「このことについて、まずは上条恭介。貴方に覚悟があるかどうかを聞いておきたいの。それから美樹さやか、貴方にも。私が話す真実については“残酷”と言う言葉がつくわ。それがどれほどの物なのか? 貴方達には想像だにも出来ないでしょうけど、せめてもの事前準備としては必要だから」
「って、ええ? ちょっと肩すかしじゃないの」
「巴マミ。貴方にも言える事よ。…今回は少し余裕があるみたいだけど、貴方も考えておきなさい」
「……そうね。先輩に対してその口調は、少し考えさせられなくも無いけど」
そう言って、これまでにない程の余裕を持ったマミは少し明後日の方向に視線を反らした後、戦闘時のそれにも似た顔つきになっていた。これには、少しばかりほむらも内心で動揺する。表に出すような真似はしないが、ここまで巴マミと言う人物は気丈だったであろうか。そんな疑問があったからだ。
「…僕は、どんな事でも受け入れる。さやかが一度その身を犠牲にしようとしたんだから、結局はその真実って奴も僕の中では一緒さ」
「恭介が…そう言ってくれるなら。あたしも」
「相も変わらず彼に頼り切った意見ね、美樹さやか」
「なにおう! ちょっと強いからって調子乗り過ぎじゃない!?」
「落ちついてよさやかちゃん! ここはほむらちゃんが教えてくれる所で、喧嘩する所じゃないってば」
「…あ、あー……そう、だね。ゴメン、ちょっとアイザックさんと戦ってから、調子狂っちゃって」
思い返すのは、凄惨な現場の光景。脳裏に焼き付けられた血肉の赤と腐臭は、真っ黒に感光したフィルムの中でさえ原形を保ってしまうだろう地獄。恭介が無意識に握ってくれた右手の温かさを感じながら、いきり立った感情を心の内に収めた。
「それで、転校生。真実って――――何?」
全員の心内を代表するが如く、剣の切っ先よりも鋭い眼光がほむらを貫いた。
曰く―――偽りは沈黙より罪である、と。
「……そうね、まずは小さな疑問から話をさせて貰うわ」
そう言って彼女は――現在の魔法少女は知る由も無いが――己の魂であるソウルジェムと、ことんとテーブルの上に置いた。テーブルを挟んで円形に、ソファーに座っている面々はその紫色の透き通るような薄暗さを兼ね備えた美しい宝石に、ほぅと知らず息を漏らす。
「ソウルジェム―――よね」
「ええ、巴マミ。私達魔法少女の魔法の核。魔法の発生源。じゃあ、次にこれよ」
ほむらが隣に置いたのは、不安定なはずの針の先で立っているという不可思議な現象を起こす黒き嘆きの種、グリーフシード。魔女を生みだすという点では、新たな嘆きを生む種として十分な役割を持っているとも言えるであろうそれを、ほむらは比較するかのように隣に置いた。
「魂と言う名の宝石を覆う金の装飾。嘆きと言う種を戒める銀の装飾。じゃあ、何故この二つはこんなにも似通っていて、魔女なんて人の事を考えないようなただの化け物が魔力の回復を行う、こんなにも優れた特典・報酬を落としてくれるのかしら?」
「―――言われてみれば、確かにそうかも」
魔法少女となって日が浅いさやかが頷いた。なるほど、特典としては聞いていたが、実際に運用して当たり前となるには余りにも不思議な共通点だ。
「当たり前だって。魔女を狩ってから使って、孵化する前にキュゥべえに渡していたけど……言われてみれば。私は戦うのも当初は必死で、一度も疑問に想う事は無かったわね。ゲームで言うならAボタン一つで使える回復薬って思ってたわ」
「もう一つの疑問は、何故ソウルジェムから濁りを“取り除く”事で魔力が回復するのか、よ。このソウルジェムが無限に魔力を生成して、その過程で濁りが魔力の発生を遅らせるって言うのなら……何故無限である筈なのに、途中から魔法が使えなくなったり疲れたりするの? 私達魔法少女は確かに人よりすぐれた体を持つようになる。でも、それは本当に魔法の力だけの話?」
「「――!」」
現行の魔法少女二人は、その疑問を上げるほむらの問いに息を詰まらせた。ヴァイオリンンという音から全てのイメージを作り出す上条も、何らかのイメージはつかめたのだろう。まさか、口から声は出なかったが、確実に疑問が喉を通り過ぎている。
「最後にもう一度。何故、この二つはこんなにも“似通っている”の?」
「……まさ、か」
「おかしな話よね。同じ形の魔女が現れる辺り、前例はどこにでもある筈。魔女は使い魔も変わらないから、自己進化能力も無い。だというのに新種が現れる理由は? 何故キュゥべえの契約は魅力的なのに、強い弱いに関わらず魔法少女は日本に溢れていないの? その答えは―――コレ」
濁りが吸収され、グリーフシードがなお一層黒さを増す。憎悪や絶望、そのような負の感情が押し固められたような瘴気が強くなったような、事実である筈の錯覚が部屋を覆い尽した。
だが、魔女は理性も無い筈なのに何故それから生まれた筈のグリーフシードが「感情」を見せる? 負の側面だけであるとはいっても、それは立派な感情。決して理性も中身も無い怪物が持っていていい筈のものではない。
「ソウルジェムとグリーフシードはSGとGSで対のイニシャル……魔女は、魔法少女のなれの果てだって言うの!? そんな―――あ、そ、そうよ。少女…それから、女? 嘘でしょ……こんな、言葉遊びみたいなのが……」
「マミさん!」
「ぁ……っ!」
よろよろとソファーから崩れ落ちそうになるマミをまどかが支えた時、彼女の懐から魔法少女としては何よりも大切な、黄金の光を宿したソウルジェムが転がり出てきた。運良くテーブルに転がったソレは、硬質な音を響かせてその輝きを衆目に晒す。
マミの目の前で、彼女の感情に「比例」するかのように―――それは濁りを深めて行った。
「い、嫌…待って……止まって――――」
「まどか! これを早く!」
「あ、…う、うん!」
ほむらから投げ渡されたのは、彼女が比較対象として出していたのとは違うグリーフシード。初めて見せて貰った時の事を思い出しながら、まどかはマミのソウルジェムへ慎重な姿勢でグリーフシードを隣り合わせにする。
黒き穢れが抜け落ち、マミの負の感情も引っ張られるかのように沈んだ気分が浮き上がっていく。だが、それは決して気分のいいものではない。釣り上げられた魚のように、無理やりに海面へと引きずり出される「喪失」の感覚だ。
「……あ」
「……何だよそれ。それって、つまりあたしも」
「そうよ。私も、巴マミも、あなたも。この世界に存在する全ての魔法少女が持つソウルジェムが、貴女たちの魂が…魔女を生む為の殻。中で胎動する、魔女へと孵化するための栄養。より一層の悲劇を糧とし、その莫大なまでの負の感情を引きだそうとする―――第三者の策略よ」
―――なッ!!?
完全に沈みきる前に、ほむらは浮輪を放り投げた。必死になってそれにしがみついた者達は、足元にいる自分の足首を掴む冷えた体を持つ者の姿をハッキリと見た。どこまで行っても深淵しか覗けない、紅玉の瞳を持つ知的な獣。
「その全てを計算したのはキュゥべえと、その種族。そんな彼らの正式名称はインキュベーター。正真正銘の宇宙人よ。そして、貴方達が魔女になる事を待ち、魔法少女を生みだす過程で悲劇の種を撒き散らし、出来上がった絶望と言う作物を意気揚々と収穫する感情なき生物。彼らに言わせれば、私達はただの家畜らしいわ。高度な文明をもっているが故に、自分達には追いすがる事すらできないモンキーってね」
「だけど、あたしが願った恭介の手を治すって契約は…」
先ほどから、さやかの疑問は実に的を射ている。そして、彼女が冷静さを保っているのはやはり、そのような事を言われて動揺は見せても拒絶はしない恭介の存在。
いい傾向だ。アイザックも人知れず頷き、ほむらへジェスチャーで続きを促した。
「それも本当に叶えてしまう。そう、他の魔法少女が絶望し、魔女になった時のエネルギーを使ってね。たとえば、使う絵の具を間違えてしまった美術の授業の絵は上塗りで誤魔化したりするでしょう? インキュベーターはエネルギーをそのまま世界に応用し、事実と言う形で回収したエネルギーを貴方たちの契約する時の願いとして履行する事が可能なの」
「そんな技術力を持っているのかい、そのキュゥべえって奴は」
「ええ。人の持つ“因果”。つまりその人が今後どんな波乱や出会いに満ちた人生を送るかで魔法少女が叶えられる願いの大きさ、それに比例する魔女化までのカウント、魔法少女としての強さが決まってくるらしいわ。私みたいに、それほど大きくない因果を持っていたら能力ばかりにエネルギーが傾倒して、身体能力は素のままと変わらない。って言う天秤の関係よ。まぁ、今はあまり関係の無い事だけど」
十度以上のループの果てに得た知識。だが、これは今は関係ない。
「魔法少女が魔女になるのは……まぁ、一番重要とするのは心を常に前向きに。そして定期的にグリーフシードの供給を怠らなければ問題は無いわ。巴マミ、貴女が恐れるような全員魔女化、という絶望なんて早々起こらないから安心しなさい。現に、貴女はこの数年間を普通に生き残って来たでしょう?」
「………そう、よね」
マミは平静を装う。後輩達の前であからさまな失態は見せられない。そして、あの成り立てで一番ショックが大きいであろうさやかさえもが気丈に振舞っているのだ。何よりも、自分のプライドがここで狂う事を許さなかった。
本当は、すぐにでも銃を取り出して魔女になる前に全員であの世に旅立ってしまいたい。死んだパパとママに会いに行きたい。そんな後ろ向きな思いばかりが募っているけども、鹿目まどかが、その手に握る自分の手から伝わる温もり。最後の生命線が巴マミの暴走を押しとどめている。
ほむらの言葉も、今のマミにとっては平常心を取り戻す良い添加剤となってくれる。
「私は今まで魔女を狩って、生き残って来た。魔女になった事なんて一度も無い」
「そうよ」
「でも―――人だった子たちを、私は殺したのよね」
「そう。でも、アレはもう人じゃない。魔法少女はまだ、人の心を
ハッとする。あまりにも淡々と話していたから忘れかけていたが、この話の中心であるほむら自身が魔法少女であるのだ。だというのに、この真実を改めて確認するように話しているのは、初めて聞かされた時よりも異常性が浮き彫りになって聞こえている筈。
まだ全員の中でも理性の残っていたまどかと恭介は、それぞれの魔法少女の拠り所の一つとなれるように、その手をぎゅっと握った。多少痛いくらいでも、その痛みが彼女達の正気を保ってくれるのだと信じて。
一時の沈黙。事実を噛み締めさせるように間を置かせたほむらは、ゆっくりと上がる青髪の娘の左手を見た。
「じゃあ、ネクロモーフを殺したあたしは…?」
「…それは、私から言わせて貰おう」
ずっと沈黙を保っていた、鎧の置物の様な男が声を上げ、初めて全員の視線が其方に集中する。されど動じる事は無く、アイザックはメットを外した素の顔をさらけ出し、さやかの目を射抜く様に視線を合わせた。
「君は彼らを救ったんだ。死してなお、親しい者の首に手をかけるような冒涜を止めた。確かに、血しぶきは上がるだろうし、人間だった面影もはっきりと残っている相手だと思ったろう……だが、ミキ。君がやった事はこれ以上街の人間を被害に陥れる事も無くした善の行動。君の武器が放つ刀身のような白さだ。決して、殺人なんて汚名を着せられるような穢れは無いとも」
それは、ある意味アイザックにとっても自分を正当化するための
その正当化が彼女を救うというのなら、己が救われるというのなら。あまりにも独善的な感情に己自身に罵倒を浴びせたくはなるが、彼女の隣にいる男が頷いてくれるというのならこれでいいのだろう。
「…ありがとう、アイザックさん」
「参ったわね。どうにも話の力強さじゃあなたには負けるわ」
「うん。さやかは人殺しじゃないよ。街の為に戦ってくれる僕の素敵な幼馴染だ」
「……うん」
一先ずは、あちら側の問題は片付いたのだろう。
これで全員、少なくとも真実については魔女化する事は無くなった。キュゥべえのやるような、感情も無く、痛みと実感によって真実を裏付けるような必要も無い。ただ、話を聞いた四人の瞳の中には、列記とした「納得」の色が浮かんでいるのだから。その色が、暖色であるか寒色であるかについては人物の中ではっきりとは別れているものの。
「これが、真実。その裏付けとして、最後の証明を行うわ。……アイザック、お願い」
「ああ」
全てを語り終え、招かれた四人が最後の疑問「真実や否や」というものを無意識下で抱いている中、立ち上がった二人は奇妙な行動を始めた。ほむらが己のソウルジェムをアイザックに渡し、距離を取り始めたのである。
ほむらの魔法のおかげで、一つのマンションでしかない部屋の空間は十畳間よりもずっと広い。ともすれば、ずっと走っていけそうなほどに広い空間を二人はデモンストレーションでも行うかのように離れて行く。
ほむらの足取りが離れる過程でふらつくものとなり、彼女の身を案じる何名かが身を乗り出して向かおうとしていたが、当人達の視線でそれは諌められることになった。
そして二人の距離が99メートルに到達。ほむらは、ゆっくりと口を開いた。
「ソウルジェムは名の通り、キュゥべえ達が魔法少女として戦わせやすくするために取った改造処置。魂を物質として保管する事で、肉体が幾ら傷つけられても何度でも動けるようにするためのコントロール装置なの。好ましい言い方ならロボット、身も蓋も無く言えば」
「ゾンビだな」
「……え?」
「そして、今回はその前者のロボットに該当するわ。問題よ、まどか」
「私?」
「ええ。じゃあ一つ―――直進し過ぎたラジコン、その場から動かずコントローラーを持った操縦者。その結果は、どうかしら?」
「え、えっと……」
考えるまでも無い。そんなのは決まり切った結果だ。
だが、これは魔法少女という人間が当て嵌まる事実。ただの人間である彼女が言うには余りにも口憚られる内容で、道理に直接戦争を仕掛けるようなそれ。彼女がどもって、口に出せない間に、心の中で全員の答えが一致する。
そして、いつからか数えていたアイザックのカウントが空しく告げた。
「ゼロ」
「――――………」
アイザックが最後の一歩を後ろに歩み、途端、ほむらの体は崩れ落ちる。
「ほむらちゃん!」
「転校生!?」
中でも少しは関係のあるさやかとまどかが勢いよく席を立ちあがり、ほむらの元まで駆け寄って行った。どうしたんだ、目を覚ませ。そうして揺さぶり、声をかけるが一切として彼女が呼び掛けに応じる事は無い。体を抱き起こし、暁美ほむらの肉体を揺さぶっているさやかは何の冗談だと顔を覗き込んだ瞬間、その瞳を見てしまった。
瞳孔の開ききった、死体の瞳を。
「あ」
ネクロモーフの光なき目がフラッシュバックする。
まぎれも無い死がこの腕の中の肉体に訪れているのだと、さやかは感じ取る。
「死んでる」
ぽつりと、彼女の口から出た言葉は部屋の全員に衝撃を与えるには十分だった。
急ぎまどかが心臓に手を当て、体育の脈の変化で体力を測った時のように手首を持つ。だが、そこに血が流れているような感触はおろか、生命として活動するべき動きすら無かった。
「……驚かせてしまったようね」
「ええ!?」
「い、生きてた……良かった…ほむらちゃん…!」
だが、その悲劇もドッキリでも仕掛けたようにほむらが起き上がった事で否定される。再度鼓動を確認するまどかの手には、今度こそハッキリとしたほむらの命の脈動が感じられた。そして、動く血液で熱を取り戻す体を見てほっとする。だが、温かくなっていくという事は本当に先ほどまでの死は現実だったということを裏付けているのだ。
一体何であるのかを問いただすまでに、そんなに長い気は使わなかった。
「ねぇ、今のって何? どうしてほむらちゃんがあんな死んでいたなんて、変な事が起きるの? これが魔法少女の本当のこと?」
「…さっきも言った様に、私達の肉体はラジコンの車で、アイザックが持ってるソウルジェムが魔法少女の本体…コントローラーなのよ。どれだけ肉体が欠けようが、魔力があれば幾らでも補填が効く。約百メートルしか操れない肉の体。これが、魔法少女の実態よ。私も例外無く囚われる“真実”」
「ねぇ転校生。それを証明するために、アンタは一度死んだってこと…?」
「事実は小説より奇なり。それに、納得は何よりも優先されるわ。そのためなら、私の体なんてどうでも良い」
「……アンタ、馬鹿だよ。あたしより」
「ソレは光栄ね。アイザック、そろそろ」
「ああ。受け取れ」
魂であると説明したばかりなのに、アイザックはほむらへソウルジェムを投げ渡した。上手くキャッチした彼女は席に戻ると、席を立った数名も元のソファーに座らせ、一拍の間をおいた。
数分の間、誰も口を開く事が無い。
ある物は目を瞑り、ある物は額に手をあてたままぼうっと上を向いて寄りかかる。ただ、ほむらとアイザックの二人だけが、背筋を張って各々の様子を見守っていた。
「成程、ね」
突如として場に響くその声は、ほむらにとって何よりも予想外の人物から発生した。全員がそちらに視線を移せば、魔法で作りだしたのだろうか。黄色いソウルジェムをテーブルに置き、優雅に紅茶を煽っている姿が目に入る。
まるで何とも無いかのようにマミは微笑み、アールグレイの香り漂う紅茶をテーブルの周りに充満させる。何とも言えない落ち着き払った態度と香りが、他の面々の張り詰めた空気を和らげていた。
「真実、ね……確かに残酷だわ。鹿目さんが私の手を握ってくれなければ、乱心して武器を振りまわす位には私も錯乱しそうになった。ありがとう、貴女のおかげよ」
「そ、そんな。私はただ、怖かったから……」
「ええ。それでも、事実は変わらないわ。暁美さんが語ってくれたようにね」
その言葉でさやかが息を詰まらせる。契約したて、更には一回だけでは無い。一生付き纏ってくるデメリットをその身に受けた彼女としては、マミの言葉は深く心に突き刺さっていた。されど青いブルーマリンのようなソウルジェムの輝きは、未だ力強く誇りも無き黒には屈していない。
すぐさま持ちなおしたさやかをちらりと一瞥し、マミは「でも」と言葉を繋げる。
「あなたが話したのは、こんな所で私達をまとめて覚悟させるだけじゃないわね。何か目的があって、その時の為に私達が押し潰されないように。そんな気遣いと下心があって、ここに集めて真実を話した。……そうね、私達を見極める、とでも言うつもりかしら? 私の見当違いだったのなら、素直に頭を下げるけど」
言いきって、もう一度紅茶に口をつけたマミはいつものような優雅な雰囲気を取り戻している。そして何より、言及する物言いはほむらの全てを見透かすかの如き、戦う物としての鋭いメスを備えていた。緊迫する空気の中、ほむらは肯定の言葉を告げた。
「あなたの言うとおり。これからおおよそ二週間後、この街に訪れる災害―――ワルプルギスの夜。そう呼ばれる魔女がスーパーセルを伴って出現するわ。私はそれを倒すため、あなた達が真実に耐えうるか、はたまた戦力としてワルプルギスを乗り越えられるかを見極めるために、この部屋に呼んだ。いうなれば利用するためにね。上条恭介、その点ではあなたも美樹さやかの
「なっ――――は、はは。まんまと嵌められたってわけか、あたしも。……キュゥべえと言いアンタと言い、あたしってこんなにも利用されやすい性格なんだね」
「さやか……でも、彼女はそのキュゥべえってのよりも善良だと思うよ。だって、彼女は強制はしてないんだ。…だろう? 暁美さん」
「…え?」
「…本当に、言葉の穴をつくのが上手いわね。それにまどか、やっぱりあなたも少しは人を疑ったりした方がいいわ」
素っ頓狂な疑問符を掲げるまどかに忠告した後、ほむらは予想以上の恭介の聡明さにこれまで見てこなかった知性の片鱗を垣間見た。彼ほど、確実にさやかのストッパーや抑制役としてピッタリな人物もいないだろうに。
ほむらもこれまでのループした時間軸の中で悲惨な運命を見て来ただけに、この奇妙な巡り合わせには目をみはるばかりである。
「それにしても、ワルプルギス…暁美さん。あなたの目的は分かったし、美樹さんはともかくこの街を守るためにも私はその話に乗らせてもらう。……でも、何故そんな事を知っているの? キュゥべえに“最強の魔女っているの?”なんて時に聞いた事があるけど、ワルプルギスの夜は嵐を伴って突如として出現し、ひとしきりに暴れた後は壊滅した国を見下ろしながらまた何処かへ消える。そんな予兆も前兆すらも直前に現れる存在よ? 現に、今の外はちょっと雲がある位の晴れ具合だし。嵐の様子すら見えていないわ」
「……今のところは、統計…とだけ言っておくわ」
「まだ隠し事があるのね」
「ええ」
「否定はしないんだ」
「でも隠させて貰うわ。これは私の戒めでもありエゴでもある」
「だったらそれに触れない範囲で言わせてもらうわ」
わざとらしく間をおいたマミは、真っ直ぐと見据えた。
「あなたは、私達の味方かしら?」
「……そうよ」
過去の仲間として戦った別のマミ達の姿が脳裏に思い浮かぶ。仲間を撃ち殺したマミ、特攻し、道を切り開いてくれたさやか、幻影で己を逃がし、魔女と心中を図った未だこの場にはいない赤い魔法少女。
その過去の全てを裏切っておいて、この時間軸でもまた嘯いた。でも、真実は確かに言葉に乗せている。マミ達の中の、まどかの味方であるのだから。
「含みがあるけど、まぁ良しとしましょうか。私からはこれ以上は何も聞かないわ。じゃあ、これからは木端の魔女狩りやワルプルギスの夜の時は一緒にお願いね。その何処とも知れぬ“情報”、どうせまだまだあるんでしょうから有効利用させて貰うわよ」
「ッ……ええ、分かったわ。それで、美樹さやかはどうするの?」
マミの読心術でも使ったかのような慧眼には恐れ入る。呑まれそうな「先輩」であるマミの雰囲気を無理やりに押しのけながら、ほむらはもう一人の問題であるさやかへと問いを投げた。まるで人形のような抜け殻となるのがこれまでの時間軸。だが、今回ばかりはアイザックと言うイレギュラーのおかげでこんな場所にまで予想外の人物を引っ張ってくることになった。
この大きな変化を期待して、さやかの変化を言葉として聞く。そのために、ほむらは初めて、美樹さやかという少女の瞳を覗きこむ。
「……あたしは、元々この街と恭介を守るために魔法少女になったんだし。話にはのる。……のるよ、でも…………魔女、になるんだよね、あたし達」
「ならないために戦う。そのために穢れが溜るって矛盾はしてるけど、そうする事でしか未来は生きていけないわ」
「うん。そっか、未来なんだよねぇ……ねぇ、恭介」
「…なにかな」
「後で話したい事があるから、丑三つ時って言うんだっけ? …位になったらさ、病院の窓開けておいて。二人っきりでさ、魔法少女って変なものになったあたしから言いたいんだ」
「…分かったよ」
「うん、だから転校生さ、あたしも参加するよ」
「……そう。無理はしないでいいわよ、足手纏いはごめんだから」
「ハンッ、いい気にならないでよね。あたしの剣はコンクリートだってバターみたいに切っちゃうんだから」
「そう。ならその調子で魔女も切って頂戴」
「分かってる。じゃあ、恭介もそろそろ帰ろう」
さやかの問いかけに対し、恭介は明るい笑顔でそれに応えた。彼は分かっていたのだ、さやかがどれだけ危ない崖の端にいるのか。だからこそ、彼女の全てを受け入れるために彼は笑っていた。
「…いっちゃった、ね」
「暁美さん。私もキュゥべえと話しておきたい事があるから早めに帰るわ」
「そう。なら気をつけて。キュゥべえ達インキュベーターは感情が無いし、ある意味一番公平よ。問いただせば必ず淡々と事実を語ってくるから、平常心で受け入れなさい」
「ご忠告感謝するわ。これでやっと、長年のあの子の違和感もケリがついた」
マミも手を振って、玄関に向かって行った。晴れ晴れとしたような表情が、ドアの外に出た途端に崩れ去ったのは誰も知らない事実。いや、寧ろ最後まで隠し通すことが出来たマミの精神の強さは―――誰よりも芯が通っていると言えるのだろうか。
最後に部屋に残ったのは、まどかとほむらとアイザックの三人だけ。アイザックはこれ以上は野暮だな、と言いながら工具の点検セットを持って別の部屋に消えて行き、実質この不思議な部屋にはほむらとまどかの二人だけが残されることになった。
「…送って行くわ。まだネクロモーフが残ってるかも知れないし」
「あ、そっか。魔女だけじゃないんだよね……あ、あはは……」
帰り道は何事も無く、静寂と電信柱の電灯がコンクリートに囲まれた住宅街の道を照らし出している。自然の景観を計算されて植えられた街路樹の葉が光を反射し、その分をぼんやりとだけ周囲を照らす。何より、天に輝く月の光が後から二人を追いすがってくる暗闇を遠ざけているような、そんな錯覚を覚える程でもあった。
「凄かったね」
「何が?」
「ほむらちゃんだよ。だって、私はびっくりし続けてあんまりしゃべれなかっただけなのに、皆の疑問や怖い所を直ぐに答えて、納得させてたもん。私もずっとそんなほむらちゃんの言葉に踊らされ続けて、ほむらちゃんが言うまでずっと話の全部が皆の為だって思いこんでて……」
「あなたは、持って生まれた優しさ。皆から言われるあなたの優しさについてどう思う?」
「え…優しさ?」
「そう。よく言われてるんじゃないかしら」
「……うん。でも、良く分かんないかな」
それもそうだ。優しい、とひとえに言われてもまどかはその優しさを自覚した事は無い。単に自分が見ているのが嫌だから行動しているのであって、それが結果的に優しいという印象に繋がっていただけだ。
だが、ほむらはその答えに満足していた。ほむらの感じるまどかの優しさとは、言われて驕るものでは無くその身に染みついた、他人を安心させる雰囲気そのもの。ソレがあるだけで、思い出すだけでも…過去何度、魔女となる直前に救われただろうか。
「……やっぱり、不安?」
「不安…かも」
「それじゃあ、また占いでもしてあげるわ」
「ホント?」
「ええ。あなたの為だもの」
そう言ってほむらは目を瞑る。前に考えたのは今後の展開の事で、それから導き出される結果を忠告とラッキーアイテムとして提示したが、今回ばかりは別だった。もう通用する未来は無いだろう。だからこそ、己の習慣で彼女が幸せになれるような選択肢を推す。
そこにほむらの幸せが無いのだとしても。
「そうね、忠告するのはやっぱりキュゥべえからの勧誘。それから、嵐の中での瓦礫にご用心。ラッキーパーソンはあなたの家族。魔法の事は言わなくていいけど、何度でも話し合って、それで家族で頷けるような未来を歩くと良いかもしれないわ」
「えっと…ぐ、具体的だね……」
「本当は占いと言うより私の願望。…さ、ついたわ」
夜も遅く、まどかの両親は連日の夜帰りに心配しているだろう。ほむらは、鹿目家のリビングから漏れる電灯の光を見ながらそう思った。
「ほむらちゃん……ありがとう。またね」
「ええ、また明日。まどか」
普通の友達のように、手を振って二人は別れる。
何気ないただの友達のように。
デッドスペース成分どこ行った、と言うぐらいの内容でしたね。
というか、もはや私達はこのまどマギの世界に凄惨な時を経験した大人が欲しかっただけなのかもしれません。どちらにせよまだ「クロスオーバー」としての種はまだまだ残してあるので、この先の希望に満ちあふれた「真っ黒な道」をお楽しみください!