相沢祐一さんと相沢(旧姓・美坂)香里さん。
お二人は高校卒業と同時に入籍され、相沢さんの実家のある街の大学に進学されました。
ちなみに。
お二人の卒業式の当日、卒業生代表として香里さんが答辞を述べている時に相沢さんが乱入し、手に持っていたヴェールとブーケを香里さんに手渡し――押しつけたとも言う――、やはり乱入した北川先輩が神父役を務めてその場で結婚式を挙げるという暴挙を行いました。
いくら卒業式の当日とはいえ、よくお咎めもなく無事卒業できたものだと思ったものです。
後で聞いたところによると、先生たちの間でも「まあ相沢の事だから何もしないわけがない」と、ある程度の予測がたっていたとの事。
尤も、まさか卒業式をジャックして結婚式を行なうとまでは予測していなかったでしょうけど。
その結果、始終拍手喝采の今までに類を見ない盛り上がった卒業式になりました。
いくらなんでも父兄や役員などから、苦情の一つも出ると思ったのですが、どうやら某アルティメット主婦や、前年に卒業した女生徒の父親である某代議士などが予め手を打っていたとの事。
とはいえ、自分の通っている高校はこれで大丈夫だろうかと、少々疑問を感じたりもしました。
更にちなみに。
どうやらこの乱入結婚式について香里さんは何も聞かされていなかったらしく、始終オロオロとしていた姿がちょっと可愛いなと思ったのはここだけの秘密です。
更に更に。
この卒業式の最後、香里さんが投げたブーケを受け取ったのは実は私だったりします。
◆ ◆ ◆
「なるほど……不動産屋の手違いねえ……」
「はい……」
「それは災難だったわね」
香里さんの作った夕食を食べ終え、昨日からの事の顛末を相沢さんたちに説明しました。
「あの……それで……なんですけど……」
「ん? どうした天野? ああ、トイレならそこを出てみぎ……おぶぅ!!」
「このバカっ!! 女の子相手になんて事言うのよっ!! もう少し考えてから言いなさい!!」
「……あ、あの……」
「あ、ああ、ごめんなさいね。まったくこのバカのせいで……」
しかし香里さん。今、相沢さんを思いっきり殴りませんでしたか? しかもぐーで。
相沢さん、顔面を押さえて床でのたうち回ってますが……
「ああ、祐一なら大丈夫よ、これぐらい。いつもの事だし」
……いつもの事なんですか……?
こ、これも夫婦の信頼の一つという事にしておきましょう。
今一つ釈然としないものもありますが……
「で? 何か相談事があるって言ってたよな。何なんだ?」
復活した相沢さんが聞いて来ます。平然としているところを見ると、香里さん
の言う通り大丈夫みたいですね。
「あ、あの……私を暫くここに置いてもらえないでしょうか? もう明日から大学も始まってしまいますし、新しい部屋が見つかるまででいいんです。もちろん、その間の食費などの生活費は支払います」
相沢さんと香里さんはお互いに顔を見あわせています。
当然ですよね。いくら知り合いとはいえ、いきなり暫く置いてくれと言われれば誰だって躊躇います。
「なんだ、そんな事か。いくらでも好きなだけここに居てくれていいぞ。なあ香里?」
「ええ私は構わないわよ。何なら大学を卒業するまで居てもいいのよ」
「……そうですよね。やはり無理……って、えええっ!? いいんですか!?」
「おう。親父たちは一向に帰って来る素振りもないしなあ」
「あ、その代わりと言っては何なんだけど、家事を手伝ってくれると助かるかな。天野さんって家事得意そうだしね」
「え、ええ。一応家事全般はこなせますが……」
「なら話は決まりだな。ところで天野。明日から大学って言ってたよな」
「はい。一応明日大学の入学式がありますが。それが何か?」
「おまえが入学した大学ってもしかして……」
「はあ。H大の獣医学部ですけど」
「やっぱり。しかも獣医学部とは……」
「それが何か問題でも……ひょっとしてお二人の大学って……」
「そう。私たち二人ともH大なのよ」
そう言いつつ香里さんは相沢さんの方を見る。
「もしかして……」
「おう。俺も獣医学部だ」
にやり、と笑いながらそう告げる相沢さん。
どうやらまた私と相沢さんは、先輩と後輩という関係になってしまったようです。
考えてみるとすごい偶然が重なっています。
でもそんな偶然がちょっと嬉しいです。相沢さんとまた同じ学校に通える事になるなんて思ってもみませんでした。
「しかし、ここまで偶然が重なるとちょっと凄いわね」
「天野が偶然この街の大学を受けた事。今日偶然にも俺と公園で再会した事。で、偶然同じ大学でしかも同じ学部ときたもんだ。確かにここまで来ると奇跡に近いよな」
「でしょ? でも偶然も三度重なれば必然って言うわよ。ひょっとして祐一の運命の相手は私じゃなくて天野さんだったんじゃない? もしそうだったらどうする祐一? 私と別れて天野さんと再婚する?」
あ、相沢さんが香里さんと離婚? し、しかもその後、私と再婚? こ、こ、こ、これってやはりブーケを受け取った効力でしょうかっ?
なんとなく想像してしまった事が恥ずかしくて、思わず私は下を向いてしまいました。
きっと、今の私の顔は林檎みたいになってる事でしょう
「おいおい。冗談でもそんな事言うなよ。俺が香里と離婚する訳ないだろう。もしどうしても離婚したいのなら弁護士を雇って家庭裁判所で勝訴するんだな」
「もちろん、私だって祐一と離婚するつもりはないわよ。でもねぇ……」
そう言いながら香里さんが私を見ています。それはもう穴が開くほど見てます。
「ふ~ん……」
「どうしたんだよ香里? 天野がどうかしたのか?」
「ま、いいわ。この朴念仁は今のところそんな気はないみたいだし」
「だから何の事だよ?」
「言葉どおりよ」
「うぐぅ。だから解らんって」
「だから祐一は気にしなくてもいい事よ。それよりも天野さん、荷物とかは大丈夫? 明日の入学式に必要なものもあるでしょう」
「そ、それもそうですね。一度不動産屋に連絡してみます。それから実家の両親にもここで暫くお世話になると伝えておかないと」
その後、実家や不動産屋に連絡し、届いた荷物から明日必要なものを探しだしたりと大騒動を起こしながらも、日付が変わるちょっと前にはどうにか落ち着く事ができました。
相沢さんから与えられた一室で、最低限のものだけを荷解きしているとドアをノックされました。
「はい、どうぞ」
「ねえ天野さん。よかったらお風呂どう?」
そう言って現れたのは香里さんでした。
「そうですね。ではお言葉に甘えて」
荷物の中から着替えを探し出し、香里さんにお風呂場まで案内されました。
◆ ◆ ◆
「あ、あの……」
「ん? どうしたの?」
「い、いえ、その……」
「ふふふ、言いたい事があるんでしょ? いいわよ。遠慮なくどうぞ?」
「では……どうして香里さんが私と一緒にお風呂に入っているんですか?」
そうです。今、私は何故か香里さんと一緒にお風呂に入っています。
先程香里さんにお風呂場まで案内され、脱衣所で服を脱ぎかけ、ふと気が付けば香里さんも服を脱ぎ始めているではありませんか。
「ど、ど、ど、どうして香里さんまで服を脱ぎ始めているんですかっ!?」
「どうしてって天野さんと一緒にお風呂に入ろうと思って」
「だ、だからどうして一緒にお風呂に入る必要があるんですかっ!?」
「まあいいじゃない。女同士なんだし。ね?」
「…………はあ……」
で、こうして一緒に入浴中という訳です。
「一緒に入った理由……ね。実は天野さんとちょっと真剣に話がしたかったのよ。それも祐一が絶対に立ち入ってこない場所でね」
それでお風呂……というわけですか。確かにここなら、いくら傍若無人な相沢さんでも乱入したりはしないでしょう。
「……それで香里さん。お話とは?」
「んー。私から言い出した事だし、単刀直入に聞くけど……あなた、祐一の事いまだに好きでしょう?」
ぞくん、と。
香里さんのその一言を聞いた時、何かが私の胸を貫きました。
暖かいお湯に浸かっているはずなのに、私の体からはどんどんと熱が奪われていくかのようです。
気を抜けば失いそうになる意識を必死に繋ぎ止め、何か答えなければと香里さんを見た時。
無表情に私を見る香里さんと正面から向かい合う事になったのです。
続けて二話目も投稿。
本日、三話目も投稿しようかと思います。
お気に召したら嬉しいです。