技師の力は何が故に   作:幻想の投影物

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   ☣WARNING☣


case13 Emergency!

 とある化け物の話をしよう。

 かれこれネクロモーフと言う化け物は死体を素体として誕生し、素体となるものは人類以外にも動物の犬や、果てには我々の視点で言う人型宇宙人という相手すら例外ではない。事実それに遭遇してきたアイザック・クラークという人物がこの幕間の物語を越えた未来で遭遇し、宇宙へ訪れる死への足音を遠ざけるに至っている。その未来の多くを語るには、余りにもこの場では長くなりすぎるので割愛するとしよう。

 さて――――では、その相対する敵としてネクロモーフがいるのは周知の事実。アイザックと言う男は、人間にしては既に全盛期の年齢も過ぎただろうに、これまでの経験と類稀なる狂気に蝕まれた精神を何とか取り繕いながら戦い数多のネクロモーフに勝利を収めてきた。四肢を削り取り、時にはその体ごと破壊することで物言わぬ屍へと変えて来たのである。そんなアイザックにも、決して倒せない特殊なネクロモーフと言うのは存在した事はご存じだろうか?

 我々の言葉で言い表すなら、「狩人《Hunter》」と呼称されているそれは、マーサーという狂気(ユニトロジー)に取りつかれた一人の科学者の手によって生み出された。四肢を削り取ろうとも、バラバラにしてやっても、踏み砕いても、その体はずるずると元の体を求め合い、肉片や体液の全てを元の形に戻そうとする……人間の学者が見聞するならば、実に羨ましい限りの再生力を持つ個体だ。しかしそれは明確な理性のない化け物として、執拗に我々を殺そうと追ってくるなら? ―――言いようも無い「モンスター」だと、全ての人間は認識する事だろう。

 アイザックはそんな化け物を、何度も退けてきた。最終的には一体を氷の彫像へ変え、一体を灼熱の炎で細胞ごと焼却処分することでその不死身の化け物を葬る事ができた。幾ら動く死体と言えど、その動かす元である細胞そのものを死滅させる行為は有効だったと言うのが、アイザックにとって第一の幸運だったのかもしれない。

 

 そんな狩人の存在こそが、この章で言うべき問題だった。

 一体は氷の彫像に、一体炎の燻製に。さて、気付いたであろうか? 狩人《Hunter》と銘打たれた人造改良ネクロモーフのうち、一体は確実に死んでいない(・・・・・・・)ことに。

 惑星採掘艦USG石村(Ishimura)は崩壊こそしていないものの形を保ち続けていた。未来の建造物とは凄まじいもので、その動力すら廃棄されて十年以上全く問題なく動き続けている。そのシステムに異常が生じない限りは、の話だが。そうした万全のシステムだが、所詮は人の作りだした物体。とある惑星から宇宙にまで振動を与える程のエネルギーを間近で受けてしまえば、どこかに異常は発生してしまうと言う事らしい。

 狩人を凍らせていた凍結装置は異常を起こし、中に眠っている最悪の化身を目覚めさせてしまった。狩人は執拗に生物を殺そうと、その鎌の様な両腕を振り上げてアイザックの生命反応を感知する。最後に脱出しようとしていた彼の船を見つけ、宇宙空間を越えてまで彼の乗った小型艦に潜みついた。そして気付けば―――名も知らぬ見滝原市(新天地)に訪れたと言う訳だ。

 まず狩人は、いつの間にか現れた同族を効率よく増やす為の構造に特化したインフェクターの影に隠れて細かな殺人を繰り返していた。狩人にとって幸いにも見滝原では魔女の存在もあって、魔女の誘い込んだ「手遅れな人間」を次々と狩り続ける事が可能だった。名も知らぬ別の化け物に罪をかぶせながら、黙々と着々と殺した相手と接触した箇所からネクロモーフの細胞を擦り込ませ、新たな同族を増やしていったのだ。

 

「ここもか……」

 

 そんな充実した毎日を送っていた狩人の前に、あのアイザックが現れた。もちろん知性など欠片も持ち合せていないスラッシャーはアイザックの事を覚えておらず、いつも通りに殺す人間の一人だと判断して他の周囲をうろついていた新しい同族達と共に襲いかかった。結果は、同族は全て四肢を切断され、狩人もその場で流れ弾に当たって纏めて葬られると言う呆気ない決着。復活しないように同族を踏み潰して行くアイザックの足裏を見て、狩人はその時まで保っていた生物としての意識を黒く染めることになる。

 次に目覚めたときには、同族達の死体に紛れて復活した自分の姿があった。アイザックとしては目立たない場所でネクロモーフが群れていたので自然分解に任せようと言った魂胆だったのだろうが、その時に狩人の存在を認識していなかったのが運のつきと言ったところか。狩人は、その時に既に形を変えている事にすら気付かなかった。

 アイザックは何かと不祥事を起こすメンバーに恵まれていたせいか、そう言う体質を少しばかり受け継いでしまったのかもしれない。狩人の変貌は、ネクロモーフとしては当たり前で人間としては最悪の結界になっている事に気付かなかったのだから。

 

 狩人は、低くうなりを上げてネオンの光に包まれた市街地の闇を歩きまわっている。その存在はまだ、誰にも知られることは無い。

 

 

 

 佐倉杏子との初接触の後、精神的にも疲労したマミを伴ったさやかがメンバーの元に戻って来ていた。元々この会合が開かれた時間が放課後と言う事もあってか、それなりに時間が経っていて夜の闇を晴らす程度に街灯の光が灯り始めている。家柄も富豪と呼ばれるほどにはいい暮らしを過ごしている恭介と仁美の二人の場合は、もう帰らなくてはならないらしい。

 

「とにかく、父さんに今までの分を含めて直談判しておくよ。さやかとクラークさんが戦ってた時の写真も部下に撮らせてあるし、それを前面に出して話をつけておく」

「わたくしも暁美さんの仰った方向でお父様に報告しておきますわ。警察などの大人ではなく、貴方たちにしか解決できないという点が非常に心苦しいですが……それでも、任せるしかないのなら、わたくしも腹を括りましょう」

「ありがとう、二人とも。志筑さんは随分と男らしいのね」

「そうでなければお二方との親交は深められませんわ」

 

 優雅に微笑み、仁美はいち早く路地裏を通った表通りに戻って行った。既に車を待機させているとのことなので彼女にそうそう危険はないだろう。

 

「クラークさん」

「どうしたカミジョウ」

「ネクロモーフにも、僕達の時代の武器は通用しないんですか?」

「…残念ながらな。私の時代にあるプラズマ技術の結晶ですら、奴らの手足をもぐには多少の手間がかかる。この時代の重火器では威力の高い爆弾でない限り、奴らの体に多少のへこみを作るだけだろうさ」

「そんなあなたの時代でしか通用しない威力が出せるのは、私達魔法少女の魔法ってことになるのね。厄介なことだわ、本当に」

「まったくもって同感だ。そもそも、地球外の生物は私たちの時代ですら仮説に過ぎなかった。そんな時に現れたのが動かされる死体とは、よほど人間とは罪深き生き物だと痛感した程だ」

 

 もっとも、アイザックが神に恨みをぶつけたのは一度や二度では無い。崩壊する建造物に巻き込まれそうになったり、更にはその状況下でネクロモーフが襲ってきたり、宇宙に放り出されそうなハプニングが幾度も訪れたりと問題解決のロジックパズルを彷彿とさせる様なほど、連鎖的に問題が発生している。宇宙一不幸な男と銘打てば、アイザックはどこか呆れながらも侮蔑の言葉を撒き散らす態度を見せるかもしれない。

 

「もっとも、こっちの時代も宇宙人は碌なものじゃなかったけどねー」

「えっと……さやかちゃん、それもしかしてキュゥべえのこと?」

「アタリ。アイツらの目的は宇宙にエネルギーだっけ? ワケ分かんないけど、感情すら無い奴が問題解決に赴く事がまず変なんだよねぇ。胡散臭いったらありゃしないよ」

「あはは…さやか、それじゃあまた明日無事に会おう。僕もこの辺りで失礼するよ」

「ん。またね、恭介」

「例の件、ちゃんとお願いね」

「分かっているさ」

 

 恭介も離れて行き、さやかはマミを連れてまどかと一緒に帰って行った。最後に残されたアイザックとほむらは互いを見合って頷くと、それぞれの武装を引っ張りだして闇の中へと身を沈めて行く。闇に浸る人間は最小限で十分。多少の自己犠牲精神の気がある二人は、今日も宵闇を泳ぐ回遊魚となる。

 

 

 

 上条恭介の一日は変貌した。そう語るのはかつてより上条家に使える使用人の言。

 病院から回復してきた将来有望な御子息は、ヴァイオリンを進めた教師に向かって「今はそんな事より重要な事がある」と言って直属の――しかも裏に通じた――部下へとある命令を下していた。前よりもずっと人を使う事に遠慮やよそよそしさが無くなった姿は立派だが、上条家の両親は息子のその姿に焦りを覚える。

 そう、ヴァイオリンについて触れる事が最小限になったのだ。退院してまだ二日程度。その程度ならばと普通の家庭は言うだろうが、入院前の恭介は取り憑かれたように上を目指した天才ヴァイオリニストの道を歩んでいた希望の星。両親もさぞや鼻が高かろうその姿が、今となっては豹変染みていることがどうしようもなく不安になっている。

 そうした日々の中で、遂に真実を明かされる時が来た。その日の夜、晩餐を囲んでいる中で恭介がした発言にそれはある。

 

「父さん、この後なるべく使用人全員を集めて父さんたちにも集まってもらえる?」

「…ん、遂にやる気を出したのか?」

「多分、父さんが望む事じゃないかもしれないけど……大事なことなんだ」

「分かった。母さんも今夜時間は取れているな?」

「ええ。息子の真剣な話みたいだし、それに使用人も集めるなんてよっぽどよ。聞かないなんて選択肢は無いわ」

 

 こうした一連の出来事から、一番の大部屋に総勢数十名の使用人と上条家の者が集まることになった。深夜というにはまだ早い時間、恭介は一人の上条家に仕える部下を連れて父親の前に訪れる。

 

「まず、これを見て欲しいんだ」

「これは……む!?」

「どうしたのあなた」

「待てっ! オマエはまだ見るな」

 

 最初は、特徴的な青色の髪色から例の「美樹さやか」に関する出来事かと思った。しかしそんな考えは渡された写真を見た瞬間に吹き飛ばされる。そこには、不思議な衣装に身を包んだ息子の幼馴染が大剣を以って必死な形相で化け物を切り刻んでいる姿があったのだから。

 

「恭介……これは、どう言う事だ!?」

「見ての通りだよ父さん。この街で行方不明者が一気に増えたことは分かっていると思う。僕は、その真実をさやか達から教えて貰った。この街には今、それに映ってる化け物がうろついているんだ」

「合成かなんかだろう? おい、オマエも息子の冗談に乗る様な真似は――」

「それはありえません。私は、この目でご友人と近未来的な鎧に身を包んだ男が、この化け物どもと戦っている姿を見ていました」

 

 父親の熱が上がって混乱した声は信頼するその部下の声によって冷却される。

 とにもかくにも、冗談だと思いたい事実ばかりだ。その写真に写っていた化け物の腕だったと思わしき部分に、恭介の父が親しくしていた友人の物と同じブレスレッドがあった事もその原因。

 

「アイツが行方不明になった時はと思ったが……まさか、そんな嘘だろう…!」

「あなた、さっきから何の話を…」

「母さん、それに使用人の皆も……覚悟して欲しい。跡部さん、映像お願いします」

「分かりました」

 

 跡部、と呼ばれた上条家の部下の男は今度は映像を用意したスクリーンに映し出した。

 瞬間、スクリーンに映ったのは生々しい肉片と黒く酸化した血液のなれの果て。その中心で狂戦士のように剣を振るって雄たけびを上げるさやかの姿と、アンティークな衣装のさやかとは異色を喫した鎧の男(アイザック)が手に持った銃から光の線を化け物に浴びせている姿。映像でしかない筈なのに、人間の面影をどこか残しながら、絶対に特殊メイクでは不可能なレベルに体型が変質した化け物の姿はその場にいる全員に酷く衝撃を与えた。中にはあまりの惨状に耐えられず、口を抑えてうずくまる人間もいる。

 映像だけでこの惨状。直接見ていた跡部と言う名の部下は余程に精神が鍛えられていたから耐えられたのだろう。

 此処まで見せつけられてしまっては、恭介の父親も息子が何を言いたいかが分かる。この見滝原に住む物の中でも権力をそれなりに持つ上条家に、直々に動いて貰わねばならない事態なのだと。

 

「……跡部、仲間を集めて緘口令と避難勧告の申請を」

「父さん、その避難勧告は“スーパーセルの突発的な発生”も加えておいて欲しい。それから、協力者には志筑家も」

「…あの家から、教えて貰ったのか」

「正確には志筑さんも協力してくれてるだけで、当事者はさやかたちだよ。この怪物…ネクロモーフだけじゃなくて、魔女って言う化け物が集結していることもある。それにこの化け物は人間を殺しながら仲間を増やすから、力のない人間がいたらさやか達にこの街の人間を殺させるってことになるんだ」

「あの子が……まさか、一体何が起きていると言うんだ……」

 

 頭を抱えた父親は決して悪くは無い。この事実がこの世の中に伝わっていないことこそ異常な事態であり、キュゥべえたちインキュベーターの歴史を作って来た情報統制能力がそれを裏付けている。恐らくはこの事実も、インキュベーターが何かしらの手を施して「ワルプルギスの夜襲来」の後に有耶無耶にすることは間違いない、とはほむらの談。

 恭介はそのことに対して人間はなんて流されやすい生き物だと怒りを覚えたが、とにもかくにも目前の脅威に対しては最小限の被害で事態を収めなければならないのは事実。頭を抱え、唸る父親に対して、この場にいる全ての人間に対して更なる言葉を浴びせに掛かった。

 

「この死体の化け物たちはあの鎧の人…クラークさんが使っていたプラズマ兵器でも手間を取るし、完全に殺すには頭じゃなくて四肢を斬り取らないといけない。でも、現行の兵器じゃ絶対に勝てないとも聞かされました。だから、皆さんはなるべく見滝原にいる知人に逃げるように促してください。一人でも早く、この街から逃げないと死人は増える一方なんです」

「で、でも…さっきのアレが本当だとしたら、街の外にいる可能性だってあるんじゃないですか?」

 

 使用人の一人が言った可能性は全く正しい。だが、そこには恭介に従っていた跡部が前に出た。

 

「それはない。我々のメンバーで動いたところ、知能も無いこいつ等は他の街で見つかったとは聞いていない。見滝原では私の部下も何体か遭遇したそうだが、全てが廃棄処分になった廃ビルか何処かにいるとのことだ。既に街に監視の包囲網を張っているが、外に出た所は目撃されていない。この街から出さえすれば、安全だ」

「ありがとう、跡部さん」

 

 跡部はそれだけ言うと、恭介から新たな命令を聞いて足早に退室した。使用人たちの混乱は安全な場所があると知った事で、故郷に避難すると言う話にまで発展している。ざわざわと騒がしくなってきた大部屋の中、恭介の母親だけが当事者たる自分に近づいている事に気がついた。

 

「恭介、貴方は…貴方は、大丈夫なの?」

「うん。それと……最近はヴァイオリンのことに全然気が回らなくてゴメン」

「いいのよ。貴方は私たちに危険を知らせてくれたんだから。さやかちゃん達は、何をしてるの? あんなおっきな剣なんて、この街じゃ造れないし、買えないわよね」

「さやか達は魔法ってのを使ってる。僕の手が抉れた傷跡すら残さずに“元に戻った”のも、さやかの祈ってくれた魔法のおかげなんだ」

「あら……羨ましいけど、強いのね。さやかちゃんは」

「強いよ。本当に強くなったんだ、さやかは」

 

 母親の反応は嬉しそうに笑うだけだった。そのすぐ後、何とか思考の海から戻って来た父親が彼女に何かを伝え、頷いた彼女も使用人たちに部屋を移すと言って退室する。恐らく一番彼ら使用人と話している彼女に纏めさせようと言う考えがあったのだろう。

 父親と二人だけ残った恭介は、恐らく生まれて初めて真っ直ぐに父親と向かい合った。アイザック達の事を知って変に精神が変わったからだろうか、長らく生きてきた親の視線はとても重たいものに感じられる。

 

「恭介……俺は結構嬉しい。お前がこんなになるとは思ってなかったし、お前のことは正直、ヴァイオリンの事だけ優秀だと思ってた」

「ソレは酷いや。流石に傷ついたよ」

「すまんな。だけどこうしてハッキリ意見を言えるようになったのは本当に良いと思ってる。前のお前は何だか、教師や俺達の言葉に流されてばっかりだったみたいでな」

「事実だけどね。僕は僕のやりたい事を走ってたつもりだけど、怪我をしてからはすぐ近くにいてくれる幼馴染の事や父さんたちの事も忘れて悲劇の役者ぶってたんだ。本当に情けなくて涙と笑いが込み上げて来たよ」

「ふ、ははは……恭介、よく言ってくれたな。後は俺らに任せておけ」

 

 椅子に座っていた彼は、頬笑みを見せて恭介に応えようと電話のある場所へ走って行った。富豪と言っても、結局は現代に生きる一人の人間。恭介という息子を持った父親だ。

 

「何だか誇らしいよ父さん。父さんの息子ってことがさ」

 

 ひと仕事を終えた恭介は、慣れない事をしたせいで非常に疲れていた。

 とにかくは自分の部屋に帰還し、恭介は自分のベッドにばったりと寝転ぶ。

 

「ふぅ……」

 

 考えれば、非常に濃密な連日を送っている。病院からの退院を終え、さやかの姿を見かけてからはこの世界に存在する魔の側面を垣間見た。その後は現実の退院手続きや急速に手が元に戻ったことに対して解明を要求する人間の欲望を見せつけられ、後日には関係者を交えて会談後に「家族全員」への勧告。

 こんな濃密な人生が、一人の人間に訪れるものだろうか? そう思った瞬間、もっと波乱万丈を歩んでいるであろうさやかの事が思い浮かんだ。父親にも、魔法の事を言った母親にも伝えていない「魔法少女の真実」。凄惨な戦いを強いられる皮肉な運命を背負った彼女たちは、こんなぬるま湯に浸かっている自分達よりもずっと肉体的にも精神的にも疲労が酷い筈だ。だから、

 

「こんなところで寝ていられる暇は無いって?」

「うわっ、さやか!?」

「やっほ。何かこうして夜に来るとイケないことしてるみたいで味占めちゃってさー? あっはっは! ………うん、来ちゃった」

「なんて言うか、さやからしいや。麻薬とかみたいなのに引っ掛からないでくれよ?」

「既にそんなのより酷い悪徳商法に掛かっちゃってるからなぁ。お邪魔しまーす」

 

 窓から入って来たさやかは、魔法少女の変身を解くと今日の戦闘分、此処に来るまでの魔女狩り分で濁ったグリーフシードをソウルジェムに押し当てた。現在のマミとは違い、一片も黒い濁りが無い状態になった己の魂に満足気な声を上げると、使ったグリーフシードを窓の遥か彼方に投げるモーションをし、

 

「一番ピッチャー、美樹さやか…投げますッ!」

「ちょ、なにしてるんだよ」

 

 夜の街へブン投げる。

 さやかの魔法少女になってから強化された視界の中で、白く輝く奇妙な獣が背中でグリーフシードを受け止めた事を確認すると、さやかも疲れたように恭介のベッドを我が物顔で占領する。もふんっ、と衝撃を吸収する生地はさやかのような一般人では手も出せない高級感に溢れていた。

 

「あっちにキュゥべえいたからね。追い返す意味を込めてエネルギーって奴を回収させてやったの。あ~~~、さやかちゃんってばホント優しいよね」

「自分で言ってると世話ないよ」

「それもそっか」

「それで、何しに来たのさ?」

 

 告白はワルプルギスを乗り越えてから。なんて、世間一般で言う死亡フラグを盛大に打ち立てた相手はなははと笑ってごまかした。この様子では目的も何もなく、ただ恋した相手のいる場所に来たかっただけなのかもしれない。

 気楽で、気丈で、時には抑えられない感情を恭介の前で打ち明けた事もある幼馴染。そんな彼女はいつも通りのゴロゴロとしただらしない態度の中、恭介には少し綺麗に見えた。

 

「さやか、魔法少女になってからいいことあった?」

「それ聞いちゃう? デリカシーないったらもぉ。でもね、魔法少女の体って戦いが万全にしないといけないのと、ほむらが言う“自己回復”って言うあたしの能力のおかげでお肌の艶が最善で保たれてるんだよねー。お手入れしなくても十分だし、その手間が省けたのが一番かも」

「普通の女性は、そう言う手間暇の方を重視すると思うんだけどなぁ」

「その人はその人。あたしはあたしだよーん。…まぁ、恭介の前ならおめかししたいなって思う事はたくさんあるけどね?」

「えっ」

 

 気付けば、さやかはうつぶせの状態で此方を見上げている。少しだけ微笑んだ表情と、醸し出す雰囲気は今まで感じたことのないさやかの女らしさがある。先ほどまでの言動を忘れる様な、そんな魅力が感じられたのは確かだ。

 だが、恭介はそんな彼女を敢えて鼻で笑って見せた。

 

「ふふっ」

「あ、せっかくあたしが本気出して見たのに何その反応―!?」

「せっかくだけど、答えを出すのは約束した日だからね。さやかも僕を落とそうと必死みたいだけど、ちゃんと答えを待つって言ったからには待っていて欲しいなぁ」

「あーうん。そんなことだろーと思いましたぁ~……恭介ってば生真面目なんだから」

「それはともかく、今日も持ってきたのかい?」

「イエス! それじゃ、今日も聞いちゃいましょっか」

 

 イヤホンと再生機器を取りだした彼女に、恭介は満面の笑みを向けた。

 今宵もまた、慌ただしいプレリュードの中にマイペースな演奏者たちが二人。

 

 

 

 

 

 

 びた、びた、びた、びた、びた、びた、びた、びた、びた、びた、びた、びた、びた、びた、びた、びた、びた、びた、びた、びた、びた、びた、びた、びた、びた、びた、びた、びた、びた、びた、びた、びた、びた、びた、びた、びた、びた、びた、びた、びた、びた、びた、びた、びた、びた、びた、びた、びた、びた、びた、びた、びた、びた、びた。

 ――――ヴォォォォォォォォォォォオオオオオオオオォォォォォオオオォォォオォオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!

「ファック! クソッタレ共め!」

 

 固体でも気体でも液体でも無い、第四の光が化け物たちの群れに向かう。プラズマカッターでは切れない大きく頑丈な柱などを解体するために使われる工具「ラインガン」から放たれた青いプラズマが化け物たちの肢体を遍く切断し、上からは通常の切れ味から格段に強化された鉄の板が空を舞った。

 バラバラにされた化け物たちの肢体を踏みつけ、上半身だけになってもまだ動くネクロモーフには鋼鉄の右足をお見舞いするアイザック。スーツのヘッドライトから放たれる青色の光は無慈悲なまでに光り輝き、動く死体共を睨みつける。何の遠慮も無くストンピングされるネクロモーフは今度こそ動かぬ死体へと変貌し、残党はほむらの持つ鉄の塊が圧倒的な質量で叩き潰した。

 

「やっと殲滅ね」

「ああ。奴ら、やはり全滅などしていなかったか。忌々しい……」

 

 10体。つまり、また10人もの罪なき人間がこの場所で死したと言う事になる。その中にはあの赤子型のネクロモーフが居た所を見ると、家族連れか妊婦の被害者がいたのかもしれない。

 

「すまないアケミ。君の街を私が滅茶苦茶にしてしまった」

「過ぎたことだし、貴方は自分から来たんじゃなくていつの間にか事故に遭っただけでしょう? 悲観する事は無いわ。……こう言うのは不謹慎だけど、私がもう一度“繰り返せば”被害者もゼロに戻るから」

「させないさ。こいつ等を殺した罪は君達だけに背負わせるつもりはない」

「男らしい事で」

「そうでも無ければ正気が保てん。何故Markerすら此処には無くとも動いているのかが不思議でならないが」

「まったくもって、前半には同意。後半に関しては敢えてノーコメントで」

 

 同意したほむらは、肩に立て掛けていた銃の引き金をそのまま引くと、後方に迫っていたネクロモーフの腹に銃弾を撃ち込んだ。そして一瞬ひるんだ化け物の無防備に広がった手足に、四つのプラズマ線が縦に奔る。正確に四肢を斬り落とされたネクロモーフは甲高い耳障りな声を上げて地に伏した。

 

「11体目。見滝原は開発途中都市だから、物珍しさ目当てで来た旅行者も多い。特にアレは、肉に埋もれたカバンからして旅行者でしょうね」

「……ドクター・マーサーのような輩なら殺すにも躊躇わないが、こうして見ると私たちは随分と残酷だな。そうでなければ生き残れない現状が恨めしいよ」

「話だと自分からネクロモーフになろうとした科学者だったかしら。こんな死体になった所で、何が楽しいんだか分からないわ」

「ユニトロジー、という所の信者だった筈だ。地球にいた頃からいつの間にかあった宗教だが、Markerが関係していると知った時は驚いたものだ」

「ああ、新興宗教の信者ってこと? それなら納得。自分を嘆いて変に宗教に嵌った奴なんて碌な目に遭わないでしょうけど……って、ちょっと待って、ユニトロジー? それってどういう意味だったかしら」

 

 ほむらの疑問に、返り血の処理をしていたアイザックはそのまま何気なく答えた。

 

「一体化論。私の母もユニトロジーになってしまっていてな、家財を売り払った挙句に中間程の位は得たようだ。教義内容はあまり知らないが、錯乱したように盲信する母から聞いた言葉を真面目に捉えるなら“死を始まりとし、全てと一つになる事で救いが得られる。共同体は素晴らしい!”らしいな。始まりが死の時点で胡散臭いが、もう私はその母とは縁を切ったよ」

「脚色に関してはともかく……死んで、一つになる? それって―――なんて偶然」

 

 立ちつくしたほむらは、不意にそんな事を言った。

 それはアイザックには関係ないと思って言っていなかった、「魔女化したまどか」が齎すワルプルギス以上の被害のこと。世界全土、いや宇宙一帯にすら被害を及ぼす魔女となる、とはまどか達に伝えているが、それ以上の事は死ぬことと同義と考え教えていなかった。

 

「アイザック、多分それ、マーカーってものを起点として発生した宗教よね?」

「ああ。カイン博士の説明や所々のログを見た事があるが、覚えている限りはそうだったはずだ。まさか家族の人生をめちゃくちゃにしたばかりか恋人すら奪って行くとは思わなかったが」

 

 忌々しいと再度呟いたアイザックの表情は、今はヘルメットの下に隠されて見えない。近未来的なヒーロー像を意識した様なエンジニアスーツに包まれた男は、どこまでも悲痛な運命をこれからも歩かされる男でしかないのだ。

 アイザックの思い出したくも無い記憶を掘り返したことは申し訳ないが、キュゥべえの「地球にはMarkerは無い」という発言も気になって、ほむらは言わずにはいられなかった。

 

「……実はね、まどかが魔女になった時…彼女は地球の全ての生命を吸い尽して、彼女の中にある天国に連れ込む事で一つとなって救済する。そんな存在になるのよ」

「……共通点、か? 気にすることは無いだろう。元より世界が違う」

「でも、何か引っかかるのよ。喉に小骨が刺さった様な感じ」

「それは随分とキーワード感に溢れた―――アケミ!」

「ッ!?」

 

 アイザックの叫びにその場から飛び上がると、ほむらは血肉に濡れた鋭い爪からの攻撃をかわすことに成功した。直後にラインガンを向けたアイザックが闇夜から現れたネクロモーフにプラズマを発射すると、伸ばされた手足からプラズマで焼き切られ、ネクロモーフの両手が上半身と共に吹き飛ばされる。

 だが、アイザックはそれで安心する事など出来ない。このネクロモーフはトラウマを掘り返す最悪の存在だ。現存する携行兵器では倒すことはできても殺すことはできず、魔法少女で言うならマミのような範囲消滅型の攻撃しか通用しない相手。

 

「あのクソドクターの忘れ形見だ! アケミ、ここは一旦引くぞ」

「何を言ってるの!?」

「ヤツは不死身の怪物(リヴァイバルクリーチャー)。ダイヤモンドを蒸発させる高熱が無ければヤツを殺しきるのは不可能だッ! Shit(クソが)!」

「そんな……え、嘘」

「どうし―――

 

 二人の声は、路地裏から消える。

 後にはそこに浮かぶ二つの爪を交差させたような魔法陣が絶望の証として残るだけ。

 




Self destruct system has been activated.
All personal evacuate immediately.

この警告は見滝原には届きません。

Fear and despair fuse.






アメリカ語(笑)発動。スペルが合っているかは未確認。
そういうことで、絶望つくってみました。お味はいかがでしょうか?
内容だけではなく、私達の書き方(描写の仕方)などにご意見などありましたら気兼ねなく感想欄にどうぞ。参考にして文章力向上の経験値にさせて頂きます。(←自信の無い奴らの言い訳

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