技師の力は何が故に   作:幻想の投影物

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注意。今回はデッドスペース3のネタバレが含まれています。
ただし、アイザックさんは無印の直後です。


case17

≪――繰り返します。見滝原及び近隣の住人の皆さまは本日より緊急退去をお願いします。スパーセルの到来は一週間後と予想されており……≫

 

 避難勧告が一定の時刻に定期的にならされている。しかし、既にここ4日の間に見滝原は避難勧告が続いていたため、既にこの町に残っているのは僅か数人の「事情」を知る者のみとなっていた。その放送を聞いて、河川敷で寝そべっていた一人の少女がむくりと起き上がったりもしているが彼女もまた特別な存在であるので問題は無い。

 その日の朝は遂にまどか含めた鹿目一家が避難する日となっており、街は住人の代わりにスパーセルへの恐ろしさが町中に負の思念となって固まり、いくつかのグリーフシードを形作っている。魔法少女であるさやかとマミがそれらの掃討に当たっているため、鹿目家を見送る魔法少女はほむらだけが残っている状態だった。その隣には、件のエンジニアスーツを着用したアイザックも連れ添っている。

 

「ほむらちゃん、頑張って。絶対に生きて帰って来てね」

「大丈夫よ。今までになく最高のコンディションだから、ワルプルギスには負ける事なんて無い。それに上条・志筑両家には無理を言って各種兵器を貰って来たから準備も万端。負ける要素なんて―――無いわ」

 

 その言葉と共に、マミから別れ際に手渡された黄色のリボンをまどかに渡す。

 

「これって…」

「巴さんから貰ったの。私の占い、覚えてる?」

「…ラッキーアイテムは、黄色のリボン」

「そうよ。派手な花火で凱旋を演出してあげるから、あなたはそれを通して私たちを応援してくれればそれで十分。私たちがどんな状態になっても、キュゥべえの誘惑には絶対に乗らないで」

「うん。わたしも、世界は滅ぼしたくないから」

「大丈夫。大丈夫よ」

 

 自信満々に言い切るほむらだったが、まだ中学生の少女が国を挙げた最新兵器を取り扱うと言う事実を聞かされた詢子と明久はたまったものではない。だが、それに異を唱えることも出来ないのが現状であるが故に、彼らはただ一時の別れを告げる娘の友達を見送ることしかできなかった。

 

「暁美ちゃんだっけ。ウチのまどかが世話になったみたいで、本当にありがとうな。おかげで引っ込み思案だったのが人を思いやれるようになってるし。まどかに暁美ちゃんみたいな友達が居て助かったよ」

「僕からもお礼を言わせて欲しいな。ただ、ありがとう。それだけしか言えないけど」

 

 語るべき言葉を持つのは自分では無い。だからこそ、形式的な挨拶しかできない自分が恨めしかった。それでも言葉にするのは大切だ、と。今にも泣きそうな顔でまどかの両親はほむらを見送ってくれる。

 

「…お二人とも、ありがとうございます。数日後にはこちらの彼(アイザック)が避難所に行くと思いますので、いざという時には彼を頼ってください。彼なら発生したばかりの弱小の魔女は倒せると思います」

「避難民の恐怖や怯え、不安がグリーフシードを呼び寄せ孵化させるとのことだ。こちらのネクロモーフの脅威を始末したら、今度はそちらに伺おう。魔女が育つには平均一週間ほどかかるらしいんでな、そちらもグリーフシードがあったら娘さんを通じて知らせて欲しい」

「分かりました。アイザック・クラークさんでしたよね?」

「ああ」

 

 知久の問いに応える。すると、知久は頭を下げて言った。

 

「どうか、どうかあなたが居る間だけでも子供達を守ってあげて下さい。大人が解決するべき事なのに、どうにもできない……そんな僕達の勝手な詭弁ですが、どうか」

「…勿論だ。こう見えても整備員とはいえ軍には所属していた時期がある。イロハは心得ているつもりだよ」

 

 気休めにもならない台詞を吐いて、アイザックはこの町から去ろうとする力無き者たちへ言葉をかける。当人同士がとっくに理解している、まったく意味の無い会話。だがそれでも、言葉にしなければならない時がある。それを体現したかのような、悲しい会話。

 

「アイザックさんも、頑張ってください!」

 

 最後にまどかが頭を下げ、彼女は両親に連れられて街の外へ向かう集団の中へと紛れて行く。その姿を見つめ続けていたほむらがぐっと拳を握りしめ、その音にアイザックは知らぬふりをしたのだった。

 

 

 

 見滝原某所。

 噴水の見える綺麗な公園で、曇天の下ふたりの男女が向かい合っていた。

 

「それで志筑さん。話って」

「…ええ、この場でハッキリと言わせていただきます」

 

 仁美と恭介。財閥として連携、そして今回のワルプルギス騒動への政治的介入の第一歩となった二人の家族は、それぞれ最後の責任感から最後の避難民が居なくなるギリギリまで街に残るつもりだった。とはいえ、雑務は実質的な権威と能力を持った親がこなしているため、二人は両家でシンボルとして扱われるのみ。そうして空いた時間を狙って、仁美はさやかとの約束を今、まさに果たさんとしているのだ。

 胸の前に握りしめた片手を寄せ、仁美は小さく深呼吸する。真っ直ぐと見据えた目線で恭介を捉えた彼女は遂に思いの丈を吐きだした。

 

「あなたを、お慕いしております」

「………これは、参ったね」

 

 ある意味男としては最低の発言だっただろう。だが、恭介はそれを分かった上で、仁美がこの言葉に仕方ありませんわねと笑う事すら予想して言い放った。

 

「いつから…かな?」

「…あなたが退院なさる前から、興味を。そしてあなたと競合の時に、改めて」

「そっか。僕もこんな立場になるとは思わなかったよ」

「誰も思いませんわ。でも、よくあることなのは確かです」

「確かに、その通りだね」

 

 公園の柵に手を置いて、恭介はそちらに体重を預けた。

 その仕草は正に、彼にとっては重荷になったと言う証。だがそれでも仁美は引く事はしない。元より重荷となるのは明らかで、それは親友との真剣勝負(ヤクソク)であるのだから当たり前だ。

 

「…返事は待ってくれるかい? このワルプルギスの夜が終わるまで」

「勿論ですわ。何度でも言うようですが、わたくしは本気です」

「さやかとの約束なんだね。このタイミングで言うってことは」

「はい」

 

 迷う事無く言い切った。そうして恭介も意図を理解する。

 これは魔法少女となったさやかと、一般人で在り続ける仁美の戦いであり、友情であり、そして試練であるのだと。

 恭介は笑って、こんな大変なことになった二人の少女へ涙を流す。こうすることでしか己を保てないさやかと、訪れるかもしれない「最期に怯えて」言い切った仁美。恐らく話を切りだしたのは仁美の方で、この気持ちは後悔しないようにといったもの。しかし、それだけに人生を投げ捨てたさやかとつり合った重みを持つ。

 

「上条さん……いえ、恭介さん。頑張りましょうね」

「うん。そうだね…そうすることでしか、僕らは彼女に償えないから」

 

 告白のことからすっぱりと話題を変えて、上条恭介は「魔法少女たち」を案じる。未だ見ぬ、まさしく未知の脅威。アイザック、ほむらが変異したと言ったネクロモーフや前文明を滅ぼしかねない最強の魔女、ワルプルギスの夜。それらは人間が思い浮かべるにはあまりに常識からかけ離れ過ぎていて、実感の湧かない恐怖だ。

 しかし、実在すると知っているからだろうか。こんなにも背筋が震えて、殺気を感じているような――――?

 

 ―――――ヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!

 

 本物の恐怖はすぐそばにいる。

 赤黒い肉の鎌が振り向く恭介の視界に収められた。

 

 

 

 くちゃ

 

 

 

 

 

 

「…ここが、転校生の記憶(・・)で言う最後の魔女が居る場所?」

「女の下半身が鳥かごの中に入ったような魔女ね。足場は最小限しかないから、その御自慢の脚力で使い魔でも何でも踏み台にしないと奈落の結界に真っ逆さまよ。実際、あなたそれで死んだ事もあるんだから」

「……え? 美樹さんじゃなくて私の方?」

「そうよ。銃身が重すぎて滞空終了、私が気付いた時には結界と一緒に消えてたんだから」

「情けないわね、私」

「情けないどころか、その時間軸はあなたが最後の仲間だったのよ」

「うわぁ…マミさんの理想像が崩れて行くー……」

 

 ガラガラと何かの砦を崩した二人に溜息をつきながら、ここは遠距離で有利なほむらとマミだけが残るように会議を終えた。それぞれの役割分担をした三人は、死なないようにと誓い合ってその場を二方向に別れて行き、さやかはほむらから預かった3このグリーフシードを握りしめて変身、ビルの谷間へと消えて行くのだった。

 

「それじゃ、始めましょうか」

「そうね」

 

 ほむらは魔法で強化したプラズマカッターを、マミは最初からリボンを新体操のようにクルクルと巻いて魔法で編んだ硬質な銃を。どちらも魔力のセーフティを外したまま、結界の中に飛び込んで行った。

 

「あ、わ、とっとと…!」

「足場を作りなさい! あなたのリボンで繋げるのよ」

「分かってるってば。足場なしの結界は慣れないのぉ……」

 

 ほむら、アイザックお泊りの一件以来すこしだけ心が開けていたからか、マミは「出来る先輩」の仮面を拭い去って素のままの自分をさらけ出しているらしい。少しだけ弱気の入った発言は彼女の寂しさという本質を表しているようで、見ている分には可愛らしいが戦場ではどれだけ心が揺れ動いていたのかを嫌でも理解させてくる。

 ほむらはプラズマカッターで成人男性の恰好をしながら、鳥の頭に挿げ替えられた人型の使い魔を破壊しつつ、すぐさま武器を収納して使いなれたハンドガンを装備する。強化された手で反動の具合を確かめつつ、使い魔へ魔力コーティング9mmパラベラムを慣れた手つきで撃ち込んでいく。

 隣を見てみれば、弱々しい表情は顔に残したままであれど、歴戦で鍛えられた反射神経と身体に染み込んだ戦闘経験から華やかで無駄のない狙撃を披露するマミの姿がある。大砲を両手に装着したような格好で飛んでくる使い魔を撃ち落としたマミは、着弾した敵から伸びたリボンを操作して使い魔達を雁字搦めに結び付けているようだったが、その視線が一瞬だけ此方に向けられる。なるほど、そう言う事なら――

 

「暁美さん、使って!」

「ありがたくいただくわ」

 

 黄色いリボンと使い魔でできた歪な階段は、ほとんど何もしていないが使い魔を際限なく生み出す魔女へと向かっているものだった。タン、タン、タンッ! と大きく飛び上がったほむらは盾からあるものを取り出し、その長い長い身の丈以上の長さがある筒へ魔法を付与。そして、射程圏内へ入った魔女へ向かって思いっきり投げつけた。

 風を切り、銀色の硬質な輝きを放つそれは銃弾などではなく、一つの弾丸。通常なら専用の発射気を用いるようなそれは、魔法少女のとんでもない膂力で投げられることで着弾時の衝撃が発破に届いた。――ミサイル、と呼ばれる兵器は空間を響かせるような大爆発の反響音を響かせながら、魔女を守るかのように聳え立っていた銀色のカゴを破壊する。こうなってしまえば、「鳥カゴの魔女」の名も形無しであるとでも言うように。

 

「とどめは譲るわ。先輩」

「ありがとう、後輩さん」

 

 マミのリボンに絡まりながら、飛翔を続けようとする使い魔達は足場として非常に役立ってくれている。その一つに降り立ったほむらはマミの雄々しい背中をその目に焼きつけ、今までの鬱憤を晴らすかのように高められていく魔力の唸りを感じ取っていた。

 

「ティロ・フィナーレッ!」

 

 5メートルはあろうかと言う巨大な砲身が、マミのリボンで魔女へのレールを作りながらに放たれる。新幹線のようにリボンの上を走った魔力の弾丸はミサイルの爆風でボロボロになった魔女へと到達し、その核を破壊しうるほどの威力を見せつけた。

 恐れるべきはマミのポテンシャルの高さ、そして魔法の威力。揺るがぬ決殺と最後を飾る意を込められし魔弾は魔女の存在した痕跡すら残さず、魔女結界そのものを巻き込んで消滅させてしまう。

 この世界ではそのまま落ちて行くこと無く、無事に地面へ到着したマミは空から降ってきたグリーフシードをキャッチして、ほむらにそれを見せつけるように振りかざす。そんなお茶目な様子を見せつけられるほむらと言えば、多少呆れているようでもあった。

 

「グリーフシード、二つも落ちてきたわ」

「よっぽど街の人の不安があった? でも、今回は結構全力出さないと厳しい戦いだったから、このまま使ってしまいましょう。先輩(・・)? 今度はお一つ譲ってくれると助かるわ」

「あの郊外のビルでの出来事覚えてるのね。じゃあ今度こそ、使いなさい。そのグリーフシード、まだ一回も使ってないから……なんてね」

「ぷっ、ふふふ……何よソレ」

「あの時の再現よぉ! ちょっとは乗ってくれないと恥ずかしいじゃないの…もう」

 

 マミからグリーフシードを投げ渡されたほむらは、彼女と顔を見合わせた。そして、思い出すように二人でクスクスと笑いながらもソウルジェムの穢れを吸わせていく。これまでに穢れを溜めて温存していたせいか、それで入手したばかりのグリーフシードは一回こっきりの代物になってしまったようだ。

 それから、マミからもう使用は不可能なグリーフシードを受け取ったほむらがいきなり後ろにあった暗がりに二つのグリーフシードを投げつける。すると暗がりからは白色の影が飛び出し、背中の円の様な模様がある場所を開いてそれらをバクバクと呑み込んでしまった。

 

「やっぱり来てたのね、キュゥべえ」

「きゅっぷい! グリーフシードを再発させて魔女を孵化させても、最初よりエネルギーは落ちているからね。死にたてのものが一番なのは、君達人間も新鮮なものはおいしいと言っているようなものだね」

「魚の方で受け取らせていただくわ。あなたの言葉はモラルとかに反した発言だと思うけど……分からないわよね」

「仕方ないね。その辺りも鬱陶しいという感情から生まれた思いだ。感情を持たない僕達には理解の範疇を越えた精神構造だよ」

 

 瞬きすら必要の無い紅玉の瞳で見上げてくる獣は、やはりその奥底にうっすらとした異物としての恐ろしさが宿っている。そして人間とは決して分かりあえないと言う事実を知る彼女らはそれ以上に、このキュゥべえという生物に対して良い感情は抱く事はできていなかった。

 

「ねぇキュゥべえ。大体一週間後、本当にワルプルギスの夜は来るのね?」

「そうだね。この気流の乱れ方……まぁ、その他諸々を噛み砕いて言うと一週間後の昼を過ぎた1時頃、この星の時間体系では前後1時間と20分以内の誤差範囲で襲来する事は確かだ」

「細かい統計ね。それも過去の出現履歴からかしら」

「そもそもの情報が少ないから誤差範囲を伝える結果になるんだけどね。ハッキリとした情報さえあれば本星の演算処理によって誤差範囲は0.1秒以内に収められるさ」

 

 そもそも、キュゥべえは元凶であると同時にそのインキュベーターが生きる星の端末の一つに過ぎない。ともなれば、無駄な殺害行為はコイツらのノルマとやらを増やす=犠牲者を増やすことにしか繋がらないと判断したほむらは、必要最小限にしかキュゥべえは殺さないことにしている。

 だがやはり、その面を見ると殴り飛ばしたくなる想いは変わらないらしい。今にも吹き飛ばしそうに震える右手を精神力で抑えつけ、ほむらはマミとキュゥべえの会話を見守ることにしていた。

 

「質問はもう終わりかな?」

「いえ、もう一つ」

「いいよ。時間はあるしね」

「……ネクロモーフに関してだけど、あなたたちインキュベーターの方で処理はできないの? 話しを聞いた限りじゃそっちでもあの存在は無駄って分かってるみたいだし、私たちはワルプルギスの夜に集中したいから、どうにかしたいんだけど」

「それは難しい判断だね。そもそも、君たちがワルプルギスに勝てるかどうかは演算結果として出すことができない。魔法少女は如何なる奇跡も起こして見せると言うのは、契約時の願いを叶える事に限った事では無いんだ」

「それって? ネクロモーフはひとまず置いて、そっちの話から聞かせて貰えるかしら」

 

 そうだね、とキュゥべえは長い話になる事を事前に尋ねる。

 その問いにほむらとマミは頷いたので、白獣はその済み渡るビー玉の様な眼で二人を見上げて説明を開始した。

 

「魔法少女は魂をソウルジェムとして固定化する事で、その感情の力を魂を通して何倍に膨れ上がらせる。それを便宜上“魔法”と呼ばれる力に変換して科学では証明のできない強大な力として扱う事ができている。まあ、科学でも其れに相当するエネルギーを消費すれば再現は可能だね」

「だけど、いまだ解明されていないながらも魔法はその契約した個人の想いの丈や最初の願いに応じて戦闘時に能力として発言するケースが多々見られた。同時に、何度演算してもその願いとはまったく関連性を持たない結果を弾きだす固有の魔法を扱う魔法少女も幾人か確認されているよ。たとえば、マミ」

「君のソレは、僕や自身に作用する治癒能力だ。それは僕の体と、マミ自身の体を治すことはできないという制約はあるものの、他には他人の治癒に長けた魔法少女でなければ固有魔法として発現する事は無い。こちらの本星を通した回答によれば、僕を案じる感情から生まれた小さな固有魔法と言う結果だね」

 

 その言葉に、ほむらはハッと想い至った。

 確かにマミは銃とリボンを作り出す能力であり、治癒はあくまで点在する魔法少女全般とほとんど変わらないものの筈。あの治癒を願ったさやかでさえ、他人の傷はいやせず自分しか治せない欠点を抱いていると言うのに、マミは生き残りたいという「自分自身への願い」の範疇を越えている。

 

「こうしたマミの実例のほかに、多数の他人に作用したり自分へ施される異例の魔法のケースが本星のデータベースに保管されている。これらの技術はいまだ未解明で、人類史誕生から糸口すらつかめない状態なんだ。だから不可能だと思われることであっても、数百億分の一の確率で万が一にでもそう言った異例の魔法が発現した場合、こちらの演算装置のいくつかがオーバーヒートを起こす現象が発生する」

「…なるほどね。つまり、ワルプルギスの夜もその数百億分の一の確率で私たちの誰かが異例の魔法を生み出せば乗り越えられるってことでいいの?」

「“異例の魔法を生み出す”という仮定を決定づけた上なら、君たちの場合89%の確率でそうなるね。もっとも、残りの11%は君たちが絶望的な状況下で狂ってしまった場合の破滅を呼ぶ魔法を生み出す確率なのだけども。だからこそ異例の魔法を生み出す確率がオーナイン以下の理論上見込めないこの星は投棄の案が提出されている」

「家畜みたいな扱いね」

「そもそもこの星の“技術”という方式を目覚めさせたのは僕らだよ。故に、後の脅威となるネクロモーフ諸共この地球が存在する宇宙は少なくとも太陽系ごと隔離する予定だ」

「…ネクロモーフが脅威?」

「Markerは見当たらないけど、いつしかワルプルギスから生き残った人類の誰かがMarkerの原典となるものをネクロモーフから受け取るだろう。脳回路に侵入し、幻覚として死角情報から訴えられて造り出してしまえば“奴ら”がこの星をワルプルギスのエネルギーごと捕食に来る。ワルプルギスの夜が襲来することで90%の人類は滅びる予定だからね。どちらにせよあの厄介な奴らを隔離するために星一つが犠牲になるならまだマシさ。宇宙の恒久的存在への貢献のほかに、僕達の本星が襲われる確率も減ってくれる。インキュベーターも感情は無くとも生存本能はあるからね」

 

 なにやら、話が壮大になってきた。

 マミは既に地球以上の規模になりつつあるキュゥべえの話の内容に頭から煙を出しかけているし、ほむらもアイザックが想像した以上の規模でネクロモーフが脅威となりうることに衝撃を隠せない。図式としては、「ネクロモーフ<魔女」と考えていただけに、キュゥべえの話には少々納得のできない点が多々存在していた。

 

「…ネクロモーフは、あなた達インキュベーターですら恐れているの?」

「確かアイザック・クラークはHunterと言う個体の殲滅に努めているのだったね? アレは細胞全てを焼き尽くせば消滅できる事を考えれば全く脅威になり得ない。これを踏まえたうえで、ネクロモーフ単体と言うよりはこのアンデッドが作り出すMarkerが問題なんだ」

 

 ほむらは思う。キュゥべえが、インキュベーターがこうも恐れるMarkerとは一体どれほどの脅威となりうるのだろうか、と。

 何度も話題として挙げられるこの物体は、二つの断層的な見た目をした四角錐が螺旋状に捻じりあった構造の数メートルあるものだと言う。長い間近くにいると、この建造物そのものが語りかけてくるらしく、それで気が狂いそうになったとも言っていたが、ネクロモーフを作り出してしまう電波のようなものを発するだけでは無いのだろうか?

 

「巴マミ、ここは私が話をまとめておくからアナタは魔女の掃討に戻って」

「…わ、分かったわ。美樹さんも心配だし、途中でネクロモーフを見かけたら撃って……おく、わね」

「…無理しなくてもいいわよ。ネクロモーフは少なくとも、魔女の様に人間の原型が何一つ残って無い怪物じゃない。少しでも知り合いの面影がある怪物なんて殺したくないでしょう?」

「…ごめんなさい暁美さん。―――ありがと」

 

 マミはさやかの軌跡を辿り、鳥カゴの魔女結界があったその場から飛び退いた。ひと跳び数十メートルもの脚力を発揮できる魔法少女の能力を存分に使いながら、ゴーストタウンと化した見滝原での探索者の一人となる。

 ほほに感じるのは台風の前兆でよくある生温かい風。不快な気分を感じながら、マミは一週間先に待ち受けるであろう死の恐怖へと涙を流した。願わくば、生き残る事ができますように…と。

 

 

 

「…それで、聞かせてもらえる? あなたがさっき言った“奴ら”…ネクロモーフが呼ぶ脅威について」

「こちらとしても管理可能な知的生命体が存在する星が失われるのは避けたい。君にできるだけの情報を渡すことにするよ、暁美ほむら」

 

 キュゥべえとほむら。これほどまでに相性の悪い相手もいなかっただろうが、キュゥべえの発言はこの場で形式上とはいえ協力関係になると明言したようなものだった。だがやはり効率のいいエネルギー搾取場としてしか人間を見ていないキュゥべえの言葉に吐き気を感じながらも、ほむらは聞き手の体勢を整える。

 

「まるで小惑星の様な大きさから、そして彼ら自身もそう言っているんだけどね」

 

 キュゥべえは平坦に話す。

 インキュベーターですら一度目をつけられれば逃れられない最大の脅威。

 

「The Moon。君たちの言語ではそう呼ばれている」

 

 生命を捕食する暴虐の存在。

 宇宙全てに点在する月の兄弟達がどこかで笑ったような気がした。

 

 

 

 

「…あ」

「上条さん!」

 

 恭介の顔にはべったりと、赤黒い新鮮な血液が張りつけられる。

 目としての機能を無くした肉塊が彼らを睨みつけ、どこまでも空虚な死そのものとも言い変えられる恐怖が恭介に訪れるが、それはあくまで目の前のネクロモーフからしか発せられてはいない。

 血こそ着いてはいるが、上条恭介という人間は何一つ怪我など負っていなかった。

 

「よぅ、寝てたらだーれもいなくなっちまった。オマエなにか知ってるか?」

 

 目の前の槍を構えた少女に、救われたのだ。

 

「……あなたが、佐倉杏子さんですわね?」

「あァ? なんで知ってる」

「この町は貴方が先ほど切ったネクロモーフの脅威から守るため、そしてワルプルギスの夜が襲来すると言う事でわたくしたちが閉鎖しました。この町では残留した未曾有の台風と偽ったことで恐怖と不安が魔女を大量発生させているようですが、あなたが求める狩り場ではなくなっていますわよ」

「…魔法少女か? いや違うな…ソウルジェムを構えようともしないってことは一般人。だけどアンタがなんでそこまでこっちの事情に詳しいんだよ?」

 

 槍についたネクロモーフの血肉を払った紅い魔法少女、佐倉杏子は疑問を掲げる。

 少なくとも魔法少女の秘密は人類史の始めから発生しているにもかかわらず、それが表ざたになった事が無いほどに隠匿された情報だ。ちまたの噂程度に広がる事はあれど、一般人が熟知していることが無いのが当たり前。

 だが、協力者として申し出たこの二人は知っていて当たり前。そこから得た情報を照らし合わせた上で、見たことの無い魔法少女はこの佐倉杏子だと判断したのだろう。

 

「恭介、こっちにネクロモーフっぽいのが……ってあんたは!」

「テメェ、この前逃げた青色の! おい、オマエ魔法少女のことばらしたのかよ!?」

「あたしじゃないわよ! というか恭介…に仁美か。そっちもあの事情は終わってる?」

「ええ。告白いたしましたわ」

「分かった。…それじゃ、二人はもう避難しても大丈夫だよ。ここはあたしたちの領分だから」

「さやか、気をつけて。僕らはもうこの町から出るけど」

「待っていますわ。必ず生きて帰って来てください」

 

 恭介の先導で、公園を出る二人。ネクロモーフの脅威はあるが、恭介が出口辺りで電話をしている事から二人にはすぐに迎えが来るだろう。万が一、目の前に転がっているネクロモーフ以外にも個体がいた場合を想定して見送っていたさやかは二人の安全が保障された事を確認すると、その両手で白銀の大剣をしっかりと持ち、正位置に構える。

 

「まぁこんな感じで構えたんだけども」

「お、前の続きやるかい? アタシは全然構わないけどさー」

「ちょっと、こっちの話も聞いてくれるかな」

「は?」

 

 さやかは戦いに臨むとは思えない様な温和な笑みを浮かべていた。

 だが杏子は一切として油断する事などできない。少なくとも二人以上で群れている魔法少女のさやかに増援が来ないとも限らないのだから。

 さて、どんな油断の言葉が飛び出すのやら。そう思った杏子は、次の瞬間には呆けた表情を晒すことになるのだった。

 

「ワルプルギスの夜討伐戦線。参加表明が欲しいかなー…なんて言ってみたり」

 

 




次回からもっとダークなのが書きたいです……結局ヒロイックな表現になってしまいました。
虚淵さん…わたしたちに、ダークな表現&脚本パワーを…どうかお恵みください……

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