中々書けずにいまして、やっと投稿できます。
今話は作者のガバガバ医学が展開されてますので『おいちげぇよ』とか言わずに生暖かい目で見守ってくれると嬉しいです、
二十六話『 』
「――ひっ」
――一体何にそんなにも怯えているのか?
私は山田先生の視線の先にあるものを見ようと振り返り、
「――――ひゅ」
――息が止まった。
そこには朝陽がいた。いや、
というのが正しいだろう。少しでも朝陽のことを知っていれば今の状況がいかに異常か分かる。
朝陽は……何も浮かべていなかった。ただただ無表情だった。
いつもの柔和で覇気の弱い、それでいて芯がある顔付きは見る影もない。あるのは、人形のような表情に何もわからない真っ黒な瞳――――それが私に向けられていた。
何も考えられず、ただただ真っ白になる。
五分、十分、いつまでそうしていたか分からないが朝陽が私から視線を外し、何も言わずのろのろと車椅子を動かしながらと何処かへ行ってしまった。
それを、廊下にいた少なくない生徒は目撃にギョッとしていたが、今の私には些細な問題だった。
止めないと、と思った。あのまま何処かに行かせてしまえばとてつもなく嫌な予感がする。しかしどうしても身体が動かなかった。
私の身体が動いたのは愛染がいなくなってしばらくしてからだった、それは山田先生も同じだったようで大きく息を吐いたり吸ったりした後に震えた声で喋り出す。
「わ、私が、私がなにかしてしまったんでしょうか……?」
「…………わから、ないです」
絞り出して言えたのはそんな言葉だった。
すでに授業中であったが山田先生と共に教室内に入る。集まる視線に少しだけ嫌悪感を感じながら織斑先生へと話しかかけようとしたか、先に話しかけられる。
「山田先生に篠ノ之か……篠ノ之はともかく山田先生が遅刻とは珍しい」
そう言われて慌てたように謝る山田先生だったが織斑先生は苦笑を浮かべたまま
「残りはあとひとりか……しかしな…………」
と、織斑先生の小さな呟きが耳に入る。誰がいないのかと教室内を見渡して、硬直する。
「朝陽が、いない?」
「山田先生、愛染のやつを見ませんでしたか? 特に珍しいことに予鈴の時にもいなかったようで」
「え、居ないんですか⁉︎」
言われて気付いたと朝陽の机を見て姿がないことに驚愕する山田先生。
そこで私たちは先ほどの廊下でのやり取りを織斑先生へと伝えた。すると顔をしかめてクラスのみんなには自習と伝えると私と山田先生を連れて廊下に出る。
「わかっていると思うが、これから愛染を探す。二人ともすまないが愛染がいそうな場所を当たってくれ。私は人を呼んでくる」
「――
「――……ラウラか」
愛染の捜索に出ようとした時、教室の扉が開き――ラウラ・ボーデヴィッヒが出てきた。
「私も探させてください、教官」
「……分かった。ならば頼む」
「わ、私たちも探させてくださいーー」
今度は横合いからウォルト三姉妹が入ってくる。正直なところ人では多い方が良いのだが、今は授業中である。これ以上多くなれば、私も私もといった馬鹿どもが出ないとも限らない。
ウォルト達には悪いがもしもの時に教室にいてくれた方が良い。彼女達は愛染に対しても普通に接しているから入れ違いになったとしても安心だ。
その旨を伝えると少しだけ悔しそうな顔をして下がっていった。
今度こそ私たちは踵を返しまっすぐに歩き出した。私たちもほぼ同時に別れ捜索を始めた。
「……朝陽のやつ、どこ行ったんだ?」
教室にいた織斑一夏はここにいない人の机を見て呟く。すでに二人の先生がおらず自習ということで色めき立っていた。
何やらヒソヒソと愛染のことをいうものがちらほらいるが小声のため聞き取れない。
「…………まったく、迷惑な話ですわ」
不機嫌を隠すことなくセシリア・オルコットはここにいない数名の人物に対して毒づく。最近、一夏に対してアプローチをし続けているのに全く反応がないのも拍車をかけて不機嫌になっていた。
「千冬姉の授業をサボるのはマズイだろ、大丈夫かよ」
心配する点が少しばかりズレている一夏。いや、この場合はズレているというよりも論点が違うというべきか、恐らくそれに彼が気づくことは無いだろう。
次の授業が始まる前に鳳が来て事情を聞き、愛染の性格を多少なりとも捉えていた彼女は大いに心配していたが、一組のクラスの皆はあっけらかんとしていて異常だと鳳鈴音は思った。
――結論だけをいうなら愛染は見つかった。1065号室、自室の真ん中で車椅子に乗ったままピクリとも身じろぎもせず、呼吸もごく浅いまま睡眠状態に入っていた。
それを見た全員は最悪の事態を想定していたためか大きく息を吐き、脱力し、安堵する。
しかし、ラウラと千冬だけは表情を曇らせたままだった、言いようのないものが拭えなかった。ラウラはすぐに愛染のそばまで寄り、呼吸の具合を確かめ、脈拍、瞳孔の確認もする。
「…………不自然すぎます、呼吸はごく浅いのに脈拍、瞳孔の開き具合は完全に休眠状態のそれです」
ラウラの言葉を聞いた千冬はすぐに医務室に運び込み、バイタルチェックをするように指示、同時に脳の専門家とあの医者に電話をかけた。
その場にいた全員の表情は暗かった。
駆けつけてくれた木山夏生先生、ユーリスカヤ・ビルマ・リトビャク先生、――篝火ヒカルノ氏は技研に連絡をしてもとれなかった――カエル顔の医者は表示されたバイタルを見て様々な口論を繰り広げる。
「通常の睡眠とはざっくり言えば、身体を休めることと記憶を整理するためのものだ。しかし……今のこれはそれではない。
――不規則にレム睡眠とノンレム睡眠を繰り返す、半覚醒と休眠状態を繰り返している。こんな頻度で繰り返せば休まる暇などないむしろダメージになるレベルだ」
「しかし、バイタルでは脳の半分以上が休眠状態を示している。前頭葉と海馬付近が覚醒しているのは記憶の整理をしているのでは?」
「いや……それにしては他が全く動かないのが分からない。記憶の整理をする時ですら他は多少の覚醒を見せるはずだ」
色々な疑問が口に出された論争の中、全く言葉を発しなかったカエル顔の医者の口が動いた。
「――この動きは記憶の破棄だ。僕が二例だけ関わったことがある」
「なっ……⁉︎」
傍観していた全員が驚愕を露わにし凍りつく。
「僕の担当した患者と同じならこれは今の記憶と過去のどこかの記憶を覚えていないということになる。しかもその記憶を覚えていないということが患者は分かっていない。そして記憶を忘れてしまったトリガーすらこれを何回か繰り返して忘れてしまい――最期には
「――……いま、起こせばそれは止まるのかい?」
リトビャク先生が感情を抑えるように静かに告げる。それにカエル顔の医者はかぶりをふり答える。
「
――思い沈黙が場を包む。
「……
「1回目の記憶の消去となったトリガーを再び引かせないことだね。元は
――普段なら大丈夫なそれも、記憶の消去が起こったあとでは封印されていたトリガーも溶けていてそのキーワードにも触れやすくなっている」
問題はここからだと言わんばかりに一度言葉を区切ってから話し始める。
「僕が担当した患者は、1回目は少しの記憶の消去ですんでいたと思う。だが、二回目三回目になってくるとそれの幅が広くなってくるんだ。
始めは幼少期前半、二回目は幼少期後半から小学校全般、三回目は中学校から二十歳前後まで……。
――――いいかい? この病気は
「――待ってくれ、脳から忘れたはずの記憶が戻ったのか」
話に待ったをかけたのは木山先生だった。
「ああ、戻った。先ほどは記憶の消去といったが、脳は広大だ。いくら科学が進んだ場所でも脳という部位は様々な可能性を秘めている。
記憶喪失の部類は一般的に言えば三つ。障害を負った際のものと、トラウマのもの、そして認知症などの症候群の類。
前者は記憶のタンスが壊れてしまい引き出しが開けられなくなった状態、後者の二つは
引出しの中身が入れ替わったり、ぶちまけられてしまっている状態のことだ。
今このこの状態は後者とも言えるし、前者とも言える、記憶が脳から完全に消えることなど物理的に破壊しなければ不可能だよ。
――だからこの症状は今の状態を落ち着かせて前の状態に持っていってからではなければいけない」
カエル顔の医者の経験則から有無を言わさずに今後の行動が決まった。
それから程なく意識を覚醒させた愛染朝陽だったが、やはり幼少期の記憶は欠如していた。