Monster Hunter ―残影の竜騎士―   作:jonah

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…というのをどこかで聞いたことがある。
なんでも、生まれたとき、親が死んだとき、娘を嫁に出すとき、だそうだ。
皆さんはどうでしょう?

そういえば、アンケート集計後にこのお話しを読んでくださった方へ。ヒロインはリーゼとエリザのダブルヒロインとなりました。ハーレムはぶっちゃけ苦手というかどうすればハーレムと呼べるのかわからない(そもそも2人の女の子だとハーレムと呼べるのか?)のですが、なんとか頑張ってみますので、ご意見感想ありましたら是非ご指導くださいな。

それから謝罪・・・
「なんとか今日中に」とか活動報告で言い切ったくせに、結局翌日(しかもほぼ2日後と言って間違いない)に回りました…  申し訳ありませぬ……
しかもどこで話を区切ればいいのかわからずズルズル伸びて1万文字。うぇい…



10 「男が泣いていいのは人生3回だけ」

「着きました。ようこそ、ユクモ村へ!」

 

 にこにこ笑いながらリーゼロッテが門の前に立つ頃には、もう日は傾き始めていた。

 温泉が名物というこの村の総人口は70人程度。決して大きな村ではないが、実際温泉目当ての観光客でそれ以上の人混みがあるから、どうにも規模の大きい村であると勘違いしやすいらしかった。

 村の一番てっぺんにある集会浴場はハンターズギルドも兼任しているらしく、年中もくもくと湯気が立ち上り、またそれが浴場へと続く道に植えられている紅葉の朱を鮮やかに見せるのに一役買っている。

 山岳地帯にあるためか段差が激しく、いたるところに階段があり、狭い土地に密集して民家が連ねている村は毎日歩いているだけで結構な足腰の鍛錬になりそうだ。名物“ガーグァの温泉卵”を店頭で販売している店や、今が旬の果物を並べて客の呼び込みをしている店、品物制作の傍ら店番をしている老婆が営む土産物屋など、沢山の店が大通りをせしめている。3歩歩けば人とぶつかる、というほどではないにしろ、そこそこ混み合っているように見られた。

 のだが。

 

「い、いやぁ、ナギさんの後ろを歩くと広くていいですねぇ~!」

「あー、えっと……ご、ごめんなさいね。つい…出来心で……、…いや、出来心ってほど軽いものでもないんだけど…いや、でも……」

 

 あからさまに顔をしかめながら道行く人々に徹底的に避けられて、そこだけ空白の空間を作り出しているナギの後ろには、なんとか明るい場を保とうとして墓穴を掘っているリーゼロッテと、今更恐縮して頭を下げ始めたエリザがいた。

 

「……ま、こうニャることは分かってたニャ。ね、旦那さん」

「……ああ、うん。そうだよ。わかってたことさ。ダイジョウブダイジョウブ」

 

 ひとりごちた。そう、とりあえず村に来ると決めた以上、今日一日はこういう状況に置かれることくらいわかっていた。

 

(けど…けどっ……!)

 

 流石に本当にやられるとクるものがある。耐えろ、耐えるんだ! 男が泣くのはこんな場面じゃないっ。

 

「えー…と、とりあえず村長の家へ向かいましょう!」

 

 リーゼが先陣を切って進んでいく。村の様子を盗み見ながらうしろに続いていくと、ナギの頭の上でいい具合の座り心地場所を確保したルイーズが口を開いた。彼女もまたメラルーゆえの黒毛で村人から白い目で見られているのだが、気にした風もなかった。なんとも逞しい。

 

「いろんニャとこに赤い布や飾りがあるのは、何か理由でもあるのかニャ?」

「ああ、それはね」

 

 エリザが後ろから物欲しそうにナギの狩猟弓を見つめながら説明する。リーゼロッテは人ごみを掻き分ける(空間が空いているのは飽くまでナギの後ろなので)のに一生懸命で、聞こえていないようだ。

 

「ユクモでは赤は厄除けの力があるとされているの。だから、皆自分の家の扉には大抵赤い骨飾りを掛けて、家に災厄を招かないようにしてるのよ。あと、屋根や柱に赤い布を巻いたり、赤い塗料を塗ったりもするわね」

 

 耳慣れない言葉にルイーズが小首をかしげた。ナギも内心で疑問に思う。

 

「骨飾りっていうのは、モンスターの骨を削ったりして作った飾りのこと。小さめの竜骨なんかが一般的だけど、ちょっとお金を出すと竜の牙とか、上竜骨とかで作る家もあるわ。あとはハンターになればそれの首飾りを肌身離さず身につけるのが一般的ね。…ほら、これよ」

 

 服の胸元を緩めて、その首飾りを見せた。ナギはちらりと視線を向けるにとどめる。ルイーズのようにしげしげとそれを見る勇気はなかった。主に視界に入ってくる胸元に。

 

「確かリーゼん家も良いもの使ってなかったかしら。うちはあたしが初めて狩ったジャギィの小竜骨を使ってるけど。ああ、でも鍛冶場には特注した火竜の翼爪を使ってるわね」

「大きい方がやっぱり厄払いの力も大きいのかニャ?」

「うーん、特にそう言うわけではないんだけど…まあ、気持ちの問題じゃない? その子の家料亭やってるから、そっちの商売繁盛の祈願も入ってると思う。鍛冶場の方は、できるだけハンターに幸が訪れるようにっていう意味もあるけど。…ま、気休めみたいなものなんだけどね。結局最後は、ハンター個人の実力にかかってるんだし。そもそもうちの鍛冶屋って廃業寸前だし。最近は鍋屋にでもなりそうよ」

「そんニャに切羽詰ってるのかニャ?」

「なんてったって、使ってくれてるハンターがあたしとリーゼと、姉さんとカエンヌだけだから。たった4人のハンターしかいないってのに今まで潰れないだけ奇跡よ」

「にゃふー……」

 

 なんと声をかければいいのか迷ったのだろう。ちょっとしょんぼりしたルイーズをエリザが快活に笑い飛ばした。

 

「気にしないでいいの。あたしが生まれたときあたりからずっとそんな感じだし。今では副業としてやり始めた筈の研屋(とぎや)とか竜車造りで生計立ててるから。あ、あとはあたしと姉さんの儲けもあるわね。結構評判いいのよ。うちの竜車。『揺れない、壊れない、収納カンタン! ヴェローナ製竜車!』ってね。ロックラックとかからも注文が来るのよ。すごいでしょ? 狩猟弓と同じ原理で竜車を半分に折れるから、小さい倉庫でも収納できるのよ。しかもユクモの木を使ってるから頑丈だし、バネはうちの炉で使った特性の鉄を使ってるから伸縮が絶妙でね…」

「そ、それニャら良かったニャ」

 

 また早口に語りだしたエリザにこちらから会話を終わらせる。先をゆくリーゼは既にある1軒の家の前で立ち止まっていた。ワインレッドに近い赤い布がひだを作って前を覆っている。その奥に木製の扉が見え隠れしていた。

 

「村長、いらっしゃいますか?」

 

 リーゼロッテがドアをノックしながら尋ねた。中から女性の声が返事をした。

 

「あら、おかえりなさいね、リーゼロッテ、エリザ。その方が例の?」

「はい。えっと……」

「…ナギ・カームゲイルです」

 

 小さく頭を下げながら名乗ると、笑顔のまま家に招かれた。中には数匹のアイルーがいて、緑茶を持ってきたのもそのうちの1匹だった。 お手伝いさんみたいなものか、と納得する。チラチラとルイーズを気にしているのは、家のものを盗まれないか警戒しているのだろう。その点は事前に言い含めているから、多分大丈夫なはずだ。こいつも場はわきまえているだろう。きっと。そうだと思いたい。

 

「…失礼します」

「まあまあご丁寧にどうも。何やらその子が無理を言ったようで、申し訳ありませんでした。わたくしがユクモ村の村長ですわ。以後お見知りおきを」

 

 他人の家に入るなんて何年ぶりか、思わず口をついで出た言葉にニコニコと村長が笑った。どうやら好印象らしい。サラッとエリザがやったという罠について見破るところをみると、彼女たちの性格を把握しているのかそれとも勘が鋭いのか。「その子」と断定したあたり既にリーゼロッテではなくエリザだと身元はバレている模様だ。ナギと座布団を1個開けて座っていたエリザが身を固くした。

 

「では早速宴会をと言いたいところなのですが、申し訳ありません、ナギ様がいらっしゃるのが思いの外早く、まだ準備が整っておりませんの。よろしければユクモ名物の温泉でもいかがでございましょう?」

「……温、泉」

「温泉ニャ!? 行くニャ! 行きたいニャ! ね、旦那!」

「ああ」

「じゃ、遠慮なく入らせてもらうニャ~。…あ、もしかしてお金とか…」

「もちろん結構ですわ。お礼でございますから。番台に話は通しておくので、ごゆっくりおくつろぎくださいな。タオルなどは貸出をしておりますので、そちらも番台の方に申し付けていただければ」

「にゃっふー♪」

 

 結局ナギが口を開いたのは「……温、泉」だけだったが、それでもルイーズが返事をすると同時に立ち上がったのを見る限り、どうやら楽しみにしているのは本当らしい。

 

「それじゃ、お言葉に甘えて。失礼します」

 

 ぺこりと頭を下げて家を出ていく。笑顔で手を振って見送った村長は、笑みはそのまま2人の少女に向き直った。思わず2人の背筋が伸びる。

 

「それでは、報告を聞かせていただきましょうか?」

「「……はい」」

 

 エリザは背筋に冷や汗をかいた。

 

 

***

 

 

「にゃふぅ~、いい湯だニャ~」

「何年ぶりの風呂か……」

 

 着いたら早々広々とした湯に飛び込んだルイーズは、とろけるような声を出して水面に浮いていた。こいつは本当にメスか。いや失礼、オバハンだった。年齢はまだ8歳ぐらいのはずだが。

 アイルー、メラルーの寿命は約40年。人間の半分程度だ。そう考えるとルイーズは現在花の乙女たる16歳前後なわけだが、16の乙女が額にタオルを乗っけて湯に浮かぶとは何事か。

 対するナギはというと、腰にタオルを巻いたまま湯気の立つ温泉を前に、感慨深げにそれを眺めていた。熱めの湯にそっと足から入ると、指からジーンと震えが上った。寒くもないのにぞわっと鳥肌が立つ。

 

(ああ、この感覚何年ぶりか……これこそ風呂だ……)

 

 こう考えると非常に不潔なイメージを持たれるかもしれないが、一応弁明しておくと、ちゃんと毎朝水浴びはしている。リーゼロッテと初めて会ったあの河でだ。朝冷え切った水を頭からかぶると、目がシャキっと冴える。

 

「はぁ……」

 

 思わずため息がこぼれた。だんだん熱さに慣れてきたのでじゃぶじゃぶと見晴らしの良いところへ行くと、すぐ近くに渓流が見える。今は秋。紅葉の散る季節ということもあって、なんとも風情がある良い眺めだ。竜車でいくと2,3時間はかかるが、こうして見ると案外近くに渓流があるのだとわかった。

 

「こんニャ広いお湯に毎日浸かれるニャんて、村っていうのもニャかニャか悪くニャいニャ~」

「お前な…毎日鍋風呂に入ってるのだって贅沢なんだから」

「わぁってるニャ、ニャアは単なる例えを述べたまでニャ。それくらい気持ちいいニャ」

「それは、そうだな」

 

 2人して「はぁ~…」と感嘆のため息を就いていると、洗い場の唐傘の下にいたねじりはちまきをしたアイルーがいそいそ寄ってきた。どうやら初回限定サービスで、1本ドリンクをまけてくれるらしい。

 

「じゃあ、ボコボコーラで」

「ニャアはラッキーヨーグルトニャ」

「まいどお待ちニャっ。これからも温泉に来た時には是非ドリンクを飲むニャっ。へへっ」

「にゃふー」

「おう、サンキューな」

 

 炭酸の効いた20年ぶりのコーラは、記憶にある味と寸分変わらず美味であった。

 熱い風呂に冷えたドリンクがとても美味。そのまま何年ぶりかの風呂を堪能していると、風呂場とギルドを分けている柵の向こうからリーゼロッテの声が聞こえた。

 

「ナギさん、お湯の加減はどうですか?」

「ん…ああ、すごく気持ちいいよ」

「ほんとですか! よかった~。あの、くつろいでもらってるとこ申し訳ないんですけど、宴会の用意ができたので、ぼちぼち上がってください」

「わかった」

「にゃふー。ごちそうニャ!」

 

 ぷかぷか浮いていたルイーズも、待ってましたとばかりに飛び起きた。

 ごそごそ着替えていざ集会浴場を出ると、ナギは目を疑った。目の前から続く背の低いテーブルと座布団。その数は分からないが、兎に角それが村の入口近くまで延々続いている。階段のところも座布団を敷いて椅子替わりにしていた。そしてそのテーブルの上には所狭しと並べられた沢山の食事。魚料理もあれば肉料理もあり、野菜炒めから生野菜のサラダ、そして中央付近にはこんもりと盛られた白米。

 そう、白米。

 

「にゃっふ――!!」

 

 ルイーズなどロデオではねるプーギーのようにぴょんぴょん跳ねながらご馳走に向かって飛んでいった。

 

「おいおい…まだ昼だろ」

「いいんですよ、皆宴会が大好きなんです」

 

 びっくりして横を見ると、私服に着替えたリーゼが照れくさそうに立っていた。エリザと似たデザインだが、こちらのほうがスカートの丈が長い。

 着替えるだけでこんなに印象が変わるのか、というほど一瞬気づかなかった。この服のまま「わたしはハンターです」といっても、信じられないだろう。

 

(女の子って、服で印象変わるよな……)

 

「さあ、いっぱい食べましょう!」

 

 誘われて中央の席にいくと、手先が見えないほどの速さで用意された皿をがっついているルイーズと、それをにこにこしながらわんこそばの如く次々に補充していく村娘2名の姿があった。いや、これはハンターズギルドの制服だから、受付嬢か。水色と濃いピンクの服は、ちょっとリーゼ達の服と意匠が違う。

 

「かわいいなぁ」

「ほんとねぇ」

 

 気に入られているようで良かったが、そんなにがっつく猫のどこが可愛いんだか。

 どうでもいいことを考えながらも、ナギの視線は自分の席と思しきところに置いてある茶碗に盛られた白米に釘付けだった。ちゃっかりナギの隣席をキープしたエリザに勧められるまま箸に手を伸ばし、艶やかに光る真白きそれを口に放り込んだ。

 

「……美味いっ!」

「お口にあったようでよかったですー」

 

 それっきり口を閉ざし、先程まで馬鹿にしていたルイーズのように(主に白米を)口に運び続けた。同じくナギの隣に座ったリーゼは「おいひいおいひい」と自分も箸をすすめ、エリザは自分も食べつつナギの皿に食事を追加していく。周りでは村人たちもわいわいとご馳走にありついていた。

 

(あ、これ醤油じゃね!? うわ、サシミウオの刺身醤油で食べられるなんて、夢じゃないよなこれっ)

 

 白米と刺身を交互に口に運ぶその顔は、無言ながらも非常に美味しくそれを食べていることを如実にあらわしていた。

 

「で、少々せっついているようで申し訳ないんですけれど」

 

 向かいに座っていた村長が、1人口元をナプキンで優雅に拭いてから口を開いた。食べ終わるやいなやマスクをしっかり装着し、片付き始めたテーブルの上で腹踊りを披露している村のアイルー達を観ていたナギは、とうとう来たかとそちらに意識を向ける。ルイーズもハッとして、持ってきた小樽にひたすら食べ物を詰めていた手を止めた。

 

「どうでしょうか、この村は。なかなか良いところでしょう?」

「…はい、本当に。温泉も非常に心地よかったですし、食事も、大変美味しくいただきました」

 

 身を固くしながら答えた返事。ナギは内心で敬語ってこれでよかったっけとか他にも褒めポイントいっぱいあるだろとか自身にツッこんでいたのだが、村長は気に求めずにうんうん頷いて微笑んだ。

 

「うふふ、そう言ってくださって幸いですわ。わたくしも村長として鼻が高いもの。……では、この村にお住まいになるのは如何?」

「……それは、申し訳ありませんが…」

「ハンター様として、というわけではありませんの。まずは、ただの“人”として、お誘いしております。気に入ってくださったならなおさら、同じ地に腰を落ち着けませんか? 毎日温かいお風呂にも入れますし、食事も安定したものをいただけますわ」

 

渓流の中だけだと、何分食事も偏りますでしょう?

 

 全て知っているかのようにカクンと首をかしげる竜人の女人に思わず頷きたくなるが、ふと頭をよぎった相棒の顔に、苦笑にとどめ首を振った。ナギの膝に乗ったルイーズが、ほっと息をついた。

 

(そうだ。デュラクもいるのに俺だけがこんなところで贅を尽くすなんて、できるわけないじゃないか)

 

「そうですか……残念ですわ」

 

 本当に悲しそうに方を落とす村長に何とも言えない罪悪感のようなものを抱くが、「自分は悪くないこれっぽっちも悪くない」と念じることでどうにかやり過ごした。

 

「この村にハンターズギルドがありますのは、もうご覧になられて?」

「はい」

 

 一体何を言い出すのかと思えば、村のちょっと危機的な状況についてだった。良心でここに居させる作戦か。

 

「あれが設置されたのはもう随分前になりまして、その頃ユクモ村はもっと大きな村で、ハンター様達も100人近くいらっしゃいましたの。ところが、とあるモンスターが渓流に現れて、半数以上のハンター様が殉職されました……」

「え?」

「モンスターの名はジンオウガ。村を捨てて行くかと腹を決めた時、あるハンター様が命と引き換えにジンオウガを倒してくださったのですが…。お名前はご存知?」

「いえ、初耳…です」

「これまでにない骨格を持ったジンオウガは、王立古生物書士隊によって“牙竜種”という新たな分類に分けられました。牙獣種ではない、飛竜でもない。獣竜種とも違う。現在判明している中で、唯一カテゴライズされている牙竜種が、ジンオウガです。もとは渓流の奥地に住処を持っていて、なぜここまで下ってきたのかはわたくしにもついぞわかりませんでした…。雷を纏うことから別名【雷狼竜】とも呼ばれ、数多のハンターを屠ったことから『人の敵うモンスターではない』と、【無双の狩人】という二つ名までつく始末」

「それはまた…」

 

随分大層な名前だこと。

 

 憂いを秘める瞳は、しかし頭を振って再び穏やかな笑みをたたえた。

 

「申し上げた通り、ハンター様がその子を倒してくださっておかげでこうしてユクモ村はまた平穏な日々を迎えられていたのですが、ジンオウガ以降それほど脅威たるモンスターがいなくなったからか、ハンター様達は1人、また1人とこの地を離れてゆきまして…。現在はリーゼロッテとエリザ、彼女の姉のオディルと、ロックラックから派遣されたカエンヌさまだけなのです。最近ではまたモンスターも何故か活性化してきていますし、仮にもハンターズギルドを抱える村。近隣の地方からも依頼は来ますが、この人数の少なさだけではとても回していけるものではありません。……ナギ様が手助けしてくださったら、こちらとしても大変喜ばしいことなのですが……」

「にゃふー…」

 

 ルイーズも若干思うところはあるのだろう。だが、きゅっとナギの着物を握る小さな手からは、自宅にいたころの意思が変わらないことを感じられた。

 ナギは腹を決めた。

 

「……申し訳ありませんが、それでも俺にはまだ、この村に住むということには遠慮させていただきます」

「そうですか……」

「ただ」

 

 肩を落とした村長は、ナギの続けた言葉にぴくりと長い耳を動かした。動くのか。

 

「こうして宴会まで用意していただいた上に、村の危機に黙って座視しているのは、俺にはできません。……顔見知りの命の危機を、救える力があるかもしれないなら、なおさら」

 

 エリザに一撃見舞わせてしまった後悔だ。いくら人と深く関わるのに恐怖を覚えようとも、それでもナギはこうして互いの名まで知ってしまった、同じ釜の飯まで食った彼らの危機を知りながらのんきに渓流の奥で居座っているなど、できなかった。もともと目の前で死にそうな命を見過ごして、夜安穏と寝れるほど豪胆でもない。

 

「ですから、危機があれば何か狼煙など上げてくれれば、すぐ行きます。飛んでいきます」

 

 “飛んでくる”とは、文字通りデュラクに乗って飛んで来るだったが、まだそれを目で見てわかっていない村長は、ただただ驚いて頷くにとどめた。まさか、こちらの方からそんな申し出をするとは思ってもみなかったのだろう。

 ハンターとして留め置くことはできなかったものの、十分な収穫だと思えた。

 

「ありがとうございますわ、ナギさま」

 

 返事は頷くにとどめ、ぐいっと酒を煽った。

 

「ナギさん、ですかな?」

 

 宴会も終盤に近づいたとき、後ろから声をかけられた。振り向けば、くせっ毛の赤味がかった金髪の、白い服と帽子をかぶった男性。年齢的には40代半ばといったところか。その見覚えのある髪色から、思わず左隣りに座る少女を見やった。

 

「あれ? お父さん」

 

 案の定声をあげたリーゼロッテは、ふわふわした髪を揺らして首を傾けた。そんな娘に父は人の良さそうな笑みを深める。シェフのような帽子を取ると、生え際が残念なことになっていた。

 

「いや、リーゼの命を救ってくれたお礼を言いたいと思いまして。僕はクルト・マイン。リーゼロッテの父です。あ、こちら家内のツェツィーリエ」

「先日は本当に、娘を救っていただいてありがとうございました」

 

 上品に頭を下げた女性は、ふわふわしたゆるいウェーブを描く白金の髪の美人で、リーゼロッテの髪色は父から、髪質は母から受け継いだのだとひと目でわかった。可愛らしい顔立ちも母親似なのだろう。いや、良いことだ。将来美人になる。クルトには申し訳ないが。

 ナギは咄嗟に立ち上がって2人に向き直った。

 

「あ、いえ、そんな…当然のことをしたまでですから」

 

(何が当然のことをしただ。一瞬躊躇したくせに)

 

 自分で自分に毒を吐きつつ、表面上は謙遜した笑顔を浮かべてへこへこ頭を下げた。改めて名乗ると、話を切り替えたクルトが「失礼ですが…」と切り出した。

 

「こちらのお料理、どうでしたか? お口に合いましたでしょうか?」

「はい、もちろん……とても美味しくいただきました」

「ごちそうさまですニャ」

 

 いつの間に降って湧いたルイーズが、膨らんだ腹をぽんぽん叩きながらげっぷをする。だからコイツは……、…もういいか。

 それにしても、自分の娘と大して変わらない歳の青年に対して、随分礼儀正しい物言いをする人なのだと思った。ああ、そこもちょっとリーゼに似てるな、とも。

 

「それはよかった。実は、ここの料理は全て私が手がけたものなんですよ。あ、テーブルの端の方に行くと、ほかの方々にも手伝ってもらったんですけどね。うちは家内と『一楽亭』という料亭をやっておりまして。よろしければまたお越し下さい。サービスさせていただきますから!」

「ええ、是非お越しくださいね。リーゼも待ってますから! ね」

「え!? う、うん……あの、よかったら…」

 

 そんなこと言われて断れるはずもなく。戸惑いながらも頷いた。

 

(俺はまたここに来れる、のか?)

 

 それじゃあそろそろお暇をと席を立ったとき、今度は背の低い老人に目の前に立たれてたじたじになる。なんだか知らないが肩に狩猟槌のごとき大きさのハンマーを担いでいる老人の後ろには、これまた厳ついイメージの油で汚れたツナギを着ている男性。今度は右隣の娘が慌て始めた。

 

「あ、あれ、おじいちゃん? 父さんも!」

 

 何故か緊張感が高まる場。慌てたエリザの様子から察するにこの小さい老人は彼女の祖父、後ろにいるのは父なようだが、なぜこんな竜に睨まれたような感覚を受けるのか。ナギは自分が何か地雷を踏んだかと無表情の下必死に考えていた。

 

「この度は…」

「え」

「ニャ゛」

「は、ちょ、おじいちゃん!?」

 

 いきなりドスンと音を立てながらハンマーを取り落としたかと思いきや、父子そろって土下座し始めた。予想外の展開にたじたじになるナギだが、次の言葉を聞いてなんだか申し訳なささに泣きそうになってしまった。

 

「孫娘のエリザを助けていただいて、本当に、ありがとう……! 感謝してもしきれんッ。申し遅れた、わしはヴェローナ鍛冶屋の鍛冶長をやっておるグレゴワール・ヴェローナ。それから――」

「父のリシャールです。本当に、娘の命を救っていただいて、ありがとうございましたッ!」

 

 慌てている当のエリザをよそに、額を地面に擦り付ける2人。大切な娘が実力もそぐわないのにリオレイアと遭遇したと聞いて、寿命が縮む心地だったのだろう。

 ますます、あの時の躊躇の罪悪感が強まった。リーゼロッテは無傷で助けられたものの、エリザは1撃を浴びてしまったのだ。おそらくナギの躊躇の一瞬のせいで。

 

「……頭を上げてください。こちらこそ、自分がもっと早く行けば、エリザさんを無傷で助けられたかもしれないんです。むしろ、頭を下げるのは自分の方です。……申し訳、ありませんでした」

 

 なぜあの時足が止まったのだろう。彼女達には親や、兄妹や、友人だっていたはずなのに。彼女達()、誰かの大切な存在であるはずなのに。

 

(寧ろ俺が身代わりに一撃受けるくらいが当然だろうに)

 

「いいえ! ハンター1年目の若輩がリオレイアと遭遇して生き残っただけでも奇跡です。それを、感謝こそすれ、謝罪など必要ありません…っ」

「その通りじゃ。ほんに、エリザを助け出してくれてありがとう」

「そんな……」

「ほれ、エリザも礼を言わんか」

「え? あ、はい……」

 

 普段の奔放さは鳴りを潜め、しずしずと祖父の横へ並んだエリザがぺこりと頭を下げた。

 

「あのときは、ありがとう。…ございました」

「いいんだ、本当に。礼を言われるほど高尚な人間じゃないんだ。気にしないで。こちらこそ、怪我をさせてしまって…ごめん。誤って済まされる話じゃないことはわかってる。ヘタをすれば、君が……命を落としていたかもしれないということも。俺は、あの時君を――」

「もう、こっちがお礼言ってるんだから、素直に受け取っときなさいよ」

「こ、こら、エリザ!」

「そんなに後悔してるなら、ねえ、あたしに弓を教えてよ。いや、教えてください」

「え?」

 

 父の静止の声も聞かず、エリザはしゃあしゃあと言った。一応敬語で言い直しているところを見ると、彼女にしては下手にでている方なのだろうか。

 

「もちろん怪我が治ったらだけど。それで、気を済ませてくれませんか?」

「エリザ……」

「あんたはあたしに弓を教えることで罪滅ぼし。あたしはまあ、今より強くなることで…お得だし」

 

 グレゴワールのやや呆れた声に、だんだん慌て始めるエリザ。どうやら我ながらいい案などと思っていたようだ。ナギとしては、一時のものと考えれば、呑めない話ではない。何よりそれでエリザの気が済むなら、そうしてやりたかった。

 

「わかった」

「え、いいの!? やった、ありがとう!」

「何から何まで…」

 

 再び頭を下げ始めたヴェローナの父子にそれではと声をかけると、早々に退散した。どうも義を重んじるような印象を受ける2人だった。それでいて頑固なタイプ。なかなか面倒だが、根は悪くない。それはエリザにもやや似ているかもしれない。

 すれ違う村人たちにも少女2人を救ってくれた礼を言われ、彼女たちが村で愛されているのだと思い知った。助けられて本当に良かったと心から思う。

 見送りに来た数名に竜車を押し付けられたナギは、村の篝火が小さくなって、渓流の岩岩に見えなくなっても尚そちらへ視線を向けていた。ルイーズはそんなナギの膝の上で、すやすやと安らかに眠っていた。

 




ナギなしてこんなネガティブ(笑
ナギの名前はまあお気づきの方も多いかと思いますが、ナギ(凪)・カーム(「凪」英語)ゲイル(大風)です。
え? 組み合わせの意味? なんで“凪”か? インスピレーションだよ!!!  いつか登場人物紹介とか作りたいですね。作者の覚書のためにも。
アイルーの年齢とか100%捏造ですから、お気になさらず。実際の猫の寿命と同じにすると確実にそろそろオバハンからおばあちゃんにシフトチェンジしなきゃいけなくなってくるんで。それから鍛冶屋のじいさんですけど、あれ多分竜人ですよね? ここでは人間ということにしてやってください…。
実はここで伏線1本(本?)貼ったんですけど、どなたか気づきました?

裏設定(というほどでもない):ルイーズの口癖は「にゃふー」。村娘の私服は中央で往復してるあの人をちょっとアレンジした感じ(あんなに全身緑じゃありませんが)。
エリザは気の利く娘です。器量もいいし、料理もできる設定。ただし片付けができないという。作ったら作りっぱなし、出したら出しっぱなし。うぅん…。誰ぞ嫁にもらってくれるか?

今回書きたかったこと。伏線、村長&エリザとの契約、主要な村人の紹介。それからナギの懺悔?
っていうか前書き後書き長ぇよってね。すみません、書きたいこと多すぎて。
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