相沢さん家の居候   作:ムク文鳥

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08-帰り道

 

 

「お先に失礼しまーす」

「はーい、お疲れ様。またよろしくね」

 

 今日はバイトが入っていた日。

 珍しく祐一とシフトが一緒だったので、こうして同じ時間にバイトが終わった。

 

「久しぶりよね。祐一とバイトのシフトが噛み合うのって」

「そういやそうだな」

 

 今、私と祐一はとある獣医院でバイトをしている。

 元々は祐一が大学で紹介してもらい働いていた所なのだが、人手が足りないとの事で私もバイトとして雇われたのだ。

 と言っても、獣医学生でもなく獣医志望でもない私が出来る事は受付と事務の手伝い、後は入院している患畜のちょっとした世話ぐらいだけど。

 だけどそこは二十四時間対応の獣医院なので、規模は小さいものの人手は必要らしい。

 大学生である私たちは深夜の勤務こそ外してもらっているものの、遅い時はこうして十時を過ぎる事もある。

 そろそろ四月も終わりに迫っているとはいえ、夜の十時を過ぎればやはりちょっと寒く、僅かに白く曇る息を吐きながら家路を急ぐ。

 もう一人の家族ともいうべき彼女が、今頃夕食の準備をしながらきっと私たちを待っているだろうから。

 

   ◆  ◆  ◆

 

 こうして家路を急いでいると、ふと祐一の足が止まった。

 

「祐一? どうしたの?」

「ん、ちょっと……な」

 

 祐一の視線を追うと、その先には小さな児童公園があった。

 

「その公園がどうかしたの?」

「いや、ちょっと懐かしくてな」

「なにかあったの?」

「ああ。ずっと昔だけどな。小学校に入学するかしないかってぐらいの頃、遊びに来た名雪が迷子になった事があったんだ。辺りが暗くなっても見つからずに、俺の両親も秋子さんも警察に連絡しようかどうしようか悩み始めた頃、ちょうどこの公園の前を通りかかった俺が、真っ暗な公園のブランコにポツンと座っている名雪を見付けたんだ」

「でも、この公園から祐一の家まではすぐそこじゃない?」

「そこが名雪の名雪たる由縁だな。で、俺を見た途端、急に泣き出してなあ」

「なんとなく分かるわ。きっと泣いちゃいけないと自分に言い聞かせていたのね。それが祐一を見た途端、緊張が緩んで泣き出したんじゃないかしら?」

「ああ。そんなとこだろう。後で名雪に迷子になった理由を聞いたら、猫を見掛けたから追いかけて行って道が分からなくなったらしい」

「ふふふ、何とも名雪らしい理由ね」

「しかもだ。よくよく考えてみたら、昼間この公園で俺と名雪は遊んだ事があるんだぞ? それなのにここまで来て途方に暮れるかね、普通?」

「昼と夜とでは同じ風景でも違って見えるものよ。実を言うと私もこっちに来たばかりの時、夜に家の近所で迷子になりかけた事があったわ」

「そういうものかね」

「そういうものよ」

 

 会話を続けながら、二人は真っ暗な公園の中に入った。

 そして何気なく見上げれば、そこには――。

 

「ねえ、見てよ祐一。星が凄く綺麗よ」

「ん? ああ、ここは周りが暗いし、今日は四月の下旬とは思えないほど冷えてるからな。空気が澄んでいるんだろう」

「んー、でもやっぱり星空は私が産まれたあの街の方が綺麗な気がするわ」

「それはきっと、あっちの方が空気が綺麗だからじゃないか?」

「あら、それは言外にあそこが田舎だと言いたい訳?」

「そういう訳じゃないさ」

 

 静かな住宅街の中にある公園の事、会話を止めた途端辺りは無人の街の如く静寂に包まれる。

 

「…………なあ、香里」

 

 しばらく無言のまま二人で星空を見上げていると、ふと祐一が聞いてきた。

 

「……香里は天野を下宿せた事、反対だったか?」

「そうね……正直に言うと、二人っきりじゃなくなったのはちょっと残念ね。でも、美汐ちゃんを下宿させた事自体は反対じゃないわ。それに目の前で美汐ちゃんが困ってるのに無視できる祐一じゃないでしょ?」

「まあ……な」

「それにね、私には栞っていう実の妹がいるけど、もし、祐一に妹がいればきっと美汐ちゃんみたいだと思うの。だから彼女の事は義妹のようなものだと思ってる」

「……義妹……か……」

「そう。二人にとって共通の義妹。少なくとも私にとってはすでに彼女は家族みたいなものよ?」

「なるほどな」

「そういう事よ。だからそろそろ帰りましょう? もう一人の家族が首を長くして待ってるわ」

「ははは、そうだな。あまり遅くなると『それは人として不出来でしょう』とか言われかねん」

「そうそう」

 

 そう答えながら、そっと祐一に寄り添い彼の腕を取る。

 

「か、香里さん?」

「いいでしょ? 確かに美汐ちゃんは家族同然だけど、今だけは二人っきりよ?」

「………………うぐぅ」

 

 暗くて分からないが、きっと祐一の顔は真っ赤になっていると思う。

 美汐ちゃんの祐一に対する気持ちを知っている以上、必要以上に彼女の前で祐一と仲良くする訳にはいかない。

 尤も、美汐ちゃんに対する牽制の意味で祐一にくっつく事はあるけど。

 私はれっきとした祐一の妻なのだから、それぐらいはいいわよね?

 でも、今だけは誰に遠慮することなく祐一と寄り添っていよう。

 満天の星空の元、彼女の待つ我が家に辿り着くまで……




 本日の更新です。

 とか言いながら、今回はちょっと短め。

 こうしてみると、やたらと会話文が多いこと。そのへん、昔の作品ってことでお許しいただきたく。

 本日、時間があればもう一本更新するかもしれません。

 これからもよろしくお願いします。

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