Monster Hunter ―残影の竜騎士― 作:jonah
一年半の大ブランクを経ての投稿。誤字脱字、意味わからん文章等ありましたらご指摘いただければと思います。宜しくお願い致します。
それから!!
゚・:,。゚・:,。☆゚・:,。゚・:,。★ 祝☆お気に入り450件突破!! ★゚・:,。゚・:,。☆゚・:,。゚・:,。
まじかwwwww
1年半放置してたこの小説、まさかお気に入りが減ることはあれど増えるとは思いもよらず!! ヒャッハー!! ありがとうございます!! これを糧に私はまたエセ小説家人生を歩んでゆけます。
これからも少しでも良い皆様の暇つぶしの糧となれるよう、精進して参る所存です。
つかこれほんとは500件の時に言った方がキリいいんですけど、今小説情報ページ開いて数字みてビビったのでその勢いのまま書かせていただきました。なので万一500突破したらまた盛大に騒ぎます(一人で)。悪しからず☆
それでは長らくお待たせいたしまして本当に申し訳ございませんでした。「お前の小説なんざ待ってねぇよwww」という方。心得ております。割と自己満足に近いですもんね、二次小説ってね。
まあまあそう言わず、今回は割と物語の核心に触れる部分ですのでね。めんどくさいセリフなど多々ございますが、こういう言い回しが好きな作者の趣味におつき合いいただければと思います。
――――――――――――――――
あと100年は大丈夫、自分が生きているうちには滅ぶまい。その果ての“100年目”が“今”ではないと、誰が云った。その無謬性を、あなたは説明できるというのか。
崩壊の足音は、すぐそこまで来ていたというのに。
おかしい。世の中のどこに自宅に連行される家主がいるだろうか。
と、無意味に現実逃避をしてみても、ナギの眼前で仁王立ちをする藍の髪の少女の追随を逃れられるわけも無く。
「逃がさないから。白状なさい、ナギ!」
黒髪の青年はぐったりとうなだれた。
「……いや、あの、つまらない話だ―――」
「つまるつまらないの問題じゃないの。いい加減諦めて…」
言え。
エリザからの無言の圧力に屈したナギは、彼女以外にもリーゼと雪路から見つめられていることに気付き、居心地悪そうに目を伏せる。
それでもまだ乗り気になれないのか、「あー」とか「うー」とか、意味を成さない語を唸っている彼に、リーゼロッテが耐え切れないとばかりに頭を下げた。
「すいません! ナギさん、あの、わたし達……聞いちゃったんです!」
「え、ちょっと、リーゼ?」
「エリザ、ユキちゃん、ごめん。でもやっぱり言うべきだよ! わたし達だけ勝手になんて、ずるいもん!」
脈絡のない謝罪に目を白黒させたナギをよそに、見るからに狼狽したエリザと雪路へリーゼが言い募る。須臾の沈黙が落ちた。
勝手に何を聞いたのか。そもそも誰から聞いたのか。混乱するナギは“とりあえずここは黙っておくのが吉”、と彼にしては殊勝な考えに至り、
「……そうですね。リーゼちゃんは謝る必要はないです。お兄様、私こそが謝罪させてください」
「ええと……何についてか、とは、聞いても?」
「……あたしたち、フライングで聞いちゃったのよ。あんたの……その…過去、ってやつ」
(過去?)
一瞬
「ふむ。で、どこまで話したんだ?」
「……ええと、ギアノスの大群がポッケ村を襲ったところまで、です。その翌日に凍土の異常についてをシャンテさんから伺って、昔ばなしどころではなかったので。お2人も何回か狩りに行かれましたし……えと…だから……」
「なるほど…」
ちらりと横目で弟子たちの様子をうかがう。先日自分たちが帰還した時も泣いて喜んでくれていたから、どうやら嫌われてはいないようだが。
ナギのそんな憂いに先回りするように、リーゼロッテが再び口を開いた。
「ナギさんってすごいんですね! 10歳でもうドスジャギィクラスの竜を倒せただなんて、わたし達本当にびっくりしたんですよ? ほら、えっと、なんだったっけ、えーと、ド…ド……ドンブランコ? あれ? ド……ド……ドスプラント? あれれ? なんか離れた気がす―――」
「ドドブランゴ、だったわよね、確か。新大陸にはあまりいないみたいだけど、図鑑でなら見たことあるわ。“雪獅子”、だっけ?」
首をひねって壊れたラジオのように何やら耳慣れぬ言葉を羅列するリーゼに、エリザが呆れ半分自慢半分に知識を披露した。膝を打ったリーゼロッテがそれに便乗する。
「そ、そうそう。それそれ! そんな人きっと大陸中探したってナギさん以外いませんよ!」
「そうね。同時にそんな人に師事する機会を作ったあたしの慧眼に、我ながらあっぱれだわ。流石、あたし!! 感謝しなさいよリーゼ! 鈍臭いあんただけだったら絶対このひきこもりを連れ出すなんて無理だったに違いないわ! ねえ、ユキ、そう思わない?」
「え…あ、はあ…ど、どうだったでしょうね……あはは、はは……」
「……“ひきこもり”………ああ、どうせ俺なんて……俺なんて…“ひきこもり”……」
「ちょっとぉ、誰がどんくさいってー!?」
「あんた以外に誰が居るんだっつーの!」
乾いた笑いを浮かべるしかない雪路と、弟子の辛辣な批評に密かに心を痛めているナギを横に置き、いつもの如くヒートアップしていく少女たちの言い合いは留まるところを知らない。この激しい会話のドッジボールを仲介するなど、かれこれ10年近く人との接触を断ってきたナギにはハードルが高すぎるのは言わずもがな、雪路とてどちらかというと引っ込み思案な気質。結局2人に解決できるはずも無く。
そうしていつの間にか、言葉の応酬の内容が、なぜかリーゼロッテの料理下手とエリザの片付けポルターガイスト化現象に移っていることに彼らが気付いた時―――つまりそれは口論が始まってからかれこれ10分も経っていたのだが―――もうなるようになれとしか言えない兄妹に、救世主が現れた。
「ふふ。お2人とも、外にまで声が漏れていますよ」
「殿方のお部屋に押し入って、その上大声で口喧嘩ですか? なんとまあ、はしたない。凪さんのお宅だから良かったものの……。まあ立派なおうち。貴方には勿体ないのでは?」
「そ、村長さん! 真砂さんも!?」
村長だけなら兎も角、彼女の後ろに続いて暖簾をくぐってきた真砂を認めるや、少女2人は抱き合って師の影に隠れた。小動物のような動きに苦笑を禁じ得ない。
(まったく、仲が良いんだか悪いんだか)
そんなことを考えつつ、凪は不意に現れた2人の客人に茶を出すために立ち上がった。背後から約2名の恨めしい視線を感じるが、きっと気のせいに違いない。無言になってしまう場を保つために、溜め息と共に凪は真砂へ声をかける。
「ちょっと聞き捨てなりませんね、俺の家なら良いってどういうことですか……。あ、村長さん、緑茶はお飲みになります? それとも紅茶の方が良いですか」
「あら、そのままの意味よ。それより貴女達、凪さんに何かお伝えしたいことがあるのではなかったの?」
「「あっ」」
緑茶で問題ないと頷く村長の分の湯呑みも取り出して、2人分のお茶を淹れる。小皿に菓子(渓流に生えている様々な野草の種を挽いた粉とケルビの乳から作った、人間用のミルククッキーである。別に年がら年中ルイーズ他猫共の為にマタタビクラッカーを作っているわけではない)も添えて、2人の座っている座布団の前に置いた。
自分より目上の2人より上座に座るわけにはと自らの座る場所を求めて目を泳がせていたナギに、リーゼロッテが声をかけた。
「ぁッ」
一言目がどうにも緊張していたらしく、素っ頓狂な声になってしまったので、頬を染めて咳払いをした。少し身をただし、かしこまって、再びナギに膝を向ける。
「ナギさん。わたし達に剣を教えてくれて、本当に…本当に、ありがとうございます。わたしもエリザも、村のみんなも、ナギさんが―――ナギさんと、ルイーズちゃんと、デュラクがユクモ村に来てくれてすごく嬉しいんです。昨日あのあと、4人が無事帰ってきたことを祝った宴を開いていたんですよ。ナギさん寝ちゃってましたけど…。アヤメさんが酔っ払ってしまって、もう大変だったんですから!」
そして、その自然な流れのまま、リーゼロッテはナギを静かに促した。
「それで……ナギさん。まだ、わたし達のこと、信じきれませんか?」
予想外の言葉に目をしばたいたナギはため息をつき、観念したように蔓籠の椅子へ深く腰掛けた。ギシリとしなりながら彼の体重を支えた感覚をしばし弄んでから、ナギは真砂をちらと横目で見た。
「……真砂さん、3人がそれを言いたいこと、ご存知だったんで?」
「さあ、どうだったでしょうねえ。ふふふ、ふ」
意味深な笑みを浮かべるばかりの楽団長と、クッキーが気に入ったらしく舌鼓を打つだけの村長に、凪は「まったくもう」と空を仰いだ。
目を覆って、少しの躊躇。
「……何から、話せばいいのかな。本当に、面白い話じゃないんだよ……」
迷うようにつぶやく。観衆に聞かせようとした言葉ではなく、ぽつりと自問するような響きだった。
静かに待つ少女達の方へそっと視線をやると、真っ直ぐな瞳とぶつかり、それはナギが思っていたよりずっと澄んだものだったから、青年は気圧されたように再び目線を組んだ手へと戻した。長い間硬い太刀の柄を握り続けてきた手は、一般人よりも厚いものの、大剣使いのカエンヌのように硬くはなく、手のひらには肉刺の痕も無い。22年間の、“天満凪”が作り上げてきた、てのひら。男にしては綺麗で傷一つないその手は、初めて会った者には、大きな街にでも住んでいる、どこぞの御曹司かと思われてもおかしくないだろう。
その手を持つ者が、50もの猪の大群を、飛竜4頭を相手に大立ち回りできるほどの実力者であると、一体誰が分かるだろう。
「…ええとね……」
肩から膝上へ、しなやかに飛び移ったルイーズの背中をなんともなしに撫でながら、ふと視界に入った窓に目を細めた。しばしの沈黙の後、ぽつりと言葉を落とす。
「今日は、いい天気だね。紅葉が空の青に、よく映える……」
「……え?」
脈絡のない発言に、一拍遅れてリーゼが首を傾げた。
彼の、その表情を一言で表すならば“郷愁”、あるいは“羨望”。ナギの言葉は挨拶としてはあまりに重く、あまりに唐突であった。
「ナ―――」
「俺は昔、目が悪かったんだ。別に病気とかでは無いんだけど、すごく、目が悪かった。裸眼だと20㎝先の本の文字も、滲んで読めないくらいに」
ナギ。
名を呼ぼうとしたエリザの声を遮って、彼は滔々と続けた。他人の話の腰を折る形で、彼が気にせず言葉を紡ぐのは、珍しい。
自分たちから促したにも関わらず、早くも3人は「いつもと違うナギ」に、恐怖に近い何かを感じていた。否、彼女らが恐れたのはナギではない。彼の話そうとしている、その先、だった。
どこか遠いところに目を向けていた海色の双眼は、次の瞬間だけ少女たちに焦点を合わせた。
「
「は?」
「享年21歳、死因は、
どこか投げやりな響きを持った言葉が伝えたのは、名も知らぬ誰かの訃報。トウキョウト、ダイガクと聞きなれぬ単語を交えたそれは、想像しがたい語りへと展開する。
「…―――俺のことだよ」
――去る夏、焼けつく暑さの或る晴天の日。
――俺は、死んだ。
******
―――俺の“死”からもう、何年だ。天満 凪が22歳だから、同じくらいか。20余年。
それだけ経つと、さすがに今ではもうその頃の記憶もあいまいで、情景を事細かに説明しろと言われても難しい物があるんだけどね。いくつか鮮明に記憶していることを話そう。
ここではないとある世界で、俺はある小さな島国の出身だった。俺は、もう二度とその土を踏むことは無い―――できない。……いきなり世界が違うとか言って混乱してる? まあそんなに身構えないで聞いてほしい。今やめちゃうと、もう次話す勇気が出なくなるかもしれないからね。
それで、俺が生まれたその島国は小さいながらもとても豊かで、多くの人が学校に通えた。学校といってもハンター養成学校じゃないよ。なんだろう、学び舎、その国には、いや、その“世界”には竜はいなくて、人間の命を脅かすモノなどおおよそ存在しなかった。それも、竜のような強力な存在なんか、ね。勿論、危険は皆無というわけではなくて、熊やら蜂やら自然災害やらで命を落とす人は大勢いたけれど、少なくとも、竜に食い殺されたり、竜と死闘を演じるような職業なんてものは存在しなかった。
そう、一言でいえば、そこは『自然を克服した世界』、だった。
今思えば震えが走るほど発展した科学技術を駆使して、人間は自然を屈服させた。……想像も、つかないかな。空を飛ぶ鉄の船、馬より速い車、海を隔てて姿を映し声を運ぶ箱、とでも言おうか。空想じゃないよ。それも別に珍しいものでも特別高価なものでもなくて、一般の家庭で――いわゆる、一家に一台は大抵の家庭が持ってるような、ありふれたものだった。
そういう国で育った、俺―――湯上圭介は、東京のある大学でサークルにバイトを謳歌する、21歳の一学生だった。
ピ、ピピ、ピピ、ピピ、ピピピピ、ピピ...
耳元でうるさく鳴る電子音に、ハッと目を覚ました。起き上がると夜間着はすっかり汗で湿っていて、「またか」と溜め息をつく。
ここ最近、どうにも夢見が悪かった。
まともな梅雨すら体感的に未だ到来していない6月にして、既に熱帯夜が続いているからか、窓を開けて寝ても非常に寝苦しく、家族によると毎夜ずいぶんとうなされているそうだ。そうだ、と他人事のように言っているのは、当人たる俺は悪夢を見ているという自覚は無いからである。朝起きると忘れてしまうその夢は、悪夢というよりむしろ、懐かしい感じがする、安心できる、そんな場所に帰ってきたような―――少なくとも恐怖に身を竦ませるより安らぎの余韻を残していた。
だから大して気にもしていなかったのだが、どうやらそう感じているのはただの気のせいのようで、日をまたぐごとに体の方は疲れをいよいようったえるようになっていた。大学の講義中、うつらうつらと舟を漕ぐのももはや当たり前、いつから自分がうたた寝し始めたのかもおぼろげであるなんてことも多々ある。今までそんなこと―――つまり、授業中のうたた寝をするタイプでは無かっただけに、友人からは茶化されるよりむしろ心配されていた。何か心配事でもあるのか、と。我ながら友人に恵まれていると思う。
そんな日がもう何日経っただろうか。2週間くらいは続いているかもしれない。周りからもそろそろ病院へ行くべきではないかと勧告されているし、今日の講義は午後からだ。朝イチで二駅先の病院へ向かうつもりだった。ぼやける視界のまま時計を見る。8時過ぎ。正直ぼやけすぎて針の長短など見分けもつかないのだが、現在時刻を12時40分だと思わないのは昨日の夜8時に目覚ましを掛けたからである。
眼鏡をかけて視界はクリアになったものの未だぼうっとする頭で歯を磨き、適当に寝癖を手で整えると、そのまま階下へ降りた。テレビの音が付いていることから予想はしていたが、本来居てはならない人物が居間のテーブルに陣取っている。
「あれ、兄貴起きたの。いつもより早いじゃん」
「……お前はなんで、まだ家にいんだよ……」
「別にいいでしょ。寝坊よ、ね・ぼ・う」
友人には恵まれたが妹にはあまり恵まれなかったようだ。高校の制服をだらしなく着崩し、朝のニュース番組をパンを咥えながら見ている妹―――
「寝坊を堂々と言うんじゃありません……」
返事すらなく兄の苦言をスルーする。昔は「お兄ちゃん、お兄ちゃん」とカルガモのヒナのごとく後ろをひっついて回っていたというのに、悲しいことだ。あの頃はかわいかった、などと口にしたら、空手部直伝の鉄拳が飛んでくること間違いないので、懐古するだけにしておく。なぜ殴られると分かるのかと問われれば、経験者は語るとだけ答えておこう。
「兄貴ご飯要らんの?」
「……ん、ああ。ジュースだけ飲む」
「あたしさっき飲み切っちゃったから新しいやつ開けてね。冷えてないけど」
「マジか……」
ニュースを流しつつもスマホをいじる。テレビ見ないなら消せよとも言わない。どうやらこの娘、朝はパンを食しつつニュースを流し聞き、スマホで友人とLI○Eをするというスゴワザをやってのけているのだ。いまだアナログな兄とは正反対、まさに現代の申し子。携帯なんてメールと電話ができれば十分だろとかこの子の前で行ってはならない。理由は推して知るべし。むしろ推さずとも分かる。細腕から出されるとは思えぬ威力の腹パンである。
キッチン奥の倉庫から新品のオレンジジュースを出し、氷を入れたガラスのコップに注ぎこむ。冷えるまで暫し待ちつつ流れ続けるニュースを眼鏡越しに見た。
平日朝8時から担当の女性キャスターが、手にした原稿をすり替えながら、カメラに視点を合わせていた。右側にニュースのリストがばらばらと表示される。
『次です。10日、南米ペルー沖に落下した隕石の、市街地に降り注いだ“破片”による住民8名の重軽傷が起きた事件について』
『隕石からの“破片”とみられる物体を採取、分析していた国連調査委員会が、正式に検査結果を発表しました』
『それによると、今回の隕石もまた、人類の未知の成分が含まれる“破片”であることが確認されたとのことです。今回のもので“破片”落下の例は計12回目となります』
『同委員会は、再びこの“破片”の成分解析に当たっているとのことです』
『次です―――』
“破片”。
ここ数年でよく耳にするようになった単語だ。隕石から剥がれたものという説が有力だが、その“破片”にはこの21世紀の世の中においてもまだ未発見である物質――ナントカとかいうカタカナの名前があったが、興味がないので忘れた――が含まれているらしい。今世界中の科学者や研究所が躍起になって解析を進めているものだ。そのひとかけらで膨大なエネルギーを含んでいる“破片”は、うまく利用すれば人類の生活に多大な利益をもたらすとかなんとか。いやはや大したものである。
カラン、と涼やかな音を立てたコップに視線を移し、一気に中身を呷る。冷えも丁度良く、ほどよい酸味が美味だった。
再び階段を上って必要なものをそろえてから玄関へ向かう。
「じゃあな、戸締りしっかりしてから家出ろよ。キッチンのとこの小窓、開いてっから」
「ん~」
聞いているのかいないのか。微妙なラインの返事を背に、目に刺さる日差しへと足を踏み出した。
自転車に乗った重役出勤のおっさんその他、遅めの犬の散歩へ繰り出す若いにーちゃん、朝っぱらから井戸端会議に熱を入れる近所のおばちゃんたち。眩しさと寝不足でフラフラする頭で彼らの横を通り過ぎ、欠伸をかみ殺しつつ改札を通る。ピンポーンと舌打ちしたくなるあの音が横から聞こえ、案の定チャージを怠ったらしいツナギの男性が悪態を吐きながら去って行った。
目を細めて電光掲示板を見る。各停のあと通過列車、のち急行が停まるらしい。眼鏡をかけて尚数字が6にも8にも9にも見えるが、まあいい。急ぐわけでもなし、2分や3分の違いなど誤差だろうと鷹揚に歩きつつ、階下へと歩を進めた。脇を学生や会社員が駆け抜けていく。下を見れば、鈍色の車体が見えた。
―――4番線ご注意ください電車が発車しまーす閉まるドアにお気を付けくださいドアが閉まりますドーアーがー閉まりまーす次の電車をご利用ください駆け込み乗車は御遠慮ください…
だるそう且つ至極面倒くさそうに、駅員が声をかける。この長文を一息で毎朝毎晩、ラッシュ時には数分置きに言っているのだから頭が下がる。そりゃ面倒にもなるだろう。3,4分後にはくる次の電車使えと言いたくなるだろう。しかしその数分をも惜しんで駆け込んでこそのジャパニーズサラリーマンである。今も階段わきに一番近い車両のドアに、灰色のスーツのオニイサンがタックルかまして押し入った。
ピロリ~ン♪
―――ドアが閉まりまーす。駆け込み乗車はご遠慮くださーい駆ーけー込ーみーじょーうー車ーはー…
危ない橋は渡らないタイプである。もとい、今はちょっと走る気にならない。
すし詰めされた乗車客をのせた電車が、ゆっくり発車する。たった今出たばかりなのに、ホームにはもう次を待つ人が蛇のような列を成していた。
―――4番線、電車が通過します。危ないですので、黄色い線の内側まで、下がって…
こちらも間をおかずアナウンスが流れた。どうやら電車が遅れて詰まっているようだった。朝のラッシュの遅れがこの時間帯にまで影響するのは、割とよくあることだ。
耳に心地よい男声アナウンスを聞き流し、やっと階段を下り終わった俺は、長い列をショートカットすべく最前列を回り込む形でホームを歩いた。点滅する電光掲示板に『特急列車の通過云々』の文字を認めつつ、降車駅でエレベーターに近いドアの停車位置まで歩き続ける。
フォン―――
うなる烈風をまとった列車が、視界の端にあらわれた。一応少しばかり内側を歩くことを意識しつつ、相変わらず最前列のさらに前を歩いていると、不意に足がふらついた。
「……へ?」
背中に軽い衝撃を感じるとともに、俺は地から足を離す。眼鏡が外れ、遅れて落ちてくるのがスローモーションのように見える。
あ、やばい。
この短い落下の間に、俺は千葉にあるくせして天下の東京の名を冠する、某リゾート
「あぶない!!」
パリィン!
そんなことを思っている間にどうやらしっかり現実の時は進んでいたようで。こう見えてもともと運動が得意な俺は、悲鳴を上げる観衆の前で華麗に着地。耳を
「ふ、う~」
流石に無理があったのか、数秒遅れてひどい痛みを訴えてきた足首を押さえる。ドッと噴き出してきた汗が、背中を伝った。なんだったのだろう、今のは。今、誰かに背を、押された?
「君! 大丈夫かね!?」
心優しいハゲのおっさんが、反対側のホームから高そうなスーツのズボンを床につけて覗き込んできてくれた。緊張から安堵へ渡ったギャップの大きさからか声が掠れた俺は、うなずいて意思を伝える。と、また視界の端に黒い影を捉えた。鳥か? いや、あれは―――!
「やばっ」
最近の若者は口を開けばヤバイだの何だのと……。どこかの教育評論家が愚痴っていたのをテレビで見、まったくその通りだと頷いては、爺臭いと笑われた時期が俺にもありました。
足の痛みも忘れておっさんの頭を押しのける。
ドンッ!
重い衝撃とともに額にクリティカルヒットを決めてきたのは、何かの板―――“破片”、だった。
(13回目の落下での死傷者は、俺、か―――)
13とか、不吉な数字じゃねーの。うわ、やだー。
湯上圭介としての記憶が明瞭に残っているのは、ここまで。
そう、次に覚えているのは真っ白い空間に浮かんでいるシーンだった。
「……は?」
浮かんでいる。足に、手に、大地がまったく触れていない不安感。その一方で感じる、心のどこかの
水中の息苦しさは無い。沈んでいく感覚も無い。ただ、無性な孤独の念。
自分の体が自分のものでないようにすら感じる。払拭されない、この言い知れぬ“何か”は、じわじわと俺の心を蝕んだ。
そうしてどれくらいの時が経ったか。
1時間程度だったようにも、10時間だったようにも思えた時間を隔てての、一瞬。
白い闇が、動いた。
靄がかった“何か”は集束し、やがてひとつの形を成す。ヒト型ではない。何か獣をかたどったわけでもない、“それ”。
「かみ、さま?」
口をついて出たのは、そんな突拍子もない言葉。特に何を思ったわけではない。しかし分かる。“コレ”は、【カミ】だと。あるいは【カミ】に準ずる何かであろうものだと。
『ようこそ』
“ソレ”から放たれたのは、歓迎の言葉。男とも女ともとれる中世的な声に、老人の荘厳さ、長く生きた者特有の貫禄と、子供の無邪気さ、純真さが混ざった、不思議な声色だった。
『如何にも。わたしは神であり、根源であり、未来の編纂者であり、過去を殺めたものだ。わたしに名は無い。わたしはわたしであるからだ。ゆえに汝がわたしを呼ぶことはできない。わたしがわたしである限り。わたしは救世主であり、破壊者であり、また、傍観者である』
なんだか的を得ない。何がなんだか、ややこしいセリフに、神様というのはみんなこんななのかと頭を抱えた。体感で何時間も待たされた挙句のこの謎の言葉には、多少イライラしても仕方あるまい。
『……そしてわたしは謝罪すべきである。こちらへ招き、そして招かれ
――――ささやくように紡がれたのは、いったいどんな意味を内包していたのか。この時、青年はその真意を汲む余裕を持たなかった。その事の異常さに、言葉の深さに、気付こうとも思わなかった。
『汝、遥かなる果てを守る者よ、
どきどきと、心臓はたぶんもう鼓動を止めたのだろうが、まさにこの時の俺の心境を表すならば“どきどき”と、それから幾分か、あるいはそれ以上の“わくわく”を胸に秘め、俺は沈黙して神の言葉を待った。
そりゃあもちろん、ここまでくれば誰だってわかる……と思う。少なくとも俺は「もしや」とは思った。雰囲気というヤツである。だって死んだんだよ? 俺死んじゃったんだよ? たぶんね? なのに意識がこうして残ってる、ということは……あとはお察しください、でしょう。
つまり、あれだ。神様転生パターンとかいうものだ。おおかた神様のミスということなんだろう。おそらく。ライトノベルによくある展開である。
……ぶっちゃけもう少し世俗慣れした神様だったら、もっと分かりやすかったのだが。まあ相手は神様(たぶん)なのだから、こちらが文句を言える立場ではないか。
白い影は、相変わらずもわもわと形を一定せず、今にも霧散しそうな軽さでその空間に浮いていた。
『―――至天と奈落に最も近しい庭、失われた楽園。肯定しよう。汝、清き無辜なる魂よ。元始のもたらした源の一滴よ。父は疲れ、憂い、眠りに就かんとす。
古きものの稚児、朝焼けと夕闇の息吹を司る子よ。問うな。問わず、ただ果たせ。為すべき務め、魂の
「……“黒と共に”? おい、目的語が無いぞ。止めるのか? 止めるんだよな、どうにかして? 文脈的に止めちゃっていいんだよな?」
『今宵、はじまりの鳥も堕つ。愚かなる真昼の
「無視か!」
『
無視ですね無視なんですね了解しました。
留守番電話に叫んでいる気持ちになる。よくある小説の中のフレンドリーな神様はどこへ行った。そして何を考えてこんな回りくどい言い方をしているのか。スパッと言え、スパッと。要点だけ。簡潔に。要領良く。
『……然様。天駆け地を征す、汝のゆめ描き馳せる
……。
……アレ? 今俺あんたの悪口言ってたんだけど。『然様』ってなんだよ。おい、また無視かッ! あれか、自分のミスを言われたくないのか。神だから! 残念俺死んだ時点でお前のミスは決定的だわ! 転生はさせてもらうが許してはやらん! 痛かったんだからな!
また脳内でありったけ叫んでも、“神”がそれに反応することは終ぞ無かった。またべらべらと何事かを喋った後、少し間を置いて再び難解な表現を羅列する。
『汝、はじまりの鳥。万事は此れにて終わりを迎える。いにしえの反逆者を、汝が子らと共に討て』
『汝、愚かなる子。世界は滅び、崩れ、天蓋は墜つ。地に伏す子らを最果てへ導く、先鋒をつかさどれ』
『汝、三番目の狼。
鎮めよ。
最後の言葉が虚空に消えると、宙にふわふわと浮いていた体に、不意に現実味が帯びる。と同時に、急速にその場から落下し始めた。視界の端で、さきほどまで“神”と呼んでいたあの球体が「ヴヴ...ヴ...」と音を立ててブレ、電源を切ったブラウン管テレビのような音と共に消失した。
視界の隅で自分の落下先に黒い穴があるのを見ながら、俺は何とはなしに「これからどこかに転生されるんだろうな」と考えていた。
そういえば転生モノには
彼はこの時未来、彼に来るであろう先のことを考えていた。だから、気づかなかったのだ。
――――今までいた白い世界が、ポロポロと崩れ出していたことに。
それに気付くには、あまりに彼は「知らなすぎた」。
――――その崩れ落ちた“破片”が、彼の死因に繋がったあの“破片”に非常に似通っていたことに。
彼は、知らなかったゆえに、自身に起きた現象を軽く見すぎていた。
さようなら、
崩れゆく白の世界に落ちた言葉を聞いたものは、だれもいない。
――あの時自分が××していたら、世界は、変わっていたのだろうか。と、今でも夢に見るんだ。
…あの、大学名とか、フィクションですからね?
あとがき+現状報告+謝罪はこちら↓↓
http://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=83255&uid=16739