Fate/SAKURA   作:アマデス

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今回の反省点

・長ぇよ(まさかの15000字越え)
・ヘラクレスさんの強さを抑え過ぎた
・桜ちゃんの呪文(外国語アレルギーやねん…orz)
・戦闘シーンがもっさり
・オリ魔術
・オリ鯖ぁっ!!!

こいつぁヤベェぜ…


6話 大英雄と反英雄

「先輩は────私を信じてくれますか?」

 

 自分の目の前で起きた事象が理解出来なかった。

 現実なのか、夢なのかすら定かではない。

 

 有り得ない。

 本来なら、あんな、あんなものは有り得ない。

 有り得ていい筈がない現象だ。

 

 鼓膜に、頭蓋に、心臓に。

 周囲で巻き起こる轟音がちっぽけな俺の体の全てを呑み込み吹き飛ばさんとしているかの様に叩き付けられる感覚が残っている。

 

 脚が動かなかった。

 腕も動かなかった。

 思考も出来なかった。

 瞬きすら忘れてしまっていた。

 辛うじて出来たのは呼吸のみ。

 全く以て未知の存在、それも己の命を容易に刈り獲る事が出来る力を持った相手を前に、生物としての本能が働くことを放棄してしまっていた。

 ただ一つ分かっていたのは、この場に留まっていると死ぬという事。

 

 後輩の言う通り、直ぐにあの場から逃げるのが一番賢い選択なんだろう。

 

 でもな桜、後輩(家族)を犠牲にして自分だけ助かるなんて選択、俺にとっては無いも同然なんだ。

 

 

「前にも言っただろ?俺は、桜の事を誰よりも信じてるよ」

 

 

 

 

 

         ∵∵∵

 

 

 

 

 

「ライダーっ!!」

 

 気付いたら咄嗟に叫んでいた。

 全身の魔術回路を叩き起こして魔力を(みなぎ)らせる。

 パスを通じて私の魔力を受け取ったライダーの霊体化が解かれ、私と先輩の前に現れた。

 鎖の付いた杭を両手で構えて既に臨戦態勢を取っている。

 その後ろ姿はとても頼もしいが、十数メートル程先に佇む存在から発せられる圧力(プレッシャー)は微塵も緩まない。

 

 あれは、()()()

 その姿が目に入った瞬間、心臓が停まり、後に跳ね上がった。

 その圧倒的存在感に晒された瞬間、全身の神経が痺れ、筋が凍り、血が熱くなった。

 ただそこに居るだけで明確に此方の心と体を蹂躙し、滅茶苦茶にしてくる。

 あれには、勝てない。

 確実に自身を滅ぼしうる力を前にして、本能が叫んでいる。

 今すぐ逃げろ、隠れてやり過ごせ、命乞いをしろ、諦めろ、死力を尽くして闘え。

 ありとあらゆる感情が()い交ぜになり、矛盾した反応がそのまま体にも表れる。

 なのに、理性だけは只管正常だった。

 昔から、子供の頃からそうです。

 一周回って冷静になれるというか、どうやら自分は追い詰められると頭が冷える(たち)らしい。

 そんな自身の数少ない長所に感謝しつつ、()から目を離さない。

 

 巌の様な巨人。

 服は腰巻きのみ、獅子を模した胸当てと棘付きの鎖錠を僅かに身に付けただけの、ほぼ裸の格好だが、そんな事は何の問題にもならない。

 寧ろ半端な衣服や鎧を纏っても動きを阻害する邪魔()にしかならないだろう。

 そう確信出来る程に鍛え抜かれ、人体の完成形と言っても過言ではない屈強な五体を惜し気もなく誇示している。

 女性として完成された肢体を持つライダーとは対極の存在の様に思えた。

 自身の身長程もある弓を携えているところを見るに、恐らくクラスはアーチャーだろう。

 遠距離戦を最も得手とするクラス…の筈なのだが、接近戦を挑んでも勝てるビジョンが全く浮かばない。

 あの筋肉達磨な見た目からしてもそうだが、何より───

 

(なんてデタラメなステータス…!)

 

 マスターの権限により閲覧した相手のステータスは規格外の一言に尽きた。

 

 なんと幸運以外、全てAランク。

 

 馬鹿げている。

 文字通り最強じゃないか。

 あれでアーチャー?

 なんの冗談ですか、と叫びたくなった。

 ひょっとしたらあの弓はマスターが用意したフェイクの礼装か何かで、本当の宝具は別にあるんじゃないかと勘繰ってしまう。

 いや、仮に最優と呼ばれるセイバーのクラスだったとしてもこれ程までにデタラメなランクを叩き出すものなのでしょうか。

 まさかバーサーカー?

 理性を代償に能力を引き上げる狂化の恩恵を受けているならあの高ステータスも納得出来なくはないですが…それにしては落ち着いている様な…。

 

「初めましてサクラ。それにお兄ちゃん」

「!」

 

 敵のサーヴァントについてあれこれ思考を巡らせていると少女に話しかけられた。

 そういえば、アーチャー(暫定)の凄まじいインパクトのせいで忘れていたが、あの少女がアーチャー(暫定)のマスターなのだろうか。

 あんな、幼い少女が?

 見た目で相手を判断する等、愚の骨頂だとは分かっているのですが、それにしたって場違いだ。

 これから戦場になる場所に、間も無く殺し合いが始まる場所に、何故あんな幼気(いたいけ)な子供が。

 

「私はイリヤ。イリヤスフィール・フォン・アインツベルンって言えば分かるでしょ?」

「アインツベルン…」

 

 少女の名乗ったファミリーネーム。

 私と同じ始まりの御三家の魔術師。

 

「アインツベルンは、今度こそ聖杯を手に入れるつもりよ。その為に最強のマスターである私と、最強のサーヴァント、アーチャーを用意したの。貴女達に聖杯は渡さないんだから」

 

 少女の口から明確な敵対の意思を伝えられる。

 おまけに無視出来ない情報が。

 やっぱりあのサーヴァントのクラスはアーチャーだったのだ。

 つまり素のステータスであの高水準。

 とんでもない格を誇る英霊なのでしょう。

 

「じゃあ、殺すね」

 

 少女はクスリと笑うと、あまりにも無邪気な声色で、どこまでも残酷な言葉を、挨拶でもするかの様な自然体で紡いだ。

 天使と悪魔が一つになった様な少女だ、なんて呑気な感想が浮かぶ。

 

 

「やっちゃえ、アーチャー」

「かしこまりました、お嬢様」

 

 

 スッ、と。

 少女の命令に紳士然とした言葉で応えたアーチャーは静かに此方へ一歩踏み出した。

 見た目と言葉遣いのギャップに少し不意を突かれたが、それよりも驚くべきはその身のこなし。

 あれだけの巨体にも関わらず、一切足音を()てずに移動した。

 自身の肉体を完全に支配している。

 途方もない研鑽の果てに身に付けたのであろう、その体捌きは正しく英雄。

 

「我がマスター、イリヤスフィール・フォン・アインツベルン様の命は下った。サーヴァント、アーチャー。いざ尋常なる果たし合いを臨むもの(なり)

 

 威風堂々。

 不意討ち等という概念は知らぬとばかりに数歩前に出た武人は静かに、だが此方の芯に沈み込む様な深みをもって名乗りを上げ、弓に矢を(つが)えた。

 その狙いは勿論ライダー。

 

 

「─────っ!!!」

 

 

 でも、よりにもよって角度が悪かった。

 ライダーの背後、射線上には私ではなく先輩が含まれていた。

 

 

「先輩っ!!!」

「サクラっ!」

「うわっ!?」

 

 私は咄嗟に先輩を突き飛ばす。

 入れ替わりで射線上に入ってしまった私をライダーが抱えて跳んだ。

 瞬間、(はし)った矢が風圧でライダーの靴の底を削る。

 矢は途中で失速する事なく一直線に飛び続け、数十メートル先にある電柱を貫いて尚飛び続ける。

 そのまま肉眼で捉えられる距離を越えて行ってしまった。

 

 まるでレーザー。

 ただの弓矢と言えど、人類史にその名を刻まれた英雄が放てばそれだけで圧倒的な神秘を宿した彗星となる。

 たかが一矢。

 されどその一矢は英霊をも確実に(ほふ)る、正しく必滅の一撃。

 私は思わず生唾を呑み込んだ。

 もしライダーが私を抱えて回避してくれなかったら。

 あれに当たったが最後、体に穴が空くどころか風圧と摩擦熱で丸ごと蒸発させられていただろう。

 明確な死の可能性を見せ付けられ、恐怖と焦躁が増す。

 

「───!ぁ、先輩!」

 

 ライダーに抱えられたまま、暫く矢の飛んでいった方を呆然と眺めていた私は、漸く正気に立ち返る。

 戦場で余所見をする等殺してくださいと云っている様なものなのに。

 魔術師はあくまで神秘を探求する()()であって()()ではない。

 いくら攻撃魔術が使えても、その下地は法治(平和ボケ)国家日本で純粋培養された一学生にすぎない。

 そう頭では理解していたのに、まだまだ認識が甘かったのでしょう、こんな致命的な隙を晒してしまうなんて。

 今はライダーが警戒してくれていたから良かったけど、もし単独行動する羽目になったら気を付けなければ。

 せめてライダーの足手まといにだけはなりたくない。

 

 私は先程突き飛ばしてそれっきりだった先輩の方を見た。

 呆然とした様子で尻餅を着いているが怪我は無さそうです。

 それに一安心した私は次にアーチャーを見やる。

 今にも第二射を放たんと構えているのかと予想したが、意外にも弓を下げて佇んでいる。

 此方に向けているのは視線だけだった。

 私と同じくそれを疑問に思っているのだろう、ライダーは私を抱えたまま(っていうか今気付いたんですけどお姫様抱っこって!)アーチャーに注意を払っている。

 そんな私達の心中を察したのでしょう、アーチャーが話し掛けてきた。

 

「言った筈だ。私は尋常なる果たし合いを臨むと。腕と脚の塞がったか弱いレディを狙い撃ちする気等更々無い」

 

 力強く重厚な声で紡がれた英雄の(ことば)を私は頭の中で反芻する。

 つまりマスター(お荷物)を抱えて満足に戦えない状態の相手を一方的に攻撃する様な真似はしない、という事でしょうか。

 あくまで一騎討ちに(こだわ)り、尚且つ相手が致命的なマスター(弱点)を抱えているにも拘わらずそこを突いたりしない。

 

 なんて人だ。

 良く言えば正々堂々、悪く言えば馬鹿正直。

 労せず、確実に敵を討てる絶好の機会だというのに、自らそれを放棄してしまうなんて。

 甘い、なんて一言じゃ済まされないくらい、兵士としては三流以下の行動。

 

 その筈なのに。

 目の前に泰然と在るあの英雄の姿が、とても眩しいものに思えた。

 傲りからくる余裕ではない。

 相手を見縊った挑発でもない。

 まして愚かさ故の下策等では断じてない。

 生涯を懸けて鍛え抜いた自らの(わざ)、その命尽き果てるまで貫き通した己の誇り。

 曾ての偉業により、英霊の座まで召し上げられた自らの魂に恥じる事の無い、自分が自分である為の行い。

 これが、『格』というものなのでしょうか。

 人々が羨望して止まない、()好良い姿。

 正しく英雄。

 ライダーの様に、人々に畏れられながらもその存在を肯定された、役目を望まれた反英雄の、危うくも惹き付けられる狂気的、蠱惑的な美とは違う。

 どこまでも正道を征く、圧倒的で、暴力的で、快楽的な英雄(ヒーロー)の光。

 どちらも、人の臨界を究めた超越者。

 それが、これから自分が従え、尚且つ敵対する人達なんだと、私は今更ながらに理解させられました。

 

 

「…では何故先程、あの少年が射線に入っていたのに射ったのですか?彼も貴方が言う所のか弱いレディとほぼ同義の存在ですよ?」

 

 私がアーチャーさん(思わずさん付け)への感心を募らせていると、ライダーがそんな疑問をアーチャーさんに投げ掛けた。

 先輩がか弱いレディ扱いという事に何とも云えない気持ちになるが大方その通りなので何も口に出来ない、ごめんなさい先輩。

 

「生憎だが、お嬢様の本来の目的は貴女方ではなくその少年なのだよ。故に我が弓の軌跡がその少年を貫こうとも、此方としては何ら問題は無い」

「な────」

 

 そんなライダーの問いに対するアーチャーさんの返答は、私にとってとても無視出来るものではなかった。

 つまり、彼等は最初から先輩を殺すつもりで来たという事。

 今こうして戦っているのは、偶々先輩の近くに私達が居たから。

 

 冗談じゃ、ない!

 先輩を、私の愛しい人を殺すなんて、許せない。

 何としてでも阻止しなくては。

 

「───ああ、だが決して貴女方を前菜(オードブル)扱いしている訳ではない。お嬢様のサーヴァントとして、一度名乗りを挙げたからには宣言通り尋常なる決闘を行う。今この場において、我が弓を向けるべきは間違いなく貴女方だ。我が誇りに懸けてそう誓おう」

 

 険しい顔をしていたのだろう、私の表情を見たアーチャーさんが厳かにそう告げてきた。

 恐らく自分達が()()()()()された事に怒っていると思っての言葉なのでしょうが、その読みは微妙にずれてしまっている。

 ですが、願ったり叶ったりです。

 要は私達が健在である限り、先輩には手を出さないという事。

 イリヤスフィールと名乗ったあの少女(マスター)も自分のサーヴァントの行動に苦言を呈す事はない。

 どこまでも余裕の表情でこっちを見ている。

 余程アーチャーさんの力量に自信があるのでしょう。

 自身の従えるサーヴァントなら、速やかに私達を排除し本来の目的を果たしてくれると。

 

 臨むところです。

 こちとらとっくに覚悟は完了してるってんですよ。

 

「ライダー」

「ええ」

 

 私の呼び掛けに応じてライダーが私を地面に下ろす。

 両手が自由になったライダーは再び戦闘態勢となる。

 

「お願いライダー。先輩を守って。貴女の力を、此処で魅せて」

「了解しましたマスター」

 

 (マスター)の命令を受けたライダー(サーヴァント)、その全身に覇気が満ちる。

 漸く、始まる。

 私の、聖杯戦争が。

 

 

 

 

 跳んだ。

 

 前傾姿勢で今にもアーチャーさんに飛び掛からんとしていたライダーの姿が、私の視界から一瞬で掻き消える。

 直後に雷鳴の如き爆音が響き渡った。

 熱と運動(エネルギー)で空気が一瞬の内に膨張する事により発生したそれは、やはりというかライダーを狙ったアーチャーさんの弓矢が発生源でした。

 身長の関係で僅かに下斜めの方向へと射ち出された矢は容易くアスファルトを砕き、融解させ、まるで隕石が降ってきたかの様な破壊の痕を残す。

 

 でもライダーは事も無げにそれを躱していた。

 敏捷Aは伊達じゃない。

 構えられた弓矢の射線を見切り、アーチャーさんの指が矢から離れた瞬間にそこから外れていた。

 トップスピードを落とす事なく、弾丸の様にアーチャーさんへと向かっていくライダー。

 武器の性質上、真正面からの白兵戦にライダーは向いていない。

 それでも一直線に相手へ接近していくのは相手が弓兵(アーチャー)だからでしょう。

 武装が弓矢のみである以上、白兵戦での攻撃手段はあの屈強な肉体だけ。

 距離を詰めてしまえばリーチの有利が働くのはライダーです。

 あの鎖で翻弄しつつ釘で急所を穿てば正気は十分にある。

 あっという間にライダーはアーチャーさんへ肉薄を───

 

「っ!」

 

 ───出来なかった。

 ライダーは自身の進行方向を90度曲げて真横に飛び込んだ。

 直後に雷鳴が響き渡る。

 

 ?

 何が起こったの?

 全く見えなかった。

 全く分からなかった。

 異次元の速度で行われる命のやり取りに、眼も頭も付いていかない。

 戦況を把握出来なければ、ライダーへの指示も、サポートも、令呪の使用タイミングも判断する事が出来ない。

 これではいけない、そう思った私は、殆ど気休めでしょうが目に強化の魔術を施す。

 なんとか、戦闘の()()()()は辛うじて追える様になった。

 よく目を凝らすとアーチャーさんの弓の弦が…何でしょう、常にぶれているというか、連続で(またた)いている。

 弓である以上、間違いなく矢を放っているが故の()()なのでしょうが、アーチャーさんが矢を番える動作が全く捉えられない。

 でも先程と同じ様な雷鳴が連続で響き渡り、それに対応する様にライダーも縦横無尽に地面を駆けずり回っている。

 

 間違いなくアーチャーさんは矢を射っている。

 でも私の目では、その()()()()()()()()()()()()()()()も追えないのです。

 

 

(速、過ぎる…!)

 

 

 私は改めて戦慄した。

 チート、デタラメ、化け物、人外etc…そんな明確な脅威の対象を表現する単語が頭の中に浮かんでは消えていきます。

 スキルや宝具の特殊能力に頼ったものじゃない。

 己の肉体と技術のみで神秘の領域に到達した、人外の力。

 最早何度目か分からない驚愕の感情が私の中では渦巻いていました。

 

 ですがそんな私の内心は他所に戦いは苛烈さを増していく。

 アーチャーさんの放つ弓矢の雷鳴の()()()()が、徐々に狭まってきている。

 あれだけの連射速度を誇りながら、まだまだ本気ではないという事なのでしょうか。

 最早1秒間に6、7回は雷鳴が響いている様な気がする。

 暴力的な爆音が連続で頭に響いて気分が悪くなってきてしまいました。

 耳も馬鹿になりそうです。

 でも、ライダーは私なんかの何倍も過酷な状況で戦い続けている。

 この程度で私が音を上げる訳にはいかない。

 

 戦況は、明らかにライダーが追い詰められていた。

 いくら敏捷Aのライダーでもあの異常な連射速度の矢を、それも10メートルも離れていない至近距離で躱し続けるのは困難だ。

 今は何とか紙一重で全て躱しているけれど、逆に言えば紙一重でしか躱せていない。

 回避の為の行動が精一杯で、反撃する事も後退して仕切り直す事も出来ない。

 矢の直撃こそ避けているが、至近距離で体を掠めていく矢の風圧と摩擦熱が少しずつライダーの肉と体力を削り取っていく。

 最早一方的な耐久レースを強いられている状態です。

 初めに接近し過ぎたのが裏目に出た…いや、寧ろアーチャーさんはこの状況に持っていく為に(わざ)と接近を許したんだ。

 もっと早く相手の狙いに気付いていればライダーにアドバイスが送れたのに。

 いや、今この場において、そんな後悔をする事には何の意味もない。

 指示(アドバイス)が出来なかったなら、直接援護(サポート)すればいい。

 対魔力のクラススキルを持っているアーチャーさんには私の魔術なんて毛程も効かないだろうけど、ほんの一瞬でも注意を逸らせればライダーが離脱する隙を作れる。

 そう思った私は人差し指をアーチャーさんに向け───

 

『サクラ』

 

 ───ライダーの念話でその行動を中断させられた。

 

『!ライダー!?』

『大丈夫ですサクラ。私を、自身のサーヴァントの力を信じてください』

『で、でも…』

 

 ライダーは既に満身創痍だ。

 いや、身体中が擦り傷や火傷だらけだからそう見えるだけだが、あれだけの猛攻に対応し続けて体力はかなり消耗している筈だ。

 いつその五体が彗星に圧し潰されてもおかしくない。

 なのにライダーは、手出し無用と言ってきた。

 ライダーの事は勿論信じている。

 だが現実に追い詰められているのだ。

 感情論でどうこうなる程甘い状況ではない。

 そんな事は当の本人が百も承知の筈。

 

 それでも、ライダーは言った。

 手出し無用と。

 自分を信じろと。

 

『………分かったわ』

 

 ならば、信じなければ。

 

 判断ミスかもしれない。

 感情論を廃して行動出来ない者が勝ち抜ける程、聖杯戦争は甘くないかもしれない。

 

 だが()()()()()が宣言したのだ。

 それだけで、信じる価値はある。

 

 

 

 そして、信じた成果は直ぐに出た。

 

「っ、ぬぅ!」

 

 アーチャーさんの機関銃の様な連射の、私では到底認識すら不可能な、ほんの合間を突いてライダーが反撃に出た。

 アーチャーさんの左目に向けて寸分違わず釘を投擲したのです。

 それを避ける為にアーチャーさんは頭を逸らし、一瞬だが弓矢の連射が止まった。

 その隙にライダーは移動する。

 姿勢を低く保ったまま道路を疾駆し、近くの民家の塀の上に飛び乗った。

 自身の機動力と鎖という武器の性質を最大限に活かせる戦法、それを実行する為に最適のポジションを選んだのだ。

 

 アーチャーさんはライダーを目で追って弓を番える。

 ですが、ライダーの後ろに民家があると分かると弓を下ろしてしまいました。

 

(え?……まさか、そういう事?)

 

 関係の無い人々を巻き込む事を忌避したのか、或いは騒ぎを大きくして神秘が漏洩する事を防ぐ為か、若しくはその両方か。

 理由はハッキリしませんが、現実として距離を離したライダーにアーチャーさんは弓で追撃を行いません。

 ライダーは自身の最適のポジションを確保すると共にアーチャーさんの性格、思考を読んで動きを封じたという訳です。

 

 ほぼ詰んでいたあの状況から、あの反則染みたステータスを誇るアーチャーさん相手に、たった一手のみで五分まで持ち直した。

 やっぱり、ライダーは凄い。

 

「随分一方的にやってくれましたね。次は貴方が踊る番ですよ」

「すまないが、私はダンス等嗜んだ事は無いのでな。演武でよければ喜んで披露しよう」

 

 戦意を弛める事なく二人は軽口を叩き合う。

 数瞬後、ライダーが動いた。

 先程と同じ様にアーチャーさんの目を狙って右の釘を投擲する。

 これまた先程と同じ様に釘を避けたアーチャーさんは動きを封じてしまうつもりなのか、鎖を掴もうと右手を伸ばす。

 ですがアーチャーさんの視線が自分から外れた途端、ライダーはもう片方の左の釘をアーチャーさんの右足に向けて投擲した。

 それに気付いたアーチャーさんが右手と右足を同時に引っ込めて体勢を崩した。

 その瞬間を待ってましたとばかりにライダーは塀から飛び降りると、アーチャーさんの側面に円を描くように回り込み、最初に投擲した右の釘に繋がった鎖を思いっきり引き寄せる。

 すると当然引かれた釘がライダーの方に戻ってくる。

 ライダーと釘の対角線上に立つアーチャーさんに向けて釘が跳ねながら襲い掛かった。

 アーチャーさんは堪らずといった様子で体ごと迫ってきた釘を避けるが、ライダーは獲物を仕留める瞬間の蛇の様に疾駆すると何時の間に回収していたのか、左手に握った釘でアーチャーさんを狙った。

 

「───甘い」

「っ!」

 

 でもアーチャーさんにはそれすら通用しなかった。

 アーチャーさんは向かってくるライダーに対して、有ろう事か後退ではなく前進でもって応じたのです。

 突然の接近に目測を誤ったのかライダーの動きが鈍る。

 恐らくアーチャーさんはライダーの勢いを止める為に敢えて突っ込み、あわよくばその体格差で圧し包もうとしたのでしょう。

 通常ならこの程度の奇襲、ライダーは問題なく対処出来る筈なのに、相手が悪かった。

 アーチャーさんの敏捷はライダーと同じA。

 同等の機動力を持つ者同士であるならば、完全にタイミングが合ってしまったこのカウンターを回避する手段は無い。

 

「ライダーっ!!」

 

 思わず叫ぶ。

 巌の様な巨体が砲弾の如き勢いで突き進み、眼前の全てを踏み潰さんと迫る。

 間に合わない。

 今から援護してもライダーを助ける事は出来ない。

 そう頭で、本能で理解しているのに、私は魔術を使おうとしている。

 まだほんの一日足らずの関係だけど、私をマスターと認めて付いてきてくれた、大切な人。

 そんな彼女の命を繋ぐ事も出来なくて、何がマスターか。

 一瞬でいい。

 本当に、ほんの一瞬でも動きが止まってくれればライダーは離脱出来る。

 絶対に間に合わない、絶対に届かない距離から魔術による援護を行おうとして───

 

 

「どちらがですか?」

「むっ!?」

 

 

 ───またもそれは、ライダーの言葉によって中断させられた。

 

「え…」

 

 思わず口から息が漏れた。

 ライダーを押し潰そうとしていたアーチャーさんの体に鎖が巻き付き、その勢いを完全に殺していたのです。

 左足を起点に体の上部へと鎖が登っていっており、胸を斜めに横断してアーチャーさんの首に巻き付き締め上げていた。

 左の釘は未だにライダーが手にしているので巻き付けたのは間違いなく右の釘を始点にした鎖ですが…。

 

(何時の間に?)

 

 一体どのタイミングで、何時あんな仕掛けを施したのか、離れた場所から戦場全体を見ていたにも関わらず全く分からなかった。

 アーチャーさんですら気付けていなかった様なので、私が気付けなかったのも当然かもしれませんが。

 アーチャーさんの極限まで磨き抜かれた武技とはまた違った、狩人としての卓越した神業。

 兎にも角にも、ライダーは駆け引きに勝った。

 

 首を締め上げる鎖を何とかしようとアーチャーさんが弓を持っていない右手を這わせるが、その間にライダーはアーチャーさんの巨体によじ登った。

 背後に回り込み、その肢体をアーチャーさんの首に絡ませたライダーは両手に釘を持って振りかぶる。

 

「貴方の弓の腕はそれだけで必殺となる…先ずはそれを潰させて貰います」

 

 

 そうアーチャーさんの耳元で妖艶に囁いたライダーは、アーチャーさんの両目に釘を振り下ろした。

 

 思わず私は顔を顰める。

 目を潰されるという事は弓兵の生命線である弓を封じられるも同義。

 只管効率的に相手の能力を奪ったライダーの手腕は賞賛に値するものです。

 なのに顔を顰めてしまったのは、曲がりなりにも弓道を歩む者として思うところがあったからなのか、それとも単純に目を潰すという行為に恐怖と痛みを連想してしまったからなのか。

 ですが、何にしても目を潰せたのは大きい。

 相手のマスターが治療魔術を使える可能性もありますが、それでも暫くの間相手が(メインウェポン)を使えなくなった事実は変わらない。

 その間にそのまま封殺して───

 

 

「やはり甘いのはそちらだ」

「───なっ!!?」

 

 

 ───ライダーの左足が掴まれた。

 

「!」

 

 ド  ゴッッッ!!!!

 

「……っぐ!」

「ライダーっ!!」

 

 左足を掴まれたライダーはそのまま地面へと叩き付けられた。

 筋力A。

 人類史に名を残した英雄の肉体はそれ単体で最早神秘の領域にある。

 たとえ弓が無くなっても、アーチャーさんのその剛腕によって産み出される破壊力は想像を絶するものだ。

 確かに甘かった、幾ら目を封じたと言っても相手は歴戦の英雄で……?

 

「え?」

 

 

 

 おかしい。

 何が起こっているの。

 

 ライダーは確かにアーチャーさんの両目に釘を刺した筈。

 アーチャーさんもライダーの攻撃を回避も防御も出来ずに諸に受けてしまった筈。

 

 なのに何故。

 

 

 

 アーチャーさんの目は開かれているの?

 

 

 

「っ!!!」

 

 有り得ない事態に停止してしまっていた自身の思考に思わず罵倒を浴びせたくなった。

 今にもライダーに向かって拳を振り下ろそうととしているアーチャーさんに向けて、今度こそ私は援護の為の魔術を放つ。

 

「「っ!」」

 

 ガンド。

 北欧に伝わる呪いを起源とする、対象を人差し指で差して病を与える間接的な初歩の呪術。

 初歩的であるが故にシングルアクションで発動させる事ができ、純粋に使用者の魔力量で威力が上下する。

 私が放つそれは物理的な威力を持つまでに昇華させた『フィンの一撃』。

 それをガトリングの如く連射してアーチャーさんの視界を塞ぐ様に弾幕を張った。

 たとえダメージが無くとも視界を塞がれては鬱陶しい事この上無いでしょう。

 一瞬の怯みを見せたアーチャーさんの攻撃範囲から素早く離脱したライダーは私の下に帰ってきた。

 叩き付けられたせいか若干肩が上下している。

 痛む所があるんだ。

 

「待っててライダー。直ぐに治すから」

「すみませんサクラ…油断しました」

 

 治癒の魔術を施す為にライダーの体に触れる。

 ライダーの謝罪に敢えて何も応えず治療に専念する。

 先程の攻防の結果はある意味妥当なものだ。

 目を潰してやったのに直ぐ様反撃されるなんて、そもそも目に一切傷を負っていないなんて幾らなんでも予想出来ない。

 だから仕方がない、気にしないでと言うのは簡単だけど、英霊という神秘の存在に対して先入観を持って相対したのは失態と言えなくもない。

 だから何も言わない。

 ライダーの中から既に油断は消えている筈だから。

 

「一体どういう事なんでしょう…幾ら耐久のランクがAと言っても、鍛えようの無い眼球を突かれて一切傷を負わないなんて」

 

 見ているだけの私には分からなくても、ライダーなら何か相手の秘密に気付いたかもしれない。

 そんな期待を籠めての言葉だったのですが。

 

 

「フフ、アーチャーの秘密が知りたいのねサクラ」

 

 その答えは意外な人物から(もたら)されました。

 

 アーチャーのマスター、イリヤスフィール。

 彼女は先程と変わらない余裕の笑み、更にそこに子供が買って貰った玩具を自慢するかの様な喜色を含ませて此方に語りかけてきた。

 

「いいわよ、特別に教えてあげる。アーチャーの真名はね、ギリシャ最大の英雄、ヘラクレスなの。その宝具は彼の肉体。神々に与えられた十二の試練を乗り越えたという逸話がそのまま宝具に昇華したものよ」

 

 ヘラクレス。

 少女の口から紡がれたその名前に私は焦燥を募らせた。

 その身は神の血を引き、魔獣すら素手で屠る屈強な戦士。

 圧倒的な知名度と、至高の武練を誇る、正しくギリシャ最大にして最強の英雄。

 なるほど、それだけの知名度補正を有する英雄ならあのデタラメなステータスにも納得がいきます。

 そしてそのヘラクレスさん(どう足掻いてもさん付け)を魔力不足に陥る事無く、十全な状態で御しきるイリヤスフィールというマスター。

 間違いなくあの陣営は優勝候補筆頭だ。

 そんなコンビと初戦から当たってしまった私達も、サーヴァントを召喚すらしていない段階で狙われる先輩もついていない。

 

「逸話が昇華…十二の試練…つまり生半可な試練(攻撃)では彼に傷を付ける資格は無いという事ですか」

「その通り。具体的に表すとそうね…Aランク未満の神秘じゃ、たとえ宝具だろうとヘラクレスには絶対に掠り傷さえ付けられないわ」

 

 ライダーの問いにイリヤスフィールは懇切丁寧な回答を返してくれた。

 なんというか、最早驚愕を通り越して呆れさえ感じてしまう。

 ほんと、もう、何なんですかその出鱈目さ加減は。

 チート(反則)にも程がある。

 そんなサーヴァント存在していいのかって感じだ。

 ですが幾ら文句を言っても現状を打開出来る訳ではない。

 

「どう?正しく最強でしょう、私のアーチャーは。もう諦めて降参しちゃいなよ。私は早くお兄ちゃんを殺し(虐め)たいの。貴女達に構ってる暇無いんだから」

 

 お前ら等眼中に無い。

 薄々分かってはいましたが、あの少女は(はな)から先輩にしか興味がないんだ。

 前菜(オードブル)どころじゃない、道端の邪魔な石ころを蹴飛ばすような、片手間の対応。

 悔しい。

 私だけでならまだしも、ライダーすら少女にとっては道端の石ころと変わらないなんて。

 

「サクラ…」

 

 ライダーが僅かに顔を此方に向けて話しかけてくる。

 

 ライダーの真名はメドゥーサ。

 嘗て幾千もの英雄達を葬ったゴルゴンの怪物。

 知名度ならヘラクレスさんにだって負けていない伝説の存在だ。

 だけど、残念ながらその実力は、逸話のスケールもキャリアも、サーヴァントとしてのステータスも純粋に劣ってしまっている。

 そもそも数多の怪物を屠ってきた英雄と、英雄に討たれた怪物(反英雄)では明らかに相性が悪い。

 全く勝ち目が無いという訳ではないけれど、戦いが終わった後五体満足でいられる保証も無い。

 勝負に出るか、それとも撤退するか、頭の中で最善策を模索していく。

 

 このまま戦闘を続行するとして、現状ヘラクレスさんに決定打を与えられる私達の攻撃手段は、ライダーの騎兵の手綱(ベルレフォーン)だけ。

 ランクA+のあの宝具なら確実にヘラクレスさんを倒す事が出来る。

 でもこの宝具を使うとなると一つ大きな問題があるのです。

 それはヘラクレスさんが()()だという事だ。

 

 間違いなく持っている。

 『ヒュドラの毒矢』を。

 

 嘗てヘラクレスさんが成し遂げた十二の試練、その一つであるヒュドラ殺し。

 ありとあらゆる生物を殺し尽くすと言われる全宇宙最強のヒュドラの毒。

 そのヒュドラを討伐した後、その内臓の毒を塗り付けて手に入れたヒュドラの毒矢。

 騎兵の手綱(ベルレフォーン)で突撃している最中にそれで狙撃でもされたら堪ったもんじゃない。

 ライダーのペガサスは神代の時代から存在し、()()なら竜種に匹敵するまでに神秘を積み重ねた高位の幻想種。

 ですがあのヘラクレスさんの弓の腕とヒュドラの毒矢の前では残念ながら剰りにも心許ない。

 

 ならば、サーヴァントではなくマスターの方を狙う?

 ライダーにヘラクレスさんを足止めしてもらっている間に私がイリヤスフィールを倒すという手もある。

 いや…これも現実的じゃない。

 幾ら見た目が幼くても彼女は御三家の一角(アインツベルン)が派遣した魔術師。

 しかもヘラクレスさんという超弩級のサーヴァントを従えて魔力不足にも陥らない力量。

 真っ向勝負を挑んだら此方がやられる可能性も高い。

 

 かと言って撤退するのも一苦労だ。

 ペガサスに乗って一気に離脱するのが一番確実でしょうが、上記と同じ理由で危険な事には変わり無い。

 メドゥーサに足止めしてもらっている間に先輩と遠くに逃げて、後から令呪でメドゥーサを撤退させる…これは絶対に無理です。

 あの少女の本命は先輩だ。

 私が先輩を伴って逃げようとしたら確実に此方を優先して襲ってくる。

 

 絶望的という程でもないが、どの案を採用しても分が悪い。

 いつの間にか固く握り締めていた拳にじっとりと焦燥の汗が滲む。

 

 そもそも私が最優先するべき事は何?

 ライダーの命、自分の命、聖杯の獲得…魔術師として、間桐の当主として、守らなきゃいけないもの、成し遂げなければならない事は沢山ある。

 

 

 

 

 

(嗚呼)

 

 でも、やっぱり。

 

(ほんと、お馬鹿だなぁ私)

 

 結局のところ、私が一番守りたいのは。

 

 

 

 

 

「……ライダー」

「はい」

「30秒…いえ、20秒でいいから時間を稼いで。なんとかこの均衡を崩してみせる」

「了解しました」

 

 私の命令を受けたライダーが再び民家の塀を駆けながらヘラクレスさんに向かっていった。

 ヘラクレスさんも弓矢を構えてライダーを待ち受ける。

 私も魔術を発動させる為、呪文を唱える。

 

「■■■■■■■■■───」

 

 魔術回路に魔力を流すのと並行して、呪文により精神を自己へ埋没させていく。

 世界へ術式を接続(アクセス)させる。

 世界、神秘、基盤…この世の法則に則って、神秘を神秘足らしめる概念を降臨させる。

 

「■■■──■■■■■■─■■■■」

 

 ごめんなさい先輩。

 今から私は貴方を巻き込みます。

 元々巻き込まれていたのだろうし、或いは自分の意思で此方側に巻き込まれたのかもしれない。

 でもそんなのはもう関係なくなっちゃう。

 私は自分の意志で先輩を危険な世界に引き入れる。

 今の私には、弱い私にはそれしか先輩を守る手段が無いんです。

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■」

 

 必ず、この命に変えても護ってみせますから。

 

 

 

「声は静かに───私の心は───世界を覆う」

 

 

 だから、今だけは私の我儘を許して。

 

 

 

 

 

          ∵∵∵

 

 

 

 

 

 ─────三人が、消えた。

 

 

「あれ…?」

 

 何やら膨大な魔力を滾らせ呪文を奏でていたサクラも、トリッキーな動きでアーチャーの攻撃を()なしていたライダーも、呆然とした表情で棒立ちしていたお兄ちゃんも、突然消えてしまった。

 飛んで逃げてしまったという訳ではない。

 突然に、本当に何の前触れも無く、最初からこの場には居なかったんじゃないかというくらい、忽然と姿を消してしまった。

 

 いや、前触れはあった。

 サクラだ。

 彼女が何らかの魔術を使ってこの場から離脱したのだ。

 

「空間転移…?…いえ、現代の魔術師がそれをやろうとしたらもっと大がかりな儀式が必要な筈だし…」

 

 残された少女───イリヤは顎に手を当てて首を傾げる。

 その表情からは初めて笑みが消えた。

 そんな自らの主人にアーチャーは声をかける。

 

「お嬢様、いかがいたしましょう」

「……暫く待とう。逃げたというよりは何処かに隠れたって感じだし」

 

 イリヤは詰まらなさそうに眉間に皺を寄せて頬を膨らませる。

 

「全く、どうせアーチャーには勝てっこないんだからさっさとお兄ちゃん残して逃げればいいのに」

 

 中々スムーズに進まない戦況にイリヤは少しずつ不満を募らせていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

          ∵∵∵

 

 

 

 

 

 

 

 

「な…………ぇ……?……此処は…?」

 

 少し離れた場所で先輩が座りながら周りを見渡し困惑している。

 あれ程までに狼狽した先輩の表情なんて見た事が無い、レアだ。

 少しからかってみたい気分になるけれど、今はそんな事してる場合じゃない。

 

 今私達が居る此処は、私が創った()()()()です。

 物質界と星幽界のどちらにも属さない、若しくはその二つの狭間にある、観測する事の出来ない閉鎖された世界。

 それを一時的に魔術で創って先輩とライダー共々逃げ込んだ。

 絶対に襲撃されないこの場所でしか出来ない事がある。

 

 固有結界とは違い現実を侵食するのではなく、()()()()()()()()()()()()()ので抑止力の干渉を受けにくい。

 なので維持する為の燃費はそこまで悪くないのですが、だからと云って余裕がある訳でもない。

 私は遠くにいるライダーを視線で促して先輩に駆け寄った。

 

「先輩!」

「…さく、ら…?…なぁ、一体、これは何なんだ?何が起きてるんだ?此処は何処なんだ?────桜は、状況を理解出来てるのか?」

 

 先輩は縋る様な目でこの事態の詳細を私に問い掛けてきた。

 でもその表情は恐怖に彩られたものなんかじゃなく、必死に現状を打開しよう足掻く、()()()()()だった。

 

「───はい。私は全部分かった上で先輩を此処に連れてきたんです」

 

 先輩の問いに私は嘘偽り無く答える。

 それを聞いた先輩は、何か大切なものを失った様な、希望が抜け落ちた様な、悲痛の色を顔に浮かばせる。

 私への憤りだろうか、それとも失望だろうか。

 現実を受け入れたくないと先輩の心が叫んでいるのが分かる。

 でも私は容赦しない。

 先輩を護る為に、私は()()()になる。

 

「先輩」

 

 膝を曲げて、先輩と目線の高さを合わせる。

 手を握って、真っ直ぐ見詰める。

 

 

「先輩は、私を信じてくれますか?」

 

 問い掛ける。

 あまり時間をかけてはいられない。

 先輩の疑問は他所に、ほぼ一方的に言いたい事を言わせて貰う。

 

「桜…?」

「ここまでの言動からして、先輩は殆ど何も知らないんですよね?」

「あ、ああ…もう何がなんだか」

「簡単に説明すると、先輩は聖杯戦争という魔術師同士の殺し合いに巻き込まれたんです。私も、その参加者の一人です」

 

 先輩の表情が困惑と驚愕で歪む。

 私は構わず喋り続けた。

 

「この人は私が召喚した使い魔で、あのイリヤスフィールという少女が従えていた巨人も使い魔なんです。私達はお互いの使い魔を戦わせて倒す事を目的にしています。あの巨人は、とても強いです。このままじゃ私も先輩も殺されてお終いです」

「なっ…」

 

 殺される。

 明確な死を予言する言葉に先輩が呻く。

 語りを止めない。

 

「でも、先輩が協力してくれれば、生き残れる可能性が出てくるんです」

「可能性…?」

「はい。先輩にも使い魔を召喚して貰うんです」

 

 そう。

 これが私の策。

 現状の戦力で分が悪いなら、新たな戦略要素(イレギュラー)を無理矢理にでも持ってくる。

 これしか打破の手立ては無い。

 

「ちょ、ちょっと待て桜!使い魔の召喚?そんなの俺には…」

「出来ます。先輩の左手に浮かんだ痣…それは令呪という聖痕で、聖杯戦争のマスターに選ばれた証なんです。それがある限り、先輩はサーヴァントを支配する事が出来るんです」

 

 先輩は自身の左手に巻かれた包帯をまじまじと見詰める。

 さて、ここからだ。

 

 

「ですが、使い魔を召喚した時点で先輩は、明確に聖杯戦争の参加者と周りに認識されます。他の魔術師達に命を狙われる立場になるんです。だから、今ここで決めてください」

「…何を?」

「聖杯戦争に参加するか、参加しないかをです」

 

 残酷な選択を迫る。

 こんな訳の分からない状況に放り込まれた人に。

 

「参加するなら、たった今から使い魔の召喚に移ります。参加しないなら、この世界から出た瞬間に全力で逃げてください。私達が何とか相手を足止めしますから、その間に冬木教会まで走って、聖杯戦争の監督役に保護して貰ってください」

「ぇ…な、駄目だ桜!そんな、だって…敵は強いんだろ!?そんなことしたら…」

「はい、きっと死んじゃうでしょうね」

 

 事実を告げる。

 私の言葉に更に焦った様子になる先輩がなんだかおかしい。

 近くに慌てている人が居ると、自分が冷静になれるというのは本当らしい。

 

「それは別にいいんです。私は私の意思でこの戦争に参加したんですから。でも、先輩は違う。ただ巻き込まれただけなんです。だから、先輩には逃げる権利があります。私も、出来れば先輩には、殺し合いなんかに参加してほしくないです」

 

 只管に本心を口から垂れ流す。

 これが最後かもしれない以上、もう嘘は吐きたくない。

 

「それでも参加するなら、私を信じてくれるなら……私も、先輩を護ります。絶対に、この命に変えても」

 

 

 愛してますから。

 

 

「先輩は────私を信じてくれますか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「前にも言っただろ?俺は、桜の事を誰よりも信じてるよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

          ∵∵∵

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「出てこないわね」

 

 イリヤはアーチャーの肩に座りながら足をぶらぶらさせて一人呟く。

 まだ桜達が消えてほんの数分程だが、ただただ待つという行為は思っているより時間感覚を狂わせる。

 

「やはりもう退却してしまったのでしょうか」

「さあね……まあいいわ。どうせマスターである以上これからも機会はあるし、お兄ちゃんもまだサーヴァント召喚してないみたいだし…」

 

 

 

ガ   カ アッッッ!!!!!

 

「ひゃっ!?」

 

 今日はもう帰ろう、そう自身のサーヴァントに語りかけようとしたイリヤだったが、口から出た言葉は可愛らしい悲鳴だけだった。

 突如目の前で凄まじいエーテルの風が巻き起こり、夜の街を照らし尽くした。

 アーチャーはイリヤを庇う様に素早く前に出る。

 暫くしてエーテルが収束し、人型の影が見え始めた。

 

 

 

 そこには、黒いフードを目深に被り、白を基調とした和装に身を包んだ女性が立っていた。

 

 

「サーヴァント、()()()()()。召喚の儀に応じ馳せ参じました。

 

貴方が、私のマスターですか?」




その頃、座にて

「先輩が呼んでる!助けに行かなきゃ!」
「何言ってるんだ?俺は此処に居るぞ?」


一体召喚されたのは何処の間桐家当主なんだ…(棒)


という事で最新話です。死ぬかと思った(真)。何とか最後のシーンに辿り着きたくてこの一週間、全力で執筆し続けましたよ。戦闘シーンってなんでこんな書くの難しいんですか。本当なら桜ちゃんとイリヤちゃんの魔術戦も書きたかったんですが、それやると2万越えそうだったんで断念しました。マジで勘弁してくれ…もうそんな気力はねぇ…orz

あと士郎君が最初と最後以外完全に空気!!!キャラが動かせねぇ!チクショオ!チクショオオオオオオオオオオ!!!

アチャクレスの強さも抑えすぎた感がありますね。でも桜ちゃんがマスターの時のメドゥーサさんって黒セイバーとやり合えるくらい強いし、若干押されるくらいが妥当だと思ったんです。許してくだせぇ…orz

アチャクレスのステータスは筋力がA+からAに落ちた以外バサクレスと変わりません。確かあのステで狂化の恩恵無い状態だった筈なので。弓兵になったら若干筋力落ちるくらいかね?と思ったんでこうなりました。詳しい情報は次回の後書きに回します。これ以上はほんともう…

マスター権限で見れるサーヴァントの情報はステータスのみという使用でこの小説はいこうと思います。クラス別スキルも見れちゃったらクラス一発で分かっちゃうもんね、仕方ないね。

で、ナインライブズってバーサーカー以外なら自由に形状変化させられる…んですよね?fakeの彼奴は弓のままでギルガメッシュのバビロン防ぎやがったのでそこが自信無い…


さて次回、謎のキャスター(笑)の召喚に成功した士郎君と桜ちゃんは無事にアチャクレスを退ける事が出来るのか!(無理ゲー)

それでは。

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