技師の力は何が故に   作:マルペレ

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case11

 病院に顔を出した恭介はすぐさま個室に戻された。急速なまでの自己修復、そして「痕」として残り続かなければならない筈の抉れた手の損傷すらも完全に消え去った。その原因を探り、あわよくば治療法を確立させる病院側の思惑も作用しての結果であったが、いざこうなって見ると恭介にとっては全てがどうでもよかった。

 この街が危険にさらされている。魔女と言う脅威は自殺者の裏付けであり、ネクロモーフと言う動く死体はいついかなる時も増殖するために死体を探す。帰り際、さやかの話を聞く限りでは人を素体にした怪物しか出て来ていない様だが、これもよくあるゾンビ映画のお約束だ。それ以外の生物でも必ずネクロモーフ化するであろうと、恭介は疑っていなかった。用心に越したことは無いのであるから。

 

 そうして夜になり、時刻は深夜の零時を回る。暗くなった病院の心細い静寂が満ちる月夜を満喫して掌を翳していると、突如として覆った影と共に窓の外をノックする音が聞こえてきた。

 こんな地上から離れた場所に、一体誰が? などとは思わない。約束の人物が約束の時間通りに訪れただけである。

 

「ごめんね、こんな時間に」

「いいや、寒いだろう? 早く入りなよ」

「うん」

 

 一見コスプレ衣装に身を包んでいるとも言える幼馴染、美樹さやかその人である。

 不思議と見慣れない筈の非現実的な衣装は違和感を感じず、この剣士のような姿こそがさやかの魂の在り方を表している、と言った印象を受けた。さやかは敢えて魔法少女の変身を解かずに、恭介の病室に在った椅子に腰かける。

 

「音楽流しとく?」

「いや、流石に音漏れは無いだろうけど、夜に音楽流すのはマナー違反だと思うよ」

「それもそっか。じゃあ、いつもので」

「へぇ、持って来たんだ」

 

 にか、と笑みを浮かべたさやかがイヤホンと携帯音楽機器を取りだし、イヤホンの片方を恭介に渡す。この二人の間にだけ、オーケストラの荘厳な音楽が流れ始めた。

 此処の所ギスギスとした空気が続いていたからだろうか。しばらくの間、二人は目を閉じてその音楽に聞き入っていた。どちらが眠るという事も無く、偶然にも同時に目を開けて向かい合うと、自然に笑みがこぼれてくる。

 さやかの身を差し出した暴挙には、まだ恭介は理解が及んでいない。ただ、その身に受ける一心不乱の恋慕の気持ちには、この時漸く認めざるを得なかった。彼女が何を言うか分かっていながら、恭介は尋ねられずには居られなかった。

 

「それで、話って何かな?」

「えーっと……面と向かって言うのも何だけどさ。…その、あたし、アンタの事がさ」

「……僕が?」

「も…もう、意地悪言わないでよっ!」

 

 耐えきれず尋ね返した恭介は、そんな彼女の様子に心が温かくなるのを感じた。

 そうからかわれ、顔を真っ赤にして片手で顔を覆ったさやかは、それでも視線はしっかりと彼を見て言い放つ。

 

「……アンタが、好きなの」

 

 消え入るような声でも、その言葉は恭介の耳を打つ。同時に、ここまで彼女を追い詰める原因がやはり自分に在るのかと思うと自分の心が怒りに震えながらも冷えて行くのを感じた。どうして―――こんなことになってしまったんだろう、と。

 恭介は元来、ヴァイオリンに人生を投げうつつもりで趣味と実力を重ねて行った努力家だ。天性の才能を授かっているとはいえ、立場に甘んじることなく努力を続けて……事故に遭って失墜する。常にこの道程にはさやかと言う幼馴染が隣にいて、異性を認識するには十分なまでの年月を共に過ごしてきた。

 ずっとこのままの関係が続けば…なんて、心のどこかで思っていたそれは甘えだったのだろう。いつでも自分に優しい手を指し伸ばしてくれるさやかの事を、失墜の中でいつしか何でも自分の事を心配してくれる存在だと思い込んでいた。

 

 その結果が、これだ。

 彼女が伝えた気持ちは、嘘偽りない恋慕。己の人生を恭介と言う人間の為に、魂も肉体も同時に捧げるような形で告白する。この気持ちは裏切れない。こうして面と向かって言われたからには、彼女の事を全力で受け止めることこそが正解なのだと分かっている。

 だが、逆に言えば自分が彼女という人間につり合ってはいないと…そう、思う。

 

「……嬉しいな、僕はこんなにも思ってもらえていたんだから」

「恭介…なんで、涙が」

「ありがとう。僕は君に会えて本当に良かったんだって、今ようやく思えた。でも……だから君には僕は相応しくない」

 

 負の感情は、そのまま口をついて出て来てしまっていた。

 今となってはこんなに素晴らしい彼女を手放す選択肢を取る事はとても苦しい。この笑顔を、誰かに取られるなんて想像するだけで胸が張り裂けそうな思いだった。それでも、彼女はこんな場所で情けない自分を支えるために一生を捧げるだなんて勿体なさすぎる。

 自分のことばかり考えていた反動だろうか。今ばっかりは、彼女の為としか思う事が出来ない。

 

「……そっか。じゃあ、恭介はずっとあたしのことは幼馴染だって思ってる?」

「凄く…魅力的な人だと思っているさ。でも―――」

「じゃあさ!」

 

 顔を上げ、さやかは恭介の手を強く握った。勢いに押された恭介は押し倒される形で倒れ込んで、胸のあたりに温かな重みを感じることになる。

 

「ワルプルギスの夜を越えたら……もう一回告白する」

「さやか…?」

「恭介は自分の凄さに気付いてないしさ。だから、もっと気持ちが落ち着いてからもう一回、返事を聞かせて貰うから! 何であたしがアンタのことが好きなのかっていうの…考えておいて欲しいな」

 

 抱きついていたさやかは恭介から離れ、窓枠に手を掛けた。

 去り際に一度も振り返る事はせず、恭介もまた、ベッドの上から起き上がることなく片腕を目の上に当てている。足に力をいれ、夜の空に跳び出す前に一言だけ、恭介の耳は愛しい女性の声を聞いた。

 

「こんな体だけど…愛してる」

 

 恭介は己の過去の中に、どっぷりと浸り始めた。

 

 

 

「まっどかー! また屋上で食べに行こっ。あと仁美も」

「わ、私はおまけ扱いですのね…うう、彼女達の禁断の愛の中には私は不要と言う事なのですわー!」

「そ、そんなことないよ! あ、待って力強いって仁美ちゃん」

 

 翌日の昼。さやかの能天気な声が教室に響いては他のクラスメートの雑談の中に溶け込んでいった。其方をちらりと見る復帰した生徒…恭介は彼女の元気そうな様子を人目収めると、質問攻めにされている状況の中でクラスメートたちのお祝いの声に一つ一つ受け答えして行く。

 結局のところ、現代技術では魔法少女の祈りによって生じた治癒は原因不明で終わり、これ以上息子をモルモットにされてはたまらないと思った恭介の父親が退院届けを出させたのが学校復帰の真実である。そんな彼の横には、病院生活で衰えた筋肉の補助として松葉杖が立て掛けられていた。

 

「さやかちゃん、いいの…?」

「うん。恭介には今度ちゃんと話すって約束したし」

 

 さやかの笑顔には迷いは無い。そうふるまう彼女に嘘を感じなかったまどかは、そっか。と言って笑みを返した。それによって再び暴走し始めた仁美を二人掛かりで抑え込みながら、三人の姿は教室から屋上へと移る。

 あれだけの真実を受け止めてなお、微笑ましい日常を送るさやかの精神力はかつて「彼女」が知る限りでは有り得ない。これは、願いの恋慕に至り、なおかつ早急に自分の気持ちに気付いたからなのだろうかと「歴史」を知る少女は息をついた。黒い髪をなびかせながら立ち上がり、携帯電話を取り出してはメールする。

 メールが終わった瞬間、まだ転校生という物珍しい肩書が気になって集まってくるクラスメート達の姿が目に入った。

 

「いまのアイザックって誰? もしかして、ボーイフレンドだったりするのぉー!?」

「え、暁美さん彼氏いたんだ。くぅ、私狙ってたのにぃ~」

「そう言うのじゃないわ。アイザックは私の生活補助に来てくれたの」

「あ……そうだったね、暁美さんって一人暮らしだったっけ」

「そう言う事。それからアナタ? 私にはそんな趣味は無いからね」

 

 クス、と笑いながらクラスに溶け込む日がこようとは。真実を知らない者達に囲まれ、そう言った対応をしざるを得ない状況であるものの、ほむらは今までの自分とはかなり違う現状に対して新たな可能性を見出し始めていた。

 もう一体何度繰り返し、まどかを契約させてしまって、自分だけが過去に逃げ伸びていた事か。数えるのも億劫になる程の失敗を重ね、新たなネクロモーフと言う脅威の現出と共に現れたアイザック。この男の存在が、この男の僅かな言葉がこれほどまでに大きな影響を与え、今のところは理想の展開に進んでくれている。バタフライ効果ならぬアイザック効果、信じざるを得ないわね。そんな事を思って、そのアイザック効果の被害者である上条恭介を横目で見た。

 彼の笑顔が目に入って、同時に自分と同じく悩みの底にいる目の暗さが見て取れる。

 まだ波乱は終わっていないと再確認し、これまで唯一接触の無かった魔法少女――佐倉杏子という最後のピースはどう動くのかを考え始めた。

 

 

 

 アイザック・クラークにとって500年前の地球での朝は早い。

 ほむらが起きるよりも早く起床し、武器としても使える工具の点検で轟音を鳴らしながらほむらを叩き起こすのだ。それでいい加減に、と言う小言を聞き流しながらスーツの整備を整え、同居人の彼女と共に家の玄関を出る。

 住宅街の裏道を縫って出た先には、廃工場や廃ビルが立ち並ぶ無人の薄暗い立ち入り禁止区域。そこでネクロモーフの生き残りや、場所としての執着が集まり易い廃工場を中心に孵化前のグリーフシード探しを兼ねた素材漁りを開始するのである。

 

「……私が持ちこんだネクロモーフだけは…あれだけはこの世に存在してはならないっ…! しかし、前のミキとの戦いで全て狩りつくしてしまったか? いつもは一匹ぐらいは見かけるが」

 

 閑散としたのもので、カラッと乾いた埃だらけのビルばかり。落ちていたガラクタの類を組み合わせ、簡単な清掃用ボット(現実のル○バの性能よりさらに上)などで一度訪れた場所のマークをしているが、それらからの信号も発せられてこない。

 単純な動力復旧やシステム再始動などは配線の位置を把握し、少しいじる程度で十分過ぎる程に直せるエンジニアならではの技術はこう言う地道な作業に有効活用されている。ガラクタの寄せ集めでしかない為この世界の者にも十分再現可能であろう。

 

「ニコル……だがやはり、君は」

 

 自分でも、かつての恋人は死んでいるのだと分かっていたのだろう。石村の脱出の際、道中に綴っていたレポートをほむらの家で読み返している時に気付いた。己のレポートのタイトルの頭文字を全て組み合わせると、[N I C O L E I S D E A D]――ニコルは死んでいる。ああ、これを皮肉と言わずして何と言うべきであろうか。それを理解した瞬間、地球政府に提出しようと思っていたレポートを消去した。

 忌まわしい記憶だ。幻覚か、はたまたネクロモーフなのは分からない。だが、真実はこの世界に自分が降り立った事で、本来有り得る筈の無いマーカーの産物、怪物たちを此方にはなってしまったという事だ。

 この世界で死に、ネクロモーフとされた者達であっても後悔を抱く暇すら無い。目の前で怪物と化したマーサー博士の様に、無情にかつ非道な精神で罪も無い人間だったモノを粉砕しなければならないのだ。

 その責を多少なりともほむらやさやかに背負わせているアイザックは、己の馬鹿さ加減に嘲笑を送った。戦う覚悟などと、自分が言える言葉では無い。ケンドラの思惑に乗せられ、目の前で共に生き残ろうとしたハモンドを失い、人の言葉で流されるまま悲劇の中を踊って来た己がどうして戦いを教えるなどと言える?

 あまつさえは、恋人の幻影に未だ囚われ続けている己など。

 

「ここにはマーカーは存在しない…そうだ、それでいい。あの忌々しい赤い(・・)双角の建造物はないんだ」

 

 もっとも、自分には見えないキュゥべえとやらの言葉を信じるならば、と言う前提だ。

 ほむらの話しでは、7回目の逆行の際にキュゥべえ達インキュベーターは人類史の初めから存在し、人類の科学技術の発展の裏には魔法少女となった者たちの願いの名残が染みついているのだという。それ故に、己が知る歴史よりも幾ばくかは技術の進歩がこの見滝原で見られているのだと信じられた。

 だが、それだけだ。ほむらが言うのであれば、人類は力を持った気でいるお山の大将。その周囲を動物園の檻が囲っている事など知らない、広大な「保護区」の中で息をしている種族と言う事になっている。

 正直、そんな家畜のような扱いは御免被る。まるでネクロモーフを生みだす為、人類がたったそれだけの為に育てられたようではないか。だから、自分はもう嫌気が差す怪物どもに向かってもう一度引き金を引く。青白い光は神の裁きなのだと言い聞かせて、己にしがらむ数多の障害を排除するために。

 

 気付けば、器用なことに探索をしながら考え事にふけっていたらしい。

 未練がましいものだと、すっかり暗くなった夜の街を見下ろしていた。廃工場の鉄骨の上に座り込み、スーツの視界から送られる情報の数々を検証しながら深く息をついた。

 

「あとは、此処だけか」

 

 足元に在る看板を見れば、ここはまだ新しい。つい最近、発展競争に敗れて潰れたばかりの工場立ち入り禁止の張り紙が自己主張しているようだった。それと同時に、何故か暗い気分に沈められる己の身が非常に恨めしい。

 そこまで考えて、また負の感情に囚われている事に気付く。アイザック・クラークはここまで悲観的だったであろうか? そう聞かれれば、否と答えよう。今自分の精神状態が不安定なのは恐らく、USG石村での深い禍根の念が己の中に渦巻いているからにすぎない。

 

「む、アレは―――カナメ?」

 ――駄目…こっちに行ったらだめぇぇ!

 

 もう少し探索を続けよう。そう思って立ち上がった所、聞き覚えのある声を彼の耳が拾った。足元の工場にぞろぞろと入って行く集団の最後尾に、同じ制服を着た女子を引きとめようとするまどかの姿があったのだ。

 アイザックに気付くことなく彼らは工場の中に入ってしまったが、アイザックは趣味の悪い一体化論信者(ユニトロジスト)の奇行が頭の中に浮かんできた。余りに突然の事で呆けてしまっていたが、アイザックが動きだす前に一筋の青い閃光が工場の扉をぶち破って入って行った。

 

「…嫌な予感がするな」

 

 RIGの収納領域からプラズマカッターを取り出すエンジニアの背後には、喉元をうならせた獣が潜んでいた。

 

 

 

 どうしてこうなっているのだろう。

 きっかけは、確か魔女のくちずけを施されていた仁美を追いかけたことから始まっていた。まどかはそんな事を思いながら、淡々と進められていくネガティブな人間達の奇行に恐怖を覚えていた。

 何とかしなくてはならないと思いつつも、恐らく魔女に操られた人間達が発するその剣幕は恐ろしいものがある。大の大人や健康そうな体つきをしたスポーツマン達もいることから、単なる中学生に過ぎない自分ではこの場を力づくで押さえつけることなど出来ないであろう。でも、何とかしなくては。

 

「ほら、まどかさん。あと少しで私達は解放された世界へ逝けるのです……」

「え」

 

 操られた仁美の言葉で我に帰る。

 葛藤するまどかの眼前で、操られた集団催眠自殺志願者の者たちは最も早く、最も近隣に迷惑を残し、最も楽に逝ける手短な方法―――洗剤を混ぜた塩素ガスの発生による自殺を図ろうとしていたのだ。

 このままでは魔女の魔の手から逃れるどころか、自分諸共死んでしまう。死への恐怖へ追い立てられた体は、自然に動いていた。勢いよく飛び出した事でひるんでいる狂人達の手からバケツを奪い取ると、窓に向かって思いっきり投げ捨てた。ガラスを割って外に撒き散らかされる洗剤は環境に毒だろうが、ともかくこれで一時的な危機は去った。

 安心したまどかは息を切らせたまま後ろを振り返り、絶望に落とされることになる。

 

「……邪魔、したな?」

 

 そうだ。この人たちは集団で魔女に操られている。その自殺の邪魔をした自分は、真っ先に捕えられて殺されるか、はたまた自殺に巻き込まれて死ぬことになるだろう。

 何かと状況判断の早いまどかは現状を認識するが、それだけだ。密室だけあって入口には鍵は掛けられているし、窓を昇り切る間に足を掴まれてしまう事だろう。そうなると、近くに在るドアに逃げ込むしか手は無い。

 どうして私がこんな目に。そんな事を思うが、元はと言えば魔法少女であるさやかやほむらに連絡していないことが裏目に出ているのだ。しかし、まだ続くと思われたまどかの危機は呆気なく救いの手が伸ばされることになる。

 

「たぁぁのぉぉぉ……もぉぉぉぉぉぉっ!!」

 

 鍵がかけられているドアに切れ込みが入り、そこから欠片を吹き飛ばしながら白銀に輝く両手剣を持ったさやかが突撃してくる。突然現れた異様な存在に犇めいた集団の頭上を飛び越えながら、さやかは魔法で人々を昏睡させていった。

 この世界の魔法少女と言うと、固有の能力に目が行きがちだが、一応秘匿を優先とした精神作用のある魔法はデフォルトである。魔法少女の祈りによってその辺りの才能も左右されるが、さやかはその限りでは無かったようだ。

 

「まどかは大丈夫?」

「あ、ありがとう……でもどうして分かったの?」

「キュゥべえがこの辺りに魔女がいるって言うからさ。…そりゃ、アイツの言うとおりに動くのは癪だけど、キュゥべえって嘘は言わないらしいじゃん? それで追ってみたら、まどかの姿があったからすぐに来たってワケ」

 

 両手剣を肩に当てて快活な笑みを浮かべる。いつも通りの美樹さやかがそこにいることを確認すると、まどかは張り詰めていた緊張を一気に解いてその場に崩れ落ちてしまった。その目の淵に涙が溜っているのは、御愛嬌と言ったところだろう。

 

「良かったぁ……」

「まどかはこの人たち見ておいてくれる? 多分目が覚めないとは思うけど、今から魔女と戦ってる間に起きて自殺されないようにしないと。なるべく早く倒してくるから!」

「あ、うん。頑張ってねさやかちゃん!」

「はっはっはー。狸の船に乗ったつもりでまっかせなさーい」

「それって、泥船なんじゃ……」

 

 さやかはまどかの近くにあったドアの中を開くと、剣を握りこんでその中に突入する。直後に彼女の陽気な気配が消えた事を感じたまどかは、さやかが結界の中に入ったんだという事に気がついた。

 ほっと息をついて、死屍累々と気絶している人たちを見渡しても、起き上がる気配は一切見えない。間に合ってよかった、と知人の仁美が巻き込まれていることからも強い安堵の息を吐いたまどかは、その直後に顔を青ざめさせることになった。

 

「……まどか…さん……?」

「あ、仁美ちゃん! よかった気がついて―――」

「よくも邪魔してくれましたわね……」

 

 まだ魔女は倒されていない。仁美の首筋に在る「しるし」が何よりの証拠。つまり、彼女はまだ全てを死に追い込もうとする洗脳から解放されていない。仁美はフラフラと立ち上がりながら、近くの人間が持っていたカッターナイフを手にキチキチと刃を捻りだした。

 工作用のカッターナイフの刃は錆びており、あれで切られればただ痛いだけでなく錆びた箇所が引っ掛かって尚更酷いことになるだろう。何か投げる物で対応しようとしたまどかは、近くには何もないことを再確認するばかりで何もすることはできなかった。

 

「一緒に、死にましょう…!」

「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 

 頭を抑え、その場に座り込む。閉じた目と耳は恐怖を抑えつけるため。

 ………あれ?

 

「……?」

 

 そおっと、瞼を開けて前を見る。

 そこには振り下ろされた仁美の手だけが映った。手だけ(・・・)だ。

 カッターナイフは…何処に行ったんだろう?

 

「ミキ一人に任せるわけにもいかないな。カナメ、大丈夫か?」

「あ…アイザックさん!」

「なんですの? アナタも私の邪魔をしに――」

 

 ガショガショとスーツの鉄板部分を鳴らして近寄ったアイザックは、仁美の目の前にフラッシュライトを当てる。途端にその光には何かしらの作用があったのか、仁美はその場に崩れ落ちるが頭から倒れ込む前に我に返ったまどかが彼女をキャッチ。

 まどかを襲う筈だったカッターナイフはしばらく空中に留まっていたが、アイザックが動かした方向に射出されると反対側の壁に当たって砕け散った。

 

「今のって、ビルから落ちる人を助けてた…」

「キネシスモジュールだ。私達エンジニアのほかに、暴動鎮圧にも警察隊などが使用している優れ物だな。一般人の武装解除にはもってこいと言う奴だ」

「あの、ありがとうございます。おかげで私も仁美ちゃんも怪我しないで済みました」

「いや、降りる場所を中々探せなかった私が悪い。だがタイミングとしては白馬の王子様と言ったところか、やれやれ、似合わないにも程がある」

 

 そう言うアイザックは、どちらかと言えばオイルにまみれた工夫様、と言った風貌。それ以前にエンジニアである筈の彼がこの様な戦闘を前提とした魔法少女達に戦力として協力している時点で最早エンジニアとは何だったのかと疑問を持ちたくなるが、それもこれも対人用ではなく全てが対物仕様の工具を武器として利用しているからなのだろう。

 それと同時に、さやかの入って行った部屋のノブが回され、魔法少女となったさやかが疲れたような、それでいてふっきれたような表情で出てきた。彼女の引きずる両手剣はぞんざいな扱いをされているにもかかわらず、曇一片無い白銀の輝きを保ったままだ。

 

「アイザックさん。来てたんだ」

「いつの間にか名前で呼ばれることが多いな……まあソレは良い。魔女は倒したんだな?」

「精神攻撃が主体だったし、しかも恭介のこと馬鹿にしたみたいな攻撃してきたからちょっと怒っちゃってねー…我を忘れて手こずっちゃった」

 

 あはは、と反省したように苦笑したさやかに、その精神攻撃の影響は無い様だと安心したまどかは今度こそ平穏な安堵の息を吐いた。さやかがこれ以上の魔力行使は勿体ないと変身を解けば、同時に寝ていた人たちが少しずつ起き上がり始め、ここはどこだ、なんて事をしようとしていたんだ、と正気に戻ったような発言が聞こえてくる。

 しかしこれで一見落着とは言えないらしい。この場にいるアイザックの姿は近未来的なスーツを着こなす異人のため、起き上がった者たちは警戒の色を見せ始めたのだ。

 この場をどうするべきか、上手い言い訳が浮かんでこない彼女のたちから一歩前に出たアイザックは、仕方ないなと言う言葉は呑み込み、彼らの説得に掛かった。

 

「皆起きたようでなによりだ」

「あ、アンタ何もんだよ…?」

「私は近年の自殺者防止の為に作られた特殊部隊の一人だ。ガス自殺などに巻き込まれないようにこの様な強化スーツ姿で申し訳ないが、聞いてほしい。どうやら君達は自殺するよう暗示に掛けられていたようでね、その暗示をかけた犯人は既に此方で確保したが……この場での事はなるべく公言しないでもらいたい。余計なトラブルには巻き込まれたくは無いだろう? では、此方は退散させて貰う。人質に取られていたこの少女達には犯人の言動などを聴取する必要があるのでな」

 

 そう言って、さっそうと歩いて行った彼の後を仁美を背負ったまどか達は慌てて追いかける。しばらくぽかんとその様子を見ていた被害者たちは、これ以上分けの分からない事態に巻き込まれてはたまらないと―――次の朝には、この場での記憶を一切なくしていた。

 

 

 

 

「アイザックさん、さっきの話って本当?」

「そんな馬鹿な事があってたまるか。私は一介のエンジニアだ」

「エンジニアって……じゃあネクロモーフって言う怪物と戦っていたのは」

「成り行きだ。流されるがままの社畜の性に従った結果に過ぎないさ」

「ふぅ~ん……そう言えば、アイザックさんの事ってあたしら何にも知らないよね」

 

 仁美を送り届けるため、人気の少ない夜の街を堂々と歩くアイザック達はそんな談笑で盛り上がっていた。そんな中、突如としてアイザックの携帯が音を出し始め、彼は少し待ってくれと言って携帯をメットの横に当てる。

 

≪アイザック、今日の報告がないみたいだけど≫

「アケミか。なに、ミキが魔女を一体倒した。真実を知っても十分戦ってくれたようだ」

「ほむらちゃんと話してるの?」

≪…まどかもそこにいるのね≫

「クラスメートがくちずけを受け、彼女を引きとめようと引きずられていったらしい。ネクロモーフは今のところ一体も見当たらない」

≪ああ、そう言えばハコの魔女は今日だっけ。この辺りはしっかり被ってるのね……≫

「おい、アケミ?」

≪ごめんなさい、とにかく無事だったのなら良かったわ。ちょっと話したい事もあるし、彼女達を送り届けたら巴マミのマンションまで来て頂戴。部屋の前で待ってるわ≫

「その場合私はどうやって―――切れたか。どうしていつも私の通信相手はこうも一方的に……いや、今更だな」

 

 疲れたように携帯をしまう。そんな彼がまだ何かしなければならないと分かったのか、さやかはまどかの事は任せといて、と無い胸を張って言いはなった。

 

「こちとら魔法少女だし、ネクロモーフの対処も分かってるから大丈夫。まどかの家まで送り届けておけばいいよね?」

「そうか。大人としては君に任せきるのも少々後ろめたいな」

「大丈夫です、アイザックさん。さやかちゃん本当に強くなってるみたいですから、ね?」

「そのとーり。ここは私に任せて先に行ってよ。また明日会えるからさ」

 

 自信満々な彼女達は、このような世界の命運をかけたワルプルギスが近付いているとは思えない程に気丈な心を持っていた。その辺りを見習いたいものだな、と苦笑した彼は二人から離れ、マミのマンションに向かって歩みを進める。

 いつだっただろうか、まどかはほむらと二人で帰った時の様にさやかが隣にいる事で強い安心を得ていた。

 

「アイザックさんも忙しいんだね。私、何もできなかったな」

「何言ってるのさ。まどかがあのガラス突き破って出てきたバケツ放り投げないと皆死んじゃうところだったんでしょ? 私が入ったのはその数秒後だったし間に合わなくなる所だったじゃん。私みたいに魔法って言う縋れる力も無いのにさ、ホント羨ましい位に勇気あるよ、まどかは」

「羨ましい…? そう、かな」

「そうだって。じゃないとあたしが親友やってる訳ないじゃん。誰かを羨んだり、それでも平等に付き合って長くいてくれるのが親友だしさ。素直にこう言える仲だって……あーなんだろ、言ってて恥ずかしくなってきた」

「あ、あははは…さやかちゃんらしいね。でも安心しちゃったな。さやかちゃんが魔法少女になったら、凄く強く見えたけど…本当はあんまり変わってないから。私が知らないさやかちゃんに変わったりしなくって、本当に良かったって思うんだ」

「もう可愛い事言っちゃって! このこのぉ~」

「い、いたた…さやかちゃんすっごく力強くなってるって!」

 

 そんな二人の帰り路ももう終わり。まどかの家が見えてきた。

 またね、と手を振って別れたまどかは家に戻り、さやかは誰もいないことを確認して魔法少女に変身。さっき手に入れたグリーフシードを勿体なくも使いながら、楽して家の屋根を飛び跳ねて帰って行く。

 まどかの姿が扉の中に消える直前、白い生物は尻尾を揺らして忍びよっていた。

 

 

 

 

「巴さん、入っても良いかしら?」

「あら。暁美さんとアイザックさん? こんな夜に…まぁ上がってちょうだい」

「失礼する」

「お邪魔するわ」

 

 巴家に訪れた二人は、マミの案内でリビングに通された。アイザックはメット部分を収納すると、いつものスタイルで家の壁に腰かけて座った。マミのアンティークな家具は彼の装備の重みで傷がついてしまうが為の配慮なのだろう。

 

「それで、どうしてここに? 勉強でも教わりに来たのかしら。それとも、貴女が言っていた最後の真実ってやつを教えに来てくれたの?」

「残念ながらそっちじゃないわ。早速だけど、本題に入らせてもらうわね」

「いつもながらに寄り道しないわね。暁美さん、もうちょっと余裕持って見ればいいじゃない」

「あなたはもう少し真剣みを帯びた方がいいと思うわ。…それはともかく」

 

 一息置いて、ほむらは視線をマミに合わせた。

 

「アナタ、これから戦えるのかしら」

 




今回多めに影置いてみました。
上に乗ったら吹き飛ばされてバラバラになります。はい、デッドスペースのお馴染みステージギミックです。何度あれで死んだことか……
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