「Nicole……」
既に死んでしまっている恋人の名前を呟くが、あの地獄のような場所から脱出できたことを喜ぶべきかも分からない。この「石村」に訪れた同僚の乗員は全て死に絶えている。その中から、ただ自分のみが生き残ってしまった事を嘆くべきなのか。
冷静な上司でもあり、私を導いてくれたHammondは真実を知る前に巨大な化け物の手で目の前で惨殺された。だが、あの軍艦が爆発して崩壊したことから考えると、あの非情な化け物「
そして私と同じく、死んだ筈の恋人の幻影を追っていたDr.Kyne。彼は半ば正気を失いながらもMarkerを元の位置に戻そうとして、そして撃ち殺された。
だが、嗚呼。今となっては憎さしか浮かばないKendraよ、彼女は私が恋人の幻覚を見続けていたと言っていた。あの忌々しいネクロモーフを生みだしたモノリス、Markerによる物だとも。だとしたら、私が見て来たNicoleは一体何者だったのだろうか。
ロックを外す為、コンソールを弄っていた彼女の助けによって私は先に進む事が出来た。確かに私はあの場所に行く事が出来ず、そして彼女の手でロックは開かれた。シャトルを戻した時だってそうだ。私がやったのはシャトルその物の操作ではなく、それは彼女の手によって行われていた。
あれらが全て幻覚のNlicoleだというのならば、どうやって私は先に進む事が出来たのだろうか。
≪Isaac, it's me. I wish I could talk to you.
I'm sorry. I'm sorry about everything.
I wish I could just talk to someone―――≫
≪アイザック、私よ。貴方と話すことが出来たら。
ごめんなさい、何もかもあやまるわ。
誰かと話すことさえできたら―――≫
ログを切る。
これ以上彼女の声を聞いていると頭がおかしくなりそうだった。
「Damn it!! why!?」
何故こんなことになってしまったのか。
なんにせよ、全ての元凶であるMarkerはもはや頭の中に覚えておくのも忌々しい。
もう何も考えたく無い。今はただ、救助を求めてこのシャトルを操作せねば。
だが、Nlicole。あのメッセージの最後に映っていた、自殺した君の死体は一体どこに。
「ヴォォォォォオオオオオオオ―――ッ!!」
後ろに―――Nlicole!?
「a……ah……?」
盲点だった。いつから入口が空けっぱなしだった脱出シャトルの中にネクロモーフがいないと錯覚していたのだろうか。いや、あの極限の状況下でも下手な精神障害を負わなかった、自分の精神のタフさに感謝すべきだろう。助かった事には感謝どころかハグでもしてやりたいところだが。
しかし、此処は何処だ?
ドロドロとした雰囲気はネクロモーフ共が適応化していた肉壁のようにも見えるが、実際に肉と表現するべきところは無い。どちらかと言えば、怨念やゴーストなどが取り憑いた「恐怖の館」とでも言ってやるべきなのだろうか。
いや、そんな事を言っている場合ではない。問題なのは、私は船の中でネクロモーフに襲われた筈なのに、どうして再びヘルメットをかぶった状態で、古臭い触感がするコンクリートジャングルの中に居るのか。と言う事だ。裏の事情がからんでいる「
そうなれば、早々に近隣住民に奴らの弱点を示さなければならない。あのエイのようなヤツ以外にも同族を作る事が出来る者はいるだろう。
そうして決意を固めた時だった。ジャキ、と銃を突きつけられる音がしたのは。
「貴方、一体こんな所で何をしているの? いえ、もしかしてその風貌は魔女の使い魔かしらね」
声のした方を見れば、こちらに銃を向けている十代半ばの少女の姿。
不味い。このエンジニアスーツは石村特有の強化スーツなので、知らず化け物だと思われてしまうのも無理はない。とにかく無害を示す為、その力の込められた指が引かれる前に咄嗟に両手を上げてアピールした。彼女が人間なら、この意味が何か分かるはずだ。
「降伏っ…? あなた、人間なの?」
「……? Japanese…Japan!?」
「え、英語…? えっと、フーアーユゥ?」
たどたどしい発音ながらも、彼女は私が誰かと聞いてきたらしい。
そう思った瞬間、周りの恐ろしい雰囲気に包まれた世界にひびが入り、どこかの廃ビルらしき場所に景色が移り変わった。これも幻覚かと思われたが、目の前に居る少女の姿は消えていない。
ここは接触の必要がある。そう判断して、スーツの翻訳機能を使用した。これで彼女と意思を問題無く交わすことができるはずだ。
「君は、日本人なのか?」
「え、……に、日本語が話せるのね?」
「翻訳装置を使った。君も知っている通り、一般的な物だと思うのだが…ああ、君は誰かと聞いていたのだったか。私はアイザック、アイザック・クラークだ」
「暁美ほむらよ。外国で言うと、ホムラ・アケミになるわね」
「やはり日本人…ここは、地球なのか?」
そういった瞬間、彼女が訳のわからない物を見る目になった。
一種の狂人とでも思われているのだろうか。だが、この反応はもしかしたら。
「…? ええ、そうよ。何で魔女結界の中に居たのかは知らないけど、惑星を聞くなんて宇宙人のつもりかしら」
「いや、私は生粋の地球人だ。Concordance Extraction Companyでエンジニアをしている」
「聞いたことの無い会社ね。そこのエンジニア…それにしては、随分と装備が物々しいようだけど」
確かに、少女の言うとおり私のエンジニアスーツは幾つもの追加装甲と安全装置を最大まで解除させた重工具で固められている。手に持っているプラズマカッター以外は全て背部の収納スペースに収めているが、見ようによってはこの工具も銃に見えなくもない。事実、人間よりもずっと強靭な肉体を持つネクロモーフ共を殺すため、このプラズマカッターで四肢を切り裂いてきたのだから。
しかし彼女の方も随分と旧式の拳銃を使っている物だと思う。こうなってきては、私の方もとある可能性が浮かび上がってきた。
「ねぇ」
「何だ」
唐突に、考え込むようにしてAkemiは話しかけてくる。
その瞳に見えた小さな感情は、恐らくは未だ消えぬ未知への疑いだろうか。
「
「支援者、いや保温器…違うな。君が言いたいのはもっと別の事か」
「正確に言うと、インキュベーターと言うエイリアンを知らないか、と言いたいのだけど」
「いや、…残念ながらネクロモーフぐらいだ。私も、すぐにそれを始末しなければならない。怪しいのは分かっているつもりだが、早くしなければ手遅れになってしまう」
「ネクロモーフ…それは、アレの事かしら」
Akemiが拳銃の先で示したのは、確かにネクロモーフの骸であろう物体だった。
幾つかの腹にある銃撃痕と爆発物で吹き飛ばされたバラバラの残骸。当然ながら四肢も吹き飛んでいる。なるほど、あれなら確実に死んでいるだろう。
「…助かった。礼を言うべきだな」
「そうね、此方としても聞きたい事があるわ。貴方に異存はある?」
「Ishimuraの何も分からない状況よりはマシだ。温かな人工の光と血に濡れていない清潔な空間があるなら、どこへでも連れて行ってくれ」
「貴方本当にエンジニア? まぁ、良いんだけど……」
ほんの一日近くしかいなかった筈なのに、どうにも自分の常識感覚が狂っている事が実感させられる。あの幻影が見えない事が唯一、自分にとっての救いかもしれないが。
「それじゃ、少し酔うかもしれないから目を瞑ってなさい」
「?」
彼女の言う意味が分からない。
唯一つ言える事は。
自分の意識が暗転した事か。
少しばかり広いマンションの様だ。
変わった地図や資料のインテリアが天井から吊り下がっているが、自分をこんな所まで連れて来た人間の物だ。ただの
そう思いながら立ち上がり、周囲を見渡してみれば何の事は無い表情で此方を見ているAkemiの姿があった。
「…一体、どうやって私をここまで」
「それも含めて話したい事があるわ。その前に、ちょっと長話に付き合ってもらうけど」
「先ほども言ったが、何も知らないよりはマシだ」
「そうね、それじゃあ私の貴方を連れて来た力から話して行こうかしら」
そうして彼女は私にとんでもない事実を聞かせてくれた。
曰く、彼女は先ほど言っていたインキュベーターと契約した魔法少女と呼ばれる存在で、此方で言うネクロモーフのような恐怖と負の体現、魔女と呼ばれている怪物と日々闘い続けているらしい。
そんな魔女と闘い続ける運命を背負う代わりに、インキュベーターはどんな願い事でも一つだけ叶えてくれるらしい。それだけなら確かによくあるフィクションだと笑う事が出来たのだが、やはり現実にはそんなファンタジーな幻想は存在しなかった。
彼女達が契約した後、変身アイテムとして渡される「ソウルジェム」は彼女たちの魂そのもの。これが壊されれば彼女達は死に絶え、魔法を使い続けてこれが黒く濁り切ったら、敵である理性も自我も消え去った魔女になり果てるのだとか。
「だが、何故それを知っていて君は魔法少女に?」
「誰も真実を知ったらならないわよ。此れも全て、インキュベーターが“言わなかったから”」
インキュベーターは宇宙全体が広がり続け、消滅しないようにと魔女化した際の感情エネルギーを変換し、宇宙に貢献する技術を確立させているとのこと。確かに友好的だとは思うが、余りにも人道を反した行いにネクロモーフを至上としたUnitologistのDr.Mercerを思い出す。
犠牲あっての人類の進歩は否定しないが、これは感情の問題だ。私とて覚悟のある者ならともかく、無知の人物を餌として使い潰すやり方は気に食わない。
そうした被害が増える原因はインキュベーターが契約の際に甘事だけを言う事が起因している。それならば詳しく掘り下げなかった契約者たちが悪い、と言う人物もいるだろうが、大抵契約を迫られた少女と言うのは少なからず悲劇を目の前にして、その悲劇を回避したいと思っている重い運命を背負った物の前に現れるのだ。その悲劇を自分の願いで何とかできる、と言った甘事を囁かれた際、断れる人間など普通は探してもいないだろう。皆が強靭な精神を持っていたのなら、これまで争いなど一度も起こらない筈なのだから。
「そのインキュベーターによって嵌められる子を救うため、そしておよそ一ヶ月後に訪れる最大の脅威を排除するために、私は契約したの。私一人の犠牲であの子が助かるなら、いくらでも契約するわ」
「覚悟はあると。だが自殺志願者の戯言とも聞こえるな」
「そう言わせないのがこの部屋の惨状よ」
彼女の言葉と共に、重く響いた金属音が聞こえて来た。
いつの間にか、周りには大量の銃器や武器が転がっている。
どこもかしこも銃、銃、銃、銃、銃、銃、銃、銃、銃、銃、銃、銃。
軍艦の武器庫なのかと疑いそうなほどの量が突如として出現していたのだ。
「これを見ても、私の言葉が狂言と言えるかしら? アイザック・クラーク」
「いいや、それよりも信用に値する情報を、その部屋の隅で見つけさせて貰ったさ。これがコメディだったらなんと嬉しい事か」
「情報?」
どうにも私のヘルメットで視線の先が分かりにくかったようだが、Akemiはようやく私の見ていた物を見つけることが出来たらしい。
それは―――「時計」。
何の変哲もない、一昔前の旧式でデジタル表記な23:14を指し示すものだ。
だが私が注目したいのは旧式と言う点では無い。アンティーク趣味な者やマニアがいればこう言う時計はどこでもお目にかかることが出来る。そんな中で私が注目したいのは、その時計が差す「年度」であった。
「一つ聞きたい事がある、Akemi。今年はAnno Dominiでいつだ?」
「西暦…? 2008年(※)よ。それがどうかした」
「やはり……私のいた時代は2507年。これだけの事実で荒誕無稽な話の全ても信じられると言う事だ。ノリノリのドッキリなら良かったが、バックトゥザフューチャーも顔負けのタイムスリップをしたとなってはな」
此れが冗談だったらどれほど良かっただろうか。このノリでネクロモーフ共やMarkerの事も全てが嘘だった、と言うなら私はひとしきりに憤慨した後に心から安堵の涙を流すだろう。
だがそんな事も無いのが現実。此方に来た際のネクロモーフはAkemiが仕留めたことが何よりの点だが、こうなってしまえば故郷に帰る事も出来ない。多少は此処で言う未来の技術を持っているのだから、その特許でも出してこの地で生きて行くことぐらいは可能だろう。
「それじゃ、貴方からも話してもらいたい。此処まで話したのだから、其方の事情も知っておきたいわ。あのお世辞にもユニークとも言えない怪物や、貴方の血まみれの自称エンジニアスーツについてもね」
「……話しておくべきか。もしここが過去だと言うのなら、もう同じ間違いは起こしてはいけない。ここが別世界だとしても」
宇宙渡航の技術開発に当たって、並行世界といったオカルティックな要素も含めて実現させたのが私の居た世界の「船」だ。ここは正式には私の居た地球では無いのだろうが、それでもアレが…Markerが埋まっている可能性は否定しきれない。そう言った覚悟をもって話を聞いてほしかったのだが、Akemiの目はHammondにも似た決意が見て取れた。
だからこそ、何一つ偽らずに彼女へ打ち明けていた。いや、もしかしたら馬鹿なことをやらかさない人物に事実を広めることで、私は精神的なストレスを解消しようとしたのかもしれない。
普段の私らしくない程饒舌に、ネクロモーフの弱点や発生原理、そしてあの最悪のモニュメントがもたらした悲劇と精神汚染を語って見せた。時折視界の隅に死んだ筈の物たちの姿が見えたが、熱くなりすぎてしまったのかもしれない。
どれほどの時間が経っていたのだろうか。ヘルメットの中で話し続ける息苦しさすら忘れるほどに必死に、時には声を荒げながらも彼女へ全容を話し終えることが出来た。
「……災厄、かしらね。インキュベーターと少し似ているけど…いいわ。私はあなたを信じてもいい」
「………そう、か」
人種も違い、接点すら無い赤の他人。
だと言うのに、何故だろうか。
話し終えた。話すことが出来た。伝えることで皆の死を、名もなき墓標に名を彫った時の様な達成感と疲労が一気に襲いかかってくる。思えばIshimuraでの騒動中はスーツの調整機能に任せっきりで、碌に食事や睡眠さえとっていない事を思い出した。極限状態からの脱出が「報告」なあたり、どうにも社員根性が染みついているのかもしれない。
「…転がり込んだ身だが、寝かせてくれないか? 流石に、疲労が溜っていてな」
「そうね。この部屋ならどこでも使って構わないわ。ここに宿泊させる交換条件と言っては何だけど、貴方の武装を見せてくれる?」
「その程度なら……いかんな、好きに見ててくれ。大事な仕事道具もあるから、解体は……勘弁してほしいが、な…」
そう言って、アイザックは機能停止したロボットの様に近くの壁に寄りかかりながら眠りについた。同時にヘルメットの青い光も収まったので、見ようによっては本当にサイボーグか何かだと思えてくる。
彼が泥の様に眠る直前、撒く様にどこからか取り出した「工具」の数々の一つを手に取ったほむらは、縦、横と刃の向きを変えるプラズマカッターを弄り始めた。
「未来の道具、というのはあちらも妄言じゃ無かったようね。それに、
ただの武器では、どんなに威力がある武器でも魔女に通じる事は無い。
一応は協力の態勢を見せてくれたアイザックの工具――彼女には武器に見えている――の全てに魔力処理を施していく中、忌々しい自分にとっては全ての元凶ともなる気配を感じた。
振り返ってみれば、予想通り自分のイメージとは反対に神々しい見た目をした生物の姿。しかし、それを生物と言うにはただ嵌めこまれたような紅玉の瞳、耳の中から伸びる一房の毛の周りを浮かぶ金色のリングがただの生物では無いことを証明していた。
其方を向き、アイザックのフォースガンと呼ばれる衝撃砲を手に取った。大規模な瓦礫・粉塵除去に使われるそれは人間の体なら一瞬でミンチにする事が出来る威力を持っている。それを知ってか知らずか、ほむらはソレへと銃口を向けた。
「やあほむら、これはまた変わった物を連れ込んだみたいだね。これは…現在の地球の技術では開発不可能な作りだけど、どうしたんだい?」
「キュゥべえ、あなたに話すことは何一つとして無いわ。早々に消え失せなさい」
「酷いなぁ。僕は君がこの男に何かされてないか、心配になって来ただけじゃないか」
「心配…? そんな配る様な心も持ち合わせていない癖に、随分と知ったような口を利けるものね」
その個体の名はキュゥべえ。ほむらがアイザックに話したように、目の敵にしているインキュベーターの端末の一つである。キュゥべえ曰くボディのスペアは有限らしいが、この個体を幾ら殺した所で新しい体が出現するのでキリがない。今にでもバラバラに撃ち殺してやりたいところだが、その憎さを抑え込んだほむらは平坦な声色で言葉を発した。
「真意は何? 回りくどいのは其方も好みではないでしょう?」
「そっちの彼は僕たちの観測機に引っ掛かる特異な転移をしてきたようなんだ。決して成し得る事の出来なかった時への干渉、それを解析すれば並行世界や未来からのエネルギーを得ることが出来るかもしれないだろう?」
「そう、残念だったわね。彼はあなたと似たような宇宙的脅威には嫌悪感を抱いているらしいわ」
「確かにそれは残念だね。それじゃあ別のアプローチを掛けてみるよ」
残念と言いながら、まったくそうは見えない空虚な言葉と共にキュゥべえの姿は闇の中に消えて行った。それまでキュゥべえに向けていたフォースガンを下ろすと、アイザックの近くに整頓するように置き直した。
それからは投影スクリーンに英語で書かれている説明書きを何とかして読み解いていくが、これらがまさしく技師の使うような工具であることには心底驚かされた。唯一の「武器」としてはパルスガンがあったが、自分では反動の大きさから扱うには難しいだろうと再び彼の近くに戻す。
「初めてのイレギュラーが未来人…似たようなものね」
もっとも、自分は起こりうる「過去」を止めるため、何度も同じことを繰り返す人間。彼は「過去」の事を忘れてしまいたいと思っている人間。決して交わらないような考えを持つ者同士が、こうして出会ったのは何たる皮肉だろうか。
まだ彼に話していない真実も、きっと隠したままになるだろう。
十月四日。朝日が三時間後に控えるこの日から、絶対に運命を変えて見せる。
少女の決意を隣に、男は身動き一つしなかった。
※とある場所の考察より。
原作放送時期の2011年ではなく2008年の出来事とさせていただきました。
アイザックさんのスーツは
( 圭)→( 二)→( 三)→( 亖) 以上のレベルとお考えください。
そういうことでネクロモーフと魔女が夢の共演かもしれないです。
希望となるのか絶望となるのか。
これからよろしくお願いします。