今は輝いているアイドル達。

だが、その輝きも何時かは――

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ss速報に投稿したssの再投稿です。


遠い日の落暉

【お願い♪シンデレラ♪】

 

 

聞きなれた自分達が歌う楽曲に起こされ、島村卯月は目を覚ました。

 

ベッドの上で軽く伸びをして欠伸をしながら寝ぼけ眼を擦り、今日のスケジュールを思い出そうとする。

 

が、どうしても思い出せない。

 

頭に軽く靄が掛かった様に思考が纏まらないのは、まだ起きたばかりで頭が働いてないからだろうか??

 

目を覚ます為に顔を洗いに行こうと、洗面所に向かおうとして何だかいつもより重く感じる足をベッドから苦労して出した。

 

冷たい冷水で顔を洗うと何だか精神が引き締まったような気がする。

 

未だに今日の予定は思い出せないけど、絶えず後ろで流れる楽曲に卯月は今日もレッスンだった事をふと思い出した。

 

慌てて身支度を整えようとするが、洗面所には何故か鏡が無い。

 

ああ、もう。私、朝は髪がボサボサになるのに。

ママに言って部屋に鏡を付けて貰わないと。

 

そう思いながら卯月は手短に身支度を整え、廊下に飛び出した。

 

仄かに好意を抱いている自分達のプロデューサーに鉢合わせないように祈りながら。

 

 

レッスン場に向かう廊下を小走りに走りながら、卯月は困惑していた。

 

幾ら向かってもレッスン場に辿り着けないのだ。

 

 

いつの間にか改築していたのだろうか?

建物は見慣れない造りになっており、一向にレッスン場の場所の見当がつかない。

 

周りの人に訪ねようにも一見した所、顔見知りの社員さんは一人も見当たらない。

 

 

人見知りの激しい卯月にとって、知らない人に話しかけると言うのはは相当に困難な事なのだ。

 

 

所在無げにその場をうろうろしていると、背中の方から卯月に声を掛けてくれた人物が居た。

 

 

「島村さん、どうかされましたか??」

 

 

その声に卯月はパッと笑顔になった。

 

ああ、この声はプロデューサーさん。 卯月は掛けられた声に安心して振り向くと、

そこには自分達の担当プロデューサーである青年が居た。

 

「プロデューサーさん、良かったです。あの…、レッスン場の場所が分からなくて…」

 

きょとん、とした顔をするプロデューサー。

 

無理もないだろう、何時も通ってる筈のレッスン場の場所が分からないと言っているのだ、このアイドルは。

 

普段からしまむーは抜けてる所があるよね、とユニットのメンバーの未央にもよく言われるが、

今回の件はとびっきりだろう。

 

卯月はプロデューサーの前で、顔を真っ赤にして俯くしか無かった。

 

しかしプロデューサーは特に気にする事無く、優しく卯月に、

 

「そうですか、でもレッスンする前に少しお茶でも飲んでいきませんか?? 少しお聞きしたい事がありますので」

 

と、施設の片隅にある一室に卯月を招き入れた。

 

 

 

卯月は通された見覚えのない部屋にチョコンと座り、

プロデューサーが片隅の給湯室でお茶を入れているのを所在無げに眺めている。

 

運ばれてきたお茶を口に運んでいるとプロデューサーが、

 

「島村さん、最近調子は如何ですか??」

 

と、笑顔で尋ねてきた。

 

「はい、頑張ってはいるんですけど…」

卯月は頭を掻きながらえへへ、と照れ笑いを浮かべた。

 

「回りの皆はキラキラ輝いてて…私なんてまだまだだなって、もっと頑張らなきゃな、って思います」

 

卯月は思ったまま自分の正直な気持ちを告げた。

 

が、プロデューサーにやる気が無いと取られるのでは??と、ふと思い慌てて、、

 

「あ、で、でも!がんばりますから!!私、

凜ちゃんや未央ちゃんに負けないように…負けないようにもっと……あれ…何するんだっけ…??」

 

 

また、頭に靄が掛かったように、頭が働かない。

 

そもそもここには何をしに来たのだったのだろうか。朝起きて、プロデューサーに会って、その前に何を…??

 

思考をまとめようと卯月が考え込んでいる横で、プロデューサーは笑顔を崩さずにその様子を見守っている。

 

「あの…プロデューサーさん…」

 

卯月がプロデューサーに自分が何をしようとしていたか尋ねようとするとプロデューサーは、

 

「ああ、島村さん、そろそろお部屋に戻りましょうか、ほら、もう真っ暗ですよ」

 

と、窓の外を指差した。

 

いつの間にか日は落ちて辺りは暗くなり始めている。 何時の間にこんなに時間が経っていたのだろう。

 

何だか最近、時間の経過がとても曖昧だ、と卯月は思った。

 

それにしてもさっき起きたばかりなのにもう夜なの何かはおかしくないだろうか? 

いや、そもそもあれは朝だったのだろうか??

そもそも起きてすぐにプロデューサーが居るのはおかしくないだろうか??

 

 

……そもそも私は起きて何をしようとしていたのだろうか…。

 

 

纏まらない考えの中、次から次へと怒涛のように沸いてくる疑問。

 

そんな思考の迷路を彷徨っていると、卯月に途方も無い不安感が恐怖と共に襲ってきた。

 

いやだ。

 

いやだ。

 

 

帰りたい。

 

どこへ? 

 

安心できる所…。 

 

 

お母さんの居る家に!

 

 

 

いますぐ!!

 

 

 

卯月はテーブルから急に立ち上がると、驚いた顔をしているプロデューサーに一礼して出口のほうに駆け出した。

 

もう一刻も早く、家に帰りたい。 安心できる場所に帰りたい。お母さんの顔が見たい。その一心で駆け出す。

 

 

しかし、出口は見つからない。

 

 

卯月の靄の掛かった思考は、見慣れない建物の出口が見つけられない。

 

半泣きになり顔をクシャクシャにしながら、当ても無く建物を彷徨っていると後ろの方からプロデューサーが追いついてきた。

 

「どうしたんですか、島村さん、急に??」

 

心配そうな顔であくまで優しく問い掛けるプロデューサーに、卯月は涙顔で

 

「な、何だかとっても不安で、お家に帰りたいんです! でも、お家が分からないんです!!

こ、ここ一体何処なんですか、プロデューサーさん、助けてください!!」

 

卯月がしゃくりあげる様に尋ねると、プロデューサーは落ち着いた表情で、

 

「大丈夫ですよ、島村さん。 私が送っていきますから」と励ますように声を掛けた。

 

プロデューサーさんがお家に帰してくれるのだ、その心強い発言に安心して卯月が泣くのをやめると、

 

「でも、今日はもう遅いですから、明日帰りましょう。お家の人には私から連絡しておきますから」

 

と提案してきた。

 

卯月は本当は不安で一刻も早く家に帰りたかったが、

プロデューサーがこう言ってくれてるし、そう迷惑も掛けられないので、その提案を受けることにした。

 

 

プロデューサーが励ましてくれたお陰で、不安もだいぶ治まってきたし、

 

そもそも何で不安になっていたのかを今の卯月は理解していなかった。

 

 

 

その後、プロデューサーは泣き止んだ卯月を部屋に送り届け、

ベッドに寝かし付けると、部屋の電気を消し、同僚たちの待つ詰め所へと戻ってきた。

 

 

 

 

 

そこでプロデューサー、いや、老人養護施設の職員は大きなため息をついた。

 

 

その様子を見て、同僚の職員は労う様に声を掛けてきた。

 

「お疲れ様です。島村さん落ち着きました??」

 

「ええ、お休みになりましたよ。でも、最近徘徊が激しくて目を離せなくて…」

 

「この老人ホームでも認知症の改善に想起トレーニングとして、当人が若い頃に聞いてた曲を流し始めましたが…

記憶の混濁や徘徊が目立つんですよね…」

 

 

職員たちは暗澹とした表情で顔を見合わせた。

 

 

回想法と言う言葉がある。

 

 

認知障害・記憶障害を持つ人に対しては回想を促す刺激を与え、それ以上の進行を抑える心理療法である。

 

想起トレーニングとして、自分がアイドルだった頃の曲を掛けると卯月は高確率でその頃の記憶を取り戻し、

アイドルとしての活動を始める。

 

 

そしてどこにもないレッスン場を探し、徘徊するのだ。

 

 

認知症の患者は過去自分が一番幸せだった頃の行動を取る事が多い。

 

 

卯月にとっては、アイドル活動をしていたその頃がきっとそうなのだろう。

 

 

その悲しい繰り返しを職員達は毎日見続けてきた。

 

 

 

何度となく中止を進言もした。その度、

 

「でも、寝たきりになるよりはいいですから…」

 

と、上司に却下されて来た。

 

 

「それは、そうなんですけどね…」

 

 

上司の言い分も理解できる。 確かに人間は足から老いて行く。

 

足腰が立たなくなり、歩行しなくなり一気に認知症が進む事例は枚挙に暇がない。

 

 

この施設でも元気だったお年寄りが転倒して骨折し、歩かなくなった途端に一気に認知症の症状が進んだこともある。

 

 

幾多の症例からも、認知症の進行を食い止めるには歩行運動は重要なファクターである事は職員にも理解出来る。

 

 

これ以上病状を進ませない為にも、徘徊とは言え運動をしている卯月を止める事は得策とは言えない。

 

 

 

だが、職員は思うのだ。

 

 

徘徊の管理等で自分の負担が増えるのは別にいい。

 

しかし、認知症患者である島村卯月さん(83歳)は、毎回起きる度にあの悲しい一連の行動を毎日繰り返すのだ。

 

それは想像以上に残酷な事なのではないのだろうか…。

 

 

 

その度に泣き崩れるあの老婆の泣き顔を思い出し、職員は深くため息をついた。

 

 

 

 

 


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