いや、もうこれ、8年も前の作品だよ……
「あの……誠に何と言ったらいいか……」
「……」
「本当に申し訳ありません」
「……」
「もちろん、敷金と礼金は一度ご返却致します」
「……」
「大至急替わりを手配しますが、何分にも今の時期はそうそう空きがなく……」
「……」
「それで荷物の方ですが、運送会社に連絡して一時当方で預かるという形で……」
「……」
「取り敢えず、今日の所は当方でホテルを用意致しましたのでそちらで……」
「……」
「誠に、誠に申し訳ございませんっ!」
「…………そんな酷な事はないでしょう……」
◆ ◆ ◆
まず、結論から言うと。
私、住む所が無くなってしまいました。
◆ ◆ ◆
季節は春を迎えました。
そして私、天野美汐も無事に高校を卒業し、大学に進学する事ができました。
大学と言っても地元の大学ではなく、あの雪の街から遠く離れた今いるこの街の大学です。
私は親元から離れアパートを借りて一人暮らしをする予定でした。
しかし、ここで重大な問題が発生してしまいました。
私が借りるはずだった部屋は、不動産屋の手違いで既に他の人が借りてしまったのです。
もう明後日から学校も始まりますし、一度実家に帰るという訳にもいきません。
結果、私は住む場所を無くしてしまったというわけです。
私はこれから一体どうすればいいのでしょうか?
今日の所は不動産屋が用意してくれたビジネスホテルで休むとしても、実家から遠く離れたこの土地に友人知人がいるはずもなく、親戚も当然いません。
明日中に住む所をなんとかしないと、明後日からは学校も始まってしまいます。
果してこの進学就職の時期に、そうそう手頃な部屋が空いているとも思えません。
取り敢えず、今日のところはホテルで一度腰を落ち着けてゆっくりと考えてみましょうか。
それに明日は他の不動産屋を当たるとか色々と忙しくなりそうですし、今日は早めに休みましょう。
◆ ◆ ◆
今、私は公園のベンチに座って途方に暮れています。
今日一日、あちこちの不動産屋を廻り空き部屋を捜しましたが、やはり時期的にも手頃な部屋はなく、あったとしても家賃が予算より高かったり、女性の一人暮らしには条件が合わなかったりと、契約に踏み切るには至りませんでした。
そして気が付けば日も既に傾き始めています。
もう明日からは大学も始まるというのに、本格的にどうしようもなくなってきました。
まさか野宿する訳にもいかないし、少なくとも今日の宿を確保しないと。
昨日のホテルの宿泊代は不動産屋がもってくれましたが、今日の分までは無理でしょう。
「仕方ありません。今日は自腹でホテル代を出すしかありませんね……」
あまり持ち合わせが有る訳でもないのですが、背に腹は変えられません。
そう思ってベンチから立ち上がろうとした時。
「天野……? ひょっとして天野か?」
「え?」
後ろから急に名前を呼ばれ、驚いて振り向くと。
そう。そこには。
相沢祐一さんがスーパーの買い物袋を手に持って立っていました。
「やっぱり天野だったか。久しぶりだな。ん、少し髮が伸びたか?」
相沢祐一さん。
高校の一年先輩でとある事がきっかけで知り合いになった人。
そしてかつて……いや、今でも憧れていると言ってもいい人。
ですが相沢さんは高校卒業と同時に、進学とある事情の為に実家に戻ったはずです。
「あ、相沢さん……? ど、どうして相沢さんがここに……?」
「どうしてと言われてもなあ。俺の方こそどうしておまえがここにいるのか聞きたいぐらいだ」
まあ取り敢えず今は買い物の帰りなんだが。
そう言いながら相沢さんは手に持っていた買い物袋を掲げて見せました。
「ほ、本当に相沢さん……ですよね?」
「おう。相沢さんだぞ。それよりこんな所で立ち話もなんだろ? 良かったら俺の家までこないか?」
「相沢さんの家……? という事はひょっとしてこの街は……」
「ん? ああそうか。知らなかったのか」
「それではやはり……」
「そう。ここが俺の生まれ育った街だ」
◆ ◆ ◆
「本当にお邪魔していいのですか?」
「だからいいって言ってるだろ」
今、私と相沢さんは相沢さんのお宅に向けて歩いています。
既にこうして相沢さん宅に向いながらも、少々遠慮ぎみになってしまうのには理由があります。
「ですが、相沢さんのお宅は今……」
「ああ、その事か。あれからもうすぐ一年になるし。だから変な遠慮は無用だぞ」
「……分かりました。お邪魔させて頂きます。それに久しぶりに会ったというのに恐縮ですが、正直に言って少々相談したい事もありますし」
「んー。そっちも何か訳ありっぽいな。ま、それは後でゆっくり聞かせてもらうとして……ほら、着いたぞ」
「ここが……」
今、私の目の前には一軒の家があり、その表札には『相沢』と文字が刻まれています。
どうやら間違いなくここが相沢さん宅のようです。
「そう。ここが俺の家だ。ごく普通の一軒家だろ。がっかりしたか?」
「……あの、私は別に豪邸とか変なカラクリ屋敷とかを期待していた訳ではないのですが……」
「そうか? 俺はてっきり天野の事だからこう、風靡な日本屋敷を期待していたものとばかり……」
「それは遠回しに私がおばさんくさいと言っていますか?」
久しぶりに会ったというのに、相変わらず人を揶揄うこと忘れない人です。
久しぶりとは言っても、相沢さんが高校を卒業されてずっと会っていない訳ではありません。
相沢さんは長期の休暇などに水瀬家を尋ねては、二、三日逗留されていましたから。最後に私が相沢さんと会ったのは今年のお正月でしたか。
「ははは、冗談だよ。ま、それよりも上がれ上がれ」
「ええ。それではお邪魔します」
「おう、お邪魔されます、と。おーい! ただいまー!」
相沢さんは玄関のドアを開けながら家の奥に向かって声を掛けます。
しばらくすると、家の奥からエプロン姿の女性が現れました。
「おかえり祐一。でもどうしたの? ちょっと遅かったけど……って、あら?」
その女性と目が合ったので、軽く会釈をしながら「こんばんわ」と挨拶する。
「天野さん? どうして天野さんが祐一と一緒に?」
「うむ、実はな、そこの公園に落ちていたんで拾って来た」
……私は落とし物か何かですか……
「はいはい。それで? 本当のところは何があったの?」
「まあ、そう慌てるなよ。その辺は何か訳ありっぽいから晩飯でも食べながらな。天野も食べてくだろ?」
「よろしいのですか?」
相沢さんではなく、奥から現れた女性のほうに尋ねる。
「ええ、構わないわよ。ようやく材料も届いてこれから作るんだし」
そう言いながら彼女は相沢さんを軽く睨む。
どうやら相沢さんは、夕食の材料で足りない物でもあって、それを買いに行かされていたようです。
「それでは遠慮鳴く御馳走になります。……では改めてお邪魔します美坂先輩」
「ええ、こちらこそ改めていらっしゃい。ところで天野さん、私もう美坂じゃないんだけど?」
そうでした。
家の奥から現れた女性。
高校時代の先輩で、かつての同級の友人の姉でもある人。
それが祐一さんが生涯の伴侶として選んだ女性、旧姓・美坂香里、現・相沢香里その人でした。
なぜかこんなものを始めてしまいました(笑)。
いや、もう、恥さらし以外の何ものでもありませんな。
こんな大昔の作品で良ければ、お付き合いいただけると幸いです。
昔書いたもののため、ある程度の頻度で更新できると思います。
では、これからよろしくお願いします。
しかし、今どき「Kanon」の二次ものなんて書いて誰が読むんだろう……?