お待たせしました。有休と土日使って稲刈りしてたんや許してクレメンス。
満天の星空に弓形の月。
甲板で男は大の字に寝転びながら、月へと手を伸ばす。
届かぬと分っていながらも求めてしまうのは人の性か。
月の形を見るに今が有明月の頃。あと何日かすれば月が完全に隠れる新月になる事だろう。
そんな男を陰から見つめる一人の女性。
聞こえるは荒い男の吐息と船が切る波の音。
Wow! 星が綺麗だねぇ。人工光がないと夜空はとても明るい。
日課の運動を行って寝転んでみた所。今日は感謝の素振り一万回…もやってないけど、とにかく只管に素振り。
気分だけなら今なら海が割れるんじゃないかと思うわ。
ご飯食べすぎちゃったからな。ちょっと張り切った訳だ。
なかなかに均整のとれたマイボディを維持するには運動が不可欠である。
ところで、本日の夕食は俺氏とお艦が作ったわけだけど、ほらお艦は空母だから夜は置物になるじゃん?
だから夜間は平波に収容です。疲れてるところ悪いとは思ったけど、晩御飯の支度を手伝ってもらった訳よ。
哨戒を交代しながら我が指揮下の艦娘の皆さんを餌付けして気分高揚を狙います。
というか、特に俺氏にすることがないだけだったとも言う。
晩御飯は ごはん あら汁 刺身 焼き魚 漬物 と見事に和のお食事になった。
某駆逐艦さんが休憩兼夕食の時に今度ご飯づくりを手伝うと言われましたが、君らの仕事は飯を作る事ではない。
敵と戦う事だからそういう事は俺に任せておきなさい。とそれはもう本当に丁重にお断りしたわけですが、
「司令。この磯風にその様な気遣いは無用。手伝わせてほしい。いや、私に御馳走させてほしい」
「…料理したことはあるのか?」
「無いっ! だが、戦闘に比べれば料理など…」
「…却下」
「何故だ司令! 磯風の力が必要ないというのか!」
なんてやり取りをしつつ、最後は涙目で訴えられたらもう折れるしかないよね。
いきなり料理出されるわけではなく一緒に作るところで落ち着いたのが不幸中の幸いか。
きっと教えれば普通に作れるはずだ…俺はそう信じてるよ磯風さん。
そしてもう一人。わが艦隊には飯作りを極力させてはいけない娘さんが居た事に戦慄を覚えた。
まぁしかしだ…、彼女の場合はお姉さまの為に何か作ってそれの実験台にされるっていうのがパターンではなかろうか。
ならば安心できるのでは…? いや時報だと普通に夜はヒエッカレー作っていたか…。
父島の厨房はその辺りの事情次第では比叡の飯作り禁止。もしくは誰かの監督の下でって条件付けなきゃな。
しかし、御召艦であった彼女が何故メシマズ勢になってしまったのか…。
大型艦ほど食料保管には困らないから駆逐艦などより良い物食ってたはずだが。
まぁ陛下のお食事は専属の料理人がやってたけど…あぁ食中毒騒ぎ起こしていた影響かな…。
てか、姉妹艦の中で一番大きいはずなのに人の身になってる比叡は恐らく姉妹の中で一番身長が小さい。
もうわけわからないよね。だから深く考えたら駄目なんだよ。
「司令のバカ、アホ、アンポンタン。おかわりっ!」
そんな彼女はご飯中ずっと俺をディスっていた。
「……」
茶碗を突き出すヒェーに、黙ってご飯を盛り渡す。
何故、彼女がプンスカしているのかは跳ばせたから…。相当怖かったらしいよ。
「何が航空戦艦ですか…モグモグ…魚雷が避けられる…モグモグ…ですか。司令滅茶苦茶ですよ! おかわりっ!」
「口の中を空にしてから喋りなさい」
「はぁーい。って司令。ちゃんと反省してください」
「大変遺憾に思う」
「心が籠ってない! おかわりっ!」
それは無理だ。この体は感情が表にあまり出ないのだから。
そして俺はすまぬとは思っていても反省はしていないのだから…。
ヒェーちゃん。後で遺憾の意味を調べるがよいぞ。政治家のような言い回しをしつつ三杯目のあら汁を渡す。
この時、比叡の脇の下を見て気づく。決して厭らしい目で見てた訳じゃない。
改までは脇の下で巫女服と振り袖が繋がっていたはずだが、ノースリーブである改二の服装じゃないかという事に。
金剛型は改二の違いが分かりづらいのだ。仕方なし。まぁ強いのだからいいか。
「なら航空軽巡夕張の名は私が…提督。語呂が悪いです。もっとこうグッと来る名前無いですかね?」
ヒェーと一緒に休憩兼ご飯のメロンちゃん。
「…飛ぶメロン」
これしか思いつかない。
「うわぁぁん! 提督にメロンって言われたぁぁ! おかわりっ!」
ていうかヒェーが飛んだのを見てメロンちゃん達も漁船が離れて行った後、暇だったのか立体機動をやりだした。
で、メロンちゃん何気に立体機動マスターしていやがる。それはいいのだけど勝手に皆真似するんじゃないよ。
弾薬もタダではないんだからな。せめて、一言言ってからやろうよ? フリーダムすぎんだろ皆。
楽しそうだったから止めなかった俺も悪かったけど…大淀さんが頭抱えていたぞ。
と、終始賑やかな夜ごはん風景を思い出しながら胸のポケットを漁る。
あぁ煙草吸ってないんだった…。
さて、もうちょい素振りでもするかな。
──眠れませんか?
ああ。眠れないよムラムラしちゃってさ。
──嘘乙。
う、嘘じゃないし! って随分遅かったじゃないか。
──大変遺憾に思います。
おいっ! お前は優柔不断な政治家か!
──私は情報集積体。貴方にミック先生と名付けられた存在。お忘れですか?
知ってるよっ! 忘れてねぇし! 逆に50年近く頭に寄生されてて忘れる奴の頭どうなってるのか知りたいねっ。
──それは何よりです。私、ミック先生はアップデートと再起動を完了し、2分40秒前に復帰を果たしました。
ああ。うん、おかえり? でいいのか。
頭に響く懐かしい声。こういう場合はもうちょっと感動的な再会? 再開? のはずではないのか?
まぁいいや、それじゃあここまで待たせた訳を聞きましょうかねミック先生?
──私に非はありません。
と言いつつ、これまでの経緯を説明するミック先生。
当初の予定では10日もあれば復帰を果たせると予想していたらしいが。
ミック先生は俺の頭の中に寄生している訳で脳が活発に活動している間…つまり起きている間は脳への負担が大きい為、寝ている間に
少しづつアプデするつもりだったが俺がなかなか寝てくれない。寝たとしても時間短いし眠りが浅い。
そんでもってミック先生の居た脳内領域を侵してくる存在が現れる…。
艦娘さんである。俺が指揮下に艦娘を置くことでミック先生のいた領域を圧迫してくるそうだ。
日に日に増える艦娘達のせいでアプデは進まんし、自分の領域を確保しなきゃならんしでミック先生も大変だったご様子。
無理にアプデすると俺の頭がパンパカパーンになっていたんだとか…何気に恐ろしい。
そしてそれがこれからも続くと予想し、アプデを何とか終わらせて最低限のバックアップと俺との通信機能を残して外部領域を確保することにした。
アプデが終わる前に後何人か艦娘達を指揮下に置いていたら、ミック先生消滅の結構やばかった状態らしい。
そんで、その外部領域ってのがコレ?
「肯定」
何処からかやってきた妖精さん。俺の腹の上に乗り見下している。
第二種軍装…白い海軍帽に白の詰め襟学ラン。下は白の短パン。頭は何故か金剛のようなフレンチクルーラー編み。
腰には緑の細長い物体。
何その緑のやーつ?
「……(九条ネギです)」
コイツ頭に直接…!? えっとどこから突っ込めばいいんだ!?
──私も肉体を手に入れました、ドヤァ。
お、おう。おめでとう? もうおっちゃんどこから突っ込めばいいのかわからないよ…。
「アキラメンナ! ヤレバデキル! コメハシロイ」
あぁそうっすか。色んな機能があるんすね…。
──頭を軽く押してみてください。
そう言われるがままに妖精さんverミック先生の頭を押す。
すると腰から九条ネギを抜き、上下に振り出した。ペチペチと俺の腹を九条ネギが叩いている。
「……」
フラワーなロック? いや、水飲み鳥の方が近いか…。
マジでどうでもいい機能だなヲイ。
──褒めていただいても構いません。
いやいや、褒める要素は無いんですけどっ!?
逆に褒められると思った根拠は何!?
──少しは気分は晴れましたか?
…お見通しですか。
──何年貴方と共にいたとお思いですか。
……そうでした。
腹をぺチぺチと叩くミック先生妖精から夜空へと視線を移す。
こうやって大自然を前にするとありきたりの言葉だけど、人間って小さいとつくづく感じる。
だからと言ってそのちっぽけな人間代表の俺の悩みが払拭されるわけじゃない。
ずっと悩んでいた…。
思い描いた理想は妥協と我慢に置き換わっていく。
相反する海軍陸軍組織。求めるモノが違う政府と軍部と民衆。
どれが最善なのか。どの答えに行きつけば日本という国のより良い未来が作れるのか。
悩んで妥協して我慢してその中で自分にできる精一杯の事をして、やっぱり俺みたいな人間じゃ限界が来て…最期は…アレだ。
結局は後の事を他人に丸投げ。
何であのリーゼントは俺なんかを選んだんだろうか…。
俺よりももっと事をうまく運べた奴がいたはずだ。なぁミック先生。
──私の創造主は貴方以外に107人の者を選出しています。
えぇ? 衝撃の新事実!? って事は俺の他に転生者が居た訳か?
──肯定であり否定。
矛盾してんぞおい…あぁなんだ、この時空…いや世界線には俺しかいないって事?
ある時間線を起点にそこから108の平行世界に広がったみたいな?
──肯定。
で、108個の世界を観てあのリーゼントは満足したのか? そもそも108って中途半端な数はなんだよ煩悩かよ。
──肯定。
合ってんのかよっ! いやいやこの際、煩悩云々はいいよ。
満足したんなら何で俺はまた艦娘と深海棲艦が蔓延ってる素敵な世界に再登場しちゃってるのさ?
──貴方が望んだからです。
望んでないよっ! 何言っちゃってるのさ!
それとも記憶がないだけで、あのリーゼントに会って褒美として艦これ世界きぼんぬとか俺ぬかしたか?
いやいや、それならもっとゆるくて平和な世界を望むハズ。
──ヴァルハラに行きたいと死の間際に願ったのを創造主が聞き届けました。
……待て待て。どう考えてもここヴァルハラじゃないよね?
うわぁなんか嫌な予感というか考えが…。
あのリーゼントどう見ても日本贔屓だったろ。という事は八百万もいるという一柱の可能性。
ヴァルハラは北欧の神話、管轄外です。
ってな事で戦乙女を艦娘達に例えて、昼は深海棲艦をぬっころしながら夜は艦娘に晩酌させる。
お、おう。ある意味日本のヴァルハラですね、無理やり解釈すればだけど…。
──冴えてますね。
当たって欲しくなかったんですけど!? クーリングオフは適用できんのか!
──不可能。
あぁなんて無慈悲な…。他の107人の長野壱業さんはそれぞれ好きな世界で死後を謳歌しているかもしれんのに…。
──長野壱業はあなただけしか存在しません。他の平行世界では転生者のそれぞれ立場や生まれや環境など違います。
あぁそうですか…。そこは別にどうでもええねん。
俺が言いたいのは他の奴がボーナスステージ満喫してるのに俺だけボーナスになってない感が半端ない。
──艦娘は
可愛い! 駆逐艦prprしたい。憲兵さん俺ですっ!
って何言わせんだよ。
確かに出会った艦娘達はみんな可愛いし美人だし恰好エロイ子もいるから目の保養になるけど。
…そうじゃないんだよ。
彼女たちを見ているとどうしても戦友…乗っていた乗員…部下…色んなもんがさ…。
しかもメロンちゃんみたいに好意的な態度をとってこられると男の部分では嬉しいけどさ…散って逝った者たちの事を考えると…なんか違うだろ?
──最近のストレス値の原因はそれです。
言われなくても分ってるよ。嫌な夢ばかりで寝れないし。
…ねぇミック先生。俺の頭から追い出されて外付けHDDのミック妖精さんになったよね。
もしかして大戦中によくやってもらってた俺の意識の強制シャットアウトみたいなこと出来なくなった…?
──本来、あの行為は脳に負荷が掛かるため推奨できません。
答えになってないよ? 出来るか出来ないかを聞いているのよ。
──可能。ただし、以前の様に繊細に電気信号を送ることが出来ません。
それって規格以上の電力でブラックアウトさせるような?
落雷による停電とか電気の使い過ぎでブレーカーが落ちるみたいな感じなのか。
──肯定。
それ…脳が壊死するよね…。
あぁ…参ったなぁ俺が狂うのが先か、それとも体が壊れてしまうのが先か…。
恐らく前者だろうな…。体は結構丈夫だもんねぇ。
こりゃ、さっさと深海棲艦ぬっころして妹との約束果たさないとな…。
最悪の場合は介錯頼むよミック先生。
「オコトワリシマス」
何でだよ!?
──私の存在意義は貴方をサポートする事です。
だから勝手に壊れる事は許さないって? 壊れない為のシャットダウンが使えないのに随分勝手じゃないか。
──それだけが解決策ではないと推察。
なんだい時間をかけてカウンセリングでもしてくれるってかい。
──24時間何時でも何処でも対応可能。
俺のベストパートナーってか? 自動車保険かよっ。
──私の存在意義は貴方をサポートする事ですから。さしあたり胸に溜まっている思いを吐き出してください。
それで解決するとは思わないけどね。付き合いの長いミック先生がそう言うならやってやるけどさ。
マジで無理そうなら深海棲艦と刺し違えてやるからな。
「ダイジョウブダ モンダイナイ」
フッ、それ駄目な時のフラグじゃないか。あと何時までネギで俺を叩き続ける気だ?
──貴方は要らないモノを背負おうとする生き方を改めるべきです。
要らないものか…。
それじゃあさぁ
「救えたもの…救えなかったもの…。天秤にかけたらどちらに傾くのか…」
それとも切り捨てたものか…。
俺が関わって多くの人が死んだんだぞ? それを何もなかったように忘れて生きられはしない。
──自ら天秤の例えを出しているにも拘らず、貴方は死んでいった者への比重を重く置いています。
貴方が救った者も多くいる事を自覚するべきです。
救えた者か…。
正直、ミック先生に話したところで何にも変わる事は無いと思っていた。
だけどとにかく色んなものをぶちまけた。
そうするとほんのちょっとだけ気持ちが楽になったのも事実。
しかも彼女? なんか以前より人間らしさの様なものが出てきている。
──艦娘達ともっと向き合って話すべきです。
そうだな。
それは目を逸らして問題を先送りにしていた事。彼女たちと腹を割って話さなくてはならない。
例え罵られて愛想を尽かれても俺はヘタレな臆病者だと話をしよう、
深い深い海底にあったパンドラの箱を開けたのは一体誰だろうか。
いや、今はそんなことどうでもいい。
深海棲艦が負の感情で生まれたのなら艦娘達は人の希望が生んだものだと思うから。
彼女たちはこの世界の日本、人類の希望だ。
そんな君たちが提督や司令と言って慕っている人間はこんな男なんだと話をしよう。
まずは、
「大淀に夜這いだな」
そんな甲斐性も無い癖に、とのミック先生の声を無視して…ていうか何時までそのネギを俺に叩きつけているんだ。
ミック妖精を抱き抱え立ち上がる。夜空の星は心なしか先ほどより輝いて見えた。
そんな男を陰から見ていた者は顔を真っ赤にして静かに風の様に走り去っていった。
残念だったな天龍ちゃんとの邂逅は次話だ。