秋服を買いに行きましたが、結局、買わずに帰りました。
何で服を買いに行くのってあんなに疲れるんでしょうね………
「あいつ、いつも本を読んでるよな」
放課後少し教室にいた当時十歳のルイーズは、同じく教室に残った男子達に陰口を言われていた。
陰口を言われているというのにルイーズは、一切気にするそぶりを見せず、本を読んでいた。
というより、本に集中していたので、陰口が聞こえなかったという方が正しい。
もう二年もすると陰口を聞きながら、本を読むという荒技をするようになるのだが。
まだ、その時のルイーズは、そこまで器用ではなかった。
だから、いつの間にか近づいてきていた男子に気付かなくった。
「わっ!!」
「!!?」
突然耳元で叫ばれ、ルイーズはビクっと肩を丸める。
目を白黒させ、きーんと鳴っている耳を押さえ自分を脅かした男子を見る。
元凶の男子は楽しそうに笑っている。
よっぽど、間抜けな顔をしていたのだろう。
男子達は、散々ルイーズの顔真似を続ける。
冷静になったルイーズは、自分がこんな奴らに脅かされたことが無性に情けなくなった。
泣けば彼らはもっと喜ぶ。
ならば、涙を見せてはいけない。
ルイーズは、大きく息を吐き出し、一切相手にせずカバンに本をしまおうとする。
すると、男子達が本を横から掠め取った。
「返してよ」
「返して欲しかったら取り返してみろよ!!」
そう言って男子達の間で、パスが始まる。
小柄なルイーズでは、それをされると取り返すことが出来ない。
彼らも最後は返してくれる。
だから、無視していればいい。
だが、自分のものをそんな風に弄ばれるのはストレスだ。
「あ、そう」
ルイーズは、一言そう言うと男子達の机の引き出しを引っ張り出した。
中には宿題に使わない教科書と、授業中散々自慢していた新しい筆箱があった。
「……………?」
男子達は、ルイーズのその行動に呆気にとられていた。
「てい」
その隙にルイーズは、それを全部ベランダから捨てた。
◇◇◇◇◇◇
「痛い…………」
ルイーズは、殴られた頬をを撫でながら通学路を歩いていた。
ルイーズもなんとか抵抗したのだが、多勢に無勢。
複数の男子達に押さえつけられてしまった。
男子達が馬乗りになってルイーズを殴りつけ始めたところで、ルイーズは防犯ブザーを鳴らした。
生徒は下校しても先生は残っている。
慌てて駆けつけた先生達に男達は、捕まり、お説教タイムとなった。
ルイーズも事情を聞かれたが、割と早く帰らされた。
とりあえずもらった氷で頬を冷やしながら今は、帰っている。
いや、正確に言うならルイーズは、図書館を目指して歩いていた。
「今日は、新刊が入るって言ってたなぁ」
そう言いながら図書館に着くと『閉館』の看板が下されていた。
「………………」
ルイーズは、近くにある時計を確認する。
時刻は、午後五時を過ぎていた。
ちょうど閉館時間だ。
「………………クソ」
ルイーズは、小さく悪態を吐くと外のベンチに腰を下ろし、冷やすのに使った氷をベンチに置く。
そして、途中まで読んでいた『アイフリードの冒険』を再び読み始める。
ちょうど、今、アイフリードが山で迷子になっているところだ。
何でも木と緑が生い茂り道が分からないらしい。
木と言えば街路樹のようなものしか見たことのないルイーズとしては、想像しづらいがそれでも綺麗だということはわかる。
もう、どうやって抜け出すかっているがそれでもルイーズは、そのシーンが好きだった。
ルイーズの生きている世界では見ることの出来ないものが書かれているそれは、本当に楽しいのだ。
「ねぇ…………」
ページをめくろうとしたところで声をかけられた。
「それ、『アイフリードの冒険』?」
ルイーズは、不機嫌そうに顔を上げるとそこには、真っ赤なベレー帽をかぶったタレ目の女性がいた。
◇◇◇◇
声をかけられたルイーズは不機嫌そうに女性を再び見る。
女性は、襟付きのボタンのシャツに黒い無地のネクタイを緩く締め、ズボンは、ジーンズという変わった服装だった。
本を読んでいるところを邪魔されたルイーズは、不機嫌そうに尋ねる。
「………………お姉さん誰?」
その言葉を聞いた瞬間、女性はパッと花が咲いたような笑顔になる。
「『お姉さん』か………良かった。まだ、ギリギリ呼んでもらえるんだね!」
「………………いくつ?」
「二十五歳だよ」
「まだ、大丈夫だと思うけど?」
「まあ、世の中色んな人がいるから」
その女性は、ルイーズの隣に座る。
ルイーズは、眉をひそめる。
「なんで、隣に座るんだい?」
「えぇーいいじゃん、別に。私だって疲れてるんだから」
ルイーズは、迷惑そうに顔をしかめた後再び本に視線を戻す。
「『アイフリードの冒険』好きなの?」
「まあね」
「じゃあさ、『アイフリードの航海日誌』も読んでみなよ」
「?なにそれ?」
「『アイフリードの冒険』元となった話だよ」
たれ目の女性は、ふふんと少し得意げな顔で胸を張る。
「難しい言葉で言うなら、原典ってやつかな?」
「ふぅん……………」
適当にそう返すルイーズにたれ目の女性は、少し戸惑ったような顔になる。
「あ、あれ?興味ない?」
「私、人に本薦められるの嫌いなんだよね。なんか、付き合いで読まなくちゃいけない感じがして」
「うっわ!友達少なそうな答え!!」
「因みに読書中に話しかけてくる奴はもっと嫌い」
「…………ルイーズ、友達少ないどころかいないでしょ?」
ルイーズは、ため息を吐いて本をパタンと閉じる。
「じゃあ、ちゃんと理由を話してあげる」
ルイーズは、閉じた本をその女性に突きつける。
「物語読んでる人に向かって、ノンフィクション薦めてくる奴は、だいたい決まってこういうんだよ。『そんなものよりもっと身になるものを読みなよ』って。そういう理論が嫌いだからそういう奴の薦めたものは読まない」
「違う違う。もっと単純な理由だよ」
ルイーズの言葉にたれ目の女性は、チッチッチと指を振る。
「面白いんだよ。とても」
ルイーズは、目を丸くする。
そんなルイーズに構わずたれ目の女性は、続ける。
「本なんて面白いから読む。身につくとか勉強になるとかそんなものは付属品だよ。だから、私が薦める理由も面白いからってだけだよ」
そこまでいってたれ目の女性は、楽しそうに笑う。
「ねぇ、ルイーズ。面白いものは、フィクションだけ、なんて決めつけちゃつまらないよ」
たれ目の女性からの意外な言葉にルイーズは、ふむと少しだけ考え込む。
「…………わかった。そこまで言うなら読んでみるよ」
「お、意外に素直だね。何事も素直が一番だよ」
「なら、素直ついでにもう一つ」
ルイーズは、ベンチから立ち上がる。
「なんで、私の名前知ってるんだい?言ってないよね?」
「?かばんに書いてあるじゃん?」
言われてかばんを確認すると確かに名札が付いていた。
「あ、そっか」
「まあ、昔は付けるのが当たり前だったけど今は変な人も多いから外しといた方がいいよ」
「へぇ。そうなんだ」
ルイーズは、名札を剥がしてポケットにねじ込む。
「ところで、お姉さん名前は?」
「え?」
「私だけ名前を知られてるって変じゃない?」
ルイーズの言葉に女性は、少しだけ困ったような顔をして、顎に指を当てる。
「うーん…………私の名前か…………」
そう言いながらちらりとルイーズの持っていたアイフリードの冒険が目に入る。
女性は、ルイーズに向けて指を突きつける。
「アイフリード。私の名前は、アイフリードだよ」
ルイーズは、ちらりと自分の本を見た後ジトっと湿度の高い視線を送る。
「偽名じゃん」
「いいでしょ。別に。だって、こっちの名前の方が好きだし」
女性、アイフリードは、そう言って立ち上がる。
「さて、私もそろそろ帰るかな」
立ち上がった時に少しだけズレたベレー帽を直して、ネクタイを緩める。
「それじゃあ、またね、ルイーズ」
アイフリードは、手を振ってそう言った。
「へ?あ、うん?またね」
ルイーズは、少し戸惑いながらも手を振り返す。
そして、アイフリードの姿が見えなくなると自分のうちへと歩き出した。
◇◇◇◇
「あら、ルイーズおかえりなさい」
「ただいま、ばあちゃん」
かばんを置き、自分の部屋に行こうとすると、リーフにおたまで頭を軽く叩かれる。
「まずは、手洗い。いいですね?」
「……………はい」
「よろしい。手を洗えばすぐご飯ですからね」
「あれ?もう、そんな時間??」
ルイーズは、驚いて部屋の時計を見る。
いつも帰るよりは、一時間も遅かった。
「ありゃあ…………」
リーフは、ため息を吐く。
「まあ、晩御飯までに帰ってきたので、今回はいいですよ。その代わり、宿題は、終わらせてから寝なさい」
「はぁい」
「のばさない」
「はい」
「よろしい。さ、手を洗ってらっしゃい」
ルイーズは、頷いて洗面台に向かい、手を洗う。
手を洗い、戻ってくると食卓には、夕飯が並んでいた。
「それでは、」
両手を合わせるリーフに続きルイーズも手を合わせる。
「「いただきます」」
ご飯を食べながらルイーズは、今日のことを思い出す。
そして、目の前で静かにご飯を食べているリーフに尋ねた。
「ねぇ、ばあちゃん。『アイフリードの航海日誌』って知ってる?」
「えぇ。私も読んだことありますよ」
「へぇ…………」
ルイーズは、そう答えるとそのままパンを千切って口に運ぶ。
「それにしても珍しいですね、ルイーズがノンフィクションに興味を示すなんて」
「まあ、ちょっと人に薦められてさ」
「あれま!?あなたに本を薦める友人なんていましたっけ?」
「………………否定はしないけど、その反応はムカつくね」
まあ、実際友人ではないのだからリーフの言う通りなのだ。
「………『アイフリード』って名乗る女の人が教えてくれたんだ」
「偽名じゃないですか」
「あ、やっぱり?」
ルイーズは、そう言って最後の一口を食べ終えた。
「一応言っておきますけど、不審者って別に男だけじゃないですよ」
「うん、まあ、そうなんだけど」
煮え切らないルイーズの言葉にリーフは、ため息を吐く。
「気をつけなさいね?特に明日は早帰りなんでしょう?私は明日も仕事があるので、ちゃんと鍵をかけるんですよ」
「分かってるって。それにもう会うこともないよ」
ルイーズは、そう言って手を合わせてごちそうさまをする。
「ところで、ルイーズ」
「何?」
「痣が出来てますけどどうしましたか?」
「へ?」
ルイーズは、慌てて頬を触る。
それを見てリーフは、笑みを浮かべる。
目が一切笑っていない笑みだ。
ルイーズは、ダラダラと汗をながす。
「学校から連絡が来ました。男子と取っ組み合いの喧嘩をしたそうですね」
「………………」
「どこを殴られたのか、わからなかったんですが、そうですかそこを殴られたんですね」
リーフは、一言も頬に痣があるとは言っていない。
「あの………怒ってる?」
「えぇ。隠そうとしたことがとても気に食いません」
「………………………」
「ルイーズ、正直に話しなさい。貴方を叱るかどうかは、それから決めます」
「叱られる可能性があるなら、言いたくないんだけども………」
「言わないのならこれから叱ります。あ、嘘ついたら直ぐわかるのでそのつもりで」
遠慮がちに言うルイーズにぴしゃりとリーフは、叩きつけるように言う。
「えーっと………」
ルイーズは、今日あったことを話した。
◇◇◇◇◇
「なるほど」
「えぇっと、まあ…………」
リーフとルイーズは、食後のお茶を飲みながら向かい合っている。
「先生の話とも一致していますし、特に言うことはありませんね」
「へ?」
「だって、貴女から殴ったわけではないですし、おまけに貴女の方が複数相手に殴られていたわけですから」
「まあ、そうなんだけど」
「とはいえ、貴女は、言動にもう少し気をつけた方がいいですけどね」
ズズッとお茶を飲む。
不満そうなルイーズの顔を見たリーフは、ため息を一つ吐く。
「まあ、喧嘩をするなとは言いませんが、顔に傷を作らせるわけにはいきませんね」
リーフは、そう言ってお茶を飲み干す。
「ルイーズ。貴女は、これから身体を鍛えなさい」
「へ?」
戸惑うルイーズに更に続ける。
「とりあえず、格闘術を教え込みますから」
「喧嘩に負けないために?」
「はい」
「それって、父親が息子にやるイベントじゃない?というか、ばあちゃん、そんなこと出来るの?」
「もちろん。おじいさんと出会ったのは武道館だったんですから」
「…………………」
特に聴きたいとも思っていなかった意外な馴れ初めに衝撃が隠せないルイーズ。
「それじゃあ、ルイーズ。明日から夕飯前に少し稽古をつけるから、そのつもりで」
「え、あの、え??」
「じゃあ、そゆことで」
「ちょ、」
「じゃあ、さっさと風呂入ってきなさい。おじいさんが帰ってくる前に一人は、入っていてくれないと、洗濯機が回せませんから」
リーフは、それだけ言う流しで皿洗いを始めた。
残されたルイーズは、お茶を飲み干す。
「……………男に罪悪感抱かせる泣き方とか教えてくれないの?」
「貴女が男の前で泣きたいとは思いませんけどね?」
皿洗いをしながらウインクをする。
「否定はしないけどね」
ルイーズは、タオルを持って風呂場に向かった。
◇◇◇◇
風呂から上がったルイーズは、自分の部屋で
そう返答するとルイーズは、そのまま自分の部屋に入る。
カバンの中から『アイフリードの冒険』を引っ張り出す。
「アイフリード、ねぇ…………」
ルイーズは、今日出会った大きな麦わら帽子をかぶった女性を思い出す。
明らかに偽名なのだが、何だかルイーズは不思議とそこまで警戒する気が起きなかった。
何より、リーフとアイフリードが口を揃えて面白いという本を読んでみたくなっていた。
明日は、早く学校が終わる。
「ふむ、明日も図書館行ってみようかな」
そこまで言って脳裏に蘇るのは、最後の別れの言葉だ。
─────『それじゃあ、
ルイーズは、頬を引きつらせながら首をかしげる。
「まさかね…………」
テイルズお約束のアイフリード(?)の登場です!!
では、また外伝45で( ̄▽ ̄)