相沢さん家の居候   作:ムク文鳥

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03-お風呂の密談

「単刀直入に聞くけど……あなた、祐一の事好きでしょう?」

 

 矢のごとく鋭い香里さんの言葉。

 それは決して知られてはならない感情(こころ)を真っ直ぐに射貫く。

 相沢さんは既に香里さんという生涯の伴侶を得たのだから。

 だから私のこの感情(きもち)は胸の奥に押し込めたというのに。

 でも、押し込みきれずに時々溢れ出してしまうこの感情(おもい)

 溢れ出すたび、ああ、そうなんだ、とその節度思い知らされてしまう。

 

 私は相沢祐一にいまだに恋心を抱いている――と。

 

 そしてその想いを、最も知られてはならない人に知られてしまうとは。

 私はそんなに解りやすく彼の人に接していたのだろうか?

 いや、そんな事よりも、この秘めた想いを香里さんに悟られてしまった以上、私は再び住む場所を無くしてしまうのでしょうか?

 

   ◆  ◆  ◆

 

 静かに私を見つめる香里さん。

 なんと言ったらいいか解らず、ただただ呆然とするしかない私。

 一体どれくらいの間、二人の間に沈黙がたゆたっていただろうか。

 

「やっぱり――ね」

「あ、あ、あの……その、え……と……」

「ああ、そんなに緊張しないで。別に追い出したりはしないわよ?」

 

 今までの無表情から一転、香里さんは苦笑ぎみにそう言う。

 

「大丈夫よ。祐一を諦めきれていないのは天野さんだけじゃないから」

「……え? それは一体……?」

「言葉通りよ。例えば私の親友……今では一応親戚でもあるわね」

「名雪さん……ですか?」

「そう。それに私の妹とか」

「栞さんまで?」

「そうなのよ。と言っても、名雪はある程度は振っ切れてるみたいね。祐一と名雪は実際に血縁という切り離しようのない絆があるから。例えどんな事があってもこの関係だけは崩れようがないもの。そう考えて自分を納得させたみたい」

「なるほど。相沢さんと名雪さんは他人には成り得ないって事ですか」

「そういう事。だけど栞は虎視眈々と祐一を狙ってるわ」

「そ、そうなんですか……」

「あの娘も『義妹』って事で祐一と一応親戚になる訳よ。それを言い訳にして、頻繁にここに遊びに来るわ」

 

 はあ、なんとなく想像できます。『義妹が義兄のところに遊びにくるのが何か不思議ですか? 不思議じゃないですよね? だからいいじゃないですか遊びに来って。え? 受験生? 受験生といえどたまには息抜きも必要ですよ? それともお姉ちゃん、私は邪魔だから来るなと言うんですか? えぅー、そんな事言うお姉ちゃんなんて大嫌いですぅ』とか言いながら襲来する栞さん。ああ、光景がありありと脳裏に浮かんできます。

 

「しかも『男の人に対して「血の繋がらない妹」というのはベストポジションですよ』なんて事まで言うのよ? 栞ってばどこをどう間違えてあんな性格になっちゃったのかしら?」

 

 昔はもっと素直な子だったのに。

 なんて事を言っていたかと思うと、香里さんは柔らかい笑みを浮かべながら私を見ます。

 

「そのあなたの感情(きもち)は、あなたのものよ。誰にも侵害する権利はないわ」

「香里さんはそれでいいのですか? そ、その私が相沢さんの事を……」

「自分の夫に好意を寄せる他の女性と同居するなんて、妻として、女としては当然いい気持ちはしないわね。それはきっと誰だって同じでしょう? でも友人としての私は困っている天野さんを放ってはおけないわ。それに私がどんなに反対しても、きっと祐一は天野さんをここに置くって言うと思うの。だってそれが『相沢祐一』という人物なんだから」

 

 ああ、きっとそうでしょう。

 相沢さんは例え香里さんと喧嘩する事になっても私を助けてくれたでしょう。

 親しい人が困っているなら、自分の事よりもその人の為に行動し、結果なんとかしてしまう。

 相沢さんという人は、そんな優しさと強さを持った人ですから。

 

「でも誤解しないでね? 私は祐一とあなたとの浮気を認めた訳じゃないのよ? あくまでも祐一は私の夫。そう簡単に渡さないわよ?」

「あ、あの、別に私はそんな……」

「うふふ。私はいつでも受けてたつわ」

「あ、あうう……」

 

 自信たっぷりに言う香里さん。

 対して私は、真っ赤になってブクブクと顔を半分お湯に沈めてしまう事しかできません。

 この自信の差はきっと相沢さんに愛されているという実感からくるものなのでしょう。

 ……きっと、私の方がぷろぽーしょん的に劣っているからではない筈です。

 ……そういう事にしておきましょう。いえ、そういう事にしておいてください。お願いですから。

 そうやって自分的に納得のいく答えを自分自身に言い聞かせている時でした。

 結論を言ってしまえば、相沢さんは私や香里さんの考えていた枠などには収まりきれない人でした。

 色んな意味で。

 

「何だよ香里ー。風呂に入るなら一言ぐらい言えよなー」

 

 そんな台詞が聞こえたかと思うと、勢いよく浴室のドアは開け放たれました。

 勿論、そこに立っているのは相沢さん。どうやら相沢さんは香里さんと一緒にお風呂に入る気のようでした。

 つまり。

 浴室に乱入した相沢さんは当然と言えば当然、何も身につけていませんでした。

 俗に言う全裸という奴です。

 

「いつも一緒に入ってるだろ? どうして今日に限って……て、て、あ、あ、天野っ!?」

 

 数秒とも数分ともつかない時間。

 私たちは三人とも石になったかのように固まってしまいました。

 その間、思わず私は凝視してしまいました。……そ、その、相沢さんの全てを。

 男の人の裸なんて、小さい時に父親のものを見たぐらいですから他に比較材料がありませんが、……お、大きい方だと思います。相沢さんは。

 

 じゃなくてっ!!

 

「どうして香里と天野がっ!? や、やっぱり香里はそっちだったのか!? あの噂は本当だったと……」

「誰が両刀かっ!! そんな事よりせめて前ぐらい隠しなさいっ!! このバカっ!!」

「ぐぅおっ!?」

 

 すこーんという音と共に、香里さんが投げつけたシャンプーのボトルが相沢さんの顔面に直撃しました。

 

「ところで祐一。今なにか不穏当な発言があったわね? 『あの噂』とか、『やっぱりそっち』とか。どういう意味かしら?」

 

 前を隠すどころか、腕を腰にあて仁王立ちする香里さん。

 そりゃあ夫婦なんですから、今さら隠すも隠さないもないかも知れません。

 ですが、女性としての恥じらいというものを、もう少し考えてはどうでしょうか?

 

「あ、ああ、それはだな……」

 

 おそるおそる、香里さんの質問に答える相沢さん。

 お願いします。相沢さんも香里さんも何か着てください。

 せめて、体の前ぐらい隠すとか。

 本当に、目のやり場に困ってしまいます。

 

「香里って俺が転校するまで特定の彼氏とかいなかっただろ? それに対して妙に名雪と仲が良いし、あ、あと、香里が栞を見る目ってのが、どうにも妹を見る姉ってよりも……」

「ぬぅわんですってええぇぇっ!?」

「だ、だから噂だってば、噂!! しかも高校の時の事だしっ!!」

「いいから来なさい! 私がそっちかどうかじっくりと証明してあげるわ!」

「い、いや、その辺は結婚してから……というか、結婚する前からすでに証明して頂いている訳ですが……」

「ええい、うるさいっ! ともかく別の意味もあるんだから!」

 

 ちらっと、私を見ながら言う香里さん。

 つまり、あれですか?

 相沢さんは自分のものであるとマーキングするつもりですね?

 香里さんは裸のまま、やはり裸のままの相沢さんを引きずっていきました。

 人間、結婚するとこういうものなのでしょうか? それともこんなのは相沢さんたちだけですか?

 浴室に取り残された私は、少なくとも自分が結婚しても恥じらいを忘れないでおこう、とそう心に刻みました。

 

 ところで、私の部屋は相沢さんたちの寝室とは廊下を挟んだ反対側なのですが……。翌朝、今日の入学式が終わったらどこかで耳栓を買ってこようと、心底思いました。

 でないと不眠症になりそうです……

 




 三話目です。

 本日の更新はここまで。続きは後日に暇を見て行う予定です。

 併せて、こちらにも何かオリジナルを書こうかなとも思っています。
 それの投稿がいつになるのかは不明ですが、投稿した際にはそちらも合わせてよろしくお願い致します。

 では。

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