相沢さん家の居候   作:ムク文鳥

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12-襲来! ファミリー!

 

 五月も終わりに近づいたある日。

 その日の大学の授業も終了し、後は家に帰るだけ。

 ノートやテキストを鞄に詰め込み、ゆっくりと教室を出て校門へと足を向ける。

 私の周囲には、私同様に家へと帰る者、サークルへ向かう者、気の合う友人同士で話に更ける者と様々な学生たち。

 大学に入学して約二ヶ月、私もようやくこちらでの生活に慣れてきたところ。

 ですが、今日は少々様子が違いました。

 校門の所にちょっとした人集りがあったのです。いえ、人集りというと、少々言葉が過ぎるかもしれません。数人の学生たちが、ある一点を見ながら互いにひそひそと話し合っているようなのです。

 私も興味を引かれて、彼らの視線を追ってみました。すると、そこにはよく見知った顔がありました。

 

「香里さん……?」

 

 そう。私の居候先である相沢家、その家主である相沢祐一さんの奥さんである相沢香里さん。

 その香里さんが、見知らぬ男性と親しげに話し込んでいたのです。

 香里さんと言えば、夫である相沢さん以外の男性とは常に一線を引いた感じで接することで有名だそうです。唯一の例外といえば、相沢さんの幼馴染にして親友であるごんぞうさんぐらいでしょうか。

 そんな香里さんが、見知らぬ男性と親しげに話している。彼女を知っている人から見れば、確かに驚くべき光景かも知れません。

 しかも、香里さんが傍らに停めてあった男性のものと思われる真っ赤なスポーツカーの助手席に、何の躊躇いもなく乗込んだとなれば尚更です。

 

  ◆   ◆   ◆

 

「どうした、天野? こんな所でぼけっとして」

 

 その声に振り向けば、いつの間にか相沢さんの姿が。どうやら先程の光景に、我知らずかなりの衝撃を受けていたようです。

 

「あ、いえ、その……」

「ん?」

 

 思わず言い淀んでしまいました。

 先程の事を有りのままに相沢さんに告げていいものか、判断が付きかねたのです。

 ですが、そんな私の事などお構いなしに、周囲の学生たちがひそひそと囁き始めました。

 

「……何か周囲の視線が変だな……何があった?」

 

 周囲の雰囲気を敏感に悟った相沢さんは、私に問います。これでは今は隠したところで、遅かれ早かれ先程の件は相沢さんの耳に入るでしょう。それも必要以上に尾鰭の付いた無責任な噂が。

 それなら、私の口から有りのままを告げたほうが、余計な脚色が付かない分ましというものでしょう。

 

「実は……」

 

 そして私は、先程見た光景を出来るだけ正確に相沢さんに告げました。

 

「香里が知らない男と……?」

 

 さすがに相沢さんも驚いたようです。

 

「それで、その男ってのはどんな奴だった?」

「そうですね、年の頃は私や相沢さんよりやや年上……二十代半ばから後半ぐらいでしょうか。相沢さんと同じ位の背丈のすらりとした人でした──あ」

「どうした?」

 

 実は、先程から例の男性がどこかで会った事があるような気がして仕方がなかったのです。ですが、間違いなくあの男性は初対面。それではどうして会った事があるような気がするのか不思議でしたが、こうして相沢さんと向き合って話をしていて、その疑問が氷解しました。

 

「あのですね、その男性なのですが、どことなく相沢さんに似ていたような気がするのです」

 

 そうです。遠目だったので確信は持てませんが、相沢さんと似ていたのです。それでどこかで会ったような気がしたのでしょう。

 

「何? まさかその男って──」

 

 相沢さんが何かを言おうとしたその時。私たちの耳に、聞き覚えのある声が響いたのです。

 

「おーい! ゆーいちー!」

 

 思わず声の方を振り返ると、声の主と思しき女性がこちらに駆け寄って来ます。そしてその女性の姿は、記憶にある声の主とぴったりと一致していました。

 

「な、名雪さんっ!? どうして名雪さんがここに──?」

 

 驚愕に目を見開く私。ですが、真の驚愕は次の瞬間にあったのです。

 

「か、母さんっ!!」

 

 ──なんですと?

 

 今度は相沢さんの方を振り向きます。

 その相沢もかなり驚いている様子。どうやら、こちらに駆け寄ってくる名雪さん、いえ、名雪さんによく似た女性は、一概には信じられませんが相沢さんのお母さんみたいです。

 

「母さんがここにいるって事は……」

 

 ぼそりと相沢さんが呟きました。

 

「香里と一緒にいた男って……」

 

 呟き続ける相沢さん。ええ、私にも何となくそれが誰なのか予想がつきました。

 

  ◆   ◆   ◆

 

「やあ、お帰り」

 

 相沢さん、そして相沢さんのお母さんと一緒に家に帰り、リビングに入るや否や、私たちを笑顔で出迎える男性。その男性は間違いなく、先程香里さんと一緒にいた男性でした。

 

「お帰りなさい。祐一、お義母さん、美汐ちゃん」

 

 私たちの声を聞き付けたのか、台所から香里さんが人数分のお茶を用意して現れました。

 

「そちらが天野くんだね? 始めまして。祐一の父の(まさる)です」

 

 男性──相沢さんのお父さんが右手を差し出しながらそう言います。

 その右手を握り返していると、横から女性の声が。

 

「じゃあ私も改めて。祐一の母の夏奈(なつな)です。よろしくね、美汐ちゃん」

「私が居候させて頂いている天野美汐です。よろしくお願いします」

 

 お二人に合わせて私も挨拶を返します。そして改めて相沢さんのご両親に目を向けます。

 まずはお父さんである賢さん。

 見た目は先程も言った通り二十代の中から後半ぐらい。ですが、実年齢はもっと上のはずです。何せ相沢さんという息子がいるのですから。

 単純に二十歳の時に相沢さんが産まれたと仮定しても、四十歳ぐらいのはずです。

 身長は相沢さんと同じくらい。四角い縁なしの眼鏡をかけていて、相沢さんを五歳ぐらい大人にして、やや知的にした感じの容姿の男性です。

 そしてお母さんの夏奈さん。

 こちらは賢さんよりも見た目はもっと若い。そしてその外見は本当に名雪さんにそっくりです。こうして改めて見ても、名雪さんと見間違えそうになるほど。

 確か、名雪さんのお母さんである秋子さんとは実の姉妹で、秋子さんのお姉さんにあたると聞いています。名雪さんとも血が繋がっているので、似ていても不思議ではありません。

 しかし、秋子さんも名雪さんと並ぶと親子というより姉妹のように見えましたが、夏奈さんは名雪さんと双子の姉妹でも通りそうです。……本当に恐るべき姉妹です。色々な意味で。

 後に相沢さんが、「俺が七年振りに会った名雪をすぐに分かった理由はこれだよ」と苦笑混じりに言いました。確かに納得できる理由です。

 

「それで? 突然帰国した理由は一体何なんだ? それも一切の前ぶれもなく」

 

 そう訪ねるのはもちろん相沢さん。ですが私も今日ばかりは彼に同意します。前もってきちんと連絡していただければ、いらぬ騒動にならなかったはずです。

 

「いやね、夏っちゃんが急に『ゆーいちに逢いたい~』とか騒ぎ出して……」

「え~、賢くんだって『祐一と香里くん、仲良くやってるかな?』って、いつも気にしてるじゃない?」

「そりゃあ、当然だろ? 祐一と香里くんが仲良くやっていれば、遠からず孫の顔が見れるというものだ。あ、そうそう。香里くん、できれば孫は女の子がいいな」

「うん、そうね。やっぱり女の子の方が楽しいわよねぇ」

「ああ、その点はご心配なく。お二人はそりゃあもう、所構わず『仲良く』なさっていますので」

「あ……あ、天野っ!?」

「み、美汐ちゃんっ!?」

 

 私の発言に真っ赤になって言葉に詰るお二人。ええ、いつも私が苦労しているのです。少しぐらいはお返しさせてもらっても構わないでしょう。

 そしてそんなお二人を見て、にやにやしているのは勿論賢さんと夏奈さん。

 

「そうか、そうか。それなら割と早めに孫の顔が見れそうだ」

 

 と、賢さんが呵呵と笑いました。

 

  ◆   ◆   ◆

 

「それで? いきなり帰国した理由をまだ聞いていないんだが?」

 

 賢さんの笑いが治まったところで、相沢さんがちょっと拗ねたように尋ねました。

 

「あー、その事なんだけどな、実は……」

 

 歯切れの悪い返事をしながら、賢さんは夏奈さんを見ます。そして当の夏奈さんはといえば、にっこりと笑いながら香里さんに何やら目配せ。すると香里さんが立ち上がって居間から出て行きました。

 私と相沢さんはお互いの疑問顔を見詰めながらも待つ事しばし。再び香里さんが居間に戻って来ました。

 

「ちょ、な、何だそれはっ!?」

「か、香里さんっ!?」

 

 私たち二人は同時に言葉を失いました。ですが、香里さんの腕の中に存在するものを見れば、それも無理はない事だと思います。

 居間に戻って来た香里さんの腕の中には、すやすやと眠っている赤ちゃんがいたのです。

 

「ふふふ。この子は蓉華(ようか)ちゃん。私の義妹──つまり、祐一の妹よ」

「お、俺の妹っ!?」

 

 ぐりん、という感じで相沢さんの首が回転しました。

 その相沢さんの視線の先には、照れたような笑いを浮かべる賢さんと、してやったりと満面の笑みを浮かべている夏奈さん。

 

「ちょっと待てっ!! 一年前、香里との結婚で父さんと母さんが帰国した時、それらしい素振りはなかっただろっ!?」

「まあ、蓉華はまだ生後三ヶ月経ってないからね」

「うんうん。あの時はまだ、賢くんのタネは仕込んでなくてね──」

「だああああっ!! 変にリアルな解説すんじゃねええええええっ!!」

「つまり、賢さんと夏奈さんが帰国されたのは、蓉華ちゃんの出生の諸々の手続きのためですか?」

 

 激昂する相沢さんに任せていては話が進まないので、私が質問します。

 

「日本では、出生届は生後十四日以内だけど、海外で出産した場合は三ヶ月以内の届け出になるんだって。だからちょっと日本に戻って来たの」

「何が戻って来たの、だよっ!? それよりも俺との年齢差が二十歳以上離れてるじゃねえかっ!! これじゃあ兄妹っていうより、親子でも通っちまうぞっ!?」

 

 確かに相沢さんの言う通り、もし相沢さんと香里さんが一緒に蓉華ちゃんを連れて歩けば、十人中十人が親子だと思うでしょう。

 

「いいじゃない。どうせ数年以内にゆーいちと香里ちゃんにも子供ができるんだから。そんなに大きな問題じゃないでしょ? 美汐ちゃんの話によると、とーっても仲がいいみたいだし?」

 

 夏奈さんにそう言われて、何も言い返せない相沢さん。

 賢さんもうんうんと頷き、香里さんは真っ赤になって俯いています。

 何はともあれ近い将来、相沢さんのお宅は賑やかな事になりそうです。

 




 今日はもう一本更新しました。

 とりあえず、あと数本でストックが尽き、最終話として一本新たに書き下ろして「相沢さんちの居候」は完結となります。

 もう少しだけ、お付き合いください。

 では、よろしくお願いします。
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