行という正しく手負いの獣の如き底力を発揮する性根(スキル)、原初のルーンという異常なまでの万能性で場合によっては下手な宝具より有用な魔術(スキル)

 そしてこれ等にランサー自身の確かな技量と戦況判断力が加わる事によって、縦え明確な格上が相手であっても本気で逃げれば確実に生還、防戦に徹すれば日を跨ぐ程の間戦況の維持が可能と、兎に角死なないサーヴァントなのだ。

 

 何処ぞの時空の様に『ランサーが死んだ!』『この人でなし!』なんて光景は早々有り得ないのである。

 

 そして今が正にその状況……いや、防戦に徹しているとは言い難いが、兎に角ステータスで大きく差を開けられているアーチャーを相手に戦況は維持されている。

 

 

 

 だが。

 やはり。

 それでも。

 

 何度でも言おう。

 

 相手はヘラクレスなのだ。

 

 

 ギリシャ最強とケルト最強、本来の格は間違いなく互角だが、やはり知名度補正で大幅に出力に溝を開けられているのがどうにもこうにも痛過ぎる。

 そしてそれ以上に致命的なのが、アーチャーの心眼(偽)スキルだ。

 虫の知らせとも言える、天性の本能による危険予知回避。

 アーチャーとしての眼の良さ、生前の戦闘経験等も合わさってまるで有効打が入らない、それどころか同じ手は二度と通じなくなってしまい、どんどん切れる札が削られていく。

 

 早い話が、徐々にランサーの動きを見切り始めているのだ。

 通常の武器が通じない獅子を己の腕力だけで丸一日懸けて絞め殺したり、女神(アルテミス)すら捕らえられなかった神速で駆ける鹿を丸一年懸けて追い掛け回し捕らえた等の逸話の存在も大きい。

 粘り強さは何もクー・フーリンの専売特許ではないのだ。

 

 

(やはり、このままでは不味い)

 

 マスターとして、戦士として当然の帰結に行き着くバゼット。

 だが先述の通り、下手に介入しても余波だけで物言わぬ肉塊にされるだろう事は想像に難くなく、後ろの少女(マスター)を狙えばそれこそミンチである、やってられない。

 

(ならば───)

 

 実力での加勢は出来ない、単独での行動も出来ない。

 残る選択肢である、()()()()()()()()を取るのは必然であった。

 

 バゼットは、背負っていた細長いバッグに手を掛ける。

 

 

 

 

 

          ∵∵∵

 

 

 

 

 

「があっ!!」

 

 バツッ、と。

 渾身の突きを躱されたと同時に振るわれた石斧刀の横薙ぎ。

 僅かに、だが確実にその身を捉えた一撃によって、ランサーの左足の付け根から鮮血が飛ぶ。

 

 それに怯まず退かず。

 踏み込みの勢いで跳ね挙げた槍の穂先は、これまた最低限の動きで躱される。

 

 

(不味(まじ)ぃな)

 

 そのまま闘争の熱で滾る本能のままに突っ込もうと全身に衝動が走るが、そうはしない。

 戦場に於いて理性を失った木偶の坊の辿る末路は何時の時代も決まっている。

 ランサーは己の身を支配せんとする狂熱を逆に利用し、その勢いを全力で後退に注いだ。

 案の定、コンマ一秒後には自身の立っていた地がアーチャーの石斧刀によって粉々にされる。

 

「そう何度も───」

「うお───」

「───退かせると思うなっ」

 

 

 大英雄の進撃はそれに留まらず。

 これ迄の攻防でほぼ完璧にランサーの間合いと動作のタイミングを見切っていたアーチャーは、ランサーの後退に速度を合わせて追従。

 指揮棒でも振るっているつもりなのかと罵りたくなる程に、凄まじいスピードと軽やかさで石斧刀による連撃を繰り出す。

 

 堪らず仕切り直し発動。

 最初の一発に槍の柄を合わせて受け流し。

 一息に必死の間合いから逃れるランサー。

 

 ─────そんな離脱の瞬間に生まれる気の緩みをアーチャーは正確に狙い射つ。

 

 ドドドドドドドドドンッッッ!!!!!

 

 火山噴火による空震も斯くやとばかりに爆音が九連続。

 矢避け発動、自身に向かってくる(ミサイル)の尽くを打ち、逸らし、()なす。

 

 再びの爆音。

 目標を捉え切れなかった弾頭達はその鬱憤を周囲にぶつけるが如く破壊の爪痕を残した。

 直撃…どころか掠らせもせず全ての矢の迎撃に成功はしたものの、その矢群達が纏っていた神秘(熱量)に肌がひりつく。

 

 その熱さが、どうしようもなく番犬を沸かせるのだ。

 

 矢を躱されるのも織り込み済みと云わんばかりに再び突っ込んで来るアーチャー。

 それに合わせてランサーも駆ける。

 

 前にだ。

 後退ではない。

 

「ぬんっ!」

「はぁーっはあっっ!!」

 

 その口許は最早隠し切れないとばかりに吊り上がり。

 否、端から隠す気等皆無だっただろう。

 彼は、そういう男で。

 ケルトの戦士なのだ。

 

 

 

 

 ───クー・フーリンという男の生涯は、遍く闘争によって貌造(かたちづく)られていた。

 

 それは御世辞にも長寿とは言えぬ刹那の輝きであり。

 奸計と(しがらみ)に振り回され雁字搦めにされた糞ったれた道であり。

 戦友(とも)と駆け抜け、女と交わした満ち足りた日々であり。

 

 それは己で選び取った生。

 故に後悔等在ろう筈もなく。

 

 だからこそ、何処か()()()()なものがあったのだ。

 

 何もかもが、クー・フーリンにとってはちょろ過ぎたのである。

 生まれ持ったその力は同年代の少年達等歯牙にも掛けず。

 魔獣に匹敵する凶悪な番犬も彼の腕力の前には一方的に追い詰められる獲物同然であり。

 戦で敵軍に対し一番槍を決めればそのまま全滅させてしまう事等日常茶飯事。

 各地の名だたる豪傑も、最強の幻想をその身に秘める竜種でさえも、尽く彼の槍の一振りの前に沈んでいった。

 

 無論、困難は在った。

 魔境・影の国への道中。

 その国の支配者である女王に課せられた修行。

 常に自らの上に在った親友との死闘。

 

 だが、結局はそれ等も全て乗り越えてしまった。

 

 到頭彼は、挫折というものを味わわずその生涯を終えたのだ。

 

 その癖、師に己の槍を見せてやれなかった(やり残した事はある)のだから始末が悪い。

 

 死して尚、治まらない太陽()が彼の胸の内では燻り続けていた。

 女々しくもそれ等を解消出来ないかと、ある日ふと思い立ち、冥府を抜け出て当代最高の英雄(フィン・マックール)にちょっかいを掛けてみるも、勝負にすらならなかった。

 

 重ねて言うが、満ち足りてはいた。

 だが、どうにも、持て余すのだ。

 

 吐き出し足りなかったのである、何もかもが。

 

 

 

 

(ふざけやがって、出鱈目過ぎだこの野郎)

 

 

 ─────だからこそ、今。

 クー・フーリンは嗤う。

 

 

(畜生っ、最高じゃねぇか!!!!!)

 

 

 生前、恵まれなかった良き主。

 そして、己を遥かに凌駕する絶対的な敵。

 

 有りとあらゆる腐れ縁から解き放たれた男は、只々己の全てを槍に乗せて振るうのみである。

 

 

 そんな男の意気を汲むのも、同じ男。

 アーチャー・ヘラクレスは己の全霊で目の前の好敵手を打倒する事を決意する。

 

「───お嬢様(マスター)、宝具使用の許可を」

「───いいよ。壊し過ぎないでね」

 

 胴体を狙った渾身の一振り、ランサーの防御を容易く打ち崩し大きく吹き飛ばした彼は、その一瞬の停滞の内にマスターから許可を得る。

 

 石斧を傍らの地面に垂直に突き刺し、背負っていた弓矢を番える。

 瞬間、その屈強な五体から爆発的に解放される濃密な魔力。

 公園一帯のみが神代に還ったのではないかと錯覚する程のそれが、尽く九つの矢に充填・凝縮されていく。

 

 あれが放たれれば、矢避けの加護とて無意味に成り果てる。

 進退窮まった、退いても進んでも待つのは死。

 

 ならば()()()()()()しかないだろう。

 乾坤一擲、起死回生。

 どうせくたばるなら前のめりに。

 それこそがクランの猛犬をケルトの大英雄足らしめた所以。

 

 

「───間抜けっ!!この程度の間合いで剣を手放すとはなぁ!」

 

 

 嘗てクー・フーリンには、長く戦場を共にした愛馬が居た。

 その名の通り、音速で駆ける馬の王、マハ。

 

 そしてクー・フーリンは『()()()()()()()()()()()()()』のである。

 

 音速以上のスピード、それ即ち視界全てが己の間合いと言っても過言ではない。

 ()の最速の英雄に勝るとも劣らない俊足(しゅんそく)は、文字通り一瞬でアーチャーを己が得物の間合いに捉える。

 

 その槍の呪詛は、既に解放済み。

 

 

刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)ッ!!」

 

 

 

 

 目前の()に向かって、真直に突き出される朱き稲妻。

 

 

 

 その一撃は、()の薄皮一枚貫く事無く停止した。

 

 

「─────ッッッ!!?」

「私が間抜けなら、そなたは(ぬる)い」

 

 十二の試練(ゴッド・ハンド)

 生前の大偉業が宝具と化した、Bランク以下の神秘による攻撃を完全に無効化する、絶対にして無比の肉体()

 それは同じ宝具とて例外ではなく。

 

 此処に至る迄に一度でも、槍の穂先を掠らせでもしていれば、ランサーはその異常性に気付けただろう。

 刃すら通さない硬質の皮膚を持つ親友、神の槍すら弾く肉体を持った水神の息子等、生前は矢鱈と堅い敵との交戦経験が豊富だったのだ。

 相手は不死身の怪物…なんて、()()()()()()ではクー・フーリンは怯まない。

 普段の彼なら先ず犯さなかったであろう愚。

 

 だが此度(こたび)の戦にて、彼は敵に一撃も当てられなかった。

 故に気付けなかった、見抜けなかった。

 それが()()両者の残酷な迄の差だった。

 

 

 弓が、引き絞られる。

 狙うは、目と鼻の先に在るランサーの頭蓋。

 

 射殺す百頭(ナインライブス)

 ヘラクレスがその生涯を懸けて培った武技。

 不死身に等しい生命力を有するギリシャの魔物達、その尽くを滅殺し尽くした神域の(わざ)が宝具化したものだ。

 あらゆる武器を用いて発動させる事が可能であり、更には相対する敵に応じてその特性・形態を変化させる事も出来る、正しく万能を謳うに相応しい切り札。

 

 今彼がランサーに対し放とうとしているのは、対人用───ではない。

 

 それすらも超えた、『対英雄用』。

 

 人体は脆い。

 一太刀まともに受ければ、一矢まともに喰らえば、それだけで命を散らし、辛うじてその場を凌いだとしても後遺症によって著しくその機能を低下させてしまう。

 故に対人に於いて必要なのは速度。

 人の身では到底躱す事は(あた)わない神速の九連撃。

 

 それに、有りとあらゆる加護を無効化する()()()()を付与したのが対英雄用だ。

 英雄とて人の延長に在る存在、故に上記の理屈は当て嵌まる…当て嵌まるのだが、同時に()()()()

 明らかに常人のそれを超えた生命力を有していたり、本来なら人類が持ち得る筈の無い特性や加護を身に付けていたり。

 そんな吃驚(びっくり)人間の万国博覧会が英雄共だ。

 単純に(はや)いだけの攻撃では通用しない可能性は高い。

 故にこその貫通特性。

 反則(チート)を潰す絶対(チート)

 超常の神性と技巧を司る大英雄だからこそ成し得る(ちから)

 

 

 そんなものが、数メートルにも満たない距離で解放されようとしている。

 無理無理不可能、待つのは死。

 ランサーにはもう、為す術無し。

 

 

 

 

 

 ()()()()()()

 

 

後より出でて先に断つもの(アンサラー)

 

 

 唯一それを防げる可能性を持つのは。

 

 

斬り抉る(フラガ)───」

 

 

 この場に於いて只一人。

 

 

 

 

 

 

「───戦神の剣(ラック)!!!!」

 

 

 

 宝具(エース)を殺す宝具(ジョーカー)

 神代の魔剣を現代まで継承した、赤枝の騎士の末裔だった。

 

 

「───ご、ォ───」

 

 斬り抉る戦神の剣(フラガラック)

 相手の切り札に応じて発動し、一度放たれれば時間(運命)を遡って相手が切り札を発動させる前にその身を貫く───正しく究極の後手必殺。

 そして、切り札を発動させる前に相手を殺すという事は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という事である。

 

 バゼットが発動させた神剣(それ)によって放たれた光弾(レーザー)が、アーチャーの顔面を穿ち潰し、同時に解放寸前だった弓矢の魔力が、まるで最初から存在していなかったかの如く霧散した。

 斯くしてギリシャ最強の英雄は、実に呆気無く相性勝負(じゃんけん)に敗れ、聖杯戦争から脱落する。

 

 

 ─────する筈なのだ、普通の道理なら。

 

 

 

「───────ぉ、あ」

「───な、に!?」

 

 プロの戦闘屋であるバゼット・フラガ・マクレミッツが、目の前で起きた事象に、この戦いの中で初めてその表情を驚愕に染めた。

 

 アーチャーが動いている。

 砕かれた頭部が再生していっている。

 

 そんな理不尽極まりない現象を目の当たりにして、バゼットは苦々しく呟いた。

 

「蘇生能力…!」

 

 頭を吹っ飛ばされれば人は死ぬ、自明の理だ。

 確実に絶命した状態から復活する、それは明らかに治癒なんて生っちょろい代物じゃない。

 まさかこれ程迄に出鱈目だったとは───いや、それよりも異常なのは、あのマスターの少女だ。

 

 本来ヘラクレス等と云う超抜級の英霊が、戦闘行動どころか普通に手足を動かすだけでも、その場に存在するだけでもマスターは尋常ではない魔力を消費する。

 それこそ並の魔術師では数分と保たず、文字通りの干物になってしまう。

 だと云うのに、あの白い少女(雪の妖精)は半刻近く大英雄の戦いを、魔力消費等まるで意に介さず支える所か、蘇生と云う神秘の頂点の一つに位置する奇跡すら賄ってみせた。

 しかも未だにその表情は余裕そのもの───これは、不味い、上手く隙を突けばとかそういう問題じゃない、端から勝ち目等───

 

 

(───いや、それこそ問題ではない、か)

 

 

 呑まれかけた一瞬、バゼットは冷徹に己を()()した。

 何もかもが、今更だ。

 これ迄の人生、何度そんな理不尽とぶつかってきた?

 最早数え切れない程───そしてその全てを己は打倒してきた。

 

 無敵等有り得ない、不死身なんて馬鹿げた事が有って堪るか。

 自動蘇生(オートレイズ)なんて何等かの制限が有るに決まっている。

 そこに隙を見出だせ、無くとも作れ、プロとはそういうものだ。

 

 

 況してや、今の自分には、彼が付いている。

 

 

 

「生憎だが、死なねえ化け物なんざ見飽きてるぜ」

 

 蘇生が完了する寸前、アーチャーは直ぐ目の前から発せられた声に、柄にもなく背筋を粟立たせた。

 再生が終わった両の目は二度己に突き出される深紅の魔槍を捉える。

 

刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)ッ!!!」

 

 

 

 突き刺さった。

 

 今度は、アーチャーとそのマスターが驚愕する番だった。

 

 原初のルーン。

 嘗てクー・フーリンが影の国の女王・スカサハに師事した際に授けられた魔術(スキル)

 失われた神代の魔術足るそれは宝具のランクを一時的に引き上げる事すら可能とする。

 本来Bランクである所をAランク迄押し上げられた原因の魔槍(ゲイ・ボルク)の一撃は今度こそアーチャーの胸板を突き破り、その心臓を穿ち抜いた。

 

 

「───ふふ、それだけじゃ足りないわ」

 

 だが、殺された(貫かれた)傍から再びアーチャーは再生を始める。

 残念ながらまだまだこれだけでは大英雄の命は尽きない、そうイリヤスフィールは余裕綽綽に嗤う。

 

「解ってんだよ、んなこたぁ」

 

 そして当然ランサーはその程度の事は折り込み済みだった。

 

 

()ぜろっ!!」

 

 

 ドバッ、と。

 粘性の液体が詰まった風船が爆発したかの様な、耳にこびり着く音が響いた。

 

「ぼぅ」

 

 ランサーの怒声に応じて、魔槍が文字通り爆ぜたのだ。

 鋒がまるで木々の如く枝分かれし、アーチャーの肉体を内側から滅茶苦茶に刺し貫いて飛び出す。

 剰りにもあんまりな暴虐に晒されたアーチャーは堪らず口から息と血を漏らした。

 

 再生の途中であったと云うのも痛い。

 八方に伸びた槍の柄と再生途中だった肉が絡み付いて半ば癒着してしまい、アーチャーの全身の動きを阻害する。

 更にはアーチャーの体から下方向に向かって飛び出た鋒の幾つかが地面に突き刺さってアーチャーをその場に縫い止めた。

 

 間髪入れずにその命を三つ奪われた大英雄。

 

 ───それでも、まだ動く。

 理不尽(ヘラクレス)は終わらない。

 

 

「───バゼットッ!!」

「───っ!」

 

 だが、それでもいい。

 動きは止めた、ならば後は()()を狙い討つのみ。

 

 サーヴァント( ランサー )信頼()に応じてマスター(バゼット)は動く。

 アーチャーの横を駆け抜け、その後ろのイリヤスフィールに突貫する。

 

「っ!ぐっ」

 

 それを見たイリヤスフィールは堪らないと云わんばかりに表情を歪めながら後ろに跳び、魔力弾を連発した。

 先の一騎討ち(タイマン)彼我(ひが)の実力差は明確に定められているのだ、勝てないと判っている以上、それは至極普通で正しい動き。

 

 只、それで(しの)げるかどうかは別の話。

 まるで雨風の中を突っ切るかの様に、両腕を顔の前でクロスさせただけの無造作な防御でバゼットは魔力弾幕を抜けてあっという間にイリヤスフィールの目前に迫る。

 

「ぅ、ぁ─────~~~っ!!もうっ!しつこいっ!!」

 

 容赦無き暴威に、迷いの無い突進に、イリヤスフィールは恐怖で怯みかけるも、何とか次の魔術を起動。

 自身の髪を錬金術によって伸長、硬化させバゼットの四肢を拘束する為に振るう。

 

 掛かった。

 狙い通りに髪糸達はバゼットの両手足に絡み付き、その動きを封じる。

 ─────だがそれは文字通りほんの一瞬だった。

 

 

 バツンッ、と。

 

「っ!?ぁ」

 

 イリヤスフィールが安堵したのも束の間、バゼットの体───と云うよりは着ている仕事着(スーツ)が淡い燐光を発して絡み付いてきた糸を軒並み弾き、千切った。

 

 バゼットが仕事(戦闘)の際に───と云うか普段の私生活でも───着ているスーツはオーダーメイドの魔術礼装だ。

 彼女が専門としているルーン魔術がふんだんに仕込まれたそれは当然敵の攻撃に対する防御機能も十全である。

 

 H(hagalaz)…災難への警告。

 Z(ehwaz)…躍動的な行動力。

 T(teiwaz)…武器に刻む勝利の護符。

 B(berkana)…物事の順調な進行、新しい出来事の幸運。

 Y(eihwaz)…防御、危険回避。

 Z(algiz)…保護、庇護、防御、魔除けのお守り。

 R(raido)…急激な変化への対応、目標に向かっての移動。

 U(uruz)…野生の雄牛、挑戦的な前進。

 

 イリヤスフィールの魔術に対して反応したのはこの八つ。

 それは敵の攻撃に対する防御であり、束縛に抗う行動であり、勝利に向かって進む前進である。

 苦し紛れの拙い反撃程度ではこの神秘を抑え込む等出来ない。

 

 

「相手の動きを止めて安堵している様では三流どころの話ではありませんよ」

 

 そこは即座に仕留めにかかった後、追撃でしょうに。

 そう内心で付け加えながら、バゼットは既に拳を振るっていた。

 

 

 

 硝子が割れる様な音。

 一拍遅れて鈍い打撃音。

 

 咄嗟に張った小規模な結界(防御魔術)は拳の威力をほんの僅か、十分の一程削るだけに終わり。

 

 嘘の様にポーンと吹っ飛んでいく小さな体躯。

 アスファルトの上を四回跳ねた後、ガリガリと、思わず耳を塞ぎたくなる不快な摩擦音を数秒立ててイリヤスフィールは止まった。

 

 

「っ!!ぬ、ごおっ!」

「う、おっと。ワリぃな、行かせねーよ」

 

 護るべき(少女)の危機に大英雄は猛る、が、ランサーはやすやすとそれを許さない。

 荊棘(いばら)で全身の筋肉を磔にされているだけに留まらず、ルーン魔術での拘束も施されている状態からでは、()しものヘラクレスも抜け出す事は出来ない。

 

 

「─────ぁ」

 

 小さく漏れたその声に込められた感情は何か。

 

 未だに地面へ横たわっている体が短く痙攣し、くの字に曲がる。

 やっと感覚が現実に追い付いたらしい、遅れてやってくるのは、痛み。

 じんわりと、だが(おぞ)ましい早さで己の全てを蝕んでいく、苦しみ。

 

 

「ごっ ! !け  へぇ あ゛っ」

 

 血の混じった吐瀉物を撒き散らすイリヤスフィール。

 立てない、そんな気力は既に奪われてしまっている。

 鋭く、それでいて鈍く、ずしりとした重さで此方の心をへし折りに来るのが、殴打による内臓への痛みだ。

 払いたいのに払えない、拭いたいのに拭えない、抜け出せない、逃げ出せない、肉体への苦痛(ダメージ)と云うものはそうやって絶えず持続する事で精神すら堕とす。

 

 魔術修行で味わったモノとはまた違う、原始的で暴力的なそれにイリヤスフィールは()()()()()()()

 

 ───執行者(殺し屋)は、そんな幼気(いたいけ)な少女の様にも構う事無く、即座に駆け寄ってとどめの(一撃)を振り上げる。

 

 

「───────」

 

 

 そんな光景を目にして。

 何かがアーチャーの中で()()()

 

 それは自身のマスターを害する狼藉者に対してか、痛みに喘ぐ子供を無慈悲に処分しようとする外道に対してか─────或いは、人の子一人十全に護り通せない己の、悍ましき無様さか。

 

 

 

 

「オ───ア、アアアア゛アア゛アアア゛アアア゛ア゛アアッッッ!!!!!」

「イッ、な!?」

 

 

 (いず)れにせよ、トリガーと成ったのは、怒り。

 霊基(肉体)のリミッターが外れたアーチャーは、最早筋肉の可動域だとか、骨が引き千切れる激痛だとか、それ等一切合切を無視して、直ぐ近くに突き立っている石斧刀を無理矢理に掴み、振り上げた。

 その刀身に込められるのは先程のそれを尚凌駕する、圧倒的という言葉すら生温く感じる程の魔力(神秘)

 己の命すら(なげう)った大英雄の、限界を超越する神撃。

 

 

「バゼットッ!!」

「っ!」

 

 それを見たランサーは即座に方針を転換した。

 バキンと、アーチャーに突き刺さっている棘の鋒達をそのままに、自身の(得物)を切り離してマスターに向かい駆ける。

 

(これで防ぎ切れますかね、っと!)

 

 走りながら自身に刻むのは、原初のルーンによる幾重もの加護。

 

 

 数瞬後、絶技は放たれた。

 

 

 

射殺す百頭(ナインライブス)ッッ!!!」

 

 

 一瞬にも満たない刹那の内に振るわれた、九連の窮極斬撃。

 端から見れば一振りとしか認識出来ない程の高速で間断無く放たれたそれは、()()()()()()()()()()()()()()()()という性質を持つ。

 如何に堅牢な防御だろうと圧し退け、打ち砕き、粉々にする怒濤、暴力の波。

 ─────故に、その種別は対城。

 『折り重なった波状攻撃』という理不尽を通り越して意味不明な衝撃波(破壊の嵐)の的となったのは、(いにしえ)の城砦等では無く、たった二人の人間。

 

 無理な体勢からというマイナスを補って余りある、限界突破した(リミッターが外れた)筋力と魔力によるその一撃(九連)は、上級宝具すら防ぎ切る原初のルーンによる防壁と数秒拮抗し─────

 

 

 

 

 

 

 

 ─────数分後、その場に残っていたのは、無惨な有り様と化した海浜公園(デートスポット)のみだった。

*1
正確には日本の諺ではなく中国の故事




毎度の如く後書き解説祭りいくよ~。


Q・アチャクレスの武器増えてない?
A・原作バサクレスの持ってる神殿の石柱もとい斧刀追加しました。いや、もう、なんか、寧ろ何で持たせてなかったん?って思いまして。

Q・鮭跳びってこういう技なん?
A・完全に捏造です。UFOさんのアニメで矢鱈と兄貴ピョンピョン跳ね回ってるんで、こう、一歩で凄い距離移動する、なんか凄い踏み込みくらいにザックリ思ってます。

Q・兄貴の心情について
A・兄貴の性格的に生前の未練とかは無さそうだけど、何処と無く物足りなさは感じてたんじゃないかなと。原典でのなろう主人公も真っ青な無双っぷりを見ると、ねぇ?(笑)

Q・ナインライブス
A・今ん所の公式発表では『対人用のハイスピード斬撃』と『対幻想種用のドラゴンホーミングレーザー』があるそうですが、万能宝具と謳う以上、剣では対人用しか出せない、弓では対幻想種用しか出せない、なんて事は無い筈だと思い、こうなりました。一つの武器であらゆる属性の九連撃を出せるのがウチのアチャクレスです。つーかヘラクレスにはこれくらいチートで居て欲しい。

Q・ゴッドハンドで蘇生するヘラクレスの宝具がフラガでキャンセルされるのはおかしくない?
A・ヘラクレスはあれ本当の意味で不死身なのではなく、『一旦死んでから甦る』という完全に死ぬ事を途中に挟むタイプなので、一旦死んだらその間に魔力霧散して宝具キャンセルされるんじゃねーかなとか都合よく解釈しました(笑)。じゃないと兄貴死ぬんで、ウン。

Q・腹パン
A・プリヤでもバゼットさんに腹パンされてたねイリヤ。この二人にとって腹パンは運命なんですたぶん。



世間はコロナで大変な騒ぎになっていますが、それでも私は絶対観に行く。
皆さんもHF3章、観に行きましょう!

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