「私はね、相沢くん。見てしまったのだよ」
沈痛な表情で訥々と語るお父さん。
「君が私の娘以外の女性と楽しげに歩いているのをね」
それを聞いた瞬間、祐一の顔が引きつる。
きっと心当たりが有り過ぎるのだろう。
なんせ名雪たちが、「私たちは祐一を香里に譲ったんだから、少しぐらいの見返りはあってもいいよね?」と巫山戯た事をのたまいつつ、時々祐一を連れ出している。
ちなみに、その中に我が美坂家の次女が含まれていたりするのが少々頭イタい。
確かに、今私と祐一がこうして居られるのも名雪たちのお陰なのだから、それぐらいは目を瞑ろうかと思う。
そもそも、名雪とあゆちゃんと真琴ちゃんなんて祐一と一緒に住んでるし。
でも、お父さんは誰と祐一が一緒のところを見たのかしら?
もしもそれが名雪たち以外の誰かだったら……
解ってるわよね、祐一?
◆ ◆ ◆
今日は仕事は早めに終わったからと、夕方には帰宅したお父さん。
その帰り道でばったり祐一と出会ったらしく、父は祐一を家に連れて来た。
初めて祐一を紹介した時から、お父さんはどうやら祐一を気にいったらしい。
なんでも女所帯に男が一人で肩身が狭いという同じ境遇が共感を呼んだとか何とか。
私に言わせれば、祐一は女所帯の中でもきっと肩身が狭いなんて事はないと思うけど。
で、夕食を食べ終わった後――最初はお茶を飲んでいたはずなのに、いつの間にかアルコールに変わっていた――、急にお父さんが先程の話題を繰り出した。
「私はね、相沢くんには感謝している。今私たち家族がこうして笑いあっていられるのも君のお陰だと思っている。栞の病気が快方に向かったのも君に寄るところが大きいだろう。そして何より、君が居なければ香里は今頃どうなっていたか分からないぐらいだ。香里と栞を救ってくれたのは間違いなく君だろう。だからこそ、君と香里が卒業と同時に入籍するという話も二つ返事で承諾した」
そう言えば、家の両親に結婚の承諾を得に来た時、あまりにもあっさりOKが出たので拍子抜けしたと祐一が言っていたが、なるほど、家の両親は祐一の事をそんなふうに見ていたんだ。
「だが君はその女性と親しげに語り合いつつ、両手にスーパーの買い物袋らしきものを持ちながら、商店街を抜け一軒の家の中にそれはもう仲良さげに一緒に消えていったのだっ!」
「……ねえ、お父さん」
「ん? なんだね香里?」
「今の言い方からして……ひょっとしてその祐一たちの後を付けたの?」
「勿論だとも!」
「
「何を言う! 家族を想う父の心の前には法律など無いも同然だろうっ!! なあ、そう思うよな、母さん!?」
「思いませんっ!! ナニやってんですかアナタはっ!?」
「ううっ、そ、そうだ、栞はどう思う? お父さんに同意だよな?」
「いい
「のおおぉぉっ、栞までっ!?」
本当、栞の言う通りいい年齢の大人が何やってるんだか。
これが我が父親かと思うとちょっと頭イタい。
◆ ◆ ◆
「そ、それよりもだ、この事態をどう説明するんだね、相沢くん? 事と次第によっては香里との結婚も考え直さなければならんぞ?」
「いや、あの、その……なんていうか……心当りが有り過ぎて……」
「………なぬ?」
「そうですねー。祐一さんはここのところ、名雪さんとか舞さんたちとかに駆り出されっぱなしですもんね」
「なに言ってんのよ栞。あんただって祐一を引っ張り回してるじゃない」
「私は別にいいじゃないですかー。祐一さんは私にとって義兄になる訳だし。いわば義兄と義妹のスキンシップ?」
「はいはい。そんな事よりもこの前皆で撮った写真を持って来て」
「えぅ? この前の写真? どうするの?」
「祐一と一緒に居たのが誰なのかを特定すれば話は済むんじゃない?」
「あ、そっか。はーい、すぐに持って来ますぅー」
と、リビングを飛び出して行く栞。
「ねえ、祐一。名雪や倉田先輩たち以外の
「そ、そうだな。名雪たち以外にはないぞ。うん」
やはりお父さんが見たのは、名雪たちの誰かと一緒のところみたい。
「お父さん。どうやら浮気とかそんなのじゃないみたいだから安心していいわよ」
「ど、どういう事かな? お父さん、今イチよく分からないんだが?」
「つまりですね、祐一さんに好意を寄せていた女性はお姉ちゃんだけじゃないんですよ。でも最終的には皆さんお姉ちゃんに祐一さんを譲った形になった訳で。で、それをネタに皆さん祐一さんを連れ出している訳です。お姉ちゃんとしては譲ってもらった負い目があるので強く出れませんしねー」
部屋から写真を持って来た栞が、写真をお父さんに見せながら説明する。
「ん? この写真は……?」
「その中にお父さんがみた女の人はいる?」
「うむ、どれどれ…………な、なにかねっ!? この美少女の集団は!?」
「それが祐一さんに好意を寄せる女の子たち、通称『相沢ガールズ』です。さっきも言ったように、この中から祐一さんに選ばれたのがお姉ちゃんというわけですね。選ばれたのが私じゃないのがちょっと悔しいですけど」
「むぅ……このハイレベルな少女の中から香里を選ぶとは、さすがは相沢くん、実に目が高い。いやいや、親の私が言うのも何だが、決して我が娘たちがこの少女たちに劣っているというわけでは……しかし……」
栞の説明を聞きながら食い入るように写真を見るお父さん。何やらブツブツと呟いているのが何ともはや。
「それでどうなの? 祐一と一緒にいた女性ってのは誰?」
「お、おお、そうだったな…………いや、私がみた女性はこの中にはいないな」
「えっ!?」
これはちょっと意外だった。てっきり名雪たちの誰かだと思ったんだけど……
祐一の方を振り返ってみると、彼はぶんぶんと頭を振っている。
どうやら、本当に心当たりはないみたい。
「ねえ、あなた。その祐一さんと一緒だったっていう女性はどんな人だったの?」
今まで黙って聞いているだけだったお母さんが質問する。
「そうだな、背の高さは相沢くんよりも低かったな。年齢は大体二十歳前後、長い髮をこう、大きく三つ編みにしていたな。おお、そうだ! 相沢くんとその女性が入った家には『水瀬』という表札が……おや? 確か名雪くんも名字は水瀬だったような……」
そ、それってもしかして……いや、もしかどころか確実に……
『秋子さんっ!?』
思わず、祐一と私と栞の声がハモる。
「そういえばこの前、秋子さんが米が買いたいからって荷物持ちしたっけ。今の水瀬家は大所帯だからな。一度に買う米も馬鹿にならないから俺が運んだんだった」
合点がいったとばかりに手を打つ祐一。私と栞、そして秋子さんと面識のあるお母さんもなるほどと頷く。
「あ、あの、一体どうしたというんだね? やっぱりお父さん、よく分からないぞ? その秋子さんとはやらは誰だ?」
一人会話に付いてゆけず取り残されたお父さん。まあ、無理なからぬ事ではあるが。
「秋子さんというのは名雪の母親、つまりは俺の叔母な訳でして……」
置いてけぼりをくらったお父さんに祐一が説明する。
「ちょ、ちょっと待てっ!! あ、あの女性が名雪くんの母親だとっ!? いくらなんでも年齢的に無理があるだろうそれはっ!?」
「事実なんですよ、それが」
「現実なんですお父さん」
「嘘じゃないわよ」
私たちが口々に説明するが、どうしても納得しないお父さん。まあ無理もないけど。
いきなりあの秋子さんを見て高校生の娘がいると言われても普通は信じないだろう。
「そ、それでは、一体あの女性は名雪くんを幾つの時に産んだというんだあああぁぁっ!?」
静かな夕食時の住宅街に、お父さんの近所迷惑な絶叫が響き渡った。
◆ ◆ ◆
「う~ん。相変わらず面白いお義父さんだなあ。しかし栞は完全にお父さん似だな」
「ど、どういう意味ですかぁ!? そんな事言う祐一さんなんて嫌いですっ!!」
「な、なんだとっ!? どういう意味だ栞っ!? お父さんに似ているのがそんなに嫌……みぎゃっ!!」
「はいはい、あなた。近所迷惑だから叫ばないのよ?」
「う~む、見事な肘だ。どうやら香里はお母さん似のようだな」
「…………」
うぅ、反論できない自分がちょっと情けないかも……
本日の更新。
今回もまた過去視点。祐一と香里が結婚する前の、美坂家でのちょっとしたできごとでした。
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※とか書いている内に、お気に入りが減少して29になった……くすん。