双月の世界、月の勝者   作:ベイカーズ

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第二話 推論考察

 目が覚めて一番初めに視界に収めたのは才人の寝顔だった。だらしなく口から涎を垂らしながら才人が抱きしめているものを見ると、女性モノの下着だった。昨晩ルイズから洗濯するよう仰せつかったのだと思い出し才人を起こす。

 

「起きろ才人。朝だ」

 

「うーん……あー?」

 

「昨日ルイズに言われたろ。仕事だ」

 

「ふわぁ〜」

 

 欠伸で返事をした才人はゆっくりと起き、体を伸ばしている。

 

「とりあえず才人、涎を拭け」

 

「んー、おう」

 

「それと、おはよう才人」

 

「おう、おはよう白野」

 

 朝の挨拶を交わしたが、才人の声に元気がない。寝ぼけているだけならいいのだが。

 

「よく眠れなかったのか?まぁ藁の上なら寝づらくて当たり前だけど」

 

「いや、昨日のことは夢じゃないんだなって。一晩寝たら自分の部屋で起きて、そのまま学校に行けたらなって思ってた」

 

 才人の声は明らかに沈んでおり、現状におけるせつなさが隠しきれていなかった。だが、それでもここでやっていくしかない。元の世界に帰る方法がわからない以上、ハルケギニアで暮らしながら探すしかないのだから。

 

「帰る方法は今日から探すにしても、今は仕事をしよう。俺たちはルイズの使い魔で、ルイズに養われる身だしな」

 

「はあ、しょうがねえよな。んで、どっちが何をする?」

 

 使い魔の仕事は、主人の目となり耳となること。主人の望むものを調達すること。主人を護衛すること。この三つらしいがルイズは平民である自分たちではそれらをこなせないと判断。よって洗濯、掃除、その他雑用を命じられている。

 

「だったら俺は地理を把握したいから洗濯に行こうと思う。才人はルイズを起こしてから掃除かな」

 

「えー、あいつ起こすのかよ。永久に寝かしとこうぜ。つうか俺あんまり関わりたくないんだけど」

 

「今なら美少女の寝顔が見放題だぞ?」

 

 自分の切り返しに才人は思案顔になり、今もなお眠っているルイズの方へと目を向ける。ルイズはなかなか騒がしいところがあるが顔だけ見れば間違いなく美少女の部類に入る。聖杯戦争の予選で凛が学園のアイドル的存在になっていたが、彼女と双璧をなすことができると確信できるほどに。

 

「じゃあ才人。よろしくな」

 

 散らばっている衣類を手頃な桶に拾い集める。それを持って出ようとする自分を才人は引き止めない。

 

「わかったよ。そっちもよろしくな」

 

「ああ。任せろ」

 

 一時の別れを告げ部屋を出る。さて、洗い場を探さなくては。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 部屋から出て十数分が経過しただろうか。初めて来た場所なので詳しい地理など把握している筈もなく、あてもなく彷徨っていた。とりあえず誰かに聞こうと人がいそうな所を探すがいかんせん今は早朝。どこに行っても人はいない。そして洗い場らしき場所も見当たらない。

 

「あのー。どうかしましたか?」

 

 任せろと言った手前洗濯を終わらせずに帰るわけにはいかず、どうしたものかと途方に暮れていると後ろから声をかけられた。柔らかな印象を受けつつ振り返る。

 

 黒い髪に黒い瞳、素朴であるがされど整った顔立ちの可愛らしい少女だった。服装をみるにどうやら彼女はメイドなのだろう。なら洗い場がどこかも知っている可能性が高そうだ。

 

「はい。えっと、自分は今主人から洗濯を命じられているのですが、その洗濯する場所がわからなくて」

 

「そうなんですか。でしたらこの先にありますのでお連れしましょうか?」

 

「お願いできますか?」

 

「はい」

 

「ありがとうございます」

 

「いえいえ。では行きましょうか」

 

 愛想がよく、声色も明るいので少し会話しただけなのに好印象だ。先を歩いていくそんな少女の隣に並び歩幅を合わせる。

 

「その、先ほどおっしゃった主人というのはもしかしてヴァリエール嬢ですか?」

 

「ああ、そうです。主はルイズで、自分はその使い魔の岸波白野です。いや、ここだとハクノ・キシナミというほうがいいですか」

 

「ハクノさんですか。私はメイドのシエスタです」

 

「よろしくお願いします、シエスタさん」

 

 よくよく思い返してみると自分が敬語を使うのは久しぶりな気がする。月での話し相手は対戦相手か気の置けない仲間ばかりだったので敬語を使うことをほとんどしていなかった。最後に使ったのは予選で先生と話して以来だろうか。

 

「そのようにかしこまらなくてもいいですよ。それにシエスタと呼び捨てでお願いします」

 

「そうか?だったらシエスタも俺に敬語を使わなくていいよ」

 

 久しぶりに使った敬語もこの先必要なくなってしまった。今更ルイズに使うのもなんだか違う気がするし、この先自分はいつ敬語を使うことになるだろうか。

 

「いえ、そうは参りません。家名持ちの方に気安く話すなどできません」

 

 今の言葉でこの世界の在り方が少しだけわかった。自分にとって姓と名があることは当然だが、この世界ではそうではないようだ。姓があるのは貴族のみで平民には名しかない。おそらくこの娘もシエスタという名前しかなく、シエスタ・〇〇〇というフルネームはないのだろう。

 

「俺はキシナミっていう姓、家名があるけどそんな高貴な存在なんかじゃないよ。むしろ平民だろうさ」

 

「そうなのですか?」

 

「あぁ。俺のいた所では家名を持っているのは当たり前だが、その家名によって人の位が左右されることはほぼない。あくまで人を識別する記号の一種と思っていいかもしれない」

 

 現代においても血筋や家柄が重視されることはあるし、自身の家と名前に誇りを持つ者はいる。レオや凛がそうだった。しかし、貴族社会が衰退した世界において、大半の人間は自分の姓に過度な誇りを持っていない。ただ自身の存在を明示する当たり前にある証明書と同義だ。

 

 そもそも自分には昔の記憶がないのだ。そこに誇りなどあるはずもなく、家名があるからとかしこまられるのは違和感を覚えるのだ。

 

「だから俺には敬語を使わなくていいんだ」

 

「わかりました。ですが、私の場合敬語は口癖みたいなものでして多分直すのに時間がかかるか思いますよ」

 

「ならそのままでいいよ。無理して直すこともないさ。気楽にね」

 

 レオとラニはずっと敬語のままだったし、シエスタの話し方も彼女自身の個性だ。それを否定するようなことはしたくない。

 

「ふふっ。ありがとうございますハクノさん。あ、ここが洗濯場です。洗い方はわかりますか?」

 

「洗い方は多分大丈夫。だが洗剤とか水はどうしたらいい?」

 

「でしたら、これをですね―――」

 

 シエスタの洗濯講義はわかりやすく、洗濯初心者の自分でもできるであろうと漠然とながら思えた。

 

「ありがとうシエスタ先生」

 

「いえいえ頑張って下さいね。私は仕事がありますからこれで失礼しますがまた声をかけてください」

 

「あぁ。本当にありがとうシエスタ。そっちも仕事頑張って」

 

「はい。では失礼します」

 

 立ち去るシエスタの背を見送っているときにふと思いついたことがあった。それを伝えるべくすこし声を大きくしてシエスタを呼び止める。

 

「すまないシエスタ!待ってくれ!少し頼みたいことがある!」

 

 振り返った彼女は嫌な顔一つせず朗らかな笑みを携えながら自分の方へと近寄ってくれる。

 

「なんでしょうか?」

 

「ルイズの使い魔が俺だけじゃなくてもう一人いるってことは知ってる?」

 

「ええ、学園中の噂になってますから知ってますよ。男の人ですよね?」

 

「そうだ。そいつは才人っていうんだが、俺と同じで右も左もわからないんだ。だから何かと気にかけてやってくれないか?」

 

「サイトさんですね。わかりました、お安い御用です」

 

「ありがとう。助かるよ」

 

「お気になさらないでください。他になにかありますか?」

 

 頼みごとはもうないこと、そして今までのことに対するお礼を口にすると彼女は柔和な笑顔を浮かべてくれた。

 

 一礼して去っていく彼女に心中で再度礼を述べ、仕事に取り掛かる。

 

 かなり冷たい水に下着を浸し洗濯板で擦っていく。冷たいし、恥ずかしいしと早く終わらせたいが貴族が身につけるものであるため傷をつけるわけにもいかず丁寧にやるしかない。

 

 そうやって機械的に処理していけば案外慣れるもので、洗いながらも別のことを考えられるようになる。

 

『余は、優しい者は好きだ。その涙は美しくはないが、胸を打つ。……そうだな。うまく言えないのだが、今回の戦いで余はそなたが少し好きになった感じだ』

 

『以前、これはお前の戦いだと言ったが、アレは忘れよ。お前の敵は我の敵だ。手を貸すがよい無名のマスター。これより先は、我がお前の剣となろう!』

 

 思い起こすのは昨晩のこと。自分の記憶についてだ。その全てが聖杯戦争に関するモノだが、喰い違う点がある。

 

 (赤い大剣)を掲げる少女剣士。

 

 黄金を身に纏う英雄王。

 

 それはサーヴァント。自身の相棒が二人いるという矛盾。

 

 本来聖杯戦争とは一人のマスターに一人のサーヴァントが鉄則でありイレギュラーの介入はムーンセルが許さない。ならば自分について来てくれたパートナーは一人のはず。だというのに自分にはそのパートナーが二人いたという確信(記憶)がある。

 

 それはなぜか。

 

 自分が立てた推論は昨日見た二つの月。

 

 月―――地球の唯一の衛星であり、太陽系の衛星中で5番目に大きい。それが一般的に認知されている月の在り方。

 

 だが魔術師(ウィザード)にとっては異なる。

 

 月とは聖杯(ムーンセル・オートマトン)、太陽系最古の遺物、神の自動書記装置、七天の聖杯(セブンスヘブン・アートグラフ)と呼ばれる万能の願望器。それを求めて行われた戦争、その舞台が月、霊子虚構世界(SE.RA.PH)だ。

 

 月は地球のあらゆる事象、招き入れたマスターたちの闘争全てを観測する。そして勝者にはあらゆる願望(可能性)が還元される。願いを叶える聖杯は一つ。それはマスターにとって改めて述べる必要がないほどに当然なこと。だが、それが間違っていたとしたら。

 

 聖杯は一つではない。二つ存在した。理由は保険。

 

 片方の月が機能し(観測でき)なくなったらもう片方で代用する。実際裏側はイレギュラーであり、ムーンセルにとっての重大なバグだった。そのバグすらも観測する代替装置を用意したのがもう一つの月。正しい聖杯戦争が行われなくなった場合に備えて行われた別の聖杯戦争。これが自分に二つの記憶が存在している理由だ。

 

「とはいえ俺にそれを証明する術はない」

 

 あくまでこれは自分の推論。もはや妄想に等しい。仮に考えが当たっていたからといって自分に何ができるわけでもない。それに、記憶通りならば聖杯戦争は両方とも自分が終わらせている。なにかしらの被害が発生することもないだろう。

 

「おーーい!白野ーー!!」

 

 思考の海から浮上する。遠くから、というより上の方から自分を呼ぶ声がする。声につられて見上げると窓から身を乗り出している才人がこちらに手を振っていた。

 

「ルイズがーーー!戻ってこいだってーーー!!」

 

「わかったーー!すぐ戻るーー!!」

 

 才人に聞こえるようこちらも大声で返事をする。聞き届いた才人は窓から引っ込んだがその際「うるさい!!」という甲高い声と爆音が耳に届いたのは気のせいだろう。

 

 今日は一日、平穏無事に過ごせたらいいなぁ。

 




 サブタイトルが何気に難しい……。
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